Chapter8:sender−Reo
=I can't be having emotion.




驚いた。
パイラのゴロツキがミレイと同じ言葉を話し、俺をはさんで会話を取り交わしている。
先ほどのこともあってだろう、少なくとも俺よりも話の通じる人間が目の前にいるというのに、ミレイはゴロツキに近づこうとはしない。
賢明な判断だと思う。 現在の段階では、相手の安全性が保証されたわけではない。





「ヘェ、何だオマエ、言葉も通じねーのに カノジョと旅なんてしてたワケ?
 マジメな顔してやるじゃねぇか、ぶっちゃけた話、どこまで行ってんのよ、え?」
ゴロツキはゴロツキ。 有効な情報を得られるかどうかは判断が難しいところだ。
ミレイの言葉が解る以上、この男をないがしろに出来ないのも、また事実だが。

「何者だ、何故、ミレイの言葉が解る?」
「ハン、なぁ〜んにも知らないのな。 ま、そりゃそーか。
 オーレで生まれた子供のほとんどは このちっこい世界に閉じ込められたまま、
 毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、まっずい飯と汚ねぇ空気食って生きて、そのまま死んでくんだしな。」
「『このちっこい世界』だと? ならばお前はオーレ以外の別の場所から来たとでも、そう言うのか?」
尋ねると、目の前にいるゴロツキは笑い、あまりしっかりしているとは思えない足取りで近づいてきた。
背後にいるミレイが逃げ出すかと思い警戒していたが、逆に彼女は身体を小さくして俺の背中に貼り付いてくる。
男が近づいてくると、酒臭い。
「オメエの恋人が何よりの証拠じゃねーか。
 『ミレイはオーレ地方ではない外の世界から来た。』そんなこと、何よりもオマエが1番よく知ってんだろォ?」
間違いない。 この男は何かを知っている。
それは俺が知らないことであり、今後旅を続けるにあたって役に立つ可能性も高い。

「もう1度聞く。 お前の名は?」

情報が必要だ。 今までとは違うものが。

「聞いてなかったのか、マサだよ。 そっちの可愛い子ちゃんは1回で覚えてくれたけどな!」

「悪いが、お前の言う『外の世界』の言葉で話されても、俺には一言も理解出来ない。」

そう、理解出来ない。 頭の中で繰り返すと、マサは顔をにやつかせた。
相手はパイラのゴロツキだ。 情報を求めれば間違いなく、見返りを要求される。
背中にくっついているミレイが抱えているポポッコが、再び暴れだそうとしているのか身体をよじらせる。
ミレイが押さえ付けると大人しくなったが、彼女の反応からしてこのポポッコがマグマラシと同じ、危険なポケモンであることに違いはない。
ポポッコはそれほど傷ついている訳でもなかったので一旦モンスターボールの中に閉じ込め、ホルダーへと取り付けると、マサは意外な反応を示した。
「あぁ、そいつアレだろ? ラプソのヤツがここのコロシアムで優勝した時にもらったダークポケモン。
 ミラーボのヤツ強くて珍しいなんて言ってやがったから手放すヤツなんていねぇと思ってたんだが、一体どんなレアポケモン差し出したんだ、オマエ?」
「『ダークポケモン』?」
ミレイが聞き返す。 俺も初めて聞く名称だ。
「bbkb\d3]w@84d)4dqomo5.-[:my
 何、アンタも聞きたいワケ?」
知らない言語で話されても理解出来ないと言ったはずだ。
マサは覚えていなかったらしく、声のトーンを上げてミレイにいくつかのことを話すと、俺の方を向いた。
情報を得るには少し遅過ぎるタイミングではあるが、今それを責めるのは得策ではない。
「2度手間ですまないが、今ミレイに言ったことを俺にも教えてもらえるだろうか? 共通語で。」
「はいはい、頭の固いお子様Kidはお世話が大変ですねっと。 チップは弾めよ?」
予想した答えと、一字一句違わない返答が返ってくる。
およそ15分をかけてマサが説明したセリフは、大体こんな内容だった。


ダークポケモンというのは現在俺たちのいるパイラコロシアムで優勝したトレーナーがときたま持っている、特殊なポケモンらしい。
見た目は普通のポケモンと変わらないが、その戦闘意欲は凄まじく、時に味方のポケモンやトレーナーに攻撃を加えようとすることがある。
また、著しく気分が高まることがあり、そういった時は名前を呼ぶとおとなしくなるらしい。
マサはその著しく気分が高まった状態のことを『ハイパー状態』と呼んでいた。
話を聞いた印象でしかないのだが、どうやらそのダークポケモンやハイパー状態といった呼称は、ダークポケモンを持っているトレーナー共通の言葉らしい。



マサが言ったダークポケモンの特徴は、ミレイに指示されてスナッチしたマグマラシ、
加え、ポポッコを始めとしたパイラでスナッチしたポケモンたちと完全に一致していた。
だが、スナッチせよとミレイが言うのは、ダークポケモンと呼ばれるポケモンたちがはっきりそれだと認識できる前。
つまりミレイは何らかの手段を使い、通常のポケモンとダークポケモンを判別出来るということになる。
決闘広場に近づいた時、普段近づかない彼女が腕を引いてきたことも関係がある可能性がある。
そうなると、問題なのは何故ミレイがダークポケモンを認識出来るのか、何故ミレイはダークポケモンをスナッチせよと俺に指示するのかの2つ。


すぐ後ろにいるのだから、直接本人に聞くのが1番早い。
たずね方をマサに聞こうとした時、コロシアムの入り口の戸が開いた。
そして、飛び込んできた男の叫びに、俺の質問はかき消される。
「見付けたぞマサッ!! お前またショップの釣りちょろまかしたろ!!
 店のおやっさんカンカンだったぞ、今日こそお前をしょっぴいてやるからな!?」
「やべっ! そんじゃそーいうコトでッ!!」
言うが早いか、マサはコロシアム内に入ってきた警官の姿を確認もせずに走り出す。
日常茶飯事か。 何も言う気はないが、タイミングが悪かった。
結局ミレイの正体は判らないまま。
マサを追い掛ける警官とミレイがぶつかりそうなため、彼女の腕を引いた時、突然音を立ててコロシアムの電源が落ちた。
照明の消えたロビーに驚いたのかミレイが悲鳴を上げ、足元が見えなかったためか、マサを追い掛けようとしていた警官は目の前で転倒する。
「あいたたたた・・・何だ? コロシアムがまっく・・・あ! マサ、待て、待てッ!!
 真っ暗で、コロシアムが、マサが逃げて・・・・・・大変だ大変だ、署長に知らせなくちゃ!!
 署長ゥ――――ッ!! マサが真っ暗でコロシアムですーッ!!」
避難誘導すら行わず、マサを追い掛けていた警官は 慌てた様子で町の方へと走って行った。
成る程、パイラが無法地帯になる訳だ。

納得している場合ではない。
停電したということは回復システムも止まっているということだ。 ポケモンたちに不都合が起きている可能性がある。
ミレイを連れ、ヒーリングセンターへと向かう。
長蛇の列。 怒鳴られ、ののしられ、何かを叫びながらトレーナーたちを押し返そうとする受付嬢。
聞こえる単語をつなぎ合わせた限りでは、どうやら回復システムがダウンしたらしい。 回復終了したポケモンも回復室の扉が開かず、外に出せない状況にあるようだ。
無事だとは思うが、この停電が回復しない限りはフルやニュウ、
イザヨイ(フェナスでスナッチしたマグマラシ、気がついたらミレイにニックネームをつけられていた)を引き取ることが出来ない。
しかし、1トレーナーが何かしたところで
コロシアムに集まる何百というポケモンを回復するシステムに電力を供給出来るわけもない。
これは復旧を待つしかないと考え、何とはなしに窓の外を見ると、風が止まっているのかピクリとも動かない風車が見えた。
集中力が欠けていたのだろうか、肩に軽い負担がかかるまでミレイに腕を引かれていることに気付かなかった。
気付いていなかった。 何度も目を合わせようとしながら、しきりに外を指差す彼女の行動に。
言葉が通じないということを考えれば、ミレイもポケモンと同じだ。
引かれるまま、ミレイについて運良く警官が入ってきたおかげで開いていた扉から外へと出ると、
ここまで来る途中にあった谷の底から吹き上げる風が、髪を舞い上げた。



 ―何もいらない。 もし何かくれるんならサ、名前をくれよ。

停電はコロシアムのみには止まらず、パイラタウン全体で発生しているようだった。
「eue
何かを探していたのだろうか。 ミレイはつないでいた手をほどくと、少し前を歩いて左右に目を配る。
ネオンは消え、ガラス張りの扉は動かなくなり、町は混乱していた。
こういう時はどこかで必ず騒ぎが起こる。 唯一持っていたポポッコのモンスターボールを手に取ると、すぐに開くタイミングは現れた。
殺気に気付いていないミレイを引き寄せると、球体モンスターボールからポポッコを解放する。
後ろを振り返りながらつり橋を走る少年は、手にしたモンスターボールを握り締めながら何度も後ろを振り返っていた。

戦い慣れている様子はない、ポケモンを出して構えている俺に気が付くと
相手はこちらを敵と認識したらしく、息を切らして走りながらモンスターボールを投げ付けてきた。
見た限りでも かなりレベルは低い。 相手をするまでもないが、ポポッコ・・・『ハーベスト』は、そうはいかない。
敵対する相手を見付けたことにより、闘争心に火がついてしまったらしく、こちらが指示を出す前に既に飛び出している。
「7/w-[-[Zb
「止まれ、‘ハーベスト’!」
ニックネームで呼ぶと、ポポッコは体を震わせてこちらを振り向いた。
足元を指差すと、荒く息を吐きながらも 指差した先へと向かって行く。



「・・・そのポケモン・・・・・・」
少年はつり橋を渡り切ると、立ち止まってポポッコを睨むように見つめていた。
かたわらにいる小さなポケモンが、ダークポケモンであるポポッコに対して激しく威嚇する。
「ダークポケモンだな・・・?」
「それがどうした?」
ミレイが暴れ出しそうなハーベストの耳をなでてなだめる。
「・・・お前も、ミラーボの手下か!?」
「何を言っている?」
「コロシアムもパイラタウンも、ミラーボなんかに渡さない!! この町はボクが守るんだ!!」

言い切ったかと思った瞬間、少年の体は弓のようにしなり、前方へと向かって飛び込んできた。
飛ばされた、と言った方が正しい。 つり橋から現れ仁王立ちしている大男が、わなないているのが見えた。
「シルバ・・・シルバ、風車小屋から奪った歯車を返すんだ。」
「ギンザルさん!! あんたがしっかりしないから、ミラーボなんかが・・・あんな奴が、のさばってるんじゃないか!!
 一体どうしちまったんだよ、ギンザルさんが町を治めはじめた頃、あんなに仁義に反することはさせないって言ってたじゃないか!」
シルバと呼ばれた少年は、起き上がって腹の辺りを押さえながらギンザルと呼ぶ大男を睨み付けた。
殴り付けたのは自分だというのに、大男はシルバという男の言葉に眉を曇らせると、明らかに勢いを失う。
視線を反らすギンザルと呼ばれた男を見ると、シルバは顔を真っ赤にして叫んだ。
「あんたのこと・・・信じてたのに!!」
腹の辺りを押さえると、まだ酒の味も判らないような子供はミレイの脇をすり抜けて走って逃げ出した。
「シルバ!!」
ギンザルは遠ざかる背中に向けて手を伸ばすと、眉間にシワを寄せながらその手を引っ込めた。
灯かりの消え、騒ぎの続くコロシアムに目を向けると筋肉だらけの巨体をうつむかせ、そこでようやく事の経過を見ていた俺とミレイの存在に気付く。


ギンザルという男はヘルゴンザ並みの巨体を持ってはいたが、見下ろされている感じはしなかった。
うつろな目で俺とミレイを見比べると、口ひげを少し動かしてから声を上げる。
「騒がせてすまなかったな。 観光者か?」
「旅の途中だ。 必要なものを買いに立ち寄った。」
受け答えると、男は肩で息をしてから、シルバの逃げた先を見つめるミレイに目を向ける。
「そうか。 いずれにしても、早目にこの町を出た方がいい。
 数ヶ月前から、ダークポケモンと呼ばれる 得体の知れない狂暴なポケモンを使う集団に町を占拠され、
 元々パイラに住んでいた住民たちも、徐々に洗脳され始めている。
 私がついていながら、今や、町は無法地帯も同然の状態だ。
 自分が育った町を悪く言いたくはないのだが、今、ここで何が起きてもおかしくはない。」
頭を抱えるようにして、ギンザルという男は風にかき消されそうな声でそう言った。
恐らく、ミレイに向け言ったのだろうが、当の本人はまぶたを軽く震わせるだけ。

「今すぐにでも出て行きたいんだが、ポケモンたちがこの停電で回復センターに閉じ込められている。
 復旧するまでは、出られそうにないな。」
回復するまで時間のかかると見えるコロシアムに目を向けそう説明すると、相手の男のまぶたが わずかに動いた。
眉根を寄せうつむくと、先ほどシルバと呼んだ少年が逃げていった先に視線を向ける。
「そうか・・・すまなかった、君たちを追い出すつもりで言ったわけじゃないんだ。
 今の少年、シルバという名なんだが、コロシアムに電力を供給する風車の歯車を1つ、抜き取って行ってしまった。
 だから、彼が奪った歯車を取り返さないことには・・・」

・・・あの少年が、電力を生み出す歯車を奪った。
歯車を取り返せば、ポケモンたちを取り返せる。
あの少年から・・・奪えば・・・
「・・・スナッチ団だな。」
「ッ!?」
気付かれている。 身構えると、ボーっとしていたミレイに背中がぶつかった。
倒れかかったミレイを抱え、重い左腕で近寄ってきた男を振り払う。
油断した。 逃げようにもポケモンたちはほとんどが回復システムの中、人質を取られたようなものだ。
ギンザルは驚いた顔をして1歩後退すると、大きく頭を横に降り、下唇を噛んだ。


「違う、捕まえるつもりはない。 しかし言っていたんだ、ミラーボの手下が。
 君と一緒にいる少女を、シャドーが、探して・・・・・・・・・・・・レイラ?」
「パパ大変! 町の入口にミラーボが!!」
つり橋の向こうにいた少女は、言葉の崩れた男へと向かって叫んでいた。
叫んだ後、大きくむせこんで橋の欄干にしがみつく。 それを後からやってきた少年が支え、ギンザルは細いつり橋を走り出した。
橋の向こうで子供2人と何か話をした後、ギンザルは町の入口へ、少年は橋を渡ってこちら側へとやって来た。
反対側にいる少女を気にするような仕草を見せるミレイを軽く見ると、鼻にかけた眼鏡を直して手を伸ばす。
「一緒に来て下さい。 ここにいるとミラーボに捕まりますよ。」

条件反射のようにミレイは少年の手をつかむ。
「ミレイ、こんな見ず知らずの人間を信用する気か!?」
ミレイは振り向くと首をかしげる。 俺の言った言葉はまるで通じていない。
眼鏡の少年はつないだ手を1度見ると、ミレイを引いたまま走ってつり橋を渡り出した。
谷底に目を向けたミレイが悲鳴を上げる。
追い掛けるが、大人と子供では体重の差があり、つり橋のゆれ方も違う。
橋を渡り切るまでに少年には数メートルの差をつけられ、橋の向こう側にいた少女と共に逃げられる。
逃げ切られることだけは避けなければならない。 およそ6秒遅れで橋を渡り切ると、俺はミレイのオレンジ色の髪を目印に走り出した。
何度も振り向くミレイの瞳が、時折青く光るのが見える。

追い付かなくては。



「jZw<レオt@6ewt;a'49
掴まれたままの手を振り払ってミレイが何かを言うと、少年と少女は立ち止まって振り返った。
2人とも、立ち尽くしたまま彼女のことを見ている。
ようやく追い付いた。 すぐさまミレイを取り返すと、ポポッコの入ったモンスターボールを構える。

眼鏡の少年にモンスターボールを向けようとした時、一緒にいた少女・・・確かレイラと呼ばれていたか、その女が割り込んできた。
「待って! あなたたちに危害を加えるつもりはないの。
 お兄さんたち、悪い人たちに狙われてるのよ! パパはそれを知っててあなたたちを助けようと・・・でも・・・」
視線を徐々に落とすと少女は口元に手を当てる。
近寄ろうとするミレイを押さえていると、間に眼鏡の少年が割り込み、言葉を継いだ。
「今町に出たら、一緒にいる女の人、確実にミラーボに連れて行かれますよ。
 とにかく中に入って下さい。 話はそこでしましょう。」
振り向くと、にわかに町の人間がざわめき出している。 停電の影響ではない。
再びミレイを連れ去られないよう彼女の手首を掴み、俺は片手にモンスターボールを持ったまま子供2人の案内に従い、建物の中へ足を進めた。


ありふれた部屋の本棚の裏を探ると、少年は鼻の頭をかきながら少しうつむいた。
1回、2回、黄ばんだ壁を叩き、その壁へと向かって話し掛ける。
「今帰ったよ。 そっちは大丈夫?」
「あ、レン? 大丈夫だよ、チビちゃんたちお昼寝の時間だから、まだそんなに騒ぎになってないみたい。
 ・・・シルバさん、どうなった?」
「ごめん、見失った。 今、大人の人たちが必死で探してるよ。」
どうやら壁の向こうに人がいるらしく、「そっか。」という返事が消えると部屋の中は静かになった。
扉の鍵を閉めたレイラが窓にかかったブラインドを開き、外の様子を確認する。
一緒になって覗き込んでいたミレイが、突然跳ね上がって机にぶつかるまで後退した。
「ui3;

何かされたわけではなさそうだ。 震えているミレイをよくよく観察すると、視線が一定に固定されている。
部屋全体の空気が張り詰める。 俺たちをここまで連れて来た2人も同じ場所を見ていた。
「ミラーボ・・・!」
窓の向こうにいる、白い線の引かれた人物を見たまま、眼鏡の少年は奥歯をきしませる。



「Hooo!!」

ゴミ箱が大きな音を立て蹴り倒される。
ブラインド越しに、逃げそびれた子供がゴミと同じように蹴られたのも見えた。
母親らしき人物が駆け寄るが、かばうように子供を体の後ろに隠すだけで、蹴った相手を睨み付けることすらしない。
「ふっほほほ〜!
 相変わらず、汚い町だねェ。 ボクのお高ぁ〜い靴の裏が汚れちゃうよ!」
ブラインドの向こうで、モンスターボールを縦にしたような赤白の巨大なアフロが揺れる。
全身金色の服を着ているのは、相手の目をくらませるためなのだろうか。 それとも、無意味に飾り立てているつもりなのだろうか。
異彩を放つ『その』男は、皮膚に突き刺さりそうな飾り(恐らく星をかたどった)のついたサングラスを上げると、
周囲を取り囲んだ民衆の真ん中にいたギンザルへと向かって、顎を上げた。
「うんまァ〜、おひさしぶりだねぇ!! あ、そうでもないっけ? ふほほ〜、どうでもいいや!!
 実はねぇ、ボクの可愛い可愛い部下から報告があって、
 ジャキラ様が探しておられる、茶髪で青い瞳の少女がこのパイラにいるって聞いたんだよォ。
 探してるんだけどォ、キミ、知らない?」
「し、知らん! そんな変わった風体の人間が来ていたら、今ごろ誰かの目に止まっているはずだ!!」
「ふっほほほ〜! どうしたのかなぁ? 今日はやけに反抗的じゃなぁ〜い?」

サングラスの端を光らせると、アフロの男は腰をくねらせながら指を鳴らす。
すると、人ごみの間をかき分けゴロツキ風の男が2人、男の元へとやってきた。
「ヘボイ、トロイ、この聞き分けの悪いお猿さんにちょっとしつけをしてやってよ!」
「ヘイ、ミラーボ様!!」
・・・あいつら、フェナスシティでミレイを誘拐していた2人組。 と、なると、奴が探している青い瞳の少女ってミレイのことか。


2人組のうちトロイと呼ばれていた方の男がモンスターボールを開くと、荒く息を吐いたマクノシタが姿を現す。
ずっと握っていたミレイの手が震えた。 トロイと呼ばれる男が何かを言うと、マクノシタはうなりを上げながら、ギンザルを攻撃する。
「パパッ!?」
「レイラ、行っちゃいけない!!」
扉を開けて外へと飛び出そうとした少女を、眼鏡の少年が止めた。
急に手を離されたことによりブラインドの隙間はなくなり、部屋に差し入れる光の方向をわずかに変えながら揺れている。
それを見ていたサングラス男の巨大アフロが回転し、こちらを向く。
・・・気付かれた。
「おやァ? キミの家、誰か来てるみたいだねェ。
 ふっほほ、挨拶しなくちゃ悪いよねェ? ちょっと入らせてもらうよォ!」
「ま、待て!! ミラーボ・・・!!」

近づいてくる。
隠れなければ・・・どこでもいい、奴の見つからない場所。





・・・・・・・・・・・・!!
「ミレイ、こっちだ!」
向こうが建物へと入る前に、ミレイを押し込め、自分も同じ場所に潜り込む。
一応ポポッコの入ったモンスターボールを構えるが、今の状態でバトルになった場合、まず勝ち目はない。
神経を研ぎ澄まし、息を殺す。 震えるミレイが音を立てぬよう、自分の方に引き寄せ、かなり苦しい体勢のまま扉の蹴破られる音を聞いた。
「お〜や〜? ここの子供たちはかくれんぼがお好きみたいだねェ?
 このボクに鬼をやらせるなんて、ずいぶんナマイキじゃな〜い。 ・・・見つけ出してケッチョンケッチョンにしてやるわっ!!」
壁に与えられた振動が袖に伝わってくる。
「出てらっしゃい!! え!?」
動かないようミレイを強く押さえる。 何としても、物音を立てるのだけは避けなければ。
「このミラーボ=シャドーを、おナメになるんじゃないわよぅッ!!」

「・・・・・・?」
・・・ミラーボ・・・『シャドー』・・・?

何かの割れたような音が聞こえた後、一瞬部屋の中が静まりかえる。
足音は、確実にこちらへと向かって近づいていた。
「ククク・・・その中だねェ? もう逃がさないよォ、子猫ちゃ〜ん?」
ミレイは震えていた。 2回3回と、震わすように戸棚を押し引きする音が聞こえてくる。
棚を震わす音が、一層大きくなる。
心は、ミッション前のように静かだった。 同時に、騒がしかった。
「見ぃ〜つけたァッ!!」
「きゃあっ!?」

戸棚の中に隠れていたレイラが悲鳴を上げる。
ミラーボから逃げるため戸棚から飛び出すと、足音を立てながら部屋の隅へと走った。
「おやおや〜? 誰かと思えばギンザルのお嬢さんじゃな〜い?」
「ミラーボッ!! 娘に手を出してみろ、お前に何を取られようとも俺はお前を叩きのめすぞ!!」
家の外からギンザルの叫び声が聞こえる。
「ふっほほ〜、判ってるよ〜。 ボクは紳士ジェントルマンだからねェ、女の子に手を出したりはしないんだよ。 ・・・あれ?」


聞き覚えのあるメロディが薄い壁に反射する。
P★DA(ポケモンデジタルアシスタント)のメール着信音、曲名は『ラッキー☆ファンキー☆ウソッキー!』だったはず。
2、5秒で音は鳴り止むと、しばらくは細かい機械音のみが聞こえ、その後ミラーボの「ふっほほ〜」という笑い声が聞こえてくる。
「召集のメールだ。 命拾いしたねェ、キミたち?
 次に会った時は無事に帰れるなんて考えない方がいいよ。 ま! ボクが知ったことじゃないけどねェ〜、ふっほほほ〜っ!!
 それじゃ、可愛い恋人も待ってることだし帰らなくちゃね〜!
 レッツ、ミュージックスタート!!」
大音量の音割れした音楽と共に、ミラーボの気配は遠ざかっていった。
完全に音が聞こえなくなったのを確認し、外の様子を伺う。
奴の部下、ヘボイ、トロイを含め、ミレイを狙っている集団らしき人物はいなくなっている。
ずっと握っていたポポッコ入りのモンスターボールを腰のホルダーへと戻すと、俺は戸棚の奥にいるミレイに出てくるよう合図を出した。

隣を見ると、レイラが救急箱を取り出していた。 その向こうでは、机の下からはいだすレンの姿。
「悪かったな、危険な役を押し付けて。」
先に見つかるよう、戸棚のより手前の方に隠れさせていたレイラに謝ると、彼女は振り返って少し眉を上げた。
「意外。 あなたずっと怖い顔してたし、ポケモントレーナーって横暴な人たちだけかと思ってたわ。」
「自分の行動くらいは責任を持っているつもりだ。」
救急箱を取ると、レイラはダークマクノシタにやられたギンザルの元へと向かう。
レンはかかりっぱなしだったブラインドを上げると、町の外側を睨む。
「ミラーボ・・・! あいつが来てから町にダークポケモンが現れるようになったんだ。
 どういう訳か、ゴロツキたちを手なずけて、警察に見つからないところで好き放題・・・」
「あの男、何故何も言わなかった?」
「え?」
傷ついた身体をひきずり、レイラに支えられながらギンザルが戻ってくる。
足を床へとつけ、戸棚に座ると木製のそれは軋みを立てた。
「あのミラーボという男、今この町に着いたんだろう。 何故、停電のことを一言も喋らなかったんだ?
 夕暮れ時だ。 1件も明かりがついていなければ普通、異常に気付く。 パイラに着いた後で停電が起きたのならなおさら・・・」
「まさかミラーボ・・・、何か知ってて!?」



「おーい! ギンザルさーん、歯車見つかりましたよー!!」
遠くから聞こえる声に、全員の目が向いた。
人の腰ほどもある大きな歯車を抱えているのは、昼間の警官。 重そうにそれを運びながら、俺たちが今いる家へと近づいてくる。
ギンザルはレイラの静止を振り切り、椅子から立ち上がると窓を開いて警官へと話しかけた。
「ユイト、そいつは間違いなく風車小屋の歯車か?」
「間違いありません!! 刻んであるナンバーが風車小屋の歯車と一致してます!!」
「シルバは、シルバはどうした!?」
「え、シルバさん・・・ですか? いえ、自分は見ていませんが。」
「・・・そうか。」
大きく息をつくと、ギンザルは椅子に座り込みうなだれる。
歯車がなくなった時の騒ぎに反し、電力の復活に満足している人間はいないようだった。
何をするでもなく様子を見ていると、今ごろになってミレイが棚の奥から手を掴んでくる。
振り返って見てみると、暗い中でも判るほど彼女の顔は真っ赤だ。 肩の震えは収まらず、過呼吸に陥っている。

「何故、何もしない?」
とにかく彼女を落ち付かせようと考え、いつもポケモンにやっているようにミレイの背中をさすってみた。
大きな効果は得られなかったようだが、荒れ続けていた息の音が若干おとなしくなる。
「まとまって挑めば反撃することも可能だろう。 何もしなければ相手をつけ上がらせるだけだ。
 それだけ不満を持ちながら、お前たちは何故あのミラーボという男を好きにさせておくんだ?」
返事はない。
部屋の中は静まり帰り、不規則なミレイの息遣いだけが壁に反射した。
握ったミレイの手は冷たかった。 落ち付いてから出発しようと立ち上がると、レイラが口を開く。
「・・・戦えないの。 ポケモンが人質に取られてて・・・」
「レイラ!」
ギンザルが言葉を続けようとしたレイラをたしなめる。
ミレイは落ち着き切ってはいないようだが、そろそろ戻らなくてはならない。
彼女の手を引いて外へ出ようとドアノブに手をかけたとき、換気扇のファンが回り出した。
薄暗かった町の通りに、1つずつ明かりが灯っていく。 俺たちがいる家にも蛍光灯が灯り、白い光がレンの握った拳を照らした。
「ミラーボ・・・! あいつにギンザルさんのプラスルを取られたんです。 人質さえ取られてなければ、ギンザルさんがあんな奴に頭下げること・・・!」
「それで?」
「え?」
「どうすると言うんだ。」
レンの唇がかすかに震えるのが見えた。 ミレイはハンカチを探しているようだったが、町に入る前、バイクに置いてきていたのを俺は見ている。
「どうするって・・・どうも出来ないから困ってるんじゃないです!
 そりゃボクだってミラーボをパイラから追い出したいと思ってますよ、でも人質がいるんじゃどうしようも・・・!」



「くだらない。」
カワイソウとは感じられなかった。
こいつらが何もしないのならば、それだけの話。 ドアノブを回すと、コロシアムにいるはずのポケモンたちを引き取るため、町へ足を向ける。
つないだ手をミレイが軽く引くので、そっちに目を向けると、連れてこられた家の中にいた子供たちが、こちらを見ている。
いつのまにか、数は増えていた。 レンは節が白くなるほど強く手を握ると、顔を赤くする。
「くだらないってどういうことですか! こんな手も足も出ない状況で、パイラの町もいいように乗っ取られて・・・!
 それを言うに事欠いてくだらないなんて!!」
「出来ることも考えず手をこまねいて嘆いているだけの人間を『くだらない』以外に表現する方法なんて無い!
 絶望も知らない人間が、不幸に酔っているようにしか見えないんだよ!!」
自分の声が、喉を傷つけた。
何故こんなに大声を出したのか判らない。 つないだ手に集中しそうになる思考を外に向けつつ、扉を開く。
「用がないなら、行くぞ。」
「・・・あぁ、奴らには捕まるな。」
「ギンザルさん!?」

パイラの町は夜になっても、人々が生活に使う熱を帯び、生温かい風が吹いていた。
ネオンの灯る町で、女であるミレイはゴロツキたちにとって格好の的。 手を離したら連れて行かれる。
無事かどうか確認するため振り向くと、ミレイは頬に残った涙の跡を手でこすり「q@ed@)42@?」と何か話し掛けてきた。
また、この顔だ。 泣きそうな、辛そうな、だけど、自分の不幸を嘆いている訳ではない・・・
「ミレイ、泣くな。」
何故だろう。
あぁ、気分が、悪い。


次のページへ

目次へ戻る