Chapter11:sender−Mirei
=揺れる心=




どこへ向かってるんだろうとか、ちゃんと逃げ切れたのかなとか、レオは大丈夫なのかな、とか、心配は色々あったんだよ。 本当に。
不安は尽きなくて、何度もパイラの方を振り返ってた。
それでも、あっちこっち走り回ったり、水路の寒さで体が冷えてたり、色々あって、頭ン中ぐちゃぐちゃで・・・
背中が熱くなって、それで目を覚まして、それで、初めて自分が寝ちゃってたことに気がついた。
もう、ずいぶん日が高く昇ってる。



『起きた?』
「うん。」
ニュウの声に私はうなずいた。
いつの間にかハーベストを抱えたまま眠ってて、ひんやりして気持ちがいいんだけど、ハベの方はうだっちゃってるカンジ。
ほとんどのポケモンがまだモンスターボールの外にいて、はっきり言って、サイドカーの中が狭い。
バイクはスピードを落とさず、金色の砂が広がる大地の上を走り続けていた。
時々、落ちていた岩でもふんずけたのか、ガタンッって音を鳴らして揺れたりはしたけど。
「レオ、大丈夫?」
『わからない。 何とか運転し続けてはいるが、どこまで意識が持つか・・・』
『だけど、ニンゲンがこんな砂漠の真ん中で立ち往生してたら、まず助からないわよね。』
『・・・?』
『・・・・・・??』


しばらく、誰も喋らなかった。
『サバク』って何だろうとか、そういう疑問もあったけど、それより先の問題で。
『ちょっとミレイ、起きたんなら離してもらえる? お花がしおれちゃうわ。』
腕のなかで、もぞもぞとポポッコが動く。 黄色いアサガオみたいなひらひらした花びらが、きゅうくつそうにしているのがわかった。
「ハベ!? あなた喋って・・・!?」
『何驚いてるの、ポポッコだって喋るわよ。』
そりゃそーだ。 フルやニュウが喋ってて他のポケモンが無言のままって方が不自然・・・じゃ、なくて。
『ダークポケモンって吠えたり叫んだりばっかだったから、てっきり意思なんてなくなってんのかと思ってたんだよ。』
それだ。 私はニュウの意見にうんうんとうなずいて見せる。
ハーベストは強い向かい風に吹き飛ばされないように私の服にしがみつくと、金色の砂の海を見つめた。
『なくなってたわよ。 暗ぁ〜い闇の中にいるみたいで、終わらない夜が来たみたいで、とっても怖かった。
 でもね、いつだってヒロインは王子様が助けに来てくれるのよ!
 王子様は私のことを悪者たちの手から助け出し、何度も私の名前を呼んで、いつしかふたりは永遠の愛を・・・きゃ〜!』
顔(?)に手を当てて照れを表現するもんだから、私は慌てて彼女ハーベストが吹っ飛ばされないように抱えなおすハメになった。
色々と突拍子のないハーベストに、ついてけてないのは、多分私だけじゃない。
どうすればいいのかも考えつかないまま、とにかく何か言おうとしたのかフルが少し動いた瞬間、岩にでもつまずいたのか、バイクが大きく揺れた。

『いけない、お喋りしすぎちゃったみたい。 ミレイ、ここから北北西に3マイル(約4.8キロ)行ったところにオアシスがあるわ。
 レオ様にそれを伝えてちょうだい! そりゃ苦痛に顔をゆがめてる今の顔も素敵なんだけど、死なれちゃったら私、淋しくって死んじゃうかもしれないわ。』
「は? マイル? オアシスって何?」
『いいから指差してレオ様に知らせるの! 北北西はあっち!』
ハベは怒鳴ると(体からちょっと黒いオーラが噴き出した)腕から身を乗り出して正面よりちょっと左を指す。
一応そっちを指差してみるんだけど、「レオ様に見えるわけないでしょ!」とハーベストに叩かれる。
仕返しに彼女を座席の下に押し込むと、私は椅子の上に膝をついた。
バランスを取りながら、運転席側に体を向ける。 顔を上げると、思いっきり息を吸い込んだ。
「レオ!」
大声で呼ぶと、レオはビクッと跳ねた。 今まで意識あったのか、ちょっと怪しいかもしれない。
顔が動くと、サングラス越しに金色の目がこっちを見ているのが解る。 『ホクホクセイ』を指している(らしい)指にチカラを込めると、レオはそちらへと進路をずらした。
砂が顔に吹き付けて、私はサイドカーにしがみついた。
フルにしっかりつかまっているよう言われる。 座席に座り直すと、レオはバイクのスピードを上げた。
砂と風のせいであんまりよくは見えないんだけど、かなり、辛そう。


ピシピシ顔を叩いてくる砂と格闘していること10分、ふと顔を上げると、金色の砂の向こうに小さな緑色の島みたいなのが見えた。
こんな荒れ切った土地に、緑が育てるんだ。 かなりオドロキ。
『あれがオアシスよ。』
頭の上の黄色い花をひらひらさせながら、ハーベストはまん前の緑色の島を指した。
ヒト2人と、無数のポケモンたちを乗せたバイクは、そこに向かってるっぽい。
強い日差しから守るように目の上に手を当ててオアシスとかいうのを見ていると、また、岩をふんずけたらしくバイクが縦に揺れる。
運転席からうめき声みたいなのが聞こえて、私はレオの方に顔を向ける。
顔が、真っ青。 名前を呼ぼうとして席から身を乗り出そうとすると、服の端をフルに引っ張られ、それを止められた。

何か言い返したかったけど、私は唇を噛むしかなかった。
鼻が痛くなって、サイドカーの中でうずくまっていると、ダンボールの中からぴょっこりとプラスルが顔を覗かせる。
赤い色の耳をピクピクと動かすと、プラスルは私の顔を見上げて、にっこり笑った。
『泣かないで、お姉さん。 今からでも出来ることあるよ。
 ミラーボからボクのこと助けてくれたんだから、お兄さん助けることできるよ!』
「うん・・・うん!」
プラスルの言う通りだ。 泣いてる場合じゃない。
動ける範囲で動いて、バイクがオアシスに到着するのを待つ。
金砂の上に敷かれた緑色のじゅうたんの上にバイクが止まると、私はサイドカーから飛び出した。





バイクのエンジンが止まると、レオは大きく息をついてハンドルにもたれかかった。
体からチカラが抜け、そのままずり落ちる。
「レオ!」
今度こそ叫んで、駆け寄ってから気がついた。
パイラじゃ暗くてよく分からなかったし、今じゃもうほとんど止まってるんだけど、流れた血の量、マジ尋常じゃない。
このままじゃジョーダン抜きに死んじゃう。
レオの体を持ち上げると、サイドカーまで引きずってく。 ギックリ腰になりそうだけど、構うもんか。
いつも使ってるケットの上にレオを寝かせて、砂と風と強い日差しから少しでも逃れるため、バイクを隠すための布でちゃちなテントを作った。
「傷・・・どこ?」
段々頭がパニクってくる。 服についてる血の場所から右の首か肩なのは確かなんだけど、正確な場所が判らない、見つからない。
『どうしたんだ?』
「ニュウ、傷口がわからないの・・・」
『服切っていいよ、レオ助けてくれるんだろ?』
「でも、これどうやったらいいのか・・・それに、スナッチマシンだって・・・」
『フルが知ってる。 今、ここの池の水が安全か確かめに行ってるから、戻ってきたら聞こう。』
ニュウはレオの顔を覗き込むと、ほっぺたをなめ始めた。
既に茶色い固まりとして乗っかっていた薄い血の跡が、少しずつ消えていく。

うつむいたニュウの口の隙間から、小さな牙が見えていた。
レオの顔に鼻をこすりつけるとニュウはこっちを向く。
『レオ、大丈夫だよな? 死んじゃったりしないよな?』
まさかニュウが弱音吐くなんて思ってなかったから、これには結構驚いた。
でも、それよりも先にこっちが参っちゃってて「大丈夫、ヘーキだよ」なんて、ありきたりな言葉しか思い浮かばなかった。
答えるよりも先にフルが戻ってきたのは、ラッキーだったのかも。
『ニュウ、水は大丈夫だ。 飲んでも問題ないし、量もそれなりにある。』
『ホントか? フル、ミレイがレオを治してくれるみたいなんだ。
 傷がどこにあるか判らないみたいだから、ミレイにスナッチマシンの外し方教えてやって!
 ミレイ、他に何か出来ることないか? 何か手伝わせてくれよ!』
「あっ、あのっ、水! 水くんできて! レオの傷口洗い流さなきゃだし、あの、あとそれ、あの・・・」
『水だな、分かった!』
「あの、みんなで!」
『分かった!』
ガンバレとシッカリシロが、頭ン中でぐるぐる回ってるカンジだった。
肩の震えは止まらなかったし、脳みそ氷点下なのに、顔はガンガン熱くなってくるカンジで・・・

フルに何度も叱られながら、私はレオのスナッチマシンのスイッチを止め、左腕から外した。
半泣きになりながら見慣れない形のコートを外して、中のシャツをナイフで切る。
傷口は右の肩で、その小ささと深さに私は驚いた。
まるで、バーベキューの串で刺されたみたいな穴が、体の前から後ろまで。
水くみから戻ってきたハーベストから水を受け取ると、頭ぐちゃぐちゃのまま傷口のちょっと上に水をかけて、バイキンが入らないように傷口を洗った。
心臓が凍りつきそうで、手が止まりそうになると、そのたびにフルやハーベスト、ニュウに叱られた。
傷を洗って、消毒して、しっかり止血できるよう何枚もガーゼを重ねて・・・
学校で何度か友達にやったことはあったけど、それの何倍も時間がかかった。
出来るだけのことは全部やっても、まだ不安だった。




それでも思いつけることがなくて、私は白い包帯を肩に巻いたレオをその場に残すと、ポケモンたちを連れてテントとも言えない布の下から出た。
少し離れたところでイザヨイが待っていて、何も言わずじっとしている姿を見たら、何だか無性に悲しくなってきて、今さらボロボロ涙が出てきた。
イザヨイを抱きしめて、泣かずにはいられなかった。
何だか無性に帰りたくなってきて、それでもレオを置いていきたくはなくて、頭ぐちゃぐちゃで、何か言いたくてもそれも出来なくて、とにかく、泣いた。

泣き切ったら、ホントにくたくたになった。
口の中がカラカラだし、ほっぺたはザビザビだし、情けないかな鼻水は流れてるし。
ハーベストが気を利かせて水を用意してくれたので、私はそれを一気に飲み干した。
ありがとうとごめんねの意味を込めて鼻先をくすぐると、毎回律儀に目をつぶるイザヨイが可愛い。
いつまでもじっとしてるワケにもいかないな、とか考えてると、唐突に誰かに袖を引っ張られた。
「ニュウ? ・・・じゃ、なかった。」
ゴメン、と袖を引っ張るアサナンに私はひとまず謝った。
ニックネームが分からないからどう呼んだらいいのかも困ってるんだけど、考えている間にもアサナンは体から淡く黒いオーラを吹き出す。
「わっ、えと、あの・・・な、なま・・・」

『腹が減っては戦ができぬ。』


「・・・は?」

ぐるぐるしてた思考回路が完全に停止したカンジだった。
言ってることがわかってるのにわからない。 いきなり言われて、どー返事すれっての。
『武士は食わねど高楊枝。』
「はい?」
もう1度袖を引いたアサナンのおなかが、壮大にファンファーレを鳴らす。
要するに、おなか空いたってこと・・・かな。 何だかんだで朝食抜きになっちゃってたし。
「えっと、名前・・・」
crescentクレセント。』
「くれっつん? あーもぅ、聞き取れないし『クレス』でいーや。
 とにかく、ご飯作ろ、ご飯! 私もおなか空いた!」


なんだかよくわかんないけど、立ち上がる勇気がわいた。
笑ったら、みんな寄ってきた。 不安が消えたわけじゃなかったけど、嬉しかった。
「材料何があったっけ?」
『それがさ、もう乾物とポケモン用の食料しか残ってねーんだ。 買い物出来なかったし・・・』
「それでいいよ。 確か魚の干物あったよね、それでスープ作ろう!」
『スープ?』
首をかしげたプラスルの耳がたれ下がって、黒い目がキラキラと光った。
「そ、スープ! プラスルも作るの手伝ってくれる? 他のみんなも!」
体の小さなプラスルを抱き上げると、イザヨイが寄ってきて頭をすりよせてきた。
やっと笑える。 不安な顔ばっかりしてたら、みんな困っちゃうよね。
とにかく材料取らなきゃいけないからサイドカーへと歩き出したら、クレセントは何も言わずについてきた。
私たちよりも先にハーベストが到着して、私が言うよりも先に塩を取り出していたのには、ちょっと驚いた。

サイドカーの中にあるダンボールから、魚の干物を引っ張り出して、後は、煮込むためのナベと、おたま。
それに、この間ナイフを借りて作った、手作りのさいばし。
疲れたのか気絶しちゃったのか、レオは気持ちよさそうに寝ている。 今起こしちゃかわいそう。
じろじろ見るのも何か気が引けるから、早めに移動して調理に取り掛かることにした。 幸い、水はいっぱいあるし。
「よし! クレセントは石集めてかまど作って! イザヨイはフルとニュウと一緒に焚き木代わりになるもの探して、
 ハーベストとプラスルは、私と一緒に水くみね。」
風だけのだだっぴろい空間が、一瞬にぎやかになった。
トサキントでも泳いでそうな池から水くんで使うのなんて初めてだったし、料理だって、子供の頃にお母さんの横で見てたくらいだし。
水を取るのに靴を脱いだせいで、足の裏は砂だらけになった。
腹立つくらいピッカピカに晴れてて、汗も止まらなかった。
でも、何でなんだかよく分かんないけど、今日の私は働き者だった。
出汁を取った後の魚を砂糖とゴマであえると美味しくなるとハーベストから教わり(何でそんなこと知ってたんだろう)、
それほど時間はかからず、私たちの昼ごはんは出来上がった。





「それじゃ、いただきます!」
声はバラバラで全然そろわなかった。 フルに至っては首をかしげてたし。
作っといてなんだけど、ポケモンたちが食べるものもバラバラで、私が作ったものを食べてたのは半分くらい。
起こさないようにレオと少し離れたところでみんな集まってたんだけど、サイドカーの向こうから見えるレオの足は、まだ動かない。
話せるようになっても、まだ完全に黒いオーラが消えたわけじゃなくて、みんなして黙りだすと結構・・・きまずい。
「あの、さ・・・おいしい? 見よう見まねだったんだけど・・・」
ダメだ、この沈黙に耐えられない。 とりあえず間をつなごうと質問すると、イザヨイが顔を上げてうなずいた。
マズイ。 このままだと、また沈黙地獄へとおちいってしまう。 別の話題を考えなければ。
「えーっと、んっと、あ! ねぇねぇ、みんなで自己紹介しない?
 大慌てで出てきたから、まだちゃんと名前聞いたりとかしてなかったでしょ?」
『お、さんせーっ! パイラで一気に数増えたもんな。
 そっちのニンニク頭とか、ナニ考えてんだかさっぱりだしさぁ。』
『怒り心頭に発する。』
『だから何が言いたいんだかさっぱりなんだっつーの!』
ヤバいヤバい、何だか険悪なムード。 トレーナーでもないのにポケモンたちにケンカされたら収拾がつかなくなるし。

「あ、あのさ! 私は森岡未来!
 半月くらい前に、何だかよくわかんないままオーレ地方に来ちゃったの。
 年は17で、O型。 いて座だよ。」
少しでも場を和ませたくて、真っ先に自己紹介。
みんなの視線が一斉にこっちを向いた。 改めてみんなの顔を見てると、何だか恥ずかしくなってくる。
『でも、レオに‘ミレイ’としか呼んでもらえないっと。』
「うっ。」
ニュウの言葉が刺さる。
「だって、5回も6回も言ったのに覚えてくれないし・・・
 そういえば、イザヨイもちゃんと言ってもらえないよね、名前。」
サイドカーに積んであったボソボソの食べ物を口に含んでいたイザヨイが顔を上げた。
小首をかしげると、まばたきで赤い瞳が一瞬隠れる。

『オーレとカントーじゃ言葉の種類も発音も全然違うから、古語の‘十六夜イザヨイ’って発音しにくいのよ。
 ミレイが‘harvestハーベスト’や‘crescentクレセント’をうまく言えないみたいにね。』
「へぇ〜・・・」
ハーベストの言葉に私は関心した。
言われてみればそうだけど、言われなきゃ多分気付かなかったろうし。
「じゃあ、今度は物知りのハベが自己紹介する番ね!」
『私!?』
頭の上で咲いてる黄色い花がひっくり返りそうなくらい、ハーベストは驚いた。
「そう!」って肯定すると、少し困ったような顔をして彼女はポソポソ喋りだす。
『どうしよう、なんて言ったらいいのかしら・・・?
 私ね、立派なワタッコになりたくて世界中を旅して回ってたのよ。
 その途中で何となくオーレここに立ち寄ったんだけど、地面に降りた途端、怪しい人間たちに捕まって・・・』

・・・マズイ。

場が一気に冷えた。

「えっ、えーっと! よろしければはーべすとさんの年齢性別ご職業などをっ!!」
慌てて質問を切り替えるも、返事がない。
何か嫌ぁ〜な予感はしたんだよね。 んで、恐る恐るハーベストの顔を覗き込んでみる、と。
顔、見えなかった。 黒いオーラで。
「ぎゃーっ!」って叫んで逃げ回れたらどれだけ良かったことか。
『うおおぉぉぉおっ!! 黒よ黒よっ、黒い衝動よおおぉ!!
 私のココロが闇に染まるぅっ、破壊し尽くせと身体が叫ぶうぅっ!!』
「やーっ!? ハーベストがハイパー化したぁっ!?」
『ニュウッ、押さえつけろっ! 何とかレオが来るまで持たせるんだ!』
『ひーっ、イザヤイがつられてハイパー化しそうだよぉっ!』
『ボーっとしてないで、手伝えよ、タマネギ頭!!』
『虫の居所が悪い。』
あぁ、大混乱。 私やっぱトレーナーにはなれそうもないかも・・・
無理。 こんなの押さえらんないよぉ・・・


「Stop,Harvestハーベスト。」


低い声が通り抜けただけで、一瞬で混乱が収まった。
背中に手が突かれて、そこにレオがいることがわかって、心配した反面、安心して。
『レオ!』
『レオ様!』
理由はよくわかんないけど、何となく動いちゃいけないような気がしてじっとしてると、背中にかかった重みが少し強くなった。
ハイパー状態になりかかってたイザヨイが顔を上げ、首をかしげる。
なんか・・・なんか、この状態、心臓の音聞かれそうで、怖い。
「レオ! あああのっ、まだ傷痛い? あの、スープ作ったんだ、食べられる? とりあえず座ってよ。」
慌てて、声がひっくり返って。 何か情けなくなりながらも、私は自分の隣を叩いてそこに座るよう促してみた。
お椀の中にまだ残ってるスープをよそっているうちに、レオは私の隣に座った。
肩に巻かれた包帯から、赤い液体が少しだけど染み出している。 きっと右腕、痛いだろうな。
左手に持ちやすいようにスープ椀を渡すと、おなかが空いてたのか、レオは一気に中身を飲み干した。
『え?』
『えっ?』
フルとニュウが同時に立ち上がったことが不思議だったけど、聞く間もなくレオにお椀をつき返される。
そんなにおなか空いてたのかな。 そーいえば昨日から何も食べてなかったし。


「はい。 今度はゆっくり食べてね。」
ナベの底に残ってたスープと具材をかき集めてお椀についで、こぼさないようにそ〜っと、それをレオの手の上に置いた。
左手はお椀を持った形。 右手でそれを添えるジェスチャーを作って、ゆっくりと飲み込むポーズ。
じっと見ているレオの目が少し見開かれるのが分かった。 今まで見たことなかった顔だ。
レオの持ったお椀を指差すと、意味が伝わったのか、それともレオのきまぐれか、ゆっくり中身を飲み干していく。

「・・・傷だらけだ。」
今さらなのに、今気が付いたような感覚でレオの身体を見た。
右肩に開いた穴でパニクッちゃってたのかな、左腕にクラゲに刺されたみたいな筋状の火傷みたいなのがいっぱいついてるし、
胸やおなかにもアザがあるし、顔も少し・・・火傷してて、血がついてる。
何で今まで気が付かなかったんだろう。 もし、これが私だったら・・・どれか1個でも、きっと耐えられなくて、泣いちゃうよね。
「レオ、ごめんなさい。」
コロシアムでレオが戦ってたとき、フルとニュウから離れずにいれば、はぐれずに済んだかもしれないのに。
はぐれた後、1度見つけたときに声出して呼んでれば、あのビルに入って怪我することもなかったかもしれないのに。
お荷物だなぁ、私。
現に、今だって、レオや他のみんなのこと困らせてるの、わかってる。
「はぁ。」
ため息が出た。 ヤバイ、何か泣きそう。
マズイよ、これ・・・ わかってんのに、どうすればいいんだろう・・・?

『お姉さん、どこが痛いの?』

『ミレイ、お前が泣くとレオが困る。』

わかってるけど、止め方わかんないんだってば。
何でこんなに悲しいんだろう・・・自分のことなのに、ワケわかんない。
「ミレイ
「!?」
唐突に目の前に何かを突きつけられて、何のことだかさっぱりわかんなかった。
それを差し出したのがレオで、差し出されたのがスープを入れてたお椀だってことに気が付くまでも、結構時間がかかったと思う。
意味に気付くのにはもっと時間がかかって・・・ホントに、ダメだな、私。
「あ、おかわり? ごめん、さっきので最後なの。」
空のナベを見せて、レオにスープがなくなったことを教える。
おなかが空いてたのはみんな同じ。 用意した他の食べ物もなくなっちゃってるし、サイドカーにあるもので今から作るには、少し時間が足りない。

レオは眉ひとつ動かさず、お椀を足元に置いた。
それから眉が動いた。 何かを、考え込んでるみたいだった。
「Thank you for a delicious meal.
「え?」
何を言ってるのか聞き取れなかったし、何を言ってるのか解らなかった。
でも、レオの言葉の意味がこんなに知りたくなったのは、この時が初めてだった。
「Even if I find that, you do not know "thanks". But I want to tell you "thanks".
私は、とても困った。 こんなにはっきりした口調で、私に向かってレオが話しかけてきたのは、フェナスで自己紹介をしたときを除けば、これが初めてだったから。
とても大事なことを言っているのだと思ったんだけど、それにしたって、聞き取ることも出来ないし、とっかかりもない言葉を覚えとくことも出来ないし。
「何で通じないかなぁ、言葉。」
悲しくなって、ぽつりとつぶやくと、レオは不思議そうに首をかしげた。
普段眉ひとつ動かさないレオの表情を「不思議そう」と解釈できたことに、少し驚いた。


「レオはさ、淋しくないの? フルともニュウとも言葉通じてないんだよね。
 こーんな広いとこを、ずぅーっとバイクで走ってて、不安になったりとかないの?」
「こーんな」で横に広げた腕に、風に乗って飛んできたハーベストが止まってレオに熱い視線を送ってた。
もっと言いたいことも聞きたいこともあったんだけど、悲しくなりそうで、それ以上言えなかった。
レオが立ち上がってバイクの方へと歩いていくのを黙って見送って、その後、どうしたらいいのかもわからなくなって。
オーレ地方に迷い込んでから考え続けてた「元の世界へ帰りたい」っていう願いすら、あやふやになってきてた。
その場から1歩も動けずに、延々続く砂畑をボーっと見ていると、ハーベストが腕から肩へと上ってきて微量の黒いオーラを出しながら私のことを見つめてくる。
『はっきりしない性格ねぇ。
 言いたいことも言えずにいつまでもメソメソしてるなんて、最低よ、あなた。』
「それ、前に聞いた。」
ここに来る前、好きだった人に告れなかったときに友人に言われたのと、まるっきり同じ言葉だった。
こっちの心情そっちのけって感じで、ヘコませた当のポポッコは肩から頭の上へとよじ登ると、容赦なく言葉を続ける。
『いい? あなたとレオ様は言葉が通じない。 これってむしろチャンスなのよ?
 どーせ口先だけで伝えたってマルもバツも伝わらないんだから、抱きつくなりキスなりしなさいよ!』
「ちょっ・・・キスって・・・!?」
『レオ様はね、私の凍りついた心を少しずつ溶かしていってくれるの。
 あの人に声をかけてもらえるたびにね、嬉しかった思い出、楽しかった思い出、1つずつ思い出して、私、幸せな気分になるのよ。』
頭の上に乗っかられてるせいで、顔を見ることができない。
ハーベストは、辛いのかな。 辛いんだろうな、自分の意思に関係なく戦わされるなんて、私だったら耐えられない。

『昨日、レオ様に声をかけていただいたとき、ミレイみたいにメソメソした女の子の思い出と一緒に、1つ、技を思い出したわ。』
急に身体が重くなって、体重が支えきれずに私は片腕をついた。
上を見上げてみても、ハーベストの頭についた黄色い花びらしか見えない。
目の前がかすんできて、体勢を維持していられなくなる。 胸元をこすると、ほんの少しだけど指先に白いものがついていた。
「・・・ねむり・・・ごな?」




夢を見てた。
ずっと好きだった人が、別の女の人と付き合ってると知らされて、誰もいない場所で泣いてる自分を見てるっていう、変な夢。
妙にリアルに感じたけど、不思議と夢なんだっていうのはわかってた。
変な、私。
目覚めたらもっと大変なことになるって思ってたのに、夢の中にいる私は早く起きろって何度も念じていた。


『あ、起きた。』
指先から本物の感覚がよみがえって、私は身震いした。
いつの間にかサイドカーの椅子に座らされていて、ご丁寧にケットまでかけられている。
何だか暗いと思ってたら、既に日はとっぷりと暮れていて、真夜中な雰囲気。
辺りを見渡してみるけど、ニュウの体に描かれた輪っかが黄色く光ってるだけで、他のポケモンたちも、レオも見つからない。
「ニュウ、他のみんなは?」
『ハーベストはミレイ人間に勝手に技かけたのを怒られてボールに戻されてたよ。
 他の奴も色々別な理由でモンスターボールに戻ったよ。 レオはバイクの反対側で寝てる。』
被っていたケットを取ると、思いのほか寒くてもう1回身震いした。
昼間あれだけ暑かったんだから、夜もきっとムシムシしてるんだろうと思ってたのに、意外。
「レオ、どうだった? 大丈夫そう?」
『・・・汗、かいてた。 何か隠してる感じがして、よくわかんねーんだ。』
「汗?」

サイドカーを降りたら、足元から冷えていくみたいな感覚だった。
なんだか嫌な予感がして、私は3回目の身震いをした。
シャツは傷の手当するときに切っちゃったし、いつものコート着られるような状況でもないし。
それで、こんな底冷えするような野原の真ん中だし。 寒くないわけがない。 なのに・・・汗?
『ミレイ、あのさ、聞いてほしいことがあんだけど・・・』
「ごめん。 後にして。 ちょっとレオが心配なの。」
昼間の様子を思い出しながら、バイクの裏側へと歩く。
ニュウが言ったとおり、レオは巨大バイクの胴体にもたれかかるようにして眠っていた。
眠っていた・・・っていうのかな、動けずにいたって言う方が正しいかも。 大汗をかいてて、息が荒い。


『レオ!』
普段ほとんど取り乱さないニュウが叫んで、レオに何度も呼びかけた。
反応はないし、すごくしんどそう。
体の芯から凍りそうな体を何とか動かして、レオの体に巻きつけた包帯をほどいた。
「その状況」を予想していなかったワケじゃなかったけど、それを見て、震えた。
「・・・んでる。」
『マズイのか?』
「すぐ・・・病院連れてかないと。」
どうやって? って、自分自身から質問が飛んできた。
このバカ広いオーレ地方の道を知っているのも、この大きいにも程があるバイクを操ることが出来るのも、レオ1人だけ。
ケータイ使えないだろうし、持ってきてないし、周りの感じからして、歩いていくのも無理っぽいし。

「どうしよう・・・っ!」
体が震えて、頭の中が真っ白になって。 何か声をかけようにも思いつかないし、第一、言葉伝わらないし。
戸惑ったまま視線を下に向けると、レオのモンスターボールが目に入った。
ポケモンなら、みんななら何か考えつくかもしれない。 そう思って投げてみるけど、出てきたのは会ったときから一言も喋らないイザヨイ。
他のポケモンたちは別のところにしまってあるらしく、見つけることが出来ない。

 ―抱きつくなりキスなりしなさいよ!

「!?」
『どした、ミレイ?』
ハーベストの言葉を思い出した瞬間、体に電撃が走ったような衝撃を感じた。
「・・・ニュウ、イザヨイ、水くんできてもらえる?
 あと、絶対こっち見ないでね。」
『何するんだ?』
うみ、吸い出す。」
根本的な解決にはならないけど、このまま何もしないよりはマシなハズ。
やったことないけど、うまくいくかわからないけど、体の震えも止まらないけど、正直、かなり恥ずかしいんだけど、
けど、レオが死んじゃうのは、もっと嫌だ。

「行って!」
『あ、おぅ!』
人払い(ポケモンだけど)をすると、私はすぐさまサイドカーへ戻って、あまり使わない懐中電灯とナイフ、それにハンカチやバンダナを出来るだけかき集めて戻ってきた。
星明りでも見えるほどに腫れ上がった肌を灯りで照らすと、やっぱり、黄色く変色している。
昼間の傷は小さかったせいか、ふさがっているみたいだった。 茶色いかさぶたの下にも、レオを苦しめる黄色い液体がたまっている。
肌に触れると、焼け焦げそうなくらいに熱くて、体全体に衝撃がくる。
「・・・あっつ! 人間の体温じゃないし。」
まさか、こんなことで男の人の肌に触れることになるとも思わなかったけど。
ナイフで肩の傷口近くに小さな傷をつけると、すぐに表皮にたまっていたどろどろは流れ出した。
ズボンがベトベトにならないようにハンカチで押さえながら、皮膚を押して流せるだけ流してしまう。
レオは何度か悲鳴を上げた。 そのたびに、通じもしない言葉を使って、私はレオを何とかはげまそうと声をかけた。
うみが自然に流れ落ちなくなると、傷口に口付けて吸いだした。
黄色いうみが、赤い血に変わるまで、何度も、何度も。 口の中には、鉄の味が広がった。



『ミレイ!! ミレイッ!!』

何度目かわからないけど、吸い出したうみを吐き出したとき、ニュウの呼ぶ声が聞こえた。
吐き出した物体の中に、赤いものが混じっていた。 少しだけホッとすると、口をふいてから返事をする。
「なに?」
『何か近づいてるんだ、でっかい車!』
少し離れたところで、イザヨイがありったけの炎を吐き出して明かりを作っていた。
そのせいでかなり見えにくかったけど、地平線ギリギリのところに星じゃない光がゆらゆらしている。
慌てて2匹が持ってきてくれた水で口をゆすぐと、残りでレオの傷口を洗う。
頑張ったせいかは知らないけど、さっきから比べるとだいぶ腫れは引いているみたいだった。
ニュウの言う『でっかい車』はこっちに気がついたらしく、段々と光は強く、大きくなっていく。

筋になって肩から流れ落ちた血を拭うと、まだ汚れていないハンカチを使ってレオの汗を拭った。
イザヨイの出す炎の熱さを感じながら、大きくなっていく光を不安半分で見つめる。
でも、何か・・・変。
『なぁ、あれ、車っていうか・・・』
「・・・電車?」
真四角の物体はどんどん近づいてくると、私たちの目の前で停止した。
巨大なトレーラーの後ろに、列車の車両が1両、大きなタイヤのリアカーのようなものでくくりつけられていている。
色々と言いたいことはあったけど、もはやツッコめる次元を超えていた。
呆然とする私たちの目の前で(車両付き)トレーラーは止まると、運転席から体格のいい、大きな男の人が降りてくる。


「How now? Did gas run out?
『あっ、えっ!?』
どれだけ驚いたのかわかんないけど、ニュウは口をパクパクさせながら硬直していた。
こっちはそれどこじゃなかったけど。
「あの、お願いします、レオを病院へ連れて行って下さい!! お願いします!!」
懐中電灯の明かりが向けられ、まぶしくて目を細めたけど、腕で顔をおおうのだけは止めようって自分の中で決めた。
「お願いします!!」
怖くなって、唇が震えた。
トレーラーの運転手はゆっくり近づいてくると、持っている懐中電灯でレオを1度照らしてからスイッチを切る。

「どっから来た?」
「え?」
「あんただ。」
いろんなことが頭の中をグルグル渦巻いて、気絶するかと思った。
まさか言葉が通じるとも思わなかったし。
「え、あの、カントーから・・・」
「・・・荷物まとめな、その馬鹿げたバイクごとアゲトビレッジまで送ってやる。」
すぐにお礼の言葉が出てこなかったのが、失敗だと思った。
ニュウは固まってるし、イザヨイは(炎の出しすぎで)へばってるし。
「行かないのか?」
「行きます! あっ、ありがとうございます!!」


声がひっくり返るまで叫ぶと、私は慌てて散らかした荷物をサイドカーへと詰め込んだ。
トレーラーの運転手は大きな絆創膏をレオの傷口に貼って、車の助手席に乗せるとバイクの車体に太いロープを結びつける。
何が何だかさっぱりだったけど、とりあえずレオが助かるんだって思ったら、途端にホッとして、私は眠くなった。
おかげで、色々聞きたいこととか話したいこととかあったのに、1つもかなわなかったりして。
残念なことしたなぁ。


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