Chapter6:sender−Reo
=Recollection




目を開くと、闇の中にうっすらと線だけの世界が広がっていた。
警備に見つからないためと、より強く夜目を利かせるため、光を発するものは極力持たないよう言い付けられている。
耳に当てた時計から、300回目の針を刻む音が聞こえてくる。
すぐに、合図が送られるはずだ。





 「・・・・・・・・・ッキャアアァァァアァッ!!?」


派手な音。 煙の臭いと、かなり離れたこの場所まで届いてくる熱い風。
爆風で顔にかかってきた髪をなでつけながら、壊れかけた廃墟の上から真下に見える通りに目を配る。
騒がしくなる深夜のパイラタウン。
煙の上がる建物から逃げ惑いながらも、追い立てるスナッチ団仲間たちにポケモンを使って応戦しようとする寝巻き姿の男たち。

段々と近づいてくる。 いつものように俺は息をゆっくりと吐き出すと、ホルダーにセットされた2つのモンスターボールを両手に取った。
白煙が切れ、冷たい風が頬を切っていく。 見下ろせば、寝巻き姿の男たちはもう真下だ。
足を1歩踏み出す。 狙い通り男たちの進路の上に着地すると、突然降ってきた人間に対し、男が連れた年老いた女が悲鳴を上げた。
「なっ・・・何だね、君は!?」
解き放ったモンスターボールが淡い閃光と共に軽快な音を放ち、2匹のポケモンを呼び覚ます。
男が叫んだ拍子に落とした葉巻を蹴飛ばすと、白い軌跡を残しながらフルは逃げる男女の間を走り回り、注意を拡散させる。
相手がひるんだスキに、黄色い線が空を飛ぶ。 ニュウは指示が遅れ動けずにいたビブラーバを叩き落すと、男たちの注意を引き付けるために大きく吼えかかった。
スナッチマシンを起動させ、支給されたモンスターボールをスナッチボールへと変化させる。 痛みからかしびれてくる腕。
チャージが完了したことを耳で感じ取ると、左腕が使い物にならないようになる前に全身を使ってスナッチボールをビブラーバへと向かって投げ付けた。
システムを変えられたボールが当たり、ビブラーバは悲鳴を上げながら中へと吸い込まれていく。
口をパクパクさせたまま固まっている寝巻き姿の男を横目で見ると、俺はまだ熱いモンスターボールを拾い上げ、顔を覚えられないうちに退散した。
富豪が集まるビルを爆破してまでの任務だ、獲物もデカイがすぐに警察は集まってくる。
バイクを隠したのはビルを挟んだ町の反対側だ。 出来るだけ人に見つからないよう、急いで走り抜けなくてはならない。


上か下か、どちらかに気を取られると人間は反対側に注意が届かなくなる。
煙の上がるビルの真下を走る俺に気付く人間はいなかった。
さりげなく上を見上げ、被害状況を確認する。 参加しておいて難だが、20メートルほどのビルは呆れるほど派手に吹き飛ばされていた。
長居は無用。 早々に立ち去ろうとし、珍しくつんのめった。 上に気を取られていたらしい。
足をかけたものを確認しようとし、絶句する。 まだ年端もいかない、子供が倒れていた。
「・・・っ、オイッ・・・!?」
抱き起こして揺さぶってみるが、反応はない。
まさかと思い、脈を取ってみると、その『まさか』だった。 小さな子供は、既に事切れている。

所々焼け焦げた腕から見ても、俺たちが起こした爆発が原因だったのは明らかだった。
場を混乱させるとは聞いていたが、無関係な子供が巻き込まれるとは聞いていない。
頭領ヘッドに問いたださねばならないと考え、ピクリとも動かない子供をその場に横たえ立ち上がったとき、
物陰で白い物体が動き、反射的にモンスターボールを構えた。
暗闇にうっすらと浮かび上がるのは、40センチにも満たないあまりに小さなポケモン。
おびえてはいるが、攻撃してくる様子は見えない。 恐らく、この息絶えた子供が飼っていたのだろう。
取り越し苦労だったことにため息をついてその場を去ろうとした時、スナッチマシン特有のチャージ音が響き渡る。
振り返ると、不自然な光を放ったモンスターボールが物陰に隠れていたポケモンに牙をむき、飲み込むように悲鳴を上げる小さなポケモンを吸い込んだ。
殺気に気付き、エーフィとブラッキーのモンスターボールを構え直す。
「・・・フェイク!!」
普段は出さない声に、喉を痛める。 飛び降りてくる、一見すれば貴婦人に見える人間。
フェイクは砂だらけの地面に着地すると、腰に手を当てて意地の悪い笑みを見せる。 これが、奴の本性。
「おやおや〜? レオ君はご機嫌ナナメだねぇ。
 獲物を横取りされたくらいで、そうカッカすんなよ、エリート君!」
邪魔そうに髪を振ると、フェイクは変装がバレないようにスナッチマシンをしまい込む。 俺の足元にいる子供に驚く様子はない。
「何故、子供が巻き込まれた?」
「さぁな。 たまたま、そいつのいた場所が悪かったんだろ?
 レオもあんまモタモタしてると、じきに警察に捕まっちまうぞ。 盗るモン盗ったらさっさとトンズラしろよ〜。」
呆れるほど忠実に貴婦人に成りすまし、フェイクは警察ひとの目をあざむくため、わざと人ごみに向かって歩いていく。

体調を崩したのか、腹の底に嫌な感覚が渦巻いている。
警察のサイレンが近づく。 今は一刻も早く逃げなくてはならない。
眠ったように動かない子供をその場に置き去りにすると、俺は痕跡を残していないことを確認してからバイクへと走り出した。







 ―疑問をもっていなかったわけじゃない。


スロットルを回す。 動き出すバイクのサイドにエーフィとブラッキーが乗っていることをもう1度確認し、スピードを上げた。
気分が悪い。 一応薬は飲んだが、腹の底から沸いてくるような感覚は一向に止まる気配がない。


 「考えるな。 お前はただ、俺の言うことに従っておけばいいんだ。」


何度、同じセリフを言われた?
子供1人で生きていけるほど甘い世界じゃない。 それは重々承知している。
この歳まで育ててくれた恩を忘れたわけでもない。 だが、今の有り様は何だ?
「・・・腐ってる。」
抵抗すら出来ない子供の命を奪っておいて、平然としていられるスナッチ団も、それを野放しにしているこの世界も。
前から後ろへと吹き飛んでいく世界に、いつのまにか かなりスピードを上げていることを知らせられた。
このままでは燃料が持たない。 メーターを確認しながらバイクのスピードを落とし、予定通りのペースを保ち続ける。
冷静でいなかった自分に気付き、呆れかえる。
荒野続きの道のり、路面を確認しておこうと視線をわずか下にずらした時、不意に目の前が暗くなり真後ろから強い風が吹き付けた。


「・・・・・・ッ!!」
平衡へいこうを保てなくなり、反射的にハンドルを切ってバイクを急停止させる。
突風の原因はすぐに判明した。 5メートルはある巨大な鳥が、俺たちの頭スレスレのところを飛んでいったからだ。
見たこともない鳥は、甲高い鳴き声を上げながら一瞬こちらを振り向くと、すぐに広い羽根を羽ばたかせ人間の目の届かないところまで飛び上がっていく。
何も見えないはずの空を見上げていると、サイドカーで潰されかけていたエーフィがバイクの上へと駆け上がり、軽く膝に振れた。
「フル・・・」
軽く服を噛むと、エーフィは袖を引きながら執拗しつようなまでに視線を合わせてくる。
昇り始めた月に気付き、太陽の場所から現在位置を確認すると 俺はフルを抱えてバイクを降りる。
「フル、ニュウ、今日はここで休もう。
 それと、作戦を立てておきたい。 俺は、スナッチ団を抜ける。」
サイドカーにいたニュウの耳がピクリと動いた。 腕の中にいたフルを砂だらけの地面へと降ろすと、俺は荷台に積んであった食料を探り始める。





そこから更に5日の行程を経て、俺とフルとニュウを乗せたバイクはスナッチ団のアジトへと辿り付いた。
腹を空かせたバイクに満タンになるまで給油してやると、アジトを出ても10日以上は持つよう荷物や食料を探し、適当な場所に隠す。
足りないものは、団の回線を使い、1番近くにある店に連絡して取り寄せてもらう。
フェナスの町外れにあるスタンドならば、何でも揃う。

1通りの準備を終えると、俺は一旦左腕に取り付けたスナッチマシンを外し、頭領ヘッドのいる部屋へと入った。
扉を開けると、出会った時から変わりもしないスナッチ団頭領、ヘルゴンザのはげ上がった頭が真っ先に視界に入る。
俺の背が伸びたおかげで前ほどではなくなったが、それでも奴が立ち上がると俺は見下ろされる。
何も言わず、今回の収穫であるビブラーバの入ったボールを机の上に置くと、ヘルゴンザは低い声を投げ付けてきた。
「レオ。 ポケモンが目の前にいたにも関わらず、捕まえなかったそうだな。」
「・・・フェイクか。」
恐らくヘルゴンザは、フェイクがスナッチした小さな白いポケモンのことを指して言っているのだろう。
「スナッチ団のポケモン以外は全て捕獲しろと伝えたはずだが?」
「建物の影で、どう見ても今回の作戦には無関係な子供が倒れていた。」
「それがどうした?」
「身体に真新しい火傷の跡が残っていた。
 ビル爆破の目的は現場を混乱させるためであって、トレーナーやポケモンには危害を加えてはいけなかったはずだ。」
ヘルゴンザは机の上に置かれたモンスターボールを手に取り、俺の話を一笑する。
中にいるビブラーバを確認すると、見下ろすような目つきをしながら問いに対する答えを返してきた。
「くだらんな、たまたまそこにいたガキの運が悪かったんだろう。 その程度でポケモンの商品価値は減らん。
 それよりもだ、3日後に重要な作戦が控えている。
 お前もメンバーに組み込まれているから、隊長から詳しい話を聞いて・・・・・・オィ、レオ。 それは何のつもりだ?」


俺とヘルゴンザの視線の丁度真ん中に、箱状のスイッチがある。
納得出来る話なら使うのを止めようかとも思っていたが、その必要もなさそうだ。
ニュウのモンスターボールを足元へと落とし、ヘルゴンザが力ずくでスイッチを奪おうとすることを諦めさせる。
「ヘルゴンザ、お前、俺に何を教えてきた?」
「何だと?」
単純な力比べになったら、勝ち目はない。 スイッチに指をかけ、1歩後ろへと下がる。
「捨て子同然だった俺を12年、育ててくれたことには感謝している。 だが、その間お前は何をしていた?
 10年以上かかって、お前が俺に教えてきたのは、物やポケモンを奪うことだけだ。
 退屈なんだよ、お前の下で働くことは。」
歩幅を計算しながら後退し、予定していた位置まで辿り付く。
ヘルゴンザが他の団員を呼んだような様子はない、背後に何の気配もないことを確認すると、俺は5日前に立てた計画が最終段階に来ていることを悟った。
「レオ、ここを出てどうするつもりだ。
 この世界中どこを探しても、スナッチ団以外にお前を受け入れる場所などないぞ。」
「何とかなるさ、俺は、1人でも生きていける。」



身をひるがえし、ニュウと共にヘルゴンザに背を向け走り出した。
作戦開始の合図に手の中に収められたスイッチを押す。 背後で起こった爆音と爆風に耳を手で覆いたくなるが、そんな暇はない。
注意力を拡大させ誰もついてきていないことを確認すると、予定時間通りにスナッチマシン倉庫へと飛び込む。
身体に装着出来る小型のスナッチマシンを1台、ひったくるように奪うと今度はフルの待つバイクへと向かって走り出した。
「レオ、何してる!?」
「ザブか、早いとこ休んだ方がいいぞ!」
スナッチマシンを装備しながら走り続ける。
ぞくぞくするが、悪い感じはしない。
「その部屋に爆弾を仕掛けた!!」
「なぁっ!!?」
エンジンのかかったバイクに飛び込み、スロットルを目いっぱい回す。
時計の針が丁度一周し、倉庫に収められたスナッチマシンが次々に吹っ飛び出した。
止められっこない。 作戦は完璧に仕上げたんだ。
最後に無人になった倉庫の中にある 大型のスナッチマシンが爆破されたことを確認すると、俺は確認することを止め、バイクのスピードを上げた。

月が照らす道に、化け物並みの大きさをしたバイクは直線を引きながら走り続ける。
夜にあまり強くないフルが落ちていないかとサイドカーを横目で見ると、悪路と程よい風が俺たちの痕跡を消していることに気付く。
出足は好調。 バイクのスピードを落とし、俺は体力を維持させるため体を楽にする。
「なぁ、フル、ニュウ。 これから・・・どこへ行こうか?」









「・・・・・・・・・ッ!!」

目を開くと、不規則に揺れる炎が目の前にあった。
いつのまにか、熟睡してしまっていたらしい。 火を絶やさないように枯れ枝を拾い上げると、炎の中へと放り込む。
音を上げ勢いを増すそれは、かすかな光とともに熱を放った。 顔をなでる熱い風に、目が細まる。
しばらく炎を見つめていると、火を焚くための枯れ木が切れかけていることに気付いた。
奪い取ったスナッチしたマグマラシに炎を焚いてもらおうかとも考えたが、昼間散々暴れていたことから考えて、止めておいた方が無難だ。
諦めて追加の焚き木を拾いに行こうとしたとき、サイドカーから聞こえる規則正しい寝息が耳につき、ミレイの存在に気付いた。



この狂暴なポケモンをスナッチせよと、始めに言ったのはミレイだった。
それも、たった一言『スナッチ奪い取れ』と、俺たちにも判る言葉を使って。
なぜ、この言葉だけ言うことが出来たのか。 不可解で仕方ない。
時間が経てば経つだけ謎の増えていく彼女は、こちらの考えなどよそにサイドカーの中で眠っている。
渡した寝袋を嫌がったため、ボロボロの毛布に包まって。

今、勢いを増したばかりだから、しばらく炎は持つ。
特に用もないのだが、目には見えない何かが気になりサイドカーの中で寝ているミレイへと近づいた。
どれだけ距離を縮めようとも、彼女は俺の気配に気付くことはないし、目覚めることもない。
本当に何にも使えない。 今でもどうしてミレイを連れて行こうと思ったのか・・・自分で自分のことが解らなくなってきた。


サイドカーに手をかけ、身を乗り出してミレイの首筋に触れてみる。
重みで車体は上下へと動くが、彼女は目覚めるような様子を見せない。 車体に突いた手が冷え、ミレイの首筋に触れる反対側の手が温まる。
ミレイは一向に起きる気配はない。 あまりに無警戒な彼女に今更ながら呆れると、俺は弱まり始めた炎に気付き、焚き木拾いの作業を再開することにした。

まだ明けるはずもないよいの空に、見えるはずもない街の姿を探した。
何もしないというのは退屈だ。 俺はスナッチ団とのしがらみから完全に抜け、新たな目的を見つけ出すまで、ミレイの世話をすることにした。
目的地が出来た。
次に向かうのは、荒くれ者が集う町、パイラタウン。


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