Chapter10:sender−Reo
=Brave,Drive,Survive.




痛みからか、体が動かなかった。
今、自分が置かれている状況を思い出す。 誰かに服の背中をつかまれ、ミレイ共々、洞窟の奥へと放り込まれた。
当の彼女は真上から俺のことを覗き込んでいて、俺は洞窟の中で転がっている。 ということは、気絶していたのは、彼女ではなく、俺か。
ポケモンたちは同じ洞窟内に逃げ込んだらしく、時々視界の端に映っては移動していく。
全員無事だという事実が明らかになると、何故か息苦しさがやわらいだ。
「9tZqレオt@6gutZqo0qds@4d94ts
「・・・また泣いていたのか。」
淡く、彼女の青い瞳が光っているのが見えた。 薄明かりに照らされたミレイの頬も光っているのが解る。
右腕は使い物にならず、左腕はスナッチマシンに固定されている。
足で反動をつけると、俺は転がって起き上がった。 肩の傷が痛み、顔の筋肉が反応する。
これには驚いた。 スナッチ団に拾われてから、痛みを痛みとして感じることなどないと思っていたのに。

「レオ、at@qhxyw@w.
ミレイの声が響き、そちらを向く。
明かりがあるとはいえ薄暗く見えづらいが、彼女の服に赤いものがこびりついている。
「怪我したのか、どこだ?」
「at@4Zb;レオka
手を振り払うと、ミレイは差し出そうとした俺の腕をつかんだ。
再び肩に痛みを感じ、顔の筋肉が引きつる。 それと共に今度は辺りが薄暗くなったように感じた。
目が見えず、ミレイが立ち上がる気配だけを感じ取る。 彼女はフルに何か喋りかけているようだったが、それすらもよく聞き取れなかった。
自分に体力が戻っているとは到底思えなかったが、ここでじっとしている訳にもいかず、立ち上がる。
案の定、平衡が保てずしゃがみこむことになったが、少しするとそれは和らぎ、もう1度立てるまで回復した。


ミレイが静止させようとするのを振り切って立ち上がろうとしたとき、音を立て、足元に小さな箱状の物体が転がってきた。
ニュウが鼻先で転がしてきたそれは、市販されているポケモン用の消毒剤だった。
何故そんな物が、と 顔を上げると、闇にも近い暗さでほとんど輪郭しか見えないが、この穴の、ここよりも奥にポケモンが1匹いて、こちらのことを見ている。
1歩下がったところでミレイが腰を折って頭を下げる。 指先で背中を叩くと、俺にも話しかけてきた。
「レオ、3kbダークポケモンuk
 p@Zqed@2@yk-4t@zoefr@ukiqr:wh;qk9
何を言っているのかさっぱり解らないが、あのポケモンがダークポケモンなのだということだけは解った。
モンスターボールは持たず、左腕のスナッチマシンを輪郭だけのポケモンに向ける。
「スナッチするのか?」
一瞬ミレイは戸惑ったようだが、首を上下に振った。
「‘スナッチ’
「・・・All right了解。」
空いているモンスターボールを手に取ると、すぐさまスナッチマシンは反応しエネルギーが腕を伝う。
倒れそうになるが、少なくともこの洞窟から、出来ればこの町から出るまで、身体を持たせなければならない。
精神は足に集中させ、避ける気配のないポケモンにモンスターボールを当てた。
ミレイが走り、消毒薬と一緒に転がったモンスターボールを拾ってくる。
戻ってきて、彼女がそれを差し出すと、俺は受け取る代わりに左手でホルダーを指した。
首をかしげるミレイの手から、右の手を使いモンスターボールを取り上げ、ホルダーへとつける。 かなり血がついたが、仕方がない。
彼女の手にスナッチマシンが当たらないように左手で消毒薬を取ると、それを服の上から傷口に噴きかける。
「進むぞ、ミレイ。」
痛みは変わらないが、動くことは出来る。 この感覚は、スナッチ団にいた頃と同じだ。
先に進むなら、今しかない。



腕を伝い流れ落ちる血を止めることは出来なかったし、ミレイとポケモンたちを連れた状態で足音を潜めることも出来なかった。
無防備に足音を響かせながら洞窟の中を歩く道中、俺はスナッチ団のミッション以上に辺りに警戒を払うことになったが、どういう訳か、ミラーボやフェイクの手下らしき人間は現れなかった。
奥深くから水音が聞こえ、風も流れてきている。
進めば外へ出られる可能性はあるが、場所が場所だ。 何かしらの敵が待ち受けている可能性の方が圧倒的に高い。
ニュウなどのポケモンが発する光に肩から流れる血の臭い。 狙い撃ちを受ける可能性も高い。
歩き続ける間、不意の攻撃を受けたときどう行動すべきかを考え続けていた。
同時に、何故自分がそんなことを考えているのかが分からなかった。
逃げるか倒すか、選択肢はその2つだけだったはずだ。

俺たちは天然の洞窟にはあり得ない階段を下った。
地表はパイラの土の茶色からコンクリートの灰色へと変わり、強くなった水音の元がコンクリート造りの道の脇を通る水道から発せられるものだということが解る。
同時に、気温が5度前後冷え込んだ。 この場所にいることによって、確実に体温は奪われている。
早めにこの場所を立ち去りたかったが、全員の歩調が合わず、それは叶いそうになかった。
俺自身、いつもより動きが鈍っているのには気付いていた。
だが、これだけ無警戒に近い状態で狙われないはずもない。 視界の端で、ミレイがホルダーからモンスターボールを外す音に驚き、跳ね上がっているのが見えた。


無意味に戦いに発展させるのは避けたかったので、立ち止まりはしたが、敵意をむき出しにするポケモンたちを止めることはしなかった。
背後に男と女が1人ずつ。 あからさまな武器は持っていないが、無事に帰す気はなさそうだ。
「進め。」
ピンク色の戦闘服を着た女が喋る。
真正面に巨大な開き戸がある。 罠か、敵の懐に飛び込んでしまったのか、どちらにしろあまりいい状況とは言えない。
向こうの言葉がミレイに伝わっているはずもないので、彼女を相手に気付かれないように誘導しなくてはならない。
1度考えるフリをすると、相手を避けようと近寄ってきたミレイの手を取り、扉へと向かって歩き出した。
既に血のついていない面がなくなりかけている右手は、感覚こそあるもののチカラは入りそうにない。
自分が気を失いかけていることに気付いた。
歩きながら、何かを考えていたように思う。 今となっては、覚えてはいないのだが。

扉を開くのは、左手でよかった。
左腕に巻きついたスナッチマシンは起動せず、扉に2人が通るだけの幅を開いた。
フルに先頭を行かせ、ニュウに背中を守らせる。 中で待ち構えていたミラーボを見て、俺がここに来た経緯に自分の中で説明がついた。
「ふほっ、よく来たねェ! 逃げ出したかと思ってたよ〜。
 キミがあんまり待たせるからさァ、た〜っぷり踊っていい汗かいちゃってたりなんかしたりして。」
全員通った後の扉は、背後で音を立てて閉まった。
逃げ道がなくなるのは好ましいことではないが、背後から奇襲される可能性を考えるとこれでも良いのではないかと考える。
「しかし、まあ、キミたちとことんジャマしてくれたねえ。
 おかげでこっちは大忙し、ジャキラ様からお叱りをうけないうちに早くキミたちを片付けたいんだよねェ。」
「‘シャドー’か?」
「その通り、頭がいいねェ。 キミの後ろにいる女の子がボクたちの作ったダークポケモンを見分けちゃったりしてるせいで、
 おまけにキミが・・・そのダークポケモンを片っ端からスナッチしてくれるせいで、計画が狂っちゃってるんだよね〜。」
相手の声色が変わっていく。 ミラーボは片手でサングラスの端を上げると殺気を放ちながら俺とミレイを見た。
攻撃の予兆を感じ取る。
「これがどういう意味か解るかなァ? 解るよねェ、賢いキミだもの。
 そう、キミたちさえいなければ・・・全部上手くいくんだよねェ。」

四方でモンスターボールの開く音が鳴る。
「走れ!」
肩を撃ち抜かれた腕では、ミレイの手のひらに刺激を与えてこちらに気付かせるのが限界だった。
反応の遅れたミレイをフォローしようとニュウが相手との間に割って入り、彼女の代わりに攻撃を受ける。
アメフトボールのような物体が胴に刺さると、割れた先から緑色のツルのようなものが生え、ニュウの体に巻きついていく。
「ニュウ!?
立ち止まってニュウに叫びかけるミレイに向かってニュウは吠える。
ミレイとつないでいた手が離れ、足が地面から離れる。 水流に押し流され、俺は鉄板の打ちつけられた壁に叩きつけられた。
衝撃でほとんど目が利かなくなる。
「女の子には優しくしてあげなくちゃねぇ?」
「・・・‘イザヨイ’ミレイにつけ! ‘フル’!!」
ミラーボが歩き出そうとした気配を感じ、モンスターボールの外にいるポケモンたちに指示を出す。
炎の熱が顔を伝う。 ハイパー化してミレイに襲い掛かっていなければいいのだが。
壁を背に立ち上がると、すぐそこまでミラーボは迫っていた。
人の背ほどある緑色のポケモンを2匹従え、唇の動きから笑っていることが解った。 全く同じポケモンがもう2匹いて、そちらはミレイを追っている。
足元にフルがつき、ミラーボを威嚇する。 指示は出していないが、ハーベストも動き出しミレイを追うポケモンたちの上を飛んでいた。
だが、ハーベストは相手に攻撃を与えているという訳ではなかった。 相手の攻撃を避けられる距離を保ち、何度かこちらに視線を向けている。
「‘ハーベスト’=wねむりごな』!! ‘フ・・・・・・!!」
指示をさえぎられる。 腹に衝撃を受け、息が止まった。
相手の5匹目のポケモンが、目の前にいる。 周りの緑色のポケモンたちよりもはるかに身長の低い、枯れ木のようなポケモン。

「ダークポケモン!
ミレイの声が遠くに聞こえる。 洞窟とはいえ部屋の中だ、それほど距離は離れていないはず。
倒れ掛かった体を持ち直すため、足に力を込める。 痛む腹を押さえることは出来ないが、そう離れていないはずの相手の姿を探す。
「可愛くないねェ。」
右前方。 フルに、指示を。
「‘フル’『ねんりき』!!」
尾を震わせると、足元のエーフィの周りに風が巻き起こる。
はっきりと攻撃の気配は感じ取ったが、手ごたえはない。 相手に、避けられた。
別の攻撃の気配を感じ、体をひねると何かの衝撃を受けてすぐ側の壁が陥没した。
ミラーボの出したダークポケモンは真横だ。 フルに指示を出すと「ねんりき」を使い相手を追い払う。
「あぁ、可愛くないともさァ。 キミたち2人おとなしくしてさえくれれば、オーレは何の問題もなく平和でいられちゃうのにさァ?
 ボクの華麗なステップで蹴散らしてやるさ、あの方からご褒美をもらっちゃうのは、このボ・ク。
 ルンパッパたち!! やっておしまい!」
指示が出ると、緑色のポケモンは鳴き声を上げて飛び掛ってくる。 何とかかわすが、足を取られすぐには起き上がれない。

フルに指示を出しながら後方に回転して体勢を立て直す。 ミレイの悲鳴が上がる、それとほぼ同時に金属の壊れる大きな音が聞こえてきた。
振り向くとミレイについていた緑色のポケモンの1匹が自らの技で部屋の奥につけられた扉を壊していた。
もう1匹の方はハーベストの『ねむりごな』が効いたらしく、今も眠ったままだ。
「ふっほほほ〜! よそ見してる場合?」
風を切る音が聞こえ、ダークポケモンの攻撃が迫る。
身をよじり、急所に直撃することは免れるが、攻撃は撃ち抜かれた右の肩に当たった。
痛みで意識が飛びそうになる。 相手の動きに逆らわず、倒れる手前で踏み止まるのは困難なことだった。
「‘ニュウ’ミレイを守れ!」
駆け寄ろうとしたニュウに全く別の指示を出す。 ミレイは緑色のポケモンが壊した扉から部屋の奥へと逃げ込み、姿は見えない。
誰かが笑う声が聞こえてくる。 何かを言っていた気がするが、ほとんど聞き取れない。
枯れ木のような姿をしたダークポケモンは緑色の腕を振り回すと、直接俺に向かって攻撃してくる。
直前でフルが『リフレクター』を張るが、それだけでは防ぎ切れず、弾き飛ばされたフルと一緒に俺の体は宙を飛んだ。



いつ仰向けに横たわったのか、覚えていなかった。
起き上がろうにも手足が動かず、自分が今置かれている状況すらつかめない。
上がっている自分の息遣いに混じって、ミレイの声が聞こえた。 続いて、金属を叩くような音と、誰かが近づいてくる足音も。
「やってくれるじゃな〜い? ボクの可愛いルンパッパを1匹とはいえ倒しちゃうなんてさァ?
 キミたち許さないよ、まぁ、元から許すつもりなんてないけどね。 ふほっ!」
新たなポケモンを差し向けようとするミラーボに、ミレイの周りについていたポケモンたちは殺気立った。
「・・・お前に・・・・・・」
口が動いた。 鳴り続ける金属音を聞きながら、こちらに目を向けたミラーボを見る。


「お前に、未来を決定出来るほどの価値はない。」
ミラーボは一瞬痙攣したような動きを見せた。
奴が俺のわき腹を蹴ったことでミレイが悲鳴を上げる。
2発目の攻撃が来なかったのは、ミラーボが攻撃に失敗したのは、その弾みで、ホルダーにつけたままだったモンスターボールが開いたからだった。
スナッチしたばかりのダークポケモンはミラーボの足を掴むと、小さな体に見合わないチカラで奴を投げ飛ばした。
「q@/
「ア゛ア゛ア゛アァァァッ!!!」
ミレイの声を無視し、呼び出されたダークポケモンは咆哮すると自身が投げ飛ばしたミラーボへと向かい、走り出す。
起き上がったミラーボに振り払われるが、声を上げるとさらに攻撃を加えるべく相手へと向かっていく。


「‘crescentクレセント’」
俺は、暴れようとするダークポケモンへと向かって呼びかけた。
攻撃を中止したポケモンは振り返る。
「お前の名前だ。」
小さなポケモンに向かい、俺は補足する。
正式な名も知らないポケモンはその場で止まると、あまり動かない瞳孔をこちらへと向けた。
ミラーボが立ち上がると同時に、何かが壊れる音とミレイの声が聞こえる。
だがそれには全く気付いていない様子の奴は、不自然に顔を引きつらせながら俺のことを指差し、枯れ木のような姿をしたダークポケモンへと指示を出した。
「・・・おのれぇ、コケにしやがって!!
 ダークウソッキー! 殺せ! 奴らの息の根を止めろ!!」
わずかの時間を置き、枯れ木のようなポケモンは倒れたままの俺へと向かい攻撃を仕掛けてくる。
相手の動きに反応し切れない俺の前に立ったのは、フルと、たった今クレセントと名付けたばかりの小さなポケモンだった。

クレセントは振りかぶった相手の腕を取ると、体をひねった。
相手の体を前に崩すと、その腕を掴んだまま前方へと体重をかけ、自分よりはるかに大きなダークポケモンを投げ飛ばす。
投げ飛ばされたダークポケモンは逆さまになったまま俺の後ろの壁に激突すると、気絶して動かなくなる。
見たことのない技に、ミラーボは唇を震わせ、その場で1度大きな足音を立てた。
「おまえらぁ〜・・・骨一本残ると・・・」





「イザヨイ5yjh
突然床の上に黒煙が広がり、視界を奪う。
煙を蹴り上げながら走ってきたのはミレイで、俺の上半身を起こすと赤くなっている鼻をこすった。
いつの間にか彼女が抱えていた小さなポケモン『プラスル』が鳴き声を上げると、彼女は首を縦に振って煙の向こうを指差す。
「3cbq@9
黄色い、小さなプラスルというポケモンはもう1度鳴き声を上げると、体から突き出た手から電気を発し、火花を散らす。
1度止まると、目の前にいるポケモンは自らが発した火花の固まりを黒煙の向こう側へと投げつけた。
火花は弾け、黄色い光となる。 それがフルも使う『てだすけ』という技だと理解したとき、大きな音がして洞窟全体が振動した。

「うぎゃ〜!? いったい何が何なのかさっぱりだ〜っ!」
駆けつけたクレセントに動かない体を持ち上げられる。
ニュウの鳴き声がすると、ミレイもクレセントもプラスルも、その声の方向へと向かって走り出した。
視界の利かない中クレセントが飛ぶと、それと共に俺の体は煙の中を飛び出し、外の光が当たる場所へと投げ出されていた。
朝焼けのまぶしさに目がくらむ。
地に足をついたダークポケモンクレセントは先を走るニュウに付き従った。
後からハーベストを抱えた(恐らく着地のショックを和らげるため使ったのだろう)ミレイと、フルにイザヨイ、加えミレイが連れていたプラスルが走る。
顔を上げると、ニュウの先導する先に町外れに止めたバイクを見つける。
ニュウは迷うことなくそれに乗り込んだ。 クレセントは少し手前で停止すると、俺を降ろし、体勢を直させる。


俺はバイクのボディに掴まると、痛む頭を無視するようにして立ち上がった。
傷口が激しく痛むが、腕が動かせないほどではない。
体を車体の上に乗り上げると、イグニッションキーを回す。
サイドカーにミレイとポケモンたちが乗り込んだのを確認すると、バイクのエンジンを全開に吹かして走り出した。
パイラにいる限りは奴らに追われ続ける。 ならば、移動を続けるしかない。
細かい岩を踏み越えた時に起こる振動に耐えながら、逃げ切るまでに自分の体力が持つかどうか、その時俺は考えていた。


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