Chapter20:sender−Reo
=One gamble




隠し通せるものではないとは、解っていた。
いずれ気付かれることも、その時彼女がどういう行動を取るのかも、どこかで解っていたのかもしれない。
それでも、やはりミレイは泣く。 なぜだろう、彼女の方が辛そうだ。


「近づくな!」
走り寄ろうとしたミレイに叫ぶ。
一瞬足は止まったが、それでも近づこうとする。 解ってる、ミレイはいつもそうだ。
「‘クレセント’倒れている人間たちを拘束するぞ。 それと・・・」
立ち上がりながらクレセントを呼ぶと、振り向いたチャーレムの足元に何か大きなものが転がっていた。
人・・・か? わずかに動いたそれを確認しようとしたとき、転がっていたものは突然動き出しミレイへと向かって大声を上げる。
「ミレイ!9:\
とっさに動いたクレセントの『ねんりき』でミレイが引き倒されると、その場に鉛の弾が穴を空ける。
まだ敵がいる。 モンスターボールを構え、弾の出処を探すと見上げた先にいた女2人が薄ら笑いを浮かべていた。
廃ビルにいたミラーボの手下。 その片割れが引き金に手を掛けたのを見てモンスターボールを構える。
・・・ダメだ、間に合わない。
「くそっ! ‘クレセント’・・・!」
指示を出そうとした瞬間、女たちの足元で閃光が走り、ハンドガンが暴発した。
小さな生き物が走り、それを振り払おうと女たちがもがくように腕を振り回す。
「何だ、こいつ・・・!」
「プラスル?」
動き回りながらプラスルが相手の腰元に潜り込んだ瞬間、女が振り回した手がプラスルの胴に当たり弾き飛ばした。
「なめんじゃないよ、こいつ!」
宙を飛んでバトルフィールドの上に叩きつけられたプラスルに、ミラーボの手下は別の銃を向けてくる。
しかし、引き金が引かれることはなかった。
俺の後ろから大きな音を立ててやってきた『何か』に女は反応し、1度取り出した銃を使うことなく屋根を駆け下り逃げていく。
新たな敵だろうか。 取り出したモンスターボールを構えたまま振り返ると、急に腕からチカラが抜けた。
スナッチマシンの巻きついた左腕が、痛みとともにしびれに襲われる。


息を切らせながらギンザルは周囲を見渡し、立ち止まっていた。
倒れているプラスルを見つけると、真っ先にそちらへと駆け寄り、抱き上げて状態を確認している。
受け身は取っていたように思う。 尋ねると、ギンザルはこちらへと振り返って太い眉を上げた。
「あんたが・・・プラスルを助けてくれたのか?」
「俺じゃない。 彼女・・・」
言いかけたとき、飛び込んできたミレイが左肩に巻き付いたスナッチマシンを停止させる。
怒りにも似た表情の浮ぶミレイの瞳を見ていると、唐突に後ろから声がかかってきた。
「ざまぁねえな、レオ。
 弱点が丸見えじゃねえか。」
「マサ・・・いたのか。」
「つれねぇな、オレのオオタチ・・・勝手にスナッチしといてよ。」
ダメージを受けた者特有の荒い息を吐きながら、マサは壁に跳ね返ったモンスターボールを見る。
それはすぐにクレセントに拾い上げられた。 こちらへと歩いてくるクレセントとマサとを見比べながら、ギンザルが尋ねる。
「これは、どういうことだ? 解るように説明してくれ。」
「・・・ミラーボの手下に、こいつらが追っかけられてたんだよ。」
「あの大きな鳥もミラーボの仕業か? 地面が揺れてパイラが壊れかけているのもか?」
「『ジシン』だ、それは。」
全く知らない言葉を口にしながら、マサの顔が青くなった。
出血の量が酷い。 このままでは命の危険があると、ギンザルは俺にプラスルを預けるとマサの体を担ぎ上げコロシアムの入り口へと歩き出した。
「一旦、私の家に戻ろう。 話を聞かせてくれ。」
「・・・分かった。」
クレセントをモンスターボールへと戻しミレイに移動することを伝える。
ギンザルの後を行こうと歩き出したとき、プラスルが咳き込み、血と一緒に銀色の何かを口から吐き出した。
歯でも折ったかと思ったが、口から覗いていたものを取り除くとそれはさび付いた鍵だった。 切れた口の中を確認し、鍵をポケットにしまう。
ギンザルの後を追いかけながら、考えていた。 プラスルはあのミラーボの手下たちからこの鍵を奪ったのだろうか?
しかし、何故? 考えがまとまらないまま歩いていると、また地面が揺れた。
今度はさっきよりは弱い揺れだ。 しかし、既に崩壊していた建物の一部は音を上げて崩れていた。





マサはギンザルのベッドの上に寝かされた。
しきりに左腕のことを気にしてくるミレイと、不可能であるにも関わらず起き上がろうとするプラスル。
さすがに全てまとめて相手することは不可能だ。
彼女を納得させるため、スイッチを切ったスナッチマシンをマサの寝ている部屋に置き、ニュウを見張りに立たせ2人をその部屋に閉じ込めた。
扉を閉め息を吐くと、ギンザルは俺の顔を見て口元に笑いを浮かべている。
「何だ?」
「いや、君は変わったな。
 正直・・・以前会ったときの君は、人間に見えなかった。」
「俺を人間にする人間もいなかった。」
フルを呼び出して『まひなおし』を与える。
ギンザルは俺に椅子をすすめ、自らも机の奥に押し込められていた椅子に腰掛けた。

「その後どうなんだ、パイラの方は?」
「相変わらず『だった』。 まぁ、以前よりミラーボが大人しくなっていた気はしたがな。
 今思えば、君が盗み出したプラスルのせいだったんだろう。 人質がいなくなっていたわけだからな。」
「ミラーボは?」
「大きな鳥が来るのと同時に、街から逃げたよ。 心なしか、あの変なポケモンを持つトレーナーも減った気がするが、街が混乱しているのは今も変わっていないな。」
ジシンで崩壊しかかった街を見て、ギンザルはため息をついた。
所々白い煙が上がっているが、大きく焼けている箇所はない。 せわしなく動き回る警官が通り過ぎるのを見ると、俺はギンザルにもう1つの質問を投げかけた。
「パイラを襲撃した大きな鳥だが、ホウオウだったか?」
「・・・ホウオウ?」
「バトル山に住む巨大な鳥だ。 虹色の羽根と赤い体を持っていて、体長は3メートルを超えている。」
「いや、色はわからない。 なにしろ夜中だったものでな・・・
 大きさは・・・どうだろう、君の言うとおり3メートルは超えていたように思うが、どのくらいかまでは・・・
 とにかく大きかったんだ。 そして襲撃のあと、あの地面の揺れが起こりだした。」
曖昧すぎる情報に考え込まざるを得なくなった。
この頻繁に起こる地面の揺れがポケモンによるものだとすれば、少なくともタイプの1つに『じめん』が入っていなければおかしい。
しかし、ホウオウはどう考えても鳥・・・『ひこう』タイプだ。 ほとんど地面技は覚えない。
・・・そういえば、バトル山へ行ったときホウオウが現れた直後、地面の揺れがあった。
何か因果があるのか、別の原因があるのか・・・両面から考える必要がありそうだ。

「君は?」
ギンザルに尋ねられ、俺は顔を上げた。
「なぜ、戻ってきた? 自分たちが追われていることを忘れたわけではないだろう?」
「なぜ・・・だろう、解らない。」
確かフェナススタジアムの出口でパイラで大きな鳥が暴れたという話を聞いて、パイラに行く必要があると思い行動に移っていた。
その間の思考の経緯が思い出せない。
「最近、感情的になりすぎる。」
今もそうだ。 目の前にいるギンザルに対して警戒心が働かない。
「悪いことじゃないだろう。 その方が人間らしい。」
「そう言われたのは初めてだ。」
答えると、ギンザルは片眉を上げた。
「今・・・お前笑ったぞ。」
「え?」
笑った? 俺が?
顔を見ているとギンザルは笑い、自分の口ひげをなでた。
「そうだな。 元スナッチ団とはいえ、私から見れば君は子供だ。
 子供のうちは感情が出すぎるくらいでいい。 その方が自然で、人間らしく生きられる。」
「人間・・・」


何かを思い出しかけていた。 何を忘れ、何を見間違えていたのか解らないまま。
信じられないほど無防備な状態で自分の考えに集中していると、訪ねてきた誰かをギンザルが迎え入れる。
部屋の中に入り込んできた『誰か』は俺の顔を見ると、驚いたような声を上げた。
その時ようやく、周りが見えていなかったことに気付いた。 顔を上げると見覚えがある少年の眼鏡が視界に入る。
「確かレン・・・」
「はい、そうです! うわぁ・・・驚いたなぁ、また来てくれるなんて思ってなかったから。」
右手を取られ、振り回されるように握手させられる。 レンの服は所々破け、何ヶ所か傷も作っていた。
「建物の崩壊にでも巻き込まれたのか?」
「え? あぁ、これですか?
 逆ですよ、崩れた家に閉じ込められていた人を助けていたときに、ちょっとね。
 レオさん言ったじゃないですか、自分に出来ることをしろって。」
「覚えがないが?」
「言ったんですよ。 それで・・・」
急に顔つきを変え、レンは声を潜める。
「スナッチマシンが壊れていると聞いて来たんですが・・・」
隠し切れなかった殺気に、レンの動きもが一瞬止まった。
「・・・誰に聞いた?」
「ミハルという、この家に引き取られている子供です。 彼はギンザルさんの部屋にいるゴロツキに聞いたと言っていました。」
「マサか・・・」
恐らくミレイから情報を得たのだろう。
レンが「ミハルには口止めしておきました」と付け加えると、俺の左腕を気にする素振りを見せながら尋ねてくる。

「それで、レオさん・・・本当に壊れているんですか?」
「コードカバーがすり切れているだけだ。 機械自体に問題はない。」
答えると、左腕を見られた。 焼け跡を辿る視線を感じながら、俺はギンザルの部屋へと向かう。
レンはその後をついてくる。
扉を開けると、彼女はスナッチマシンに触れていた。
「ダメだ。」
すぐに引き離し、伝えると、ミレイの眉が潜んだ。 自分でスナッチマシンに触れようとすると、今度はその手をミレイに止められる。
振り払おうにも掴まれたのは左腕でチカラが入らず、右手を使い無理矢理引き離すわけにもいかない。
額に手を突いて大きく息を吐くと、マサが目をつぶった。
ミレイに掴まれた左腕が痛む。 少しためらったが彼女の手を引き離すと、まだかすかに痛む左腕にスナッチマシンを装着した。
歩き出そうとすると今度は右腕を強く引かれ、転びそうになった。
「レオ! m4:t@r.k7/w9! nw.bZat@eqe9!
 0qdm4スナッチZwe0ueto、レオ・・・!
見てる目の前で、ミレイはまた泣いた。 声を上げて、泣いた。
出会ったときと同じだ。 どうすればいいのかわからない。
立ち止まっていると、やけにはっきりとレンとマサの視線を感じた。
「レオさん・・・」
「・・・こういう時、」
考えるよりも先に口が動いた。
「俺は、どうすればいい・・・?」
俺らしくない言葉だ。 レンの顔が俺の方を向き、瞬きが2度、視界の中で動く。
「あの、そのことでお話があったんです。
 僕の友達なら・・・多分ですけど、レオさんのスナッチマシン、直せるんじゃないかと思って。」
立ち止まるとわずかだがミレイの力がゆるんだ。
「どういうことだ?」
「スレッドっていうんです。 実は今シャドーのことで子供たちが動いていて・・・ほら、大人たちは忙しいから任せきりという訳にはいかないでしょう?
 それで、その子供たちをつなぐKid's Gridコドモネットワークを作ったのが彼なんです。
 彼、本当に機械のことに詳しいから、ミハルに話を聞いたときもしかしたら・・・と、思って。」
「どこにいる?」
「それが・・・」
尋ねるとレンは口ごもった。
落ち着き無く視線を部屋へと動かし、右手の人差し指を自分の足元へと向ける。
「この下・・・アンダーなんです。」
マサが寝転がったまま口笛を鳴らした。
聞いたことのない場所だ。 尋ねると、レンはうなずいた時にずれた眼鏡を直しながら語り始めた。


「元々、このパイラが鉱山の町だったことは知っていますよね?
 もう地下資源は取り尽されて残っていないんですけど、それがあった頃には街はもっと栄えていて、地下にまで広がっていたそうなんです。
 ほとんどの人たちが引き上げてしまってほとんど存在は知られていないんですが、今でもまだその地下の街・・・アンダーパイラには、人が住んでいるんですよ。」
もっとも、地上に出てくる財力がなかった人たちの町だから、治安は上のパイラよりも悪いんですけど、と、レンは付け加えた。
ミレイによる拘束は解けていて、涙目のままマサから何か話を聞いている。
Kid's Grid子供の網という組織に所属していることから考えて、恐らくそのスレッドという人物はアンダーという場所に住む孤児の1人だろう。
会ってみる価値はある。 外界からも切り離された場所で知識を得た脳は、俺の知らないことを知っているかもしれないから。
「アンダーへは、どうやって?」
尋ねると、それまで喋り続けていたレンが言いよどむ。 それだけで返答としては充分だった。
「マサはどうだ? アンダーの存在は知っているようだったが。」
「いや、do,5。 6;kkZwgq5;^@\q\fb0x;ajZqnw%q@d。
「何と言った?」
先ほどからミレイと話し込んでいたせいか、その異国語はマサの意に反して出てきたもののようだった。
「だから、昔は少しは行き来もあったけどそのパイプラインだったエレベーターがぶっ壊れたんだからもう行けねぇんじゃねーかっつったんだよ。」
「エレベーター?」
新しい単語が出てきた。
「エレベーター。 昔はコロシアムの前にあるでっかいガケにエレベーターかけて、そっから人や物を上げ下ろししてたんだよ。
 そのエレベーターのあった場所にビルが建っちまったから、ぶっ壊れたってことだろ?」
あくび交じりの声でマサは説明した。
コロシアムで受けたダメージも回復していないだろうが、答えるのがわずらわしくなってきたようにも見える。
「アンダーには住民がいるのだろう、移動手段を全て潰したとは考えにくいが?」
「知るかよ・・・とにかくオレが上がってくるときに使ったエレベーターはなくなったんだ。
 どこだったか・・・あぁ、お前がニセミレイと一緒に入ってった、あのビルだよ。 あそこに昔、アンダーに通じるエレベーターがあったんだ。」

・・・あの、廃ビル?

偶然にしてはおかしい。 あの廃ビルにはシャドーの一員であるスーラとブレスが潜んでいて、幹部であるミラーボのアジトにもつながっていた。
そのビルが今度はアンダーにつながっている可能性がある。 無関係であるとは考えにくい。
行く先に、またシャドー。
「マサ。」
スナッチしたオオタチのボールを投げ、部屋を後にする。 足音が2つと、ニュウの爪音が後からついてきた。
プラスルはギンザルのポケモンで、ダークポケモンであるとはいえ、オオタチはマサのポケモンだ。
他のポケモンはどうなのだろう? ハーベストはラプソというトレーナーからスナッチして、ラプソはコロシアムの賞品としてそのポポッコを受け取った。
その前は・・・恐らくシャドーにいたのだろう。 スナッチ団が誰かから奪って売りつけたポケモンとして。
クレセントにも同じような経緯があったのだろうか。 考えていると、不意にスナッチ団だった頃、最後にスナッチしたビブラーバの姿が浮かんだ。
そうだ、続いているんだ。
「レオ・・・? どこへ行くつもりなんだ、その腕で・・・」
Under。」
下った先に、シャドーがいる。 この流れを断ち切れるのは、ミレイか、俺しかいない。
呼び止めたギンザルにそう答えると、歩き出そうとして、また立ち止まった。
「ギンザル。 この世界は、ポケモンに優しいか?」
追いかけてきたレンの視線が、俺からギンザルに移った。
伸ばした腕を体の横で止めると、ギンザルは少し悩み、歩いて近寄ってくる。
「確かにシャドーのやっていることは私も許せん。 だが、私はプラスルが・・・いや、この世界に住むポケモンたちのことが好きだ。」
強いチカラで家の中へと引き戻され、そうしろと言われたかのようにミレイが鍵を閉めた。
「君の治療だ。 その火傷のまま外に出て、ましてやアンダーに行こうなどと、私が許さん。」
スナッチマシンとコートを取られ、水ぶくれした腕に消毒液をかけられるとひどく痛んだ。
軟膏とガーゼを貼られ、包帯を巻かれ、ようやく解放された。
逃げるように遠ざかって振り返ると、ギンザルはミレイによく似た目をして俺を見ている。
「なぜ?」
包帯を巻かれた腕が、以前撃たれた右肩以上に痛む。
「なぜ? それは彼女と同じ理由だろう。」
薄く笑いながらギンザルはミレイのことを指し、そう言った。 もう止めないから、好きなとこに行け、とも。
レンからコートを受け取り外に出ても、しばらく歩き出すことが出来なかった。
少し歩いて、また立ち止まり、やっと廃ビルに向かって歩き出したときニュウが小さくあくびをした。



ミレイは何も言わなかった。 時折顔をこっちへと向けながら、後ろをついてくる。
歩きながらポケモンたちに向かって何か話しかけ、俺はそれを聞く。 それが『いつも』だ。
それが聞こえないせいか、町の喧騒がいつもよりも強く感じられた。
立ち止まると、ミレイは少し離れたところで立ち止まる。 フェナスの時と同じだ。 恐らくだが、俺の動きを妨げないようにしているのだろう。
「ミレイ。」
呼ぶと、ミレイは顔を上げ視線を俺の目元へと移す。
「行こう。 俺から離れるな。」
手を引き、歩く。 ミレイを元の世界に帰す手段が見つからない以上、シャドーとの接触は避けられない。
安全な場所なんてないから、彼女が自分の世界に帰るまでは俺が守るしかない。
賭けだ。 彼女を守り、彼女に守られながら進み続けるか、全てに絶望し、全てを破壊するか。
倒壊しかかったビルを見上げ、プラスルが奪った鍵をポケットの中で探っていると、また地面の揺れが起こった。


ビルの中は以前と変わっていなかった。
壁が倒れ、散乱したゴミが行く手をさえぎっている。
人の気配はない。 しばらくは以前歩いた道をなぞっていたが、上へと続く階段に突き当たり、足を止めた。 下へ降りようとしているのに階段を上がることはないだろう。
「フル、ニュウ、何か気付いたことはあるか?」
尋ねると、ニュウはホコリで白くなった足の裏を見せた。
「わかった、後できれいにしてやる。 他にはあるか?」
今すぐ洗ってやれない詫び代わりにニュウの頭をなでていると、不意にフルが背中を向けた。
少し離れて、こっちのことを見ている。 ついていくと、フルは白い壁に爪を立て、何度も引っかくような仕草をしてみせた。
叩くと、壁の向こうに空間があるのがわかる。
ポケモンの技で壁を壊しても良かったが、エレベーターまで壊れてしまっては意味がない。 慎重に調べると、床すれすれのところに小さな黒い穴が空いていた。
持っていた鍵を差し込むとはまる。 音を上げて開いた壁の向こうには、錆びた鉄の箱が吊り下げられていた。
細かい操作盤やレバーが見える。 これがマサの言っていたエレベーターだろうか。
調べていると、急にミレイが振り向いた。
足音が聞こえる。 誰だかは判らないが、見つかっていい状況ではないな。
腕を引いてミレイをエレベーターに乗せ扉を閉めると、フルとニュウをモンスターボールへと戻し、適当に操作版をいじってみた。
1番大きなボタンを押したとき、大きな音を上げエレベーターは下降を始めた。
考えは間違ってなさそうだ、このエレベーターはアンダーへと続いている。
段々と暗くなっていく。
静かだ。 機械音以外、何も聞こえない。
「ミレイ?」
返事がない。 うっすらと浮かぶ影に向かって手を伸ばすと、ミレイの丸まった肩が強く震える。
そうだ、ミレイは狭い場所が怖いんだ。
「大丈夫だ、ミレイ。」
肩を抱くとポケモンをなだめるときの要領で背中をなでる。
パイラの時もそうだったし、出会ったときも似たような反応をしていた。 もしかするとミレイのこの恐怖症もシャドーだろうか?
戻れない。 逃げても追われて、殺されるだけだ。
下り続けるエレベーターから、広い空間が見え始めた。
臭気が鼻を突く。
閉じられた鉱山の町、アンダーパイラ。


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