PAGE108.POKEMON LEAGUE 〜Postlude
『くぺっ?』
『なっ、なななななんじゃね!? こいつ!?
どげんしてワシの部屋ン中入っと!!?』
『おぉ、起きたか雄貴。 誕生日おめでとう。』
『親父!? また親父の仕業か!? なんなんね、この水色の変な生きモンは!?』
『変とは失礼やね。 みずうおポケモン、『ミズゴロウ』ばい。 お前の10歳の誕生日プレゼントさね。
雄貴ももう小さくはなか、生き物を大切にする気持ちを持って欲しくてな・・・』
サファイアは非常に落ち付いて相手のことを見据えていた。
海の底のように青い、4本の太い足でゆっくりと自分の横につくカナを肌で感じ、くるくると回りながら垂直に落ちてくる赤と白の球体を瞳に映す。
5日間に渡る大祭典を締めるのには頼りなさ過ぎるほどの、コツッ、という小さな音がバトルフィールドの上に響き渡ると
淡い光に包まれながら現れた赤いポケモンは、ちらりと自分の主人を見てからカナへと向かって戦いの構えを取った。
相手へと牽制した腕からはパチパチと音を上げて赤い炎が燃え上がり、まだ柔らかい全身の羽毛は軽く逆立つ。
静か過ぎるほどの空間に、カナのハァッという荒れた息が響き サファイアは小さく唇を曲げる。
もう彼女の体力はそれほど残っていない、そういうことなのだから。
「‘イオン’。」
少女からの指示が出ると、バシャーモは改めて構え直す。
軽く彼女が膝を曲げ、直感的に一緒に突っ込んでくると感じサファイアは身を低くした。
「‘イオン’の方が早い。」
「相性なら‘カナ’の勝ちや。」
「当てられれば、の話だろ?」
フッと息を吐き、ルビーとバシャーモは同時にサファイアとラグラージへと地面を蹴って向かって走り出した。
赤い火の粉が舞い散り、ポケモンとポケモンとの雄叫びがぶつかり合う。
「‘イオン’『スカイアッパー』ッ!!」
「‘カナ’『まもる』!!」
何かの破裂するような音と共に、バトルフィールド全体に振動が響き渡った。
低い姿勢から繰り出された拳をカナは海色の太い腕を使って受け止める。
向けられた拳と受け止めた器の間からはケムリが上がり、2匹のポケモンはフーッと激しく唸り声を上げた。
まぶたの端をピクリと動かすと、ルビーは指示を出す手を大きく振り「‘イオン’!」と高く声を上げる。
バシャーモは小さな鳴き声を上げ腕を引くと、今度は腕に燃える炎をさらに赤く激しく燃やして、ラグラージへと叩き付けた。
衝撃で受け止めたカナの腕の中にある、小さな緑色の壁が粉々に砕かれる。
「‘カナ’ッ、体引けッ!!」
驚いて青い眼を見開かせながらサファイアはルビーから飛びのいて声を張り上げる。
相手の攻撃の反動をうまく使い、何とかダメージを避け切ったカナの隣に立つと、大きく息をしながら体の横で拳を握り締めた。
小さく目と目で合図を交わし、両腕を大きく開く。
ルビーは1度イオンの様子を見ると、離れた相手に追撃を加えるため走り出した。
先行する自分の後ろから、赤いポケモンはその強靭(きょうじん)な足腰を使って飛び越えて行く。
確実に相手より先に攻撃は出来る。 ルビーは指示を出すため細い腕を振り上げた。
その瞬間、足の裏にずるりと嫌な感触が走る。 平衡(へいこう)感覚が保てず、視界がぐらりと揺らぐ。
「・・・・・・えっ・・・?」
キュウゥッ! と、高い背には似合わぬ声を上げると、イオンは攻撃を中止し倒れかかったルビーを抱き止めた。
危うくはまるところだった地面の裂け目を見て、ルビーは寒気を覚える。 しかし、すぐに顔を上げるとイオンを睨みつけて再び声を上げた。
「何やってんだい、あたしはいいから早く・・・!!」
攻撃を、と言いかけたところでルビーの動きが止まる。
既にすぐそこまで迫っているラグラージと、その脇にいるサファイア。
とうに存在に気付いているらしく、イオンは震えながらルビーのことを傷つけまいとぎゅっと抱き締める。
ピクピクと頭のヒレを動かしながらカナがサファイアに指示をあおぐと、サファイアは、カナとイオンをへだてるように腕を出して小さくうなずいた。
「・・・そうや‘カナ’攻撃せんでええよ。」
疑問の声を上げ、ルビーはイオンの腕から抜け出して立ち上がった。
睨むようにして歩み寄ると、サファイアは腰に手を当ててヘラヘラッとルビーへと向かって笑いかけて見せる。
「どーいう意味?」
「どういうもこういうも、言ったまんまや。
もう今ので勝負はついたやろ? ワシの勝手やけど、これ以上攻撃しとないんや。
戦闘放棄やから、ワシの負けっちゅうこっちゃな!」
黒い瞳を向け笑うと、サファイアはルビーに「おめでとさん」と言い、背を向けて歩き出した。 その後をカナが追う。
そんな言い分でルビーが納得するわけがない。
立場も、そこがどこなのかも忘れ、うつむいて拳を握り締めると彼女はごくんと唾(つばき)を呑み込んだ。
深く息を吐くと、顔を上げる。 赤茶けた瞳にまだはっきりと見える背中を映すと、ルビーはイオンに指示も出さず走り出した。
「・・・サファイア!!」
名を呼ばれ、振り返るサファイアの唇にルビーの唇が押し当てられる。
一瞬にして思考回路の停止した頭に、その衝撃と胸倉をつかまれた感触ばかりが やけに残って。
心臓をバクバクさせながら目を見開いて 事の経過を見守っていると、ルビーはそっとサファイアを解放し
やけに悲しそうな顔をして 本気で怒っているような弱々しい声を上げた。
「・・・・・・あんたの勝ちだよ。」
見え見えの虚勢を張ってルビーはサファイアへと宣告すると、1歩ずつ、ゆっくりと彼から遠ざかる。
パチリと目を瞬かせたイオンが不思議そうに首を傾げながら、うらやましいほどに何の疑問も抱かず、その後を追いかけていく。
サファイアはジンジンする口元を押さえ、空気を抜かれたような顔をしながらその様子を見つめていた。
やがて、冷たい風が吹き、その鼻先をかすめると急に意識が覚醒する。
電撃が走ったかのように身を強張らせ、慌ててルビーを追いかけると
ずっと幻のようにも見えていた、細く形のいい腕を彼女が逃れないようしっかりとつかむ。
「何? どう言ったって判定はくつがえらないから・・・」
「アホか!? そんな事ちゃうっ、あんた自分が何やったか判ってるんかッ!?」
「何って、そんなのあんたが1番よく判って・・・」
「判ってへんッ!!!」
きょとんと目を瞬かせると、ルビーははっとして辺りを見渡す。
10万人は軽く収容できる大スタジアム、その中を埋め尽くす人、人、人、さらに人。
既に事態は手遅れ。 何人かは柵を飛び越え、果敢にもバトルフィールドの中へと入り込んできてしまっている。
小さく声を上げると、ルビーとサファイアは顔を見合わせた。
「こりゃ、逃げた方が・・・」
「・・・良さそう、だね。」
「・・・・・・逃げろっ!!」
バシャーモのイオンとラグラージのカナは 主人の声を受けて同時に走り出した。
その長くたくましい腕に少女を抱えて、その広く大きな背に少年を乗せて。
出会ったときは足元ほどの大きさでしかなかったポケモンたちは、今や主人よりも大きい。
ルビーは自分を抱えるイオンの肩越しにチラリと後ろを見ると、大騒ぎして自分のポケモンの後ろを指差した。
「うわぁっ、すっご! サファイア後ろ後ろ! あれが『人波』ってヤツだよ!!」
「そんなこと言っとる場合かいな!? 上手くやらんと追い付いて捕まるで!?」
ドタドタと大きな音を上げながらカナは必死にスピードを上げる。
人間、必死になったらどんな力が出るか判らないものである、さきほどから一向に距離が広がらない。
「捕まったらどうする?」
「ルビーのこと守る!」
「あんたに出来るの?」
サファイアは押し黙った。 確かに今の状況を考えると自分がルビーの足を引っ張っている気がしないでもない(ラグラージのスピードは早くない)。
困ったような顔をしたサファイアを見て、ルビーは大笑いするとイオンをカナに近づけさせる。
「ウソウソ、頼りにしてるよ!」
バーナーで焦がされた鉄のように、サファイアの顔は真っ赤になる。
敏感なヒレで背後の様子を感じ取ったカナは、必死にスピードを上げた。
依然として、追走者たちから逃れられるメドは立ちそうにない。
ピンク色の唇を軽く押さえながら、ルビーは背後のファンたちをどうやって振り切るか、トレーナーとして作戦を立て始めた。
・・・笑いが、こらえきれない。
こっそりと持ってきていたラジオ(ポケギア)の音声を聞きながら、ゴールドはこの状況を拷問(ごうもん)のようだと頭の中で表現した。
よりによって、PMD(ポケモンドクター)試験の最終日に決勝戦が、それも1番いい時間が当たるなんて。
最終試験の内容は論文の発表のみだから、放送を録音、録画して、没収覚悟でラジオを持ってきたのはいいが、
正直、この状況は予想出来ていなかった。
持ってきた 通常ではあり得ないほど大量にある紙の束の上に突っ伏すと、なけなしの理性を使って何とか顔を隠す。
丁度そこにやってきたのは、自分のことを呼びに来た試験官。
今日はどこまでも間が悪いらしい、これからもっと面白いことになりそうなラジオのスイッチを惜しみながらオフにすると、
不思議そうな顔をした試験官に「なんでもありません」とギリギリの言い訳をしてゴールドは席を立ち上がる。
提出された論文の量に、試験官は驚き呆れ果てた。
ビニールひもでくくられて、大掃除のゴミのごとく、ずっしりとした白い紙が机の上に2束。
その上にも、分厚い茶封筒。 表面に書かれた言葉は『卒業論文在中』。
「・・・ゴールド・Y・リーブス、君は自分の論文を見直してみたのかね?」
「はい、知人たちとも相談して何度も見直しました。
論文はこちらの封筒の中に入っています、紐でくくられているのは補足説明のために用意しました、ある少年と少女の記録です。」
大きなため息をつくと、試験官はやれやれと首を横に振って見せる。
「君は、小説家にでもなるつもりかね?
残念だが、私にはこれほどの文章を読んでいるだけの時間はない。」
浅くうなずくと、ゴールドは真黒で大きな瞳を試験官へと向け「判っています。」と言った。
疑問混じりの目で睨みつけてきた相手の怒りを買わないうちに、続けて次の言葉を相手へと聞かせる。
「読むのは、全ての論文に目を通した後で構いません。
これを読むのに、教官の貴重な時間を割かれることはありません。 お時間のある時に、気が向いたらで結構です。」
そう言いながらゴールドはペンを取り出した。
キャップを開くと、机の上に乗った紙の束の1番上の白紙に力強い字で文字を書き入れていく。
「提出いたしました論文の結果に行き付くまで、僕はたくさんの人たちに支えられ、助けられてきました。
この文字の中にも、外にも、きっと僕が知らない場所でも、数え切れないほどの人たちに。」
直線が、二本と二本。 その真ん中に、交差する意味を込めて『×(クロス)』の印を。
本当に渡したいのは、教官じゃなくてこの物語の主人公に。
11年を走り抜けた女の子と、これから11年目を迎える男の子。
生まれも、生い立ちも、性格も、血液型も、性別も、何もかもが違う2人に贈る、君たち2人だけの物語。
「外に、世界があります。 たくさんの人たちがいます、たくさんの生き物たちがいます、
たくさんのココロがあります。 たくさんの優しさに触れて、生き物は育ちます。
教官に提出いたしました論文ですが、その生き物たちの優しさをテーマにして書きました。
・・・2人が、教えてくれたことです。」
あまりに真剣な仕草に呆れてしまった試験官を尻目に、若きドクター候補生は丁寧に頭を下げて部屋を後にする。
黄昏(たそがれ)の時間、最後の受験者が部屋の中からいなくなり、試験官だった男は ほっとしたように小さく息をついた。
ふと、先ほどの少年が置いていった紙の山を見つめると、窓から差し込んだ光が水槽と学園祭で誰かが取り損なったセロファンに当たり、
2つの書類を、それは綺麗な虹色と藍色に染めている。
この偶然起こった奇跡に元試験官は笑うと、机の上を乗っ取った2つの紙に走り書きされた文字を見て、立ち上がった。
彼はまだ、大量の紙につけられた名前の意味を知らない。
あなたは、もうご存知でしょうか?
【ELEVEN×ELEVEN REPORT】
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