巨大な会場は 歓喜にうねっていた。
まもなく、この場所で 大きな祭りが始まる。
「ポケモンリーグ」 ポケモントレーナーたちのための、ポケモントレーナーによる最大の祭典。
そこに、足を踏み入れようとする、1人の少女の姿があった。

「・・・・・・やってんな、聞こえんだろ? あの楽しそうな声・・・」
少女が期待に満ちた瞳で会場を見つめると、連れ添ったポケモンはうなずいた。
優しい瞳を持った少女の連れは 不安げに少女にしがみつく。
連れを驚かさないようそっと立ち上がると、ゆっくりと連れを引き離して 少女は深呼吸する。
「大丈夫、ずっと この為だけにあたいたち、やってきたんだろ?
 やっていけるさ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・行こう!!」



PAGE98.POKEMON LEAGUE 〜Prelude


「だーっ! せーっ! やぁーっ!!
 ワシかて開会式見たいんじゃあっ、何でこないなトコでじっとしとらなアカンねん!!」
大声は出す、激しくドアは叩く、癇癪(かんしゃく)を起こして暴れる。
通りかかっただけの人間は『これ』がまさか1時間後プレミアムステージで戦う予定のトレーナーだとは思わないだろう。
開会式のプログラム変更と出場予定の『四天王に挑戦!』の試合方式が変更されたとかで、
ほんの15分前、この選手控え室(一応特別待遇で個室、それも割と良い部屋)に閉じ込められてから ずっとこの調子である。
とっくに式は始まっているのだが、何せ観客席の真下という声援を聞く『だけ』なら最高のポジション。
大衆の声にかき消されてこれから行くはずの会場で何が行われているのかすら把握出来ない。
逆にその声に紛れてしまうせいで散々騒いでもおとがめ無しなのだが、それで納得いくはずもない。
「知り合いが来とるはずなんじゃ!!
 顔見せたいだけやねんのに、なして行けんのや!!」
一応見張りにつけられた係員は黙って耳をふさいだ。
説得が不可能だということは10分間試して充分理解した。 そこで賢い係員はひたすら聞き流すという手段を覚える。
その反応がますます怒りを駆り立てて、思いきり扉をドン!と叩きつけると無視する係員にも聞こえるよう声のトーンを上げる。
 『ルビーならどんな話でも絶対聞いてくれた』
と、言いたいのを最後の理性を使って目一杯我慢して、サファイアはリーグ係員へと向かって怒鳴り続けた。
何とか割れずに残っているガラスに、怒りに燃えた黒い瞳が映る。





人目につかない場所に隠れると、ミツルは肩から下げたバッグのファスナーをゆっくりと開いた。
いつものとおり、星の形をした小さなポケモンはその中から抜け出ると、ミツルの真ん前に浮いて深く頭を下げる。
『・・・それでは、わたくしはここにて失礼させていただきます。』
「はい、すみませんでした。
 本当は1週間前『力の石』が見つかった地点で行かれるはずだったのに、無理にボクのワガママを聞いてもらっちゃって・・・」
つられたようにミツルが頭を下げると、ジラーチはクスクスと笑って体を震わせた。
『構いませぬ、わたくしもミツルと共に時を過ごすことができ満足しております。
 わずかな時ではありましたが、本当に楽しかった。
 ミツルのことは、これから幾千(いくせん)の時が流れようとも忘れはしないでしょう。』
「光栄です。」
2人してクスクスと笑いあうと、ゆっくりとジラーチはミツルから離れ、青く澄み渡った空を見上げた。
ポケモンリーグの開会を飾るのに相応しく、雲1つない空はどこまでも広く世界を見つめている。 恐らく午後もこんな調子だろう。
ジラーチに合わせて緑色の瞳で天空を見上げていると、不意に空の彼方に緑色の大きな龍のようなものが見えた・・・気がした。
本当に少しだけ驚いた様子を見せると、ジラーチは視線をミツルへと戻して、もう1度深々と頭を下げる。
『では、わたくしはもう参らねばなりませぬので。
 ミツル、もうここからは1人で、歩いて行かれますね?』
「・・・はい。 だけど、今のボクは『1人』じゃない。
 ‘あい’も、‘ぺぽ’も、‘ゆえ’も、‘みむ’も、‘りる’も、‘ろわ’も、きっとボクについていてくれます。
 それにジラーチも・・・」
ミツルは手を広げると、自分の胸をゆっくりと叩く。
「ここに。」

何度も何度もうなずいてから笑うと、ジラーチは今度こそミツルから離れた。
体の前で小さな手を組み合わせ、精神を統一させると体がぼんやりと光り出す。
近づくことも許されないミツルの目の前で、ジラーチの腹部に横に引かれた線が徐々に2つに割れ始める。
やがて、それは人間の瞳にも似た形になると中心の赤い瞳孔からリング状の光を放ち、ジラーチを包み込んだ。
何かを叫びかけたミツルの言葉をかき消して、その光と共にジラーチは跡形もなく消え去る。
言いようもないほどおかしな顔をして、しばらくミツルはその場に立ちすくんでいた。
それは、ずっと涙をこらえていた反動。 哀しみに耐えるだけの子供の知恵。
散々沸きあがっていた歓声も耳に入らずただじっとしていると、やがてキャンキャンという甲高い鳴き声でミツルは我に帰る。
呼んでいる。 立ち止まってはいられない。
「ろわ、せかさないで下さいよ。 開会式まであと10分は・・・あれ!? あと3分!!?」
時計を見てミツルは仰天する。
開会式に出なかったから即失格、というわけでもないのだが、最初から最後まで見ないと絶対損をする。 そういう確信がミツルにはあった。
9本の金色の尻尾のきれいなパートナーを連れて、ミツルは謝りながら慌てて会場へと走り出した。
体が重い、息切れも激しい、足も遅い。 それは今までミツルの体を支えつづけていたものがなくなった証拠。
これからは自分の力だけで体力をつけていかなくてはならない。
灰色にも近い黒色の瞳で会場を見上げながら、酸欠の頭でミツルはそう思った。



 『5(ファイブ)!』 『4(フォー)!』 『3(スリー)!』 『2(ツー)!』 『1(ワン)!』

会場の照明が一気につけられるとまもなくフィールドになる場所に立たされた選手たちは一斉に目を細めた。
けたたましい音楽が鳴り響き、捕らえられていたキャモメたちが一斉に空へと羽ばたいて行く。
途切れることのない歓声、熱い会場にひしめく人やポケモンの息づかい。 自然とミツルの肩には力がこもる。

 『お待たせいたしましたァ!! 全国のポケモントレーナー、ブリーダー、ブローカー、バトラー、それにポケモンを持ってない人たちも
  この日を今か今かと待ちわびたことでしょう!!
  秋に開催されず驚いた人も多いんじゃないでしょうか、そう! 全てはこのため!!
  ポケモンリーグホウエンブロック、今年は大幅に規模を拡大して、今、開催ですッ!!』

ビリビリと振動するほどの歓声にミツルは身震いする。
予選を勝ち抜くのよりも先にこの観客たちの期待に満ちた視線に打ち勝たなくては、話にならない。
無論、それは他のトレーナーも同じことだった。
皆が皆、期待と不安を両方とも隠し切れていない表情をして、ただ食い入るように司会進行の女性を見つめている。
茶髪にメガネ、よくテレビで見かける20代ほどの美人タレントは興奮した選手に観客たちを見渡すと、マイクを握り直した。
きっと彼女も少なからず緊張している。

 『ルールも大幅に変更になりました。
  去年までカントー地方セキエイ高原で年1回の開催が、各地区ブロック別大会、そしてチャンピオンズリーグの年2回に変更、
  そしてイメージキャラクター『ストロ』君、イメージソング『魔法のコトバ』など、芸術性も高くなってきました!

  このポケモンリーグホウエンブロック、予選応募枠480人に対し応募総数なんと10万人!!
  そのうち大会に参加するのは、今回抽選に通過して集まってくれた491人、特別出場の1人、そして!
  ホウエン地方のジム8つを制覇してやって来てくれた実力派トレーナー1人、のべ493人!!
  開催期間は本日から5日間、合言葉は・・・『ピカピカの魔法をかけよう!』
  さぁ、ゴタゴタ言っててもしょうがない!
  皆さんお待ちかね、オープニングセレモニーはPINK=SAPPHIREの『魔法のコトバ』!!』


ワッと大きな声が上がると、破裂しそうなスピーカーから曲のイントロが流れ始める。
コンサート会場でもあるまいに、選手、観客ともにアップテンポのリズムに乗って体が動き始めていた。
もったいぶるようにゆっくりと歩いて姿を現した歌手に、ミツルは息をのむ。
きっと彼女が世界中に向けて敵意を見せたとしても、世界は彼女に味方をするだろう、そう言ってもいいくらい、美しい。
ステージ上の彼女はマイクを手にすると軽快にステップを踏みながら歌い出した。



 ――はじまるよ はじまるよ パーティが始まるよ♪
 はじまるよ はじまるよ パーティが始まるよ――♪


 ホラホラ そこで うずくまってる あなた
 チケット片手に 何してるの?
 それは どこにも 消えていないのよ
 目をつぶってちゃ 見えないでしょう

 かぼちゃの馬車の 用意があるわ
 勇気1g つかみ 手に入れよう
 教えてアゲル 魔法のコトバ
 キミの心へ 必ず届くよ―――――


 聞こえてくるよ 魔法のコトバ
 勇気をくれる 炎 呼び出す

 強く唱えよう 魔法のコトバ
 きらり光るダイス 転がっていく


 ココロのPOWER 満タンにして
 始まりの握手しよう―――――



 ホラホラ そこで 立ち止まってる あなた
 いつまでそこで 待っているの?
 それは 待っていても やってこないのよ
 正面切って 受け止めなくちゃ

 タフなハートと ボディがいるわ
 涙こぼしても つかみ 手に入れよう
 強さをクレル 魔法のコトバ
 「せーの」の代わりに 唱え 飛び出そう―――――


 あふれてくるよ 魔法のコトバ
 光のような 優しさくれる

 ドキドキさせる 魔法のコトバ
 どんなことにも 負けない強さを


 止まらない時間(とき) 感じて
 運命のコイン 投げよう―――――♪





 『長い長い休止期間を終えて、今‘女神の歌声’が帰ってまいりました!!
  私開会前にちょっとだけお話を伺った(うかがった)んですが、これからは様々な方面でご活躍されるそうです。
  まもなく、ポケモンリーグ最初の試合、『四天王に挑戦!』の第1試合が開始されます。
  選手のみなさん、係員の誘導にしたがってすみやかに選手席へと移動して下さい!』

どうとも言えない自信がミツルの胸の奥に沸いてきた。
打ち上がる花火の爆音に、クラクラするほどのスポットライトに、他の音が聞こえなくなるほどの歓声。
それらの全てが自分ではない、たった1人の人間へと向けてあてられている。
ミツルは他の選手に負けまいと走る速度を上げると、選手席の1番前、1番ステージの見やすい場所を陣取った。
割と白い目で見られていることに気付きつつ他の選手が席につくのを待つと、大きくなった歓声と共にステージ中央の大きな扉が2つに開く。
誰もから待ち望まれた少年は津波のような勢いで会場へと走り込んでくると、着くなりぐるっと会場を見まわして会場中に響くような大声で怒鳴り込んだ。

「・・・・・・ッ、ルビーどこじゃああぁぁっ!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あれだけ大騒ぎしていた観客が一瞬にして静まりかえる。
一瞬ぽかんとしていたミツルは、笑いをこらえるのに必死だった。
バッジを8つ集めた特別選手なのだからちゃんと控え室にいたのだろうに、鼻の頭はすりむけてるし、手もどこかに打ち付けたかのようにボロボロだし。
恐らく8年間続いたポケモンリーグ史上、1番格好悪いトレーナーに観客が爆笑するのは時間の問題で。
大笑いする観客たちを「まったく」気にせず とんでもなく怪しい足取りでスタジアム中をうろうろ歩いてルビーを探し回ると、
サファイアはかなり疲れ果てた様子の係員に連れられて、バトルフィールドへと連れ出された。
対戦相手の赤い髪の男は かなり呆れた様子で頭をかいている。
「ずいっぶんといい気なもんだな、えぇ?
 仮にもリーグ出場のかかったバトルの前だっつぅのに、女なんぞに『うつつ』を抜かしてていいのか?」
「何や・・・・・・・・・!!?」
「言っとくが俺は手加減したりしな・・・・・・」
「・・・っ・・・ぎゃあああぁぁぁァっ!!?」
天地もひっくり返るような大声で叫んだサファイアに駆け寄ると、赤い髪の男はサファイアの手を無理矢理つかんで振り回した。
その間に近辺のマイクのスイッチを全て切ると握手しているフリをしてサファイアへと話しかけてくる。
「これで3回目だ! いいか俺はアクア団じゃない、TP(トレーナーポリス)の仕事でプリムと潜入調査してた四天王なんだ!
 何回言われりゃ気が済むんだテメーは!? これからポケモンリーグ筆頭のバトルなんだぞ!?」
幸い、前のサファイアの奇妙な行動の延長だと思われたらしくサファイアと男のやり取りを怪しいと思う人間はいないようだった。
完全に納得した様子は見せていないが、サファイアが男の剣幕に押し黙って、スタジアムをもう1度見渡してからボールホルダーに手を当てると、
『四天王』と呼ばれる男はサファイアに背を向けて自分の立ち位置まで歩いて戻っていった。
場が収まったのを確認すると、司会の女性タレントは1度うなずいてからマイクを口に当てた。

 『えー、今までは四天王4人に対し、チャレンジャーが手持ちのポケモン全てを使って勝ち抜いていくという方式だったのですが、
  今大会より、そのバトルシステムが大幅に変更されました。
  四天王とのバトルは3VS3のシングルバトル、四天王1人につき1日ずつ4日間行われ、ポケモンの交代はチャレンジャーのみ許されます。
  ここからが重要なのですが、四天王の方々はあらかじめ出すポケモンを決められていますが、チャレンジャーにはそれがありません。
  手持ちの6匹の中から、その場その場に合わせバトル中3匹まで、自由に選んでいただいて結構です。
  そして、四天王1人を倒した地点で、その日のバトルは終了します。
  その日はゆっくり休んでいただき、翌日次のバトルを行うのですが、これが最も重要な注意事項。
  前日の『四天王に挑戦!』で『ひんし』状態にさせられたポケモンは、翌日以降のバトルに参加出来ません!
  1匹『ひんし』になれば翌日は5匹の中から3匹を、前日のバトルで5匹まで『ひんし』になった場合、次のバトルは1匹のみで戦うことになるのです。
  さぁ、ミシロタウン出身、トレーナーネームは『サファイア』選手、準備はよろしいですか?』

もぎ取るようにモンスターボールを手にし、相手トレーナーを睨み付けたサファイアを見て 場が一瞬静まりかえる。
すぐにも噛み付きそうなサファイアを見て赤い髪の男がにやりと笑うと、司会のマイクに何か当たったらしく、ドッと音が鳴った。

 『『四天王に挑戦!』第1試合、先鋒悪使いのカゲツVSポケモントレーナーサファイア。
  さぁ、皆さんもカウントダウンを行ってください。 10、9、8、7、6・・・』

 『5』

 『4』

 『3!』

 『2!』

 『1!!!』

 『POKEMON BATTLE FIRE!!』


「行けッ、グラエナ!!」
「カナ行くんや!!」
すっかり手になじんだボールが2つ、高く高く飛んだ空の上でぶつかり合う。
カチンと小さな音が波紋のように広がると、四天王の『カゲツ』という男のボールが開き
灰色の体、黒いたてがみの『グラエナ』というポケモンが鋭い牙をこすり合わせ、低くサファイアへと向けてうなった。
太い前足から地面に着地すると、青い体についた頭と後ろ足の大きなヒレを震わせ、
サファイアのポケモン、『ラグラージ』のカナも、やや おびえつつも負けじとうなり返す。

 『とくせい『いかく』、効果発動はボールを出た直後。
  身体から発する独特の波動と、目つきと、その鳴き声で、相手をおびえさせ筋力を奪う効果がある。』

「グラエナ、『かみくだく』!!」
「『だくりゅう』で押し流すんじゃ!!」
大きな水ポケモンは太い左腕をグラエナに噛み付かれながらも、周囲の水を荒れさせ泥の混じった水を相手へと叩き付ける。
顔面から激しい水圧を受け、思わず口を離した黒いポケモンは押し流されるが、牙の離れたカナの腕にも生々しい傷あとが残った。
一瞬、天気研究所で見たシルバーの傷のことを思い出し、サファイアは既に強く握られていた拳にさらに爪を立てる。
油断しなければ、ケガさせずに済んだかもしれないのに。
アクア団のアジトに閉じ込められたときだって。 自分の姿が見えないから彼が探しに来て、捕まったのに違いない。
「・・・・・・あぁァ―――ッ!!!」
言い切れない気持ちが湧き上がってきて、サファイアは いら立ちの許すまま どこかへと怒鳴り付けた。
驚いてビクリとカナが身を震わせたのに気付き、いまさらバトルをしている真っ最中ということに気付く。
顔を上げるとグラエナがカナへと向かって走ってきている。
サファイアは大げさなほどに腕を振ると、もう1度息を吸い込み直してカナへと指示をやった。
「『まもる』や、カナ!!」
大きく吼える(ほえる)と、ラグラージは自分の前足を強化し迫り来るグラエナを受け止める。
簡単に弾き返された黒いオオカミのようなポケモンは面白くなさそうに低くうなると、次の指示をもらうため自分のトレーナーのところへと走った。
自分の足元にいるグラエナそっくりの表情をしたサファイアを見ると相手のカゲツはにやりと笑い、サファイアのことを指差した。
「ずいぶんとまぁ、余裕あるじゃねぇか、チャレンジャーさんよ。」
「何がや?」
「真剣勝負の最中に考え事か?
 10万人の憧れの的のポケモントレーナーは、実は勝負中に女のことを考えて負けてましたーってか?
 それとも、言い訳の仕方を今から練習してたんですか、チャレンジャーさんよ?」
グ、とサファイアは奥歯を噛み締める。
次の指示の準備も出来ていないというのに、腹の底で止めどもない感情だけがぐるぐると回って気分が悪い。
関節が白くなるほどに強く締められた手のことも気付いてはいるが、解決策も何も浮かばない。
選手席にいるミツルの心配する視線にも気付いている。
だからこそ、サファイアはますますいら立ち、自己嫌悪におちいっていった。
頃合いを見計らい、四天王のカゲツは自分のグラエナへとさり気なく合図を送る。
「グラエナ、『かみくだく』!!」
跡がつくほど強く地面を蹴り出すと、グラエナは自分の対戦相手へと向かって右へ左へと揺れながら駆け出した。
不規則に移動する4本の足にタイミングを取られながらも、サファイアはカゲツを睨んだまま迎え撃とうと身構える。
戦いの興奮からか熱い息を吐き出し、後3メートルと迫る黒いポケモンへと向けて腕を突き出す。
「カナッ! 『いわく・・・・・・ッ!?」
身体を貫通しそうなほどの殺気を感じ、サファイアは身をすくませた。
背後から感じるから、カゲツのものではない。 思わず我に帰ったサファイアは目の前に当面の危機があることを思い出す。
「『まもる』!!」
とっさに変えた指示にも素早く対応し、カナは再び防御力を目いっぱい上げた腕でグラエナをはじき返す。
視界に入っていずとも、敏感なヒレのレーダーで自分の主人がバトルフィールドの方を向いていないことには気付いた。
珍しいことではないしバトルが始まる前から様子がおかしいことも判っている。
いざとなったら指示無しでも動けるよう、カナはグラエナをしっかりと見据えていつでも動けるよう態勢を立て直す。
彼女の予想通り、サファイアは半分バトルのことを忘れ、背後の観客席を振りかえっていた。
何かが飛んできたのが見えているが、避けるほどの時間がない。


 コンッ


・・・と、いう音を立てると、飛んできた『何か』はサファイアの頭のてっぺんへとぶつかって地面の上を転がった。
すこーしだけ痛いが、害のあるようなものではなさそうだ。 とっさに拾い上げるとサファイアは『それ』をポケットの中にしまう。
視界の端に、再びカナへと迫る相手の姿が映った。
たった1匹で迎え撃とうとしている自分のパートナーへと向かい、サファイアはどこから出てきたのかというほど高く、声を張り上げる。
「『じしん』じゃ、カナァッ!!」
驚かなかったのは指示を受けたカナだけだった。
『だくりゅう』を撃とうとしていた腕を解き、そのまま地面へと打ち付けると大きな揺れが起こる。
足元を守っていた地面に裏切られたグラエナは大きくバランスを崩すとそのまま跳ね上がった。
そこへ走り込んだカナがグラエナを強い力で持ち上げ、投げ飛ばすと、どよめいていた会場が大きく盛り上がった。

 『グラエナ、ダウーンッ!!
  エントリーネームはサファイア選手、まずは1ポイントゲットです!!』

「・・・・・・っし!!」
汗ばんだ手をズボンへと叩きつけると、サファイアは思わず小さな声を上げた。
集中し切れているわけではない、だが、一旦は近づいて来た危機を回避した自分を、何らかの形で誉めてやりたかった。
とにかく気を落ち着かせようと深呼吸すると、次のモンスターボールを手にしたカゲツと一瞬目が合う。
その瞬間、サファイアはまるで金縛りにでもあったかのように動けなくなった。
絶対にそんなことが出来るわけがないのに、相手が笑っていた、そんな風に感じて。

 『油断しちゃダメだよ、サファイア。
  『勝った』って思ってると、心の中に確実にスキが出来るんだからさ。』

 『いいか、絶対に油断だけはするな。』

小さく息を吐くと、サファイアはとにかく金縛りを解こうとゆっくりと指先から動かしていった。
「・・・わかっとる・・・・・・!」
自分に言い聞かせようと、うなるようにつぶやく。
キリリと歯を食いしばって睨み付けた相手はグラエナをボールへと戻すと、わざとらしくため息をついてサファイアを睨んできた。
「あ〜あ、どうしてくれんだ? 俺のポケモンをこんなにしちまってよぉ・・・
 この代償は高くつくぜぇ、そうだな・・・てめぇに、今までに見たこともねぇ恐怖を、プレゼントしてやろうか?」
カゲツの2つ目のモンスターボールが開かれる。
フィールドの上を跳ねたボールからは、白い美しい毛並みのポケモンが飛び出し、羽根のようにフィールドの上を飛び回って
あくまでも静かに、サファイアとカナのことを赤色の瞳で見詰めた。
熱く冷たく、壊れそうになる心臓を押さえ、サファイアはポケモン図鑑を取り出して相手のポケモンへと向ける。
「『アブソル わざわいポケモン』・・・49レベルか・・・
 前に戦ったんとは全然違う感じや、何されっか判らへん。 とにかくやるでっ、カナ!!」
声に応えるように、カナは戦闘体勢へと入ると低くうなった。
絞るように息を吐き出して相手を威嚇(いかく)するサファイアを見て、カゲツは今度は隠さずに笑って見せた。
思わず背筋に寒気が走るが、負けてはいられない。 体に力を込めるとサファイアは両手も強く握り締める。
「ふっ、いくらカイオーガを捕まえたといっても、所詮(しょせん)ガキはガキだな。
 まーこっちも仕事だからよ、戦うだけ戦ってやるよ。 ちったぁ楽しませてくれよ?
 俺とお前とで、ポケモンリーグでしか出来ない戦いを楽しむとしようぜ!」


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