Chapter14:sender−Reo
=Storms come.




外へと出ると、山の奥へと道が続いていた。
深い谷の間にバトルフィールドと同じ大きさのプレートと、それをつなぐ橋がぶら下がっている。
もしこれが落ちたら間違いなく死ぬ。 一瞬戻ることを考えたが、出来るだけ時間と距離を縮めることを優先し、モンスターボールに手を当て走った。
やはり、ただでは通してくれないらしい。 プレートの上で待ち構えていたトレーナーが、進路を阻む。
「通せ。」
言いながら進むと、時折足元が揺れる。
相手はバランスが取りきれないらしく、プレートをつなぐ橋の柱に寄りかかりながら、モンスターボールを手に取った。
「出来ねぇ相談だな。 今、奥で大人同士のハナシしてんだよ。」
「ならば、お前にどいてもらう。」
モンスターボールを飛ばす。
相手が繰り出すドンメルの攻撃をかわし、ハーベストは相手の上空へと飛び上がった。
息が拭きかかると、相手の動きが止まる。
トレーナーの方をイザヨイの炎で追い払うと、俺は先へ進むために、ポケモンたちの方を振り返った。
だが、ハーベストがいない。 捜そうとしたとき、鳴き声が聞こえ、視線が上がる。
「!!」
上空約5メートルのところで、ハーベストは暴れていた。
彼女に降りてくるよう呼びかけるが、手足の短いポポッコが何度動いても途中で舞い上がってしまう。
「何を・・・?」
「何だ、谷風も知らねぇのか? 山ン中じゃ、こんな風毎日だぜ。
 よっぽどレベルの高い飛行ポケモンじゃないと、吹き飛ばされて身動きも取れなくなっちまうのさ。」
モンスターボールの行動制限のせいで吹き飛ばされることも出来ず空中をさまようハーベストを、少しの間見ていた。
あの分なら全く動けない訳ではない、その気になれば戦うことも可能だ。
俺はハーベストをモンスターボールに戻すことを諦め、先に進むことにした。
1歩進むごとに壊れかけたモンスターボールが帯電し、音を鳴らす。

谷を渡るプレートは10あり、それを渡す釣り橋が11ある。
よほど邪魔されたくないのか、次の地面に辿り着く直前まで、全てのプレートにトレーナーが待ち構えていた。
進むごとにバトルを仕掛けられ、無傷では進めない。 厄介なことに回復システムを持ち込んでいるらしく、何度倒しても別のトレーナーの相手をしている間に復活してくる。
5人目を突破したところで、奴らと正面から衝突することを諦める。
極力相手と戦うことを避け、先に進むことに専念する。
ニュウが新しく覚えた『あやしいひかり』は、とても役に立った。 錯乱した相手のポケモンが奴らの別のポケモンに攻撃して、絶好の足止めとなる。
ニュウの放つ光を直視しないよう、ゴーグルで目を覆った。
進むにつれ、山の奥にいる男たちの姿がはっきりしてくる。
恐らくこの騒ぎの中心だろう。 複数人いるが、穏便な雰囲気ではない。
体中紫色のアザを作った男が、自分の前にいる男を睨んでいる。 相手もトレーナーらしい、横に2メートルはあるポケモンを従えている。
近づくごとに上がる気温からも、そのポケモンが並々ならないチカラを持っていることがわかった。
熱気からか足元のつり橋がきしみを上げる。 平衡を保ちきれる状態ではなかったが、手すりに触れることはかなわなかった。
俺の脚がプレートに触れると、大きなポケモンのトレーナーはこちらに気付いた。
「ん? なんだ、てめぇは。 どうやってここに来た。 俺様の部下どもは何をやっている?」
赤い髪をした、レスラー以上に体格のいい男だ。 まともにやりあったら、まず勝ち目はない。
俺は自分の後ろを指すと怪我をしている方の男を観察した。 こちらは多少背は高いが標準的な体格をしている。 無理矢理ここまで連れて来られたらしく、衣服に縄の跡や泥をすった跡が残っている。
「ミッションの時間が早すぎたようだ、よく眠っている。」
ギリギリまで粘っていたトレーナーが、真後ろのつり橋で力尽きて倒れた。
橋の上で待機していたクレセントが、空中で『ねむりごな』を撒いたハーベストを回収し、隣のプレートに着地する。


男は足を鳴らし、大きな赤いポケモンを俺の方へと向けさせる。
「ガキがッ、シャドーの作戦を邪魔するつもりか。」
「いや。 このバトル山を登るためにセネティという男に話しに来ただけだ。
 邪魔するつもりはない。」
「・・・わ・・・たしに・・・?」
怪我をし、プレートを挟んで反対側にある橋の側で倒れている男が、声をあげる。
奴がセネティらしい。
荷物から紹介状を取り出すと、大きなポケモンの横を通り過ぎ、倒れている男にそれを差し向ける。
「ローガンからの紹介状だ。」
「それどころじゃ・・・な・・・」
「とても急いでいる。」
太陽が昇ってきたからか、気温が高くなってきた。
視界は開けるが、長期戦には向かない。
紹介状を受け取らないセネティを立たせていると、もう1人の男の足でプレートが揺らされる。
気温がまた1度近く上昇した。 短期間に、この上がり方は異常だ。
攻撃の気配を感じ、男を抱えてその場から飛び退く。 相手の放った炎の技は、それまで2人の足元にあったプレートを溶かし、赤い液体へと変えていた。
「俺様のことを、無視してんじゃねぇよ・・・!」
大柄な男が足を鳴らすと、背後にいたセネティが咳き込む。
炎を放ったポケモンがうなると、空気が震えた。 間違いなくダークポケモンだろうが、炎の威力が違い過ぎる。
溶かされたプレートは変質し、ガラスのように変わっていた。 まともに戦える相手ではない。

確実に攻撃を避けるため、円盤状のプレートの端に向かい1歩下がると、赤いポケモンのトレーナーは顔をにやつかせた。
「ざまぁねぇな、セネティ。 エリアリーダーが、ガキのケツに隠れて命乞いか?」
「う、るさい・・・! くっ、なんなんだ、あのポケモンは・・・!」
背中にいる男は焦げ付いたモンスターボールを握り、言葉を吐いた。
赤髪の男が立つ足元から、煙のようなものが立ち昇る。 あのポケモンから発せられている熱気、ダークポケモン自身にもコントロール出来ていないようだ。
ポケモンが近づくごとに上昇していく気温に、体力を奪われる。
セネティが片膝をつく。 既に傷で体力を奪われている奴が気絶するのも時間の問題だ。
赤いポケモンが4本の足を使い、こちらへと近づいてくる。 熱気で息を整えていることが出来なくなった。 赤い髪の大男が、右手をセネティの方へと向ける。
「オラ、さっさと渡しな。 ダキム=シャドー様に逆らって生きていられた奴はいないんだよ!」
痛みの戻る肩から気をそらす。
既に立っていることも出来ないセネティは、ダキムと名乗った男を睨んでいた。
「・・・断る! セレビィはホウオウと並び、このオーレを司っている神なんだ。
 お前たちのような輩に渡すわけにはいかない!」
熱せられた地面の温度に耐え切れず、セネティは悲鳴を上げた。
まずはあの赤いポケモンを何とかしないと、まともに動くことすらままならない。


現状を打破する方法を考え、周りの状況を確認する。
先に進むための橋は赤いポケモンの奥、クレセントとハーベストはまだ後ろ、第9ブースで待機したままだ。
作戦を決定すると、俺は地面に転がっているセネティを左手でつかんだ。
上半身を持ち上げ引きずりながら走る。 状況を理解したクレセントにセネティを渡すと、戻り道となる橋を渡り、赤いポケモンのトレーナーと距離を取る。
「バカめ! 逃げられるとでも思っているのか!? エンテイ『だいもんじ』だ!!」
「‘ハーベスト’つかまれ! ‘イザヨイ’『かえんぐるま』で橋を焼き切れ!!」
自分の走る後ろにモンスターボールを投げ、炎をまとって走るイザヨイに後ろを走らせる。
橋を渡り切り、イザヨイの前足を引くと赤いポケモンの放った火球が足元で爆発した。
イザヨイが炎を吐き相殺しようとするが、ほとんど効果を得られず、俺はイザヨイとハーベストを抱えたまま爆風で第9ブースのプレートまで吹き飛ばされる。
予定とは違ったが、橋は落ちた。
息を吐く。 これでしばらく追いかけられることはないはずだ。 そう思ったとき、腕の中にあった重さがなくなり、戸惑う。
その原因は、抱えていたハーベストと攻撃を防ごうとしたイザヨイがモンスターボールの姿へと変わったためだった。
黒く焦げたプレートを見て、何が起きたのかを理解する。
動けなくなった2匹のボールをホルダーへ戻すと、クレセントのボールを取り、開閉スイッチの周りを囲う目盛りを目一杯回転させた。

「‘クレセント’その男を連れて先に行け!」
鳴き声を上げ、クレセントはセネティを立たせると来た道を逆走し始める。
ニュウとフルを呼び出し、その後を追おうとする。 だが、プレートを揺らし着地した赤いポケモンの足音で、足が止まった。
男が赤いポケモンから降り、近づいてくる。
「ふんっ、逃げられっこねぇっつったろうが。
 どうした、もうネタ切れか? しょせん、ガキはガキだな。」
逃げ道がない。 5メートルはあった距離を飛び越えてくるポケモンに対し、戦う術もない。
残された方法として考えられるのは、生き延びることだけだった。
フルとニュウにそれぞれ指示を出そうとしたとき、背後から強い風が吹き、動きを制限される。
あり得ない方向から吹いてきた風の出元を探し、上空に目を向けると、光り輝く羽を身にまとった鳥が、俺たちのいる場所を見下ろして飛んでいた。
「ホウオウ!」
足でミレイを捕まえている。 間違いない。
取り返そうと動きかけた時、先にダキムが動き、赤いポケモンにホウオウを攻撃する指示が出た。
放っておくとミレイが巻き込まれる。 一刻も早く取り返さなくてはならない。
「‘ニュウ’『あやしいひかり』!!」
一瞬反応が遅れたが、ニュウは精神を統一し、ダキムの使う大きなポケモンへと向かって混乱効果のある光を放った。
フルが見覚えのない光線を大きなポケモンへと向かって放ち、攻撃の軌道を変える。
今ので完全に赤いポケモンの攻撃対象はフルへと向けられた。 相手の攻撃を避けることにのみ集中するようフルに指示を出すと、俺は降りてきたホウオウへと向かって走る。
足につかまれたミレイを引き離すと、その場から飛び退いた。
意識がないのか、何度彼女に呼びかけても反応がない。 肩を揺さぶったとき、ようやく彼女はまばたきをして俺の顔を見、続けて、こちらへと近付いてくる赤いポケモンとダキムに目を向けた。


「ホウオウ・・・まさかそっちから来てくれるたぁな。
 探しに行く手間も省けるっつーもんだぜ。 エンテイ『だいもんじ』!!」
ホウオウへと攻撃しようとするダキムとエンテイという赤いポケモンを見て、ミレイはわずかだが眉間にチカラが入っていた。
少なからず怒っている。
相手の注意がホウオウへと向いている間に何とか逃がそうとミレイにこちらを向かせようとしたとき、彼女は口を動かして何かを喋った。
それを聞き取る間もなく、ホウオウが空へと飛び立ち、地面が大きく揺さぶられる。
何が起こったのかも解らず、とにかくミレイとはぐれないよう彼女の腕をつかんだ。
状況が理解出来ないのは相手も同じらしく、エンテイは足元を支えられずに倒れ、ダキムは崩れたプレートの端から谷底へと転落する。
とっさにスナッチマシンを起動させる。
「ミレイ! あれはダークポケモンだろう、そうだな!?」
喉を痛めるほどの声を上げると、ミレイは顔を上げて俺の顔を見ながら口を動かした。
聞き取れはしなかったが、少なくとも「No」ではないことを確認し、スナッチボールを投げる。
エンテイがボールの中に吸い込まれると、地面の揺れも収まった。
助かったのだろうか。 いや、それは今決めるべきことではない。
今は彼女を安全な場所まで移動させなくてはならないし、セネティと一緒にいるクレセントも迎えにいかなくてはならない。
立ち上がろうとしたとき、巨大な鳥が太陽の光をさえぎり、俺とミレイの上に影が落ちた。
ホウオウだ。 上空を羽ばたきながら、こちらを睨みつけている。

『いつまで見て見ぬふりをしているつもりですか。 早く決断をなさい。』

「え・・・?」
喋った? 聞き違いだろうか。 答えの出ないまま、ホウオウは体の向きを変え、見えないところへと飛び去っていく。
静まりかえった周囲の安全を確認すると、体の震えだしたミレイと目が合った。
間違いなく彼女だ。 確認できた以上、一刻も早くアゲトビレッジに戻らなくてはならない。
まだ他のシャドー戦闘員が残っている可能性がある以上、彼女に事情を説明している時間はない。
彼女を抱え上げ、来た道を走る。 傷口が多少開いているようだが、気にしていられない。
ミレイは驚き、抱えられたまま動き回る。
「頼む、暴れないでくれ!」
耐え切れずに叫ぶと、ミレイは後ろに向かって何かを叫び、大人しくなった。
ひとまずはこれでスナッチマシンが誤作動を起こす心配が減った。 入ってきた建物の前で手を振るクレセントの方へと、可能な限りのスピードで走る。
クレセントの前に到着すると、ミレイを降ろし、大きく息を吐いた。 2月で体力の落ちた自分に嫌気が差してくる。
横を見ると、ミレイが俺の方を見ているのが判る。
あぁ、また、あの目だ。


「‘クレセント’
 ミレイが見つかった。 他の奴らの回復を終えたら、アゲトビレッジに帰る。」
話しかけると、クレセントは顔を上げた。 この反応はフルやニュウと同じだ。 原因は解らないが、間違いなくクレセントはダークポケモンではなくなっている。
顔を上げる以外の反応はいつもと変わりなかったので、早く行こうと思い建物の奥に進もうとすると、服のすそをクレセントにつかまれ、引き止められた。
振り返ると、クレセントは首を横に振った。 自分の右肩を左手で叩く動作をすると、特に声は上げず俺の方を見つめてくる。
「肩がどうした?」
まさか逃げる途中で外れたのかと、しゃがみこんで確認しようとすると、クレセントは突然俺の右肩を強く押した。
痛みが強まり、思わず声が上がる。
ニュウが反応し、クレセントを弾き飛ばした。 受けも避けもしなかったクレセントは、1メートルほど飛んで地面の上に転がる。
「‘ニュウ’!!」
2匹の間に腕を置くと、争いは収まった。
起き上がったクレセントは多少なり怒っているようだったが、大きく息を吐くと、もう1度自分の肩を叩く。

「レオ」
背中に手が置かれ、それがミレイのものだと気付く。
振り返ると、彼女はまた泣いている。
「何故泣く。 悲しいのか?」
Noイイエhappyウレシイ
ミレイがしゃがみこむと、視線の位置が変わり、彼女を見下ろす形になる。
見ている前でミレイが俺の肩に触れると、服に染み付いた赤いものが彼女の指についた。
反対の手で目頭をこすると、ミレイは手に突いた血を俺に見せ、また、あの顔をする。
「]lduew@
「彼女は君に、その肩の傷の治療を受けてほしいみたいだよ。」
声がかかり振り向くと、松葉杖を突いたセネティが俺たちのことを見下ろしていた。
「ミレイの言っていることが解るのか?」
「いいや、だが、顔を見ていれば判るよ。 そのアサナンの言いたかったこともね。
 君は、君の仲間たちにとても好かれているみたいだね。」
確認のために自分の肩に触れる動作をミレイに見せると、肯定の言葉と共に彼女は首を縦に振った。
セネティの言葉に納得し、治療用具の場所を尋ねる。 考えてみれば、包帯はおろかほとんどの治療道具を持ってきていない。
助けてくれたお礼だと言って、セネティは治療の代金を断った。
この建物は何かの施設らしく、その救護室へと動くと、セネティは棚から治療用具の入った箱を運んでくる。
脱いだアンダーシャツをミレイがどこかへと持ち去っていき(フルとニュウが2匹で付いていっているし、あんなことがあった直後ではそう遠くへは行かないだろう)救護室の中は静まり返った。

セネティが消毒液を探す間、することがなくなり、俺は考えることのみに集中していた。
不可解なことが多すぎる。 あそこで探し物をしている男は、その答えを持っているのかもしれない。
「何故、この山は襲われたんだ?」
「え?」
探す手を止め、男はこちらへと振り返る。
「見る限り、あの鳥のようなポケモン以外、狙うほどのものがあったようには思えないのだが。
 お前もそうだ。 あの集団と、一体何の関わりがある?」
探していた消毒液が見つかったらしく、男は俺が座る長椅子へと戻ってきた。
「・・・ひどい傷だな。」
「話をそらすな。」
ガーゼを湿らせ、肩の傷へと押し当てると痛みが走る。
セネティは今度はテープを探しながら、1度俺の方を見ると少しの間黙っていた。
「君は確か、ローガンさんの紹介で来たんだったね。」
その質問に首を縦に振ると、セネティは動いた。 手には塗布薬とガーゼと貼り付けるためのテープ、それにハサミが折り重なるようにして詰め込まれている。
「セレビィというポケモンを、知っているか?」
「いや。」
「時間を渡ると言われているポケモンだ。
 私は、そのポケモンを呼び出せると言われているアイテムを持っているんだ。」
「取られたのか?」
「いいや、渡さなかった。 いや、あのダキムという男・・・あの男の使うポケモンを見たら、渡すわけにはいかなくなった。」
恐らくダークポケモンのことだろう。
特に言うこともなく、俺は自分の傷口にセネティの持ってきた薬を塗りつける。
廊下の向こうからミレイの悲鳴が聞こえたような気がしたが、あの調子なら恐らく問題はないだろう。
「奴らは、ダークポケモンというものを作り出し、何かしようとしているようだった。 恐らくセレビィもその1部なんだろう。
 私としては、そんな奴らにセレビィを渡すわけにはいかない。 だから、もう1度あの集団が来たとしても、その、セレビィを呼び出すものを渡さないつもりだ。
 たとえ、命と引き換えになったとしても。」
「人の欲か。」

段々と話がくだらない方向へと進んで行き、興味も失ってきた。 再び傷口から血が漏れ出さないよう、少し強めにガーゼを貼る。
「君は・・・」
消毒液を元の箱に戻しながら、セネティは1度こちらを見てから、視線を戻した。
「その左腕の傷は、一体・・・?」
「職業病だ。」
「親は・・・」
「いない。」
質問にのみ答えると、俺はテープを貼り終え、戻ってきたミレイからシャツを受け取ってその上から着込んだ。
少し焦げ臭いが、ボールの中にいたはずのイザヨイが外に出ているのを見て、何があったかはおおよそ察す。
幸い、ミレイは無傷だ。 今の地点では、何ら問題はない。


「行くぞ。」
あまり時間もかけていられない。 立ち上がってスナッチマシンを装着しなおすと、ミレイの手を引き、バイクへと移動しようとした。
だが、途中でミレイの足が止まり、引き止められる。
振り向くと、彼女は少し怒ったような顔をしていた。 原因が解らず、俺は戸惑う。
「レオ!」
ミレイは俺の名だけを呼ぶと、飲食コーナーの方向を指差した。
自分の右肩を叩き、俺の手を引いてそちらの方へと動かそうとする。
「あっははは! しっかりした恋人じゃないか。 君のことをよく分かってる。」
俺の後から救護室を出たセネティが大笑いする。
何を指しているのかが解らず振り向くと、奴は俺たちの方を指差した。
「食事くらい食べていけって、そう言いたいんだろう。 わかるよ、君の顔を見れば昨日から何も食べてないことくらい。
 君も君だ、肩の傷もそうだが、生身の人間が無茶をし過ぎる。
 まさかその体調で、あの砂嵐の、しかも熱地獄ともいえる日差しの中運転するつもりだったのか?」
「あぁ、そのつもりだが。」
「・・・ッ、バカか君はッ!?」
突然大きな声を出され、ミレイが耳をふさぐ。
俺自身も驚いていた。 他人に口出しされることではないと思っていたからだ。
「あの砂漠の中を1度でも運転したことがあるのなら、それがどれだけ過酷なことかは知っているだろう!
 君の今の体調ではわざわざ死にに行くようなものだ! それでは君の事を気づかってくれている彼女やポケモンたちに申し訳ないとは思わないのか!?
 そもそも、君がそんな心構えだからポケモンにまで心配されているんだ、少しは自分のことも考えたまえ!!」
一気に怒鳴りたてられ、俺は絶句した。
俺は、怒られたのだろうか。 いや、だとしたら、何故今日会ったばかりの無関係な男に?
ミレイを見ると、彼女もセネティと似た目をして俺のことを見ていた。
これだ。 いつもミレイがこの表情をして俺のことを見る理由。 それが理解出来ないんだ。
「怒っているのか?」
服を引いて、ミレイが首を横に振る。
「心配しているんだよ、私も、彼女も、君のポケモンも。 君のポケモンたちを見ていれば、君がどれだけポケモンたちに尽くしているのか、それが分かる。
 しかし、だからこそ君はそれ以上に自分のことも大切にしなくてはならないんだ。」
「何故? ポケモンたちはともかく、お前は俺とは無関係の人間だろう。」
「君は・・・」
言葉を途中で止め、セネティは俺の背中を飲食コーナーへと向けて押した。
行動の意図がつかめずにいると、ミレイが笑っているのが目に入る。
「まぁ、とにかく食べていきたまえ。
 食べ終わったら僕が車を運転して、君たちをアゲトビレッジまで送っていこう。 それならば君も納得するだろう?」
「バイクなんだが。 サイドカー付きの。」
「ならば牽引する。 とにかく、そのケガで運転なんて無茶な真似するんじゃない。」

「それと、君の恋人、大切にしたまえ。」
また不可解なことを言い残すと、セネティは牽引の道具を探しに建物の奥へと歩いていった。
本当に牽引できるのか疑問だったが、考えても仕方がないので飲食コーナーで店員に無理を言って朝食を作ってもらう。
パンの間に野菜とベーコンがはさまったものを出され、ベンチに座ってミレイと2人でそれを食べた。
俺の方が先に食べ終わると、彼女は自分の皿に残っていたパンを半分にちぎり、それを俺へと向かって差し出す。
断ろうとしたが、ジェスチャーで俺の方が背が高いからと示され、押し付けられた。
理にかなわない行動に、俺はミレイの顔を見る。 少し性格が変わった気もするが、間違いなくミレイだ。
受け取った半分のベーグルを口に運んでいると、セネティが戻ってくる。
早めに食べ終わり、俺はミレイをその場に残し牽引するロープを取り付ける作業を手伝った。
恐らく買出しに使うのであろうトラックにバイクを結びつけると、待っているミレイを呼び、その大型車に乗り込む。
しかし、散らかっている荷台に乗る訳にはいかず、狭い助手席にミレイと2人で座る。
スナッチマシンのスイッチを切ると、絶え間なく続いていた高い音が聞こえなくなり、車のエンジン音が聞こえてなお、静かに感じた。
限界を超えていたのだと思う。
俺は、車が出発するのよりも前に、眠ってしまっていたらしい。
アゲトビレッジに着くまでの間のことを、何も、覚えていない。



どのくらいかかって、いつアゲトビレッジについたのかは覚えていないが、ミレイに揺り動かされ目を覚ましたときには日が高く昇っていた。
目を開くと、彼女の青い目がよく見えて、かすかにそれが光を放っていることにも気付いた。
再び眠くなってくるが、少し怒っている彼女を見て、体を起こす。
車を降りたときに、牽引のロープが外れたバイクのサイドカーの上に、見慣れない箱が置かれていることに気付いた。
「何だ、これは?」
「あぁ、さっきローガンさんが君に荷物が届いたと言って置いていったんだ。
 本当はその時に起こそうかと思ったんだが、君、あまりに気持ちよさそうに眠っていたからね。」
中の安全を確認するため、フルを呼び出し、箱の様子を見に行かせる。
不審過ぎる物体ではあったが、フルは一通り確認した後、大丈夫との合図を出した。

念のためミレイを離れさせ、箱を開くと、中に詰め込まれていたモンスターボールが真っ先に目に入る。
以前買ったものよりも質の高い、スーパーボールやハイパーボールが大半を占め、見たことのない種類のボールもいくつか混じっている。
その上に置かれていたものの方が、気付くのが遅かった。
一瞬ノートと見間違ったが、確か、これの名前はPokemon Digital Assistantポケモンデジタルアシスタント、P★DA。
既に基本的なセットアップは終了していて、電源も入っている。
何か紙のようなものがはさんであって、それを取り出し、書いてある文面を読んだ途端、気分が悪くなった。



 そろそろ新しいモンスターボールが欲しくなる頃だと思ってな。
 お前さんの所に行こうとしたら、ちょうどオアシスでお前とお前の恋人を見かけたんで、ついでに送っておいてやったぜ。
 箱の中に見慣れないモンスターボールが混じっていると思うが、それは遠い地方で作られた新型のモンスターボールだ。
 ネットボールは『みずタイプ』と『むしタイプ』のポケモンに対して効果を発揮する。
 ネストボールは自分のポケモンよりレベルの低いポケモンが捕まりやすくなる。
 タイマーボールは時間がかかればかかるだけ捕まえる確率が上がる。
 まぁ、お前さんなら使いこなせるだろう。
 それと、ここへ来る途中でお前さんに連絡をつけたいという奴が何人もいたから、連絡に困らないようP★DAも入れておいた。
 番号を教える相手は自分で決めな。

 占めて87000ポケドルだ、料金はお前さんが眠っている間にちゃんと受け取っておいた。
 まいどあり。

 町外れのスタンドのマスターより。



紙を握り締めながら、俺は納得した。
パイラタウンで感じた、この気分の悪くなる感情の正体。
これは、「怒り」だ。


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