Chapter18:sender−Reo
=Maybe I love you.




薄暗い車内はよく揺れた。
この辺りに岩場が多いことは知っている。 しかし、道に慣れたスナッチ団の人間ならばここまで岩を踏むことはしないはずだ。
「ヘルゴンザ、この車を運転しているのはシャドーの人間なのか?」
そう尋ねると、奴の釣りあがった眉が動いた。
「いや、ザブの野郎だ。 あいつ、気を抜いた運転してやがるな。 後でとっちめておくか・・・」
「変わらないな、ヘルゴンザ。」
「お前は変わった、レオ。 昔からお前は人に興味は持っていても、自分から話しかけようとはしなかった。
 それが「運転手は誰か?」だと? ずいぶん無駄なことを気にするようになったもんだ。」
椅子に座りなおすと、ヘルゴンザは持っている煙草に火をつけ、かじるようにそれを吸い出した。
匂いと煙にニュウが顔をしかめる。
昔ならば止められただろうが、今の立場では吸うのを止めろと言っても、恐らく聞きはしないだろう。
我慢するよう頭をなでると、体についた黄色い輪の模様が光った。
もう1度車が大きく揺れる。
おかしい。 昔から運転には自信があると自慢していたザブが、ここまで荒れた運転をするというのは。
視線を運転席へと移すとヘルゴンザもおかしいと感じ取ったらしく、立ち上がって車両前方へと歩く。
途端、車は大揺れした。
いや違う、横転しているんだ。 投げ出されそうなフルとニュウを抱え、衝撃に身構える。
肩を強く打つと、すぐにフルとニュウを離し状況を確認する。 完全に真横になったトラックの荷台、何が起きたのか理解できない。


「・・・てて、オィ、ザブ! 何やってやがる!!」
ヘルゴンザは起き上がると運転席の方へと怒鳴りつけていた。
「つぁ・・・っ、違うんだよ、お頭! 変な女がバイクで追いかけてきやがって、そいつが!」
「ミレイ・・・?」
まさか、追いかけてきたのか? いや、パイラでシャドーの拠点になっていたビルまで乗り込んできたこともあるんだ、あの女ならあり得る。
フルの尾が動き、動きに落ち着きがなくなっている。 可能性は高い。
一緒に乗り組んでいたシャドーのうち1人は頭を打ったらしく、気絶して動かない。
腰元のホルスターに目が行く。 今なら、銃を奪えるかもしれない。
手を伸ばそうとすると、もう1人のシャドー戦闘員が倒れたまま銃を突きつけ、こちらを睨み付ける。
「何をしようとしていた?」
「・・・Snachスナッチ.」
相手の腕を蹴り上げ、銃口の向きを変える。 引き金に指がかかっていたらしく、乾いた音を上げ銃弾はちゃちな壁を通過した。
倒れた男から銃を奪い取るのと同時に、後部の扉が音を立てて破壊される。
見たことのない赤いポケモンだ。 飛んできた扉から俺を守るためフルは『リフレクター』を張ると、一瞬相手を睨んでから、耳を動かし警戒を解く。
見覚えのある目をしている。 赤いポケモンは黒い眼で俺を見ると、大きく鳴き声を上げた。
「クレセント?」
相手はミレイと同じ動きでうなずくと、トラックに背を向けて走り出す。
後を追おうとすると、背中に視線を感じた。 向けられた銃口の奥で、ヘルゴンザの目が光る。
「オィ、レオ、どこへ行くつもりだ?」
「どこへも行かないさ。 お前の元を離れるだけだ。」

乾いた音が鳴り響き、銃弾は発射された。
1センチにも満たない弾丸だ、撃つ方向さえ判っていれば避けられる。
その音で逃げる理由が与えられたように感じた。 外に飛び出してすぐ、砂の上に横たわったミレイの姿を見つける。
「ミレイ!!」
叫んでから、シャドーが彼女の名を知らなかったことを思い出す。 俺は、彼女の名を呼んではいけなかったはずだ。
何故そんな理由のつかない行動を取ったのかわからない。 だが、彼女に向けられた銃を見たら走るしかなかった。
撃たれたくない。
「撃つな!」
ミレイとトラックの間に立ち、声を上げる。
銃を向けていたザブの目が大きくなった。
あの銃口の向きならば、確実に俺の体に当たる。 避けなければならないが、足が動かない。
「オィオィ・・・冗談キツイぜ、レオ? いつからそんな善人になっちまったんだよ?」
「善? 知らないな、お前たちは教えなかった。」
「じゃあ、何だって言うんだ? 他人をかばうようなバカな真似も、俺たちは教えなかったはずだぜ?」
一瞬、返答に詰まった。 自分でも原因は解らない。
解らないのなら・・・答えは、もう見えている。 感情だ。 スナッチ団で必要とされていなかったそれが、俺の中にある。
「・・・怖いからだ。 そう、俺は、ミレイがいなくなることが、怖いんだ。」
形の見えなかった感情に名前が付く。
この感情が恐怖だというのならば、俺はザブやヘルゴンザと戦うことに戸惑いはない。
銃口の向こうで、ザブが笑った。
体は動く。 右手を前に出すと同時に、ザブが持った銃が音を上げた。

「‘フル’『リフレクター』!!」
リフレクターで勢いの殺された弾丸を、スナッチマシンの表面で弾く。
ヘルゴンザがシャドーから奪った銃を俺の方へ向けた。 ニュウが動く、腕に攻撃を加えるつもりだ。
「‘ニュウ’よせ!!」
ヘルゴンザの銃がニュウの頭に向けられる。
引き金に指がかけられたとき、横倒しになったトラックの上から何か飛び出してきてヘルゴンザにしがみついた。
強い攻撃ではないが、わずかに銃口の向きがズレる。 弾丸は砂に埋まり、ニュウの攻撃がゴンザの銃を叩き落した。
怒りの形相を浮かべるとヘルゴンザはニュウとしがみついたポケモン・・・プラスルを砂の上に叩きつける。
ミレイを抱え上げる。 どこを打っているかも分からないが、ここに置いておくわけにはいかない。
サイドカーに乗せると流れ弾が当たらないよう、奥に押し込む。
ハーベストがミレイを抱き、小さくうなずいた。 車の影に隠れ、シャドーから奪った拳銃の弾倉マガジンを確認する。
弾数は充分にあった。 撃ったことのないそれの引き金に指をかけると、俺はサイドカー越しに銃口をヘルゴンザに向けた。
「‘クレセント’!!」
姿の見えないポケモンの名を呼ぶと、ニュウとプラスルを抱え、赤いポケモンがバイクへと迫ってくる。
トリガーを引くと、振動が肩の傷を震わせた。 弾筋ははるか上だ。 コントロールなど出来ていないが、これでいい。
「乗れ!」
銃を捨て、バイクへと飛び乗る。
エンジンは生きていた。 スロットルを回すと動き出したモーターが高い音を鳴らす。
振動が懐かしい。 動き出した視界の端で、ザブの銃口がこちらを向いていることに気付く。
ハンドルを切ろうとする、だが、右手にチカラが入らない。
・・・避け、られない。
タンクを蹴る。 今は、行かなくてはならないんだ。
「くそっ、‘フ・・・!」
リフレクターの指示を出す前に、ザブの足元で赤い炎が上がった。 投げ捨てられた銃が爆発し、地面から飛び出した黒いポケモンがサイドカーへと走る。
イザヨイだ。 こっちへと向かって走ってくる。
「‘クレセント’イザヨイを受け止めろ!」
指示を出す。 赤いポケモンはサイドカーのヘリにつかまると、イザヨイへと手を差し伸べた。
首元をつかまえ、サイドカーの中へと引っ張り込む。 スロットルを回すとタイヤは地面をとらえ、バイクは加速した。
ヘルゴンザとザブの顔が小さくなっていく。 振り返りながら、戻るべき道がないことを認識した。





風のない道を走り続けていた。 道、だろうか? タイヤは空回りせず動いているが、見覚えのない景色ばかり続いている。
これからどこへ行こう。
スナッチ団とは完全に敵対した。 パイラにはミラーボがいるし、フェナスにも戻れない。
アゲトビレッジも・・・ダメだ。 あそこは1度シャドーに襲われている。 決して安全とは言えない。
「・・・ウミの向こう、か。」
当てのない行き先のことを考えていると、突然バイクがモーターを空回りさせて止まった。
ガソリンのメーターが下に向かって振り切れている。
これで完全に、行ける場所がなくなった。 役立たずのバイクから転がり落ちると、俺は砂の上に寝転がる。
「熱い・・・」
砂が、熱い。 背中が、熱い。 左腕につけたままのスナッチマシンが、俺の身体が、燃えるように熱い。
目をつぶったが、それでもなお太陽は照り付けてきた。
怖い。
知ったばかりの感情に操られ、焼けた砂を握りつぶす。
指の間から音を立てて流れていく砂を、小さな弱い手が受け止めていた。


「ミレイ!?」
飛び起きて周囲を確認したが、誰もいない。
ポケモンたちすらも。 当たり前だ、彼女たちが近づけば足音で判る。
自分の耳がどうかしてしまったのではないかと思いながら立ち上がると、俺はポケモンたちのいるサイドカーへと向かった。
真ん中で確かにミレイは眠っている。 ポケモンたちを追い出すと、丸まった彼女の身体を引っ張りシートの上に座らせた。
「無事か?」
ミレイは答えない。 やはりさっきのは幻聴だったのだろうか。
2回頬を叩くと彼女は目を覚まし、焦点の合わない目でこちらを見つめてきた。
「レオ・・・?」
反射的に抱きしめる。 ミレイの声だ。 青い目も、黄色い肌も、かすかに感じる土の匂いもミレイのものだ。
聞きたいことは多かったが、知ったばかりの感情はそれよりも強かった。
俺は、嬉しいんだ。
「よかった・・・」
胸に顔をすり寄せるとミレイは背中に腕を回してきた。
彼女は人を殺せない。 そのナイフ1本持てない手に、俺は守られている。

電子音が鳴る、同時に彼女が離れる。
手元を探ってそれに気付くと、ミレイはシートに放り込んだP☆DAを拾い、それを俺に渡してきた。
取り上げると、熱を持ったP☆DAのメール着信ランプが点滅している。 開いた画面を目で追っていくうちに、それがスタンドのマスターから送信されたものだということが判った。
「・・・『助けてやろうか?』だと?」
どういうことだ? 昔からあのマスターは解らないところがあるが、今日は特におかしい。
サイドカーの淵に座ると、車体が軽く揺れる。 ポケモンたちは大丈夫だ。 傷ついてはいるが、すぐに治療するほどの重傷ではない。
ともかくガソリンがなくなってはバイクが動かない。 シートにP☆DAを突っ込み、状況を打開する方法を探そうと立ち上がったとき、道の向こうから砂煙が上がっているのが見えた。
ヘルゴンザたちが追ってきたのかと思い身構えたが、それにしては車の大きさがおかしい。
それどころか、車ですらなかった。 汽車の車両が土煙を上げながら近づいてくる。
メールの意味を理解する。 移動しているのは町外れのスタンドだ。
低い音を上げながら俺たちの前で停止すると、見慣れていたはずのスタンドの扉が開き、中からマスターが顔を覗かせる。



「よぉ。」
太い腕が扉を横切っている。
ポケモンたちはおびえているが、間違いなくスタンドのマスターだ。
「貸切にしてやったんだ、高くつくぜ。」
「頼んだ覚えはないが。」
そう言うとマスターは笑い、店の奥へと引っ込んでいく。
ニュウがついていこうとしたのをミレイが呼び止めた。 振り返るとニュウは俺の顔を見て尻尾を振る。

「分かった、中に入ろう。」
ミレイをサイドカーから降ろすと、ポケモンたちについてくるよう指示を出した。
改めて見るが、ミレイはかすり傷1つ負っていない。 ならば何故倒れていたのか・・・疑問と安心、隣り合わない感情が同時に存在している。
入ってすぐ、ミレイはカウンターに腰掛けてマスターから水を受け取り、口の中をすすいでいた。
ハンカチに砂の固まりを吐き出すと、彼女の言葉でマスターへと話しかける。 それに対し、マスターは何の疑問を持つこともなく彼女の言葉で返事をしていた。
俺は、少し驚く。
「彼女の言葉が解るのか?」
「ドアを閉めな、予報じゃもうすぐ砂嵐だとさ。」
「ごまかすな。」
ボトルから水を注ぐと、マスターはそれをミレイにすすめる。
素直にそれを受け取るミレイを横目に、こちらへと顔を向けながらマスターは口の周りの無精髭を動かした。
「少し前にお前が倒れていたことがあっただろう。 その時に会ったんだ。」
「違う。 俺たちのものとは違う、彼女の言葉が何故解るのか聞いているんだ。」
「レオ、お前は解らんのか?」
空のグラスを拭きながらそう言う男を、ミレイが青い瞳で見ていた。
彼女が何かを話しかけると、マスターが同じ言葉で返事をする。 やはり、意味は理解出来ない。
渡されたグラスの中身を飲み干しポケモンたちに水を与える。
「俺には無理だ。」
「‘Kanto(カントー)’言ってみな。」
「‘Kanto’?」
声と唇の動きにミレイの目が大きく見開く。
今、確実に俺の言葉に反応していた。
「彼女の故郷だ。」
マスターが驚いた心に返事をする。
「お前はミレイの言葉を話した。 話せることが理解出来んことはないさ。」
調味料の瓶を整えながら、マスターはそう言って出入り口の方を睨みつける。
車の音がする。 コップ1杯の水を飲み終え、ポケモンたちに何か話しかけていたミレイを奥の席へと移動させた。
足音を隠しもせず扉を開け放った男は、当たり前のようにカウンターへと座る。


頭の半分はげ上がった小太りの男はマスターに向き合うとコーヒーを注文する。
「いやぁ、参りましたな! 突然砂嵐に巻き込まれて立ち往生ですよ、ハハハハハ!!」
太い指で服の砂を落としている間に、連れらしいもう1人の男がスタンドの中に入ってきた。
床にいるポケモンたちを追い払う仕草をしたその男にマスターが視線を向ける。
「砂が入るからドアを閉めな。」
短く言うと、マスターはもう1杯コーヒーを注ぎ始めた。 音が鳴り、木製の扉が男の手で閉められる。
ミレイが水を置いた音で小太りの男がこちらへと向き、目を細める。
嫌な視線を感じミレイを体の後ろに隠すと、男は突然声を上げ、こちらへと近づいてきた。
「おぉ! 誰かと思えばレオさんじゃないですか!
 いや奇遇! まさかこんなところでお会いするとは!!」
「・・・誰だ?」
「私をお忘れですか? フェナスシティ市長のバックレーですよ!」
「あぁ・・・」
忘れていた。 ミレイと会った日、セイギに言われて相談に行ったフェナスの市長だ。
そういえばあのまま街を追い出されて、市長の家に戻っていなかった。
「すいません、あの時は・・・」
「いやいや! セイギ君から事情は聞きました、ずいぶんと大変な思いをしたようで。
 あの後、フェナスではレオさんの誤解も解けましたよ。 レオさん、もうスナッチ団は抜けていたという話じゃないですか!」
「どこでその話を?」
「街の子供たちですよ。 いやはや、侮れませんなぁ・・・どこで見つけてくるのか、大人よりも情報が早いんですよ。」
すぐ近くのボックス席にバックレーが腰掛けると、連れの男がカウンターに置かれたコーヒーを彼の前に置いた。
風の音を気にするミレイを隣のボックスに座らせると、彼女は小さくうなりを上げるイザヨイを抱き上げる。
男はその横顔に目を向けていた。 突然手を打ち合わせると、相手は顔を上げ、ミレイへと指を突きつける。
「そうそう! 彼女の出身地が判ったんですよ!!
 よろしければ、これから一緒にフェナスに行きませんか? 色々とお話したいこともありますし。」
黙っていると、男はそれを肯定と受け取っていた。
繰り返される意味のない言葉の端から単語を拾い上げ、適当に話を合わせていると、いつの間にか砂嵐は治まっていた。
窓の外を見ていると、市長も外の変化に気付く。 相手が立ち上がったため解放されるかと思ったが、違った。
笑みを向けると、扉を開けて俺たちを手招きする。
フェナスに用はなかったが、ここにあるガソリンでは帰りの分をまかない切れないし、何より情報が必要だ。
ミレイを立たせ相手について行き、わずかばかりの燃料でバイクを動かす。 砂に埋もれかけた車が動き出すと、バイクはその後を追いかけた。
タイヤが砂に埋まる。 今まで飛ぶように走り続けていたそれが発進するまで、ずいぶんと時間が掛かっていた。







軽くなったバイクがフェナスに辿り着く頃には、日が暮れかけていた。
街明かりにミレイが目を覚まし、閉じかけていたまぶたをこする。
先導する車はまっすぐに市長宅へと向かい、止まることなく門を潜り抜けていく。 市長が門番に二言三言話すと、門番は俺たちのバイクも家の中に招き入れた。
「あなたにお会いするのは、ずいぶん久しぶりという気がしますなぁ。」
いつの間にか、今夜は市長の家に泊まるということになっていた。
家の中に招き入れながらバックレーは絶え間なく言葉を話し続ける。
「えぇ、お会いしたのはあの時が初めてなハズなんですがね、どうにも私には初対面には思えなかったんですよ。
 何ですかね、オーラ・・・とでも言うのでしょうかね? 懐かしい旧友にでも会ったような、そんな気がしたんですよ!」
「そうですか。」
屋敷の中に進む間にも、話は続く。
意味のない言葉をいらだちながらも聞いていると、バックレーは連れの男が広げた資料を前に太い指をすべらせた。
アゲトとは比べ物にならないほど大量の木が映された写真の中に、男女が1組。 古びてかすれかけた写真を指しながらバックレーはそれまでと変わらぬ口調で続ける。
「これが『ウバメの森』ですな。 アゲトビレッジの森同様、セレビィを引き寄せるチカラがあると伝えられております。
 こっちの写真は『りゅうせいのたき』、これは・・・『海』ですな。 あちらでは整備されて水道と呼ばれているようですが。」
「こんなにたくさんの水と植物が・・・」
「写真を見ていると、いかに自分が無知か思い知らされますなぁ・・・
 オーレの外にはこんなにもの自然がある。 しかし、この土地に住む人間の多くは、それを知ることもなく死んでいくのです・・・」
写真を覗き込むミレイに場所を空けると、彼女の目が興味深そうに机の上を追っていった。
「緑豊かな地、『豊緑ホウエン』・・・」
バックレーがそう言うと、ミレイの顔が上がった。
「推測に過ぎませんが、彼女はここから来たんでしょうな。 わずかですが、外国との交流もあると聞きます。
 いや、あるいはセレビィに連れ去られて・・・」
「セレビィ?」
聞き覚えがある。 確か、アゲトでローガンが話していた、ホウオウの子供を連れ去ったというポケモンのことだ。
大きくうなずくとバックレーは、ローガンの説明とまったく同じことを繰り返し、言葉を付け加える。
「言い伝えですが、セレビィには空間を越える能力があるという話なんですよ。 その能力で、このオーレにポケモンを連れてくるのだとか・・・
 彼女も、あるいは・・・」
「セレビィに連れ去られてきたと?」
「えぇ。」
短い言葉で片付けると、バックレーは椅子の上に腰掛けた。
「ならば、彼女をセレビィの元へ連れて行けば、元の世界へ戻すことも可能なのでは?
 バックレー市長、セレビィを見つける方法はありますか?」
椅子の背にもたれながら、バックレーはミレイの方に顔を向ける。
「これも言い伝えですが、『時の笛』というアイテムが・・・セレビィを呼び寄せると聞いたことがあります。
 オーレもポケモンに護られた土地。 どこかにあるという噂こそありますが、詳しいことは・・・」
「そう・・・ですか。」
肩のチカラが抜ける。 これ以上、有益な情報を取ることは不可能そうだ。
ミレイの持っている資料にも、この地への渡り方などは書いていなかった。 もっとも、安全を考えなくていいのならばセツマに聞けばだけのいい話。
また考える必要があった。
意味のない話を聞きながら何気なく窓の外を見ると、星が瞬き始めている。



食事を与えられ、用意された部屋に通された時には11時を回っていた。
まるでホテルだ。 使われていない部屋だと言っていたにも関わらず、ベッドも整えられ、シャワーまで備え付けられている。
隣の部屋に通されたミレイにモンスターボールをいくつか貸し、明日動くための準備をする。
以前来た時のこともあるから、あまり派手には動き回れないだろう。 だが、望みは薄いがあのセイギという男や、街の人間の誰かが『時の笛』に関する情報を持っている可能性もある。
それと、路銀稼ぎだ。 予定外のアクシデントが続き過ぎて所持金が尽きかけている。 この街のスタジアムである程度稼いでおく必要もある。
「俺は・・・何がしたいんだ?」
蛇口をひねると既に沸かされている水が細かい糸となって飛び出してきた。
体についた砂が落とされていく。 少し体をこすると、右肩の傷からかさぶたがはがれ落ちた。

この街で会ってからずっと、ミレイに振り回され続けている。
言葉の通じない彼女に興味を持ったのは確かだ。 だが、それだけでこんな傷を負さわれる必要があっただろうか?
最初の予定ではひたすら逃げ続け、追ってきた残党を警察に誘い込むだけでよかったはずだ。 パイラで彼女が捕まったときも、見捨てていくことだって出来たはずなのに。
「本当に、何がしたいんだ・・・」
髪から水が滴り落ちる。
怒って、楽しくなって、哀れんで、怖がって・・・この数ヶ月ではっきりと自分の中に感情というものを感じるようになった。
必要ないと思っていた。 けど、確かにそれらは俺の中に存在している。
・・・そうだ、俺は守りたい。
「・・・イザ、俺がスナッチ団にいた頃、ヘルゴンザの口癖は『お前は人間らしくない』だった。」
スナッチマシンを守っていたイザヨイがわずかに顔を上げる。 髪も乾ききらないまま持ち上げようとすると、わずかにうなり声を上げた。
俺についていた水分を嫌い、怒っているんだ。
「お前は、俺に似ているな。」
ノックの音が鳴り、ナイフを手に取る。
「誰だ?」
呼びかけてみたが、しばらく返事はなかった。
不審に思い始めたとき、もう1度ノックが鳴り、ミレイの声が響いてくる。
「レオ、3:w
この声・・・また泣いているのか。 念のため覗き穴から確認し、扉を開けるとミレイは入るなり飛びついてきた。
体が震えている。 何かされたような形跡はないが、何かにおびえている。 それは判る。
「大丈夫だ。」
気がついたらミレイの手が左手に添えられていた。
そうだ、彼女は知らなかった。 隠していた、スナッチマシンのエネルギーで使い物にならなくなった、この腕は。
払いのけられない。 されるがままになりながら彼女の様子を見ていると、ミレイの表情が変わっていく。
驚いて、またいつもの泣きそうな顔。
つかまれたままの左手に、かすかな温度を感じる。
「vs@e:t@・・・
火傷の痕を手のひらでこすり、ミレイは涙を流す。 人の色をしていない肌から、彼女は目をそらさない。
「泣くな、ミレイ。」
顔を上げた彼女と視線が合ったとき、俺は、自分の中に今までとは違う、強い感情があることに気付いた。
わずかに感覚の蘇った指で、彼女の涙を拭う。

この感情がそうなのかは判らない。
だが、俺は恐らく・・・彼女のことが、好きなんだ。


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