Chapter10:sender−Reo
=Brave,Drive,Survive.




頬から流れ落ちた血を止めることはしなかった。
これはショーだ。 互いが傷つけば傷つくだけ、観客たちは歓喜し、声を上げる。
幸か不幸か、傷口が焼けたせいでそこから病原体が入ることは考えにくい。
しかし、それをつけたのが自分のポケモンというのは、どういうことだ?


「‘イザヨイ’落ち付け、『あなをほる』!!」
ダメだ、聞こえていない。 何度呼んでも‘イザヨイ’のハイパー状態が治まらない。
コロシアム中央にいるマグマラシは唸りを上げ、無謀な量の炎を吐いたり止めたりを繰り返している。
バトルの方はハーベストが1人でしのいでいるが、そろそろ限界だ。 交代させるべきか。 しかし、他に戦えるポケモンもいない。
呼び続けるしかない、声が届くまで。
「‘ハーベスト’相手の動きを止めろ!! ‘イザヨイ’『ダークラッシュ』!!」
相手の攻撃をかわしたハーベストは身軽に身体の向きを変えると、逆さまになったまま相手へと頭を向け、白い粉を吹きかけた。
片方の動きは鈍るが、もう片方のポケモンは確実にハーベストを上回る速度で興奮ハイパーの収まらないイザヨイを組み伏せる。
イザヨイは声を上げると、背中から炎を噴き出し相手を振り払う。 次の指示が出る前にイザヨイは炎を噴き、組み伏せた相手を黒い物体に変えていた。
あれは条件反射、奴は恐らく自分が何故戦っているのかすら理解していない。
にも関わらず、あの戦闘力・・・フルやニュウと同じように戦わせるのは、かなりの危険が伴うことになるな。

相手のポケモンは残り1体、今しがたハーベストが『ねむりごな』を吹きかけたせいで、動きはかなり鈍い。
トレーナーは声を張り上げて呼び掛け回復を図るが、もう遅い。 ハーベストに出した『ダークラッシュ』の指示で、勝負は決着を迎える。
フィールドから相手のポケモンが去り、2匹のダークポケモンが残された。
勝負が終わってなお、イザヨイ、ハーベスト共に緊張が解けていない。 見えない敵を、探すような仕草。
「‘イザヨイ’‘ハーベスト’バトルは終わった。 戻って来い。」
耳を上下させ、フィールドの中央にいたポポッコはバトルの時と同じ動きで飛び上がると、比較的遅いスピードで足元に降りてきた。
モンスターボールに入る瞬間も、ハーベストは俺と目を合わせることがない。
人から奪い取ったポケモンだ、多少懐かないのは仕方ないが、トレーナーの様子を見もしないとなると異常だ。

イザヨイはまた指示を聞いていなかった。 バトルが終了し何事もないうちに帰ろうとする相手トレーナーに向き、唸り声を上げている。
相手の足が動くたび、イザヨイは体を揺らす。 ‘敵’の認識。
止めなければ。


STOP IT止めろ!!!」


イザヨイの身体が動いた。
身を引くと、首を俺のいる方へと回し、瞬きをする。
「戻れ。」
視線が合う。 イザヨイの頭と背中で燃えていた炎が消え去った。
左の前足をかばうような動作で走って戻ってくると、イザヨイは1度止まってからモンスターボールの中へと戻る。





無事に終わったのだろうか。
多少のダメージはあったが、昼間ゴロツキ6人とやりあった時ほどではないし、トラブルなくファイトマネーも受け取った。
全ては滞りなく進んでいる・・・はず。 しかし、何かを見落としているような感覚があるのは、一体何故だ?

「ミレイ、終わったぞ。」
控え室で待っている彼女に呼びかけるが、返事がない。
昼間、あのミラーボという男から隠れた時に 無理矢理狭い場所に押し込めたのが、余程ショックだったのだろうか。
宿は安全性の高い場所を選ばないと、ミレイが参ってしまうだろう。
元よりそのつもりだが、水と食料を買い足したら出来るだけ早くこの町から出ていきたいところだな。
「ミレイ?」
「おやぁ、誰を探してるのかな?」
「!?」
振り返るとフルの尾が膝に当たった。 ニュウが後ろを向いたまま走りよって来る。
2人とも誰か別の人物と一緒にいたようだ。 ミレイでは、ない。
「フル、ニュウ、何してる!? ミレイを守ってろと言った・・・はず・・・」
ブーツのつま先を床に打ち付けた。 ‘奴’のクセだ。
フルとニュウと共にいたのは『誰か』ではなかった。 レオと全く同じ顔をした、青いコートの男。
こんな事が出来るのは、‘奴’しかいない。


「‘フェイク’お前か。」
「ざ〜んねん! ボクはキミのドッペルゲンガーさ、この姿を見たキミレオはいずれ死んでしまうんだよ。」
「お前の戯言に付き合っている時間はない。
 フェイク、スナッチマシンを取り戻しにきたのか?」
自分レオの姿をしたフェイクは首を傾げると、ブーツのつま先を床に打ち付ける。
「まぁ、レオの変装しててもスナッチマシンはお前の持ってる1台だけだしな。 しまらねーっていうか?
 ところで、誰か探しているみたいだったな。 もしかしてレオが探してる奴って・・・」
フェイクは自分の顔に手を当てると、現役時代と変わらぬスピードで面相を変えて見せる。
黄色い肌にオレンジの髪、青い瞳。 目の前にいるのは確かにフェイクだが、その人相は、間違いなくミレイ。
「こんな顔か?」
驚きを隠すことは出来なかった。 相手フェイクは感情の変化を見抜く達人だ、ごまかしは効かない。
フェイクがミレイの顔を知っているということは、ミレイはスナッチ団の手に落ちたのか、それとも、フェイクが1人でさらったか。
ニュウが足元を走り回り、何度も俺に向かって吠える。
「・・・ミレイ、隠れてるなら出て来い! ミレイ!」
念のため呼んでみるが、返事はない。
「へ〜え、レオも大声出すのな。 でも無駄無駄、届くわきゃないっつうの。」
「何が狙いだ。」
「とりあえずぅ、アタシについてきてもらいましょーか?」
手早く服を着替え、完全にミレイと同じ服装になるとフェイクは女の声で命令を出す。
ミレイの容姿を真似ることは出来ても、使う言語までは調べることが出来なかったらしい。
スナッチ団一の変装の名人でもここまでしか真似られないということは、少なくともこのオーレの中で完全にミレイに化けられる人間はいないということだ。
本物のミレイが現れた場合、俺はそれを見分けることが出来る。
考える間に、フェイクはミレイの姿をしたままコロシアムの外へと歩き出した。
歩き方1つ取っても彼女とは微妙に違っていた。 俺はその後について歩く。
フルが少し驚いていた。 なぜ、「ついていくしかない」だったのか、自分でも解らない。
後から考えてみれば、他にも選択肢はあったはずだ。





フェイクは廃ビルの前までやってくると、停止した。
既に四方八方から見張られている。 だが、その視線がスナッチ団のものではない。 フェイクが雇ったゴロツキたちだろうか。
ガラスの砕け散った廃ビルの入口には、KEEPOUT立入禁止と書かれた黄色のテープが張られている。
ミレイと出会う前、スナッチ団のミッションで爆破した、あのビルだ。
「骨拾いでもさせる気か?」
「アハハハハ! レオ、キミも冗談言うようになったんだねぇ。 元同僚として嬉しいよ。
 でも残念ながら、ここでお別れさ!」
細い手に背中を突き飛ばされ、俺は廃ビルの中へと追いやられた。
「屋上に上るんだね。 キミの友達がいるはずさ。」
声を上げると、フェイクはミレイの姿のまま顎でビルの奥を指し、中へ行くよううながす。
ここまでついてきた以上、逃げることも戻ることも出来ない。
灯かりのない部屋を階段を探し歩こうとすると、足がガレキにぶつかった。 30分前までスポットライトの当たるコロシアムにいたせいで、目が慣れていない。
徐々に暗がりに目を慣らしながら手探りにも近い状態で階段を探し当てる。
ススで汚れてはいるが、崩れ落ちている訳ではなさそうだ。 いつも以上に慎重になりながら階段を上ると、俺はモンスターボールに手をかけた。
戦うことに関してどうだかは判らないが、潜伏するのはあまり得意ではないと見える。
2階より先、人の気配と殺気が、消えない。


誤って蹴飛ばした空き缶の転がる音が、バトル開始の合図となった。
どんな状況が待っているにせよ、ここであまり体力を消耗させたくはない。
真っ先に飛び出してきた人間が投げつけてきたモンスターボールらしき物体をかわすと、1人目をかわし薄暗い廊下を走る。
走りながらイザヨイのモンスターボールを開くと、前方へと向かって『かえんぐるま』の指示を出した。
この狭い空間を利用し、他のポケモンを出さずに走れば上手くいけばノーダメージで切り抜けられるはずだ。
ところが、イザヨイは命令を無視すると割れた窓からビルの外へと飛び出した。
「・・・イザッ・・・!?」
窓の下を確認するが、イザヨイの黒い背中のせいでほとんどどこにいるのかも見当がつかない。
潜んでいた人間が金属バットのようなものを振り回してきたせいで、窓から離れざるを得なくなる。
やむを得ず別のモンスターボールを取り出したとき、窓の下から赤い炎が上がるのが見えた。 何かと戦っているのだろうか、階下からは不規則な足音が響く。
だが、こちらも構っていられるほど余裕がある訳ではない。
イザヨイはかなりの戦闘能力を持っている、簡単にはやられないはずだ。
後で迎えに行けばいい。 そう結論付け先を急ぐ。 モンスターボールから放ったニュウの黄色い輪は光を受けずともはっきりと見える。
相手からしてみれば格好の的となるわけだから、出来れば出したくはなかったが、今はこれしか出せるポケモンがいない。
向かってくる相手は逃げずにニュウの技を使って倒す。
階段を駆け上がると、思いの他大きな音が立った。

3階を抜け、追いかけてくる人間たちを防ぐため鉄の扉に錠をかけた。
階段を1つ上がり、4階についたのかとも思ったのだが、このビルの3階以上は存在しないらしく、既に目的の屋上へと辿り着いている。
一息つく。 ひとまず、ここから見える範囲にミレイはいない。
見えるものといえば、ビルのすぐ裏にある切り立った斜面がむき出しになっている山のようなものと、その前で眠っている男。
それと階段とは別に作られた、小屋のようなものが1件。 ブラインドで閉め切られてはいるが、中から明かりが漏れている。 あの中にミレイはいるのだろうか。
眠っている男を起こさぬよう、足音を潜めながら屋上を横切る。
明かりの灯る小屋のノブに鍵はかかっておらず、薄いそれは何の抵抗をすることもなく開いた。
急に彩度の上がった空間に目を細めながら進むと、120インチほどのスクリーンと、その手前にいる女2人が真っ先に目についた。
視点を変えると、部屋の隅で男が1人、体中を負傷した状態で転がっている。 確か、昼間すれ違った男、シルバという名だったはず。
「わざわざそっちから来てくれるとは、どーも。」
見ている範囲が変わる。 女2人組、背が高く紫色に髪を染めた方の女が軽く肩をすくめた。
「探す手間が省けたね。」
女のモンスターボールを構える手に、ニュウが低くうなりを上げた。
2人に悟られぬよう、もう1度部屋の中に視線を這わせるが、ミレイの姿は見つからない。
代わりに、背の高い女の後ろに隠れた一見少女のようにも見える小さな女が、うつむき加減に笑うのが見えた。



「スナッチ団ではないな、何者だ?」
「おや、案外頭悪いんだね。 あんた、自分が質問出来る立場だなんて思ってたのかい?」
背の高い方の女は右手でボールを投げると、こちらへと向き直った。
もう1人の女が笑う声が大きくなり、高い声は部屋を反射する。
「おバカさん♪ おバカさん♪」
「答える必要なんてないよな、ブレス? だって、こいつ、今からここで、死ぬんだから。」

「スーラ、スーラ、もうやっちゃっていいね?」
飛び跳ねるような歩き方で前へと歩いてくると、背の低い、ブレスと呼ばれた女はモンスターボールを投げる。
着地する直前、彼女はモンスターボールを蹴った。 ボールの軌道は変わり、ほぼ水平に飛んできた球体は俺の目の前でポケモンを開放する。
右腕に痛みが走る。 牙が突き刺さっている、小型の灰色をした、恐らく水タイプのポケモン。
ニュウが敵のポケモンを追い払おうと飛びかかるが、スピードが足りず灰色のポケモンは攻撃が届く前に抜け出した。
コートに開いた穴から血が流れ出す。 深い傷ではないが、放っておけるほどでもない。
身構えると、背の高いブレスと呼ばれていた女が笑った。
「っとに、頭悪いね。 ここで抵抗したらどうなるかってことくらい、解るだろ?」
ブレスという女は自分の腰から曲がった筒状のものを取り上げる。
黒光りするそれは、細身の銃だった。 紫色の唇に舌を這わせると、ブレスは慣れた様子で撃鉄を起こす。

「・・・戻れ、ニュウ。」
指示を出す。 腕から流れ落ちた血が、床に丸い模様を作っているのが見えた。
モンスターボールへと戻ったニュウをホルダーにつけると、ブレスはモンスターボールを床に叩き付け、開く。
「マンタイン、『バブルこうせん』!!」
2メートルを越す平たいポケモンは翼のようなものをはためかせると、白い泡をまとった水流を発射した。
打ち付けられると、身体に衝撃が走り、その場に止まることが出来ず部屋の隅まで吹き飛ばされる。
左足がシルバの腹を打ち、その衝撃で彼の体が大きく跳ねた。
スーラとブレスの持つポケモンたちは、体勢を立て直そうとする俺に視線を向けたまま、音が聞こえるほど荒く息を吐いている。
「・・・まさか、そのポケモン・・・」


 《そのとーりッ!!》

突然大型スクリーンの電源がつき、上から下から金色の服を着た男が画面上に現れた。
昼間の、ミラーボという男だ。 モニターの向こうにいる男は声高く笑うと頭以上に大きなアフロのついた首を揺らす。
《だぁ〜い正解だよ、キミぃ〜。 彼女たちが持っているのは、間違いなくダークポケモンさ!》
「うっ・・・ミラーボ・・・!!」
横にいるシルバがうめいた。 どうやらさっきのショックで目覚めたらしい。
スピーカーから流れる音声の中に、甲高いポケモンの鳴き声のようなものが混じっているのに気づくと、シルバは倒れたまま拳を強く締めた。
隣にいるシルバを気にすることなく、ミラーボは画面越しに俺へと向けて話しかけてくる。
《キミだね〜、散々シャドーの邪魔してる少年は。 ふほほ〜、初めましてとでも言えばいいのかなァ?》
「何者だ? 何故、俺と彼女を狙う?」
問いかけると、スクリーンの中にいる男は高い声で笑い、アフロをゆさゆさと揺らした。
《ふっほほほ〜! 本当になァんにも知らないんだねぇ!!
 ・・・っざけんじゃねぇよっ!! フェナスのみならずパイラでもダークポケモンスナッチしやがって!!
 おかげでこっちの計画狂いまくりだっつーの! おちおち報告も出来やしねぇじゃねえかッ!!》
早口で一気にまくしたてると、ミラーボは一息ついて、球形でなくなり始めたアフロを整えた。
サングラス越しの視線に、殺気を感じる。
鼻から強めに息を吹き出し、口元を動かすと、一言だけ言ってミラーボは一方的に会話を切った。
《・・・さよならァ。》


スーラの持っていた銃が火を噴き、肩を撃ち抜かれた。
足がついていかず、壁に背中を打ち付ける。 体が思うように動かない、息を荒げることすらも。
背が壁を伝い、落ちていく。 立たなければ。 瞬時のことに反応出来なくなる。
「・・・昼間の・・・ごめんなさい、ミラーボの仲間じゃなかったんですね。」
倒れたままのシルバが、声を上げた。
「さっき、ミラーボの声に混じってプラスルの声が聞こえたんだ。
 ・・・ギンザルさん、大切なポケモンを人質に取られて・・・だからミラーボに逆らえなかったんだ・・・!」
拳銃の撃鉄が起こされる音が聞こえる。
視界の端に映るシルバの背は震えていた。 俺は、大きく息を吐く。
「・・・ごめんなさい、ギンザルさん・・・ごめんなさい・・・!」
「おい、シルバ。 お前ずっとこの部屋にいたんだろう。
 ・・・この部屋に、髪をオレンジ色に染めた女は、来たか?」
向けられる銃口に目を向けながら、右腕がどこまで動くのか試してみる。
腕そのものは機能するが、指先などの細かい部分は思うようには動かせないようだ。
その確認をやっている間に、シルバは小さく首を横に振り、身を動かせなくなるほどに体に力を込めた。
「いいえ。」
「・・・そうか。」

銃声が響いた。
右腕を振り、ホルダーからモンスターボールを落とす。
呼び出したフルの『リフレクター』に勢いを殺された銃弾は頬をかすめ、血のついた背後の壁にめり込んだ。
「シルバ、ダストシュートに飛び込め!」
動く左手で残りのモンスターボールをホルダーから弾き飛ばしながら銃を持つスーラへと突っ込む。
相手が再び撃鉄ハンマーを引く前にその手に一撃を与える。
「‘ハーベスト’『ダークラッシュ』!!」
開閉スイッチが押されないまま数度床を跳ねたモンスターボールが開き、現れたポポッコが灰色のポケモンを弾き飛ばす。
「チッ、マンタイン『バブルこうせん』!!」
「‘ニュウ’!!」
暴れだそうとするマンタインの真下へと回り込むと、ニュウはそれほど強くはない攻撃を加え攻撃の軌道をずらした。
天井に跳ね返った水が飛び散り、床の赤い模様が広がっていく。



「‘フル’『ねんりき』!!」
走り回るエーフィの額が光ると、マンタインの巨体が巨大モニターへと打ちつけられる。
撃鉄の音が聞こえ、振り向くと落ちた銃を拾い上げたブレスが笑いながらこちらへと銃口を向けていた。
とっさにかがみこみ、スーラの足を払う。 発射された弾丸は2人の頭上を通過すると、ブラインドを突き抜け窓ガラスを割った。
「ブレス! 少しは方向考えて撃ちな!」
「ざんね〜ん! もー1回チャレンジ♪」
向けられる銃口を避けながら、活路を探そうと周囲を見渡した。
あまり極端に動き回ることは出来ない。 確実にこの2人の下から抜け出し、奴らよりも早くミレイを探し出さなくてはならない。

「‘ハーベスト’後ろの紐を引くんだ、ブラインドを開けろ!!」
ポケモンたちに銃口が向けられないうちに、ブレスに攻撃を加える。 両腕は使い物にならず、回し蹴りを打つが、バック転でかわされた。
ハーベストは命令に従ってはいるが、紐が上手く掴めず、ブラインドの周りを何度も行き来している。
長居はしていられない。 持ってきた空のモンスターボールを手に取ると、スナッチマシンのスイッチが入る。
チャージ完了しないうちに接近してきたスーラに向けモンスターボールを放つと、女は悲鳴を上げ、その場に崩れこんだ。
「運が良かったな。
 お前たちの探す『彼女』がいたら、お前たちのダークポケモンは全てスナッチしていただろう。」
ゴーグルを下ろす。 ハーベストがブラインドを開けるのに成功し、穴の開いた窓がむき出しになった。
ブレスへと向かってフェイントを仕掛け、手にした銃を使わせるタイミングを失わせると、ガラス窓を蹴破り、外へと飛び出す。



悲鳴が上がり、熱が頬を伝う。
ミレイだ。 屋上の端で、さっきまで眠っていた男に捕まっている。 イザヨイが守ろうとしているが、彼女が男に手首を掴まれているせいで下手に手出しが出来ない。
ビル裏の山に穴が開いていて、彼女はそこに引きずり込まれようとしているようだ。
小屋から飛び出してきたフルとニュウを背に乗せ、安全な場所に着地させる。 肩の銃創が痛むが、彼女を奪い返すスナッチする方が先だ。
「‘ハーベスト’ついてこい!!」
宙を蹴ってハーベストは割れた窓から飛び出す。 ミレイと男へと向かって走りだすと、銃を持ったままブレスは扉を開けて追いかけてきた。
洞窟の入り口が音を立てて崩れていく。 何者かが意図的に力を加えたようだ。
先行したニュウが男に飛びかかり、ミレイと男を引き離すことに成功するが、背後でブレスが銃を構えているのが見える。
今避けたら、確実にミレイに当たる。
走る速度を上げると俺は山の裂け目へと飛び込み、ミレイを抱えて倒れこんだ。 発射された弾丸が、岩山に当たって高い音を立てる。
足元に岩の塊が落ちてくる。 洞窟の崩壊は止まりそうにない、早く避難しなければならないが、思うように身体が動かない。
腕をどかすが、ミレイは気絶しているらしく、反応がない。
落ちてくる岩に目を向け、何とか移動手段を探そうと辺りを見回していると、突然首の後ろを誰かに掴まれた。


体が宙を飛ぶ。
洞窟の奥に飛ぶ体がミレイを置き去りにしないよう、抱える腕に力を込めた。
地面を転がった後、崩壊する洞窟の入り口が完全に塞がっていくところが見えた。
何かが俺とミレイを見下ろしているのに気付いた後、暗闇に視界が完全にふさがる。
目の前は、真っ暗だった。


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