日に日に、レオの目が優しくなっていくのを感じた。
勝手にサイドカーに乗り込んだ私を見て、明らかにレオは驚いてた。
そりゃ、普通驚くよね。 いると思わないもん、誰だって。
説得とか出来ないからしょうがないんだけど、ワタッコのハーベストと考えた作戦は大バクチ。
出発前に家を抜け出せなければアウト、荷物を入れるスペースが空いてなくてもアウト、すぐに見つかってローガンおじいちゃんのところまで連れ戻されてもアウト。 危険はそれこそオーレの砂並みにたーっぷり。
今一緒にいられてるのが不思議なくらい、何故か上手くいって、何だかんだでレオはまた私をサイドカーに乗せてくれた。
オーレの言葉も、ちょっとずつだけど解ってきた。
ハベから聞いた「ぐちゃぐちゃを書いて『何?』って聞かせよう作戦」、多分大成功!
「わっといずりす」って聞けば、単語なら聞きだせることもわかった。
・・・大丈夫、一緒に居れるよね。 私なら。
「ミレイ,wake up.」
「ん・・・」
誰かに肩をゆすられる。
目覚まし、鳴らなかったの? 今日、単位ヤバイ教科ってあったっけ・・・
「起こして・・・」
手を伸ばすと、つかみ返してきた手は大きく、引き寄せるチカラは強かった。
顔が温かいものにぶつかると、手は私の腕の下をくぐり、空へ飛ばすように軽々と抱え上げる。
ショックで目が覚めた。 そうだ、ここオーレだった。
辺りを見渡すと、最後に見た景色とずいぶん雰囲気が変わってる。 ずっと砂山みたいな景色が続いてたのに、今は、岩に囲まれてて、地面も固い。
しかも、私が知ってる岩と色がちがう。 火山でもなさそうなのに、真っ黒に焦げた石みたいなのがそこら辺にごろごろしてる。
ずっと遠くに建物も見えた。 何なんだろ、ホントに。
『よく眠れたか?』
「わっ。」
驚いて振り向くと、背中の方でフルが長い尻尾を揺らしていた。
紫色の目が、いつもより鋭い気がする。 元々細い方なんだけど、エーフィとしては。
「み、見てたの・・・?」
『顔を上げられず船をこぎだした辺りから、な。』
『ったくさぁ、無理にレオの時間に合わせることねーのに。』
体がほぐれていないのか、伸びのような動作をするニュウがこっちを向く。
モンスターボールから出されたばっかりのせいか、それともやっぱりブラッキーって夜行性なのか、心なしか眠そうな目をして。
確かにまだ少し眠い。 目をこすると目の前に黒い手袋が差し出された。
レオだ。 しゃべることを諦めてるのか何も言わないけど、何となく彼が私をどこかに連れていきたいんだってことは伝わる。
手をつなぐと軽く腕を引かれて、遠くにある建物の方へと私は連れて行かれた。
近づくにつれて、それが普通の建物でないことが分かってくる。
建設現場の機械にでも壊されたみたいにむき出しになった鉄骨や、1枚残らず割れた窓ガラス。
不自然だった黒い岩も、それが焼け焦げた建物の残骸だということが分かり、自然と私は納得した。
「ねぇ・・・ここ、何? 町とかじゃないよね・・・」
『スナッチ団のアジトだ。』
そう言ったフルの言葉に、目が丸くなる。
レオがいた場所・・・こんな廃墟に来て、一体何をするつもりなんだろう。
「・・・スナッチ団に、戻るの?」
言葉端に気がついたのか、レオはピクリと目をこちらに向けた。
『違うよ。』
ニュウがすぐさま訂正する。
『レオは決着をつけにきたんだ。 フェイク・・・あいつが、大型のスナッチマシンが修理されてるなんて言うから・・・!
オレだったらそんなの放っといてすぐにどっか逃げるのにさぁ、面倒くさい性格だよな、ホント!』
建物の入り口で立ち止まると、レオは何かを考えるように動きを止め、こっちを振り返る。
金色の2つの瞳が私を見つめる。
焦がれそう。 綺麗過ぎて・・・
ボーッとしてると、また腕を引かれた。
建物の中に連れて行かれると、まだ昼間だというのにぼんやりと薄暗い。
がらんとした建物の中は、自分の足音がよく響いて自分のところへと跳ね返ってくる。
ずっと日差しが強かったせいか、何も見えなかったわけじゃないけど、部屋の隅とか、大きなガレキの影とか、そういう暗い部分は何があるのかも判らない。
何を入れるのかわからないドラム缶、散らばったモンスターボール「だった」赤い破片。
そういったものがとても新しく見えて、私はホコリだらけの空気を吸い込んだ。
さすがに慣れているのか、レオは私みたいにフラフラすることもなく先へと進んでいく。
合わせるようにして、フルも。 『早く行けよ』って小突くニュウも、建物の形とかはさすがに覚えてるみたい。
「なんだろ・・・」
レオを追いかけながらつぶやくとニュウの耳がパタッと音を鳴らした。
先についている黄色い輪っかが、ぼんやりと光る。
『何が?』
「・・・違和感?」
うん、それだ。 何か変、この景色。
カントーやオーレとかそういう話じゃなくて・・・もっとずっと前・・・そう、レオと会ったときから、時々似たような感じになるんだ。
「ミレイ.」
呼ばれた。 きっと遅れてるんだ、急がなくちゃ。
小走りに駆け寄ると、レオは私の手を引いて階段を上がっていく。
景色がまた1つ、変わっていく。 2階っていうその場所につくと、階段を上る前よりはいくらか明るくなっていた。
「そういえば・・・レオってどうしてスナッチ団を抜けたの?」
何気なく尋ねると、フルが紫色の目をこっちに向ける。
また、違和感。 何だろう、目の前にいるのは確かに普通のエーフィのはずなのに、違うものを見ているような・・・
『人が、死んだんだ。』
「え・・・」
声が、出なくなった。
『団を抜ける1週間前のミッション、富裕層の集まる建物で火事を起こし混乱したトレーナーからポケモンを奪うという作戦だった。
途中までは順調に進み、レオは5匹のポケモンをスナッチした。
だが、撤退するとき、火事を起こした建物のそばで子供が死んでいるのを、見つけたんだ。 その子供が持っていたらしいポケモンは作戦にまぎれ込んでいたフェイクにスナッチされた。
レオは疑問を持ち、このアジトに火薬を仕掛けた上でボスに話をしに行った。
その結果が・・・これだ。』
「じゃあ、これはレオが・・・?」
『あぁ・・・
・・・・・・・・・・・・!』
フルは階段の下に目を向けると、先が2つに分かれた尾を揺らした。
『伏せろ!!』
「ミレイ!」
ワケも解らないうちにレオに抱かれ、耳をふさがれる。 直後に感じる地震のような振動と、低い大きな爆発音。
花火みたいな匂いがする。 なに、なに、何が起きたの?
『フル、階段の下だ!!』
ニュウの声に反応してフルは飛びつくように階段の方へ攻撃態勢をとる。
すぐに空気が変わるのが判った。 この2匹が息を呑むことなんて滅多にないし。
レオの注意もそっちに向いて、肩に回した腕に強くチカラを込めながらホルダーに手を伸ばそうとしたとき、低い声が、がらんどうの建物の中に響いた。
「Your action is meaningless. You can't beat me.」
「・・・"ヘルゴンザ"」
腕の間から下を覗く。 近づいてくる大きな体の・・・はげ上がった頭をした男の人。
ナマズンのような長いヒゲと、つりあがった眉毛。 ニュウが耳を震わせながら、1歩後ろに退がる。
『ヘルゴンザ・・・どうして・・・!』
『ニュウ、動くな!』
カチッという音とともに、ニュウの動きが止まった。 ガレキの間から何か、柄のついた筒のようなものが向けられてる。
「Who are they?」
「Impostor"HERO",you must know them.」
チッとレオが舌打ちする。 何か、状況良くなさそう・・・
「Is it pleasant that you do a volunteer with a woman? hah!」
怒ったような口調でレオにまくしたてる『誰か』。
怖い・・・そう思って体を強張らせると、私の体を、レオが強く抱きしめる。
「Yes,it is. When I was in the team"snach", only Full and New were believed.」
「Believe? レオ,it doesn't sound like you.」
ヘルゴンザと呼ばれた人が何か言うと、レオは抱きしめた腕をゆるめないまま軽く眉を潜めた。
心臓の音が早い、一体誰の音なのかわからないけど。
表情の変化は本当にかすかで、私たちじゃなかったらきっと気付かない。
少しだけ時間を置いて、レオは階下にいる男の人を睨むと、そっと口を開いた。
「You do kill me?」
「I want to do it. But,It's ordered that I catch you alive.」
肩に触れた指が、かすかに動く。
「レオ,You were an excellent subordinate.
You are not human. You did not do an action except an order.
Alas,When I found you in desert, it was so.
I tightened your neck and was going to murder you. But,You watched me without crying!!」
何も言えず、何も解らず、ただ早鐘を打つ心臓の音だけに集中するしかなかった。
体が熱い。 かすかに身じろぐと、強く抱きしめられる。
細く息を吐くと、レオは階段の下にいる男の人に視線を向けた。
心臓の音が1つ、強く、大きく、波打っていく。
「I show a bargaining point to you.」
「What? レオ,Do you understand one's situation?」
「I follow you without resisting it. So you must not attack the woman whom I have.
But,If even one finger touches it...」
「How do you move?」
「I kill you even if I lose me.」
そのレオの言葉を聞くと、相手の人の大笑いが建物中に響き渡った。
体の芯が揺さぶられているみたいで、怖くなる。
ぎゅっと体を強張らせると、レオが男の人に何か言ってものすごく怖い顔で睨む。
すると、ガレキに隠れていた人たちが姿を現し、1人はレオより先に階段を降りた。
何か、説得みたいなのが成功したのかな。 そう思いながら見ていると、レオは私の肩を押さえて階段に座らせ、顔をなでる。
口をふさがれた。 しゃべるなってこと?
なぜか怖がっていない自分にびっくりしつつレオのその金色の瞳を見ていると、彼ははっきりした口調で私に話しかけてくる。
「Never come. Open a monster boll after counting 100. All right? It's 1,2,3.」
「なに・・・」
『しゃべるな、ミレイ!』
怒鳴られて、体の芯が震えるようだった。
嫌な予感。 立ち上がろうとすると、レオにその場に押しとどめられる。
喋るなと言われたまま、どうしたらいいのかも判らずオロオロしているとニュウがクリーム色の輪っかでヒザを押す。
『ダイジョブ、レオにはオレたちがついてるからサ。』
どういう意味? 教えて、ニュウ。
解ってほしくて必死に視線を送ると、赤い瞳をこっちに向け、ブラッキーは長い耳をパタッと振る。
『危ないトコ行くんだ。 だからオレたちついてくの、で、ミレイはお留守番な。
あー、そんな怖い顔すんなって! しょーがないだろ? レオはずーっとずーっとオレたちと一緒なんだ。
カケネなしに信じてやれんのって、オレしかいないだろ?』
そんなことない・・・って、言いたい。 すごく言いたい。
でも、わかっちゃった。 私のせいなんだ、レオが連れてかれるの。
そしたら、ヒザを抱えるしかない。
レオはフルとニュウを呼び寄せると、1度こっちを振り返ってから建物の外へと歩いてく。
気付いてほしかった。 私、泣いてるんだよ?
何でいつもみたいに、困った顔で叱ってくれないの・・・
ミレイの・・・バカ!
「Hi!」
震えた拍子に、渡されたモンスターボールが腕から落ちて階段を跳ねる。
取りに行きたいけど、それドコじゃないかも。 慌てて辺りを見渡すと、見慣れた、ネイビーブルーのコート。
「レオ・・・?」
じゃ、ない。 オーラが、違うもの。
身構える。 こういう悪い予感って、当たりやすいっていうし。
武器になるものを探してちぎれたパイプに触れると、一瞬のうちに手のひらに赤い液体が浮かぶ。
痛いけど・・・痛いけど、泣いてる場合じゃない! 握りなおしてパイプをレオのような人に向け、チカラの限り睨み付ける。
「近寄らないで!!」
レオの容姿をした人はにやりって感じに笑う。 うぅ、全然こたえてない。
分かってるんだけど・・・レオじゃないって分かってるんだけど・・・なんか、やりづらい。 攻撃出来ない。
ガレキ1個はさんだ向こうで、レオに似た人は見えないパイプを私に向けた。
「チカヨラナイデ!!」
「え!?」
マネされた。 動きと、言葉が。
こっち来てから私の言葉が人に伝わったことなんてないのに。 ・・・それとも、マサやセネティさんみたいに1度オーレの外にいた人?
「あなた、誰なのよ! どこから来たの!?」
「アナタ、ダレナノヨ! ドコカラキタノ!?」
レオによく似た口から出てくる、私の言葉。
多分、解ってない。 言ってることそのまんま返してるだけのハズ。
・・・気味悪い。 落ちてきたパイプを握りなおすと、レオに似た人はその動作をそのまま再現し、1歩、こちらへと近づいてきた。
「近寄らないでって言ってるでしょ!!」
向こうは、もうこっちのマネをすることはなかった。
距離が縮まってくる。 精一杯威嚇してるつもりだけど、ホントに攻撃されたら多分反撃出来ない。
手のひらが痛い、こういう時どうすればいいわけ・・・レオ!
『下がれ!』
階段から何かを叩く音が聞こえて、レオの姿をした人は1歩後ろに下がって大きくのけぞった。
その空間に、クレスの足が通過する。 大きく1回転すると、クレセントは腕から床に着地して、目の前にいる人を睨み付けた。
『ちょっとクレセント、ボールから出すの遅すぎ!
ピンチを助けてもらうヒロインは私の役なんだから!』
「ハベ・・・!」
進化してもハーベストは軽い、頭に乗られてもそんなに重くは感じなかった。
駆け上がってきたイザヨイとプラスルも、間に立ってレオに似た人へと向かって身構える。
『勧善懲悪、言語道断!』
『かっこい〜!』
『なにカッコつけてんのよぉ! あんたさっき普通に喋ってたじゃない!』
構える4匹のポケモンたちを見て、レオに似た人はニッと口元をゆがめた。
「Oh! You're great trainar!
I must battle you seriously, Because I am a gentleman.」
差し出されたモンスターボールを見て、イザヨイがうなる。
開かれて、飛び出したポケモンの名前を私は知ってた。
トゲチック、心優しい人の前に現れると言われる、幸運の使者。
・・・悲しすぎる。 そんなポケモンが、ダーク化されるなんて。
滑り落ちたパイプが音を立てると、ダークポケモンのトレーナーは黒い指をこっちに向けた。
黒いオーラを吹き上げて迫ってきたトゲチックを、イザヨイが突き上げる。
「イザヨイ!?」
オーラがふくれ上がる。 どちらのものか判らなくなるくらい。
赤黒い炎を身にまといイザヨイは身体をしならせ、飛び上がった。 顔をかすめる熱気に吹き飛ばされ、ハーベストが肩にしがみつく。
『やんっ、炎はキライ!』
「イザヨイ・・・どうしたのよ、ねぇ!?」
薄い羽根に噛み付き、イザヨイはトゲチックを組み伏せた。
首筋に牙が立つと、赤い液体が流れる。 こんなの、ポケモンバトルじゃない・・・!
『おねえさん・・・!』
プラスルが震える瞳でこっちを向いた。
視線が集中する。 私・・・何かを求められてる。
どうしよう。 肩の震えが止まらないまま動けずにいると、ひざをクレセントに叩かれた。
真っ黒なアサナンの目が、私を見て小さくうなずく。
『君子危うきに近寄らず。』
「・・・逃げろってこと?」
クレスはうなずいた。
言ってることはわかる。 確かに、私たちじゃ戦えないし。 けど・・・
「どこに逃げればいいわけ・・・! だって、レオがいないと・・・!!」
『何言ってんのよ!』
ハベは背中を蹴るとガレキの上に降り立った。
『追いかけるに決まって・・・!』
『・・・追いかけるに決まっとるとでしょ! レオを!!』
まだ何か言いたげだったワタッコをさえぎって、クレスが怒鳴った。
後ろから響く笑い声に顔を赤くしながらも、セキを切ったように喋り続ける。
『何のための正義ですたい! あなたたちの中にその心ば見たからこそ、オレは仲間になる決心ばしたとですよ!
今、レオさんが相手の手に落ちたら、オーレはシャドーに乗っ取られてしまいますたい。
いつまでもレオがレオがって言ってる場合じゃなかとですよ、動けるのはミレイと、オレたちだけとです!!』
・・・ハタから見たら、仲間割れ。
クレスの言葉は私たちにしか解らないんだから、仕方ないと言えばそうなんだけど。
嫌な笑い声が耳について眉を潜めたとき、トゲチックと争っていたイザヨイが顔をしかめる。
軽く咳き込むと、床の上に細かい血の粒が散った。
「・・・イザヨイ!!」
炎が消える。 徐々に弱くなる黒いオーラとともに、マグマラシは床に沈んだ。
牙をむくトゲチックに、プラスルが電撃を当てる。 相手の翼がマヒして動けなくなったのを見ると、クレスは床から黒いものを取り上げた。
『今のうちに行くとです! レオさんバイクのカギば置いていったとですよ!!』
「う、うん!」
動けないイザヨイを抱き上げると、黒いオーラを吹き上げるトゲチックを振り返ってから走った。
階段はすぐそこ。 けど、忘れてた・・・この階段、めちゃめちゃ高くて狭いってこと。
踏み込んだ足がずれて、視界が傾く。 マズイ、この状態じゃ・・・
『・・・チッ!』
クレセントは振り返ると下りかけてた階段から一気に飛んで、イザヨイごと私の身体を支える。
触れた腕が熱くなり、目に見えないチカラが身体を包んだ。
目をつぶる暇もなく体は床の上。 ふた回り大きくなったクレセントは階段の上を見上げると、何も言わずに走り出す。
腕を引かれる。 赤い楕円を揺らして走る、チャーレムに。
『こっちよ!!』
白い綿毛を振りまきながらハーベストは追い風に乗り隠したバイクの方へと先導する。
腕の中にいるイザヨイがかすかに動いた。 よかった、気絶してるけど『ひんし』ってほどじゃないみたい。
人の足よりずっと短いピッチで走るプラスルは私を追い越すと1度後ろを振り返り、大声を上げる。
『クレセント、おっきいのが追いかけてきてるぅ!!』
キッと睨むように一瞬後ろを振り返ると、クレスは腕を強く引いて立ち止まった。
立ち止まろうとするとホントに睨まれる。 走りながら後ろを振り返ると、口元から赤い炎を漏らし走ってくる、大きなヘルガー。
「・・・クレス!!」
『プラスル、『てだすけ』頼むとです!!』
『あい!』
プラスルは立ち止まると後ろ足で立ち上がり、手のひらにパチパチと火花を集める。
さっきまでおびえていたのが嘘のようににっこりと笑うと、ポンポンのように丸まった電気の固まりをクレスに向かって投げ、再び走り出した。
小さなチカラの固まりを受け止めると、クレセントはフーッと息を吐き、迫ってくるヘルガーに集中する。
『
トッと飛び出すと、クレセントは足にチカラを集中し渾身の『とびひざげり』でヘルガーを攻撃した。
弾き飛ばされたヘルガーが岩壁に当たり、黒い体をしならせる。
『
腰の辺りでこぶしを握って叫ぶと、クレセントは建物から飛び出してくるレオのような人を振り返りながら走った。
右手がバイクの車体につく。 ヤバイ、思ってたよりも高いし。
「ハベ、登れない!!」
『いいからイザヨイこっちに乗せなさい! 抱えたままじゃ運転は無理よ!』
気持ちは焦る。 慌ててイザヨイをサイドカーに乗せるのと同時に、プラスルが飛び込んできた。
振り返るとバイクの上でクレスがこっちに手を向けている。
手を伸ばすと強い力で引かれ、体が運転席の上に乗った。
景色が変わる。 いつもよりもずっと高い目線。
『このカギば鍵穴に差し込んで、右のハンドル目一杯奥に回してください。
オレが車体安定させますからミレイさんはハベに指示してもらってあいつらのトラック追ってください!』
「う、うん!」
黒いラバーのついた鍵を思い切り回すと、エンジンの振動が体全体に響く。
サイドカーにいたときとは全然違う。 なんだろう、ドキドキする。
「・・・ハベ!!」
『フルスロットル! まっすぐ行きなさい!!』
ぎゅっ、と歯を噛み締めて右のハンドルを思い切り奥に回すと、低い音を上げてバイクは急発進した。
体が後ろに引っ張られるカンジ。 強くハンドルを握り締める。
後ろを振り返れなかった。 メーターは振り切れ、速くて、速くて・・・
まばたきするヨユウもないのに、目を開けていられない。
今までとは違う世界が見える。 全然思ったとおりに動いてくれないバイク、ここにいていいのは、レオだけなんだ。
「お願い、届いて・・・!」
涙が拭えない。 目の前がゆがむけど、目をつぶることも出来ない。
離すもんか、レオに会えるまで。
日差しが熱い。 顔に当たる砂粒が痛い。
「クレス! ハベ! レオはどこなの!?」
喋るたびに口に砂が飛び込む。
サイドカーからじゃわからなかった、この場所にいることの辛さ。
『とにかく飛ばしなさい! まっすぐ、まっすぐ!』
『車体が横に振れんよう気をつけて下さい! この真下の地面だけ固くなってるとです!』
右と左でグリップの握られ方が違う。 変形するまで強く握られた右側に対して、ほとんど握られた形跡のない左。
スナッチマシンのせい・・・? ううん、あの形なら少し手首返せば十分握れるはず。
何か隠してる。 聞かなきゃ。 そのためにも、追いつかなきゃ。
・・・スピード上がれ!
そう、願ったとき、追い風が吹いた。
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