PAGE99.POKEMON LEAGUE 〜Overture


『らしくない』
観客席にいるミツルは違和感を感じないわけにはいかなかった。
明らかにサファイアは何かに焦りながら戦っている。 その『何か』の正体が何かも大体想像はつくのだが。
そのことを伝えようと何度か声を張り上げてはみているが、この大歓声の中、頭に血の昇ったサファイアに伝わるわけもない。
もう1度叫んで全く伝わらないことが判ると、ミツルは眉を潜め、奥歯を少し強めに噛み締めた。
気のせいか、口の中に軽く鉄の味が広がっていく。





サファイアは首を強く横に振る。 首をしっかり前に固定して、2つの黒い瞳を大きく見開かせて。
姿勢を低くして身構えるラグラージの『カナ』をおちょくるかのように、アブソルと呼ばれる白い毛並みを持ったポケモンは軽やかに飛び回り、
黒い毛の生えた顔のこめかみについた角を振り回す。
妖しい(あやしい)ゆらめきを見せる赤い色の瞳を見ると、攻撃の気配を感じ、サファイアは強く息を吸い込む。
「アブソル『きりさく』!!」
「迎え撃つんじゃ、カナッ!! 『いわくだき』!!」
ラグラージは唸り声を上げると頭についたヒレをピクピクと動かし、相手の動きを見ようと集中する。
一方アブソルはそのしなやかな体を活かし(いかし)、打ち寄せる波のように揺れ動きながらカナとの距離を詰めた。
痙攣(けいれん)にも見えるほど カナが強く体を振るわせ相手を睨み付けたのと同時にアブソルは鋭い刃物のような角を振り下ろす。
反射的に打ち出された『いわくだき』と鋭い角は交差し、それぞれ1メートル以上あるお互いの体を弾き飛ばした。

カナの体についた傷を見てサファイアが拳(こぶし)を強く締めると、カゲツは嫌な笑いを浮かべる。
「おらおら、どうした! バトルに集中出来てねえぞ?
 そんなにあの女のことが心配か?」
「・・・ルビーは関係ないわッ!! あんたこそヘラヘラしとらんとバトルに集中したらどや!
 カナ、『じしん』!!」
顔を赤くしてサファイアは叫ぶ。
先ほどつけられた傷が痛むのか左肩をかばうようにしてカナはアブソルを睨むと、
太い両腕を高々と掲げ、それを激しく地面に叩きつけた。
何かの爆発するような衝撃が会場を走り抜け、まるで水の上に波紋が広がるかのように地面が揺れ、相手のアブソルを襲う。
1度倒れたばかりで体勢を立て直すこともままならず、アブソルは足元を取られるとそのまま空中へと叩き上げられ、地面に打ち付けられた。
バウンドを2回ほど繰り返すと、白いポケモンは受けたダメージに耐えきることが出来ず、赤と白の球体へと形を変える。


「おーや? 俺はお前が思っている女が『ルビー』なんて名前だったかなんて知らないはずなんだけどなあ?」
フィールドの上に転がったボールを拾い上げながら、カゲツはサファイアから視線をそらさずに笑みを浮かべる。
サファイアが相手を睨むのを、怒りを覚えるのを楽しむかのように。
ゆっくりと自分の立ち位置へと戻るカゲツを見ながら、サファイアは自分で自分の頬(ほお)を打った。
「アカン・・・今はルビーんこと考えてる場合やないんや・・・
 集中せなアカン、集中・・・・・・!!」
冷静になっているつもりでも、目の下に力が入り、頭の中が真っ白になる。
強く締めた奥歯がキリリと嫌な音を立てた。
カゲツは自分の立ち位置まで戻ると、3つ目となるモンスターボールをサファイアへと向かって突き出す。

「行けッ!!」
きれいな弧(こ)を描いて飛んだボールは、フィールドを1度跳ねると2つに割れた。
固められた地面を削るようにして、登場した緑色のポケモンは2本の足で大地を踏みしめると落ちくぼんだ瞳でサファイアへとギラギラした視線を向ける。
相手のポケモンを見ると、サファイアは一瞬ビクリと身を震わせて、息を呑み込んだ。
「・・・覚えてるか? カナズミでお前と戦ったサボネアだ。
 地の底からはい上がれるのはお前だけじゃねえ。
 どんな奴だろうとポケモンだろうと死ぬ気でやりゃあ、それなりに強くなれるんだよ。」
固い葉のような緑色の帽子を被ったようなポケモン『ノクタス』は、トゲのついた腕で構えるとカナのことを睨んだ。
指示を決めかね、サファイアの手は体の横で中途半端に揺れ動く。
待つ時間は与えられない。 カゲツが指示を出すためにフッと息を吐き出すと、サファイアは体に力を込め、動き出す。
「ノクタス!!」
「カナ、『いわくだき』・・・・・・ッ!?」
指示を出しながらサファイアは目を見開かせる。 視界の端に映った、観客席にいるミツル。
その口が何かを訴えるように必死に動かされ、『ダメ』という言葉だけ認識され。
意味を考えていられる余裕もなくフィールドへと視線を戻すと、途端、心臓をわしづかみにされるような衝撃を覚えた。
カナが攻撃を放った直後、相手の緑色の腕がカナの胴体をとらえ、これでもかとばかりに殴り飛ばす光景。
叫ぶ間もなく自分の方へと向かってきたカナと衝突し、サファイアは後方へと思いきり飛ばされた。
地面をこするようにして倒れ込み、熱い背中を押さえながら何とか起きあがる。
ひざが重いのは、動けないカナがその上を占領しているから。
背中に冷たい氷を放り込まれたような感覚に襲われ、サファイアは自分の唇を強く噛んだ(かんだ)。


 『・・・・・・・・・どうするの?』


「・・・同じこと、繰り返した・・・・・・!!」
他でもない自分に腹を立て、サファイアはどうしようもない いら立ちを強く握った手で押しつぶす。
もう戦えないというほど傷を負ったカナがグルル、と低く鳴き、再び戦おうとするのを軽く手でなだめると、ボールに戻るよう命令し、
サファイアは立ち上がって、これでもかとばかりにカゲツを睨み付けた。
「最初から、狙われてた・・・ワシのミスや。」
傷だらけのボールをホルダーへと戻すと、ゆっくりと顔を上げる。
もぎとるようにして隣のボールを手に取り、強く投げ付けると青白のモンスターボールは地面を跳ね上がり、2匹目のポケモンを召喚した。
「チャチャ、『きりさく』!!」
弾丸よりも早く飛び出したポケモンは相手が反応するのよりも早く懐(ふところ)へ飛び込み、鋭い爪を振り下ろす。
その一撃が決定打となり、緑色のポケモンは飛ぶようにして倒れると、そのまま動かなくなった。
実況の声が入るより先に観客の声が一回り大きくなる。

「・・・くそっ!!」
サファイアは自分で自分のひざを思いきり叩いた。
このバトルのルールを利用してわざわざ1匹を確実に倒しに来た相手よりも前に、それを見抜けなかった自分に腹が立って。
何か自分を誉める言葉をかけているのか、スピーカーから流れる声も言葉として聞こえず、自分の中を流れる『何か』に牙を向けた。
フィールドの中央に立ち、自分を見るカゲツに気がつくと、『何か』はどす黒くなり、サファイアは寒気すら覚える。
「ご立派なバトルで、正義の味方さんよ?」
「・・・・・・!!」
溜め込んでいた『何か』がこぼれ、思わずサファイアは相手に殴りかかろうとひざを押さえていた手を持ち上げる。
その指先が太ももの横にあった固い物体に当たり、身体は一瞬震えて動かなくなった。
ポケットの上からバトル中に飛んできた物体に気付くと、サファイアは黒い目を大きく見開かせる。


 『あーっ! また負けたわ!!
  ルビー、もう1回や、もう1回!!』

 『サファイア、そうじゃないわよ! 『もう1回』の前に言うことがあるでしょ?』

 『そうだよサファイア。 これはね、僕たちポケモントレーナーの誇り(ほこり)でもあるんだ。
  今では ほとんどないんだけど、昔トレーナーは他の人から嫌われる存在だったんだ。
  だけどそんな中でトレーナーになった人たちは、あくまで自分たちが決めたルールを貫き通した。
  この言葉には、誤解だらけだった昔『化け物使い』って呼ばれていた人たちの、少しでも理解してもらおうっていう気持ちが込められてる。
  だから、バトルの後は勝っても負けても、どれだけ手ひどくやられても、いくら納得できない戦いだったとしても・・・』



「・・・『ありがとう、ございました』!!」
歓声にかき消されないよう、腹の底から声を出すと、サファイアはその場で相手へと向かって頭を下げた。
大きく深呼吸すると、冷えた鼻先をこすり、戻ってきたチャチャの羽根をなでる。
小さな声でチャチャに一言二言何かを言うと、サファイアはため息をついて肩を落とす。
帰り道が判らないということに気付いてようやくやってきた係員に視線を向けると、赤と白のボールを手に持ってそれを係員の男へと突きつけた。
「・・・悪いんやけど、先にカナポケモンセンターに預けといてくれひん?
 今日は1人で戻れるさかい、そっとしといてーな。」
言って、男に有無も言わさずカナのボールを押し付けると、サファイアはチャチャを連れて走り出した。
一目散に会場出口を目指し、人と人との間を抜ける。

「サファイアさん!?」
驚いたのはミツル。
突然叫んだり、怒っていたかと思えば相手に頭を下げたり、バトルの間中気の休まるヒマもなかったかと思えば、今度は飛び出して行ってしまう。
慌てて追いかけようとするが、はたと気付く。 今の自分がサファイアと同じ速度で走れる訳もないと。
ミツルはバッグからボールを取り出すと、サファイアの向かった方向へと投げ付けた。
「『ゆえ』、追って下さい!!」
真っ黒なポケモンはニタリと銀色の歯を見せると、サファイアが走り込んだ廊下の影に溶け込んで見えなくなる。
会場が必要以上なまでに明るいせいで先の見えない細い通路に目を向けると、
足元にいたキュウコンの『ろわ』が服の端を引っ張り、ミツルをせかした。
「頭に血が昇ってるんですよ。 少し、時間を置いた方がいいと思うんです。」
優しく笑うと、軽く鼻先をなでながらミツルは首を横に振る。









川の流れに頭を突っ込ませると、サファイアは息を止めてから顔を上げて思い切り空気を吸い込む。
流れ落ちた水滴の1つは近寄ってきたチャチャの羽根に落ちて球体となり、強く吹いた風はびしょびしょになった頭から熱を奪い取った。
「・・・・・・・・・あーっ!」
顔の水を拭う(ぬぐう)こともせず大きく口を開けて叫ぶと、サファイアはごろんと芝生の上に寝転がった。
カサカサと動いて顔を覗き込もうとするチャチャに軽く視線を向けると、深く大きく息を吐き出す。

「・・・負けたな。」
ジジ、という小さな音が、冷たい空気の中で響く。
見上げた空は薄く紅と蒼に染まり、銀色の月がうっすらと浮かんでいる。
「勝つ負けるって相手を倒すだけで決まるモンやなかったんや。 カナはリーダーやから狙われた。
 ハハ・・・こーしてると、まるで最初にアクア団に負けた時みたいやな。
 カナが負けてもうて、ワシがぶっ倒れた時にチャチャが覗き込んで・・・・・・」
テッカニンのチャチャは飛び上がることはせず、その場で背中についた羽を動かした。
「せやな。 今のチャチャには羽根がある、どこでも飛んでけるんや。
 ・・・『負けている』ワシは、この後選択を強いられる・・・か。
 『戻る』か・・・・・・」
サファイアは足で反動をつけて起きあがると いつでも立ち上がれるように体勢を立て直す。
夕闇の中、側にいるチャチャをしっかりと見つめると バトル前の時のような緊張感を持って声を上げた。
「何の用や? ミツル君。」



『ゆえ』と『ろわ』を側に従えたまま、ミツルは目を見開かせ驚いた。
声もかけていないし、気付かれる要素はないと思っていたのに。
「チャチャの目に映っとった。 ルビーなら何となく判るしな。」
問いかける前に、サファイアはネタばらしをする。
軽く息をつくとミツルは3〜4歩前進し、サファイアから数メートル離れた場所に立ち止まった。
「『らしくない』ですね。」
「そう、見えるか。」
サファイアはため息をつくと、姿勢を変えてひざの上に腕を乗せた。
一見すればくつろいでいるかのようにも見えるが、手はいつでもボールに伸ばせる位置にある。
たった1年という期間の中で得たトレーナーの性というのか、警戒心にミツルは尊敬の念を覚えると共にあきれ果てる。
「昔は、旅に出る前は、今よりずっと酷かったんや。
 親父のやっとることにも興味あらへんかったし、何もやりたいこともなかった。
 誰とも話できひんさかい、色々な物見ては、文句ばっかりつけとった。
 そん時と同じや、なぁんもない からっぽのまんま、ただイライラしとんねん。」
ミツルは黙ってその話を聞こうとしたのだが、話はそこで終わったようで、どうとも言いがたい静寂が辺りを包んだ。
風と共に流れる時間の中、遠くの街の明かりが1つずつ灯されて行く。

「ルビーさん、来てましたよ。」
聞こえるか聞こえないかくらいかの声で言ったというのに、サファイアは頭を上げ、ミツルへとようやく顔を向けた。
気のせいか少しピリピリしていた空気がやわらぎ、日も落ちてゆっくりと冷える空を暖める。
ミツルの顔を見ることにも飽きたのかポケットから小さなものを取り出して指先で転がすサファイアへと向かって、ミツルは続ける。
「彼女も忙しい身ですから、大会中にボクたちが会うことは難しいと思います。
 ですが、リーグの様子は会場のモニターにも映されますし、テレビ放送だってされていますから、
 無様な戦い方をすれば、ルビーさん呆れてしまいますよ。」
「さいか・・・」

短く返答すると、サファイアは手にした小さな物体を空へとかざしてみた。
潮溜まりの水を小さく固めたような水色のビー玉は、夕陽の光を反射し、キラキラと光っている。
「それは?」
「バトルの最中、どっかから飛んできたんや。
 向こうの言うこと成すこと全部に腹立ててる時でな、まるで『しっかりせえ』言われとるみたいやった。
 確かにルビーはいる、ワシらのこと見とる。 頭では判ってんねんけど・・・」
小さなビー玉をポケットの中にしまうと、サファイアはヘアバンドの下の頭をボリボリとかきむしった。
眉間にしわを寄せたり首をかしげたりしてから、すぐに立ちあがれる状態にあった足を思い切り放り出す。
「あーっ、ここんとこおかしいわ!!
 バトルに全然集中できひんし、何やめっちゃイライラする!!」
まるで他の10歳児と変わらないその姿に、ミツルはため息をついた。
呆れるのと同時に、自分でも妙に感じるくらい冷静な目でサファイアを観察している。
もしかしたら放っておいても自分で勝手に立ち直るかもしれないが、それでは面白くない。
少し時間をかけてミツルは考え込むと、顔を上げてサファイアの後ろ頭へと向けて笑みを見せた。


「・・・ルビーさん、美人ですよね。」
ひくっと鼻の頭を動かすと、サファイアは眉間にしわを寄せたまま立ち上がった。
藍色の空に溶けていきそうな瞳でミツルのことを睨み、口を真一文字に結ぶ。
「何が言いたいんや。」
面白いほど簡単に引っかかったため、ミツルは苦笑した。
頭ごなしに襲い掛かってくるようなことはないだろうが、サファイアの臨戦体勢は変わらず、気が抜けない。
さり気なく距離を取ると、ミツルは先を続けた。
「顔もスタイルもいいし、思いやりがあって気立てもいい。
 彼女を狙う男なんて、たくさんいますよ。 もちろん、このボクも。」
「だから、何が言いたいんやっちゅうねん!」
サファイアの右の拳に 力がこもる。
気配を感じ取ったチャチャが地面を蹴り、激しい音を鳴らしながら主人の側でホバリングする。
対抗するように足に力を込めたキュウコンの『ろわ』を制しながら、ミツルはあごを引いて緑色の瞳で上目づかいにサファイアのことを見つめた。

「賭け、しませんか?」
「・・・賭け?」
右手を横に出し、サファイアはチャチャに戦闘体勢を解くよううながした。
少しだけ動いてミツルとの距離を取ると、視線だけ動かして相手の返答が来るのを待つ。
「ここまで来たんです、ボクはポケモンリーグの予選を勝ち抜きます。
 つまり、順当に勝ち抜けば、4日後・・・リーグのチャンピオン決定戦でサファイアさんと戦うことになる。
 ですけど 四天王は全員が全員TP(トレーナーポリス)に選ばれるほどの猛者(もさ)の集まりです、
 厳しいこと言うようですけど、今のままのサファイアさんでは勝ち抜くことは難しいと思います。
 ですから、もし、4日後のチャンピオン決定戦にサファイアさんが出場することが出来なければ、サファイアさんはルビーさんから手を引く、というのは?
 あぁ、どうせですからボクが優勝したらルビーさんに告白するというのもいいかな・・・」
「なっ・・・! 何言っとぅ、ルビーは物じゃなかよ!!」
「『ジョウト弁』、どうされたんですか?」
ぐっと言葉に詰まると、サファイアは腕を振り、答えることないままミツルを横切ってポケモンセンターの方へと向かって歩き出した。
振り返ったミツルは変わらない調子で笑みを向けると、背中へと向かって問いかける。
「お返事は?」
「NOじゃ、バカバカしくてやってられんわッ!!」
先導しながらも時々心配になって振り帰るチャチャと共に、サファイアは早足でポケモンセンターへと向かう。
後ろ姿が完全に見えなくなると、ミツルは息をついて、軽く肩を降ろしてからつぶやいた。
「・・・判りました、バトル開始ですね。」





「・・・カナッ、カナッ!!」
ポケモンセンターの治療室で休んでいたラグラージのカナはぎょっとする。
普段騒がしいが大人しい主人が、なにゆえこれほど大声を上げて、おまけに血相を変えて治療室へと飛び込んでくるというのか。
一瞬怒られるのではないかと身をすくませるが、声の調子からしてそういうことではなさそうだ。
散々時間をかけた挙句、ようやく自分の元へやってきた主人は、きょとんとしているカナの側に腰を降ろすと、
カナの好きな海と同じ色に染まった瞳を真っ直ぐに向けながら、一気にまくしたてるように叫んだ。
「今日はホンマすまんかった! クウでもチャチャでも交代させれば良かったんに、傷あること忘れて戦わせてまったんはワシのミスや!!
 明日からのバトル、カナは戦えへんねん。 せやけど、4日後のチャンピオン決定戦、ちゃんと出したるからな!!」
きょとんとして、カナはサファイアの顔を覗き込む。
水をかけられたのか自分から被ったのかは判らないが頭は濡れているし、鼻の上に小さくしわが寄っている。
小さく声を上げながらカナが鼻先でサファイアの腹の辺りをつつくと、
サファイアはカナの頭を抱え込むようにしてうつむき、ぼそぼそと聞こえるか聞こえないかの瀬戸際というほど小さい声を上げた。
「会場のどっかにな、ルビーがおんねん。
 どこにいるかも判らないねんけど、ルビー美人さんやし、好奇心いっぱいやし、どんだけ心配して言ってることでも聞いてくれへん。
 誰かが側にいて、守ったらなアカン。 ・・・・・・・・・・・・‘カナ’」

ゆっくりとサファイアが離れると、カナは低く声を上げてポケモントレーナーの顔を見上げた。
信頼を持ってまっすぐに瞳を見詰めると、青い色を持った瞳は強い輝きを持つ。
「・・・カナ、ワシは盾になる。」
グローブの中の拳に、ゆっくりと力が込められて行く。
「ルビーを守る、最強の盾になる!!」








翌日、午前9時半。
サイユウメインスタジアムのフィールドでは1人の女が相手を待っていた。
天気は晴天、10代ほどの彼女は前日からの冷え込みもあるというのに、スリットの大きなスカートにチューブトップの服装という
温暖なホウエンといえど、この時期にしてはかなり奇抜とも言える様相をしている。
冷たい北風が吹くと、茶色の短い髪につけられた大きな赤い花が、ひらひらと揺れた。
時計の針が丁度1番上まで上がると、彼女は目を開いて大きな茶色い瞳を真正面にある通路の奥へと向ける。
「・・・来た来た♪」
ツヤのある唇が動かされるのと同時に、通路の向こう側から少年はやって来た。
既に決められているのか、右手にはしっかりとモンスターボールが握られ、2つの目はまっすぐにフィールドの方を見つめている。

戦うためにやってきた少年は自分の場所に立つと、微動だにせず真正面にいる彼女を見つめる。
体の後ろに回した手でモンスターボールを取るとキレイハナのように頭に大きな花をつけた彼女は大きな目を瞬かせながら口を開いた。
「もうイライラしてないね。
 よかったぁ、カゲツの時みたいにバトルに集中してないんじゃ、全然楽しめないからね。
 あたしは四天王の『フヨウ』、覚えた?」
「あぁ。 なぁ、あんた・・・」
ん? と小さく声を上げて、フヨウと名乗った女はサファイアを見つめる。
手にしたモンスターボールを転がすと、サファイアは1度唾(つばき)を飲み込んでから相手へと向き直った。


「強くなるんは、楽しいな。」
「ごもっとも〜。」
開始時間を告げる時計の針が回り、耳の割れるような音楽と共に会場は歓喜に包まれる。
振動する空気に頬(ほお)を揺さぶられながら時を待つと、ドンッという音が鳴り、音楽ばかりを流していたスピーカーから男の声が響いてきた。


 『こちらはサイユウメインスタジアム、『四天王に挑戦!』の会場です。
  本日の対戦相手は魅惑の祈祷師(きとうし)、フヨウさん。
  昨日辛くも勝利を手にしたサファイア選手、1匹減って5匹となったメンバーでどのように戦うのでしょうか?
  まもなく、バトルは開始いたします!!』


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