Chapter9:sender−Mirei
=ふー・あー・ゆー?=




くすぐったい。 あったかい。
抱っこしたフルは、ずっと頬をなめてくれていた。
レオが戻ってくるまでの間、ニュウが警備役を任されて、せわしなく足元を歩き回っている。
『レオを許してやってくれ。 気付いていなかった訳ではないと思うんだ。』
「・・・うん、そう思う。」
コロシアムに戻るまでの間、ずっと手をつないでくれていたのも、泣いている間背中をさすってくれてたのも、
タンスの裏に隠れていたとき、知らない人たちに捕まっていた時のことを思い出して震えていた私をずっと抱き締めてくれていたのも、
多分、私が脅えていたことにレオが気付いていたから。
オーレ地方に来た日のこと、思ってたよりトラウマっぽいかも。 レオに迷惑かけちゃうかな。


『んで、女の子の隠れてたクロゼットの裏に隠れてたの?』
「うん・・・」
ニュウは黒い4本足で少し歩くと、近くを通りかかるトレーナーにうなりを上げて威嚇する。
威嚇されたトレーナーが遠ざかって行くのを見送ると、フルは腕の中で身をよじって、ニュウのいる通路へと顔を向けた。
『なつかしいな。』
『え? あ、そーだな。 スナッチ団に入ってからやってなかったもんな。』
首をかしげると、フルの額が私のあごに当たった。
ニュウが足を止めてこっちを振り返る。 心なしか、いつもより目つきが柔らかいような気がした。
『かくれんぼ。 スナッチ団首領のヘルゴンザに拾われる前は、オレとフルとレオでよく遊んでたんだ。』
おどけた足取りで5、6歩くらい歩くと、ニュウはニッと笑った。

『ニュウは色々な遊びを知っていたからな。 退屈せずに済んだよ。
 特に『かくれんぼ』はニュウが1番うまかったな。 よく驚かされたよ。』
「?」
『13年前、3人で遊んでいたとき、オレが鬼をやっていたんだが、レオは見つけたんだが、それほど広くもない場所だったのにニュウが最後まで見つからなくてな。
 日が暮れるまで探して、降参して出てきてもらったんだ。
 後で聞いたんだが、こいつ、どこに隠れていたんだと思う?』
「え、どこどこ?」
『へへ、レオが隠れてたトコの、もっと奥。 1人見つけるともういないって思うからサ、意外と見つからないもんだぜ!
 頭いいだろ、オレ?』
普通に遊んでたんだ、レオ。 想像つかないし。
何であんな変な場所に隠れたのか不思議だったんだけど、これで説明がついたワケで。 ニュウにちょっぴり感謝。
フルやニュウと話してるうちに落ち付いてきて、落ち付いてきた辺りで、レオが戻ってくる。
両手に、1個ずつ紙コップ。 動きやすい右手の方に持っているコップを私に渡すと、レオは左手に持った自分のコップを右手に移し、1口飲んだ。
同じような黒い液体だけど、私のコップからは甘〜いチョコレートの香り、レオのコップからは、苦いコーヒーの香りがする。





レオは私と目が合うと、すぐに反らした。
また1口コーヒーを飲み込むレオの膝を、ニュウは額で小突く。
『落ち込むなよ、レオ。 ミレイは怒ってないからさぁ。』
「え、落ち込んでたの?」
口の中が甘い。 少し甘過ぎるけど、オーレに来てから食事全般こんなカンジ。
レオはうつむいていた。 顔を真一文字に横切った白い線は、ピクリとも動かない。
カップの中身はほとんどなくなっていた。 その残りを一気に飲み干すと、レオは空のコップをベンチの上に置く。
「‘フル’‘ニュウ’We participates in the match of 7:45.
 It's finish as soon as possible. You must be guarding ミレイ till then.
『え!?』
「え、何?」
何かに驚いて身体を跳ね上がらせたニュウに向けて、私は身を乗り出す。
すぐにレオに肩を引かれて壁にもたれかかったけど。 両手に持った紙コップの中で、甘いココアがゆらゆら揺れた。

『レオがコロシアムバトルに出るっつーんだけどさ・・・』
「コロシアムバトル?」
『金持ちがポケモンバトルを賭博に使うんだ。 勝てばファイトマネーがもらえるから、旅の資金稼ぎに よく出るんだけどさー・・・』
『・・・よりにもよって、オレとニュウにバトルを降りろって言ったんだ。
 手を抜いて勝てるほど甘いバトルじゃないってことぐらい、判ってるはずなのに・・・』
壁にかかった時計を見ると、レオは立ち上がった。
不規則にパチン、パチンと音が鳴るのは、ホルダーにモンスターボールが取り付けられるとき。
ふと見える横顔は別人みたいで、
なんか・・・恋、しそうになる。
いけない、何考えてんだ、私。 こんな、違う世界の人好きになったって後が辛くなるだけなのに。
『レオ。』
『レオ!』
「レオッ!!」
立ち上がったレオの背中に呼び掛ける。 そこから、言葉が続かない。 言いたいことはいっぱいあるはずなのに。
飲み込むような言葉じゃないはずなのに。
「ミレイ,stay on here.
叩かれた肩から 全身が跳ね上がる。
体の底から沸き上がってくる感情。 怖いのか、切ないのか、緊張してんだか、よくわかんない。
レオが体をひるがえすと、ネイビーブルーのコートの裾がはためいた。
背中を追い掛けようと足を踏み出すのを、フルとニュウに止められる。
『止めておけ、女が見るようなものじゃない。』
横に振られエーフィの長い耳が、ゆらゆらと動いた。
足が動かない。 何か・・・何か言わなきゃ。
相当格好悪く立って、ゲンコツをぎゅっと握り締めると、おなかに力を込めてレオの背中に呼びかける。
「レオ!! ・・・が、頑張って!」
振り返ったレオのまぶたは、いつもよりちょっとだけ開かれてる。
右の親指で自分の首と喉の間をトントンって叩くと、レオは聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声を出した。
「Don't weep.
何のジェスチャーだろう? 考えている間にレオの姿は消えていた。
するべきことが無くなる。 立ってる必要もなくてベンチに腰を降ろすと、何となくため息をついた。





「私、お荷物?」
『人間だろう。』
「そういう意味じゃなくって・・・」
なに、今、素でボケてたの。 フル?
冷めてきたココアを一気に飲み干すと、レオが置いてった空の紙コップと重ねて少し潰す。
ゴミ箱を探して立ち上がると、腰を降ろしていたフルとニュウも立ち上がった。
1歩進むごとに殺気立って周囲に気を配るフルとニュウ。 何もそこまでしなくてもって苦笑したとき、ふと思った。
「そこまでしなくても」じゃなくて、「そこまでしなきゃならない」。 そのくらい物騒な世界なんじゃないかって。
オーレそういう地方で育った彼らは、言わば生まれ付いてのボディーガード。 多少の違いはあれど、ずっとトレーナーを守り抜かなくてはならない。
「・・・怖いね。」
弧を描くようなフルの足取りが、細かくなる。
スタジアム・・・『コロシアム』から大きな声が上がり、うすっぺらな壁を揺らす。
軽く投げて捨てた紙コップは確かにゴミ箱のふちに当たって転がり落ちたのに、聞こえるはずの音は聞こえてこなかった。
外した? そんなはずないのに。 だけど紙コップはゴミ箱の横に転がっている。
拾いに行こうとしたとき、別の人間の手に先を越された。 小さな手は、私より先に床の上のコップを拾い上げるとゴミ箱の中に滑り落とす。


はっきりした目の造りをした子供だった。 細い腕を自分の体の後ろに回すと、小さな身体が一層際立つ。
薄暗い明かりの下、少年だか少女だか判らない子供の顔は黄色い光にさらされた。
なんとなく引っかかるものがあって、無理は承知で尋ねようと近づいたとき、ニュウが私と子供の間に割り込み、相手を威嚇する。
『誰だ、お前!? どうやってコロシアムに入り込んだ!?』
別段気にする様子も見せず、その子供は鼻の上にシワを寄せて牙を向けるニュウを一瞥いちべつすると、
友達に話し掛けるような雰囲気で何気なく口を開いた。
「You came to the aule provinces seventeen years ago.
『なっ・・・!?』
何を言ったのかはよく解らなかったが、相手の言った言葉に対してニュウが動揺したのは確かだった。
髪の間から青い瞳がこちらを向く。
ドキリとした。 黒いまつげと、透明を帯びた青。
視線が合ったのは一瞬、すぐに目を反らすと子供は、小さな唇を動かす。
「Who are you?
「‘ふー・あー・ゆー?’」
いや、他の言葉からしてみればずっと聞きやすい言葉(?)だったけど、何のことだかさっぱり・・・



頭の中にずるり、と、何かを引きずった音が響く。
引きずる音・・・何を?
足、だ。 引きずっていたのは、他でもない・・・私。
身体中に電撃が走る。 脳が眠っていた記憶にアクセスする。
「・・・っ、ぁああぁ――――――――ッ!!!」
『何だ、何があった、ミレイ!?』
フルの声が聞こえる。 でもそれどこじゃない。
思い出した。 この子、初めて オーレに来た日に、やっとの思いで町に辿り付いた私に、水を、差し出してくれた・・・!
「そっか、あの時迷い込んだのってパイラだったんだ! それで助けてくれたのが君だったワケね!
 ありがとう! あの時お礼も言えなくてずっと・・・・・・って、あれ?」
いない、またしても。
話が通じないにしろ、こっちに来てから初めて会った人間だし、何か通じ合えるかと思ったんだけど・・・
また、振り出しかぁ。 私、どうしたら、こっちの人たちと通じ合えるんだろ。
・・・どうしたら、元の世界に帰れるんだろ。





一瞬、静かだった。 フルが怪訝そうな顔をして覗き込んでくるまで。
『ミレイ?』
体が痙攣ケイレンする。 電気に打たれたみたいに。
声をかけたのがフルだって分かって、ホッとしたみたいだった。 なんでそんなに怖かったのかは判らない。
「あっ、大丈夫だよ! 別になんにもされてないし!」
何故か焦って、きっとハタからみたら滑稽こっけいな格好してるんだと思う。
ニュウも動きだし、厳しい顔つきで周囲を警戒する。
どこか噛み合わない気持ちを口に出せないまま、私はほとんど使われていない様子のゴミ箱を尻目にさっきのベンチに戻ってレオを待った。
重みがかかればイスはきしむ。 その『あたりまえ』さえも、怖かった。
ベンチが揺れて、体を軽く揺らす。 顔を上げると、隣にレオが座っていた。
意外に早かった帰りに ちょっと私が目を丸くしていると、レオは黙って手を差し出してきた。
自然とその手を握り返す。 違う、何かが・・・違う。
手を引かれる。 何も告げられないまま、どこかへと連れて行かれる。


違う。


「嫌ッ!! 離して!!」
振りほどいた手首に、手かせが外れたようなジンジンした感触が残った。
自然とついて行こうとしていたフルとニュウが驚いて振り向く。
視線が集まる。 身体の芯が凍る。 私1人、孤立する。

捕まる。
「・・・誰か!!」
逃げなきゃ捕まる、何でもいいから走れ足!
振り返るのが怖い。 フル、ニュウ、今どんな顔してるんだろう、何を思っているんだろう。
「誰かっ、助けて!! 誰かァ!!」
誰かって誰だ。 あぁ、自分につっこむ自分が情けない。
何でレオから逃げてるんだろう、私? 捕まる、誰に? ・・・何で?
戻らなきゃ。 それでレオに謝らないと。 きっと気のせい、そう、気のせいだったんだから。

戻ろうと振り向いた私の前に『手』が伸びてきた。

口をふさがれる。 何も言えなくなる。

そのまま強い力で引かれる。 ヤバイ、首がイキそう。

薄暗い廊下から引き離されて、目の前で閉まる、消火栓の扉。


暗い

暗い

暗い


嫌だ、怖い。
「・・・んんーッ!!」
振り回した腕が相手に当たり、口をふさいでいた手が解かれた。
逃げ出そうと踏み出した足がホースにからまり、私は顔面を地面に打ち付ける。
痛い。 涙が頬を伝って、容赦なく肌を痛め付ける。
助けを呼ばなきゃいけないのに、嗚咽が邪魔をして上手く声が出せない。
「ってぇ・・・オィ、オィ、落ち付けっての。 オレだオレ!」
話し掛けてきたのが誰かは直感的に分かったけど、肩に乗せられた手は条件反射のように払いのけてしまった。
謝ろうにも声が出ないし、多分酷い顔してるから振り向くこともできない。

「マサだよ、マサ! 昼間会ったろ?」
首を縦に振る。 オーレで私の言葉が判るのは、この人くらいなものだし。
どうしよう、振り向けない。 レオを、レオを呼ばなきゃ。
月の形をしたチョーカーを握り締め、指先の感触で喉が痙攣しているのが判った。
少し遠いところにある谷底から風が吹くと、体温が奪われ、ぶるぶるっと体が震える。



私の名前を呼ぶレオの声が聞こえて、私はここにいることを知らせようと呼び返そうとした。
その口をマサにふさがれる。 扉を叩こうとした手は動きを封じられる。
「よせ、アイツらに捕まるぞ!」
「何すんのよ! 捕まるって誰に!?」
私は口にかざされた手を振り払って、言い返した。 こぼれた涙を拭きながら。
直後に気がついて驚き、何も言えなくなる。
月明かりに照らされ、ようやく見える程度だったけど、マサの顔はアザだらけで、ところどころ腫れ上がっている個所すらある。
服もよく見ればボロボロだし、泥のようなものもついている。
「それ・・・」
「あぁ、カネ尽きてきたからコロシアムに出たんだけどよ・・・
 試合が終わった後、妙な覆面被った奴がオレにダークポケモンを渡しながらオマエのことしつこく聞いてきてよ。
 あんまりしつこいから、オマエの居場所聞かれたときに「教えない」っつったら、このザマだ。」
「じゃあ、今、コロシアムの中・・・」
「『コッチの言葉を話せない青い眼の女』を探す連中でイッパイ。
 ・・・っとに、ナンだっつーの。 女なら他にいくらでもいるのにサ。」

・・・マサも判らないんだ。 ダークポケモンが放ってる黒いオーラのこと。
私にしか黒いオーラが見えないんだとしたら、話のつじつまが合うし。
こんなとこまで探しにくるなんて・・・私を捕まえた人たち、相当私が邪魔なんだ。 ・・・レオは?

震える手を反対の手で抑える。
きっと私のこと探してる。 もし、もしレオが私を見付ける前にあの人たちに遭遇したら、捕まるのは・・・
私の代わりに捕まるのは・・・
「・・・・・・!!」
うずくまって、耳をふさいで。 それでどうにかなると思ってる訳じゃないけど、そうせずにはいられなかった。
だって、他に出来ることがないじゃない?
私には、町中を走り回るほどの行動力もなければ、ポケモントレーナーみたいな、知識も、体力もない。
どうすればいいのよ、どうすれば・・・!



「オ、オィ・・・ミレイ、あれ!」
マサに肩を叩かれる。 顔を上げ、目を細めると、あのフラフラ揺れる橋の上をレオが渡っているのが見えた。
誰かが先導しているのが見える。
水色のジャケットにミニスカート、オレンジ色の髪・・・って・・・
「・・・・・・わ、私!?」
「しっ! 見つかる!」
橋の上を渡る『私』が振り向きかけて、私とマサは慌てて壁にへばりつくようにして隠れた。
頃合いを見計らってそぉ〜っと様子を伺うと、レオと『誰か』は既に橋の上からいなくなってて、風がひゅうひゅう鳴る音だけが聞こえてくる。

「どういうことだよ、何でオマエが2人も・・・」
「私じゃない・・・」
指先から震えてくる。 さっきとは違う感覚。
どうしてだろう、何かムカツク。
「あんなの、私じゃない!!」
「オ、オイ・・・?」
「行こう、マサ! バカレオに自分の間違え分からせてやんだから!!」
あんなのと間違えるなんて、レオのバカ!
こうなったらレオのとこに直接乗り込んで、たっぷり文句言ってやるんだから!


次のページへ

目次へ戻る