Chapter3:sender−???
=レオ=




狭い路地の影に逃げ込んで、壁に背中を預けると、私は、そのまま座り込んだ。
行くアテなんてないのに、何やってんだろう・・・バカみたい。


1週間。
知らない、言葉も通じない人たちに捕まって、おりの中で過ごしてた。
まるで人間じゃないみたいな目で見られて、日の光も当たらない暗い場所で、あの、黒いオーラのポケモンたちと一緒にされて・・・
呼んでも、呼んでも、誰も来なかった。
初めて知った・・・神様なんていないんだ、いたら、きっと誰かが助けにくるはずだし。

・・・ヤバイ、体力の限界かも。 丸1日何も食べてなかったし、昼間の暑さ・・・クラクラする、脱水症状?
死ぬのかな。 どうせだったら、もっとキレイな格好したかったな。
制服、よく見たらクシャクシャだし、こっち来てから1回もお風呂入ってないから臭いキツイし。
あぁ・・・せめて、1回でいいからカッコイイ彼氏に出会いたかったな・・・









『いた、フル!! こんなところに隠れてた!!』


・・・・・・・・・へ?
声が聞こえてきたのは左。 今度はちゃんと意味が解る。
追手・・・にしてはおかしい、恐る恐る振り向くと、真っ暗な中にレモン色の光がボウッと浮かび上がってる。
目の前がはっきりしなくて、そこでようやく泣いてることに気がついて、とりあえず目をこする。
石畳を爪がこするカリッっていう音が聞こえると、黄色い光は近づいてきて、私の前にその姿を現した。
テレビとかでしか見たことなかったけど、『ブラッキー』だ、間違いない。
『よかったァ、思ったよりも簡単に見つかったな。
 オレ朝まで探すハメになったらどうしようかとか思ってたんだぜ?』
『それだけ、その娘が弱ってたということだろう。 ニュウ、楽観できる状況ではないぞ。
 レオ、レオ!! 女がいた、こっちだ!』
噴水の向こうからもう1匹。 今度は『エーフィ』だ。
何これ、ポケモンが喋ってる。 私、いよいよ頭までおかしくなった?

声が出なくて、それでも聞きたくて、少し物珍しそうな顔でこっちを見ているポケモンに手を伸ばそうとすると、突然後ろで大きな鳥が飛び立つような・・・
・・・逆。 大きな鳥が、降り立ったようなバサッっていう音が聞こえて、身がすくんだ。
心の準備が出来る前に・・・っていうか、こっち来てから出来た試しはないけど、肩に、暖かい人の手が触れて後ろを振り向かされる。
私が驚いて悲鳴を上げると、振り向かせた人は少し驚いたような顔をしてから、しゃがみこんで視線を私の高さに合わせた。
「Are you all right?
3秒、心臓が止まったかと思っていた時間は、長くて、短かった。 パーな頭で、ようやく彼が私を捕まえにきたわけじゃないってことが判る。
ヨユーがなくて、ただ街燈がいとうの光に反射する瞳を見つめ返す。
太陽にも月にも見える、金色の瞳。
グラスの中でカランと音を立てるように、緊張が解けていく。
視界が傾いて、マジヤバイ状況だったことに今更気がついた。
意識が遠くなる。 倒れたのかな?
だけど、何か体があったかいのは何でだろう・・・?







「・・・・・・ん〜・・・」

寝返りを打ってから、うっすらと目を開けると ぼやけた視界の中に白いシーツと金色の光が映った。
腕を曲げると、ひじの裏に鈍い痛みが走ってショックで目が覚める。
起き上がって自分が置かれてる状況を確認してみると、まるで病院みたいな何もない、真っ白な部屋の中。
部屋の端に簡単なベッドが置かれていて、私、その上に寝かされていたみたい。
チクチク痛かったのは、腕から伸びてた点滴てんてきのチューブのせい。
ドラマとかでしか見たことのなかったビニールの袋から、透明な液体がポタポタ落ちている。
「・・・怪しい薬とかじゃないよね・・・」
とりあえず、腕から点滴の針を引っこ抜く。 何か治療に重要なものだったとしても、ソッコー死ぬわけじゃあるまいし。
そーっと立ち上がって、辺りの様子を確認する。
結構寝てたらしく、陽の光はずいぶん部屋の奥まで入り込んで、小さな部屋を明るく照らしている。
ふと見つけた、壁に立てかけられていた姿見に映った自分の姿を見て、私は自分の目を疑った。


鏡に映っているの・・・私のハズ。 うん、確かに顔は私の顔だし、間違いない。
でも、制服はどこ行ったわけ? どこの店でも見たことないようなラインの入った水色のジャケットに、白のミニスカート。
髪が見事なまでにオレンジ色に染められて、頭の上でぴょこんと2つに結われている。 どーりでさっきから頭が痛いはずだ。
目があり得ないくらい、青い。
ぶっちゃけ、あり得ない。 何これ、一体何がどーなってるワケ?


『お、お目覚めみたいだな。』
条件反射みたいに体が強張こわばる。 逃げようとして冷たい足に力を込めて、それを止めた。
扉の細いスキマから入り込んで来たのは、昨晩(?)のエーフィ。
それを押しのけるようにして、一緒にいたブラッキーも爪音を響かせて部屋の中へと侵入してきた。
『・・・ったくさぁ、レオも素直じゃないよなぁ?
 ホレたならホレたでズバッと言えばいいものをさぁ。』
「・・・やっぱりしゃべってる。」
『・・・やっぱり聞こえてる。』
ブラッキーは中途半端に開いた扉の真ん中で立ち止まって、私と同じ顔で、私の顔を見つめ返してくる。
『なぁなぁ、お前何でオレの言葉解るんだ? ポケモンの言葉全部判るのか? 修行したのか? やっぱアゲトビレッジで?』
「ちょちょちょっ・・・! あんまり近づかないで、スカート短いんだから!!
 そっちこそ、どーして話通じてるわけ? あんたポケモンでしょ?」
思いっきりスカートのスソを押さえる。 やっぱ、制服よりスカート丈短い。 ・・・誰よ、こんな服着せたの。
怖くは・・・ない、ポケモンなんだから見られたとこでどうなるワケでもない。 だけど、ワケわかんない。

『止めておけ、ニュウ。 彼女がおびえている。』
ブラッキーより少しトーンの低い・・・声? 部屋に入ってきたエーフィがブラッキーをたしなめる。
私が声のした方に振り向くと、エーフィは宝石みたいにとてもきれいな目で、私の目を見つめてきた。
トレーナーじゃないから、よくわかんないけど、何だかポケモンに向き合ってる気がしないのは何でだろう?
『オレの声も、聞こえてるんだな。』
信じられないくらい冷静に言われて、思わずうなずく。
エーフィは先が2つに割れた長い尻尾をくねらせると、その場にちょこんと座り込んだ。
『まずは仲間の非礼をびよう。 オレは‘フル’、フル=ムーン。 君の前にいるのが仲間の‘ニュウ=ムーン’だ。
 見つけた途端、君が気絶してしまったから、もう1人の仲間と共にここまで連れてきた。
 あぁ、先に言っておくが、君に危害を加えるつもりはない。 安心してもらっていい。』
「もう1人の仲間? それに・・・『ここ』って・・・どこ?」
『ここは、フェナスシティのポケモンセンター。』
『もう1人の仲間、来たみたいだぜ。 大将のお出ましだ!』





薄く開いていた扉が動くと、ブラッキーは軽やかな足取りで動いて入ってきた『人』と、私との間から退く。
ゆっくりゆっくり、部屋を歩く男の人は、その『ニュウ』をチラリと見ると警戒する私に視線を向けて、少し息を吐いた。
「Why don't you put on shoes?
・・・やっぱり、言ってることわかんない。 ポケモンの言ってることは判るのに。
『姐(ねえ)さん靴はかなきゃ!』
「え?」
ブラッキーに言われて、ベッドの脇にあるロングブーツに目がいく。
男の人は派手なピンク色のそれを右手だけで取ると、私の前に並べて置いた。
『姐さん、見つけたとき服がボロボロだったからさ、フェナスの人が気ィ利かして一式そろえてくれたんだ。
 何か追われてる風だったから、ついでに髪も染めて変装みたくしてさ。 だからそれ、姐さんンだよ。』


やっぱり何を言ったらいいのか判らなくて、ちっちゃくうなずくとピンクのブーツに足を通す。
「あの、ありがとう。」
一応言ったけど、やっぱり困ってる。 通じてないんだ、私の言葉。

同い年くらいの男の人。 肌は白くて、ツンツン立ってる髪はくすんだ灰色。
動作のほとんどを右手でこなしているのは、左腕に大きなアクセサリーみたいなものをつけているから。
顔の真ん中を真一文字に通っている白い線(傷?)と、黒の服にネイビーブルーのコートというイデタチは少し怖かったけど、
ライオンみたいな金色の瞳に見つめられると、不思議と私はホッとしてた。
どうしてかなんて、わかんないけど。

髪と同じ色の眉を少し潜めると、男の人は顔を近づけて(!)私の口元を指差す。 メチャメチャ心臓ドキドキするかも。
「Well...What's your name?
「???」
「I'm "レオ". What's your name?
「・・・『レオ』?」
「Yes, "レオ".
「あぁ! あなた『レオ』っていうの!」
目の前にいる彼の名前は『レオ』。 言葉の端からそのことだけは読み取る。
レオ(だと思う男の人)は大きくうなずくと、続いて私の胸元を指差して話しかけてくる。 ここまでくれば、向こうが何て言ってるのか知るのは楽勝!
「What's your name?
「私は『未来(みらい)』! 森岡未来!!」
「"ミレイ"?
「ちぃがーうっ! 『未来』、みーらーい!」
「That is your name "ミレイ".
『いいじゃん、‘ミレイ’でも‘ミライ’でも大差ないし。』
「だーかーらぁ、違うんだってば! 私は・・・」



少しビックリしたような顔が、一瞬かすんで、ゆがんで、また元に戻った。
言葉にならなかった言葉は透明なまんま、どっかに消えて、声を声としてつむげなかった唇が空しく宙を切る。
「ミレイ?
『どした、腹痛いのか?』
「違う・・・何か、ホッとしたら涙が・・・」
止まらない。 どうしたらいいんだろう、これ。
思えば、この、知らない、言葉も通じない世界に来てから少しでも安心出来たことなんてなかった。
やっと・・・やっと安全なところに来れたんだ。
「・・・・・・こわっ・・・怖かったよぉ・・・」
小首をかしげると、レオはいきなり私を抱き寄せてなだめるように肩を2、3度優しく叩く。
ちょっとびっくりしたけど、襲われるかもとかいう考えは不思議と起こらず、
いよいよ泣けてきた私はレオの胸に頭を預けると、そのまましばらく・・・泣き続けた。


少しすると、どちらともなく離れた。
「・・・ありがとう。」
こっち来てから、初めて笑った。
やっぱりレオは意味が分かってないみたいで、きょとんとした顔で目を瞬かせる。 まつげ長いなぁ。
「"アリガトウ"?
「感謝してるってこと!」
『・・・どっちかっつーと"I love you."の方が合ってるよなぁ。』
『ニュウ、人間はオレたちと違って感情表現が苦手なんだろう?
 弱っていた彼女にあまり得意ではないことを要求すると、身体にとっても良くないと思うぞ。』
「そこっ! 聞こえてる!!」
びしっと指差すとフルとニュウの2匹は驚いて床から1センチくらい飛び上がった。
なんか、おかしい。 ポケモンと人間なのに、言葉も通じない人と一緒なのに、こんな風に一緒に笑いあえるなんて。
うん、この服も悪くないかもしんない。
髪も個性的だし、おへそ出てたって私17なんだから結構イケちゃうんじゃない?
ポジティブに、ポジティブに。 ガンバレ私!





ブラッキーのニュウはカリッという音を立てて小さく走ると、レオの手でしっかり閉じられた扉を引っかいて外に出して欲しいと要求する。
後ろをフルが歩くけど、こっちはほとんど音がしない。 きっと足の裏、柔らかいんだろうなぁ、触ってみたいなぁ。
『ミレイ、フェナスは初めてだろう。
 見ていくといい、オーレの中でも群を抜いて美しい街だ。』
「うん! ねぇ、レオも一緒に行こうよ!!
 並んで歩いてたらジマン出来そうだし、レオとだったら何だか外も怖くないような気がするしさ。」
長い腕を引っ張ると、そんなに力を入れていなくてもレオの足が動く。
ちょっと困った顔をしてたみたいだったけど、さぁ扉を出るぞって段階になって、レオは私の手を振り払って先に歩き出した。
こっちの方は向かないで手を上にして、ちょいちょいっと振って見せる。 ツッコミ?

「ミレイ,come on!
『行こうぜ、ミレイ!!』
「だからぁっ、未来だってばぁ!!」
慣れない靴にちょっとフラフラしながら、ネイビーブルーの背中を見失わないように一生懸命ついていく。
やっぱり早く帰りたい。 それは変わらない。
でも、ちょっとだけならこの世界を見てってもいいかな〜・・・なんて、
そのとき、ホントに少しだけ考えたんだ。


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