PAGE100.POKEMON LEAGUE 〜Nocturne


宙を舞う2つのモンスターボールは全く違う形で地面へと当たって弾けた。
力いっぱい投げられたサファイアのボールは勢いよく打ち付けられるような形で、
一方、フヨウのボールはふわりと1度空中で止まるかのような動きで、ゆっくりと。
しなやかな手をゆらりと動かし、フヨウは踊るように軽くステップを踏むとくるりと回る。
「マーヨ、がんばっちゃお〜。」
「チャチャッ、行くんや!!」
ボールから出るなりロケットのように加速してサファイアのテッカニン、『チャチャ』は姿の見えない相手へと立ち向かう。
だがしかし、薄ぼんやりと灰色の影が見えたかと思った瞬間、チャチャは相手のポケモンを追い越して反転せざるをえなくなった。
ゆらゆらと揺れるようにフヨウがステップを踏むと、彼女の出したポケモンは体から離れた2つの手を怪しげにゆらゆらと動かし、1つ目の赤い瞳を見開かせた。
人に近い形はしているが、相手のポケモンは全く一定の形を保ってはいない。
黒い体については離れる手、膨らんではまた縮む身体を観察し、サファイアは背筋に寒気を覚えながらも身構える。
「・・・『ゴースト』タイプ・・・・・・!」
「ゆっくり行こうよ、時間はたっぷりあるんだし・・・・・・ね?」





この空間には、壁以外の物体というものがない。
ただ狭い円筒状の壁に囲まれて、ミツルはその時を待っていた。
試合開始まで相手が判らないようにと備え付けられたこのチューブは、丸いフィールドの周囲にぐるりと16個設置されている。
最後のトレーナーが案内されたらしく、白いチューブの競りあがる音と共に会場の空気が切り変わった。

 『こちらサイユウ第7スタジアムです。
  まもなく始まるのは予選Gブロック、ここで行われるのはまさに、ポケモンマスターへの登竜門(とうりゅうもん)です!
  総勢16名のポケモントレーナーたちがたった1つの枠を巡り、生き残りを賭けて戦います!!』

使用出来るポケモンはたったの1匹、制限時間以内に残れなければその時点でゲームオーバー。
残った人の中から最も相手のポケモンを多く倒せた人が決勝トーナメントへと進めるというサバイバル戦。
ミツルは頭の中でルールを再確認すると、既に決めていた作戦と決定しているポケモンの入ったモンスターボールを握り締めた。
カウントダウンがかかり、ミツルの足元から緑色の光が上がる。
「・・・・・・『くさ』。」
ポケモンの持つ17のタイプから何かの色が引かれて、それぞれのチューブにそれを模した色を点灯させているのだろうと推理する。
秒読みが10を切ると、ミツルは低く構えてすぐに動き出せるようにした。
今、ゆっくりと囲いが外され、猛獣たちのぎらつく瞳をはっきりと映し出す。

 『POKEMON BATTLE・・・・・・GOッ!!』


「‘りる’行って下さい!!」
円形のバトルフィールドの中央へと向かって走り出すと、ミツルは紫の光のエリアから飛び出してきたトレーナーへと向かってボールを投げる。
ほぼ躊躇(ちゅうちょ)せず攻撃してきたミツルに相手トレーナーは一瞬ひるむが、すぐに気を取り直し戦闘の構えへと移った。
だが、紫(恐らくエスパータイプ色だろう)エリアのトレーナーが繰り出したポケモンには傷1つついていない。
それを疑問に思っているうちに、ミツルは脱兎(だっと)のごとく逃げ出した。
他のトレーナーに戦いを挑まれたのか、それとも突拍子もない行動に考えを巡らす暇もなかったのかは判らない、ひとまず相手トレーナーは追ってこない。
狙いをつけていた銀色(鋼タイプだと思われる)エリアから出てきたトレーナーのライボルトへと指を動かすと、ミツルは息を思いきり飲み込む。
「もう1回です、りる!」
「何・・・っ!?」
鈴のなるような音を立てながら、ミツルの『りる』、キレイハナは相手のポケモンへと向かって突き進む。
ぐっと姿勢を低くすると、相手に行動させる前にその足元を一気に通過する。
何かされたのかと思い ミツルよりも1つ2つ上のトレーナーは身構えるが、2メートルほど離れた場所のライボルトは特に動きがおかしくなっているわけでもない。
「な、何をした・・・!?」
「あ、いえ、何も・・・! 失礼しましたっ!!」
おろおろした動きで、ミツルはまた すたこら逃げ出す。
途端に正面衝突。 今度は体格のいい男、確か水色(氷タイプだろう)エリアから出てきていたトレーナーのはずだ。

「あっ・・・ご、ごめんなさい・・・」
おびえた様子を見せながら、ミツルは1歩2歩と後退する。
頭のはげ上がった体格のいい男はそれを見て明らかに弱そうだと判断すると、にやりと笑って無理矢理にシャツのエリに手をかけた。
「そうじゃねぇだろぉ? ポケモントレーナーと視線が合えば、ポケモンバトルって相場決まってんだっよ!!」
今まで戦っていなかったのか、筋肉隆々の男はモンスターボールを地面へと叩き付け、自身のポケモンを呼び出した。
男を2回り小さくしたような灰色の人型をしたポケモン、ワンリキーだ。
タイプがどうこうという訳でもなく、ナリも小さいが、全身筋肉の身体から繰り出される攻撃はなかなかあなどれない。
ゆっくりと、ミツルは相手トレーナーから遠ざかろうとする。
だが相手がそれを許さない、ぐいっとエリを引くと男のワンリキーが2人の方へと飛び掛ってきた。
そこでようやく男はミツルのことを離すが、今度は相手ポケモンの攻撃を受けるか受けないかギリギリの位置ときたものだ。
『りる』が慌てて相手ワンリキーへと飛びかかるが、ほとんどスカのような攻撃1発当てただけで、ワンリキー自身はピンピンしている。
本当に紙一重のところで攻撃を避けられたミツルは『りる』と合図を交わすと、またしても猛スピードで逃げ出した。





性質が悪い。
離れようとして急がせているというのに、特性の『かそく』でぐんぐんスピードは上がっているはずなのに、ぴったりとついてくる。
テッカニンのスピードについてこられるというポケモンはそうそういない、だが、フィールドを知り尽くした相手だからか、それともトレーナーとしての年季の差か、
相手の攻撃の射程範囲外に出ようとしてもサマヨールはのろそうな外見とはうらはらに、巧みに動きチャチャへと迫ってくる。
「・・・ッ、離れろやっ、何でついてくるねん!?」
中途半端な距離を保たれ、チャチャは攻撃に移ることもサポートに回ることも出来ない。
第一、チャチャの攻撃では相手のサマヨールへは有効な攻撃を与えることが出来ない、だからこその『つるぎのまい』。
次の指示を与えたいのに、このままでは先にチャチャが倒されてしまう。 サファイアは早くも焦りだす。
フヨウは踊る、くるくると。
声もあげないのに、彼女のサマヨールはしっかりとタイミングを取って踏み込んでくる。 その度にチャチャは逃げるしかないわけで。

 『覚えておくといい、トレーナーの中には声が使えなくなったときのために、動きなどで指示を出す者もいる。』

「・・・あの、踊りや! せやけど・・・ッ、どこや!?」
足のステップのタイミングなのか、手の動きか、視線の動かし方か。
サファイアはチャチャがやられないよう注意しながらフヨウとサマヨールの動きの共通点を探す。
フヨウの踊りはどこまでも不規則で、揺れたかと思えば強く踏み込んだり、そうかと思えば軽く跳んだり、かなりバラバラの動きをしている。
怪しげに宙に浮いた手がチャチャへと伸び、羽根の先をかすめる。
驚いて逃げようとしたせいかバランスを崩したチャチャが、一瞬だがサマヨールから開放される。
そのチャンスを逃したら後がなくなることを覚悟し、サファイアは腰のボールホルダーから2匹目のポケモンをひったくった。
「チャチャ『バトンタッチ』や!! 今のままやとラチがあかん!!」
空気の爆発したような音を鳴らすと、チャチャは一気にサファイアへと接近し、空中を飛んだまま青白のモンスターボールの中へと戻る。
飛び出したのは空中をくるくると回転しながら落下してくる小さなバトン。
それが地面へと落ちないうちに、サファイアは2つ目のボールを地面へと打ち付けた。
新しく出てきたポケモンは、チャチャの残したバトンを受け取らない。
代わりに、その背中にバトンはぶつかって弾けた。 新しく出てきたポケモンの体長は14,5メートル。
撃ち出された『シャドーボール』を避けもせず身体で受け止めると、巨大なポケモンは相手を威嚇(いかく)するように低い声で鳴いた。
「・・・へぇ・・・・・・」
「‘ダイダイ’行くんや!!」

ホエルオーは大きな声で鳴き、相手のポケモンへと身をよじらせて向き直る。
身体をのけぞらせ、今にも押しつぶしそうな勢いでその巨体を地面へと打ち付ける、すると、フィールドが大きく揺れサマヨールの黒い身体を弾き飛ばした。
先ほどまでの威圧感が何だったのかというほどに、蹴っ飛ばした空き缶のようにくるくると回転すると、
サマヨールは地面へと打ち付けられ、最後に1つ目の赤い瞳でホエルオーを恨みがましく睨みつけてから気絶した。
「よっしゃ! 『じしん』決まったで!!」
小さくガッツポーズするとサファイアはダイダイへと向けてピースサインを送った。
満足げに体を伸ばすダイダイのあごの辺りで倒れているサマヨールに、モンスターボールに戻るよう指示が出る。
手のひらに収まってしまうほどの大きさに変化した自身のポケモンを手に取ると、フヨウは小さく笑って2つ目のモンスターボールを取り出した。
トンッと軽く跳ぶと、また先ほどからの不思議な踊りをしながらくるくると回り出す。
真っ白なモンスターボールを空へと高く掲げると、1度足を止めてからフヨウは思わず目をそらしたくなるほどにまっすぐサファイアのことを見つめた。
「お〜もしろくなってきたよぉ、あたしの2匹目はね、この子!
 やーみ、がんばれ!!」
心底ポケモンバトルを楽しんでいる様子で、フヨウはニコニコしながら2つ目のモンスターボールを投げる。
破裂音が響き、中から出てきた黒いポケモンはギラギラとした歯を見せて笑った。
宝石のように体や顔のあちこちが光る。 見覚えのあるポケモンにサファイアは生唾を飲み込んだ。
「『ヤミラミ』や・・・弱点突けんポケモン、やったな。」
「ダイアモンド食べさせて育てたんだ〜、キレイでしょ?」
「固さ世界一、っちゅうこっちゃな。」
審判のフラッグが振られると、サファイアはダイダイに合図する。
空が真っ黒におおい尽くされたかと思えるほど高くジャンプすると、ダイダイはフィールド上にある水場の中へと飛び込み、潜り出した。
「『ダイビング』、ね。」
フヨウはクスクスと笑うと、サンダルの足でステップを踏んで、くるりと回転した。
大型の水ポケモンでも使えるようかなり大きく取られたプールの中から、巨大な黒い影が黒いポケモンを狙う。





ミツルは立ち止まると辺りを見回した。
囲まれている、相手は3人。 逃げ回っているうちに隠れる場所がなくなってしまったのだ。
既に5回、交戦しては逃げてを繰り返している。 そろそろ時間切れになってもおかしくない頃だ。
考える間にも時間はどんどんミツルのことを追いこしていく、少しでも、勝ち点を稼ぎたいところ。
逃げるだけではもうここを突破出来ない。 『りる』を足元につけて囲む3人へ視線を向けると、ミツルは大きく息を吸い込んだ。
狙うのは、自分の左側の、シードラ。
「りる、『はなびらのまい』!!」
花弁から花びらの先から、まき散らされた花々は一気に水分を吸い取り、尻尾の渦巻くポケモンを気絶させた。
狙って撃てるのはその1発だけ、『りる』は いまだ宙を舞うピンク色の花びらを感性に任せて思いきりアテにならない方向へと吹き飛ばす。
うっかり飛び出してきた岩の固まり・・・ゴローニャの胴をかすめ、体力を奪い取る。
他のトレーナーが近づけない状態のまま、『りる』は踊り続けると やがて疲れたのかくるくると回転してその場に転がった。
殺気がひしめき、ミツルと『りる』のことを貫いていく。
自分たちを狙っているのは2人、1人は先ほどのゴローニャ使いの男、後ろから準備を整えて遠距離攻撃を仕掛けようとする姿も見える。
それともう1人、2人と戦うミツルを、観察しようとしている男も。
「ゴローニャ、『のしかかり』!!」
「『にほんばれ』よ、ラフレシアッ!!」
飛び上がって40センチの小さな『りる』を押しつぶそうとするゴローニャの後ろで、頭に大きな花の咲いたポケモンが上空へと向かって光を飛ばす。
まぶしさで思わず目を細めるが、目を閉じてはいられない。
すぐそこに300キロの物体が迫っているのだ、避けなければ一瞬にして潰されてしまう。

「‘りる’ッ!!」
ミツルは自分も飛びのきながら『りる』の名前を呼ぶ。
ふらふらしていたキレイハナは一瞬ミツルの方を向くと、よろよろとそちらへと向かって走り出した。
その直後、『じしん』にも似た地響きを上げて茶色い岩の球体が『りる』の真後ろへと突っ込んでくる。
ぜぇぜぇと息を切らしながら睨まれ、ゴローニャのトレーナーはニヤニヤした笑いを浮かべながらミツルのことを見下ろした。
「自業自得だなぁ、オィ? 自分で撃った『はなびらのまい』で『こんらん』しちまってるじゃねぇか。
 逃げてばかりで戦おうともしねぇトレーナーが・・・こんなトコまで来てんじゃねぇよっ!!」
ゴローニャは地面を蹴ると、ミツルのキレイハナに向かって転がってくる。
早いわけではないが、あの巨漢である。 まともにぶつかったらただでは済まない。
勝利を確信した男の顔が、一瞬曇る。 ミツルが、笑っていたからだ。
「‘りる’『はなびらのまい』!!」
しっかりとした声に合わせ、『りる』は真正面へと向けてピンク色の花びらをシャワーのごとく撃ち出した。
花びらは『りる』へと向かってくるゴローニャを押し返し、さらにそのゴローニャの巨体を逆利用してその向こうのラフレシアをも巻き添いにする。
突然のことに対処し切れなかった2匹は、その1発を受けてあっという間に気絶した。

 『ショウタ選手、ミサコ選手、ダウン!! ポイントはミツル選手へと入ります!!
  予選Gブロック、現在暫定(ざんてい)1位はダツラ選手5ポイント、2位はトニー選手、ミツル選手、共に3ポイントです!!』

間髪入れずにミツルは身構える。
今までミツルの様子を見ているだけだった男の足が、わずかだが動いたせいだ。
攻撃に集中するしかなかったせいもあるが、最初よりもずいぶんと距離を縮められてしまっている。 もう逃げることは許されない。
明らかに一筋縄では行きそうもない男はゆっくりと手を叩き合わせながらミツルへと近づいてくる。
「イイねぇ、イイじゃねぇか、おめえ!
 ビビって逃げてるフリして さりげなく自分の有利になるような場所まで誘導したろ?
 フェアとはとても言いがたいがバトルのし方を判ってやがる。 おもしれえじゃねえか。」
「・・・暫定(ざんてい)1位の、ダツラさん・・・ですね?」
男は長いコートのエリを直すと、連れている首の長いポケモン『キリンリキ』と共に、ミツルへと向き直る。
「いかにも、俺がダツラだ。
 周りにロクなトレーナーがいねえからポケモンリーグに応募したんだが、ここでもさっぱりマトモなトレーナーに遭えやしねぇ。
 おめえは、ちったあ俺のことを楽しませてくれんのか?」
ダツラと名乗った男が手首につけた何かを操作すると、ミツルの目の前にいる男の瞳が宝石のような赤い色へと変色した。
色濃い紅の瞳でミツルへと笑いかけると、男はキリンリキをけしかけミツルと『りる』を牽制(けんせい)する。
「・・・『紅眼』!?」
「知ってたか。 おもしれぇだろ、ポケモンに命令するだけで攻撃力が上がるんだぜ?」
「そんな・・・! あり得ない! だって、ジラーチはもう・・・!!」
『りる』の15センチほど横をひづめで強く蹴られ、ミツルは身をすくませながらも反撃の指示を出す。
満足そうに笑うと、ダツラと名乗る男はミツルへと向かって低い声を上げた。
「実際、今おめえの前にいるじゃねえか。 それじゃ不満か?」





大きな水柱が立つと、それはフヨウのヤミラミへと向かって一直線に打ち下ろされた。
津波にも近い水しぶきがフィールドを打ち、地面の上でバランスを取り直したホエルオーを黒い球体が撃つ。
『シャドーボール』はダイダイにたいしたダメージを与えることもできず、2匹のポケモンは再び睨み合った。

 『決まったァ!! ホエルオーの『ダイビング』にヤミラミの『シャドーボール』!!
  双方クリティカルヒット、間違いなく次の一撃でこの勝負きまりますッ!!』

「‘ダイダイ’ッ!!」
サファイアが叫ぶと、巨大なポケモンは身をくねらせ大きくのけぞらせる。
まるで壁のようなダイダイの身体がフヨウとヤミラミの前に立ちはだかったかと思えば、それは一気に地面を打ち付けて巨大な振動を巻き起こした。
「『じしん』じゃ!!」
喉が枯れるかというほどに叫ぶと、相手のヤミラミの体は宙へと浮き上がり・・・
・・・いや、地面に嫌われ、高く投げられて そのまま重力に逆らえずにフィールドの上へと打ち付けられる。
バランスを崩しその場に尻もちをついたフヨウの目の前で、黒と銀色のヤミラミは最後の抵抗として1度立ち上がろうとし、そのまま崩れ落ちた。
フヨウは手早くヤミラミをモンスターボールに戻すと、最後のボールをホルダーからつかみ取る。
「・・・見つけたで、あんたのバトルの法則!!」
「それだけじゃ勝てないよぉ?」

 『ヤミラミダウンーッ!! ポイントは2−0でサファイア選手!
  だが勝負は最後までわからないッ、四天王のフヨウさんは今度はどんなポケモンで戦うのか!?』

体勢を立て直すと、フヨウは腕を大きく回してボールの色で空中に赤い線を引く。
円を描くように回されたフヨウの腕から赤白のモンスターボールが解き放たれ、空中で2つに割れる。
5分の1近くをダイダイが占領しているフィールドの上に降り立ったのは、サファイアの体の半分くらいしかない、真っ黒なポケモンだった。
全体にふわふわしているが、ジッパーのような口元と赤く光る目がギラギラと輝いている。
強い怨念(おんねん)のようなものを感じ、サファイアは背筋に何か冷たいものを流されたような錯覚を起こした。
身構え直そうとするが、その前に横で相手を睨んでいたはずのダイダイが突然、力なく ぐったりと倒れ込む。
「・・・・・・え・・・?」
訳も判らないうちに戦闘不能へと陥った(おちいった)ダイダイへと目を向けるサファイアを見て、フヨウは軽く足を打ち鳴らす。
過敏なほどに反応したサファイアの様子を楽しむかのように、彼女はクスクスと笑った。
「・・・『みちづれ』・・・・・・?」
「『のろい』だよ、‘やーみ’じゃなくて最初に出した‘まーよ’のね。
 口で言わない指示ってさぁ、相手は何を指示しようとしてるのか知ろうとすればするほどツボにはまってくんだよね〜。」
後がないのは変わらないというのに、フヨウは楽しそうに笑いくるくると回転して見せた。
あまりに突然のことに、サファイアは事態を飲み込むことも出来ず、ただ呆然と動かなくなった巨体を見つめている。
ずいぶんと時間をかけてからふらふらと歩きだすと、子供の手を2つ、壁のような体にそえて瞳に力を込めた。


フシューっと、ダイダイの頭のてっぺんから白い霧混じりの鼻息が吹き出される。
「・・・ヘーキや、ヘーキ。 絶対に勝ち抜いたる。
 判っとる、やることは1コや、信じてやったればええんやろ?」
低い声を上げたのを最後に、巨大なポケモンはモンスターボールの中へと戻っていった。
改めてその大きさを感じさせたのが、そのボールの落ちた位置。 すぐ側にいたはずのサファイアの5メートルほど遠くに転がっている。
ゆっくりとした足取りでフィールドの真ん中に転がるボールへと歩み寄ると、サファイアは そっと拾い上げる。
いつになく丁寧にホルダーへと収めると、サファイアは落ち付いた瞳でジュペッタのことを見ながら代わりとなるモンスターボールを探った。
「1コや、何にも惑わされんよう戦ったらええねんやろ? ・・・・・・護る、ために!」





 『さぁ、予選も残り時間あと5分となりました!
  予選A組では前回チャンピオンのツワブキさんが15人抜きを達成し、既に予選を通過しています。
  運にも左右されるこの予選、既に10人以上を倒し通過確定しているブロックも、はたまたギリギリの接戦を繰り広げているブロックもあるようです。
  早くも荒れてまいりました今年のポケモンリーグ、一体どんな戦いが繰り広げられているのでしょう!?』

「・・・・・・あと、5分!?」
「オイオイ、大ピンチじゃねえか?
 おめえ3ポイントだろ、仮に俺を倒したところでもう1人倒さねえと勝ち抜けねえ。
 ここまで来て5分で2人倒すってえのは、まずあり得ねえ・・・・・・いや、」
ダツラは身構えるミツルを見て眉を寄せた。
自分のポケモンに合図を交わし、彼と戦えるよう準備を整える。
「死んでねえな、その目。 ・・・・・・キリンリキ!!」
「‘りる’ッ!!」
固そうな『ひづめ』を振り上げて襲い掛かってきたキリンリキを、りるは後ろへ回転してかわす。
キレイハナの頭についている花びらと花びらがこすれあい、戦っている場面としてはふさわしくないほどの心地よい音を奏でた。
時間がないのは相手も同じことで、遠距離戦に持ち込むことも出来ず長い首や足を振り回しキリンリキは
自分の半分もないキレイハナへと向かって直接攻撃を加えようと迫る。
だが、『りる』とてそうやられてもいられない。 走って飛んで転がって、攻撃することも防御することもせずひたすら避け続けた。
サファイアならそろそろイライラしてくるころだが、暫定(ざんてい)とはいえ このブロックの1位というだけあって相手も無茶な攻撃をしようとはしない。
むしろ、時間がかかって危険になるのはミツルの方。 少なくとも目の前の相手を倒さなければこのブロックを勝ち抜くことは出来ないはず。
「オラオラどうした!? 打ってこねえと俺に勝つことは出来ねえだろうが?」
「あなたに指図されたくはありません、ボクにはボクの戦い方があるんです!!」
本能的に襲い掛かってきた小さな頭脳を持つキリンリキの尻尾に、『りる』の身体がほんの少しだが傷つけられる。
ミツルと『りる』は少しだけ顔をしかめるが、やることは変わらない。 避けて避けて、また避けて、ひたすら相手のキリンリキから逃げ続ける。
一瞬のスキをついて時計に目を向けると、残り時間はあと1分まで迫ってきていた。
「‘りる’飛んでください!!」
息を切らしながらもミツルが叫ぶと、『りる』は1度踏み込み思いきり飛び上がり、キリンリキと目いっぱい距離を取った。
ぜぇぜぇと息を切らす線の細い少年を見て、あまり目つきのよくない男はにやりと笑った。
「勝負決まったんじゃねえか? もう残り時間はねえだろ。
 まあ、よくやった方だぜ、おめえ。 だけど俺たちフロンティア・・・・・・」

 『リュウ選手、そして暫定2位のトニー選手ダウン!! ポイントはミツル選手に入ります!!
  ミツル選手、ここへきて暫定1位のダツラ選手に並びました!!
  そのダツラ選手とミツル選手、現在交戦中の模様です。 予選Gブロック、どうなるのか全く予想がつきません!!』

「なっ・・・!?」
大きく会場を沸かせたアナウンスに、ダツラの表情が凍った。
確かにキリンリキはキレイハナに向けて攻撃し続けた。 ミツルには他の人間と戦っている時間なんてなかったはずだ。
「おめえ、何をした!?」
「何もしていませんよ、あなたと戦っているときと同じです。」
鈴の鳴るような音に、ダツラは反射的に身構えキリンリキを見た。
既にすぐそばまでキレイハナはやってきており、最初の1撃は避けざるを得ない。
だがそれが終わればこちらのチャンス。 マトモに当たらなかった攻撃に舌打ちしながら、『ふみつけ』の指示を出した。
キリンリキは高くいなないて前足を『りる』へ向けて打ち下ろす。
またしても避けられてしまったのは計算のうちだが、直後に地面へとついた足がぐらつき、ダツラは目を疑った。
数メートル先の自分のポケモンをよくよく観察すると、攻撃などほとんど受けなかったはずなのに体力がほとんどなくなっている。
「・・・・・・・・・まさか、『どくどく』か!?」
ミツルは『りる』をキリンリキから少しだけ離れさせ、ゆっくりとうなずく。
「ご名答です。 バトル開始した直後、近くにいる人から順に7回使いました、あなたは5番目です。
 この技の特徴は、攻撃を受けてすぐは毒の威力が弱く、すぐ危険に気付けないことです。
 ルール上、出せるポケモンは1匹だけですし、ポケモンに持たせた道具以外は使用が禁止されています。
 だからボクは、りるを選んだんです。」
そう説明している間にも、キリンリキの体力は猛スピードで削られ、ついには立っていることも出来ず倒れ込んだ。
それはダツラの予選脱落を意味することでもあり、ミツルの予選通過を告げることでもあった。
会場の時計は残り5秒を指し示し、最後の追い込みに入っている他の参加者たちは まさかすぐ側で逆転が起きたなどということに気づくこともない。
目論見(もくろみ)どおり、カウンターは『00:00:00』に変わり、審判の笛が高らかに鳴らされた。
丁寧に相手に頭を下げると、ミツルは『りる』を連れ、まっすぐに集合場所へと向かう。





スイッチを押すと、サファイアは赤白のモンスターボールを青く澄んだ空高くへと投げ上げる。
本来描くはずだった弧(こ)の1番高い場所で一瞬止まったかと思うと、ボールは2つに割れて大きな羽を持ったポケモンを解放した。
空にも似た水色の身体のポケモンは地面から見上げる真っ黒なジュペッタを見ると、澄んだ高い声でひと鳴きする。
「クウ、『りゅうのいぶき』や!!」
思いきり息を吸い込み、チルタリスはオレンジ色に燃える炎を螺旋(らせん)を描くように吐き出した。
撃ち出された炎はジュペッタを囲み、小さな体を締めつけるように赤く変色する。
口元でチャリンと音を鳴らすとジュペッタは恨みがましい視線でクウのことを睨み付ける。
赤い炎の中で真っ黒に光る球体を作り出すと、それをクウへと向かって撃ち出した。
邪悪すら思わせる黒い球体はチルタリスの白い羽根へと命中し、嫌な音を立てて弾け、ふわふわの羽根を球体と同じ、黒い色に染め上げた。

「なるほどぉ、よく育てられてるね。 たった1発で3分の1、体力が削られちゃった。
 だけどそっちもキツイんじゃない? しっかり命中したよね、‘ぺった’の『シャドーボール』。」
黒く染まったクウの羽根を見て、サファイアは歯噛みする。
不吉な色をした黒い雷のようなものが、今なおクウの綿雲のような羽根の回りを取り巻いている。
羽の付け根に攻撃を受けたせいで真っ直ぐに飛ぶということも出来そうにはないし、いつ、やられてもおかしくはない。
しっかりと相手を見据えているクウの横顔を見ると、サファイアは一拍置いてから大きく息を吸い込んだ。
「クウッ、飛べ!!」
『りいぃぃっ!』と高く鳴くと、クウは音の鳴らない羽根を羽ばたかせ、相手の攻撃の当たらないところまで高く飛び上がる。
2発目の『シャドーボール』が外れても別段驚きもしない様子のフヨウを軽く睨むと、サファイアはしっかりと相手のジュペッタに狙いを定めた。
開いていた手を、ぐ、と強く握り締める。
風をくぐり抜けて急降下してきたクウは、まっすぐにジュペッタへと向けて攻撃し、その小さな体を何メートルも遠くへと飛ばした。
「‘ぺった’『シャドーボール』!!」
今日初めて、フヨウの喉から指示らしい指示が出される。
吹き飛ばされながらも体勢を立て直すとジュペッタは体の前に再び黒い球体を作りだし、クウへと向けて発射した。
攻撃直後のクウには避けるほどの時間はなく、先ほど当たった反対側の羽根の付け根へと『シャドーボール』は命中する。
倒れるほどのダメージはないが、両羽根を攻撃され、飛び上がることが出来ない。
地面へと打ち付けられながらもニヤリと笑ったジュペッタを見て、サファイアは腹の底に目いっぱい力を込めた。


「クウ、『れいとうビーム』!!」
フヨウとジュペッタの驚いた顔が重なる。
勢いのある白い光線は水色のポケモンの口から発射され、地面に打ち付けられたばかりの黒いポケモンを凍てつかせた。
まるで人形のように、白く凍り付いたポケモンは動かなくなる。
ポケモンを囲うかのように放射状に出来た霜(しも)の上に、黒い霧のようなものが立ち込めたとき、フヨウは小さくため息をついた。
「戻れ、‘ぺった’!!」
褐色の手が向けられると、黒いポケモンはモンスターボールの中へと戻り、彼女の手の中に収まった。
同時に、クウの羽根にまとわりついていた黒い物体も消え去る。
それはバトルが終わったことの合図であり、サファイアの勝利が確定したことも示していた。
実感が沸かず、その場でくつろいでいるクウの横でボーっとしているサファイアへと近づくと、
フヨウはボールをホルダーに戻し、汗をふいてサファイアへと右手を差出す。

「『ありがとうございました』。」
「あ・・・『ありがとうございました』。」
にこやかに握手を求められ、反射的にサファイアは手を握り返す。
昨日散々悔しい思いをしたこともあり、相手の反応に戸惑ってはいたが、手を握った瞬間サファイアは何となく判った気もした。
一応ふいたようだが、かなりじっとりと汗ばみ熱い右手。 隠してはいるが、彼女も昨日の自分と同じなのだ。
かける言葉も見つからず、サファイアは困った顔をしてフヨウの顔を見上げる。
彼の悩みなど知るよしもなく、フヨウが『?』な顔をしてサファイアの顔を見つめ返してきたとき、
突然サファイアの頭の上にクウがのしかかり、「早く帰りたい」とばかりに髪をつつき回した。
「あだだだだっ!? 痛いッ、痛いわクウ!!
 判ったから髪引っ張んなや、ツヤツヤの髪は男の命なんやで!!?」
センチメンタル台無し。
拍手の対象から一転し、大笑いされながらサファイアは退場する。
早めに逃げないとオダマキ博士やら何やら、家族総出で祝いの言葉とか かけられそうだ。
そういうことは せめてポケモンセンターの中に留めておいてほしい。
メガネの係員に連れられながらサファイアはダイダイのいるモンスターボールに触れて、早足で会場を後にする。
出口に、もんのすごく見慣れ切った男の姿を見て、深あぁぁ〜く沈んだ気持ちになるのだが。



「・・・やっぱりぃ・・・・・・・・・」
しくしくしながらサファイアは床に突っ伏した。
熊のごとく突進してくるのは父親のオダマキ博士、歓喜の声を上げる母親に、実はあんまり興味ないだろうと突っ込みたくなるリアクションの弟。
ポケモンセンターまで逃げ切れなかったわけで、思い切り家族に捕まり、すっかり囲まれてしまった。
親バカ炸裂、ザ☆手前味噌、まだ予選代わりの『四天王に挑戦!』を半分行っただけだというのに、やれ優勝だだの、さすが私の息子だだのと ほめちぎられ、
なんだかんだでレストランまで連れてこられてしまった。
そりゃあハンバーグは好きだけど、誉められて悪い気だってしないけど、
戻ってじっくりルビーを探そうとしてたのに思わぬ邪魔が入って、気抜けしたとしか言いようがない。

「やー、めでたいめでたい! これでミシロも安泰ばい!!
 去年はポケモンに見向きもしなかったとに、ようここまで来たなぁ!!」
半年近く会っていなかったというのに、相変わらずの調子でオダマキ博士はサファイアの背中をバンバンと叩く。
正直ジュースが飲みにくくて仕方ないのだが。
ストローの先で氷をつつくと、危ういバランスで乗っていたそれが崩れ、カランと音を立てる。
「だから言ったとよ、雄貴(ユウキ、サファイアの本名)はポケモン始めるとよかって!!
 お前は父ちゃんの息子ばい、無茶は言わん、行けるとこまで行くとよか!!」
「・・・・・・・・・期待さ・・・しとらんかったけ・・・」
「どした、雄貴?」
「何でもなか。」
出来るだけ早く離れようと、サファイアはジュースを一気に飲み干して勧められたデザートも断る。
それでも酒が入ればますます舌が回るようになってくるのが大人というもので、結局ポケモンセンターまで行かれるようになったのはそれから1時間も後のことだった。
空を見上げれば既に月が高く上がり、とてもじゃないがこれから選手宿舎を1件ずつ回っていられるような時間ではない。
背中にある室内灯で光るガラス扉をちらりと見ると、サファイアは月星の浮かぶ夜空を見上げて、ふぅとため息をつく。

「・・・・・・雨でも降ってこんかな・・・」








  どじゃーっ





雨。 雨雨雨。 あり得ないほど雨。
今日疲れてるから風呂入らないで寝ようかなとか考えてたのをふっ飛ばすくらい、あっという間にびしょぬれになる。
一瞬、呆然。 直後、怒り。
「・・・やり過ぎなんじゃあぁっ!!」
思い切り怒鳴り付けるとサファイアはカナをモンスターボールから呼び出し(今日も戦わず、明日も戦う予定がないのでこういう時は気軽に呼び出せる)
海の方向へと向かってどすどすと走り出した。
元々海に囲まれた小さな孤島、あっという間に目的地の海(どちら方面とも決めていなかったのでたどり着くのは簡単だ)へと着くと、
がけっぷちに立ち、眼下の暗い海を青く光る瞳で睨み付ける。
「何すんじゃ、カイオーガ!!」
真っ暗な海へと向かって叫ぶと、水音ばかり立てていた海面に白い波が立ち、ホエルオーのダイダイほどではないが巨大なポケモンが姿を現した。
ポケモンは琥珀色に輝く双方の瞳でサファイアのことを見上げると、低い鳴き声を上げ、サファイアの瞳と同じ色の光を放つ。
それが『声』だと気付くのに、たいして時間はかからなかった。
再びガケの下に顔を向けるとサファイアは今度は普通の調子で話し出す。
「アホちゃうか? 風邪ひいたら元も子もないやろが。」
言葉を発するごとに彼の体の回りで青い光が渦を巻く。
ガケの下にいる大きなポケモンは自分に向けられた『言葉』を受け止めると、再び鳴き声と共に同じ色の光を放った。
「何やて!? バカ言うたら自分がバカなんやで!!
 第一、今は風邪の話してる時とちゃうんや。 ワシかて考えるときはあるんやから、放っといてや!!」
背を向けるサファイアへと向けて、再びカイオーガの『声』が放たれる。
それは、心の中にあることを直撃する言葉だったらしい。
しばらくその場に立ち尽くすと、サファイアはゆっくりと向き直り、再び暗い海へと視線を落とす。

言葉が見つからず、サファイアは深い青色をしたポケモンを眺めたままその場に腰を降ろす。
出来るだけ早めに帰らないと、カナも寒さに強いわけではないのだから動けなくなってしまう。
だが、ここで決着をつけておかないとこの先もっと酷い状況に追いこまれそうな気がして、サファイアはとにかく返事を考えた。
この場にふさわしい、などではなく、自分にとって間違いのない、本当の返答を。
時間をかけてみたはいいが、それすらも少年には意味をなさない。
びちゃびちゃと顔にかかる雨粒を嫌がり、頭を横に振るとサファイアは夜空を覆い隠す雲を睨み付けた。
「・・・・・・おもろないわ。」
島の下にいるポケモンが、身をよじってサファイアへと視線を向ける。
「ここ目指して来たはずやっちゅうんに、来たら何にもおもろいことないねん。
 何でやろ? 見るモン全部が新しいし、珍しいものかてあるはずなのに・・・前と同じや、ずっと家ン中にいた時と同じくらいにしか思われひんねん。」
バトルに集中出来ないんもそのせいか、などとサファイアは苦笑する。
ぼーっとしてどこともつかない宙へ目を泳がせる彼をカナがおろおろと見つめていると、
突然、奇怪な音が鳴り響き、サファイアの頭の上から、巨大な水の固まりが降ってくる。
雨に濡れたとかいう比ではないというほど、服はぐっちょぐちょ、髪もべしゃべしゃ。
当然サファイアのその怒りは海にいるカイオーガに向けられるわけで。
「くぉらっ!! 何すんじゃあ!?」
怒られたことを気にする様子も見せず、海のポケモンは再び低い鳴き声と共に青い光を放つ。
発せられた『言葉』に、サファイアは青い瞳を瞬かせ、ゆっくりと立ちあがった。
「・・・明日? ルビーが?」
よく響く声を上げると、大きなポケモンはサファイアに背を向け、海の底へと姿を消した。
詳しいことを聞こうとしていたのに逃げられてしまい、サファイアは海へと向かって大きくため息をつく。
不思議そうに夜の海とサファイアとを見比べるカナの頭に軽く手をあてると、サファイアは軽くだが笑ってみせた。
「帰ろうか、カナ。 なんぼバカになっても風邪ひくときはひいてまうからな。」
グルル、と声を上げると、メスのラグラージはのそのそと起き上がり、
ゆっくりした動き(体が冷えてうまく動かない)でポケモンセンターへと向けて歩き出した。
小さなくしゃみ1つしてから、サファイアは雨も小降りになってきた空へと黒い瞳を向ける。
むずかゆい鼻をこすって、誰に聞かせるわけでもなく、明日バトルを控えた少年はつぶやいた。
「・・・何で、こんなに会いたいんやろ・・・・・・」


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