PAGE107.POKEMON LEAGUE 〜Cantata
ククク・・・と、イヤホンに手を当てながらレッドは何度も笑いをかみ殺そうとしては失敗した。
すかさず、その頭に書類を丸めた武器がパコーン! と景気の良い音を鳴らし、叩いては去っていく。
叩かれた脳天をさすりながら眉をハの字にして振り返ると、即席の武器で肩を軽く叩きながら笑って睨むブルーの姿。
横目でグリーンのことを見ると、彼は指先で机をトントンと叩きレッドへと催促する。
軽く肩をすくめ、「やれやれ」と無言で言うとレッドはラジオにつながれていたイヤホンジャックを引っこ抜いた。
「‘ラルゴ’『じしん』!!」
巨大なポケモンが浮島のフィールドに着地したのと同時に ルビーは自らのポケモンへと指示を出した。
鎧(よろい)のような皮膚に守られた黒い瞳で辺りの状況を見るとドンファンのラルゴは大きな体を持ち上げ、太い前足で地面を思いきり叩く。
ボールの中から飛び出してきたミロカロスのフィーネを巻き込み、
立っていることも出来なくなるほど地面は大きく揺さぶられ、地に足をつけるもの全てにダメージを与える。
思いきりバランスを崩し、泥の上にはいつくばる形になったサファイアは
ドロドロの手でラルゴを指差すとフィールドの上を占める巨大なポケモンへと向かって声を張り上げた。
「‘ダイダイ’『なみのり』じゃ!!」
水の上に力を加えられると、あれだけ大きいと思われていた湖の表面に小さな波が立ち、
まるで滝のビデオを逆再生しているかのごとく、大きな水の流れが上空へと向かって打ち上がった。
カーテン状の水に一瞬切れ目が入り、ルビーは眉を潜めてそれをよく観察しようとしたが、じっくり観察するほどの時間はない。
一気に打ち下ろされた流れにさらわれかけ、彼女は出てきたばかりのフィーネの腹にしがみつく。
『・・・このまま行こか、お互い戻るとこもあらへんしな。 ええやろ、カナ?』
水が引くと、ルビーは視界をふさぐ水滴をぬぐいながらニッと笑って見せた。
強くこすられたせいで化粧が落ち、グローブの甲に黒い模様をつける。
それを軽く見ると、ルビーは唇にまとわりついているルージュをもこすり落とした。
1テンポ置いて小さく息を吐き出すと、そのまま大きなヘビのようなミロカロスの背に乗って まだ冷たい湖の中へと飛び込んでいく。
しびれるような冷たさのなか、目が、耳が、鼻が、指が、全ての感覚が研ぎ澄まされ相手の動きを探る。
距離を取ってゆっくりと浮島の周りを進むと、サファイアもこちらの出方をうかがっているらしく、微動だにしない。
空気を揺さぶるような音だけが、響く。 ルビーは少し眉を潜めると1度目を閉じ、自分たちの真上へと顔を上げた。
その瞬間、場が動く。
一向に現れなかったサファイアのポケモンが 風を切り裂いてフィールドの上へと姿を現すと
赤と青、対極線上の4つの瞳が力強く光った。
「‘チャチャ’『きりさく』!!」
「‘ラルゴ’『こらえる』!!」
気付くことすら出来ないような上空から地面スレスレまで、一瞬で舞い降りたテッカニンのチャチャは
方向を変えると鋭い爪でドンファンの横っ腹に傷をつける。
飛びのきながらも長い鼻で相手を追い払うとラルゴはぐるりと横に1回転し、辛うじて決定打を避けた。
ざぶん、と自分の存在を知らせるかのように高いしぶきを上げるとルビーはぐるりとフィールドの上を見渡した。
ぐっと構えるミロカロスのフィーネから、炎色したオーラが浮き上がる。
「‘フィーネ’ッ、『なみのり』!!」
高い声が響き渡ると、サファイアは身を強張らせた。
ヘビのようにうねる波が真横から襲いかかり、冷たい水が自分とポケモンたちの身体をフィールドへと叩きつける。
てんで容赦のない攻撃に苦笑すると、サファイアは1度起き上がってから地の上にはいつくばった。
横目で巨大なポケモンに目を向け、目いっぱい息を吸い込む。
「『じしん』じゃ、‘ダイダイ’!!」
震えるほどの低い音が響き、飛び上がるほどに地面が揺れ動いた。
衝撃が水にまで伝わり、フィーネは暴れるような動きでルビーを乗せたまま観客席の下の壁へと叩きつけられる。
振り落とされたルビーはチャチャの背にぶつかると 転がるように冷たい水の中に落下した。
すかさず戻ってきたミロカロスの頭の上から地面の上へと復帰すると、困ったような顔をしたサファイアに腕を引かれる。
『・・・あんたのこと、覚えてる。』
「あんまり心配させんなや?」
傷だらけの手のひらが冷え切った腕を暖める。 揺らぎもせず、まっすぐに自分を見つめる瞳を見るとルビーは笑った。
一瞬顔を赤くしてたじろいたことに気付き、面白がるように顔を近づける。
息も詰まるような空気の中、ルビーはそっと自分の首元に手を当てると五線譜の形をしたチョーカーを口元に引き寄せた。
「・・・・・・‘ラルゴ’『じたばた』。」
「・・・ッ!?」
ビクンとサファイアの身体が跳ねあがる。
弾かれるようにしてルビーから飛びのくと、真後ろで岩すらも砕くような大きな音が響いた。
体のど真ん中を鉛色の弾丸のようなドンファンに打たれ、10メートル以上ある大きなポケモンは体をよじらせ悲鳴を上げる。
姿勢を維持することが出来ず、崩れるようにして水の中に沈み始めたダイダイを見ると
サファイアは火傷の跡の残る手を前へと突き出し、戦えなくなったポケモンをボールの中へと避難させた。
「・・・『せんせいのツメ』?」
「そゆこと。」
問いに対し、唇に人差し指をそっと当ててルビーはウインクしてみせた。
薄く笑い返すとサファイアは大きく深呼吸して気を落ち付ける。
次のポケモンを出すまでの間、ルビーが攻撃してくることはない。
つかんだルビーの腕とは真逆にどんどん熱くなる体を冷ますよう、1度ボールをホルダーに戻しながら顔に手を当ててゆっくりと息を吐くと、
ややボーっとした瞳で彼女へと視線を向け、体に力を込めた。
びゅっと空気を切るような音を立ててボールを構えると、ルビーは動きを鈍らせる水を軽く払って身構える。
「行くんや、‘クウ’!!」
切るようにして地面を蹴ると、大きな翼を持った鳥ポケモンは甲高い鳴き声を上げて辺りを見渡した。
ほとんど間もなくルビーは指示を出す体勢に入り、ボロボロのグローブの人差し指でフィールド全体を指す。
「‘フィーネ’『なみのり』!!」
「『まもる』や‘チャチャ’ッ!!」
叫ぶなりサファイアは真横へと吹っ飛ばされる、本当にこれが水なのかと疑いたくなるほどの威力。
起き上がるとすぐさま状況を確認するが、幸いクウは水に強く、ほとんどダメージを受けていない。
ポケモンのように体を震って水を飛ばすと、サファイアは白い息を吐き出しながらルビーへと青い瞳を向けた。
「来い来い」とばかりに彼女は指を動かして挑発するが、首を振ってそれを断る。
元々真っ直ぐに突っ込んで行くのは得意ではない、あくまで冷静に、姿勢を低くして構えるとルビーはふっと息を吐いて身構えた。
『・・・キレイ。』
「‘フィーネ’『なみのり』!!」
「‘チャチャ’『バトンタッチ』や!!」
再び打ち上がった水よりも先に、サファイアは真後ろへとボールを放る。
金色の弾丸のようなスピードでテッカニンはトレーナーへと突進し、黄緑色のバトンへと姿を変えた。
赤と白とのボールは水の張った地面を1度バウンドすると、チャチャの投げた筒を太い前足で受け取り、迫り来る水流を全身で受け止めた。
また水流に飛ばされたサファイアは出てきたばかりのポケモンの横に転がると、泥だらけの顔を向けて苦笑しルビーへと向き直る。
「おー、冷たっ! ‘クウ’ラルゴに『りゅうのいぶき』や!!」
「‘ラルゴ’交代ッ、‘アクセント’!!」
水の張る地面を走り、ドンファンへと狙いを定めるクウを一瞬だけ翻弄(ほんろう)すると、
ルビーは灰色のポケモンをボールに収め、代わりのモンスターボールをバトルフィールドの上へと放つ。
飛び出した小さなポケモンは根元にイヤリングのついたピンク色の耳を揺らすと、吐き出された炎に悲鳴を上げ、バチバチと音を鳴らした。
「あたしは、あんたの言うこと聞かない。」
腰に手を当てて胸を張ると、ルビーはポタポタと水滴の落ちる髪の間から 赤い瞳を相手へと向ける。
顔が風せんのように破裂しそうなサファイアに対し、探るような視線を送るとゆっくりと距離を取って歩きながら声帯を震わせる。
いつもとは違う、流暢(りゅうちょう)な標準語で。
「サファイア。 あんた面白いよ。
普段ぴーひゃらしてるクセに、いざってときは信じられないくらい真剣になれる。
本気になったら特大の花火みたいに爆発して、ピンチを乗り切るんだ。」
影でそっと出された指示に、ラグラージのカナとプラスルのアクセントは小さく身構えた。
お互いの眉が小さく動き、指示の準備が出来ていることを悟る。
細い指先が軽く振られる。 見えないところで刻まれる、穏やかではないリズム。
「・・・だからあたし、あんたの言うこと聞いてやらない。 心配かけ続けるよ、この先も、ずっと。」
ぐっと拳を握り締めるとサファイアは腕を上げてカナへと視線を向ける。
ルビーは腰のポシェットから青と白のモンスターボールを引っ張り出した。 細い眉が、ふと潜められる。
『悪いね、誰もいないんじゃ寂し過ぎるからさ。』
「‘カナ’『じしん』ッ!!」
「‘フォルテ’行きなッ!」
赤いボールへと姿を変えたアクセントを拾い上げると、ルビーは白みがかった空へと向かって青いボールを投げ上げた。
直後に足元が大きく動き、バランスを取り切れずに彼女は水たまりだらけの地面に尻もちをつく。
奥歯を噛み締めながら赤い瞳を横へ向けると、攻撃に耐え切れなかったミロカロスがまだ揺れの残る地面の上に倒れ込むのが映った。
6メートル以上ある長い体を泥水の上に横たえるフィーネを見て、ルビーは軽く肩をすくめる。
「・・・ドロドロだね。」
小さく笑うとルビーはサファイアに視線を向けた状態で動けなくなったミロカロスをボールへと避難させた。
ゆっくりと立ちあがると、無理だと判っていつつ汚れた服を手の平で払う。
フィーネの代わりに投げられたモンスターボールが 羽根のようにふわりと浮き上がると、サファイアはゆっくりと指示を出すための手を持ち上げた。
『うわっ、何や!? 急に頭重くなったわ!?』
「‘クウ’『ほろびのうた』。」
飛び出した片牙のドンファンを見下ろしつつ、2つの翼を使って飛び上がると、水色のポケモンは息を吸い込んで甲高いメロディを奏でだした。
頭の割れるような音程に思わずルビーは耳をふさぐと、上空にいるチルタリスを赤い瞳に映す。
「‘フォルテ’クウに『ドラゴンクロー』!!」
「させんわっ‘カナ’『だくりゅう』使うんや!!」
「‘ラルゴ’『こらえる』!!」
大きく打ち上がった水から逃げるように走りながらルビーは声を上げて二匹のポケモンに対し指示を出す。
ぬかるんだ地面を蹴ってボーマンダのフォルテが飛び立つのと同時に、足元から迫ってきた水に足を取られてルビーはバランスを崩す。
止まることのない水流に流されそうになる彼女の腕に、硬いものがからみついた。
驚いたように見開かれた赤い瞳に映ったのは、
トレーナーの指示を守り、打ち付ける流れに倒れそうになりながらも長い鼻で自分の主人をつなぎとめる、ドンファンの姿。
「・・・‘フォルテ’ッ!!」
ルビーは反対の手をラルゴの鼻にそえ、離れないようにしっかりと補強すると上空にいるボーマンダに指示を送る。
水が引き、ラルゴを抱きかかえるかのようにして体勢を立て直すと 冷え切った耳に打撃音が響いた。
すぐさま上に視線を移すと、追いかけっこを続けていたクウがフォルテに叩き落され、大きな水しぶきを上げてバトルフィールドへと激突する。
茶色い水しぶきが飛び跳ね、薄く張った水たまりに円形の波紋を作る。
「戻れ‘クウ’!!」
知らず知らずのうちに口調が荒くなる。
サファイアは倒れ、動けずにいるクウをボールへと戻すと、落ち付きを取り戻すため大きく息を吐いた。
混乱しかけた頭でルビーの方へと向き直ると、驚くほど冷静な視線に射抜かれる。
状況も観衆にも呑まれて(のまれて)いないのか、すっと立ったまま焼き尽くされそうなほど強い瞳でサファイアのことを見ている。
体は冷え切っているはずなのに、どうしようもなく熱くて仕方ない。
ぐずぐず鳴る鼻を軽くこすると、サファイアは片手でボールを取り出しながら ルビーへと向かってうっすらと青く光る瞳を向けた。
「ルビー、緊張せんのか?」
片手でモンスターボールをいじりながらサファイアは言葉をつむいだ。
軽く肩をすくめるとルビーは笑い、そんな相手の問いに対して答えを渡す。
「してるよ、すごく。 そう見せないよう訓練してきただけ。
サファイアだって、バトルしてるときは集中してて緊張なんか忘れてるだろ?」
そう言って身構えるルビーの目が「かかってこい」と無言のプレッシャーを与える。
指先にあるボールをしっかりと握り締めると、サファイアは大きく深呼吸してそれを高く投げ上げた。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
・・・・・・タマゴ君っ!!? 』
「‘ラン’!!!」
冷たい風に吹かれてソーナノは顔をぷるぷると震わせると、そのまま回転して水たまりの張った地面の上を飛び跳ねた。
早くも転び、出てきて早々泥だらけになってしまった顔をごしごしと前足でこすると、ニコニコした笑顔でラルゴのことを見る。
片牙のドンファンが睨み付けると、足元から黒い影が伸び、ランの黒い尻尾に吸い込まれた。
黒い尻尾の先にあるランのもう1つの瞳は ぎょろりとした目で上空にいるフォルテを睨み付ける。
何かに引っ張られるかのように降下を始めた青い龍を見ると、ルビーは1歩足を踏み出して腹の底に力を込めた。
それに合わせるかのように、サファイアの眉と眉がくっつく。
「‘カナ’『だくりゅう』じゃ!!」
「‘ラルゴ’『こらえる』ッ、‘フォルテ’『ドラゴンクロー』!!」
飛びあがる水を睨み付け、ラルゴはルビーの前に立つと長い鼻を振って壁のようにそそりたつ波をなぎ払った。
翼のように広がるしぶきから視線が移る、赤い羽根を大きく羽ばたかせるとフォルテは太い前足を振り上げ、
攻撃直後でバランスの崩れたカナに思いきりツメを振り下ろす。
背中から冷たい水をかぶるとフォルテはカッと目を見開き、止まりそうな足にさらに力を込めた。
カナは悲鳴を上げ、攻撃から逃れようと飛ぶような動作で太いツメから離れようとする。
水が引き、再び辺りが静かになると、響いてきたのはうなるような、ポケモンたちの荒れに荒れた息づかいだった。
倒れているものはいない。 ルビーは唇の端を上げるとチ、チ、チ、と指を振って見せる。
「『みちづれ』?」
「・・・ごまかせんなぁ。」
口の端を上げて苦笑すると、サファイアは微動だにしなかったランの足元に目を向けた。
彼女の体に対して少し大きな影は、攻撃した者を相打ちにしても倒す、という強い、どこまでもはっきりとした黒い色を放っている。
ふーっと息を吐くと、相手のことを青い瞳で見ながらサファイアは腰に手を当てて胸を張って見せた。
「そこまで判っとるんやったら、ワシの次の手もお見通し・・・か?」
「まーね、あんたのことだから大体予想はついてるよ。」
強気な笑みを見せるルビーにサファイアは笑うと、ホルダーから青と白のボールを取り出した。
手の平の上で半回転させると、全身を使って高く投げ上げる。
『っしゃあ!! ワシの勝ちやぁ!!
やったな、ツチニン・・・の・・・・・・・・・『チャチャ』!! 』
「‘カナ’ッ、‘チャチャ’と交代や!!」
低くうなずくとカナは太い四肢を使ってサファイアの元へと飛び込んでくる。
受け止めた右手は傷だらけのはずなのに、痛みは感じなかった。
入れ違いに出てきた金色の虫に突き刺すような視線を感じ、サファイアは奥歯を噛み締める。
風を切るようにビュッとルビーの手が振られると、フォルテの翼が風となり 空に青い線を引くようなスピードで降下した。
「‘フォルテ’『ドラゴンクロー』!!」
ぶつかるほど近くまで一気に接近すると、ボールから出たばかりのチャチャの動きが一瞬止まる。
龍の目はそれを見逃さない。 太い足を大きく振り上げると、ケムリすら上がる鋭いツメを力の限り振り下ろした。
方向を変えることも出来ず逃げ道を失ったチャチャは思いきり打ち下ろされ、サファイアの真横の地面へと叩きつけられる。
戦えなくなったことを悟り、サファイアは水しぶきを上げて飛んで行くチャチャへと手を向けて青と白のボールへと変える。
雨上がりの道を走る車のようなドンファンを見ると、サファイアの奥歯がカチリと鳴った。
「‘ラルゴ’『じわれ』!!」
「‘ラン’『みちづれ』や!!」
ルビーの高い声が響き、直後にメキメキという音が鳴って地面に裂け目が出来あがっていく。
小さなポケモンは避けようとするが、熱い息を吐くフォルテの繰り出す風によってバランスを崩した。
低い声の二重奏が響くと、黒い尻尾から彼女は地割れの底へと飲み込まれていく。
高い悲鳴が上がると、真っ黒な影が地割れから飛び出し、ラルゴの前へと立ちはだかった。
まるで死神のような黒いコートを被った影が、光ることのないカマを残像が残るほどに素早く振り下ろす。
影がラルゴの上を通過すると、声を上げることも出来ず灰色のポケモンは どさりと音を立てて倒れた。
パシッと小さな音を立ててサファイアの手に小さなボールが収まったとき、既に息を切らしていたフォルテが割れるような声を上げ、ぐったりと横になる。
ラルゴ、フォルテと、ルビーが倒れたポケモンたちをモンスターボールの中へと収めると、
ルビーとサファイア以外、誰もいなくなったフィールドに一陣の風が駆け巡った。
『・・・・・・・・・学名なんざ、しらねぇけど・・・』
パチン、パチンとリズム良く4つのボールがホルダーへとはめられると、2人の手に新たに別のボールが握られる。
小さな手の中にある赤い光をしっかりと包み込むように握ると、体勢を立て直しお互いに相手に見せつけるように突き出した。
狂喜に包まれる会場の中、お互いの息遣いを感じ取り、全身の感度が上がる。
「みんな、望んでた。」
ルビーの言葉にサファイアが小さくうなずく。
イタズラっぽく微笑むと、ルビーはそのままの表情で唇を動かす。
「『運命』? それとも『偶然』?」
「・・・『未来』、やろ。」
トッ、と軽い音を響かせると、サファイアは水を蹴って走り出した。
それに合わせるようにルビーは体をしならせ、両手に持ったボールを投げ上げる。
サファイアは右手のボールを水を切るように地面に対して水平に放つと、
もう片方のボールを下から上へ、キレイな弧を描くよう、わざとふんわりとした動きで飛ばした。
地面の上を跳ね、2つに割れたボールから飛び出したラグラージのカナは大きなヒレを動かして真っ先に身構える。
まだ高くにあるルビーの2つのモンスターボールは空中でぶつかり合うと、軌道を大きくそらしサファイアが考えていたのよりも早く地面の上へと到着する。
『あ・ん・たのことだよ! コン・アニマ、略してコン!!』
『・・・何で、こいつがここにいるんや?』
「‘カナ’・・・・・・‘コン’ッ!!?」
サファイアは慌てて声を上げる。
指示が追い付かない。 既にコンは走り出したルビーのアクセントの強い瞳に射抜かれている。
「‘アクセント’『でんこうせっか』!!」
宙に浮くコンの足元に到着した小さなポケモンが、自分の2倍以上あるネンドールを見上げ睨み付ける。
細い足に思い切り力を込めると、アクセントは真上にいるポケモンに対し突き上げるように攻撃を仕掛けた。
決して大きくはないが衝撃音が響き、コンは50センチほど飛びあがると棚から落ちた人形のようにゴロゴロと地面の上を転がった。
だがルビーの攻撃はそこでは終わらない。 空中で開いたボールから飛び出したコダックのスコアが、既に大口を開けて残るカナへと狙いをつけている。
「‘カナ’ッ!! 『じしん』じゃ!!」
片手でコンをモンスターボールの中へと戻しながら、サファイアは思い切り指示の手を振り下ろす。
それと同時に攻撃準備を終えていたラグラージは太い腕をバトルフィールドへと叩き付け、足場をこれでもかとばかりに揺らしてみせる。
サファイア自身立っていられず、バランスを崩して地面の上にへばりつくような体勢となるほどの揺れ。
状況を把握するのも難しい状態の中、元々地面の技に弱いプラスルと体力の減り切っていたコダックは足場であるフィールドに叩き飛ばされ
2、3度弾むと赤と白の球体へと姿を変えた。
いまだ少し揺れる中、ルビーは戻ってきた2つのボールを手の平の上に迎え入れると、やんわりと握り込み、ポシェットの中へとしまう。
今日1日だけでも散々攻撃を受けたバトルフィールドの損傷は酷いもので、
水の張った地面のあちこちに亀裂が入り、そうでなくてもかなりの箇所はひび割れている。
ミツルと、サファイアと、そして自分の無茶さ加減に今更ながら呆れて笑うと、ルビーは左腕を支えに、
右手で最後のモンスターボールを取り出しながら立ち上がった。
『・・・・・・・・・・・・?・・・』
背筋を伸ばすと、ルビーは赤い瞳をサファイアへと向けながら バトルの直前のようにまっすぐに立って見せる。
毎日使い込まれ少しツヤの消えかかったモンスターボールを誇らしげに掲げると、細く長く息を吐いてもう1度吸い込んだ。
「サファイア、今度もあたしの勝ちだよ。」
まっすぐではない地面の上で、相手がゆっくりと身構える動作を見ながらルビーはボールを持った手を後ろに回した。
つり竿がしなるように身体全体をバネにすると、ルビーはしっかりと握り締めていた球体を空へと向けて放つ。
金色に輝く空の中に一瞬ボールは吸い込まれ、彼女の瞳とよく似た、赤い色で輝いた。
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