Chapter23:sender−Mirei
=零れた月=




暗くて、狭くて・・・怖い場所。
目を開けた途端に広がった見覚えのある光景に、泣きたくなった。
ガラス張りの部屋に、煙みたいに立ち込める黒いオーラ。 冷たい床、何も見ていないダークポケモンたちの暗い目。
気が狂いそう。 泣いたら、レオはまた困った顔をするのかな・・・
ぼんやりとだけど覚えてる。 アンダーで『何か』があの青いポケモンを倒して、その後・・・捕まったんだっけ。 初めてパイラに来た時みたいに。
「・・・も、やだぁ・・・」
独りって心細い。 『ここ』の人たちは私のこと人間として見てくれない。
『ここ』が『どこ』かも分からないけど・・・帰りたいよ、あったかい、日の当たる場所に。


冷たいガラスの壁にもたれかかったまま、どれくらいかかったんだろう、ぼんやりとダークポケモンたちの様子を眺めていると唐突に何かを叩いたような音が響き、シャドーの服を着た女の人が怒ったような感じで入ってきた。
音がするほど乱暴に隣の部屋を開け放つと、自分の持っていたモンスターボールを叩きつけ、中に入っていたポケモン・・・ビブラーバだ・・・それを、部屋の中に閉じ込める。
何か叫んでいたけど、うまく聞き取れなかった。 よく聞き取ろうとして立ち上がり、寒気がした。
すぐに閉じられた扉から黒いオーラが漏れ出して、女の人の中に入り込もうとしてる。
「・・・逃げて!! そのオーラは・・・!!」
壁を叩いても、喉が張り裂けそうなほど声を上げても、間に合わない。 黒いオーラは女の人にまとわり付くようにすると、吸い込まれるように消えていった。
すぐに何かが変わったわけじゃない、けど、確実に何か悪いことが起こってる。
無力すぎる。 扉の向こうに消えていくシャドーの女の人を見ながら、その場で崩れるようにしゃがみ込んだ。
ガラス越しに、放り込まれたばかりのビブラーバが見てる。
「・・・大丈夫?」
キミだけだよ、ここにいるダークポケモンで私のこと心配してくれたのは。
黒いオーラを放つビブラーバは透明な壁に体をすり寄せるようにしながら、小さな触覚をピクピクと動かした。
『やっぱり・・・『あなた』だったのですね。 ずっと探していました。』
「え・・・!?」
唐突な展開に思わず壁についていた手を離しかけると、ビブラーバの目つきが厳しくなる。
『行かないで!』
荒げられた声にビックリして慌ててへばりつくように壁に手を付くと、ビブラーバから吐き出される黒いオーラが少しずつ減っていく。
吐き出された息が白く残った。 そっか、この子・・・私に近づいて、正気取り戻しかけてるんだ。
『よかった・・・もう会えないものと思っていました。 心の闇に追い詰められ、もう里のことを思い出すことすらないのだと・・・』
「あなたは、誰?」
『私は、名も無いビブラーバ。 1年ほど前、神隠しによってホウエンからオーレへ連れ去られてきました。』
「どうして私のこと・・・」
『みんな知っていますよ、ホウエンから来た者たちは。
 あなたの体内なかで眠っている光は、私たちの暗闇をはらってくれますから。』
・・・答えになってない。 けど、安心できる・・・優しい声。
大きく息を吐くと、襲い掛かってきそうだった黒いオーラが少しずつ逃げてく。
やっぱり、心の闇に反応してるんだ。 冷たい壁に寄りかかると、ずっとビブラーバのいる部屋で暴れ続けていたヤミカラスがおとなしくなる。
なんだろう・・・泣けてきた。 ポケモンの悲しい気持ちが流れ込んでくるみたい。
「大丈夫だよ、レオがきっと助けてくれるから・・・」
いつの間にか口に出てた言葉。 ニュウの声が何度の頭の中でリピートする。
「・・・ダイジョウブダヨ、レオガキットタスケテクレルカラ・・・」
おかしいよ。 前ここで捕まってた時、私こんなに泣かなかった。
ビブラーバが透明な壁にすり寄ってくる。 分かってる、キミが何て言うかなんて・・・
『泣かないで・・・』
「わかってる、わかってる・・・」
みんな、そう言うんだ。 こうやって私、みんなを困らせてるんだ。
自分の嗚咽に混じって耳に届いてきた扉の音に、肩が震える。
覚えてる・・・この足音。 泣いてる場合じゃない、服の袖で涙を拭くとカチリという音と一緒に私の部屋だけ黒いオーラが引いていった。


銀の扉を開けた男を、睨みつけた。 立て、ミレイ。
やっぱり、あの人だ。 この人が命令して、私や・・・ダークポケモンたちがこの試験管みたいな部屋に閉じ込めた・・・!
「・・・ボルグ・・・!」
「Hn? When did you learn my name? Well... It's little question.
 Come on. Your mysterious ability has value of a study. Ability to handle in particular the...
音を立てて壁に手を突かれ、完全に逃げ場がなくなった。 あれ・・・どこかで、同じ状況を見たような・・・
相手の角ばったサングラスに、今にも泣き出しそうな女の子の顔が映ってる。 ・・・そうだ・・・
「...ground which I showed in front of Venu・・・ガッ!?」
「近寄らないで! このオタンコナス! ちょうちん頭!!」
壁を背にした蹴りが相手の体ど真ん中を直撃。 そうだ、フェナスでスナッチ団が同じようにからんできたんだ。
逃げなきゃ・・・そう思って背を向けると、服の端をつかまれて引き倒された。
殴られて、口の中が切れた。 血の味がする。
目を開けると狂気の目に押しつぶされる、振り上げられた両手。 もしかして・・・殺される?
そんなのヤダ。 ・・・そんなの、ヤダ!!
「うああぁぁっ!!」
とっさに腕を顔の前にかざしたのと同時に背中側から突き出たコンクリートが反対の壁側までボルグを弾き飛ばす。
何、今の? おかげで助かったけど、誰がやったの?

『逃げて!!』
ビブラーバの声が頭の中にコダマする。
ホント逃げるしかない、高い声に背中を押され丸くなった白衣の横を通り抜けると、できる限りのスピードであいつが入ってきた入口へと、ここじゃない場所を探して走り出す。
サイレンが鳴る。 あの男の仕業? それともレオ?
どっちでもいい、焦る気持ちとは裏腹に部屋に入ってきたシャドーの人とぶつかって、私の逃走劇はあっという間に幕を迎えた。
「What a see another task you?」
転んで床にへばりついていた体を手首だけ引かれて持ち上げられる。
今、何て言った? 見上げると、笑ったような口元が赤い光に晒される。
「It's incoherent that you say. コワップ,talk by the words that I can understand.
「Sorry,I was confused. Dr.ボルグ,an intruder came over.
 It's fighting now in the laboratory of No-1. Give me instructions for it.
「...Confused?
掴まれた腕が抜けない。 何か武器になるものをと探しても、見えるのはひたすらガラスの壁。
起き上がったボルグのサングラスがこちらを思い切り睨みつけてくる。 ヤバイ、本当に終わったかも・・・
「I give direct instructions. コワップ, you take the daughter to a laboratory of No-3 with コワップ, you.
「Yes,Dr.ボルグ.」
立ち上がったボルグの動きに合わせるようにして、ダークポケモンたちの黒いオーラが膨れ上がっていく。
怒ってる。 怒りが黒いオーラにからみついて、試験管みたいなガラスの部屋がオーラに埋もれてく。
ダメ・・・だよ、その心にとらわれちゃいけない。
『殺せ・・・』
暗い目をしたグランブルがつぶやいた言葉が周囲のポケモンに感染してく。
『そうだ、その男を殺せ・・・!』
『今なら出来るヨ・・・』
『武器ならアル、その首についた・・・』
「ダメッ!!」
思わず月型のチョーカーを握り締めると切っ先が手のひらに突き刺さった。
鼓動が耳の奥を叩く。 自分がどこを見ているかもわからなくて、横を通り過ぎていく足音に早く行ってと願う。
扉が閉まる音が聞こえて、ようやく一息つくことが出来た。
顔を上げると、あのビブラーバと視線が合う。
もう何も言ってくれない。 助けたいのに、ここからじゃ腕が・・・届かない。



肘が抜けそうなほど腕を強く引かれて、コワップと呼ばれていたシャドーの人を睨みつける。
「Come!
抵抗するけど、引きずられる。 必死の思いで掴んだ壁のとっかかりも、あっけないほど簡単に外れてバランスが崩れてく。
怖い― 点滅する赤いランプが流れる血を思い出させて。 けたたましいサイレンが耳の中に残る悲鳴とダブって。
「やだ・・・! 離して・・・離してッ!!」
声を上げて聞き入れてくれるはずもなく、何とか掴まれた腕を外そうと反対の手でつねったり引っかいたり色々試してみる。
ほとんど無駄かもしれないけど、やってみなくちゃどこまで出来るかわからない。
長い廊下も半分行ったところで手袋の中に爪が入り込み、相手の顔がわずかに変化する。
チャンスかもしれない。 そう思って手を引っ張ったけど全く効果はなかった。 逆に、相手の人に思い切り叩かれて一瞬意識が飛ぶ。
気がついたら、床に膝を突いていた。 痛いとかじゃない、意識が半分逃げてる。
「Don't resist it!
「・・・『ナニガイイタインダカ、サッパリナンダッツーノ』」
誰が言ったんだっけ、これ・・・ 自分でも気がつかないうちに喉元に手が伸びる。
するりと黒いリボンが解け、相手の顔面を黄色いナイフが横切った。
ヘルメットの真下・・・鼻筋の辺りがレオの線と同じように真一文字に裂ける。
血が流れない。 頭が状況を理解しきれないうちに相手は腕を力ずくで振り回してきて、肩から壁に叩きつけられる。
息が止まりそうだった。 手から離れたチョーカーが飛んでって、床の上を滑った。
血みたいに赤い光の中で、肌の下にある別の肌が見えた。
グラス越しに見える、琥珀色の瞳。
「・・・アナタ、ダレナノヨ! ドコカラキタノ?」
「・・・・・・え・・・?」
私の声。 だけど、私じゃない。
目の前が暗くなる。 壁を伝って崩れていくのを、誰かが受け止める。


最後に見た『誰か』の顔は、笑っていた。


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