この場所の名前は『オーレ地方』。
ホウエンやジョウト、カントー地方とは全く違う地質を持ち、ひたすら広大な荒野が広がっている。
広さはカントーの10倍、人口は4倍ほど。 主な収入源は地下鉱脈から取れる石炭、稀にダイアモンド。
貧富の差が激しく、『フェナスシティ』と『アゲトビレッジ』を除き、全体として治安はあまり良くはない。
住民のほとんどが他の場所からの移民かその子供で、レオが使っている言葉がオーレ地方の共用語である。
オーレ地方では、基本的にどの場所にも野生のポケモンは存在しない。
原因は、乾いた大地のせいで小型ポケモンの食物となる植物がほとんど育たず、食物連鎖が発生しないため。
ごくたまに、別の場所にいたポケモンが次元のゆがみにはまってオーレ地方へと迷い込むことがあるが、そのほとんどは環境の変化に耐え切れず死んでしまうか、
『ハンター』と呼ばれるポケモンの捕獲売買を専門に扱う職業の人間に捕まってしまう。
ニュウは、ハンターの手を逃れることが出来た、珍しいパターンらしい。
『だから、スナッチ団は1度トレーナーの手に渡ったポケモンを狙って捕まえてたんだよ。 いつ来るか判らない野生のポケモン狙うより、ずっと早いからさ。
捕まえられたポケモンは、ほとんどがパイラタウンで売りさばかれるんだ。
警察も一応いるんだけどさ、スナッチ団の奴が捕まったって話は聞いたことないぜ。』
体を切り裂くんじゃないかと思うような風は、前から後ろへと吹き抜けていった。
最初、叫びたくなるくらいだったスピード感も、ちょっとずつ慣れてきて、フルかニュウかどっちかを抱えながらだけど、何とか前を向いてられる。
巨大なエンジンから響いてくる音で鼓膜が破れそうで、耳はずっとふさぎっぱなし。
私がいた世界と変わらない大きさの太陽は、空のてっぺんから私たちのことを見下ろして、ジリジリと肌を焼いている。
「あーっつぅ〜・・・きっついね、バイクの旅って。」
『まーた文句だ。 文句多いぞ、ミレイ!』
『そういう人種だ、諦めろ、ニュウ。』
一言もはさませないくらい見事な連携でやりくるめられて、何だか納得できずに口をとんがらせる。
顔を反らした弾みに、レオと視線が合った。 レオは私が見ていることに気付いたせいか、目をそらして前を見て運転を続ける。
向こうもこっちの言ってること判ってないんだから、やりづらいのは分かるんだけど、何か、そっけない。
ため息1個つくと、座席の下で丸まってたニュウが身をよじって顔を覗かせる。
『レオ、困ってるよな。』
『あぁ、困ってる。』
微妙に嫌そうな顔をしながらも大人しく抱かれていたフルが、小さく耳を震わせる。
私は運転席にいるレオの顔を、もう1度良く見てみることにした。
相変わらずの無表情。 怒ってるようには見えても、特に困ってるとか迷ってるとか、そんな感じには見えない。
「そうなの? 全然困ってる風には見えないけど・・・」
思ったままを言うと、エーフィとブラッキーは一斉にこっちを向いた。
『顔には出ねーし。』
『そういう訓練を受けてきた人間だ。 だけど、長く付き合ってると、何となく空気でレオが何を考えているのかが解る。』
「訓練?」
『相手に表情を悟られない訓練。』
『拷問を受けても口を割らない訓練。』
『誘導尋問に引っかからない訓練。』
『負傷したときに、
『後は・・・』
「・・・も、もういいよ。 何でそんなことしてたの、レオ?」
スパイにでもなる気かって考えながら質問すると、足元のニュウがこっちを赤い瞳で見た。
返ってきた答えは、たった1言、だけ。
『他に行くトコなかったから。』
意味を判りかねて、私は首をかしげた。
どういうこと? って聞き返そうとしたら、ナイスタイミング、フルが説明を加えてくれる。
『経済的に満たされていない家庭が多く、捨て子も珍しくはないんだ。
オレたちは、たまたま10年以上前にスナッチ団の首領に拾われたが、そうならずに盗みを働いて生活する子供は珍しくない。』
『スナッチ団っつえばさー・・・』
何気なく言葉を切り出すと、ニュウは狭い座席の間に体を滑り込ませ、ただひたすらハンドルを握ってバイクを進ませるレオの方を見る。
正確には、その腰に取り付けられている、モンスターボール。 バイクの振動のせいなのか、小刻みに揺れてる。
1度、食事の時間にそのモンスターボールは開かれた。 だけど、中にいたマグマラシは相変わらず黒いオーラを放っていて、レオにすら襲い掛かろうとする。
その様子は逃げ出したくなるくらい、怖くて、怖くて・・・
けど、『可哀想』、そんな考えがふと頭の中を駆け抜けてった。
風と騒音から耳を守りつつ、コトコト揺れるモンスターボールを見ていると、運転していたレオとまたばったりと目が合う。
今度もレオは視線をそらして進行方向を見つめた。
狭いサイドカーの中じゃ特にやることもなく、私はとりあえずレオの視線の先に目を動かす。
町が見える。 私は はっとしてもう1度道の先をじっくりと観察した。
見覚えがある。
こっち・・・オーレ地方に来てから、私が最初に辿り付いて そして捕まった、あの町だ。
フルとニュウの話によれば、
―――――町の名前は、パイラタウン。
大きくカーブすると、私たちを乗せたバイクは
スピードを落としながらいかにも人が通ってなさそうな町の隅っこの方へと進んでいった。
ゆるやかな曲線を描きながら、レオは木1本生えていない茶色の山沿いにある、いかにも棄てられたビルの壁ギリギリのところにバイクを停止させる。
『さー、降りた降りた! こっから歩くぞぉっ、またコケんなよぉ!!』
そう言いつつ、自分の勢いですっ転ばしそうな元気っぷりでニュウは真っ先にサイドカーから飛び降りて、そこら中を駆け回った。
フルも私の膝を蹴っ飛ばし、薄紫の体をしならせて この小さな箱から飛び降りる。
膝がガチガチ。 早く降りて足を動かそうと立ち上がり、上手くバランスを取れずによろけて両手をつく。
そのまま顔を上げるとバイクを降りてきたレオと視線がぶつかる。
「ミレイ、get off.」
「・・・あんのぉ、出来れば後ろ向いてて欲しいんですけど。」
スカート短いし。
そう言えるわけもなくて、少しずれていた白いミニスカートのスソを直すと、レオは眉を潜めてどんどん近づいてくる。
私・・・何かレオを怒らせるようなことした?
「え? え? ちょっと・・・!?」
パニクってる間に体がうきあがって、サイドカーから降ろされる。
体がジンジンしてうまく動かない。 見てる目の前で、レオはサイドカーの中にしまわれている大きな布を取り出し、巨大バイクの上に被せて姿を隠す。
5分もせず、その作業は終わる。 荷物の中からモンスターボールをいくつか取り出すと、レオは何も言わず 少し振り返ってから歩き出した。
フルとニュウが言ってたこと、本当っぽい。
何も言ってないし、表情も変わらないけど、「ついてこい」って言ってるのが聞こえた・・・気がした。
少しゆっくりめに歩くレオの後ろについていく。 フェナスでは遠慮してギクシャクしてた距離が、いつのまにか安定してた。
『ミレイ、出来るだけレオの側にいた方がいいぞ。』
「え?」
進む先に割り込む形でフルが先行し、こっちの方をチラッと振り向く。
何だかよく判らないまま先を進むエーフィの背中を見てたら、いきなりニュウが後ろからぶつかって思いっきり突き飛ばされる。
バランス崩して、よろけてレオにぶつかりそうになる。
目の前にいきなり腕が飛んできて、寸でのとこで止まった。 思わずそれにつかまった後に気がついた、レオの腕だ。
「ミレイ?」
「あっ、あはははっ!! ちょっと転んじゃった、ごめんねレオ!!」
慌てて立ち直すと照れ隠しに大笑いしながら1歩下がる。
見た目細く見えるレオの腕は、思いっきり体重がかかっても微動だにしなかった。 さっきもそうだったけど、結構力あるんだ、レオ。
何でかよく判らないけど、じと目で見るニュウをすり抜けて離れようとすると、レオに軽く腕を引かれる。
びっくりして振り向くと、レオは今 私がいる辺りを指差して妙にゆっくりした言葉で離しかけてきた。
「ミレイ,keep close to me.」
『離れるなってさ。 パイラは洒落になんねーくらいヤバイから、またユーカイされるかもよ?』
「やだ、それやだ。 もう誘拐なんて2度と遭いたくない!」
怖くなってレオの後ろに隠れると、ちょっと驚いた顔をして振り向いてからレオは歩き出した。
置いて行かれたくなくて、慌てて背中を追いかけると、顔の横を黒い煙のようなものが通って行く。
煙じゃない。 全身の毛穴から汗が吹き出すみたいな嫌なカンジに、足が動かなくなって立ち止まると、レオは立ち止まって不思議そうな顔で振り向いた。
「What's matter with you?」
「レオ、後ろッ!!」
真っ黒なオーラの沸き上がるポケモンが降るように飛びかかってきて、それまでレオのいた場所に焦げ目を残す。
体引いて正解。 飛び掛ってきたモココの爪は、私の真ん前をかすめてパチパチ音を鳴らしていく。
ピンク色の肌から涌き出るような黒いオーラが体をかすめると、全身が液体窒素にでも浸かったみたいに冷え込む感じがした。
『ミレイ!!』
『ねんりき』を使って、フルが黒いオーラのモココを押しのける。
ニュウも私たちとモココとの間に入って、鋭い牙をむき出しにして相手をいかくした。
動じる様子のない相手のポケモンから、さらに黒いもやもやが吹き出し、少し荒れた毛にからまりつく。
怖くなって足を後ろへ引くと、それをレオに止められた。
私の腕をつかんだまま、レオはむき出しの黄色い土がどうにも田舎っぽい広場をぐるっと見渡し、眉を寄せる。
『・・・囲まれてやがる!』
魔法使いみたいにクルクルと杖を回しながら出てきた女の人を筆頭に、建物の影から続々とタチの悪そうな人が沸いてでてきて、私たち、思いっきり囲まれる。
「Hi! Welcome to the duel plaza.
We have been just bored. You should make us enjoy it!」
『マズイ?』
『・・・かなり。』
ぐるっと周囲を見渡すと、レオが何かを言ってフルとニュウがそれぞれ反対側に向けて身構える。
全部で6人、しかも1人で2つのボールを構えてる・・・つまり、ダブルバトルになってるから12匹ものポケモンを相手にしなきゃならないワケで。
地面の底から、温泉の蒸気みたいに黒いオーラが沸き上がる。
多分、私たちを囲んでいる6人が、1人1匹ずつ、黒いオーラを放つポケモンを使っているせい。
「フル、"REFLECT"!」
『オーライ!』
青銀色の光にエーフィとブラッキーが包まれたのと同時に、取り囲んでいた人たちのポケモンは一斉に襲いかかってきた。
ニュウが低く身構える。 真っ正面には黒いオーラのマグマッグ、真後ろにはレディバ、左にオタチ。
危ないって言う前にレオに保護されて後ろに下がらされる。
背中に冷たい空気を感じ、身が縮こまった。 振り返ると、ヨルノズクが、らしくもなくバサバサと羽音を立てながらクチバシから黒いオーラを吐き出している。
動けずにいるとレオの腕が体にぶつかる。 もしかしなくても私、完全に足手まとい。
『ミレイに手ェ出そうとしてんじゃねーよッ!! このバカ鳥!!』
3匹のポケモンに囲まれて動けずにいるフルの代わりに、ニュウがレオを通して反対側から走り込み、思い切り体当たりしてヨルノズクを弾き飛ばす。
ヨルノズクの黒いオーラが一層大きくなり、戦慄が走る。
「ニュウ、逃げて!! その子何かしようとしてる・・・!!」
『え、何だっ・・・!?』
「NOCTOWL,"SHADOW RUSH"!」
ヨルノズクのトレーナーが叫ぶと、顔が見えなくなるくらいまで黒いオーラが増幅し、ヨルノズクはそれをまとったままニュウへと突っ込んでくる。
攻撃直後のスキを狙われ、ニュウは身構える暇もなく吹き飛ばされた。
1度、2度弾むとブラッキーは体勢を立て直し、攻撃したヨルノズクを睨み返す。
構えている時間はない。 ニュウが攻撃体勢に移る前に、大きな羽根を羽ばたかせながら先手を打ってドクケイルが攻撃を仕掛けてくる。
真下に伏せたニュウをフォローするため、フルが『ねんりき』でドクケイルを吹き飛ばす。
直後、真っ黒な球体が飛んできて、エーフィを真横へと弾き飛ばした。 球体が飛んできた方を見ると、
黒いオーラを放つムウマの背後で、ライダー風の若い男がニヤニヤと笑っている。
「フルッ!!?」
『大丈夫だ、レオがいるんだからフルは殺られたりしねーよ! それよりミレイ、あいつらひょっとして・・・!?』
「う、うん、黒いオーラ。 全部のポケモンじゃないんだけど・・・私どうすればいいの?」
空から降ってきた黒いオーラのヌオーをかわし、ニュウは周囲を見渡してから すぐ側まで来ていたオタチを攻撃し、気絶させる。
『ミレイがあいつらを可哀想だと思うんなら、レオに言ってスナッチしてもらえよ。
レオなら何とかしてくれるさ、そう思うからミレイもついてきたんだろ?』
声が出なくて、首を縦に振った。
倒されまいといつも以上に集中して辺りに気を配るニュウの横に、赤い光が放たれてポケモンが追加される。
自分の真後ろに現れたポケモンを横目で見ると、フルは息を吐いて構え直した。
その背中を、黒いオーラを放った小さなマグマラシが守る。
『・・・ちっ、オマエかよ。足引っ張るなよ!』
深く沈み込むように体を低くすると、ニュウは足に力を込めてマグマラシへと爪を振りかざすヨルノズクを攻撃する。
もちろん、黒いオーラを放ったヨルノズクがただで帰してくれる訳もない。ぶわって音がしそうな程大量に沸き上がる黒いオーラに、冷や汗が止まらない。
ヨルノズクの攻撃を受け、地面に叩き付けられたニュウを見て、マグマラシがビクッと身をすくませる。
まとわりつく黒いオーラに苦しみながらも、まるでニュウをかばうかのようにヨルノズクへと向かって炎を吐き出したマグマラシを見て、ニュウの口端が上がる。
マグマラシに向け攻撃を仕掛けてきたヌオーをニュウが追い払うと、
それまでおびえたような威嚇の色しか見せなかったマグマラシの目が、一瞬、ニュウの方を向いた。
「Note back!」
黒いオーラをまとったポポッコに背中から攻撃され、マグマラシは悲鳴とともに全身から黒いオーラを吹き出す。
気持ちが荒ぶっているのが一目でわかった。フーッと荒い息を吐くと自分を攻撃したポポッコを
今にも噛みちぎりそうな形相で睨み付ける。 あのままじゃ、ポポッコの大ケガはま逃れない。
「レオ、あのポポッコをスナッチして!!」
真っ先にポポッコを指差すとレオの腕を引いて、出来る限りの声を張り上げる。
レオは目を少しだけ見開かせると、サイドカーから持ち出したモンスターボールを手に取り、ポポッコへと向かって構える。
ポポッコのトレーナーが事態に気付いたときには既に一連の動作は終わっていた。
6人のトレーナーたちがあんぐりと口を開けたまま見ている中、レオはポポッコの入ったボールを拾い上げホルダーへと収めると
別のモンスターボールをトレーナーたちへと向ける。
「ミレイ,Do you want to let me snatch any Pokemon?」
「えっ?」
急に話し掛けられ、私が驚いてレオの方を見ると、レオは左手に持ったモンスターボールを転がしながら殺気を放つ黒いオーラのポケモンたちを指した。
・・・わかって、くれたんだ。
大きく首を縦に振ると、私は正面で黒いオーラを放つヨルノズクを指差す。
レオは小さくうなずくと、手にしたモンスターボールをヨルノズクへと向ける。
左肩と手についたアクセサリーが光を出すと、私たちを囲むガラの悪い集団からどよめきが上がった。
「“スナッチ”!!」
私が叫ぶのと同時に、レオの長い腕が回転した。飛び掛かるボールがから逃げようとするヨルノズクを逃すまいと、ニュウが背後へと回り、逃げ道をふさぐ。
『新入り! お前はレオを守れ!
他のポケモンを寄せ付けるなよ!!』
指示を出された瞬間、マグマラシから吹き出す黒いオーラの量が増えた。
細かく体を震わせ、何かに耐えるようにしながらヨルノズクを睨み付ける。
地面からわき出る黒いオーラに、気分が悪くなる。殺気を感じ、それをニュウに伝えようとした時にはもう遅かった。
吐き出された赤い炎はヨルノズクを貫通し、その後ろにいたニュウの身体をも焼き尽くす。
驚いたように目を見開いたまま、ニュウはヨルノズクとともに1メートルくらい吹き飛ばされると、ガラクタの山に埋まりながら荒く息を吐いた。
“ひんし”寸前のヨルノズクをモンスターボールの中へと収めると、レオは何かにおびえたように暴れ回るマグマラシに目を向ける。
「He have lost sight of mind.」
「Oh! Is your Pokemon also the same?
You think the Pokemon that entered the state of hyper to be good. This battle crazy!」
「State of hyper?」
黒いオーラを放つマグマラシが、倒れているニュウに追い討ちをかけようと口元に炎の固まりを集め出す。
ヤバいヤバいヤバい・・・!このままじゃニュウが死んじゃう!!
「・・・ダメッ! やめて!!
“イザヨイ”!!」
無我夢中で1回も名前を呼ばれなかったマグマラシに勝手にニックネームをつけ、叫ぶ。
一瞬マグマラシの動きが止まり、こっちに顔を向けた。
分かってくれたのかと思って、ホッとしたのもつかの間、
いつの間にか後ろに迫っていた黒いオーラのムウマに攻撃を受け、マグマラシは口から黒いオーラを吐き出しながら倒れる。
「イザヨイッ!!」
マジ喉痛めそうなほど叫ぶと、マグマラシはか細い鳴き声を上げながら何かを求めるように小さく頭を持ち上げ、ぱったりと倒れて動けなくなった。
レオが眉を潜めながら、細く呼吸するマグマラシをモンスターボールの中へと帰す。
―――全滅?
足が震える。 戦えるポケモンがいなくて、四方を黒いオーラのポケモンに囲まれた状態で。
私、この後、どうなっちゃうんだろう? 変なところに連れてかれちゃったりして・・・ヤダヤダ!
「レオ・・・」
レオは眉を潜めたまま、左腕で私を後ろへと追いやる。
マグマラシのいるモンスターボールをホルダーに戻すと、レオはその隣のホルダーからボールを2つ、取り出した。
自分を囲む黒いオーラのポケモンたちを一瞥すると、私はその眼光の鋭さに心臓が凍りそうにになる。
「Should you give up?」
ガラの悪い男の1人がニヤニヤしながら、レオへと話しかけてくる。
それに対してか、レオは首を横に振ると手にとったモンスターボールを少し強く握っていた。
「No. I need not give up.」
レオが2つのモンスターボールを高いところへ投げると、それらは互いのボールにぶつかって中にいたポケモンを呼び覚ます。
黒いオーラの、ヨルノズクとポポッコ。 それは、さっきゴロツキたちから取り上げたポケモンたち。
「
滑空してくるポポッコを指差すと、レオは空のモンスターボールを左手に持ちながら声を張り上げて指示を出す。
指差された時、少し驚いたような顔をしたポポッコは宙を蹴るような動作で私たちを取り囲む集団に目を向けると、
目つきを変え、体中から黒いオーラを煙のように噴き出していく。
その間動かないポポッコは他のポケモンの格好の的。
4匹のポケモンたちが一斉に黒いオーラを噴き出すポポッコへと向かっていった瞬間、
ポポッコは我を見失った瞳で周囲のポケモンたちを睨み付け、反動を省みない勢いで一気に4匹のポケモンを攻撃した。
飛ばされた黒いオーラのポケモンの1匹をスナッチすると、レオは続けざまに左手にモンスターボールを持ってエネルギーをため始める。
ゴロツキたちにどよめきが広がる。
レオは彼らに逃げる余裕を与えなかった。 チャージの終わったスナッチボールを投げると、
体勢も立て直していなかった黒いオーラのマグマッグをスナッチし、さらに別のモンスターボールを左手に取った。
雄叫びを上げながら、襲いかかろうとしたモココにボールを当てる。
宙を飛んで逃げようとするムウマの前に黒いオーラのヨルノズクが立ちはだかり、ポポッコと共に逃げ道をふさぐ。
新しいモンスターボールを手に取ったレオは、奥歯を強く噛み締めると、残ったムウマに向けてスナッチボールを投げ付けた。
赤い光に包まれながら、ムウマは甲高い悲鳴を上げて小さなボールの中に吸い込まれる。
中で暴れていたのか、少し揺れ動いてたモンスターボールが完全に停止すると、
レオはすっかり逃げ腰のゴロツキたちの1人に向かって歩き、胸ぐらをつかんで睨み付けた。
「Where is the Pokemon center?」
「Wow,Are you"team snatch"surely?」
「Answer my question.」
何か口調が荒くなって、掴んだ腕が動かされると、ゴロツキは何かビビッてる感じで町の奥を指差した。
「Oh! The recovery system is in Coliseum!」
ゴロツキを離すと、レオは黒いオーラが増えて暴れだしかかっているポポッコとヨルノズクをモンスターボールへと戻し、私の手首をつかんだ。
動けなくなりそうなほど鋭い目つきで、そろそろと道を譲るゴロツキたちを睨むと、レオは突然走り出す。
どんどん町の奥へと進んでいく足。
もう地面から黒いオーラは沸き上がってこない。 ホッとしたのと同時に何だか怖くなった。
泣きそうになって痛み出した喉に、コツンと音を立ててチョーカーからぶら下がった月形のモチーフがぶつかる。
「レオッ! もう無理ぃ・・・!! 走れない!」
心臓止まりそうになって叫ぶと、レオはチラッとこっちを見てから手を離して立ち止まる。
死にそう。 息上がりまくって。
何か言ってくれるかと思ったけど、レオは見事に期待を裏切って無言のまま歩き出した。
使ってんだかないんだかよく判らないビル群(中には焦げてるのもあった)を抜けて、どんどん町の奥へ。
ずっと話し掛けてくれていたフルとニュウがいない。 それだけで物凄い寂しかった。
一体何に使ってるのか、映画くらいでしか見たことのなかった風車の横を抜けると、
地面の裂けたような大きな谷にかかった橋の向こうに、ドーム状の巨大な建物が見える。
建物から耳の張り裂けそうな歓声のようなものが上がると、レオは谷にかかった細〜いつり橋を何でもない風に歩き出す。
いや、マジ冗談じゃないくらい深いんだって。 底、見えないし。
「ちょっと待ってよ、動けないって、マジ無理!! こんなとこ通るの!?」
スタスタ渡っていこうとするレオに向かって叫ぶと、レオは立ち止まり、振り返って少し眉を潜めた。
こっちに戻ってくる。 あ、面倒くさそう、顔変わってないけど何かそんなカンジ。
私の手を引くと、レオは再び同じスピードで橋を渡り出す。
断崖絶壁、どー見ても、落ちたら一巻の終わり。
「ぎゃーっ!? ちょっと待って待って!? こんなとこ渡れるわけないでしょー!?」
「It's necessary to recover Pokemons in a hurry. Attach without making noise.」
「死ぬ死ぬ死ぬってぇ―――っ!!? レオォー!?」
パニックな頭とは裏腹に足はどんどん進んでいく。
結局、渡り切るのに30秒とかからなかったんだけど、生きた心地はしない。
顔を上げると、レオはお構いなしにドーム状の建物に向かってスタスタ歩いていってしまっている。
オニか、あいつは。 はぐれたら何があるか判ったもんじゃないんだから、追い掛けるしかないわけで。
ドーム状の建物の中に入ってから、レオが早足だった理由がようやくわかった。
何かの受付みたいな場所が並んでいる一角、パッと見クロークのような場所にまっすぐに歩くと、
レオはフルやニュウが入っているモンスターボールを受付にいる女の人へと渡す。
私はトレーナーじゃないから確信は持てないけど、きっとあそこはポケモンセンターみたいな場所なんだと思う。
あんな変な連中に囲まれて、スナッチしたのも含めてみんなボロボロだったから、多分早く回復させてあげたかったんだ。
よかった、レオ、意外にいいヤツじゃん。
ホッとしたのも束の間、レオが左手でホルダーから取ろうとしたボールの1つが手をすべらせたのか、床の上に落ちて転がった。
身体が強張る。 割れたボールの中から噴き出される黒いオーラ。
思わずつぶった目を開くと、背筋を冷たいものが走った。
息が出来なくなる。 景色が大きく揺れて、見えなくなった。 何か大きな音がしたような気がしたけど、解らない。
気がついたら、天井を見ていた。
何だかよく解らないけど、体が痛くて思うように身動きが取れずにいると、おなかの辺りで何かが動く。
かすむ視界の中で、黒い煙のようなものが動く。 その奥に、太陽のような鮮やかな色をした 黄色い花。
「・・・・・・ポポッコ?」
切れ切れで全然言葉になってないような言葉で話し掛けると、ほんの一瞬だけど、ポポッコの体から発せられる黒いオーラがおさまった。
ひらひらの花びらの下にある小さな目から1粒、水のようなものが零れ落ちる。
哀しくなった。 このポポッコもそうだし、黒いオーラのポケモンたち、好きでこんなに暴れてるんじゃない。
「大丈夫、大丈夫だよ。 レオが、きっと何とかしてくれるよ。」
抱き締めると、ふわっとした甘い匂いが広がった。
レオが何とかしてくれる、その1言がおまじないになったみたいだった。 ぬいぐるみみたいにポポッコを抱くと、暴れていたポポッコはおとなしくなる。
痛過ぎた身体が、段々とラクになる。
ようやく息が普通に戻って、顔を上げようとしたのと同時に、いきなり誰かに・・・抱き付かれた。
「Hey! Some time was a misfortune.
It insures safety if going with me.」
「ちょっとなにぃ!? 離してよ、助けてッ、レオ!!」
抵抗しようと身を縮めると、知らない誰かはレオの細い腕に引き剥がされて、私の元から離される。
チャンス! 猛スピードでレオの後ろに隠れる。 ホントに怖いよ、パイラタウン・・・
「You are not doing the praised act.」
「Wait,wait,wait.
ナニ、オマエカントー出身?」
「えっ?」
「What?」
今、抱き付いたゴロツキの言葉が理解出来たような・・・ 気のせい? 幻聴?
「私の言葉が解るの!?」
「あぁ、オレは元々アッチに住んでたからな。
オレの名前はマサ! 言葉が通じる同士、仲良くしようぜ、子猫ちゃん?」
・・・・・・・・・子猫ちゃん?
ゴロツキのマサは古すぎるポーズを決めると、あんまり人好きのしない笑みを浮かべた。
私、この人、信用していいのかな・・・?
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