「この森にある『ほこら』がな、閉ざされたポケモンの心を開くという言い伝えがあるのよ。」
村の中心にそびえ立つ巨木の奥へと案内するローガンは、自分をここへ連れてきた理由を、そう説明した。
根の間に掘られた道を辿ると、緑に覆われた空間・・・先日シャドーとやり合った場所へと出る。
よく判らない匂いが立ち込めていたが、ローガンはそれほど気にしていないようだった。
変わらない速度で森の奥へと歩くと、ダークカポエラーとの戦闘でクレセントが体を打ちつけた石を、手でなで回す。
「これはな、『時の
もう・・・ずいぶんと前になる。 ホウオウと人間が争ったときに、セレビィと呼ばれるポケモンが現れ、ホウオウの子供と、人間たちを何人か消し去ったのよ。
人間たちはそれはもう恐れてな、セレビィの怒りを静めようとこのほこらを建てた。
それで本当に怒りが収まったのかは怪しいもんじゃがな、その後はちょくちょく、このほこらの近くでセレビィを見かけるという話が絶えなくなった。
このほこら自体にも、時のチカラが宿っていると言われておる。 そこから、そんな伝説が生まれるのじゃろうなぁ・・・」
ほこら、と呼ばれた石に手を触れると、風が強く吹きぬけた。
理屈はよく解らないが、昨日のクレセントの変化から考えてこの石がダークポケモンに何らかの影響を与えていると考えてもよさそうだ。
イザヨイとハーベストを呼び出す。
自分と同じように、ほこらに手をつかせると、ハーベストの方は、すぐに変化が現れた。
風が巻き起こるが、軽いはずのポポッコが流されない。 高い鳴き声を上げるハーベストの花は散り、代わりに奥の小さなつぼみが開いた。
一回り大きくなっていくハーベストを見て、長く忘れていた言葉を思い出した。
『進化』 ・・・ポケモンが成長していく段階で姿や能力の変わるというそれだ。
体の変化が終わり、完全にポポッコからワタッコへと進化したハーベストが顔を上げる。
目からこぼれた涙を見て、ミレイの姿を思い出す。
飛びついてきたハーベストを受け止めながら、俺はほこらに触れてなお、様子の変わらないイザヨイに視線を向けた。
「なぜ、イザヨイは変化しない?」
ローガンは首を横に振る。
「わからん・・・わしらにとっても、このダークポケモンというのは未知の存在じゃ。
しかし、もしダークポケモンが閉ざした心を開いたとき、元のポケモンに戻るのだとすれば、このほこらにポケモンの心を開かせるチカラがあるのだとすれば・・・
このマグマラシは、お前さんに対して心を開ききっていない・・・そういうことではないだろうか?」
「・・・‘イザヨイ’」
名を呼ぶと、イザヨイは足元へとやってくる。
視線はこちらを見ていなかったが、暴れだす様子はない。
その場に
「問題ない。 このままの状態でも旅に連れて行ける。
ミスタ・ローガン。 それよりも、頼みがある。」
「頼み・・・とな?」
肩が痛み、抱えていたイザヨイを降ろした。
その腕でホルダーに指をかけると、空いているホルダーに取り付けていたモンスターボールを外す。
暴れないかどうか一瞬考えたが、危険性は同じだ。 いつものように地面へと向かって放ると、改めて、その大きさとチカラ強さに圧倒された。
あの、ダキムという男が使っていたエンテイというポケモン・・・ひとまず奪ってきたが、連れて歩くのは無理だ。
「預かってほしい。 それと、ミレイも。
いくつもの町を見て回ったつもりだが、この村なら彼女が泣くこともないだろう。」
「行くのかね?」
やはり、食えない男だ。 俺の正体に気付いていながら、付き合っていたわけだ。
そのくらいでないと困る、預けた先でまたミレイがさらわれるのでは、何の意味もなさないから。
「・・・エンテイ、お前の名は次会ったときに名付けよう。
ミレイを元の世界に帰す方法を見つけたら、必ず帰ってくる。 それまでお前はミレイと、この森を守っていろ。」
そう言った瞬間、エンテイの目から水が流れ落ちて、俺は驚くしかなかった。
涙・・・だろう。 間違いなく。
だが、理解出来ない。
「何故だ、何故泣く・・・? エンテイ、ミレイ、イザ・・・」
声を荒げそうになる前に、セツマが息を切らしながら走ってきた。
「たた、助けとくれ!! あたしそっくりの奴が! レオさん、あんたそっくりになって・・・!
それで、それでミレイの方へ・・・!!」
文法の崩れた言葉だったが、状況を理解する。 急がなくてはならない。
「‘ハーベスト’上から行け! フェイクを見つけたら指示無しで攻撃して構わない!」
スナッチマシンを踏み台にし、ワタッコへと進化したハーベストは一気に飛び上がった。
見送っている暇はない。 セツマをローガンに任せると、イザヨイを連れ森を抜けるため逆走を始める。
意味のないことと知りつつ、行く手をさえぎる段差に腹が立った。 1つ超えるたびに肩が痛む。
フルを呼び出し、イザヨイを先導させる。
ミレイの居場所に気付いたのは、村の頂上から流れている滝の側で緑色の光が立ったときだった。
人影が2つ動くのが見える。 1つはミレイ、もう1つはやはり、フェイクだ。
芸のない奴。 パイラの時と同じ手でミレイをさらう気か。
「ワーオ。 まったくさぁ、ボクはキミに攻撃される筋合いじゃないんだよねぇ。
何故なら、ボクはまだ何もしていなーい!」
「黙れ。」
ミレイを体の後ろに隠す。
こいつの言葉に惑わされたら終わりだ。
「お前はいつも、意味のないことばかり言う。」
「心外だな、せーっかく警告しに来てあげたっていうのに。」
俺と同じ顔で、フェイクは笑う。 気分が悪い、怒りに近い感情が現れる。
「あくまで噂だよ? キミが壊した大型のスナッチマシン。 あれがね、1台ぶっ壊れきってなかったんだってさ。
どういう意味か・・・」
言いかけて、フェイクは止めた。
ポケモンを1匹も出すことのないまま、飛び上がってどこかへと逃げ去っていく。
「追うな、ニュウ。」
ミレイの側につけていたニュウは立ち止まると、体をひねり、背後を警戒しながら戻ってきた。
ローガンとセツマも追いついてくる。
遅くはない、が、ここも安全とは言い切れなくなってきた。
「くそっ・・・」
1度目にシャドーが襲ってきたとき、存在しない2人目のローガンの話を聞いた地点で気付くべきだったんだ。
間違いなくフェイクはシャドーに寝返っている。
あれを敵に回すと厄介だ。 さっきのスナッチマシンの話も、罠か、それとも俺を使ってスナッチ団を完全に壊滅させようとしているのか・・・いずれにせよ好カードではない。
判断を鈍らせている場合ではない、早くここを出なければ。
そう考えながら、また泣きそうな顔でイザヨイを抱いているミレイへと目を向ける。
彼女もシャドーに狙われている身分ではあるが、今のところこちらから仕掛けない限りは向こうから進んで襲ってくるということはなかったはずだ。
ここも引退したとはいえ、かつては伝説とまで言われたトレーナーたちの住む土地だ。
アゲトビレッジに置いていった方が、彼女のためだ。
そう、既に結論付いていたが、ずっと見ていると考えが変わりそうで、俺は彼女の目を見ることが出来なかった。
夜半過ぎになり、出発の準備は始まった。
往復の食料と燃料、最低限の医療道具。 それらをサイドカーへと積み込む。
プラスルは連れていけないため、あらかじめモンスターボールに閉じ込めておいたものを、ミレイの眠っているベッドのサイドボードの上に置いた。
まだ膨らんではいないが、今日は月がよく輝く。
明かりの差し込む窓を閉めると、ミレイを起こさないよう音を立てず、部屋を出る。
部屋の外で待たせていたフルとニュウが尻尾を揺らし、立ち上がった。
「出発だ。」
バイクのロックを外し、ポケモンたちと協力して村の入り口まで押していく。
負担を抑えるためフルとニュウ以外のポケモンをモンスターボールへと戻し、ホルダーへと取り付けた。
アジトまでの足となるバイクにまたがり、月に照らされるアゲトビレッジを振り返る。
右手は大丈夫だ、バイクを運転する分には問題なく動かせる。 左手も同じだ。
キーを回すとこの村には似合わない爆音が轟き、葉を震わせる。
エンジンが温まるのを待っている時間はなかった。 スピードの調整に慎重になりながら、俺はこの巨大なバイクを発進させる。
まずは、スナッチ団のアジトへ戻る必要がある。
罠である可能性の方が高いが、フェイクの言っていたことが真実かどうか確かめなくてはならない。
コンパスを確かめながら進路を東へと向ける。
「静かだ。」
沈んでいく月を見ながら、つぶやいた。
道には恵まれ、大きな揺れはほとんど起きていない。
振り返ると遠く離れていくアゲトビレッジが月明かりにさらされ、薄く光っていた。
可能ならば、ミレイを安全に帰す方法を見つけて戻ってきたい。
そのためには、自分も無事にミレイの元へと帰ってくる必要がある。
あれこれと思案を巡らせているうちに、以前の自分が移動中、何も考えていなかったことに気がついた。
必要はなかったのかもしれない。 バイクでの移動は時間もかかるし、体力も消耗する。
「・・・
これも以前の自分なら使わなかった。
俺は変わってきている。
昼過ぎになってから、休憩のため岩場続きの土地にバイクを停止させた。
仮眠を取りたい。 しかしその前にポケモンたちに食事を与えておく必要がある。
キーを抜いて、テントと食料の用意をするため、サイドカーへと向かう。
ふと顔を上げると、サイドカーにいるフルとニュウの様子がおかしい。 いつもはこの時間眠っているはずのニュウが起きている。
警戒とは違うが、2匹ともお互いの顔を見合わせたりシートを覗き込んだりと動きに落ち着きがない。
「どうした?」
声をかけると、いつもよりも遅い反応を示しながらフルはサイドカーを飛び降り、足元へとやってきた。
ニュウは俺の顔とサイドカーを見比べるように頭を動かしてから、フルと同じ行動を取る。
何か変だと思いつつ食料の入ったダンボールに手をかけようとすると、驚きで手が震えた。
動かないはずの箱が突然動き出したせいだ。
言葉を出すことも出来ないまま、慌てて荷物をどける。
シートの下で人の大きさほどの何かがテントに包まり震えているのを見ても、何の警戒心も起きないのが不思議だった。
刺激しないよう布をめくると、丸まっている背中を2度叩く。
ゆっくりと顔を上げると彼女は青い瞳を震わせて、俺の胴にしがみついてきた。
「何してる・・・ミレイ。」
狭い場所は嫌がっていたはずなのに。
震えている頭に手をそえると、かすかに土の匂いがした。
顔は見えない。 また泣いているのだろうか。
シートの上へと顔を出すプラスルを見てから、ミレイを自分の方に引き寄せる。
「呆れたな。」
違う、楽しいんだ。
スナッチ団にいた頃嫌っていた油断、スリル。 それらがミレイといると楽しいという感情に変わる。
背中に回された腕に、チカラがこもる。
もう大丈夫だろう。 抱えていた腕を解くと、急に眠くなった。
ミレイの目を見ると、彼女は笑う。 ダンボールから食料を取り出すと、フルとニュウ、プラスルに何か話しかけながら調理の準備に取り掛かる。
戻るにはアゲトビレッジは遠い。 ミレイのことは連れて行くしかないだろう。
とにかく今は眠い。
無人となったサイドカーからテントを出すと、休憩する場所を作るため組み立てる。
気のせいか、肩の痛みは和らいでいるようだった。
どのくらい眠っていたのか、正確な時間はわからない。
手を握られ目を覚ましたとき、まだ外に光はあった。
風の音がする。 起き上がるとミレイと、外に出していたはずのポケモンたちが俺の周りへと集まっていた。
ミレイの視線に合わせ自分の上を見ると、かなり強くテントが揺れている。 砂嵐か、それでみんなテントの中に避難したんだな。
足元をうろつくプラスルを見ながら視線を横へと向けると、ミレイ、彼女はほとんど砂を被っていなかった。
何かしら兆候のようなものがあったとしても、少しは被りそうなものだが・・・本当にこの女は理解の範疇を超えている。
視線を落として、ずっと彼女に手を握られていたことに気付く。 別の生き物のような、細く小さな手。 俺のものとは全く違う。
「そろそろ離してもらえるか? 右手が使えないんだ。」
軽く右手を動かすと、彼女は大騒ぎしながら握り締めていた両手を離す。
肩の痛みはほとんど無くなっているようだった。 右手が使えることを確認すると、俺は外の様子をうかがおうとテントを開けようとした。
その前に背中に手を当てられ、振り向く。
何か言ったり行動するよりも先に目の前に突きつけられたのは、いつも使っている皿だった。
「x/a'Zw.:s@」
皿の上に乗っているのが自分に割り当てられた食事なのだと気付くのに、少し時間がかかった。
そういえば、アゲトを出てから何も食べていない。 皿の上に乗っている黄色い固まりを手に取って食べると、口の中に甘い味が広がった。
以前と変わらない、食べたことのない味だが、不快ではない。
「ありがとう。」
そう言うと、彼女は笑い、その場に腰を落とす。 俺はその顔を見たせいで、次の一口までずいぶん時間がかかった。
表現の仕方も分からないが、笑いたいときにそうするべき顔なのだろう。 初めて見る彼女の顔で、それが1番似合っていると、初めて、他人に対して強い印象を持った。
崩れかけた米の固まりを食べている間、彼女はこちらを振り返らなかった。
外を見、風の音に耳を済ませているようだ。 何かつぶやいているようだが、聞き取れない。
傷ひとつない体、それを守る方法。
思いつかなかった。 体を震わせると、ミレイがこちらを向き表情を変えた。
いつもの顔で俺の額に手を乗せ、何かをつぶやく。
自分の上着を取ると彼女はそれを俺の背に被せ、俺の隣に座った。
彼女は、悲しいのだろうか。 表情は人が悲しむときのそれに似ている。
聞けない自分に無力さを感じ目をつぶると、かすかにまた、土の匂いがした。
砂嵐が収まったのは、月が高く昇った後だった。
半日近くとどまった岩場に張ったテントを片付け、バイクに積もった砂を落とすとエンジンをかける。
バイクが動くかどうか疑問もあったが、イグニッションは問題なく作動し、エンジンを温めた。
ざっとではあるが荷台代わりになっていたサイドカーの砂を落とすと、アゲトを出るまでそうしていたようにサイドカーにミレイを乗せる。
星の位置を頼りに南東を目指し、日が出て、嵐が吹けばその時が休憩となる。
その生活が、数日続いた。
景色は徐々に岩地から砂漠へと変わり、地面から照り返す光で昼間の暑さはいっそう強くなる。
街に近づくことが出来ず、その時は道を外れ、岩の多い荒地の上を走った。 スナッチ団として生きていた以上珍しいことではなかったが、ミレイには強い負担がかかる。
案の定、半分も行かないうちに彼女は体調を崩し、バイクを止めることとなった。
血の気の引いた彼女をサイドカーから降ろし、水を飲ませる。 そのまましばらく様子を見ていると、ミレイは寝入る。
体力の回復を待つ間、することがなかった。 日陰だけ作ると、彼女の隣で眠る。
警戒心が薄れるのを、徐々に感じ始めていた。
今の状態で、スナッチ団と戦えるだろうか。 そう、自分に問いかける声が聞こえた、気がした。
目覚めると、ミレイは俺の横で持ってきたスケッチブックに一心不乱に何かを書いていた。
俺が動いたことに気付くと表情を変え、笑いながら紙の表面を指差す。 描かれているのは、見たこともない図形だ。
「・・・
補足もない。 尋ねると、ミレイは笑い、スケッチブックを閉じた。
自分の手を、もう片方の手を使い指差す。
「
「
答えてから、驚きで自分の目が開いたことに気付く。
今、間違いなく彼女は俺の言葉を真似た。 知ろうとしているからだ、この世界のことを。
ニュウに向かって何かを言ってから、続けざまにカップを持ち出し「
聞かれた物の名前を教えると、そのたびに彼女は笑い、喜んだ。
立ち上がってエンジンの止まったバイクを指差すと、青色の瞳が薄く光る。
「レオ!
「
「?」
彼女と会ってから、考えることは多くなった。 何故、ミレイはここまで知ろうとするのだろう。
「オーレは、お前が知ろうと思うほど価値のある場所だろうか?」
いずれ、彼女は帰らなくてはならない。 だとすれば言葉を覚えることなど、無意味なはず。
決断せよと言ったホウオウの言葉が、頭をよぎった。
そうだ、オーレに対する彼女の価値と俺の価値は違う。 判断は自分でつけなければいけない。
・・・どうかしている。 教えた以上の言葉を彼女が知っているはずもないのに。
「出発しよう。」
サイドカーにミレイを乗せると、俺は焼けたバイクにまたがり、エンジンをかけた。
悪路にタイヤは取られ、再び車体は大きく揺れる。 だが、今のスピードを維持できるならば、ミレイが再び体調を崩す前にひらけた道に出られることは間違いないだろう。
見慣れた道に近づくのが、徐々に判ってきた。
スナッチ団は警察の目をごまかすため、自分たちの道を砂の下に隠す。
時折タイヤを空回りさせながら覚えている道の上に乗れば、バイクのスピードは上がる。
風が強くなったのは、エクロ峡谷が近づいてきた証拠だ。 茶色い岩壁の間を進むと、廃屋となったスナッチ団アジトが見える。
地面の固まる場所へと動き、バイクを隠した。 タイヤをロックし、アジトのあった方角を見上げると黒くすすけているのがわかる。
「ミレイ、起きろ。」
眠ってた彼女の肩を揺すると、薄く開いた目から青い光がもれる。
目をこすると、やや焦点の合っていない様子で顔を見上げ、ミレイは手を差し出してきた。 腕を引いて起こすと彼女をサイドカーから降ろし、荷物を取り出す。
フルとニュウをモンスターボールから呼び出すと、覚醒しきっていないミレイの手を引き、歩き出す。
懐かしいという表現を使うなら、記憶は新しすぎた。
あれから半年も経っていない。 アジトも、ホコリをかぶってはいるがむき出した鉄の表面はまだ錆びていなかった。
ガレキで歩きにくくなった道を進み、建物の入り口へと向かう。
中に入ろうとしたとき、ミレイを連れて行くべきかどうか、考えた。
アジト内に誰かが潜んでいる可能性も高い。 しかし、それは彼女をここに置いていっても同じことだろう。
結局俺は彼女をアジトの中に連れて行くことを決め、立ち止まったミレイの手を引いた。
1度警察が立ち入ったらしく、中はずいぶんと片付けられていたが、破壊した建物の柱などは床の上に転がったままだ。
置いてあった備品や団員たちの私物は粉々になり、残っていたものも警察に押収されていたようだが、思っていたより建物そのものに損傷はない。
いつかヤッチーノが高いと文句を言っていた階段もそのままだ。
念のため自分で上がって崩れないかどうか確認するが、爆弾を仕掛けた部分以外、ほとんど崩れてはいないようだ。 特に危うい部分もなく問題なく2階へと上がれる。
階下に戻り、ミレイを連れてもう1度階段を上がる。
そこも、警察の捜査が入ったこと以外は人が使っているような気配はない。
ホコリについた自分の足跡を見て、アゲトに戻ることを考えたとき、階下から火薬の匂いを感じ取り、とっさにミレイの手を引いた。
「ミレイ!」
爆発音が響き、建物全体が揺れる。
スナッチマシンをしまってあった倉庫の方だ。 チリから目を守るためゴーグルをつけると、ゆっくりとモンスターボールを構える。
「無駄だ、お前は俺に勝てない。」
階段の下から聞こえた声に、一瞬指が
フルとニュウの注意も、そちらに向く。
相手は足音も潜めず、こちらへと近づいてきた。 見覚えのある顔に、2匹は動揺している。
「ヘルゴンザ・・・」
冷静さを失いかけているニュウを交代させようとモンスターボールのスイッチに手をかけたとき、銀色の弾が目の前を通り、コンクリートの壁に刺さった。
隠していた気配を解き放ち、見覚えのない顔が2人、ガレキの影から小銃をこちらへと向ける。
「誰だ、こいつらは?」
「お前の方がよく知っているはずだ、ヒーロー気取りが。
女を連れて慈善事業でチヤホヤされる生活は楽しいか、え?」
「フルとニュウしか信じられなかったスナッチ団の頃よりは・・・な。」
「信じる、か。 レオ、お前らしくない言葉だ。」
悲しいという感情は、今の状態を指すのだろうか。
スナッチ団はシャドーに吸収されてしまったらしい。 かつて街を恐怖の底に沈める名として広まったヘルゴンザも、今ではただの交渉役、というわけだ。
全く動かない銃口を横目に見て、俺はヘルゴンザに尋ねる。
「殺すのか?」
「そうしたいところだがな、生かしたまま連れてこいという命令だ。
レオ、お前は優秀な部下だった。 人間らしくないからこそ、命令を忠実にこなし、無駄なことは一切しない。
砂漠でお前を見つけたときもそうだった。 首を絞めて殺そうとした俺を、お前はただ、泣き叫びもせず見ていたんだ!」
何故ヘルゴンザが感情的になるのか、わからなかった。
スナッチ団を抜けるまで、俺は奴の命令にしたがってきただけだ。
今ではその理由もなくなり、階下にいる男の様子を見ながら動こうとするミレイを押さえつけている。
この階にいるのはシャドーの2人だけのようだが、場所が悪く、彼女を連れてここから抜け出すのは不可能だ。
「交換条件だ。」
「あん? レオ、お前自分の状況わかってるのか?」
「俺は抵抗せずお前たちについていく。
その代わり、今抱えている、この女に手を出すな。 指1本でも触れようものなら・・・」
「触れようものなら?」
俺はヘルゴンザを睨む。 心を埋め尽くすような『怒り』を込めて。
「刺し違えてでも、お前を殺す。」
その言葉を聞くと、ヘルゴンザは大笑いして首を横に振った。
「受け入れられないなら、ここで大暴れするまでだ。 俺が死んだらお前たちにとって都合が悪いんだろう?」
「はははは!! あぁ、待て待て、お前とは10年以上の付き合いだ、条件は飲もう。
それにしても・・・クク、お前が人の命乞いとはな、変われば変わるものだ・・・くがははは!!」
ほぼ完治し、かさぶたになっているはずの肩の傷が痛んだ。
ひとしきり笑うと、ヘルゴンザはうなずき、2階にいるシャドー戦闘員たちに銃をしまうよう命令する。
階段のそばまで2人が近づくと、俺は腕を解き、ミレイを階段に座らせた。
また、泣きそうな顔をしている彼女にプラスルとダークポケモンたちのボールを渡し、口をふさぐ。
「絶対についてくるな。 100数えたら、モンスターボールを開くんだ。
ここからならフェナスシティが近い、辿り着けばお前は生き延びられるはずだ。」
立ち上がりかけた彼女を無理矢理押し戻し、その場にいるよう、強調する。
解っていないようだったが、ニュウに頭で突かれるとミレイは大人しく動かなくなった。
フルとニュウを呼ぶと、階段を降り、シャドーが用意したトラックへと向かう。
ゲーム・オーバーだ。 灰色の車内を見て、心の中でそう思っていた。
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