Chapter19:sender−Mirei
=それでも戦いは続く=




『オレも昔は、悪さばっかりしてたとですよ。』
流れる街を見下ろしながら、クレセントはそう切り出して、私に話してくれた。
『ちょくちょく山から下りては、人の食べ物を奪ったり、いたずらしたり・・・あの頃は人からもポケモンからも嫌われとりました。
 けど、たまたまその場にいたジムリーダーにぶちのめされてから変わったとです。
 その人はオレに、正義が何なのか教えてくれました。 短い間でしたが、あの人がいなければ今のオレはなかったとですよ。
 『神隠し』でこのオーレに飛ばされて、方言バカにされてから喋るのやめたですけん。
 あの黒ウサギなんか、絶対バカにするに決まってるですばい!』
「黒ウサギって・・・ニュウのこと?」
『あいつとはポニータが合わんとですたい!』
そっぽ向いて腕組みしたクレセントを見て、私は苦笑した。
今でもしょっちゅう取っ組み合いのケンカになってるんだから、今さら気取る必要もないのに。

知らなかったな、ポケモンにこんなに個性があるなんて。
例えるなら、クレセントは『きまぐれ』ってとこかな? うん、嫌だ嫌だ言っててもなんかニュウと気が合ってるような感じもするし。
ニュウは『むじゃき』な感じするし、フルはいつだって『れいせい』、ハーベストは・・・う〜ん、『おっとり』? タマに人の話聞かないもんなぁ。
フェナススタジアムの試合がひと段落したのか、目の前を人が流れてく。
言葉は通じないけど、この人たちにも個性はあるんだろうな・・・そんなこと考えてると、不意にクレスが腕をちょんと突っついてきた。
『そういえば昨日、なして部屋から逃げ出したとですか?
 レオさんといい感じみたいだったから呼び戻しませんでしたけど・・・』
・・・知ってたんだ。 急に温度の上がった頬を隠すようにしながら、クレセントから目をそらす。
「黒いオーラ・・・」
『?』
「見たの。 街の中と、ずっと遠くにある何かから、湧き出てくるみたいにうじゃうじゃーっって。
 何か、なんて言うのかな・・・それが部屋の中にまで入ってくるような気がして、思わず逃げ出しちゃったんだけど・・・気のせいだったのかなぁ・・・?」
事実、今はイザヨイから出てるわずかな量しか黒いオーラは見えない。
そのイザヨイは足の下で寝息を立ててて、私はこうして何事もないような顔してフェナスを歩く人を見てる。
ぶつかったりしたら謝ることも出来ないから下手に動けなくて、レオがコロシアムから戻ってくるまでの間、クレスとイザヨイとこうして座り込んでるだけ。
クレスは話し相手になってくれるけど、ぶっちゃけ、ヒマ。
相変わらず信じられないくらい青い空を見上げながら胸にぶつかったチョーカーのモチーフを直してると、トンと、肩に硬いものがぶつかった。



「・・・?」
ヤバイかな? そう思って見てみると、ぶつかったのは知らないおばあちゃんの持ってる杖。
困ったな、インネンつけられるよりマシだけど、セツマおばあちゃんに「ごめんなさい」の言い方聞くの、忘れてた。
「え、と・・・」
「隣座るよ。 まったく、今日も暑いったらありゃしない・・・」
「あ、どうぞ・・・」
日陰の方に詰めておばあちゃんが座る分をあけると、おばあちゃんは電車の中みたいに大きなお尻をそこにねじ込んでくる。
何か、違和感。 ていうか私、何で困ってたんだっけ?
そうそう、レオがコロシアムに行っちゃって、それで話通じるのがクレセントしかいなくって・・・
「・・・おばあちゃん、私の言葉解るの!?」
「人を年寄り扱いするんじゃないよ。
 そう言うアンタこそ何モンだい。 その若さで『この言葉』が話せるなんて、ただモンじゃないだろう?」
大きな帽子をパタパタとうちわ代わりにして、おばあちゃんはスラスラと話す。
「アンタあれだよね。 前に市長の家に来てた、いい男の連れ。
 あれかい、市長の新しい愛人かい?」
「ちっ、違う違う違う!! だってこっちの人の言葉全然わかんないしっ! 私、全然魅力ない、ただの子供だし・・・」
丸い目を見開かせながら、クレセントがこっちの方を見てる。
あれ、何だろう・・・言葉通じる人に会ったのに、何か私、あんまり嬉しく思ってないような・・・
ていうか、市長って誰?

おばあちゃんが喋らなくなってしまったのでやることがなくなり、私は再び、水と人の流れるフェナスの街に目を向けた。
昨日見た、レオの左手にあった火傷みたいな痕が脳裏によぎる。
痛く・・・はなさそうだったけど、皮膚の崩れたごつごつした感触と、それに触れたときのレオの悲しそうな顔が、すごく印象に残ってる。
「クレス・・・」
「嫌な事件が続くね。」
おばあちゃんのしわがれた声で、呼び声がかき消される。
顔を向けたときのおばあちゃんは、会った時と違う顔をしてた。
「先代の市長の時、フェナスは平和だったよ。 先々代の市長が川から水を引いて、あふれるほどの水で街は活気付いていたんだ。
 それがどうだい! 今ときたら・・・
 パイラから来たゴロツキが街を歩き回り、こんな昼間でも泥棒が出てきやがる!
 嫌だねぇ・・・あの人、何で死んじまったのか・・・」
ぶつぶつ言いながら、おばあちゃんはふと気付いたように顔を上げる。
「そういや、パイラで馬鹿でかい鳥が暴れまわってるらしいね。
 まさかフェナスまでは来ないとは思うけど・・・おぉ怖い。」
「大きな鳥?」
ホウオウの姿を一瞬想像して、寒気を感じた。
すぐに頭を振ってそれを否定する。 確かに、ホウオウは人を憎んでる。 けど、街を襲うとかそういうことはしないはず。
「うん・・・しない!」
よく分からない根拠で結論を出すと、頭の上に帽子のようなものが落っこちてきた。
この重さはハベだ。 顔を上げて見ると、案の定ふわふわの綿毛が私の顔を覗き込む。





『ちゃおっ! ねぇねぇ聞いて聞いて! レオ様、大会賞品で私に新しい技覚えさせてくれたのよ!
 きゃーっ嬉しいっ!! これも愛のチカラ・・・!』
『言わぬが花!』
クレスの細い腕がハベの茎をつかみ、一気に地面へと引き下ろす。
レオが戻ってきたんだ。 立ち上がるとスカートについたホコリを落として、おばあちゃんの方に向き直る。
「じゃあね、おばあちゃん!」
「・・・Good bye girl.
オーレの言葉でしゃべったおばあちゃんはそっけなくて、何だか寂しそうに見えた。
寂しそうっていえば、レオもそうなのかな? そういえばセツマおばあちゃんもローガンおじいちゃんも、パイラの人たちも・・・オーレの人たちって、どっか寂しそう。
急に独りぼっちになったような気がして、泣きそうになる。
立ち止まると、後ろから来た誰かに手を引かれた。
レオだ。 置いて行かれたくなくて強く手を握り返すと、いつもより少し、ほんの少しだけレオの目が大きく見開かれた。
驚いたのかな? 読めない表情の変化を目で追っていると、足下にフルとニュウが駆け寄ってくる。
『無事だったか?』
「うん、そっちは?」
『楽勝! 何度も戦って結構資金集まったぜ!』
足でステップを踏みながらニュウが答える。
小さなモンスターボールに戻されていくポケモンたちを横目に見ながら、フルは少し難しい顔をしてた。
覗き込もうとすると驚いたように顔を上げて、視線を合わさないようにしながらフルは喋る。
『ミレイ、またパイラに行くかもしれない。』
「パイラ?」
聞き返すと、フルは小さく小さくうなずいて見せた。
『噂だが、大きな鳥が暴れまわっているらしくて、それをレオが気にしている。
 まだレオは言っていないが、恐らく・・・移動することになるだろう。』
『放っときゃいいのにな、何を気にしてんだか。』
顔を上げると、振り向いたレオと一瞬だけ視線が合う。
足は中心街の方に向かってて、中心街は声もよく聞き取れないくらい人でにぎわってて、人でにぎわってる場所は物もたくさんあって・・・レオの目当ても多分そこ。
大きな傘を日よけにした店の前で立ち止まると、レオは店の人にコインを渡して黄色い果物っぽいものを受け取った。
一瞬目が合ったかと追おうと、次の瞬間には果物は私の手の中に収まってる。
・・・魔法みたい。 ひんやりしたそれの感触を確かめながら、バクバクいってる心臓の音をゴマかしたくて視線は石畳の上。
「食べていいのかな?」
『いいんじゃね? 燃料とか買ったりすんの時間かかるしさ。』
旅の荷物を買い込んでいるレオの背中を見ながら果実を1口かじると、口の中に甘い味が広がった。
荷物・・・なのかな、私も。 勝手にくっついてきて迷惑かけてばっかだし。
立ち止まってるとニュウにヒザを小突かれる。
いつの間にか少し遠くにいるレオに呼ばれてることに気が付いて、慌てて駆け寄って、「少し荷物持とうか?」とも聞けないまま足はバイクの方に向かってて・・・

結局、買い物から荷物運び、何から何まで全部レオに任せたまま、私たちはバイクへと戻ってきてた。
せめてサイドカーに置かれた荷物の整理くらいはやろうと思ったんだけど、それも言い出す前にレオが片付けちゃって、何も出来ずじまい。
促されるままに車の中に乗り込んで、エンジンがかかる音を聞いて・・・ホント、ため息が出そう。
「ダメだ、私・・・」
フルの目が向けられる。 わかってるよ、マイナス思考だってことは。
『そんなことないさ。』
「だって、私アゲトビレッジから勝手についてきちゃって・・・!
 レオが捕まったのも私のせいだし、それに大ケガしたのもレオが私をかばったからだし・・・!
 なのに、私、レオに何も出来てないし・・・」
『ミレイが来なかったら、レオはあのトラックから逃げられなかった。』
風のようなフルの言葉と共に、巨大なバイクのエンジン音が響く。
イスの下に座ったニュウがうんうんとうなずいて、長い耳が揺れているのが見えた。
『そんなカンジするよな。 ミレイが来るまで、レオの奴「死んでもいいや」って顔してたしさ。』
『ミレイの存在がレオの支えになっているんだ。
 迷っているレオを助けられるのは、もしかしたらミレイだけかもしれない。』
「どうして・・・そんなことわかるの?」
『レオのことは、生まれたときから知っている。』
向かってくる風から隠れるように、フルは座席の下に潜り込んだ。
スピードの上がるバイクのサイドカーからレオの横顔を見る。
やっぱりどこか寂しそうなレオの顔。 遠くにある高い塔に重なって、まぶしい。
「ねぇニュウ? あんな塔、前来たときあったっけ・・・?」
『さー?』
『あるにはあった。 骨組みだけだったがな。』
フルが代わりに答えて、納得したようなニュウの毛並みが私のふくらはぎをくすぐった。
日が高く昇って、焼け付きそうな気温の中、レオは顔色一つ変えなくて、時折見せる表情が気のせいだったんじゃないかって思うくらい、レオは強い。
私がレオを助けるとか、本当に出来るのかな? 支えになってるって、ホント?
ぐちゃぐちゃに整理のつかないまま、揺れるサイドカーはそのまま揺りかごに早変わりして・・・
そういえば、あんまり眠ってなかったっけ・・・













・・・寂しいな。
誰もいないわけじゃない・・・のに、何か、何かいつも孤独を感じてる。
どうしてだろ? お母さんに会いたい。
でも、私が家に帰ったら・・・もう2度と、レオには会えないんだよね・・・


耳鳴りがする。
誰かが・・・私のことを、呼んでる。





『うわっ!?』
「きゃっ!」
『ッ!?』
突然急停止したバイクの動きに追いつけなくて、おでこに鉄のかたまりがしたたか打ち付けられる。
すっかり目が覚めた。 いったぁ・・・肩も打ったし。
「ったぁ・・・なに・・・?」
『地震・・・』
ニュウがつぶやいて気が付く、バイクの振動とは違う揺れ。
座席の下から飛び出してきたフルを抱えながら固まってると、すぐにそれは静まった。
そんなには大きくなかったけど、ちょっとびっくりしたかも。
腕の中で暑そうにしてるフルを離すと、すぐそこにパイラタウンがあるのが見える。


再び走り出したバイクがスピードを落とす頃には、喋る言葉も思いつかなかった。
通りに散らばってる窓ガラス。 フルとニュウが歩く隙間も見つからないくらい。
そんなにきれいな街じゃなかったけど、これじゃ、廃墟。
さっきの地震のせい? それとも、フェナスでおばあちゃんが話してた『大きな鳥』のしわざ?
立ち上がることも出来ずに凄惨な状況としか言えないパイラの街を見ていると、大きな手が、肩に置かれる。
「All right?
「レオ・・・大丈夫、yes!」
立たなきゃ。 自分で出来るとこは自分で頑張らなくちゃ。
体が浮き上がると足が地面についた。 ほら、本当にダメなとこは、レオが手伝ってくれるから。
「行こう、レオ。」
バイクから荷物を降ろし終わったレオの手を引くと、きれいな太陽色した目が少しだけ見開かれた。
出会ったときとは違うんだね、 もう「スナッチ団のレオ」じゃない。
しっかりしよう。 レオから渡されたコトコト揺れるプラスルのモンスターボールを握り締めて、廃墟同然のパイラタウンをもう1度見つめなおした。



パイラの街は、ホントに、映画とか、ドラマとか、テレビのニュースとかで流れてる世界を歩いてるカンジ。
靴の裏に刺さったガラス片がこすれて気持ち悪い音を立てるし、当たり前だけど、誰1人として笑ってない。
つながれた手が、いつもよりも強く握り締められていた。 まるで、私の不安が指先からレオに伝わってるみたいに。
「どこ行くの?」
フッと口をついて出てきた言葉。 レオは立ち止まると振り返ってちょっと目を見開いて見せる。
解って・・・ないよね、きっと。
「Do you fear it?
今度は私がちょっと目を見開いた・・・と、思う。
びっくりした、んだよね、うん。 はっきりしたレオの表情に気付いたから。
私、レオに心配されてる。 だから呼びかけたときに立ち止まってくれてて、ちゃんと手もつないでくれて、指先が、あったかい。
そのことに気付くと急に恥ずかしくなって、私は慌ててレオの手を離す。
「大丈夫ダイジョブ! 私、レオの行くとこなら、どこでもついてくよ!」
うっわ、何言ってんの私・・・これじゃ、まるで告白じゃん。
レオの方を見ると、少しだけ眉を潜めて首をかしげてる。 そりゃそうだよね、どう考えても返事にはなってないし。
頭の中真っ白で意味もなくガラスだらけの地面とレオの顔とを交互に見てると、突然レオは1度離した手を強く引っ張った。
「レオ?」
返事はない。 レオは少しだけ後ろの方を気にした感じで、どんどん街の奥へと歩いてく。
少しして、何度も悲鳴をあげたあの橋が見えた。

・・・コロシアムに向かってるんだ。

少しだけ走ってレオの右腕にしがみつく。 何度渡っても、あのつり橋怖いから。
谷が近づくにつれて、嫌な感じが増してくる。
なんだろう、気持ち悪い。 よくわかんないけど、怖いものが地面の底から・・・競り上がってくる。
橋の前まできて、足が止まった。 ヤバイ、体の震えが止まんない。
「ミレイ?」
立っていられない。 どうしてだろ、気温高いハズなのに・・・寒い。
目つぶったら闇に飲み込まれそう。 どうすればいいの、自分の影さえも・・・怖い。
耳を塞ごうとした手を誰かにつかまれる。 その手は肩に、頬に。
顔が上がる。
・・・そうだ、レオがいたんだ。
何も言わずに差し出された手を握ると、いつの間にか流れてた涙を服の袖で拭った。
バカミレイ。 怖くても行かなきゃ。
レオはその『怖いもの』と戦ってるってフルが言ってた。 「レオに任せておけば大丈夫」とも。
「・・・ありがとう、Thank you! もう大丈夫だよ。」
全然大丈夫なんかじゃないけど。 少し疑問そうな顔をしてレオは先に橋を渡りだした。
つり橋は揺れる。 谷底から嫌なものが競りあがってくるのも感じてる。
帰ることも逃げることも出来ないから、せめて少しでも長くレオと一緒にいたい。

繋がれた手を強く握り締めたとき、強い地面の揺れとともに橋が大きく揺れた。
止まりそうになった足が引きずられるようにしながらも走り出す。
驚くほど早く橋を渡りきったところで、まだ少しだけ揺れの残る中、コロシアムの丸い天井が崩れていくのが見えた。
振り返ると、コロシアムだけじゃなく他にもいくつかの建物が崩れてるのがわかる。
「・・・どうして・・・!」
ホウオウじゃない、鳥ポケモンに地震は起こせない。 なのに、これだけの被害が出るのって・・・偶然?
立ち止まりかけた足がよろめき、また走り出していた。
翼が見える。 私の手を引いたまま、レオは何かにとりつかれたかのようにコロシアムへと向かって走っている。






割れ落ちたガラスが邪魔をして、閉まりきれずにキシキシ音を上げている自動ドアを潜り抜けると、薄暗いロビーは以前来たときのままだった。
何ヶ所か、積み上げられた書類や机が倒れてるとこはあるけど。 手を引かれるまま奥の方へと歩いていくと、薄笑いを浮かべた人たち数人とすれ違う。
なんだろう、嫌なカンジ。
いつかの自動販売機の横を通り抜けると、足の裏にあったガラスの感触もなくなって、次第に道が薄暗くなってくる。
ずっと先が開けてるのが分かる、その先には、光。 そっか、これが・・・トレーナーの通る道・・・
「ミレイ!」
突然腕を引かれて、つんのめった弾みでレオの胸に抱きかかえられる。
足元を何かが通ったかと思ったら、それまで私がいた場所の床が削られていた。
飛び出してきたフルが『サイケこうせん』でノコッチを弾き飛ばす。
・・・気付かなかった。 こんな近くに、ダークポケモンがいたのに。

レオの肩を飛び越えハベが放った『わたほうし』が真一文字に切り裂かれ、そこからダークポケモンが飛び出してくる。
攻撃をかいくぐったノコッチに睨まれると、一瞬フルの動きが止まった。
『・・・ッ!』
フルが睨み返すと一瞬オレンジ色の光が放たれ、黒いオーラをまとったノコッチの動きが止まる。 背中で動き続けていた羽根の動きが鈍くなった。
「また」だ、あの違和感。 体を引きずるようにしてフルがレオの足元まで戻ってきたとき、矢のように飛び出してきた『何か』にハベが貫かれる。
『きゃっ!?』
ノコッチじゃない。 振り返ると、黒いオーラを噴き出すチルットがハベのことを睨んでる。 何で気付かないんだろう、今までダークポケモンが近づくだけでも嫌な感じがしてたのに・・・
「フル、enough! Come back! Go クレセント!
1歩下がってレオはフルとクレスを入れ替える。
動き出そうとするノコッチとチルットを蹴り飛ばすと、クレスは少し変な顔をした。
ハベは起き上がって吹き飛ばされた綿毛を直してる。
『もう・・・鳥ポケモンも嫌い!』
地面を軽く蹴ってふんわり浮かび上がりながらハベはクレスの腕に着地、その間にレオはもう1歩後ろに下がる。
戦いづらそう・・・ていうか、もしかして私が邪魔なのかな。 どっか別の場所に動こうとすると、ずっと触れているだけだった腕に強く抱きしめられる。


もう2歩下がったところで、自然に口が動いた。
「・・・レオ、ダークポケモン。」
レオの肩がピクリと動き、背中の方へと移動させられる。
「Which is it?
尋ねるような口調に、黒いオーラを放ち続ける2匹を指差すとレオはゆっくりとうなずいた。
マヒして動きの鈍っているノコッチを睨むようにすると、姿勢を低くして左手でモンスターボールをつかむ。
「ハーベスト、"SLEEP POWDER"! クレセント、"HI JUMP KICK"!
ハベとクレスが飛び出すのと同時に、スナッチマシンから放たれたボールがノコッチの真ん中をとらえる。
床の上を跳ねたモンスターボールは壁に受け止められて止まると、黒い煙のようなオーラを噴き上げた。
クレスが蹴り飛ばしたチルットが動かなくなったのを見ると、レオは別のモンスターボールをスナッチマシンのついた左手で取る。
高い音を響かせるスナッチマシン。 ぐっと強くボールを握るとチルットへと向けてそれは放たれた。
抵抗することもなくボールへと吸い込まれたチルットを見て、レオは荒く、ため息のようなものを吐く。
「レオ・・・?」
新しくモンスターボールを開く音は聞こえない。
少なくともダークポケモンに襲われる心配はなくなったはずなのに・・・なんでか、嫌な予感が拭えない。
静か過ぎる闇へと目をこらすと、突如、暗闇が揺れ動き、その中から手が伸びてきた。
思わず悲鳴を上げてその手を避けると、レオが腕を振り回しながら相手へと向かって何かを叫ぶ。



『何で人の方が襲い掛かってくんのよっ!』
機械的に襲い掛かってくる手を避けながらハベが叫んだ。
その茎の根っこをつかむと、クレスは近づいてきた『人』を押し返してからコロシアムの方へと走り出す。
『やっぱり・・・!』
「何が、クレス?」
レオの足に追いつけなくなっている私の手をつかむと、クレスは追いかけてくるライダー風の人を睨み付けた。
『・・・あの人、オレの前の主人ですたい!』
「えっ・・・!」
振り向くと鳥肌が立つ。 伸びてきた腕から沸き立ってくる黒いオーラ。
「でも、この人・・・!」
『分かってますけん! 確かにあの人は善人ではありませんでした、ばってん、こんな・・・』
私の手を離すとクレスは弱い『ねんりき』で近づいてきた別の人を壁に叩きつける。
『自分捨てられるほどプライドのない人でもなかった!』

コロシアムへと出ると急に目の前が開けて、まぶしさで思わず目を細める。
こっちのコロシアムは初めて見るけど、崩れた屋根で所々壊れてるとこ以外はテレビで見たスタジアムとそんなに変わらない。
振り返ると明るくなったせいか、追いかけてきている人たちから出るオーラがよりはっきりとしてきた。
どうしよう・・・人はスナッチ出来ないし、下手に攻撃も出来そうにないし、逃げ道も・・・
『ミレイ、危ない!!』
高い鳴き声と一緒に飛び込んできたハベが、『かいりき』の一撃で弾き飛ばされる。
地面を何度も跳ねて立ち上がれなくなった彼女は、倒れたままうなりを上げて攻撃したオオタチを睨みつける。
「ハベ!」
『ヘーキよ、このくらい・・・向こうが攻撃してくる瞬間狙って『メガドレイン』で反撃してやったわ・・・』
そうは言っても、立ち上がれないくらいにダメージ受けてるのは変わらないわけで・・・
モンスターボールに戻されていくワタッコを見ながら、私はうなりを上げるオオタチへと目を向けた。
・・・やっぱり、黒いオーラ。
どうしよう、どうすればいい? この状況、どうやってレオに伝えればいいの・・・?
「レオ・・・ッ!」
「ダークポケモン?」
空のモンスターボールを弾きながら尋ねてくるレオにうなずくと、彼は黒いオーラを放つオオタチにクレスを差し向けながら自身は向かってくる人たちへと向かい合った。
すぐに始まる、人対人、ポケモン対ポケモンのバトル。
足がすくむ。 今、解った。 このために、レオはコロシアムまで・・・広い場所まで逃げてきたんだ。



『ミレイさんは安全なところへ!』
どこか遠くに聞こえるクレセントの声に導かれて、崩れ落ちたドーム天井の影に隠れる。
そのまましゃがみ込んだ。 何これ、何でこんなにダークポケモンがいっぱいいて、霧みたいに黒いオーラが発生してて・・・ワケわかんない。
レオが蹴り倒した男の1人が、白目を向きながらなお襲い掛かってくる。
気持ち悪い・・・逃げたい、けど・・・ここで逃げたら、レオも、クレスも・・・
「・・・よぉ・・・」
「ひっ!?」
思わず飛び上がって崩れ落ちたガレキの方に目を向けると、積み重なった鉄骨の下に紫色のものが転がっていた。
「マサ・・・!?」
「助けてくんねぇかなぁ・・・子猫ちゃん・・・? 足がイカレちまって使いモンになんねぇんだよ・・・」
地面に広がる赤い水たまりに、目をそらしたくなるのを必死で抑えてた。
逆さまになったまま微笑を浮かべるマサ。 きっと痛いのに、無理して笑ってるんだろうな。
「待ってて、今・・・!」
立ち上がった瞬間、手から零れ落ちたモンスターボールが開いてプラスルが飛び出す。
手伝ってって、言う時間もなかった。 そのままプラスルは観客席へと駆け上がってどこかへ走っていってしまう。
追いかけられない、今はマサを助けなきゃ。
コンクリートの破片に乗った鉄骨を動かし、マサの足に乗った鉄骨のかろうじて空いている地面との隙間に潜り込ませる。
全体重をかけたのに、動いたのはほんの少しだった。
本気で泣きたい。 なんで私は、人1人助けることも出来ないの・・・!


半分パニクりながら鉄骨を下に押し込んでると、白い手が重なって急に腕にかかるチカラが軽くなった。
ビクともしなかったマサの上の重しが、ぐいぐいと持ち上がっていく。
『出来ないことはオレたちに任せてよかですよ。
 ミレイさんにはミレイさんの出来ることがありますけん。』
自分よりも高いところにある鉄骨を引きながらクレスはアゴで倒れているマサの方を指す。
慌てて動けそうにないマサをガレキの下から引っ張り出すと、クレスは鉄骨を支えていた手を離し、ガレキは大きな音を立てて崩壊した。
「オオタチは?」
『攻撃して気絶させたとです。 あとはレオさんが・・・』
嫌な予感が胸の中に渦巻いた瞬間、低いうめき声が聞こえて肩が震えた。
マサじゃない。 飛び上がるように立ち上がってフィールドを見ると、転がったモンスターボールの前でレオが片ひざを突いて顔をゆがめている。

「レオッ!」
スナッチマシンから煙が上がってる。 駆け寄ろうとして、睨まれて、それでも走る。
思った通り、煙を上げてるのはマシンだけじゃなかった。
二の腕・・・手袋の隙間・・・スナッチマシンの巻きついた場所からは、煙とも蒸気ともつかない白い気体がゆらゆら立ち昇っている。
全然、「大丈夫」なんかじゃない。
スナッチマシンは使うたびにレオの体を傷つけていく、諸刃の剣だったんだ。


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