PAGE104.POKEMON LEAGUE 〜Concerto


ポケモンリーグ最終日、その日は気持ちのいいほど澄み渡った空が上空に広がっていた。
いつもよりも早く起きてしまったにも関わらず、少年『小田牧 雄貴』は気分よく空へと向かってあいさつする。
空いた時間を使ってストレッチ体操をして、バトルの時の注意点を書かれた、すっかりボロボロになってしまったノートに目を通す。
服を着替えて顔を洗って、日焼けして色あせたバンダナを頭に巻き付けたとき、小さな部屋の扉が叩かれた。
「『サファイア』さーん、朝食のお時間ですのでお迎えに上がりました。」
「おぉ、今開けるわ。」
深海の底のように深く黒い瞳をまばたかせると、サファイアは部屋の扉へと近寄り、
カギを鳴らしてから(実はカギを閉めていなかった)迎えにきたメガネのスタッフを出迎えた。
扉を開けてから1秒後に見えるのは、相手のぎょっとした顔。
今にも叫び出しそうな男を見ていても、サファイアは、驚かない。



 ―ダイダイッ! コン! ラン! クウ! チャチャ! それにカナ!!
  明日でいよいよポケモンリーグも最後や。 まだ結果出てへんけど、次の相手はミツル君や、強敵やで。
  今度はレッドやゴールドに頼るわけにもいかへんし、『神眼』だって向こうの方が上やし、ミツル君は頭もええ。
  ルビーも・・・全然見つからへんから、応援ないって考えた方がええ。

  でも、絶対見てはる!
  ルビーも、ゴールドもシルバーもクリスもレッドもグリーンもあの髪の長いブルーっちゅう警察官も、親父もルビーのおとんも
  みんなみんな見ててるから、せやから、負けられん。
  優勝すればなんもかんも上手くいく、そんな気するんや。
  せやから、絶対ミツル君に勝つで!! 絶対、絶対や!!―――







 『こちらはサイユウ特別スタジアムです。
  今日この戦いのためだけに作られたポケモンの能力を120%引き出して戦えるフィールドで、才能あるトレーナー2人が頂点の座を争い、戦います!!
  予選リーグ、そして『四天王に挑戦!』を勝ち抜いてやってきたのは、なんと10歳と11歳の少年トレーナーだそうです。
  ポケモンという歴史を初めに刻み付けた第1回ポケモンリーグのカードを思わせるこの組み合わせは、私たちに一体どんなバトルを見せてくれるのでしょう?
  さあ、皆様お待ちかね!! ポケモンリーグ決勝戦、まもなく開始いたします!!』



「・・・・・・広い・・・」
ミツルは扉の影から 今日これから戦うバトルフィールドを見てつぶやいた。
ホエルオー、ミロカロス、ギャラドス等々、ポケモンの大きさは子供の腕に収まってしまうものから
見上げても体全部が視界に入らないほどのものまで、多種多様である。
そのことも考慮され、大概ポケモンバトルのフィールドというものはある程度の差はあれ大きめに作られているものなのだが、この大きさは半端ではない。
確認されているポケモンの中でも1番大きな、ホエルオーVSホエルオーでもやれというのか、円形のスタジアムの直径は200メートルをゆうに超えていた。
少し視線を上げれば、自分たちのバトルを心待ちにしている観客たちの興奮した顔。
小さく息をつきながらミツルはすぐにくぐる予定の扉を背にすると、一緒に戦うパートナーたちの顔を見る。
「‘あい’‘ぺぽ’‘みむ’‘ゆえ’‘ろわ’‘りる’、厳しい戦いになりますよ。
 ボクだってずっとここの場所を目指してきたんです、負けるつもりもありませんが、サファイアさんの戦いは計算できないことばかりです。
 トレーナーとしてはサファイアさんの方が先輩ですし、ボク以上に死線を何度もくぐり抜けてきているんでしょう。
 ・・・・・・だけど!」
ゆっくりと扉が開く。
導く光を緑色の瞳で見据えながら、ミツルはポケモンたちを全てボールの中へと戻しホルダーへと取り付けた。
深呼吸してから、ゆっくりと1歩ずつ、胸を張って戦いの場へと進み出る。
「期間の差じゃありません。 ボクだって小さな頃からずっと、ポケモントレーナー目指して勉強してきたんです。
 絶対に勝ちます、サファイアさん、あなたに勝ちます!」



観衆の声援に出迎えられると、ミツルはゆっくりと顔を上げた。
対戦相手のサファイアは既に到着しているようで、何万といる観衆の視線も気にせずミツルのことをまっすぐに見つめている。
トレーナーゾーンで待ち構える少年は相手が到着したことを確認すると、よっと右手を上げて挨拶した。
「よぉ、ミテル君、今日は頑張ろうや。」
「・・・ッ!!!?」
思わずミツルの足が止まる。 反論することも忘れるくらい。
何度言っても「これは商人になるための商売道具なんや!」とか何とか言って触らせようともしなかったサファイアの髪が、今はばっさり。
色も黒くきれいにスポーツ刈りにされ、あの女の子並みに長かった白い髪の面影は微塵(みじん)も残されていない。
それだけ短いといつもつけているヘアバンドも役割を果たさなくなったのか、頭から降ろされ、首の周りを暖めるだけの物体と化している。
「さっぱりしたやろ?」
「・・・どっ・・・どどっ・・・どうして!? えっ、だって・・・シダケじゃあんなに・・・!!」
「気合入れ直さなアカン思うてな。 そんなに深い意味はないねん。
 さーっ、やるで!! 今日は本気の本気や!!」
パンッ! と左の手のひらに右のこぶしを打ち付けると、サファイアは腕をぐるぐると回してからホルダーに手を当てた。
手のひらほどの小さなボールを手に取り、構えると、巨大なバトルフィールドの空気がピンと張り詰める。
軽い言葉とは裏腹に本当の緊張を感じ、ミツルは息を吸い込んで自らもボールを握り締めた。
トレーナーの立つ位置まで歩き、ゆっくりと息を吐きながら立ち止まると、ステージ両脇にいるサブジャッジがおもむろに旗を振る。
普段は行われない行動に疑問を持ちながらミツルが振り返ると、突如バトルフィールドの周りを囲う地面が観客席の下へと吸い込まれた。
その下には、底も見えないほど深い水が広がっており、円形のスタジアムの中心で戦う2人は水に囲まれ孤立したような状態となる。
「な、何や!?」
奇声を上げるサファイアの周りで、オレンジ色の袋が膨らみ出し、サファイアを囲う小さなボート状へと変化した。
驚いてミツルの方を見てみると、向こうもほぼ同じようで、突然作り出された白いボートに驚き、緑色の瞳を見開かせている。
「プール・・・? 池? いや・・・湖!?」

 『そうです!! この特別スタジアムはサイユウシティの中心にある湖の上に作られた巨大バトルフィールド!!
  天然の浮島を利用したフィールドで、トレーナーは自分の力を余すことなく戦うことが出来ます!!
  湖の直径は500メートル、深さはおよそ20メートル、つまり・・・・・・』

「『ダイビング』から『そらをとぶ』まで、どんな技でも思い切り使えるっちゅうわけやな・・・?」
手にしたボールを軽く放り上げながらサファイアが言うと、『そうです!』という元気のいい返事が返ってきた。
審判が手にした旗がゆっくりと動く。
訪れる一瞬の静寂。 2人は息を呑むと姿勢を低くし、弓の弦(つる)を引くように赤と白の球体を体の後ろへと持っていく。






 『大変お待たせしました、ポケモンリーグホウエンブロック チャンピオン決定戦、ただいまより開始いたします!!
  会場のみなさんも一緒にコールをお願いします。
  POKEMON BATTLE 3・・・2・・・1・・・・・・・FIRE!!』


吸い込まれるように天高くへと投げ上げられると、2つのボールは交差し、2つの光の影を作り出す。
飛行船のごとく巨大な影は空中で身をよじらせると、用意された巨大なプールへと着水し、津波のような波しぶきを立てた。
衝撃で浮島のフィールド、サファイアとミツルの乗ったボートが大きく揺れる。
飛ばされた水の向こうに見えた女の人影のようなものを見て、サファイアは顔色を曇らせた。
真っ直ぐに伸ばされた白い指先に突かれる前に、水の上に降り立ったばかりの自分のポケモンへと手を向ける。
「‘あい’『サイコキネシス』です!!」
「‘ダイダイ’交代や!! ‘コン’!!」
磁器のような白い腕を伸ばすと、ミツルの繰り出した『サーナイト』と呼ばれるポケモンは
腰から下がった長いすそをはためかせ、衝撃波のようなものを放った。
地面の上に張った水面を波立たせ突き進むエネルギーの固まりは 巨大な影を通過し、黒い影に弾き飛ばされ はるか空中へと飛び去って行く。
ざわめく観客たちを守るようかにして現れた黒い土人形のようなポケモンは 宙に浮いた手をクルクルと回すと、身構える相手へと向かう。

「‘コン’『コスモパワー』!!」
「‘あい’交代します!」
間合いを測るかのように空中を浮遊し、黒いポケモンは空から舞い降りた光を受ける。
身体の周りについた6つの大きな目をぎょろりときらめかせた時、突然フィールドの中央で身構えていた『あい』の姿が見えなくなった。
攻撃の対象をなくした『コン』はぐるりと回転し、相手のポケモンの姿を探す。
サファイアの眉根が寄せられ大きく沈み込むように体勢を低く変えた時、相手のポケモンを探すコンの真上に小さな白い光が放たれた。
「‘コン’、上や!!」
「‘りる’!!」
花嫁から放たれたブーケのように
キレイハナの『りる』は空中でふわりと舞い上がると、細く小さな腕を真下へと向け、黒くにごった液体をコンへと向かって吐き出す。
吐き出された物体とは真逆の澄んだ黒い色の腕で 軽く上から叩かれると、
さほど大きな力が加わったわけでもないのにコンは激しく地面に叩き付けられ、浮島のフィールドを揺らす。
ふわりと着地した『りる』へと宙に浮く腕を向け、コンは赤い6つの瞳で睨み付けた。
「『はなびらのまい』!!」
「『サイケこうせん』!!」
雪のように舞う赤い花びらを弾き飛ばしながら、青白い光線がフィールドを真っ直ぐに走り、キレイハナの固い葉のような足に命中する。
だが『りる』とてやられっぱなしで黙っているはずもない、小さくつぶらな瞳で相手を睨み付けると、
残った花びらを操作し、コンの黒い身体に傷をつけた。
サファイアは強く息を吸い込むと、新しいボールを投げ『あうん』の呼吸でコンをモンスターボールへと戻す。
ギリギリのタイミングで開かれた球体から飛び出したポケモンは、ミツルと観客の視線を浴びながら綿雲のような翼をはためかせ
飛びかかる赤い花びらを翼や胸で受け止めながら、大きく息を吸い込んだ。
「‘クウ’ッ、『れいとうビーム』や!!」
大きく翼を広げ体勢を整えると、チルタリスの『クウ』は相手の『りる』へと向かって白い煙をまとった銀色の光線を発射する。
コンの攻撃で足を痛めた『りる』に避ける時間はなく、あっという間に到達した冷気はキレイハナの小さな腕と、南国を思わせる頭の花の左側を凍り付かせた。


「・・・こんなモンで、ええか?」
早くも流れ出た汗は、冷えた空気の中に広がり あっという間に消え去った。
雷でも撃たれているかのようにピリピリとした空気は フィールド全体を包み、観客たちはあまりの展開の早さについて行けない。
しんと静まった空気の中、揺れる足場を気にしながらミツルは対戦相手へと向かって緑色に光る瞳で笑いかけた。
「えぇ、全力で戦ってくれて嬉しいですよ。
 それでは、始めましょうか。」
低く構えたミツルの身体の後ろに、何か小さな物体が隠れる。
空気を切り裂くような殺気と、相手を逃すまいと睨み付ける捕食者のような瞳。
その姿が模範戦闘としてゴールドと戦っていたときのクリスと重なり、サファイアは口元だけにやつかせた。
ミツルがふっと息を吐くと、身構えていた『りる』が飛び上がり、赤と白のボールへと姿を変える。





入れ違いに放り込まれたボールは薄く張った水の上を跳ねると、淡い光を放って次なるポケモンを呼び出した。
体全体が金色に光るポケモンは 牙をむき出しにして赤い瞳でクウのことを睨むと、長い尾を揺らし高い声で吼えかかる。
ぐっと子供の腕が前へと突き出されると、登場したばかりの金色のポケモンの周りの水が白く変色していく。
まるで槍のような氷の固まりに周囲を囲まれると、九尾のポケモンは鋭く吼えてクウへと向かって炎を吐き出した。
「‘ろわ’!!」
ロケットの噴射力にも引けを取らないような熱が クウの周りを取り巻く。
熱気が首をかすめ、水色の鳥は小さく悲鳴を上げる。
「‘クウ’『りゅうのいぶき』じゃ!!」
奥歯をキッと鳴らすと サファイアは空を飛ぶポケモンへと向かって腹の底から叫んだ。
クウはキュウコンと呼ばれる金色のポケモンへと向かって下降すると、大きく息を吸い込んでオレンジ色の炎を吐き出す。
熱気に当てられ悲鳴を上げる『ろわ』から遠ざかると、クウは空中でバランスを取り切れず地面へと墜落すると、高い声を上げた。

「‘クウ’交代するで!!」
サファイアは手をまっすぐクウに向かって突き出し、不安定な場所で足を踏みしめる。
ちらりとトレーナーの方を振り向いて視線と視線を合わせたクウはふわふわとした羽根をはためかせると、
赤と白のモンスターボールへと姿を変えサファイアの手の中へと飛び込んだ。
バンッ! という高い音が響き、少年のグローブをした手の平にビリビリとした感触が走る。
しっかりとボールを抱え込み、上目づかいに相手を睨み付けながら笑うとサファイアは腰のホルダーから次呼び出すポケモンを選び出した。
宝石のように光り輝く球体を天へと向かって高々と掲げると、それを自分の真後ろへと向かって放り投げる。
浮島のフィールドに取り付けられたボートの上でかがみ込み、自分へと向けられた炎を避けると背後で相手を睨み付ける巨大なポケモンは
ゆっくりと、大きく身をくねらせ高い波を作り出した。
「‘ダイダイ’ッ、『なみのり』や!!」
シューッと鼻から白い煙を噴き出すと、巨大なポケモンは派手な動きで飛び上がり湖の上に体を打ち付けた。
ドーナツ状の水面は激しく波打ち、ホエルオーが力強さを持った低い声で鳴くと、まるで生き物のように舞い上がってフィールド全体を覆い尽くす。
激しく揺れるボートが淡い影に包まれると、サファイアは相手を睨むようにして笑った。
暴れるようにしてうごめく水流は一直線に『ろわ』に向かって 打ち下ろされる。
怪物のようなそれに驚き、金色のポケモンは回避しようと細い足で地面を蹴り付ける。
だが、重力の力も加わった水のスピードにはかなわず、直撃は間逃れたものの炎タイプである『ろわ』は大量の水をかぶり、悲鳴を上げた。


反撃しようと赤い瞳で睨み付けるが、ミツルがそれを止める。
よく切れるナイフのような牙をむき出しにしたキュウコンの『ろわ』をモンスターボールの中へと収めると、
ミツルは荒れた息を整えながら別のボールを取り出した。
「・・・海の神に守られとるダイダイは、炎食らわん。」
巻き添いに近い形で頭から水を被ったサファイアが、汗と共に顔を伝う水を拭いながらつぶやくようにして話す。
光の灯った瞳でサファイアのことを睨むと、ミツルは口元だけでニッと笑って見せた。
「『みずのベール』ですか・・・サファイアさん、あなた、面白い人ですね。」
「目指せジョウト! やからな、めっちゃウケ狙うでぇ。」
「いいえ、それだけじゃない。」
手首のスナップを効かせ、転がすようにしてボールを放つと、サファイアとダイダイの瞳が機敏に反応する。
姿も見えない相手に対し『なみのり』の指示を出しながら空いた手でボールを掴み取り、交代の準備を始め出した。
「あなたは・・・」
相手の行動を察知してミツルは新しく出てきたポケモンに対し、サファイアの方向へと向かって攻撃を放つよう指示を出す。
予想通りなのか背後の湖の半分近くを占領していたダイダイがモンスターボールの中に戻されると、
急に押しのける物のなくなった水が大きく揺らぎ、サファイアの乗っていたボートがふわりと押し上げられた。
すれ違うようにゆっくりと落ちてきた赤と白のボールが、浮島のフィールドにぶつかる。
ラグラージの『カナ』がその中から姿を現すと、すでに攻撃の準備を終えていたサーナイトの『あい』は口元で笑い
体の影で構えていた白く光る衝撃の固まりを彼女へと向けて解き放った。
とっさの判断でカナは腕を前へと構え、相手の『サイコキネシス』を受け止めたが、1〜2メートル後方へと吹き飛ばされる。
『あい』のことを睨みながら起き上がったラグラージを見て、ミツルは肩を回しながら再びサファイアへと緑色の瞳を向けた。
「危険な状況になればなるほど、判断力が増していく。
 相手が強ければ強いほど、冷静さを失わない。
 サファイアさん、自分で気付いていないんですか? あなたの『心』が守ろうとするものが大きければ大きいほど・・・」
「・・・ッ! ‘カナ’ッ、『まもる』!!」
いつの間にやら攻撃の準備を終えていた『あい』が、再び白く光る衝撃波を相手へ向けて発射する。
状況に気付いたサファイアの体がビクリと跳ね上がり、とっさに指示を出すとカナは今度は両腕をしっかりと構え、
緑色の光を放って相手の攻撃を完全に受け止めた。
「・・・あなた、強くなっているんですよ。」
シュウゥ、と、興奮したカナの吐く息が小さな音となってフィールドを抜けていく。
腕の下に隠した青い瞳でミツルと『あい』のことを睨み付けると、サファイアはスピードを落としつつ腕を前に出し、大きく息を吸い込んだ。
同時に、カナの太い腕が高々と掲げられる。


「‘カナ’、『じしん』や!!」
「‘みむ’出てきて下さい!!」
青い腕が打ち下ろされると、危うげに浮かんでいるフィールドが割れんばかりの振動を始め、湖に波紋を起こす。
『あい』は白い光となって消え去り、代わりに小さな球体が広いフィールドの中央へと向かって投げ込まれた。
それは地に着く前に2つに割れ、口に大きな袋を持った鳥のようなポケモンを召喚する。
2つの翼は風を切るように力強く羽ばたき、揺れる地面から小さな体を解放させた。
体の横についた瞳は、鳥独特の鋭い眼差しで大地から空を見上げる青いポケモンを突き刺す。
「・・・ペリッパー!」
「『みむ』、ですよ。 ‘みむ’『みずのはどう』です!!」
大きなクチバシを上下に開くと、『ペリッパー』という学名のつけられたポケモンはらせん状に回る水流をカナへと向かって吐き出した。
まっすぐには進まない水を頭や足のヒレで受け止めると、カナは足を踏みしめ頭のヒレを大きく震わせる。
すると、浮島のフィールドの上に薄く張った水が重力に逆らうように徐々に浮き上がり、噴水のように高く打ち上がった。
「『だくりゅう』や!!」
高く打ち上がった泥を含んだ茶色い水流は渦を巻くようにして『みむ』の翼を打つ。
想像していた以上に威力が高く、『みむ』は回避しようと翼を大きくはためかせるが間に合わず、打ち下ろされた泥水に大きく叩きつけられた。
地面を大きくバウンドし、ギィッと悲鳴を上げると『みむ』は なお打ちつける水の中、両方の瞳でカナを睨み付け
水の中から更にらせん状に回転する水流を発射する。
威力はさほどないが、思いもしなかった場所から攻撃されカナはフッと息を吐いた。
ちらりと自分の主人へと視線を送り、GOサインが出たのを確認するともう1度相手のペリッパーへと目掛けにごった水流を打ちつける。
同じ手を食らわないよう相手の勢いに押されないほどの大量の水を叩きつけるが、相手はその空間から脱出し、カナへと三度狙いを定める。
身構えるヒマを与えず『みむ』はもう1度『みずのはどう』を放ち、カナの胴体へと命中させた。
大きく位置をずらされると、カナはすかさず『みむ』へと向き直り、姿勢を低く構える。
マリンブルーの頭のヒレを細かく震わせ、深く細く息を吐き出す。
2つの頑丈な腕でフィールドをドン! と叩くとその上を薄くおおっていた水のほとんどが彼女の意のままに動き始めた。
眉を潜めるミツルの真正面で、サファイアは相手のペリッパーへと向かって大きな動作で腕を突き出す。
「‘カナ’『だくりゅう』!!」
まるで大砲のような水の固まりが、『みむ』を真正面から捕らえ、そのままミツルの背後のスタジアムの壁へと打ち付けた。
頑丈に作られた壁はへこむことすらないが、その硬さに叩きつけられた『みむ』は ぐったりとして 羽ばたく力も失い、真下の湖へと転落する。
小さな水しぶきが上がり、数秒ほど時が経つと 何が起きたのかを理解したのか、観衆がわっと沸き立った。



大きく息をついて、肩の力を落とすとミツルは背後の『みむ』に手を向けてボールの中に戻るよう、指示を出した。
お互いにバトル開始から ろくに息継ぎも出来ない状況が続いたため、
このチャンスをいかし体全体に行き渡った疲労感を少しでも回復しようと何度も呼吸を繰り返す。
とはいえ、次のポケモンを繰り出すタイミングはミツルが握っているわけだから、サファイアとしては一瞬の油断も許されない。
睨み付けるようにして相手の様子を観察していると、ミツルはふと笑ってから、赤と白のモンスターボールを自分の真上へと投げ上げた。
ゆっくりと傾いてきた日差しに目を刺され、サファイアは一瞬黒い宝石のはまったような まぶたを細くする。
軽く破裂にも近いような音が鳴り響くと、高い場所で開かれたボールは青いポケモンを召喚した。
ミツルやサファイアよりも大きなポケモンは重力に逆らわず一気に下降すると、ミツルの乗るボートを深く沈めてからフィールドの上へ降り立った。
その瞬間、サファイアの眉がピクリと動く。
「‘カナ’、交代や!!」
「‘ぺぽ’『はかいこうせん』!!」
フィールドの上で大きく腕を開いて相手を牽制したバクオングは体の3分の2はあるのではないかという巨大な口を開くと
直接攻撃を受けないサファイアですらビリビリと振動を感じるほど大きな、破壊力のある光線をカナのいた方向へと向け吐き出した。

旋風を巻き起こす光線はカナの影を通り過ぎ、目の前にそびえたった戦艦のような巨大なポケモンへと衝突する。
反動で爆風が巻き起こり、サファイアとミツルの髪を揺らす。
自分の攻撃で押し戻され動けなくなっているバクオングを指差し、サファイアはぐっと息を飲み込んでホエルオーへと指示を出した。
「‘ダイダイ’『じしん』や!!」
視界のほとんどを埋め尽くす肌の中から小さな瞳で相手のことを見下ろすと、ダイダイは体を大きく揺らし浮島のフィールドを激しく揺さぶった。
一時の静寂を保っていた水面は再び激しく波打ち、浮島に取り付けられたボートはジェットコースター並みに激しく上下する。
大きく縦揺れを起こすフィールドの上をポンポンと走り回ると、
『ぺぽ』は一瞬揺れが収まったタイミングを見計らい、再びダイダイへと狙いをつけた。
奥歯を強く噛み締めたサファイアの口の中で、何かがチャッと音を鳴らす。
「『はかいこうせん』です!!」
肌をしびれさせるような衝撃が会場全体を覆い(おおい)、会場照明が2つジジッと音を上げた。
ダイダイの巨体が激しく後方へと押しやられ、サファイアの眼前で停止する。
苦しそうな息づかいが段々弱くなり、ビクッと体を震わせるとトレーナーは青いポケモンに右手を差し出した。
「戻れ!」
短く、よく聞こえるように大声で指示を出すと そそり立つ船のような巨大なポケモンは片手に収まってしまうほどの小さな球体へと姿を変えた。
お互いの声もよく聞こえなくなるほどの歓声、耳が痛くなってくるほどの実況の声も届かない。
祈るような所作(しょさ)で役目を終えたダイダイのボールをひたいの位置まで持っていくと、
サファイアはそれを慎重にホルダーへと戻し、次のモンスターボールを取り出した。



「‘ラン’『アンコール』!!」
大きく振りかぶってボールを投げるのと同時に、サファイアは新しく出てくる小さなポケモンに対し、あらかじめ指示を出し対応する。
まだ少し揺れの残るフィールドに赤と白のボールが軽くぶつかると、ポンッと可愛らしい音が鳴り水色のポケモンが登場した。
ニコニコ笑顔のポケモンは黒い尻尾をうまく使って立ち上がると、頭の横から生えた前足を何度も叩き合わせる。
バクオングの動きがピタリと停止し、ぎこちない動きでビデオを再生するように同じ動きを繰り返す。
やがて、先ほどダイダイを倒したときのように口の奥にエネルギーを収束させると、
『ぺぽ』はミツルの指示を受け付けずに再び『はかいこうせん』を発射した。
当人の意思とは関係なく発射された攻撃は、小さなポケモンへと向かう。
ニコニコ顔のポケモンはぐっと足を踏み締めると、体の真正面にみかん色の壁を作り出した。
「‘ラン’ッ、『カウンター』や!!」
吐き出された光線がみかん色の壁へとぶつかり、衝撃で空気がビリビリと震えた。
体を傾け、尻尾で体勢を保って、ランは相手の攻撃を真正面から受け止める。
悲鳴にも近い高さの鳴き声を上げ、地面を削りながら後退すると、
小さなポケモンは自分へと向けて放たれた『はかいこうせん』をみかん色の壁に包んで相手の『ぺぽ』へと向かって弾き返した。
絶対的な体力を誇るダイダイですら2発で倒す攻撃を弾き返された『ぺぽ』は
攻撃を避ける時間も与えられず、小さなポケモンの繰り出した攻撃に打たれ、地面に思いきり体をこすりつける。
大砲に打ち上げられるようにして高く飛び上がると、『ぺぽ』は勢いに流され体を反らせた体勢のまま、地面へと激突し、動かなくなった。
息を荒げながら フィールドの上に伏せる相手のポケモンを見つめると、ランはぺたんと地面の上に座り込みほっと息をつく。
サファイアにちょいちょいと自分の方に来るように指示を出されると、起き上がってぴょこぴょこと無防備な体勢で走り寄った。

「‘ぺぽ’、戻ってください。」
ミツルは淡い殺気のこもった瞳でランのことを睨みながら、『ぺぽ』をモンスターボールの中へと戻す。
浅く息を吐き、深く息を吸い、サファイアの様子を観察してみれば向こうは腰のボールを気にしながらミツルの出方を伺っている。
「さすがですね、罠を仕掛けるつもりだったのに、さらにその上を突いてきた。」
「言ってることワケ分からんわ。 ごちゃごちゃ言っとらんと・・・」
片手でちょちょっと指先を動かし、サファイアはミツルを挑発する。
「・・・かかってこいや。」
無鉄砲に見えて、動きに全く油断がない。
その集中力にミツルは呆れ、ニッと笑うとモンスターボールを手に取った。


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