PAGE103.POKEMON LEAGUE 〜Fuga


 『うおおぉわあぁ!!? ユウキ、何ねその奇怪な髪型はッ!!?
  最近お前おかしか、急に部屋ン中にゴミの山作って、言葉さ変になったと思ったら今度は何のマネたい!?』

 『・・・別に、どもこもしてへんよ。』

『注目を集めれば売り上げも上がるだろう』、それだけで始めたことだった。
インターネットで伝説の商人、『サファイア』のことを知った。
誰にでも平等に接し、どんな客も断らず、満足のいく買い物をさせるジョウト地方の行商人。
話を聞くたびにあこがれ、また、家の中に引きこもりきりで何もしようとしない自分にも嫌気が差し、一大決心をして『サファイア』を目指すことに決めた。
まさか相手が女だったとは、しかもルビーの母親だったなどとは、その時は思いもしなかったが。



先ほどまでサファイアが使っていたスタジアムから、一際大きな歓声が上がる。
午後1時を過ぎ、予選トーナメント決勝が始まるのだ。
入場を許可されていない人間が中の様子を知るには、サイユウシティ内に設置されたモニターを使うか、音だけで判断するしかない。
メインスタジアムの壁に取り付けられた巨大モニター、あちこちにある小さなモニターの前も既に黒山の人だかりが完成していた。
カナを連れ、無防備にもポケモンセンターから抜け出したチャンピオン候補に気付きもしない観衆の横をすり抜けると、
サファイアは人ごみを避け、一昨日行った海へと向かっていった。


 『会場のみんなぁーッ、元気かー!!?
  ポケモンリーグもいよいよ大詰め、始まるのはポケモンリーグホウエンブロック、予選トーナメント最終戦だ!!
  さっき入ったデータによれば、『四天王に挑戦!』を戦っていたミシロタウンのサファイアは4バトルを突破したらしいぜ、
  つまり、この戦いで勝ち残った方が明日のバトルへと進み、チャンピオンの座を奪い合うってわけだ!!

  さぁ、強ぇトレーナーが入ってくるぜ! みんな、拍手で迎えてやってくれ!!
  Aブロック代表、トクサネシティ出身・・・・・・ダイゴ ツワブキィ――――ッ!!
  Gブロック代表、トウカシティ出身・・・・・・ミツル リョクヤァ――――ッ!!』

耳が張り裂けんばかりの声が上がり、入場してきた若きトレーナーたちを出迎える。
予選決勝と名はついているが、『四天王』のことがなければ実質的には決勝戦になっていたはずの戦いだ。
嵐のようにうねる歓声を受けミツルは顔を強張らせながらスタジアムの中へと入っていく。
相手はTPにも選ばれた去年のポケモンリーグ優勝者、強くないわけがない。
誰が相手でも油断するつもりなどないが、今一度気を引き締め直し、ミツルは買ったばかりのホルダーについているモンスターボールを握り締める。
ピンと空気が張り詰める。
ポケモンリーグに出場した者は皆、スタートの合図を待ちきれずに胸の中で数を数え始めている。

 『テンション上がってるか!? トロい奴は置いてくぜーっ!!
  ポケモンリーグ ホウエンブロック予選トーナメント決勝戦、3、2、1、BATTLE STARTだ!!』

「‘あい’っ!!」
「行くんだ、アーマルド!!」
2つのボールが宙を舞い、ふわりと地面の上に着地すると同じタイミングで2匹のポケモンを呼び出した。
細い体をエスパーの力で支え、ロングスカートのように はためくスソを気にもせず相手を睨み付けるのは、サーナイトの『あい』。
空気のこすれるような鳴き声を上げ、自分へと鋭い爪を向けるダイゴのアーマルドへと向かって、白い腕で身構える。
「アーマルド『れんぞくぎり』!!」
1週間ちょっと前、洋上で会ったときからは想像もつかないようなしっかりした声で、ダイゴはアーマルドへと指示を出す。
『あい』と大差はないとはいえ、巨大な体からは想像もつかないようなスピードで灰色のポケモンはサーナイトへと迫ると、
振り上げた鋭い爪を使い、相手の戦うにはあまりに弱々しい白い体に傷をつけた。
小さく顔をゆがめると『あい』は倒れはせず、ふわりと宙に浮いているような軽やかさで1歩後ろへと引く。
だがその程度で簡単に避けられるはずもなく、鎧のような体を持ったポケモンは振り下ろした爪を取って返し、彼へと向けさらにもう1撃、もう1撃と攻撃を加えていった。
攻撃を重ねるごとに威力は段々と増し、5発目が放たれた時には空気の切れるような音が会場の隅まで響き渡っていく。
息を切らしてはいるものの全く倒れる様子のない『あい』にダイゴが眉を潜めたとき、ミツルの腕が大きく動かされる。
「‘あい’『サイコキネシス』です!!」
腕を前へと構え、相手のアーマルドを睨みつけていたサーナイトはニヤリと笑うと姿勢を低くする。
途端その細い体はぐにゃりとゆがみ、空気に溶け込むようにその姿は半透明から完全なる透明へと変化していった。
突然消えたサーナイトに驚き、辺りを見回すアーマルドの背後からは白い影が浮かび、人にも似た形を作り出す。
一瞬出来たスキを狙い、虹色に輝く光を体の前へと集めた『あい』は蓄積(ちくせき)したエネルギーを一気にアーマルドへと向け発射し、そのまま距離を取った。
この不意打ちを避けられるはずもなく、アーマルドは背後から飛んできた攻撃をマトモに受けると
1メートル近く弾き飛ばされて地に手をつく結果となる。

 『おおっと! Gブロック代表のミツル、去年のチャンピオンに攻撃を放ったァ―――ッ!!
  早すぎてここからだと何が起きたのか全く判らない、これが実力者同士の戦いなのか!?』

ミツルは前へと出した手をゆらりと揺らすと、荒く息を吐いた。
脳に酸素が回らずクラクラするが、ケース・バイ・ケースで幾重にも張り巡らせた作戦が縦横無尽に飛び交っていく。
よろめきながらもアーマルドは立ち上がった。
1発でも攻撃を受けたら終わってしまう。
『あい』は両手を高く掲げ、体の前で組み合わせると最大級のサイコパワーを放射しアーマルドを近づけまいと威嚇した。
「なるほど・・・『かげぶんしん』で受けるダメージを軽減し、その高い素早さで相手を翻弄(ほんろう)しつつ攻撃・・・緑眼らしい戦い方だ。
 やはり君は、僕が見込んだ通り、ポケモントレーナーとしての才能があるようだ。
 TP(トレーナーポリス)に誘った甲斐(かい)があったよ。」
かなり深くまで出来たアーマルドの傷を気にする様子も見せず、ダイゴは冷静にミツルのポケモンとミツルの動きとを見比べる。
一瞬怪訝な顔をしつつも、ミツルはダイゴが話をして注意を引き付ける間にアーマルドが立ち上がろうとしているのを見逃さなかった。
反応は早く、1秒もしないうちに次の指示は決定する。
ミツルは『あい』に命じ、エスパーの力で相手のアーマルドのバランスを崩すと そのまま『サイコキネシス』で追撃した。
目いっぱい力を込めて攻撃され、ついにアーマルドは立っていられなくなり フィールドの上に土煙を上げて倒れ込む。
相手に見えないように小さくガッツポーズすると、ミツルは一旦アーマルドのことを忘れることにし、次に出てくるポケモンに神経を注ぎ込んだ。
自分のポケモンが1匹やられたというのに、全く意に介さない様子のダイゴは、飛んできたモンスターボールを片手で受け止めると
トレーナーにしか かぎ分けられない、『切れ者』の目つきで次のポケモンを選び出す。





海はどこまでも遠く、青かった。
大きな鏡は澄んだ空を映し出し、キラキラと光りながら ただ静かに、眼下に広がっている。
この島にいる人間はせわしなく動き回るスタッフを除き、観客席だろうとモニターだろうと、皆、ミツルたちの戦いに夢中だ。
今日この日、小春日和の雲1つない青空を受けて輝く海に気付く人間はいない。
ただ1人、サイユウから離れた場所でその海をじっと見つめている 小さな少年の存在に気付く人間も。


サファイアは小さく首を振った。 ずいぶんと長い間頭を押さえ付けていたヘアバンドを手に取って。
1年間使い続けてきた髪留めは、所々ほころびかけているし、再生不可能なほど泥で汚れてしまっている。
『・・・なして、聞かへんねん?』
疑問に思って そう聞いたとき、ルビーは振り向いて首をかしげただけだった。
逆に『何が?』と彼女に聞き返され『何でもない』とも言えず四苦八苦していたのを、つい昨日のことのように覚えている。
『あ・・・いや、その・・・まぁ、な。 髪、変わっとるとか、どうしたんじゃとか、よう聞かれるんでな。
 同じ学年やし、キモリ捕まえるまでやけど一緒に行くんやろ? 
 気ぃ使われても困るっちゅうか・・・何や喋ってくれんと落ち付かへんっちゅうか・・・』
『・・・・・・『その髪どうしたの?』』
思いきり棒読みされ、サファイアは本気で困っていた。 今から考えれば、それも会話を長引かせるための1つのテクニックだったのだろうが。
ただ、当時は突っ込むだけの技術もなく、あっさりと流されるように返されサファイアは口ごもるばかり。
結局言い出したのも自分だし、興味あるかないかはともかく聞かれた訳だから、最初に予定していたとおり普通に話すことにしたのだが。
『商人(あきんど)になるにはな、目立つことが必要やろ?
 人の注目集めんと客も寄ってきいひんし、人が寄ってくれば商品にも目が向くんね。
 無茶してブランドの服買ったはええんやけど、ほら、ワシやと背ぇ低いし目立たへんやろ?
 ほんで、これなら人の目引けるし、商売も出来るっちゅうわけや! どや?』
『まーまーだね。 頭に口が負けなきゃね。』
『何やそれ?』

聞いた直後は完全に意味不明だったが、今なら解るような気もする。
失敗した数は数え切れないし、今なら上手く出来るかと聞かれても疑問で返すしかない。
それでも、諦めているわけじゃない。
カナとチャチャに持たせた大きめの鏡を見ると、黒い瞳で見返してくる少年の髪の根元は既に大分黒くなっていた。
旅の間、ほとんど染め直すなんてことは出来なかったし、進めば進むほど、こだわる理由もなくなっていったからだ。
サファイアは苦笑すると、自分のポケモンにじっとしているように言い、真剣な顔つきで 鏡に向き合った。
右手に握るのは、少し小振りの 銀色のナイフ。





ミツルが考えていたのよりもほんの少し遅いタイミングでダイゴは次のポケモンを呼び出した。
赤白のモンスターボールが地に付くと、一瞬地面に揺らめいた影は見る間に巨大な生物へと変貌し、そそり立つ壁のごとく大きな銀色の体を見せ付ける。
頭から突き出した3本の長い角でミツルのことを威嚇すると、怪獣のようなポケモンは腹の底まで振動するような声で大きく吼えた。
ダイゴの息遣いに合わせ、巨大なポケモンは腰を低くして足に力を込める。
「ボスゴドラ、『メタルクロー』!!」
「あい、交代します!!」
白いポケモンに白い手を向けると、『あい』は高く揺れる声でひと鳴きし赤白のボールへと戻ってミツルの手に舞い込んだ。
旅の間とは違う、少し強い衝撃が腕に伝わると、ミツルはボールをポケットの中へと放り込み、もう1つのボールをしびれの残る手でつかみ取る。
1度しゃがみ込んで、体全体のバネをいかして高く高く放り上げると、ボスゴドラは空近くまで飛んだ光る球体へと向かって鋭い爪を振り上げる。
空中で召喚された金色のポケモンはその太い爪を よくしなる足で受け止めた。
長い九本の尻尾でバランスを取ると、伸ばされた太い腕から飛び上がり、キュウコンの『ろわ』はフィールドへと着地する。
「‘ろわ’『かえんほうしゃ』!!」
強く息を吸い込こむと キュウコンは鮮やかな赤い色の炎を口から吐き出し、ボスゴドラを攻撃した。
相手の強さは まとう空気である程度読める。 ポケモンたちが緊張していないわけがないのだ。
深呼吸して今一度気を引き締め直すと、ミツルは思考をフル回転させて相手のあまりに大きなポケモンを睨み付ける。

「『じしん』だ!!」
「‘ろわ’『あやしいひかり』です!!」
金色の9本の尻尾をゆらめかせると、小振りなキュウコンは高い声を上げて相手の銀色のポケモンへと吼えかかった。
2メートルを超えるボスゴドラの顔面に黒い闇が襲いかかり、その内側から銀色に近い色の光がもれる。
地面が大きく揺れ、ミツルは立っていることが出来ずにバランスを崩して地面に手をつく。
だが、『ろわ』にダメージがあったわけではなかった。 高く飛び上がって地面の揺れを回避すると金色のポケモンは相手へと向かって赤い炎を吐きかける。
「もう1度『かえんほうしゃ』です!!」
「『かみなり』だ、ボスゴドラ!!」
空気のこすれる音が鳴り、目も開けられないほどの閃光が一瞬だが会場を走り抜ける。
黄色い光と赤い炎が重なると、力と力はぶつかり合い大きな爆発を起こした。
地面は焼けこげ、『ろわ』は爆風に吹き飛ばされる。
長い尻尾でうまくバランスを取り、足を地面にこするようにして着地すると『ろわ』は強く光る紅い瞳で相手のことを睨み付ける。
痛んでいるだろう足で大地を踏みしめ、思い切り息を吸い込むと金色の狐はトレーナーの指示を待たず 真っ赤な炎を吐き出した。
その威力は並大抵のものではなく、炎は巨大なポケモンを押しのけると 観客席近くまで熱気を送り込む。
大きな鉄の身体がフェンスにぶつかり、爆発にも近い音が鳴り響くと 観衆は悲鳴にもにた高い歓声をミツルへと送った。
どうにも府に落ちない部分はあるが、ともかくこれでポイントは2−0。 ミツルが圧倒的にリードしていることになる。
背後へと向かって手を向けると ダイゴはボスゴドラをモンスターボールへと戻し、また、笑った。

「・・・なぜ、本気を出さないんです?」
目いっぱい警戒心を強め、ミツルは態勢を立て直すと対戦相手を睨むようにして見つめた。
しなやかに9本の尻尾をくねらせると『ろわ』は小走りにミツルの元へと戻り、紅い瞳で主人の見つめる先に視線を合わせてくる。
ダイゴは戦えなくなったボスゴドラのボールをホルダーへと戻すと、最後のボールを手に取り
それをすぐに投げることはせずに、手のひらの上で遊ばせながら さらに警戒心をあおるような顔つきで見つめ返してきた。
「そんなの決まっているじゃないか。 この戦いはポケモンリーグの、事実上準決勝に値(あたい)するんだ。
 すぐに勝ってしまったら、面白くないだろう?」
相手の作戦だとは判っていつつも、多少カチンときてミツルはまだ空いている3つ目のボールに手を触れる。
「準決勝ですよ、手を抜いて勝てる相手だと思っているんですか?」
「出来るさ、僕ならね。」
ピカピカのハイパーボールを掲げると、ダイゴは観客へと向かってパフォーマンスするかのようにして高々と投げ上げた。
熱い息を吐き、姿勢を低くして身構える『ろわ』の目の前にボールは落ちると、キュウコンの2倍近くはあろうかという大きなポケモンを呼び出す。
比較的ゆっくりとした動きで身を動かしたかと思うと、青いポケモンは円盤状の体の周りについた4本の足を地面へと突き立て、
無機質な機械音を鳴らした。
顔面を覆う(おおう)ような銀色のクロスマークの下から、赤い瞳が2つ『ろわ』のことを睨む。
「世の中には色々なトレーナーがいるし、変わった能力を持ったトレーナーやそれなりに強いトレーナーだっているけど、
 結局、僕が1番強くて凄いんだよね。」



『そこ』には、もういない。
ラグラージの『カナ』とソーナノの『ラン』は振り返ると、海に面した高いガケをもう1度瞳に映した。
神の護るホウエンの青い海は、ゆっくりと流れる風に揺られて小さな波をキラキラと光らせる。
そのまぶしさにランが顔を覆い隠すと、カナは彼女をつぶさないようにそっと抱きかかえ、ポケモンセンターへと向かって歩き出した。
頭のヒレがピクピクと動くのは、スタジアム中を振動させる歓声を感じ取っているから。

2匹が立ち去った後の地に、不意に強い風が吹き付けた。
春が近いことを告げる薄紅色の風は、確かにその場所にサファイアがいたという証拠を 吹き散らしていく。



「メタグロス『じしん』!!」
鉄の爪を地面へと食い込ませると、巨大な鉄の固まりのようなポケモンは空気さえもゆがむような衝撃を放つ。
それと同じタイミングで地面は波打つように跳ね上がり、『ろわ』はバランスを取り切れずに倒れ込むと、そのまま競り上がってきた地面に放り投げられた。
飛びかかることも出来ないまま金色のポケモンは白い牙をむき出しにして相手を睨みつけた。
そこに更に追い討ちがかかり、『ろわ』は思い切り空高くへと弾き飛ばされる。
地面へと叩き付けられ 揺れのおさまった地面の上を2回バウンドすると、九尾の狐は怒りのこもった瞳で相手を睨み付け、ぐったりと動かなくなった。
ポケモンリーグが始まってから初めて自分のポケモンが倒れるところを目撃したミツルは 淡い緑色に光る瞳を見開かせると思わずポケモンのところへと駆け寄る。
途端、高いホイッスルの音が響き、ミツルは足を止める。
「フィールドオン! トレーナーダイゴ、ポイントプラス1!!」
「あっ・・・!」
慌てて丸く囲まれたフィールドの外へと飛び出すと、ミツルは片手を向けて『ろわ』をモンスターボールへと戻した。
反則を取られてしまった。 今の地点でたいしたペナルティはないが、もしも3匹目のポケモンが相手と引き分けたら 確実にダイゴの勝ちになってしまう。
定められた場所まで戻り、ゆっくりと相手を睨み付けるとミツルは赤と白のモンスターボールを取り出した。
倒れる直前に『ろわ』の放った技はしっかりと命中している。
あとはそれを、どれだけ自分がいかせるのか。 集中して作戦を練ると、ミツルは3匹目のポケモンを呼び出した。


「‘ゆえ’『ねこだまし』!!」
赤いボールが地面へと落ちて割れると、一瞬黒い影が広がりフィールド上にダイゴのポケモン『メタグロス』の姿以外何も見えなくなった。
驚いたように辺りを見まわす青いポケモンの影から、白い光がにゅっと伸び、相手の顔のど真ん中を攻撃する。
あってないようなダメージしか与えられてはいないが、驚いたメタグロスは思わず飛びのき、ミツルの出したポケモンを睨み付けた。
影と同じ色の小人のようなポケモンは、宝石のような瞳で相手のことを見ると、光る牙をむき出しにしてケタケタと笑う。
「『コメットパンチ』だ!」
「『みきり』です、‘ゆえ’!!」
迫り来る殺気を感じ、黒いポケモンは音もなくその場から飛びのき 影の中へと身を隠した。
直後にそれまで『ゆえ』の立っていた場所に メタグロスの強化された腕がこれでもかとばかりに叩きつけられる。
バトルのために整備されているはずなのに『穴』と呼べるほど大きく沈み込む地面を見て、ミツルは思わず息をのんだ。
いくら弱っているとはいえ、あんな攻撃を直接受けたら、ただでは済まされない。
息を小さく吸い込み、ミツルはヤミラミの『ゆえ』をメタグロスから離れさせた。
少なくとも『コメットパンチ』は届かないだろうという距離まで遠ざかると、不意にメタグロスが不自然にぐらりと揺れる。

「・・・『やけど』・・・・・・?」
ほんのわずかな自分のポケモンの異変に気付き、ダイゴは首をかしげる。
『ねこだまし』以外の攻撃は受けていないはずなのに、巨大な鋼のポケモンの表面には焼けこげた跡があり、わずかながら溶けていた。
怪訝な顔をしたダイゴを見て、ミツルはわずかに笑う。 まるで、いたずらの成功した子供のように。
「『じしん』を放った時に起きた光で気付きませんでしたね?
 ろわが倒れる直前、『おにび』を放っていたんですよ。 ろわのスピードはメタグロスを上回ることが出来ますから。」
息をゆっくりと吐くと、ミツルは巨大な鋼の円盤を睨みつけた。
相手がいつ攻撃してくるかも判らない状況では、一瞬の油断が敗北へとつながる。
「ポケモンセンターで治さない限り、『やけど』は動けば動くほどポケモンの体を蝕んで(むしばんで)いきます。
 既にろわが技を出してから大体4分ほど経過しています。
 このままのペースで行けば、こちらが、ボクらが何も仕掛けなくても、あと5回もあなたたちが攻撃を繰り返せば、メタグロスは倒れます。」
「やるね、そうでなくては面白くない。
 メタグロス、『じしん』だ!!」
「‘ゆえ’!!」
ケタケタという笑い声だけがフィールドの中に響く。
『ゆえ』の姿は見えず、メタグロスは目標を見失って技を出せずにいた。
タイミングをはかってミツルが腕を高く上げると、巨大なポケモンの影から光る2つの眼が姿を現す。
「『ナイトヘッド』です!!」
影から飛び出したヤミラミはメタグロスへと接近すると、その円盤状の体のど真ん中に光さえも吸い込む黒い光の固まりを叩き付けた。
突然の攻撃に驚いた鋼のポケモンは『ゆえ』のことを睨み付けると、黒いポケモンが着地したのを見計らって地面を大きく揺らす。
バランスを崩したヤミラミへと向かって大きく鉄の爪を振り上げると、
小さなポケモンは黒い光と見間違うほどのスピードで弾き飛ばされ、会場の壁へと叩きつけられた。
衝撃に動けなくなり、ずるりと壁に沿って落ちると『ゆえ』はダメージに耐え切れずにミツルの指示を受ける前に赤白のボールへと姿を変える。


「‘あい’!!」
壁際に転がったモンスターボールを拾い上げると ミツルは走りながら1番最初に投げたボールをもう1度放った。
息が続かなくなり、「ひっ」と小さな音を立てる。
そろそろ、限界も近い。 込められるだけ足に力を込めて立ち止まると、ミツルは自分のポケモン2体を倒したメタグロスを緑色の瞳で睨み付けた。
「君の戦いは素晴らしかったよ。 しかし残念だったね、タイムアップだ。
 そのサーナイトの『サイコキネシス』でメタグロスは倒せない。
 心配しなくていい、君は決して弱くはない。 よく戦ったよ。」
震える膝に手をつき、線の細い少年は足りない酸素を出来るだけ取り込もうと思い切り息を吸い込む。
「・・・最後まで見ないで、どうして結論付けられるんですか?
 ボクは・・・勝負を諦めてなんていません。 絶対勝ちます・・・勝てます!」
ミツルを守るように彼の前に立っていたサーナイトの『あい』の、体の前に溜め込まれていた力の固まりがバチバチと音を立てる。
異変に気付いたメタグロスが技の完成を止めようと攻撃準備を始めるが、ボールを出た瞬間から決められていた行動に間に合うわけもない。
『サイコキネシス』に見せかけていた全く別の力の塊(かたまり)を構えると、『あい』は赤い大きな瞳で相手のメタグロスを睨みつけた。

「『10まんボルト』です!!」
一瞬消えた雷エネルギーの固まりが、鋼のポケモンの目の前で爆発する。
物理的な力ではない、鋼をも貫く白い光は破裂したような音を響かせながら一瞬にして6メートル四方の空間を思い思いに駆け巡った。
予想していたのとは全く違う力に当てられて、青い円盤のようなポケモンは太い爪のついた4本の足をおかしな方向に曲げると
重低音を響かせながら、その場に崩れ落ちた。



 『・・・・・・勝負ありィ―――ッ!! メタグロスダウンーッ、ミツルの勝利だァ!!
  Gブロック代表ミツル選手、力の差を知恵と技で埋め切ったァ!! チャンピオン決定戦進出だーッ!!』

息が足りなくてミツルがその場に崩れ込むと、形の見えない柔らかい布のようなものに体を支えられた。
すぐに『あい』が弱った細い体を持ち上げ、ミツルを何とか立たせ観客席に背を向ける。
観客から自分たちの姿が見えなくなったことを確認すると、『あい』は早足になり、ぐったりとしたミツルを抱え、急いで選手控え室へと向かった。
駆け込んだ選手控え室の扉を『あい』がさっと閉めると、ミツルはイスにも座らず床の上に直接座り込んだ。
荒れ切った息を整えながら、熱くなった額(ひたい)に腕をつけて 天をあおぐように顔を上げる。
「・・・こんなに・・・ぅ・・・嬉しいこと・・・っ、ありません・・・。」
『あい』はミツルの隣に腰掛けると、細い肩をポンポンと軽く叩いた。
ミツルが顔を下ろすと、色の白い肌から透明な液体が2粒、流れて落ちる。
酸欠状態が治っている訳でもない。 むしろ、感情が高ぶったりしゃくりあげたりで余計に過呼吸になって頭はしっかり働かない。
気を効かせてポケモンセンターへと戻る準備を進めてくれている『あい』に甘えることにし、ミツルは完全に落ち付くのを待ってから、ゆっくりと立ち上がった。
軽い貧血を起こして少しだけクラッとくるが、これは常人でも普通に起こりうることで心配する必要はない。
1度目をつぶり、視界が完全に開けたのを確認してから 軽いバッグを肩にかけて若いトレーナーは歩き出した。
自分のポケモンと目と目を合わせ、明日の戦いへの期待と不安を一心に募らせ(つのらせ)ながら。


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