Chapter14:sender−Reo
=Storms come.




ページを何度めくっても、知らない景色ばかりが描かれていた。
数時間前に、ミレイは自分の世界を教えるためと、この家から借りたスケッチブックとクレヨンで10枚近い絵を描いた。
あまり鮮明ではないが、何が描いてあるかは理解は出来る。
使用されているのは主に緑と青のクレヨンで、1枚目の紙は、地面が水に埋もれている景色が描かれていた。
空を飛んでいる白い物体がキャモメで、水の上に浮いている紺色の丸がホエルコだと気付くのに少し時間がかかった。
ホエルコから少し離れたところに浮いている三角形の物体がどうしても理解出来なかったので、これは、後から聞くことにしよう。
紙の端には、小さな字でumiうみと書かれていた。
2枚目の紙は、ほとんど木のようなもので埋まっていた。
上面が葉を表すのだろう緑色で、下面が幹を表すのだろう茶色と、その間に無数のポケモンたちが存在している。
何匹かは姿形から何のポケモンか解ることが出来たが、全く見たことのないポケモンもいた。
紙の端には、小さな字でmoriもりと書かれていた。
3枚目の紙には、建物が立ち並ぶ街が描かれていた。
ほとんどが見知った建物の形をしていたが、一部に屋根が三角形のものがあったり、2つの建物は画面からはみ出していた。
そして、ここにもポケモンたちは多く描かれていた。
オーレ地方との違いは、いつもミレイがやっているように、人間がポケモンに、ポケモンが人間に笑いかけていることだった。



4枚目の紙に手を伸ばしたとき、窓の外に変化があり、俺は手を止めた。
電灯の光を必要としないほどの満月が、一瞬何かに光をさえぎられ、すぐに明るさを取り戻す。
外は快晴のはずだ。 自然にこうなることなど、あり得ない。
不自然さの原因を確かめるべく、窓に近づいたとき、もう1度月の光がさえぎられ、何か大きなものが空へと飛んでいくのが見えた。
鳥のように見える。
その足にミレイがはまって、聞こえにくいが、俺の名を呼んでいるのも。
「‘フル’‘ニュウ’!!」
玄関まで回っている時間はない。 窓を開けると壁を蹴り階下へと飛び降りる。
数歩走るが、ミレイを捕まえた何かは、既にどうあがいても手の届かない高さまで上昇してしまっていた。
「ミレイ!!」
名を呼ぶが、既に声も届かない。 それどころか、声が肩の傷口に響き、痛みを吹き返し始める。
肩を押さえると、フルとニュウは足元から俺の表情を伺ってきた。
ミレイを捕らえたものの行く先を目で追ってから、俺は残りのポケモンたちを探すために走る。
特にハーベスト。 ポポッコあのポケモン なら空を飛べる分だけ、まだ可能性は残っている。

―声を立てるな・・・

誰が決めた。 ヘルゴンザ、お前には従わない。
「‘ハーベスト’‘クレセント’‘イザヨイ’!! すぐに来い!」
集落全体に向かって叫ぶ。 再び肩の傷が痛んだ。
昼間見た滝の方向からイザヨイはやってきた。 鳴き声が聞こえ、上を見上げるとハーベストが木の枝に引っかかり、身動きが取れなくなっている。
遅れて、家の中からクレセントが走ってくる。 抱えているのは、部屋の中に置いていたスナッチマシンだ。
そのことに気付くと俺はクレセントの元に走り、スナッチマシンをひったくる。
Don't touch it!それに触るな
スナッチマシンを奪われたクレセントは、体を痙攣させたあと、うつむいてその場に座り込んだ。
俺が怒鳴ったことで、クレセントを傷つけたことは知っていた。
手にしたスナッチマシンを装着すると、未だに動かないクレセントの頭に、右の手を置く。
「クレセント、お前はこれに触れてはいけないことを知らなかった。
 スナッチマシンは危険なものだ、だから今後、お前がこれに触れてはいけない。 解ったか?」

顔を上げたクレセントに対し、木の上に引っかかっているハーベストを降ろしてくるよう指示を出すと、家の中からローガンがやってくるのに気付いた。
「ずいぶんと大きな声で喋っておったようじゃが、一体どうしたのかね?」
「ミレイがさらわれた。 今ポケモンたちを呼び集めていたところだ。」
ハーベストを抱えて降りてきたクレセントをモンスターボールに戻し、傷がないことを確認するとハーベストもボールに戻す。
バイクから戻ってきたフルは首を横に振る。 出発前に最低でも水分の調達が必要なようだ。
「今から行く気かね? 朝を待ってからでも・・・」
「それだと間に合わない。 今から行く。」
この時間ではショップは開いていない。 イザヨイとニュウからタンクを受け取ると、坂の上へ走り、池の水をくんでバイクへと戻る。
だが、利き腕をやられている状態で、それは簡単なことではなかった。
普段使っているタンクを持ち上げることも出来ず、1度装着したスナッチマシンを外し、左手で持とうとすると、フルが尻尾で俺の腰を叩き、揺れていたモンスターボールを落とす。
地面に転がったボールから出たクレセントは、自分の胸を叩くと地面に置いたタンクを持ち上げ、歩き出した。
「助かる。」
タンクを運ぶクレセントを追いながら、ふと本当にこのポケモンはダークポケモンなんだろうかという疑問が浮かんだ。
昼間シャドーと戦ってから、様子が違う。 動きに動物的な無駄が多すぎる。
ミレイが祠で言っていたことを、ミセス・セツマに聞かなかったことを後悔した。
一旦は保留するしかない。
バイクに水の入ったタンクが積まれたのを確認すると、バイクの燃料を確認し、イグニッションキーを回す。
エンジンが温まる間に、ポケモンたちを全てモンスターボールへとしまい、ホルダーに取り付けた。
今、水だけが置かれているサイドカーは、ミレイの席だ。

「ミスタ・ローガン。 戻ってくるまで、プラスルを預かっていてくれ。
 ミレイを取り戻したら、1度このアゲトビレッジに戻ってくる。」
「待ちたまえ! レオ君、ミレイがどこに連れていかれたか、わかっているのかね!?」
「北へ向かっていくのが見えた。 あれだけ大きく、全身輝いている生物ならば、近づけば恐らく見えるはずだ。」
「北・・・じゃと?」
ローガンはそう言うと、いつもより早い足取りで近づいてきた。
白髪の眉の下にある表情が、曇っている。
「もしかすると、その生物というのは、虹色の羽根をした、大きな鳥のようなポケモンではないかね?」
「そう見えた。」
そう返答すると、ローガンは頭を抱え「なんという・・・」という言葉をため息とともに吐き出した。
「だとすれば、ミレイをさらっていったというその生物は、恐らく『ホウオウ』というポケモンじゃ。
 普段はバトル山の山頂に住み、人前には姿を現さぬ。
 レオ君、無理じゃ、奴は人を憎んでおる。 ホウオウがミレイをさらった理由が何であれ、助けに行っても逆に殺されてしまう・・・!」
エンジンが温まり切るには、まだ時間が必要だった。
試しに空ぶかしさせてみるが、この調子で出発すれば途中でエンストを起こすのは目に見えている。
「行くつもりなのかね?」
「あぁ。」
普段と変わらなくあるはずだが、出発するまでの間がひどく長く感じられた。
ミスタ・ローガンは俺にこの場で待つように言い、急いだ足取りで集落の奥へと走っていくと、紙を1枚持って走り戻ってくる。
その紙を渡すと、息を切らしながら声を上げた。
「この紙を、バトル山にいるセネティという男に渡すといい。
 彼はホウオウに唯一対抗出来る、セレビィを呼び出すことの出来る時の笛というものを持っておる。
 もし、何かあったときには、役に立ってくれるはずじゃ。」
モーターの回転する音が変わった。
俺はローガンから紙を受け取ると、それを懐にしまい巨大なバイクにまたがる。
「・・・感謝する。」
そう告げると、俺はバイクを走らせた。
視界は利かないが、とにかく北に向かって進ませるしかない。



砂嵐が発生していないのが幸いかと思ったが、そうでもないことに気付く。
より砂の影響を受けるのは、運転席よりもサイドカーの方だ。 そこが無人である今、天候を気にしていても仕方がない。
安定を考える必要もないことに気付き、一気にスロットルを開く。
メーターを振り切ったバイクは爆音を上げ、砂を削り取りながら進んでいった。
振動が肩に伝わり、服の下に巻いた包帯を熱くする。
「・・・ッ・・・!」
息が切れた。
何故、俺はここまで急いでいるのか、その理由が知りたかった。
シャドーという組織が俺たちを狙っている以上、奴らに関して何らかの情報を持っているミレイは守らなくてはならない。
だが、バイクが壊れる寸前までスピードを上げるのはやり過ぎだ。
解っているのに、手は動かなかった。

地図を見ることもせず、曖昧な星の位置から自分の位置を割り出しながら進む。
それでもミレイのいる位置が判ったのは、俺が考えていた以上にバトル山の標高が高いためだった。
バイクが近づくごとに姿を現すそれは、霧と雲に覆われた火山だ。 上空を厚い雲が覆うがために、山頂が見えず、また、月明かりに照らしていた視界をも奪っていく。
クラッチに触れる右手が、かすかに震えているのがわかる。
事態は一刻を争う。 ギアを上げると、徐々に地質が変わっていった。
岩にも近い硬さの土が増え、まばらに生えた植物の姿が目立つ。
不自然だ。 聞いた話によれば、この付近も地質は悪く、生物が住めるような環境ではなかったはず。
震える手がハンドルから離れぬよう、握りなおす。
前方に山の奥へと続く建物を発見し、俺はバイクのスピードを緩めた。


建物の前で、俺はバイクを止めた。
多少視界は悪いが、付近には他に建物もないので、恐らくここで間違いないだろう。
バイクを降りると、俺の他に6台前後の車が止まっているのが見える。 小型のスクーターから大型のトラックまで、種類はバラバラだったが、全ての車に共通して何かのマークがついていた。
だが、それを気にしている時間もなく、バイクのキーを抜き簡単な荷物を持つと建物へと向かう。
かぎ覚えのない臭いが鼻を突くが、岩が風を切る音以外はほとんど何も聞こえない。
だが、建物の自動ドアを抜けた瞬間、その静寂は破られた。
肩目掛け、振り下ろされた何かを避けると、モンスターボールを開きイザヨイとニュウを呼び出す。
振り向きざまに放った蹴りは外れ、空を切った。 そのスキに別の人間がポケモンで攻撃してくる。
「サンド『どくばり』だ!」
「『かえんぐるま』!」
炎をまとったイザヨイが迫ってきたサンドを押し返す。
弾き返すことは出来たが、動きは止められていない。 威力が足りないようだ。
イザヨイで攻撃することを諦め、クレセントと入れ替える。
『とびひざげり』で相手の腹へ攻撃を与えると、クレセントはサンドを背負い、相手のトレーナーへと投げつける。
丸い背中が自分の顔面に当たると、トレーナーはそのまま倒れて動かなくなった。
完全に気絶したことを確信し、ニュウの戦いに目を向ける。 こちらも勝負がついたようで、相手のトレーナーにもう戦意は見られない。

部屋の隅に女がいるのを見つけ、そちらへと足を向ける。
「ひっ!」
女は声を上げると、たじろぐような動作を見せた。
ロビーに据え置いてあった回復システムにすがるようにすると、俺が接近したのを見て、壁に背を向ける。
「ここにセネティという男はいるか?」
俺が女に尋ねると、女は顔を上げた。
もう1度同じことを尋ねると、少し眉を潜めてからうなずく。
「え、あ・・・はい。 この奥にあるバトル山のエリア1、10ブースに。
 あの、ひょっとして助けに来てくれたんですか? もしよろしければ、あなたのポケモンを回復しますか?」
「・・・あぁ、頼む。」
モンスターボールを1つ外すと、俺は回復システム横に立っている女に差し出した。
女が手を差し出すと、モンスターボールを引っ込める。 スナッチマシンを装着した左手を使い、女の首を絞めた。
クレセントが放った軽い『ねんりき』に当てられ、女が持っていたナイフが床に落ちる。
「ぐ・・・ この・・・!」
「止めておけ、誤作動でもスナッチマシンが起動すれば、顔が潰れる。」
女は上げかけていた腕を止めた。 スキの出来た一瞬を狙い、相手の首から手を離すと、当て身を入れ気絶させる。
「・・・シャドーか?」
この女はスナッチマシンのシステムを知っていた。
それが理解できるのは、スナッチ団か、1度攻撃を当てたシャドーの人間だけだ。
どちらにせよ、ポケモンたちの回復は必要だ。
ニュウとクレセントをモンスターボールへと戻し回復システムのスイッチを入れると、机の下で何かが動く姿が見えた。
注意して近づくと、ロープで拘束され、テープで口をふさがれた女がこちらを見ている。
罠である可能性も考えながら女の口をふさいでいたテープをはがすと、半泣きしていた女は顔を上げ、俺の方を見上げた。
「あ、あり、ありがとう・・・奴ら、いきなり襲ってきたの。
 建物が占領されて、みんな捕まえられて・・・リーダーらしい男が、山の奥に・・・」
「セネティという男はどこにいる?」
「・・・! そうよ、セネティさん! 奴らに捕らえられて修行場の奥に・・・!
 あぁっ、どうしましょう! いくらセネティさんが強くても、リーダーらしき男が使っていたあのポケモン・・・あの、人まで襲う凶暴なポケモンが相手では・・・!」
恐らく、ダークポケモンだろう。
女の縄を切ると回復の終了したポケモンたちをホルダーに戻し、バトル山の奥に向かうゲートをくぐる。
外へ出ると、空が白んできていた。 既にミレイがさらわれてから6時間以上経過している。 急がなくてはならない。


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