PAGE101.POKEMON LEAGUE 〜Capriccio


翌日、夜から唐突に降り続いていた雨は、朝になってもまだ少しだが降り続いていた。
ポケモンセンターの中は ややあわただしく、一体何がそんなに忙しいのかと見ていれば、
この雨でバトルに影響が出るのではないかという協議が交わされている最中らしい。
ずいぶんと小雨ではあるが、昨日から約10時間降りっぱなしだし、やや地面もぬかるんでいる。
サファイアの次の試合は午後からなので、それまでに回復していればいい話なのだが、予選は違う。
今日1日だけで午前、午後と2試合あるのだ。
フィールドのコンディションが整っていなければポケモンたちの体力が奪われ、まともなバトルが出来るわけもない。
「おはようございます。」
サファイアの目の前にトレイが置かれ、対面のイスが引かれて線の細い少年が腰掛ける。
見上げると、ついこの間まで病気をわずらっていたせいか彼の朝食は健康に良いとされるものばかりだ、何だかんだでバランスも整えられている。
「おぅ、ツツル君おはようさん。
 何や大変なことになってるで、今日行けそうやと思うか?」
「雨ですか?」
「せや。」
ミツルはコップについだ牛乳を1口飲むと、窓の外に広がる薄灰色をした雲に目を向ける。
フォークを使い、セルフサービスで選んできたフルーツを口へと運びながら、時折見せるかしこそうな笑みを見せてミツルは簡単に返答した。
「大丈夫ですよ、このくらいの雨でポケモンリーグは止まりません。」


その1時間後、予選通過者の呼び出しと大会続行のアナウンスがポケモンセンターに流れ、サファイアはミツルの言ったことが真実であることを知った。
だが、時間の関係でサファイアが予選を見に行くことも出来なかったので、事実を知るのはずいぶんと先の話になるのだが、
原因がバトルフィールドを丁寧に雨が避けていったなどという怪現象のせいだったなどとは想像すら出来なかったわけで。
時間つぶしに話し込んでいたミツルが先に戦いの場へと向かい、サファイア1人その場に取り残される。
「2時間か・・・何しよか・・・・・・」
やることもなく、行くところもなく(バトル前に係員が呼びにくるためセンターを離れられない)、サファイアは食堂のテーブルに突っ伏した。
次に控えてるバトルのこととか、ミツルの試合の行方とか、ルビーのこととか、ルビーのこととか、ルビーのこととか、色々と考えることはあるのだが、
昨日雨に打たれて多少なり体力を消耗したこともあり、朝早いというのに眠くなってサファイアはそのままうたた寝を始める。
ゴールドやシルバー、コハクなどにある程度調整されてはいたが、旅の間、睡眠時間が不規則気味だったこともあり、深い眠りに入るまでそう時間はかからない。
部屋の中とはいえ、少しずつ寒さが和らいできたとはいえ、ちょっぴり肩が冷える。
うつろな意識のままサファイアがそんなことを考えていると、不意に携帯電話のような電子音が響き、
驚いてサファイアは飛び起きた。
その拍子に肩にかかっていた毛布がぱさりと小さな音を立てて落ちる。



「ハッハーン・・・タイプ『蒼眼』、パワーソースはホウエン近海に生息する水タイプのポケモン、ね。
 なるほどねぇ、イーイ感じなんじゃないのぉ?」
「だ、誰じゃお前は!?」
慌てて立ちあがった衝撃で、サファイアの座っていたイスもガタンと音を立てて倒れる。
身構える先には、小太りした中年の男。
ポケナビの形をしているが、明らかに通常ではあり得ない改造をされた赤い物体を片手に、サングラス越しの黒い瞳でサファイアのことをじろじろと見つめている。
敵意は感じられないが、人好きのする顔でもない。 サファイアはポケモンを連れていないことをじれったく思いながら警戒心を強める。
「やぁ、お目覚めか? 優秀なポケモントレーナーさん。
 ポケモンリーグを楽しんでいるかい?」
「誰やっちゅうとるけん!!」
異常事態を知らせようと、サファイアは声を張り上げて聞き返す。
こんなときなのに、ポケモンセンターの中は静寂そのもので、かけ付けてくるような職員もいない。
身の安全を確保出来る場所、武器になりそうな物を探しながらサファイアは1歩後ろへと下がる。

「おぃおーい、そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。 怪しいモンじゃないから。
 ほら、センターの入場チケット、ポケナビに、身分証明書。」
小太りの男は食堂の机の上に、自分の持ち物を並べ、サファイアに自分が怪しい者ではないということをアピールする。
だが1度怪しまれた者がそれですぐに信用を得られるわけもなく、くっつきそうなほどに眉を潜めたサファイアの前でほとんど全ての荷物をぶちまけ、
まだ何かあるらしくカバンの底を探り続ると、男はようやく1枚の名刺を見つけ、サファイアへと差し出そうと突き出しかけた。
細かい文字がびっしりと詰め込まれた名刺を確認しようとサファイアが恐る恐る手を伸ばしかけたとき、
男の持っていたポケナビが甲高い電子音を響かせ、中央のランプが点灯し始めた。
「な、何だ!? この強烈な反応は・・・!?」
サファイアは慌てて手を引っ込め、男は暴走にも近い状態で音を鳴らし続けるポケナビへと駆け寄った。
視線が自分から離れたのをいいことに、サファイアはガラス伝いに走って男から遠ざかる。
1度壁にぶつかり、その壁伝いにまた走ると、今度はこの大会中に何度か顔を合わせたセンターの職員と鉢合わせた。
「あれ・・・? あっ、『サファイア』さん、まもなく試合開始のお時間ですので、メインスタジアムへとご案内いたします。
 ご準備の方よろしいですね?」
「あ、はぁ。」
事情を知らないとはいえ、あまりに普通に話しかけられるのでサファイアは気抜けし、ガスの抜けたような声で返事をした。
センター職員は食堂内で起こっていたことには興味がないらしく、別の方向をちらちらと見ながら、サファイアをポケモンセンターから連れ出す。
スタジアムに近づくにつれ大きくなるざわめきの声は、否が応にも若いトレーナーの緊張感を高まらせる。



「見ましたかサファイアさん、今日は西の空に虹がかかっていましたね。 やっぱり昨日の雨の影響でしょうかね、虹はいいですよねやはり心が晴々するというか優しい気持ちにさせてくれるというか、雨と太陽が丁度上手い具合に重ならないとあれほどまでに綺麗な虹は出ないんですよ、やはり自然の多く温暖なホウエン地方だからこそこんな季節にも虹がでるというもので、そうそう私ジョウトから来たんですけどそこでは虹にまつわる伝説がありまして・・・」
「あー、判った判った、虹ならちゃんと見とったわ! ここに来るまでめちゃめちゃなんぼでも見とった!
 集中したいんやから少し黙っといてーな!」
舞台袖でポケモンを受け取り、サファイアは気を取り直すためふぅと息を1つついた。
緊張し過ぎないよう、壁に体を預けて深呼吸すると、会場の方からBGMが流れてくるのが聞こえる。
聞き慣れないのに なぜかなつかしく思えるメロディを1テンポ遅れて鼻歌で追いかけ、サファイアはボールを持った手に力を込めた。
試合開始までの時間が、残り15秒を切る。

 『ポケモンもポケモントレーナーもそうじゃない方々も、おっはようございまーす!!
  ポケモンリーグも中盤戦となりました、本日の四天王は、ヒートアップしたトレーナーの心をも凍らす氷の女王、プリムさん!
  『四天王に挑戦!』も半ばを超えた3人目、チャレンジャーのトレーナー、サファイアはどう戦うのでしょう!?
  サイユウメインスタジアム、本日の実況はわたくしロール・コースト。 解説はポケモン評論家サカナイさんでお送りします。』


ゲートが開かれると、サファイアは大衆の期待に添って ゆっくりとステージへと進み出た。
本日の対戦相手は既にトレーナーゾーンへと入り、サファイアを海の底で獲物を待ち構えるハンテールのような視線で見つめている。
ゆったりとしたドレスも邪魔なようには感じさせず、金髪の女はしなやかに構えると対戦相手へとモンスターボールを向けた。
「あなたの戦えるの、ずっと楽しみにしてマシタね〜。
 ワタシの周りにいるの、弱い弱いトレーナーばかりネ、アクア団を止められるほどのトレーナーと戦えるのを、ずっとずっと待っていまシタ。」
「アクア団を止めたんはワシやない。
 心も体も、全然強ぅないわ。
 カイオーガとグラードンを止められたんは、あの事件が解決出来たんは、
 みんなの、力や。」
ベルトのホルダーからモンスターボールを取り出すと、サファイアは息をゆっくりと吐いてプリムと同じようにボールを相手へと向けた。
会場の声援が一層大きくなると、中央に立った審判のフラッグが上へと掲げられた。
正式な合図が送られる前に、第3戦は開始される。

「トドグラー!!」
「行くんや、ラン!!」
それぞれの赤いボールが宙を舞い、1度交差してから地面へと叩かれ、中のポケモンが呼び出された。
黒い尻尾でバランスを取り直し、小さな足で地面を踏みしめるのはサファイアのポケモン、ソーナノのラン。
早々から力強い胸びれを打ち付け、牙と戦意をむき出しにしているのはプリムのトドグラー。
その小さな体とニコニコの笑顔とは裏腹に、ランは尻尾の1つ目で相手を睨み付け、相手がボールへと戻るのを妨害する。
さして気にも止めていない様子のプリムは綺麗に化粧の塗られた顔をゆるませると、先手を打って対戦相手であるランへと向かって手を突き出した。
「トドグラー、『ふぶき』!!」
大きく息を吸い込むと、ぷくぷくとした水色のポケモンは白い霧のようなものをランへと向けて吐き出した。
冷気の固まりは攻撃対象を相手のみに止めず、通過する地面の上にも白い霜を落とし、凍り付かせる。
小さくうずくまるポケモンの直前で『それ』は四散すると、刃にも似た細い氷をフィールドの上に突き立て、相手への攻撃とした。
悲鳴にも近い鳴き声を上げるポケモンを見て、プリムは唇をゆるませる。
「ラン、『ミラーコート』や!!」
甲高い鳴き声で気合を入れ直し、幼いポケモンは体の前で組んでいた腕を解いた。
相手より何倍も小さな体と同じ水色をした小さな鏡の前に、先ほどトドグラーが撃った白い固まりが凝縮され小さな固まりへと変化している。
足を踏みしめ、しっかり相手へと照準を合わせると、ランはその白い固まりを一気に相手へと弾き返した。
反動に体が耐え切れず、彼女自身も反対側へと弾き飛ばされるが、同じほどのタイミングで『ミラーコート』の攻撃はトドグラーの体の中心へと命中する。
攻撃を倍返しにする技だけあり、トドグラーはランの2倍ほどの距離を飛ぶと地面の上へと打ち付けられた。
ふらふらになりながらも、いら立ちを込めた瞳で起き上がりランとその後ろのサファイアを睨み付ける。
驚いたのは、サファイアの方。
「・・・アカンッ、これで倒せる思たのに!?」
プリムは既に次の指示を出す準備を始めている。
相手もそうだが、次の攻撃を受ければ確実にランは倒れてしまう。
とっさにサファイアはホルダーから青いボールを取り出すとオーバーハンドで思い切り投げ付けた。
同時に反対の手をランへと向け、青い瞳で睨み付け口を大きく動かす。

「‘ラン’戻れ!!」
「トドグラー、『あられ』デース!!」
傷ついたポケモンを守るモンスターボールを手にすると同時に、サファイアは相手が何をしてきたのか見定めようと身構える。
だが、拍子抜けしてしまうほど何も起こらず、ランの代わりに出したチャチャの様子を見ながらサファイアは首をかしげた。
1ヶ月ほど前に復習したポケモンの技の中から、相手の言った『あられ』の効果を何とか引っ張り出そうとする。
バトルの方に集中し切った頭ではすぐにそれを見つけ出すことも出来ず、仕方なくそのままチャチャに指示を出そうとしたとき、
頬(ほお)に電撃のようなものが走り、サファイアは思わず顔をしかめた。
上を見上げれば雨にも雪にも似た、小さな氷の固まりがパラパラとフィールドの上へと降り注いできている。
「これが・・・『あられ』・・・?」
「『みちづれ』使われたらァ、元もォ子もォ、ありませんカラね〜。」
「そら悪かったなぁ、こっちかて負けられへんねや。
 ポケモン1匹だろうと、こんなところで簡単にやらせへんで!!
 チャチャッ、『きりさく』んや!!」
空から降り注ぐ氷の固まりで羽根を痛めながらも、チャチャは高速で相手へと接近し鋭い爪を相手の背中へと打ち付けた。
悲鳴が上がり、大きな水色のポケモンはフィールドの上に伏し、動かなくなる。
かなり厳しそうに顔をしかめるサファイアの前で、動けなくなったトドグラーをモンスターボールへと戻すと
プリムは、満足そうに笑いながら2つ目のボールを手に取った。
しなやかな動きで サファイアが出したのと同じ色の青いボールを空へと放つと、ボールは空中で2つに割れ、灰色の物体を冷たい空気のもとにさらす。
球体にも近い形をしたポケモンは重力の力に任せて落下し、どすん、という重い音を響かせて着地した。
シュウゥ、と白い息を吐き出すと、鋭い眼光でチャチャのことを睨みつける。


「オニゴーリ、『れいとうビーム』!!」
「『まもる』や、チャチャ!!」
サファイアの指示が出たのは巨大な氷の固まりが白い光線を吐き出した直後。
その指示に機敏に反応し、チャチャは体の前に50センチほどの小さな盾を作り出す。
高い音を響かせ、突き刺すような冷気がチャチャの作り出した盾へとぶつかると、寒気は盾に弾かれて分散し、空気や地面の上を凍り付かせた。
軽く弾かれるとチャチャは素早く羽根を動かし、一気に加速してから鋭い爪をオニゴーリへと打ち付ける。
「あんまり近づき過ぎたらアカン! チャチャッ、距離取って戦うんや!!」
羽根が動くたびにバイクの爆音にも近い音が鳴り響き、金色のポケモンは加速していく。
指示通り距離を取ってフィールドの外線ギリギリを周回すると、チャチャは突然ガクンと高度を落とし、地面へとぶつかった。
驚いてサファイアがチャチャを見ると、攻撃した爪が白く凍り付いている。
凍った部分は爪だけに留まらず、見ている側からチャチャの全身は冷え込み、氷のように冷たくなっていった。
何が起こったのか理解出来なくなり、特に意味もなく吐き出された息が白く形を残す。
地が、水が、空気が、白い氷へと形を変えていく。
恐怖すら与える寒気は、全てを凍て付かせ、フィールド上の全ての物を氷へと変化させた。
「私から命中させる必要アリませんネ〜。
 全てを凍らせる氷点下の芸術・・・『ぜったいれいど』デース。」
広い競技場の全てが、目の前で白く光る氷へと姿形を変える様をサファイアは呆然と見つめていた。
あまりに突然のことに、頭が反応しきれず、ただ冷え切った空気が鼻先を赤く染めていく。
くしゃみ1つして、サファイアはようやく我に返った。
慌てて右手を前に突き出すと、すぐに飛んでくるボールのために神経をとがらせて大きく声を張り上げる。
「も、戻るんや、チャチャ!!」
身じろぎ1つしなかったテッカニンは、ジ、と小さな声を上げると、最後の力を振り絞って体を地面から引きはがし、青白のボールへと逃げ込んだ。
チャチャがそうであるように、まっすぐ飛んできたボールを受け止めると、それほど強い力でもないのに、衝撃がいやに体に響いてサファイアは眉を潜める。
「・・・・・・冷たい・・・!?」
手のひらに伝わってきたスーパーボールの温度に、サファイアは驚きの声を上げた。
体が冷えているのはチャチャだけではない、彼自身の小さな体も慣れない冷気に体温を奪われ、関節の自由が効かなくなり始めている。
白い霜(しも)がついては溶けを繰り返す青い球体を見つめると、サファイアは上着の前を開け、
チャチャの入ったボールを胸の部分に押し付けて固定してからもう1度ジッパーを引いた。
急に冷やされた心臓が悲鳴を上げ、サファイアの息を詰まらせる。


「・・・っ・・・! チャチャ・・・
 こんな・・・こんなとこで負けられるかい・・・!
 やっと出来た『目標』なんや、簡単に・・・、簡単に諦めてたまるか!!」
青い瞳で相手を睨み付けると、サファイアは腰のホルダーから3つ目のボールを取り出し、思い切り投げつけた。
既に柱のような形へと成長している氷に2回ぶつかると、それはフィールドの真ん中に落ち、黒いポケモンを召喚する。
一見しただけでは生物とは感じられない、無機質な人形のようなポケモンは、体の周りをぐるりと一周した6つの瞳で相手を睨むと、
サファイアの指示を待たずに 最初の攻撃を放つための力を溜めはじめた。

「‘コン’『げんしのちから』やっ!!」
ネンドールは体からやや離れた場所にある2本の腕を回転させ、赤い瞳で相手のオニゴーリを睨み付けた。
強面のオニゴーリが一瞬たじろいだかと思われた直後、それなりの固さを持っていたはずの地面がボコボコと音を鳴らし、
中に閉じ込められていた小石や岩が1つ、また1つと浮かび上がっていく。
相手に逃げるスキを与えず、黒い土人形は持ち上げた岩をオニゴーリへと向かって投げ付け、一気に気絶させる。
岩に埋もれた氷のポケモンが完全に動かなくなったのを確認すると、怒りの感情を持ったネンドールは雄叫びのように破壊的な鳴き声を上げた。
興奮した観客たちが一斉に沸き立ち、強い声援を送る。


 『倒れましたッ、オニゴーリ!! これで2対1、サファイア選手1歩リードです!!
  しかし残っているのはネンドールとボロボロのソーナノだけ、この勝負どっちに転んでもおかしくなぁあい!』

プリムが何も言わずコンの作った岩の固まりに手をかざすと、すっかり伸び切ったオニゴーリは彼女からの指示無しにボールに戻り、手の中へと飛び込んだ。
支える物が何もなくなった岩々が重力に耐え切れなくなり、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
ふぅっと吐かれた息が、一瞬白く変わり、すぐに消える。
冷え切ったバトルフィールドを眺めて、トレーナーが見せる独特の楽しそうな表情で笑うと プリムは最後のボールを取り出した。
「面白くなってきマシタね〜、普通のトレーナーにしておくのは もったいないデース。
 ・・・・・・トドゼルガ!!!」

四天王のプリムは黄色と白のモンスターボールを、観客からも見えるほどに高く投げ上げる。
ハイパーボールと呼ばれるそれは空中でくるくると回転すると、綺麗な弧を描いてからフィールドの上へと着地し、水色の大きなポケモンを呼び出した。
魚に似て非なる流線型の力強い体に、口元にはたっぷりとした白いひげ、加え、突き出した巨大とも言える牙。
光の乱反射する氷の世界から得たものだろう、金色の瞳に見つめられ、サファイアは首筋に冷たいものでも当てられたような気分になりながら身構える。
気合を入れ直し、ゆっくりと息を吸い込むとコンは先ほどと同じように宙に浮く腕をくるくると回転させ始めた。
「『げんしのちから』!!」
「トドゼルガ、『なみのり』デース!!」
同時に放たれた技がぶつかり合い、土砂崩れにも似た強い水流が2匹の上へと降り注ぐ。
顔をしかめるトドゼルガに、表面上はあらわれなくても目を白黒させて何とか耐えるネンドール。
2匹の様子を見比べると、サファイアははっと気付いたように身を震わせ、ポケモン図鑑を取り出して画面を見て、そして、青筋を立てた。

「・・・アカンッ! 威力足りてへん!?」
ポケモン図鑑の画面には、サファイアのコンと相手のトドゼルガの体力が表示されている。
トドゼルガの残りHPは半分少し、コンのHPは半分弱。
コンの方がスピードは早いから先手は取れるだろうが、まず『げんしのちから』では倒せない。
たじろいでいるサファイアを見て、プリムはにやりと笑う。
「どうシマシたか〜? アナタの番デスよ〜?
 それとも、ここでDrop out(ドロップアウト)しマスか?」
「うるっさいわ!! コンの技なら逆転出来るんや!!
 ・・・・・・っけど・・・っ・・・!!」
指示を迷うサファイアの拳に、自らの爪が突き刺さる。
『確実に相手を倒せる技』を出すか、『万が一の可能性』に賭けるかの二者択一。
迷う若きトレーナーの目の前で命令を待つコンの6つの目が赤く光り、黒い土人形はサファイアからの指示を待たずトドゼルガへと向かって飛び出した。
体の中心にエネルギーを溜めはじめたコンの姿を見て、サファイアは青い目を見開かせる。
「ダメじゃ、コン!! 『それ』使ったら・・・!!」
一瞬まとう空気を変えたかと思うと、コンはサファイアに一礼のようなものをして、硬い体をトドゼルガへと密着させた。
ビクッと身を震わせた水色のポケモンの意思に反する形で、コンは黒い体を一瞬光らせたかと思うと
溜め込んでいた全てのエネルギーを放ち、大爆発を引き起こす。
「・・・ッ、コン―――ッ!!」
粉々に砕けた氷を包む煙の間から、薄汚れた水色の物体が顔を覗かせる。
ぐったりと動かなくなったトドゼルガが プリムに、サファイアに、審判や観衆の目にさらされると、会場の空気が一瞬どよめいた。
審判のフラッグが振られず、出るに出られないサファイアに注目が集まると、やがてどよめきは歓声へと姿を変えた。


 『トードゼルガダウーッン!! 3対2でッ! サファイア選手ッ! 4回戦進出です!!』

「‘コン’ッ!!」
審判のハタが振られると、サファイアはバトルフィールドに飛び込み、ふらふらと地面に落ちた黒いポケモンに駆け寄った。
全ての力を使い切ったネンドールは 既に浮き上がる力もないらしく ぐったりとフィールド上を転がっている。
重過ぎて持ち上げることも出来ず、転がって遠くへ行きそうだった腕を拾い上げるとサファイアはころころと揺れる本体に手を当てた。
コンの体はじりじり手が痛むほどに熱く、冷え切った空気と反応して白い煙が上がっている。
フィールドを覆い隠していた煙のうちの1割はコンから立ち昇っていたその湯気だったということが判ると、サファイアは眉を寄せてため息をついた。
「何で・・・? 何で『だいばくはつ』使ったん?
 後のことあるから、よっぽどの事がない限り使わん言うたやないか・・・!」
体力が完全に尽きたらしく、コンはサファイアの見ている前で赤白のモンスターボールへと姿を変える。
転がった小さな赤いボールをそっと拾い上げると、サファイアはそれをチャチャのボールと一緒に服の中へとしまい込んだ。
バトルが完全に終わったわけではない。 感情を悟られないようにゆっくりと深呼吸すると、サファイアは背後から近づいてきた足音に立ち上がった。



「・・・・・・『ありがとうございました』。」
形式的に頭を下げたサファイアの目の前に、白い手が差し出される。
顔を上げると、目の前にいたプリムは悔しがるわけでもなく、諦めたわけでもなく、ただ楽しそうに笑っていた。
「アリガトゴザイマシタ〜、あなたとのBattle(バトル)、私Very、very楽しカッタで〜す!」
サファイアの手をぶんぶんと振ると、プリムは興奮した様子で自分の感情を早口でサファイアへと話す。
それがサファイアが全く知らないような言語だったせいで、余計に混乱し、困った顔の少年を見るとプリムはにこっと笑って
唇に人差し指を当てて「し〜」と、小さく息を吐いてから薄青色の瞳を2つ、サファイアへと向けた。
「・・・『目標』は、ポケモンマスターですかァ?」
え?、とサファイアは黒い目を瞬かせた。
気のせいかバトルの前やバトルの最中の時よりも、言葉が聞き取りやすい。
サファイアをポケモンセンターへ帰すためにやってきた係員の存在に気付くと、彼はプリムからそっと離れ、それなりの声で返事をした。
「守りたい奴がおるねん。
 いっつも危険ばっかりのそいつを、何があってもケガさせんくらいまで強くなること、
 それに・・・旅の間、いっぱいのトレーナーに導かれてたんや。 そいつらに追いついて、いつか、追い越すんが、
 ワシの、目標じゃ!!」
満足げに笑うと、プリムはうやうやしくサファイアに頭を下げた。
帰ろうとしながら やや驚いているサファイアに近づくと、プリムは彼にひそひそと耳打ちする。
「あなたは、私の、あこがれてるトレーナーに少し似てマス。
 その人がいたから、私はポケモントレーナーになったんデスよ?」


きょとんと目を瞬かせながら、サファイアは係員に連れられて会場を後にした。
言っていた意味は判らないが、とりあえず服の中にしまった2つのボールの中にいるポケモンを回復しなくてはならない。
センターに預けっぱなしのポケモンたちも心配だし。
スタッフジャケットを着た男に連れられながら、サファイアは辺りの様子を見回しながらポケモンセンターへと向かう。
昨日のことを話し、裏道(らしい場所)を使っているせいで野次馬に追われることはないが、その分だけ時間もかかってしまう。
早足になりながらスタッフを追いかけていると、不意にサファイアは強い殺気を感じ、
とっさに前を歩く男を突き飛ばして後ろ方向へと飛びのいた。
反動で転んだサファイアと突き飛ばされたスタッフとの間に1本の線が走り、オレンジ色の爆発を起こす。

「・・・『はかいこうせん』!? 誰じゃっ、出て来いや!!」
サファイアが叫ぶと、濡れたアスファルトの地面を硬い靴が叩く音が鳴る。
建物の影から姿を現したのは、サファイアより1つか2つくらい年上の、細面(ほそおもて)の少年。
色白でパッと見の雰囲気はミツルに似ていなくもないが、まとっている空気が全然違う。 闘気に、満ち溢れている。
「なーんだ、バッジ8つ集めたっていうから凄いトレーナーなのかと思ったら、意外と普通の反応するんだね。
 つまんないの。」
少年の殺気が自分へと向けられ、サファイアはとっさに今日戦わなかったクウのボールを持って身構える。
「あっ! ダメですよ!! これからポケモンセンターへ向かうからってその前にポケモンを傷つけていいというわけではありませんしその前にそのポケモンは明日四天王と戦わせるんですから万全の状態にしておかないととてもじゃないけど勝ち抜けなくなってしまいますおまけに相手はどこの誰とも判らない謎のトレーナーなんですよ!? もし万が一のことでもあったら私どんな顔をして運営委員会に謝ればいいんですかとにかく止めて下さいバトルしないで下さい出来るだけ他の方のことも気づかって」
「やかましわっ!! なんぼゴチャゴチャ言うたかて、今襲われとるんやぞ!?
 戦わんでどないするんや!?」
悲鳴に近い声で抗議するスタッフを怒鳴り付けると、サファイアは少年へと向けて戦いの構えを取った。
全く聞く耳を持たない様子の2人を見て、スタッフジャンパーを着たメガネの男はぐっと息を詰まらせると、サファイアを見て大声を上げる。


「・・・・・・小田牧 雄貴(オダマキ ユウキ)さんッ!!」
「えっ?」
スタッフが知るはずのない自分の名前を呼ばれ、サファイアは一瞬戦いの構えを解いた。
色白の少年はそのスキにつけ込もうとしたようだが、目の前に大柄の男が立ちはだかり、それの邪魔をする。
「申し訳ないが、この少年は明日ワシと戦うことになっている。
 先取りするのは、止めてもらおうか?」
老年の男は低い声で少年へと話しかけると、自らの体で完全にサファイアと少年とを分断した。
つまらなそうな顔をして背の高い男を見上げる少年を見ると、男は服のエリから『TP』と書かれた金色のバッジを取り、少年へと見せる。
サファイアが旅の間、何度か目にしてきた、警察と認められたトレーナーの証。

「この言葉が聞き入れられなかった場合、こちらとしてもそれなりの処置を取らせてもらう。」
きっぱりと言い切った男に対し、少年は非常に不満のありそうな顔を向けるとむくれたような声を出した。
「わかったよぉ、今闘らなきゃいいんだろ〜?
 あーあ、つまんないの、エニシダさんも何でこんな所来させるんだよ〜・・・」
ぶちぶちと文句を言いながら、少年はポケモンセンターではない、別の方向へと向かって去っていった。
残されたのは、サファイアに、奇襲慣れしていないせいで(していない方が普通だ)ガタガタ言っているスタッフ、
それに乱入して少年を追い返した たくましい体つきの男の3人。
ひとまずクウのボールを腰のホルダーへと戻すと、サファイアは立ち上がって、男へと向かって一礼した。
「あ、どうも・・・助かったわ。」
「勘違いをするな。」
低い声で、たくましい体つきの、口元にひげを生やした老年の男はサファイアへと言う。
「無関係な一般人に被害が及ぶ危険を考え、戦いを止めただけだ。
 お前もトレーナーなら、自分の身に降りかかったことくらい、かわせるようになるべきだろう。
 それが出来ないようならば、お前は1人前のトレーナーとは言えん。」
ムッとしながらも、サファイアはボールに伸ばしかけた手を止める。
ここでわざわざ自分からトラブルを呼び込む必要もない、明日になれば目の前のトレーナーとは戦える。
まだ腰を抜かしているのかは判らないが、背後にいるはずのスタッフの様子を気にすると、サファイアはもう1度男へと向かって小さく頭を下げた。
四天王の4人目、かつては伝統の守り手とも呼ばれていたゲンジという名の男は、
分厚いコートをひるがえすと、その堂々たる風格を微塵も崩さないまま、2人の男の前から立ち去った。


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