‘ウミ’は水。 この道の隣にも水はあるが、ウミは流れない。
‘ヤマ’は大地。 初めは崩れてしまうのではないかと思ったが、アンダーや、このアゲトの土を見る限り、見上げるほどの土というのももしかしたらあり得るのかもしれない。
‘モリ’は木々。 日差しに照らされた木の葉は緑色の光を作るが、彼女の知る森は光を通さないほどだという。
‘マチ’は人。 みんな、当たり前のように助け合って暮らしているのだと・・・そんな町で育ったから、ミレイは優しいのだと、セツマは言っていた。
もっと、知りたかったな。
知らないもの、知らない場所、知らない人。 セツマから伝え聞くだけではなく、言葉も覚えて、ミレイから直接話を聞いてみたかった。
「空は・・・同じだったな。」
膨らんだ月を見ながら、つぶやく。 なかなか目を覚まさないミレイは腕の中で眠ったまま、答えることはなかった。
その方がいい。 起きてしまったら、きっとまた、無理にでも後をついてきてしまうのだろうから。
後をついてくるイザヨイの気配が少しずつ変化するのが分かる。
そう・・・だな。 イザヨイはもうダークポケモンじゃない、ここへ来たら、そうなるのが当然のことなのだろう。
石畳に囲まれた祠にミレイを寄りかけると、閉じられた目蓋がわずかに動くのが見えた。
夏も近いとはいえ、日も昇っていない時刻では寒いと思うものかもしれない。
「ミレイ、お前に会えてよかった。」
聞こえていないかもしれない。 それでも、俺から彼女に教えたいことも日増しに増えていって。
「初めて・・・だった。 お前に出会ってから、感じること、喜ぶこと、悲しむこと・・・何もかも。
フルとニュウしか信じられなかった俺の世界で、ミレイを通じて人を信じることも出来た。
俺の心は、全てミレイからもらったものだ。 だから、もしかしたら俺は、お前なのかもしれない。」
だって、解っていたんだろう? 時の笛を手に入れたら、俺がこうするだろうっていうことを。
頬を伝って落ちた涙を、指先で拭う。
細い首に、彼女の落し物をつなげると、少し冷えた彼女の唇にサヨナラの印をつけた。
「・・・愛してる。」
時の笛に息を吹き入れると祠を囲う木々は一斉にざわめきだした。
光。 大きなチカラは足元から湧き上がって夜明け前の空へと伸びていく。
木の葉が舞い落ちるように、セレビィはやってきた。 何でもない様子、ずっとこのことを知っていたかのように。
「ミレイを元の世界へ帰してくれ。 出来るだけ彼女の帰りを待っているものたちの近くがいい。」
『本当にそれでいいの?』
聞き覚えのある声。 やはりお前は・・・ずっと見ていたんだな。
「時間がないんだ。」
『そう・・・呼ばれちゃったんだね。』
うなずくと、セレビィは目元を緩ませ頬に口付けてきた。
小さな体でミレイを持ち上げると、上空に光の輪を作り、その中へとミレイを連れていく。
去り際に1度だけ振り向くと、指先をこちらへと向け、ビブラーバのボールに『何か』をした。
『じゃあ、さよなら。』
「さよなら、セレビィ。 ・・・ミレイを、頼む。」
『ん。』
光に吸い込まれていくミレイの背中を見つめながら、混乱する心をずっと抱きしめていた。
完全にその姿が見えなくなってもその場から動けず、イザヨイに突かれたときには既に夜が明けていた。
手を向けると、指先についた水を嫌ってか後退して顔をしかめる。
・・・違う。 ミレイに泣きつかれた時、イザヨイは彼女の腕の中で泣き止むのをずっと待っていたんだ。
「・・・お前も、ミレイが好きだったんだな。」
イザヨイは答えなかった。 歩き出すと、後をゆっくりとついてくる。
ミレイが泣いてる。 いつも泣いてるのに、結局・・・泣き止むことはなかったな。
水の音、木々の音、またゆっくりと弱り始めているオーレの大地。 近づいてくる足音は、ローガンのものだ。
顔を上げると驚いた顔をした老人は、息を切らせて立ち止まっていた。
「・・・水を・・・もらってもいいか? 喉が渇いて仕方がない。」
「レオ君! どうして・・・いや・・・」
ローガンは、全て悟っているようだった。
「・・・ミレイは、自分の世界に帰ったのかね?」
「あぁ、帰った。」
歩き出そうとすると手をローガンに引かれ、立ち止まる。
「行かん方がいい。
町も起きだす頃じゃ、泣き顔はあまり・・・人に見せるもんではない。」
「・・・俺は、泣いているのか?」
尋ねると、イザヨイに足を突かれた。 そうか・・・『泣くな』って、言っていたんだな。
感情があると、苦しい。 白い毛に覆われたローガンの顔に目を向けると、1度、顔についていた水を拭った。
それでも、止まらない。 どうしたらいいか、わからないんだ。
「少し・・・話をしよう。 時間が経てば、涙はいずれ・・・止まるものじゃ。」
うなずくと、不思議とミレイと一緒にいる時のような安堵感があった。
人目につかない村外れへと案内すると、ローガンは苔生した岩に俺を座らせる。
「あの子が無事だったのは、何よりの救いじゃよ。」
グラスに注がれた水は、あっという間になくなった。
思った以上に体力を消耗する。 声が出るまで、少し時間がかかった。
「・・・出会ってすぐの頃、ミレイはフェナスの噴水に出来た虹を見て大喜びしながら教えに来たんだ。
綺麗と思うことが、喜びになって、少しでもそれを俺に分け与えようとしていたんだと思う。」
空に虹がかかっている。 無言のままイザヨイが見つめるそれが、今は少し怖い。
「ミレイはずっと泣いてた。 彼女を傷つけないよう俺は戦っていたが、俺が傷つくと、ミレイは泣くんだ。」
ローガンは何も言わず、俺の話に時折うなずいていた。
「笑っていてほしかった・・・」
本当に、それだけのことだったのかもしれない。 本当によく変わる彼女の表情を見ていたくて、ずっと旅を続けていたのかもしれない。
目覚めたとき、ミレイは泣くのだろうか? また、俺の姿を探して無茶したりしないだろうか?
「君は・・・・・・本当にミライのことを、愛してくれていたんだね。」
認めるしかなかった。 うなずく俺を見て、ローガンは顔をほころばせていた。
辛くなる。 優しさに触れていると何故か・・・傷ついたときよりも辛くなる。
「・・・逃げてくれ。」
「出来ないよ。 元々はワシらが引き起こしたことじゃ。
それについて裁きを受けるというのなら・・・甘んじて受けるべきじゃと思っとる。」
空を見上げながらローガンは言う。
虹は、消えることがなかった。 俺は急かされているのだろう。 大地に寝そべっているイザヨイの毛並みを梳くと、立ち上がる。
「呼ばれてるみたいだ。」
イザヨイの目が瞬く。 草から身を起こす奴の前でローガンにダークポケモン研究所に残されていたポケモンたち預け、歩き出す。
ついてこようとしたイザヨイの額を押し返し、しゃがみ込んだ。
「お前はここに残れ。 祠さえ壊れなければセレビィは戻ってくる。 カントーに、帰してもらえ。
危なくなったら・・・あ・・・」
そういえば、考えていなかった。
「ローガン。 そっちの言葉で『moon』は、なんと言うんだ?」
「・・・『ツキ』だよ。」
もうすぐ満ちるそれを見上げながら、ローガンは答える。
この星に1番近いところにありながら自分では光ることをせず、反射によって夜を照らしているのだと・・・いつかニュウが言っていた。
あまり急ぎたくはない。 その光と同じ色をした砂漠を走りながら、もうしばらく、俺を閉じ込めたこの世界を眺めていたい。
ラルガに到着する頃には満月だろうか。 ・・・それもいいかもしれない。
「エンテイに、その名前を伝えておいてくれるか? イザヨイなら出来るだろう?」
何も答えないことが、イザヨイの肯定の印だった。
いつものようにそうしていたイザヨイを置いていこうとすると、数歩歩いたところでイザヨイは突然走り出し、コートの裾に噛み付いて引き止めた。
『ミシロ!』
「・・・え?」
『イザは、ミシロ行くとこだった! でも道の上で友達とはぐれたの!
ミライから同じ匂いして、クレスも似てて、だから一緒だと思ったの。』
言葉の調子から、イザヨイが思っていた以上に幼いことに気がついた。
だから、最初アゲトビレッジに来たとき、ダーク化を解くことが出来なかったんだ。 喜びを引き出すには、イザヨイの持っている記憶は少なすぎたから。
「じゃあ、ここでさよならだ。 もしカントーでミレイに会ったら、よろしく伝えておいてくれ。」
『イザ、レオのこと好きだよ。』
「俺もだ。 だけどお前は、ミレイのポケモンだったんだろう?」
頭をなでると、イザヨイは小さくうなずいて時の祠へと駆けていった。
「荷造りを手伝おう。 思うより水が必要になるかもしれんぞ。」
カナシイ気持ちは変わらなかったが、いつの間にか涙は止まっていた。
ローガンの申し出を受けることにし、村の入り口に置いてきたバイクに片道分の荷物を詰め込む。 いつもよりも少ない荷物を見て、ローガンは悲しそうな顔をしていた。
ミレイと、同じ顔だ。 ずっと、理由が聞きたかった。
だが聞かない自分に気付いた時、なぜ今までセツマやシホを通して聞こうとしなかったのか理解する。 俺は、ミレイから直接聞きたかったんだ。
なぜそんな非効率的な方法を? ・・・いや、その理由はもっと簡単に説明がつく。
途中で止まらないよう念入りにメンテナンスしてエンジンをかけると、バイクは大きな音を上げた。
1度ローガンの方を向くが、挨拶はせずそのまま発進させる。
喋っていると気が変わりそうで、そして、ラルガに向かっている『それ』は、それを許してくれそうにはない。
願うしかなかった。 旅してから出会った、優しい人たちの安全を。
空を直線で繋ぐ虹は、後ろから前へと続いている。
迷うことを、許されない。 既に俺は、決断を下してしまったのだから。
近づいて行くラルガタワーに指先が震え、鈍った決心から表情が固まっていることにも気付く。
いや、指摘したのはハーベストだ。 あいつはいつも、俺の心を読む。
ずっとヘルゴンザから愛情を受けないまま育っていたと思っていたが、思った以上にポケモンや、他の人間たちから愛されていたんだな。
・・・幸せだったのかもしれない。
―それは、自分で決めることでしょう?
フェナスの隣にあるその建物に、事情を知らない一般人が紛れ込んでいることは遠目にも分かった。
軽く見た程度では普通の娯楽施設と変わらない。 確かにその方が、隠れて何かをするよりは気付かれにくいのかもしれない。
サイドカーにフルとニュウを座らせ、残りのモンスターボールもそこに置く。
「突っ込むぞ。」
ニュウの尾が驚きからかまっすぐに立ち上がっていた。 1度は停止させたバイクに再びまたがると、よくエンジンを蒸かし全速力で巨大な塔を囲う街のメインストリートへと突入する。
悲鳴。 自分の身が危険にさらされ、ほとんどの人間が道から遠ざかる。
そうしないのは、シャドー。 向かってきたそれをフルになぎ倒させると、真上から飛び掛ってきた茶色いポケモンが背中に攻撃をかすらせた。
「ふほっ! よく避けたねぇ。
まあ、ほんの挨拶代わりだしこれくらいはってところかなぁ?」
「ミラーボ・・・!」
通りの中心を占拠するルンパッパたちにバイクの足が止まる。
「キミにはお礼を言わなくっちゃねぇ?
キミがダキムやヴィーナスを倒してくれたおかげで、晴れてボクは昇進。 まあ、4人いた幹部が2人になっちゃったけどねぇ。」
「2人・・・?」
聞き返した瞬間殺気を感じ、またがっていたバイクから飛び降りる。 その真上を雷撃が飛び越え一瞬にしてバイクの本体は音を上げ始めた。
「実力さえあれば研究開発に携わる者でも昇進出来るのが、シャドーのいいところでね。」
振り返ると、ボルグの姿があった。 雷は恐らくライコウから発せられたものだ。
サイドカーにも同じことをされないうちにモンスターボールを取り出し、他のポケモンたちを呼び出す。
「ダキムとヴィーナスはどうした?」
「処刑した。 ダークポケモンを失った能無しを養う必要もないだろう?」
『処刑の直前、ミレイが助けた。 ダキムも谷底に落ちた後そのまま逃げていったわ。』
ビブラーバがボルグの声に重ねるようにして説明する。
目標が定まってくる。 ミレイがいたとしたら、恐らく同じ行動をとっていただろう。
「‘フル’‘ニュウ’降りろ。
『了解。』
『あいつら助けんの?』
疑問の声を上げながらもニュウは低く構え、迫ってくるレアコイルに『あやしいひかり』を放つ。
ポケモンたちの間を縫って走ってきたライコウはビブラーバが受け止めた。 動きを止めるためハーベストが放った『ねむりごな』を避けた一瞬、相手の動きに隙が生まれる。
「ビブラーバ・・・‘
「後ろ、お留守だよぉ?」
『サイコキネシス』の下をかいくぐって突っ込んでくるウソッキーをクレセントが押し返す。
攻撃直後の隙を狙って攻撃を仕掛けてきたルンパッパの足に、ニュウが噛み付く。 振り払われ、コンクリートに叩きつけられそうになったニュウを今度はクレセントが受け止めた。
ハーベストが『ソーラービーム』を放つまでの時間をハンターが稼ぐ。 指示外の行動、ダークポケモンには出来ない。
サイドカーに積んであるモンスターボールを手に取ると、帯電したスナッチマシンが音を上げた。
わずかな痛みが腕に伝うが、スレッドが直しただけのことはある。 以前とは比べ物にならないほど軽い。
「‘スナッチ’!」
クレセントが叩き上げたウソッキーが青いボールに吸い込まれる。 直後、ハーベストの放った『ソーラービーム』がルンパッパを貫いた。
ミラーボとダキムの表情が変わる。 クレセントにレアコイルへの攻撃を指示すると、ニュウに威嚇され動けなくなったミラーボへと目を向けた。
「ダークポケモンを失った能無しは処刑されるんだったな。」
「・・・っ・・・!!」
目を背けると、足音が遠ざかっていく。
ライコウのスナッチも完了させなければならない。 サイドカーからボールを取ると、ボルグは先ほどより眉を潜めていた。
「お前・・・我々を生かすつもりなのか?」
電撃を放とうとしたレアコイルの下で小さな爆発が起こり、鋼の体が焼き焦がされたレアコイルは赤いモンスターボールへと戻っていく。
「お前たちが・・・シャドーがいるせいで、ミレイは自分の世界に帰らなければならなくなった。」
フルがニュウに耳打ちする。 もうすぐ、時間だ。
「だけど、ミレイは人が死ぬことを望んでいない。
今すぐ俺たちの前から消えろ。 俺にとっては、死のうが生きようがそれで同じことだ。」
チャージ完了したハイパーボールがライコウの胴を捕らえる。
1度だけ跳ねて音を立て、後は静まり返ったメインストリートを見ると、ボルグはむき出した額に手を当てた。
レアコイルの入ったボールを拾うと、何も言わず塔に背を向けて歩き出す。
『・・・どういうこと?』
スナッチしたウソッキーとライコウをサイドカーの中に隠していると、ニュウが少し怒ったような顔をしながら尋ねてきた。
「ニュウ、クレセント、ハーベスト、ハンター。 お前たちも逃げるんだ。 全員で協力し合えば出来るはずだ。」
『だから、どういうことだっつーの! いつの間にかイザヨイもいなくなってるし、逃げるとか、死ぬとか、ワケわかんねぇ!!』
見上げると、ラルガタワーはもうすぐそこにあった。
もう歩いても行かれる。 塔の先端を囲う虹を見上げると、意地でもついてこようとしているニュウの頭を撫でフルに先を行かせた。
通りを一気に駆け抜けてポケモンたちとの距離を広げ、追ってこられないよう、炎の壁を作る。
振り返ると、炎の向こうでニュウは泣いていた。
『・・・何なんだよ!? ずっと一緒だったじゃねーか!
どうして今さら・・・こんな・・・!!』
言葉の意味は、痛いほどに理解出来てる。 でも、「だからこそ」なんだ。
「・・・生き延びてくれ。」
それが掛けられる言葉の全部で、俺の意思だった。
ニュウたちに背を向けて走る。 上手く出来たかどうかは判らないけど俺なりに『笑う』をやってみたんだが、ニュウは気付いただろうか?
塔に入ると見知った顔が待ち構えていた。
手を上げて抵抗しないことを伝えると、ヘルゴンザは黙って塔の奥へと案内する。
空へと向かって伸びているエレベーターに乗り込むと、ガラス張りの壁の向こうにオーレの景色が見えた。
「どういう心境の変化だ。」
消えることのない虹を見ながらヘルゴンザが切り出してくる。
「時間切れなんだ。」
「時間?」
「ヘルゴンザ、お前には10年間世話になった、だから言う。
俺が上に着いたら、すぐに塔から降りて逃げろ。 もうすぐ酷いことが起こる。」
「なんだと?」
「出来れば、メインストリートにいるニュウたちも助けてやってほしい。 あいつらには俺のことを追いかけてきてほしくない。」
目を見開かせてこちらを見つめているヘルゴンザを見ていると、開けていた景色が壁に囲まれエレベーターの速度が落ちた。
扉が開くと、廊下の先にある光がまぶしかった。 ヘルゴンザに連れられ人の前に連れて行かれる自分は、スナッチ団が結成された時のそれと似ている。
短い道の先にある空間はコロシアムの様相をしていて、その中心にいる男にヘルゴンザは話しかける。
「ジャキラ、こいつだ。」
薄く笑うと、中央の男はゆっくりと近づいてくる。 太陽光に晒され、血色の悪い肌がなおのこと目立っていた。
「ゴ苦労。」
言葉と動きとに、言葉では言い表せない違和感を覚える。
まるで光のない瞳。 隙がないにも関わらずマリオネットのようにどこかぎこちない動作。
ジャキラと呼ばれたその男は俺の前に立ち、頬を指でひと撫でするとどこかへと小さな合図を送った。
「・・・ッ『リフレクター』!!」
咄嗟にヘルゴンザを突き飛ばすと、押し固められた土に穴が空いた。 眉を吊り上げたヘルゴンザが、すぐ側にいたジャキラを睨みつける。
「どういうことだテメェッ!!」
「必要のナイ者にハ・・・死を・・・」
感じたことのない悪寒にフルの毛が逆立った。
伸ばされた手をスナッチマシンの先端を使って払いのける。 放っておけば、殺される。
「逃げろヘルゴンザ!!」
舌打ちすると、ヘルゴンザはコロシアムに背を向けて走り出した。
『操られてる・・・』
フルが攻撃を押し返しながらつぶやく。
確かに、パイラでライダーたちが襲い掛かってきた時と似ている。 だが・・・
「誰に?」
『わからない・・・!』
タイムリミットが近づく。 ヘルゴンザを乗せたエレベーターの扉が閉まるのを見た直後、体が前のめりに倒れていった。
突き倒された? 違う、銃声が聞こえた。 体が痛い、どこに当たったのかも判断がつかない。
フルの叫び声が聞こえる。 こっちの心配をしている場合じゃない、男を操っている人間を探すよう言おうとしたとき、体が浮き上がり、思い切り壁に叩きつけられた。
ジャキラの出したメタグロスが、何の表情もないままこちらを見つめている。
ダークポケモンかもしれない。 スナッチマシンを起動させようと左腕を動かしたとき、薄い影が体の半分を覆った。
「連れテイた女ハどこへやっタ?」
細い腕から伸びた銃口が、こっちを向いている。
女・・・ミレイのことか? 確かにダークポケモンは見分けていたようだったが、こいつらは、ミレイを捕らえてどうするつもりだったんだ・・・?
「ミレイは・・・自分の世界に帰った。」
「嘘をツクな!」
大きな音と共に、自分の体に穴が空くのがわかった。
咳き込んだ喉から血の味がした。 自分の息遣いがいつもとは違うのを、やけにはっきりと感じ取る。
足を撃ち抜かれる。 そんなことしなくても、もう・・・動けない。
「嘘・・・じゃない。 セレビィに、彼女の世界へ・・・彼女の居場所へ・・・渡してもらった。」
だからこそ、ここに来れた。 小さなためらいも消し去ったからこそ。
「なぜ・・・そこまでミレイにこだわる・・・?
彼女のチカラは・・・お前たちの脅威には、なり得なかったはずだ・・・ 」
小さな舌打ちと共に、薬莢が目の前に落とされる。
目の前に広がっていく赤いもの・・・綺麗だ。 なんだろう・・・
「
言葉が理解出来ない。 視線を上げると、笑みを浮かべるジャキラがカワイソウ、何故かそう感じる。
「ホウオウと人間との争いが収まっタ後、このオーレは封鎖さレタ。 次元の歪みニ挟まれ、歩いて他の世界へ行クコとが出来なクなった。
外からの何もカモを拒むこの世界デは、やガて滅ブノが摂理・・・ワズかな資源を使いつブスマで。
その世界には・・・ホウエンには、無限の水ト、資源があるというノに・・・!」
「まさか・・・お前たち・・・セレビィを使って・・・!?」
わずかに上がった口角に、肯定の意思を感じ取る。
恐怖と怒りが、体中を支配する。 攻め込ませてはいけない・・・ミレイの世界は、平和でなければならない。
「アの戦いを再現スレば、いずレセレビィはやっテクる。」
ハメられた・・・最初から仕組まれていたことだったのか。
ひとつでも状況を打開しようと腕を伸ばすが、弱りきった身体では小さな火花1つだすのが精一杯だった。
その後ろから、巨大な炎が降り注いでくる。 近づいてくる、虹色の翼が。
「・・・ホウオウ・・・!」
最悪のタイミングだ。 フルを使って追い返そうとするが、反応しない。 攻撃できるはずもない。
真上から落とされていく炎の塊に、目の前が燃えていく。 止めなければならないのに、体が動かない。
「く・・・そ・・・」
伸ばした腕では、駆け寄ってきたフルを引き寄せるのが精一杯だった。
体中が熱い。 ジャキラが手を伸ばした先で、ライコウを捕らえていたのと同じような、封のされたモンスターボールがホウオウへと向かっていく。
「・・・ッうああああぁぁっ!!!」
息が出来ない。 体中が小さな肉片となり、おぞましい何かに吸い込まれていく。
飲み込まれていく意識の中で、ジャキラを操っている人間がゆっくりとこちらに向かってくるのがわかる。
・・・殺して・・・やりたい。 お前が、ミレイを・・・この世界から消し去ったんだ・・・!
伸ばした腕は、黒い炎へと変わっていく。
闇に・・・吸い込まれていく。
・・・誰か・・・・・・
・・・・・・助けてくれ・・・
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