側に置かれたコップも、天井の壁紙も、背中に張り付いたシーツも、体に巻かれた包帯の色も、全て白だった。
白は、夜行動する上では目立つからと、スナッチ団では嫌われている色だった。
正確な時間は解らないが、かなりの時間眠っていたようで、窓から差し込む光までもが白い色をしていて、皮肉られているように感じた。
額に当てた左腕にも、白い包帯が巻かれている。
昨日、ミレイが動けない俺の腕からスナッチマシンを外し、泣きそうな顔をしながら巻いたものだった。
目覚めたときに閉じられていた扉が開き、風が部屋の中に入り込む。
体調はまだ優れないらしく、扉の音に反応する速度がいつもよりも遅かった。
入ってきたのは、白髪に髭の老人。 目立った敵意は感じられないが、動きには隙がない。
「目が覚めたかね、レオ君。」
スナッチマシンは見つからなかった。
何が起きても行動できるよう身構えるが、今の体調では切り抜けられる可能性は低い。
「起き上がらん方がいいと思うがね、傷口が開くじゃろう。
君、昨日の早朝に大怪我して運ばれてきたんじゃよ、覚えとらんのかね?」
「何者だ。」
知るべきことを的確に知る術を探していた。
持っている情報が無いにも等しい状況で、うかつに質問をするのは良策ではない。
「ほ、これは失礼。 ワシの名はローガン、このアゲトビレッジで細々と暮らしている、元・トレーナーじゃよ。
レオ君、君のことは、君の連れのミレイから聞いた。
ワシらは君の敵ではないから、ここでは安心していいんじゃよ。」
・・・聞いた、だと?
耳はやられていないはずだ、幻聴を聞くということはない。
「ミレイの言葉が解るのか?」
「あぁ、セツマばあさんがな。 ばあさんは元々カントーの出じゃし。
今、隣の部屋でミレイのことを診ておるよ。」
「ポケモンたちも一緒なのか?」
とっさにした質問に、しまったと思った。
相手が知恵の回る敵であれば、一言違えるだけで考えを読まれかねない。
向こうの返事が「あぁ」だけだったのを聞くと、俺はスリッパに履き替え、すぐさま隣の部屋へと動いた。
動かすだけで痛みを覚えた肩は、大方治っているようだ。
隣の扉を開けた直後、部屋の中で喧嘩しているニュウとクレセントの姿を見た。
確かに安全な場所らしい。
ミレイの姿を探すと、奥のベッドで老婆に見守られながら眠っている。
音が立てられているにも関わらず起きる気配すら見せないということは、相当深く眠っているのだろう。
日は、高く昇っているというのに。
「いつから眠っている?」
「ついさっきだよ。 「レオの目が覚めるまで起きてる」っちゅうてたんだけどねぇ・・・よっぽど疲れてたんだねぇ、この子。」
ひとまずニュウとクレセントを引き離すと、ミレイの体に異常がないか確かめる。
相当疲れは出ているが、見たところ外傷や病気、何か毒物を飲まされたような形跡はない。
念のため、額に手を触れて体温を確かめると、俺はニュウとクレセントを連れ、部屋を出た。
他のポケモンたちは、皆ベッドの下で眠っている。
起きれば探しに来るか、ミレイと一緒にいるかのどちらかの行動を取るだろうから、今は置いていっても問題はない。
「ほんに、若いのに苦労しとるねぇ。 君も、ミレイも。」
ミレイと一緒にいた老婆は、後ろからついてくるとダイニングキッチンの椅子を勧め、紅茶を淹れながら話した。
紅茶の強い匂いがただよい、鼻が利かなくなり、落ち着かない。
「ミレイの言葉が解るそうだな。」
「あぁ、そうだよ。 あの子はね、別の世界から来たんだ。
次元の狭間に吸い込まれてね、このオーレ地方に迷いこんじまったのさ。」
「次元の狭間?」
遠い地から連れて来られていたのだとは思っていた俺は、想像していなかった言葉に、反射的に聞き返した。
老婆は「あぁ」と返事をすると、ティーカップに注いだ液体を勧める。
一口飲んでみたが、味と匂いでむせ返りそうになった。 飲めないものではなかったが。
「ここからうんと離れたところにね、1つの国があるんだよ。
そこへ行くには、いくつもの山と、大きな海を越えていかなきゃならない。
だけど、そこにはポケモンたちがたくさんいてね、モンスターボールなんかに入れなくても人間とポケモンが仲良く暮らしとる。」
「そこからミレイは来たというのか。 だとすれば、話が矛盾していないか?
今、『別の世界から来た』と言っただろう。 その遠い地にミレイの故郷があるのだとすれば、それは同じ世界にあるということになる。」
「別の世界も同然だよ。 移動にはひどく時間がかかる上に、あんたにゃ想像付かないくらいの危険がつきまとう。
50年前、100人以上のキャラバンを組んで、私たちはこの地を目指したよ。
だが、このオーレ地方に辿り着いたのは私を含めても・・・ほんの一握りだった。」
老婆は自分で置いた焼き菓子を1つつまみ、口に含んだ。
匂いの強い紅茶でそれを流し込むと、大きく肩を落とし、ため息を吐く。
「もし時を渡れるポケモンがいるとすれば、旅を出る前の自分に会って、言ってやりたいね。 子供置き去りにしてまで、何を夢見ているんだって。
夢を持ってこの地まで渡り歩いてきて、手に入れたのは、この家と、ローガンじいさんだけだったよ。」
一息ついた老婆を見て、この相手からこれ以上の有益な情報は得られないことを確信した。
席を立つと、眠りかけていたニュウを起こしダイニングから外へと出る。
恐らく、俺の部屋に入ってきたあの老人がローガンというのだろう、今は出かけているのかその姿はなく、俺はニュウの前で膝をつき、しゃがみこんだ。
「眠いのならミレイのいる部屋に行って、彼女と一緒に眠っていろ。
お前も俺の回復を待って、今まで眠っていなかったのだろう?」
ニュウは目を細めながら、首を2回横に振った。
昔からこいつは、お節介焼きで頑固だ。 強く言っても聞きはしない。
「外の様子を確認してくる。 安全だと思うが、俺はまだ、ここがどこなのかも分かっていない。
心配するな、俺は、大丈夫だ。」
首をかしげる仕草は、ニュウが心配しているときのものだ。
平気なフリをしているが、昼型のフルが眠っていたことから考えて、恐らくニュウはほとんど眠っていないだろう。
適当な口実を作ってニュウをミレイのいる部屋へと帰し、靴に履き替えて家の外へと出る。
クレセントが後からついてきたが、こちらは体調不良を感じなかったので、気にしないことにした。
家は、高い坂の上に建っていた。
扉を出て、始めに見たのが砂の黄色ではなく、緑色だったのに、少し驚いた。
地面からは、名も知らない草が当たり前のように生えていて、ゆうに10メートルを越す巨木が根を張っている。
「そうか、ここがアゲトビレッジか。」
聞いたことがあった。
かつてその世界で名声を得たトレーナーたちが、老後を俗世界から離れて生活するため、アゲトビレッジという谷に集落を作って生活していると。
水脈を引いたフェナスと比べても申し分ないほど、川に、崖から落ち続ける水流・・・滝というものか、とにかく、水には事欠かない。
谷の切り拓かれかたは、パイラのそれとは全く違い、出来るだけ樹木を残すように家が建てられている。
短い草を避けながら、俺は、流れ落ちる水のふもとを目指し、歩いた。
細い道は坂が続き、見慣れない石が敷き詰められている。
落ちる水の真下へと近づくと、飛散した水の粒が包帯に吸い込まれていくのを感じた。
「まるで別の世界だな。」
遠くに見える砂漠で、ここがオーレ地方なのだと納得していたが、俺にはここが異世界に見えた。 ミレイは、このような場所に住んでいたのだろうか。
上から流れ落ちる水の出所を探そうと、崖の上に行かれそうな道を探していると、不意に誰かに背中を叩かれ、全身が粟立った。
頭と首を守りながら飛び退くが、逆に驚いた顔をしたミレイの姿を見て、防御に回していた腕を解く。
「b@/ycyui6s@\tdq」
「ミレイ・・・」
これが敵ならば殺されていたかもしれないという感覚よりも、俺は彼女が後ろに立っていたことにすら気付かなかったことに驚いていた。
「どうやら俺は、ミレイに会ってから弱くなっているようだな。」
1発の銃弾で倒れ、痛みにうめき、自分に近づいてくるものの気配にも気付かない。
絶対に見せるなと言われていた感情をも感じ始めている今、スナッチ団としての俺はフェイクにも劣るだろう。
そして今、迷っていた。 彼女を、元の世界に帰すべきかどうかということを。
危険を承知の上で、山と海を越え10年かけて移動すればミレイのいる世界へ行かれることは分かった。
だが、それをやる上での装備と、資金、何より彼女自身が到達するまでに体力が持つかどうかを考えると、不可能と思えることばかりだ。
「レオ!」
ミレイに呼ばれた。
だから、振り向いた。 すると、彼女は笑った。
「レオ、
驚いて、言葉が出なかった。
先ほどまで俺たちが匿われていた家を指差し、ミレイは手の動きを交えながら喋り続ける。
「セツマ6f@3a'yi6d5wmoZqk
口調と動き、言葉端から察するに、恐らく俺が眠っている間に部屋にいた老婆の方に教えてもらったのだろう。
会話を成立させるにはあまりにも単語が少なすぎたが、何かのきっかけにはなると考えた。
同時に、10年かけて彼女を元の場所へと帰すという考えに、何故か現実味が沸いたような気がした。
「ミレイ、お前の故郷なんだが・・・」
「??」
そうだ。 簡単な受け答えが出来たところで、こっちの話が通じないことに変わりはない。
1度、宅に戻ってあの老婆を介さないとダメだな。
ミレイの手を引くと、クレセントを連れ、来た道を引き返す。
包帯の巻かれた左腕を見ると、ミレイは顔を上げる。
「eqhuek」
疑問調の節で語りかけながら、ミレイは包帯の上から左腕の茶色い筋を指先でなぞる。
「
俺は、そう答えた。
家の鍵は開いていたが、中に老婆セツマの姿はなかった。
代わりに、別の老人がダイニングの席に座り、紅茶を飲んでくつろいでいる。
「尋ねたいのだが、ミセス・セツマはどこにいる?」
「おや、ローガンさんのところのアチャモちゃんかね? すっかり大きくなって!
また時を渡るポケモンの話を聞きに来たのかね?」
「いや、ミセス・セツマの居場所を聞きたい。」
「セツマさんかい? セツマさんなら、さっき聖なる森の入り口にローガンさんがいるのを見て、怖い顔して走ってったよ。
ところで、セツマちゃんのところのローガンさんだったかねぇ。 今日はセレビィの話を聞きに来たのかい?」
「いや、違う。 失礼した。」
ミレイのいた部屋の方向へと注意を向け、気配を探ってみたが、クレセント以外のポケモンは、まだ眠っているようだった。
無理していたのは解っていたので、クレセントを連れ、もう1度家を出る。
森と言っていたが、木が多く生えている場所は見当たらず、代わりに家の真下にある洞穴の入り口に人だまりが出来ていた。
「聞くか。 クレセント、降りるぞ。」
右肩は完治していなかったので、左腕を使いミレイを抱え上げると、彼女は声を上げた。
崖から突き出した太い根を足がかりに、段差を降りていく。
人の間を選んで着地すると、洞穴の入り口にたまっていた人間たちから声が上がった。
「ミセス・セツマを探しているのだが、聖なる森というのはどこにある?」
「え、聖なる森ならこの奥だけど・・・セツマさん森に入ったの? それでローガンさん血相変えて走ってったのか・・・
それより君、今、上から降ってこなかった?」
ローガン宅で聞いた話と矛盾しているのが気になった。 仮に全ての話が会っているとすれば、ローガンとセツマが互いに互いを追いかけていることになってしまう。
危険を感じたが、ここで老婆探しを中断する訳にはいかなかった。
走ることくらいは出来るだろうと、ミレイを降ろし、手を引いて洞穴の奥へと進む。
聖域だから入るなと止められたが、押し問答を繰り返すのも面倒だったので、強引に突破した。
肩の傷口が痛み、判断ではない何かで危険を察知した。
電流が何かを焦がした臭いを感じ、ミレイの手を離し、クレセントを先行させる。
セツマはすぐに見つかった。 森の入り口でうずくまり、奥を見ながら震えている。
ミレイに相談を持ちかけるのを、後回しにせざるを得ない状況だった。 彼女にミレイを頼むと、クレセントを連れさらに奥へと走る。
加工された石の道が続き、その先にある、石を削り作った塔のようなものの近くで、ローガンを見つけた。
側には小型の電気ポケモンがいて、その反対側で3本足の茶色いポケモンが対峙している。
相手のトレーナーの顔に見覚えはなかったが、服装はフェナスシティを占拠していた集団とほぼ同じものを着用していた。
ガウンの袖をまくり上げると、ローガンは茶色いポケモンを指し、黄色いポケモンへと指示を出す。
「ピカチュウ『10まんボルト』じゃ!!
答えよ! 貴様一体何者じゃ!? 何のために、この聖なる森に入り込んだ!?」
「ご老人、無理をなさってはいけませんよ。
ご心配なく。 我々のジャマさえしなければ、あなたたちアゲトビレッジの人間に危害を加えるつもりはありませんから。
カポエラー、『こうそくスピン』です!」
茶色いポケモンは上下逆さまになると、頭の角を支柱に回転し、小型の電気ポケモンへと向かっていく。
声を上げると、
「‘クレセント’『ねんりき』!!」
体の前で集中させたチカラを放つと、空中にいた格闘ポケモンの軌道がそれる。
全力で攻撃することはすることはせず、クレセントは途中で構えを解くとカポエラーとピカチュウの間に割って入った。
老人の相手をしていた、銀色の
顔を覚えられた。 奴が仲間を呼びに行く前に倒してしまわなければならない。
「おや、ジャマが入りましたね。 あなたはこの老人を助けに入った正義の味方、というわけですか?」
「お前が邪魔で、俺の目的が達成出来ないんだ。」
「ほう・・・」
「だから倒す。」
再び起き上がり、カポエラーはクレセントへと向かってくる。
頭の角を支柱に回転し、3本の足で蹴りを繰り出すカポエラーに対し、クレセントは身の軽さを利用し、相手の攻撃をかいくぐって小さいが確実にダメージを与えていく。
男はバトルをカポエラーに任せると、こちらへと走り、ナックルで殴りかかってきた。
まともに素手で受けるわけにはいかない。 痛みの少ない左手でいなし、そのまま相手の腕を抱え込んで極める。
だが、攻撃を決める前に腕を引かれ、足を払われる。
バランスが崩れ、舌打ちする。 石畳に手を突き相手の蹴りを避けるが、衝撃を受けた肩は痛んだ。
石が削られる音が聞こえ、クレセントのバトルに視線を移す。
カポエラーが放つ攻撃の波動が、先ほどとは違った。 バトルに集中しているせいか、クレセントはそれに気付いていない。
「‘クレセント’避けろ!!」
「遅いですよ、カポエラー、『ダークラッシュ』!!」
体の回転を早めると、茶色いポケモンは叫び声を上げクレセントへと向かってきた。
威力の違いに気付きクレセントは避けようとするが、タイミングが合わずにとっさに防御した腕ごと吹っ飛んでいく。
石畳の中心にある塔のようなものに背中を打ち付けると、
まだ意識はあるようだが、視神経をやられたのかしきりに目を瞬かせている。
「おや、よく見れば、あなたの顔・・・見覚えがありますね。
ブラックリストに載っていましたよ。 元スナッチ団の、レオ、でしたかね?」
「・・・‘シャドー’・・・!」
直感的にその言葉を口にすると、銀色の戦闘服を着た男は、顔をにやつかせた。
「そうですよ、私は中隊長のコワップ=シャドー。
あぁ、覚えてくれなくて結構。 あなたが生きて帰ることはありませんので。
見たところ、手負いのようですね。 こちらとしては、好都合です。」
回転するカポエラーの速度が早まった。 また
クレセントを見るが、まだダメージから回復し切っていない。
打開策の見つからないまま相手を睨んでいると、突然クレセントの寄りかかっている石造りの塔が輝いた。
「カポエラー、『ダークラッシュ』!!」
攻撃の衝撃で削られた石畳が跳ねて頬に当たる。
助けに行こうとした。 今のクレセントの体力では相手の攻撃を避けることが出来ない。
だが、クレセントは片手で俺に近づかぬようにジェスチャーすると、足元の地面に手を当てた。
身動きひとつ取らず相手を睨むと、大地に突いた手にチカラを込める。 すると、石畳の1つが飛び上がり、真上に乗ったカポエラーを放り投げた。
クレセントは小さく息を吐き、バランスの崩れた3本足のポケモンへと向かって飛び上がる。
「『とびひざげり』!!」
空中で回転の弱まった足を止めると、クレセントは相手の胴体に膝を叩きつけた。
避けることも防御することも出来なかったカポエラーは、横殴りの風に遭ったように飛ばされ、受身も取れず落ちていく。
「な・・・!? 見切られた、ダークカポエラーの攻撃が・・・!?
くっ、まぐれは2度は通じませんよ! 全てのポケモンで攻撃すれば、アサナン1匹のあなたなどには・・・!」
「‘イザヨイ’『t5yh@.j』!」
黄色い電撃の固まりを受けた炎が石畳の上を転がり、コワップの周りを回転して止まった。
流線型の黒い身体は、間違いなくイザヨイだ。
空から降りたハーベストは、ローガンの前で敵の攻撃から守る。 森の入り口を、プラスルを抱えたミレイとフルがふさいでいた。
「レオ! ‘ダークポケモン’q@9‘スナッチ’dw!」
ミレイが倒れているカポエラーを指差し、大騒ぎしていた。
俺はニュウが運んできたスナッチマシンを、左腕に巻きつける。
マシンのついた左手にモンスターボールを持つと、起動したスナッチマシンから発せられる巨大なエネルギーはモンスターボールのシステムをマヒさせ、スナッチボールへと変化させた。
「1つだけ尋ねる。 お前たちがこの森に来た時、ミスター・ローガンがこの森に入ったのをミセス・セツマが見、追いかけてこの森に入った彼女をさらにローガンが追いかけたらしい。
この2人いる、最初にこの森に入ったミスター・ローガンは何者だ?」
エネルギーの溜まったボールを倒れているカポエラーへとぶつけると、茶色い3本足のポケモンはモンスターボールの中に収まる。
コワップは腰からモンスターボールに似たものを取り出しながら、俺の出した質問を鼻で笑った。
「ふっ、愚問ですね。 彼に関しては私たちよりも、あなたの方が詳しいのでは?
しかし、ここであなたに会うことは大きな誤算でした。
仕方がありません、ここは退却するとしましょう。 しかし、我らシャドーの計画が止まることはありませんよ。」
奴がモンスターボール状の物体を地面へと打ち付けると、爆発音が鳴り響き、強い光が放たれた。
とっさにミレイの方に注意を向けるが、彼女が攻撃される気配も連れ去られるような問答も感じられない。
代わりに、コワップは森の奥へと走って行き、その行動から、俺は奴が逃げ出していったのだということが解った。
光が止み、周囲の安全が確認出来ると、途端に肩の傷口が痛みだす。
「レオ!」
ミレイが大声を上げ走り寄ってくる。 1メーターほどのところで立ち止まると、聞き取れない言葉で何かを言い続けた。
口調から彼女が何かに怒っているのだと思っていたが、直後に彼女が泣き出し、俺は困り果てた。
原因も分からなければ、それが理解出来たところで彼女を泣き止ませる方法を知らない。
俺のポケモンたちに囲まれた彼女を見ながら、俺は何をするでもなく立っていることしか出来なかった。
過呼吸も収まり、大分落ち着いてくると、ミレイは足元のクレセントに見入っていた。
そのまま抱え上げると、クレセントを俺の方へと向ける。
「レオ、クレセントt@ダークポケモンd@'uhuZw.k」
何が言いたいのか解りかね、ひとまず彼女の言いたいことはミセス・セツマに聞くことにし、一旦保留した。
抱えたままのクレセントを地面へと降ろさせ、ミレイを森から出るよう誘導する。
ハーベストやイザヨイの顔を覗くなど、クレセントの動きに不自然な部分が多かったが、特に問題なく森から出ることは出来た。
森から出た直後、ローガンは集落の人間たちに囲まれた。
色々声を掛けられていたが、俺たちには関係ないことなので、その場を集落の人間たちに任せ、ミレイを連れて人ごみを抜ける。
人がばらけてきた辺りで、元の家に戻る道を上る子供と目が合った。
子供は目を細めた。 歩く速度を早め、走って逃げ出す。
「・・・待て!」
フルとニュウにミレイを任せ、坂を駆け上がり単独で子供を追いかける。
相手は逃げたが、すぐに追いついた。 枯れ木に空いた穴の中に子供を追い詰め、逃げられないようにする。
「半月前、パイラタウンにいたな。」
子供は答えない。 笑いもしなければ、泣きもしない。
「何故、ここにいる?」
返事をしない子供に対し、得体の知れないものを感じた。
1歩詰め寄ると、俺は子供に対して真正面を向き、話の核心を口にする。
「お前は、半月前パイラで、確かに死んでいたはずだ!」
子供はそれを聞いても微動だにしなかった。 1度うつむいてから笑い、俺の方に顔を向ける。
「ダメだよ。」
子供は喋った。 ミレイのそれに似た青い瞳が、はっきりと見える。
「まだ帰してあげない。 君が、答えを出すまで。」
「・・・何を言っている?」
相手は返事をせず、枯れ木の穴の中へと逃げ込んだ。
すぐに追いかけるが、中に子供の姿はなく、俺は完全に相手を見失う。
不可解なことが多く起こり、俺は混乱していた。
考えを整理するため、その場に座り込むと、包帯の上から巻きつけたスナッチマシンが視界に入る。
少なくともこの集落を出るまでは使うことはないだろうと考え、電源を落とし、腕に巻きつけていたコードを外していった。
白い包帯の上には、茶色い筋が描かれていた。 それを見て左腕に巻かれた包帯をむしり取る。
俺は枯れ木の根元にそれを隠し、立ち上がると、ミセス・セツマを探すために再び歩き出した。
次のページへ
目次へ戻る