―まるで、金魚鉢から放り出された魚のように、



 「そのとき」 私の体は宙に投げ出されていた。―





Chapter1:sender−???
=私の知らない場所=




「きゃあああぁぁっ!!!」

落ちる。 落ちてく。
足元が突然、ビニールみたいにぐんにゃりと曲がって、伸ばした手の指の間から友達の顔が見えた。
声が出ない、目の前がどんどん真っ暗になってく。
落ちてる・・・そう気付いた瞬間、それまで知っていた私の世界は変わっていた。
信じられないスピードで景色が変わり、数秒としないうちに地面に叩きつけられる。



「・・・ったぁ〜・・・」
地面にぶつかったときに ひざをすりむいた。
何だか暑くて、肌がヒリヒリ痛いし・・・目もチカチカする。 耳の中で風の音が渦巻いてる。
一体何が起きたの? 天変地異? 何かヤバイ病気? 何で誰も何も言わないわけなの?
「ちょっと・・・」





・・・・・・・・・え?




目の前の光景が信じられなくて目をこすってみた。 目の錯覚・・・じゃ、ない。 何回 目をこすってみても。 
青い空と金色の海・・・私の知っていた街とは全然違う世界が、広がってた。
どういうこと? さっきまで街の中にいたはずなのに、人っ子1人いないし。
木1本生えてない山や、岩や、砂ばっかり。 ワケわかんない・・・どこなの、ここ?
「・・・・・・リン!! サクラッ!!」
一緒にいた友達の名前を呼んだけど返事はなくて。
怖くなってきた。 立ち上がると知ってる名前を片っ端から叫んでみる。
「曽根崎先生!! ケープ先輩!!」
山彦すら返ってこない。
喉イタイ。 秋の終わりごろに、乾燥してると喉に悪いってテレビで言ってた。
泣きそう、何で私こんなことやってるんだろう・・・

「・・・木村ァ!! 一文字!! ロビン!! 誰かッ!!」







「・・・・・・お父さん、お母さん・・・」



・・・誰か教えてよ、ここ、どこなの? 私、何でこんな場所にいるの?
蒸れてきた服に気付いて上を見上げると、信じられないくらい青い空に太陽がギラギラと輝いてた。
オーブンの中にいるみたい。 こんな暑いトコいたら・・・マジで死ぬかも。
・・・そんなの、ヤダ。
「・・・うぅっ・・・・・・」
やだ、マジ泣けてきた。 早く帰りたいし、暑いの嫌いだし、こんなとこで人知れず死んでくなんてシャレになんないし。
帰りたい、学校でも、学生寮でも、実家でも、どこでもいい。
悪い夢なら早く覚めてよ・・・そう思っていると、風の音じゃない「何か」が耳の奥を震わせた。




遠くを走るバイクを見て、一瞬心の中に光が差した。
「ちょっと待って! 待ってってば!!」
叫べる限りの声を上げたけど、大きな赤いバイクはこっちのことには気付いてないみたいだった。
あっという間に見えなくなる車体。 近づいてくることにも気付かなかったし、遠ざかるのも速い。
「助けて! 助けてッ!! 助けてよ!!」
喉ばっかり痛くなって・・・何やってんだろ、私。
必死に叫んだ声もバイクまでは届かず、姿が見えなくなったとき、「絶望」その2文字が頭の中をよぎった。


きっと、もう人なんて通りかからないよ。 こんな荒れ果てた場所。
水もない、日陰もない、休める場所もない、ポケモン1匹見えない・・・私、このまま死んじゃうのかな?
寝転がって空を眺めてみたら、相変わらず雲1つない空に太陽が輝いてた。
「・・・そんなのヤダ。」
・・・やっぱり、死にたくなんかないよ。
死にたく・・・ない。
「やだぁ・・・」
こめかみに涙が伝ってく。
いつもお父さんに怒られる、「お前は泣きすぎだ」って。
怒られてもいいから会いたいよ。 何で私、こんなワケわかんない場所に来ちゃったの?
小さく指を開くと、空には虹がかかってた。

雨も降ってないのに・・・虹?
起き上がってもう1度見ようとしたけど、既にそれは見えなくなってて。
気のせい・・・だったのかな。
「・・・あ。」
ふと見ると、さっき通ってったバイクのわだちが見える。
携帯も圏外。 ここでじっとしてても助けなんてこないだろうし、これを辿ってけば、もしかしたら街まで辿り付けるかもしれない。
岩と砂ばっかりで、街の姿なんて影も形もない。
けど、やっぱ・・・歩くしか、ないのかな。










どのくらい歩いたんだろう?
こんな時に限って腕時計は忘れるし、携帯も2時間過ぎたとこで電池が切れて見れなくなった。
喉も痛くなるくらい乾いてきて、このまま死ぬんじゃないかって何度も考えるたび、頭を振ってそれを否定する。
さっき、泣くんじゃなかったな。 多分だけど余計に疲れちゃってるし。
足、痛い。 かかとが靴ずれ起こしてる。
早く帰りたいよ、誰でもいいから、会いたいし。


「・・・・・・!・・・」
何か植物が生えてる。
前に授業で聞いたことあった気がする、こういう砂ばっかりの場所に生えてる植物って水分たくさんたくわえてるって。
もしかしたら、水・・・飲める?

駆け寄って、太い植物の枝を折ろうって力を込める。
そしたら指先がひどく痛んで、血が丸く浮き出た。
よく見たら、植物はあちこちトゲだらけ。
これじゃ、折れない。
やっぱり無理かと、ケガした指先に目を移したとき、全然別のものに気付いて私は顔を上げた。
ずっとたどってきたわだちの先に、街。
何だか茶色くてオシャレな店なんて期待できそうにないけど、こんな砂漠の中よりずっとマシ!
かすかな希望は、全力でそれにすがった。
マメも潰れそうな足を引きずって歩き続けると、段々と町の全体が見えてきた。
映画にしか出てこないような、砂だらけのさびれてるとしか言いようのないスラム。
一瞬廃墟かとも思ったけど、わずかに町の中から光が見えてそこに人がいるということだけはわかった。
風でほとんど消えちゃってるけど、バイクの跡もそこから続いてる。
さっきのバイク・・・何でこんな場所から走ってきてたんだろう?
気にしてられるほどヨユーもないし、足止めたらそのまま倒れそうで、そのまんま足引きずるようにして歩き続ける。
何でもいいから、早く水飲みたいし、人にも会いたいし。
周りの景色を見るほど気力もなくて、ボーっとしたまま進んでったとき、誰かに呼ばれたような気がして、振り返った。


自然と足が止まる。 小さな子供が私のことを見て、じっと無言のまま立っている。
男の子か女の子かも見分けがつかないような子は、いきなりで私が人と会った実感をかみしめる間もなく、音も立てず、細い腕を差し出した。
手の中には、透明なコップに入った、澄んだ水。
「・・・くれるの?」
カサカサの声を聞くと、子供はこくりとうなずく。
思わずひったくるようにコップを取って、中の水を一気に飲み干した。
小さなコップだったけど、中身は私の喉を満足いくまでうるおしてくれる。
人にやっと会えたってカンドーと、助かったって実感で何か泣けてきた。 お礼言おうと思って顔を上げると、さっきまでいたはずの子供はもういなくなってる。
不思議なこと、多すぎる。 それとも、自分の家にでも帰ったのかな?
いいや、また会えたらお礼言おう。
少しだけ沸いた希望を頼りに棒どころか丸太みたいに重い足を引きずって町の中を歩いた。
帰る方法聞かなきゃ。 そう思って町の人に話しかけてみたけど今度は思い切りシカトされた。
ワケわかんない・・・優しかったのはさっきの子だけ?
目も荒んでて怖かったから別の人に尋ねることに決めて町の人を探そうとすると、何か・・・言葉で言い表せない嫌な感じが足元を駆けていった。

風・・・? うん、「黒い風」そう考えるのが近いかもしれない。
足元で動くそれを見つめていると、町の人らしい誰かが横を走り抜けていく。 その服を見て、思わず声が上がった。
「おまわりさんっ!!」
声を上げたけど、気付かなかったのか、それともまたシカトか、警官らしい人はそのまま走ってどこかへと消えてしまった。
追いかけたいけど、この足じゃ走るとか絶対無理。
それでも交番とかあるかもしれないし、警官らしい服を着た人の後を歩いてくと、唐突に起きたことに心臓が止まりそうになる。
な、なんで、人が飛んでくるわけ!?




「きゃあっ!?」
この暑いのにレザーの服着た人は、テレビみたいに高く飛んでドラム缶の山の中に突っ込んだ。
ガランガラン音が鳴って思わず耳をふさいだら、今度はポケモンが飛び込んできて赤っぽい缶を下から突き崩す。
ドラム缶はそれほど高く積まれていたわけじゃなかったけど、5、6個が転がって、そのうちの1個が私の足元まできて、私はそれを避けた。
飛んできた人(トレーナー?)は強靭きょうじんな体力・・・っていうか、よくそんなことやってられるよねって感じでドラム缶の中から起き上がると、戦ってた相手へと向かって怒鳴るようにまくしたてた。 よく判らない言葉で。
「ねぇ、大丈夫・・・?」
トレーナーっぽい人は立ち上がると、私を睨み付ける。
砂でも入ったのか、ぶっとツバを吐き出すと青っぽい目でこっちを見ながらいきなり怒鳴りつけてきた。
「Harry up! Escape early!
「は?」
今、何言った? この人。
言ってる意味を考える時間なんてなかった。 青い目の人は飛んできたポケモンを起こすと、ふらふらしながら走り出していく。
動きにつられて顔を動かした時、私は『それ』を見なきゃよかったと思った。
きっとこの瞬間に、私の運命は決まっていたんだと思う。



トレーナーの人と戦っている相手のポケモンを見た瞬間、全身から汗が吹き出した。
凍り付きそうなくらい寒気がして、風邪でもないのに頭がガンガン痛くなる。
私の見ている目の前で、相手のポケモンは怒鳴りつけてきた人を殴り飛ばすと、興奮した様子で近くのものを壊し始めた。
まるでくすぶった煙みたいに真っ黒な・・・何だろう、オーラ?みたいな空気をまとったポケモンは、
飼い主おやがやられ飛び掛っていったポケモンを睨むと、そっちにも容赦ない攻撃を与える。
飛ばされたポケモンは壁がへこみそうな勢いでぶつかると、ズルズルとすべり落ちて動かなくなってしまった。
ヤバイ、マジヤバイ。 普通じゃない、あの黒いオーラのポケモン!
逃げなきゃ、どこでもいいから。 足が痛いとかいってる場合じゃない。
「Wait.
何だか知らないけど、呼び止められたっぽい。
そろ〜っと振り返ってみるけど、どう見ても友好的な雰囲気じゃない。
「Do you understand this"dark Poke'mon"is different from normal?
黒いオーラのポケモンを使ってるトレーナーは、ゆっくり近づきながらよく判らない宇宙人語で話しかけてくる。
ヤバイよ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!
動け、足。 これ以上、あの変なポケモンに近づいちゃいけない。


「・・・・・・キャアアァァッ!!」
とにかく大声を出して、誰かに助けを求めながら走り出す。
こんな時に限って、足がうまく動かない。 そうだ、何10キロも歩いてきた後だったんだっけ。
どうして誰も助けてくれないんだろう。 目の前から2人の男が現れて行く手をふさぐ。
全然マトモな感じじゃないし。
ニヤニヤ笑ってる男に驚いて後ろに下がろうとしたら、突然目の前が真っ暗になって 背中に衝撃が走った。
「I return earlier. You must carry her to the laboratory.
「Yes sir.
知らない力にかつがれると、私の体はどこかへと押し込められた。
それきり何も考えられなくなる、どのくらい時間が経ったのかも分からないまま。


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