Chapter26:sender−Mirei
=もう帰れない=




風の音が聞こえる。
鳥の羽ばたく音、葉っぱのこすれる音・・・いつの間に、アゲトビレッジに帰ってきたんだろう?
少し、蒸し暑いかなぁ? 目を開けると白い天井が遠くにあって、ほっぺたが少しだけ・・・温かかった。
「・・・レオ?」
起き上がると頭がクラクラした。 そういえば・・・あのシャドーにいた人に変なクスリ嗅がされたんだっけ・・・
思わず頭を押さえたあと顔を上げると、見慣れない女の子が目を見開かせてた。

「あ・・・ごめんなさい。 部屋間違ったんだけど、泣いてたみたいだから、つい・・・」
整った目鼻立ちの彼女は、そう言って1歩下がる。 綺麗な声・・・きっと私なんかよりすっごく美人になるんだろうな。
「あれ・・・?」
同じ言葉、当たり前に私を見る目・・・何かおかしくない?
見ず知らずの子をレオが部屋に入れたの? フルやニュウは?
「ねぇ、ここどこ?」
「どこって・・・病院ですよ? シダケ総合病院。」



「・・・・・・えっ・・・?」


自分を取り巻く環境が急に変わった気がして、私は思わず立ち上がった。
白い部屋、潤った風、窓の外に響くテッカニンの合唱・・・知ってる、覚えてる。 帰ってきたんだ、私が生まれ育った町に。
なのに、どうしてだろ? あんまり嬉しくない。 実感が湧かないだけ?
「レオは? 砂色の髪してて、目が金色で、紺色のコート着てるの!」
「いや・・・1人だけだったと思いますけど・・・」
猛烈に嫌な予感が、胸の中に渦巻いてた。 探しに行かなきゃ・・・
走り出そうとすると、部屋にいた女の子に引き止められる。 あぁ、この子・・・
「ちょ、ちょっと!」
「なに!?」
「靴くらい、履いてった方がいいでしょ。 何慌ててんのか知らないけど・・・」
ベッドのすぐ側に立てかけてあった一対のブーツを見て、フェナスでレオに会った時のことを思い出す。
そうだ・・・この子、レオに似てるんだ。 赤茶けてるけど同じようにまっすぐな目や、泣いてる人ほっとけないトコとか、手の温かさも・・・
女の子の表情が変わる。 そっか、私また泣き出したんだね。 ・・・ゴメンね、困らせたくて泣くわけじゃないんだよ。


「未来!」
大きな白い腕に抱えられて、私は一瞬固まった。
お薬の匂い・・・お父さんだ。 腕を解かれると、久しぶりにみたお父さんの顔は、少し老け込んでるみたいだった。
「未来・・・! 連絡もせずに1年もどこへ行っていた・・・!」
「1年・・・?」
また、頭が混乱してくる。
私、どこから帰ってきたの? あの変な研究所? それともどこか、別の場所?
助けてくれたのは誰? レオ? それとも誰か・・・別の人?

「学校も休んで・・・どれだけ心配したと・・・」
「お父さん・・・」
レオは無事? また、大怪我とかしてない? どうして一緒に・・・来てくれなかったの?
「レオに会いたい・・・」
また、泣けてきた。 会いたい・・・そう、会いたいから、私ずっと待ってたんだよ。
どうして帰ってきちゃったの? 私を帰したの、レオなんでしょ?
「・・・夢でも見ていたんだろう。 少し休みなさい。」
何度も、何度も首を横に振る。 うつむいたら、お日様の色に染まった髪が目の前にかかった。
オーレは夢なんかじゃない。 だけど、今はもう・・・別の場所。
「会いたい・・・」
いつも泣いてる私の涙を拭くお父さんの仕草は、子供のときと何一つ変わっていなかった。
半分無理矢理ベッドの上に寝かされて、眠って落ち着くように言い聞かされる。
落ち着けるわけもなくて、私は眠ったフリをしてごまかした。
しばらくは他のお医者さんや看護師さんが来てバタバタしてたけど夕方頃には静かになり、隙を見て私は病院のベッドから抜け出す。
走ることにいつの間にか慣れていて、だけど足元はオーレとは全然違う感触。 砂に足が埋まらない代わりに、伸びた草に足のあちこちを切られる。
どこへ行くの? ・・・わからない。
だけど私は、行かなきゃ。 レオのところへ。


 ―あのね、覚えてない? あんたちっちゃかったし・・・
  私、ミレイと1回会ったことあるのよ。
  その頃私、まだハネッコでね。 上手く飛べなくて崖沿いの枝に引っかかって動けなくなってたの。
  たまたま通りかかったのが、保育園の遠足で来てたミレイで、他の子が止めるのも聞かずに私のこと助けようとしたのよ。

  それでね、落っこちたの。 私のいた枝まで巻き込んで。
  でもあなた、ケロッとした顔して、泣き声ひとつ上げなかったわ。 かすり傷さえ、負わなかった。
  ・・・ねぇ、本当に覚えてないの?―


夜通し歩いてやっと、誰かに導かれていることに気がついた。 いつの間にか全然知らない道を当たり前のように歩いている。
深い鍾乳洞で知られる洞窟の前で、そのポケモンは私のことを待っていた。
近づいていくと赤い大きな体を動かし、強くて優しい光を放つ。 朝早いはずなのに強い日差しに、思わず目を細める。 明るい・・・オーレのそれよりも・・・もっと。
『お帰り・・・バカ娘。』
「グラードン・・・」
見たことのなかった相手の名前を、私は呼んだ。 そう、このポケモンの名前は・・・グラードン。
大きな体、鋭い爪・・・怪獣みたい。 だけど優しい・・・知ってるの。
『おおよそのことは、お前の中から見ていた。 私も、未来があの世界に戻るのは反対だ。
 大地がほとんど死に掛けている。 いつ滅ぶかもわからない世界だ。』
「分かってる・・・」
うなずくと、目の前にいる相手の顔は一層厳しくなった。 きっと、お父さんと同じこと考えてるんだよね。
きっと、私が見た以上にオーレの気候は厳しくて、だからみんなどこか悲しそうな顔をしてたんだ。
「・・・でもね、会いたいの。」
もしかしたら私は、オーレでは生きていけないかもしれない。
だけど、自分が1人、いなくなっちゃったみたいに寂しくて、愛しくて、どうしようもない気持ち・・・わかる?
「会いたいの・・・」
ワガママなのも分かってる。 けど、からっぽなの。 何も抱きしめられるものがないの。
喉元で揺れた月飾りを握り締める。 1度落としたはずなのに・・・誰かが、きっとレオが、拾ってきてくれたんだ。
ありがとうって、言いたい。 ごめんねって、謝りたい。 大好きって・・・伝えたい。
『困ったな・・・』
「・・・ごめんなさい。」
小さく首を横に振ると、グラードンは自分の体で日陰を作って強すぎる日差しから私を遠ざけた。
ずっとこうやって、守られてきたんだね。 私のことを助けてくれた不思議なチカラ、グラードンがくれたものだったんだ。
『私の能力ちからでは、時空を超えることは出来ない。
 お前がどれほど『あれ』を愛していたのかは知っている。 しかし、やはりあそこは・・・別世界だ。』
「分かってる。 でも・・・」
『願い星ももう、消えてしまった。』
「・・・願い星?」

足音が聞こえる。 顔を向けると、お父さんが少し怒ったような顔をして、こっちを見てる。
勝手に病院抜け出したこと、怒ってるのかな。 連れ戻されるのは、少し怖い。
「・・・悪い娘だ。 家に帰りもせず、親に心配をかけて・・・1人娘だからと、少々甘やかしすぎたようだな。」
「・・・ごめんなさい・・・」
そりゃ、そうだよね。 自分勝手すぎるもん。
グラードンがお父さんのことを睨んでる。 お願い、怒らないでね。 悪いのは私なんだから・・・
「当分、家で大人しくしているんだ。
 いいな? 私はこれから出張で1ヶ月ほどカントーに行っているが、その間、決して家から出るんじゃないぞ。」
怒り出しそうなグラードンを押さえると、顔を上げた。
何かが変。 そう、変だよ、お父さん。
「・・・お父さん・・・?」
顔を見ると、鼻の付け根に少しシワが寄ってる。 お父さん・・・嘘ついてる。
「・・・・・・伝えたぞ。」
短く言うと、少し丸くなった背中が少しずつ、遠ざかっていった。
連れ戻さなかった。 言葉の裏側の言葉が、聞こえてきた気がした。
「ありがとう」言葉にならない言葉をつぶやくと、かすかな、高い、鈴の音のようなものが響いてくる。


薄い緑色の光が辺りを覆ったかと思うと、小さな何かに肩を軽く叩かれた。
振り返ると、小さな・・・ピカチュウくらいの大きさのふわふわ飛んでる緑色のポケモンに笑いかけられる。
「誰・・・?」
たずねるとポケモンは口角を上げて笑った。
グラードンの表情が固くなる。 知らない、どこか遠くを見て睨んでる。
『そのセレビィが、お前を連れて行ってくれるそうだ。』
「え・・・?」
聞き返した私の肩をグラードンの大きな腕が抱き、額に、太い爪の先が当たった。
大きなチカラが流れ込んでくる。 ずっと私と一緒にあって、私のことを守ってくれたチカラ。
『私は残って、このホウエンを守らなくてはならない。
 もう、これまでのようにお前を守ることは出来なくなる。 それでもいいなら、行ってきなさい。』
「グラードン・・・」
『片道切符だよ、キミのいた過去にボクは存在出来ない。』
緑色の、セレビィってポケモンが高い声でそう付け加える。
手を離したら、ひとりになる。 けど・・・
「・・・うん、行ってきます。」
そうだ、会いたいんだ。 レオに。 また危険な目に遭うことになっても、独りぼっちになったとしても。
グラードンの腕から抜け出すと、向こうの気が変わらないうちにセレビィの小さな手をつかみ、振り返った。 もう会えないかもしれない。
「元気でね!」
『・・・本当にお前は、私が会った中で1番のバカ娘だ・・・!』
吸い込まれていく。 私を囲っていた世界がまた、変わっていく。
『・・・だけど、好きだった。』
低いグラードンの声は、いつまでも頭の中に響いていた。
何も見えない。 嵐のような音だけが、耳の中で渦巻いてる。
溺れそうな強い流れの中、私の手を引いて進みながらセレビィは小さな光が揺れる場所へと止まり、そっと私の手を離した。
ずっと囲まれていた世界から切り離されて、息が出来なくなる。
落ちていく。 遠くなる。







 ―水槽から放り出された魚のように。






「・・・きゃああぁっ!!」
悲鳴を上げた直後、何か熱いものとぶつかって私の体は停止した。
目はチカチカするし、頭がガンガン痛い。
『痛ぁ〜い・・・』
誰かの声が、私の心の声と被る。 ・・・てか、まさか踏み潰してる!?
「あ、ゴメンゴメンゴメンナサイ!! まさか着地場所に人がいると思わなくて・・・」
『・・・ミライ?』
慌てて飛び降りた大きくて黒いものは、のっそりと起き上がると、炎の色をした瞳で私のことを見つめてきた。
「イザヨイ?」
バクフーン。 マグマラシの進化系。 体の大きさは全然違うけど、その視線の柔らかさ、体をすり寄せてくる仕草、みんな同じ。
周りを見ると、アゲトの自然が広がっていた。
時の祠を囲う石畳。 その上に直撃していたらと思うと、ちょっとゾッとする。
『イザ、人じゃないよ。 ミレイのポケモン。』
そう言われて初めて、イザヨイがダークポケモンじゃなくなっていることに気がついた。
レオは、このために時の祠に戻ってきたのかな。 一緒にいないのは何故?
「イザヨイ、レオは?」
『レオは半分。』
「そうじゃなくて、レオは今どこにいるの?」
『行っちゃった。 イザ、ミライのとこ行っていいって言われたの。』
「行っちゃったって・・・どこに?」
『知らない。 レオゆわなかった。』
・・・嫌な感じがする。 スナッチ団のところに行った時と同じ行動パターン。
立ち上がると、イザヨイを連れて走る。 ローガンおじいちゃんたちなら何か知ってるかもしれない。
驚いて目を見開かせているアゲトの人たちを横目に坂を駆け上がると、息を切らせながら扉を叩く。 ゆっくりと戸を開けたおばあちゃんは、私の顔を見て心臓が止まりそうなほど驚いていた。 話も出来ない様子のおばあちゃんの肩を支えると、私は奥にいるローガンおじいちゃんへと向かって叫ぶ。
「おじいちゃん! レオはどこに行ったの!?」
椅子の倒れる音が聞こえる。 少しだけ時間を置いて駆けつけてきたおじいちゃんは、私の顔を見て手を震わせていた。
「ミレイ・・・!? どうして帰ってきたのかね・・・!
 逃げなさい、レオ君の意思を無駄にしちゃいけない!」
肩を掴まれると、体は何度も揺さぶられる。
「そのレオに会いにきたの!! 教えておじいちゃん、レオはどこ!?」
「ダメじゃ、すぐに帰らんと巻き込まれてしまう!」

掴まれた腕を振り払うと、2歩下がっておじいちゃんとおばあちゃんの顔を見つめる。
何か、様子が変。
「どういうこと・・・?」
たずねると、ローガンおじいちゃんの唇が少し震えた。
「レオ君は・・・彼は、このオーレごとシャドーを滅ぼすつもりなんじゃよ。」
振り絞られたおじいちゃんの言葉に、心臓が止まる。
出来るはず・・・ない。 だって、ここはレオの故郷だし、第一そんなこと、天変地異でも起こさない限り・・・ううん、そんなことどっちでもいい。
「それでもいいよ、会いたいの! お願い、教えてよ・・・」
『・・・・・・‘ツキ’ーッ!!』
押し問答を広げてる後ろで、イザヨイが大きな声で何かを呼んだ。
一瞬、何のことだったか分からなかったけど、振り返った直後何かのこげたような匂いと共に、大きな赤いポケモンが駆けつけてくる。
バトル山でレオがスナッチした、あのエンテイだ。


『水だけ用意しろ。 必ず、追いついてみせる!』
低い声で叫ばれた言葉にうなずくと、家にあった空き瓶に水を詰め込んでおじいちゃんとおばあちゃんの間をすり抜ける。
映画みたい。 私は役の中の人たちみたいに格好よくはないけど、その人たちの気持ちは少し分かった気がする。
「これ、もらってくね! 絶対無事に帰ってくるから、心配しないで!」
「未来ッ!!」
イザヨイをモンスターボールに戻すと、いつかレオに抱えられて降りてった段差を1人で飛び降りる。
受け止めたエンテイの背中は熱く、身が焼け付きそうだった。 大きく太い足で地面をしっかり掴むと、風に乗って赤いポケモンは駆け出していく。
「ねぇ、さっきイザヨイが言ってた『ツキ』ってあなたの名前?」
『そうだ、出て行く前、奴が私に名付けていった。』
本当に滅ぼしたい世界で、ポケモンに名前なんてつけてるはずがない。 きっとレオは、壊したくなんかないんだ。
「『ツキ』って、私の世界の言葉にもあるよ。 黄色くて、丸くて、ぽっかり空に浮かんでるの。」
そう伝えると、顔は見えなかったけどツキが少し笑ったように感じた。
向かってくる風に目を開けていることが出来なくて、エンテイの大きな背中にしがみつく。 そうしていると、確かに感じられた。 背中に太陽を、足元に大地を。
グラードンが言った通り、本当にオーレの大地は死に掛けてる。
でもね、私、種まいたんだよ。 ううん、植物の種じゃなくて、大地が生き返る種。
きっとオーレの人たちが育ててくれる。 だから、簡単に滅びるとか、滅ぼすとか、言わないで。



太陽が沈んでく。


落ちていく太陽に照らされた砂漠、私ずっと見てたんだよ。


光に照らされて、金色に輝いてるの。


ほら、レオ。 あなたが生きているこの世界は、こんなにも・・・綺麗。



『・・・起きろ!!』


ツキの声に顔を上げると、目の前に夕陽に照らされた高い塔が伸びていた。
「あそこ?」と、尋ねると、ツキからは肯定の返事が返ってくる。
瓶の水を一口飲み込んで、大きく息を吸い込んだ。 すぐにでも叫びたいけど、それはツキに止められる。
居場所はわかるから。 塔の、1番てっぺん。 だって、あんなに・・・光ってる。
何度も方向を確認しながら周りを囲うアーケードへと突入する。
店みたいなのが何軒も立ち並んでいるのに人はいなくて、すごく変な感じがした。
その代わりにポケモン同士が争う叫び声、炎や水が行き交う音が何度も響いていて、すごくうるさい。
でも、戦ってるのは、誰と、誰? ふとした疑問が沸いたとき、自分たちの真横を『かみなり』が横切って、ツキの足が止まった。
「エンテイ・・・? お前たち・・・なぜ・・・?」
追い越していった相手の方を振り返ると、ボルグが、驚いたような顔をして指示を出していたランターンを抑えていた。
前方から迫ってくるシャドーの戦闘員たちをツキが『だいもんじ』で追い払うと、先に進もうとしたツキに少しだけ待ってくれるよう頼む。
「追われてるの・・・?」
通じる言葉で話しかけた私に驚いたような顔をしながら、ボルグは肯定の返事らしいものをした。
「この道をまっすぐよ、ここに来るまで他の人たちとは会わなかったから。」
「なぜ、私にそんなことを教える・・・?」
「だって・・・逃げ続けるって、すごく辛いんだよ? 立ち向かおうとしても、逃げることの方がクセになってて、すごく怖いの。」
行こうとしている先でハベの声が聞こえたのがわかる。
戦いに巻き込まれてるんだ。 助けに行かなきゃ、あのメンバーだったらイザヨイが入っただけでも、ずいぶん違うはず。

足を止めたボルグを置いて走り出すと、すぐにそれは見えた。
赤いバイクを囲むようにして戦っているレオのポケモンたちと、その周囲から攻撃を仕掛けてくる、黒いオーラを身にまとった人たち。
ニュウたちを攻撃することに集中してこっちには全然気付いてなかったから、とりあえずって感じで怪我させないように1番近いところにいる人をツキに取り押さえてもらうと、ずっと戦ってたポケモンたちの顔がこっちに向く。
『・・・ミレイ?』
ボロボロのニュウが小さく声を上げると、荒んでいたハベとクレスの顔つきがやわらいだ。
研究所でなぐさめてくれたあのビブラーバがいる。 レオ、助けてくれたんだ。
「‘イザヨイ’『にほんばれ』!!」
取り出したモンスターボールを高く放り投げると、イザヨイは空中で自分たちを囲うポケモンたちを睨みつけながら強く光る球体を真上へと跳ね上げた。
「ニュウ、ハベ!! 今のうちに『つきのひかり』と『こうごうせい』で回復して!
 クレスは『きしかいせい』! 真正面のヘルガー狙って!!」
初めての指示は驚くほどすらすらと言葉が流れていった。
驚いた顔をしながらもニュウたちは迫ってきたダークポケモンたちをイザヨイが追い払ったことに気付くとすぐに回復に回り、クレスの放った攻撃が眠っていたヘルガーを弾き飛ばす。
ダークポケモンだったけど・・・私じゃスナッチ出来ないし、トレーナーの人からも黒いオーラ出てるから説得通じそうにないし。
ニュウ、泣きそう。 やっぱりレオはここにはいないんだ。
「ハベ、『にほんばれ』が出てる間なら、あなた誰よりも早く動けるよ。 『ねむりごな』はまだ使える?」
『えぇ・・・えぇ!』
「じゃあお願い。 クレスが危ないから、攻撃受けそうになったら『ソーラービーム』でサポートして。」
一瞬空いた防御の穴に攻め込もうとしたポケモンたちを眠らせると、ハベはすぐにクレスへと迫っていたミルタンクへと『ソーラービーム』を放つ。
状況を確認しなきゃ。 ニュウへと近づくと、置き去りにされたバイクの端に手を触れる。
「ニュウ、レオはどこに行ったの?」
聞いたら、ニュウは本当に泣きそうな顔をした。
『わかんねーよ・・・いきなり「逃げろ」とか「生き延びろ」とかワケわかんねーこと言い出して、ここに置いていかれたんだ。
 追いかけたいのに、レオが行ったとこからいきなり炎が上がって全然通れなくなって・・・オレ・・・もう・・・』
「・・・フルは?」
『レオと一緒に行っちまった・・・他の奴らのこと頼むとか、言ってた。』
周囲を見渡すと通りを占拠しながらなかなかこちらを飲み込もうとしない炎があって、すぐにそれがニュウの言ったものだということが判った。
いつまでも立ち往生はしてられない、かといって、エンテイやバイクで突っ込むのも無理。
「ビブラーバさん、名前つけてもらった?」
『えぇ、‘ハンター’、ハンター=ムーンです。』
「ハンター、地面技であの炎消せないかな? 『どろかけ』とか・・・」
少し考えた後、ビブラーバは少し分かりにくい否定のサインを出した。
『無理です。 これだけ舗装されていると、『すなじごく』も『すなあらし』も本来の威力が出せません。』
話している間にも、攻撃の鍵を得たポケモンたちは向かってくるダークポケモンの動きを止めていく。
地面じゃダメ、そうなると、後は水で消すしかないんだけど・・・この辺、消防栓どころかお冷のある店すら見つからないカンジだし・・・
ふとサイドカーの積荷を見ると、レオが置いてった飲み水用のタンクが置いてある。
まだ少し、中身が残ってる。 ・・・これ、被ってったらドラマみたいに走っていかれるかな?

考えを実行に移してみようとするまで、1秒とかからなかった。 タンクを持ち上げると、蓋を外して中身を頭から被ってみる。
『お、おぃ・・・!?』
・・・思ったより少ない。 体全部水で濡れたってカンジじゃないけど、ひとまず顔は濡らせたし、行ってみるのもいいかもしれない。
「イザヨイ、ニュウ、ハベ、クレス、ハンター、モンスターボールに戻ってて! 何とか突っ切ってみる!」
『無茶ですたい! 服に火が燃え移ったら消せる奴がおらんとですよ!?』
「無茶でもなんでも、行かなきゃレオが死んじゃうじゃない!!」
反論したクレスに言い返したとき、突然イザヨイが作り出した『にほんばれ』が消え、辺りが一斉に暗くなった。
空気が急に冷え込んで、激しい雨が降ってくる。
まるで、夕立。 水を嫌がってバイクの下に逃げ込んだイザヨイの視線の先で、もう何度も見た革靴が、音を鳴らして立ち止まった。
「ボルグ・・・?」
「行け。」
『あまごい』を打ち上げたハンテールをモンスターボールへと戻して、ボルグは1度来た道をまた引き返し始めた。
炎が消えていく。 蒸発して霧へと変わる雨粒の向こうに、塔への入り口がうっすらと見える。
「・・・ありがとう!」
姿の見えない相手へと向かって声を上げると、呆然としてるポケモンたちに合図して薄暗い空に向かって伸びている塔に向かって走り出す。
・・・冷たい。 太陽が落ちたせいでどんどん冷える気温が、体温の方まで下げてってる。
瓦礫の間から覗くくすぶった火が、変に優しく感じて涙があふれてきた。
本当に変だよ。 さっきまで行き先阻んでたクセしてあったかいとか、凍えないように一晩中火の番してたレオの横顔思い出すとか・・・
びしょびしょになりながら塔の入り口になってるガラスの扉をくぐると、疲れてパンパンになってた足がつんのめって思い切り顔を床に打ちつけた。
いろんな感情がぐちゃぐちゃになって動けなくなりそうなのをガマンして立ち上がろうとすると、クレスが助けに来てくれる。
だけど、クレス自身ももう、かなり限界にきてる。 支えようとした腕を断って自分で立ち上がろうとすると、目の前に人間の、大きな手が差し伸べられていた。


「・・・?」
顔を上げると、鎧みたいな筋肉がついた腕の向こうで、どこかで見たような顔が難しい顔をしてこっちを見てた。
会ったことあったはずだけど・・・誰だっけ・・・? 助けてくれるの?
「・・・あぁ! もう面倒くせぇ!!」
停止した思考が動き出す間もなく服を掴まれると、そのまま上着ごと体が持ち上げられていく。
「え、え!?」
抵抗どこじゃない。 体格差がありすぎて相手の腕に自分の手が届かない。
どういうこと? 面倒くさいって何が?
そこは見てないで助けてよ! そうポケモンたちに叫ぼうとすると、私を掴み上げたまま、筋肉の人は塔の上を見上げて舌打ちする。
「レオの野郎・・・何がメインストリートだ。 タワーの中まで入り込んでるじゃねえか・・・!」
『ヘルゴンザ!!』
そうだ、この人スナッチ団だ。 近づいてくる入り口に焦りながら、ニュウの呼ぶ声を聞いて思い出した。
私、連れてかれる? 急いでレオのとこに行かなきゃならないのに、向かってるのは全然逆方向だし。
自由に動くのに、手も足も出ない。 暴れているうちに脱げた片方のブーツを目で追ってると、突然私を掴んでいた手が跳ね上がって、硬い床の上へと振り落とされる。
気がついたように動き出したハンターに守られる。
また面倒くさそうに舌打ちしたスナッチ団が1歩近づくと、目の前に人の手で脱げたブーツがストンと置かれた。
シャドーじゃない、スナッチ団でもない。 確か、パイラとアンダーで見た男の子が私とヘルゴンザとの間に立ち、両手を大きく広げる。
「あ?」
「彼女の助けが必要なんです。 行かせてください。」
目の前に立った彼がそう言うと、ヘルゴンザはつり上がった眉を少しだけ潜めた。
何度か口を開いては閉じることを繰り返して、やがて私たちに背を向ける。
「・・・俺は逃げるからな。」
「そうして下さい。」

言葉の通りに塔の外へと向かっていくヘルゴンザの背を見ると、少年は私の方に振り返って手を差し伸べてきた。
「立って。」
「あ、ありがとう・・・ えっと、『シルバ』君?」
混乱してきた頭の中から何とか名前を引っ張り出して聞くと、目の前の彼は小さくうなずいて私の体を引き上げた。
傷だらけのポケモンたちを見て軽く眉を潜めると、そのまま手を引いて走り出す。
どこへ行くの? 助けてくれるの? いろんな疑問を口にする前にガラス張りのエレベーターの前へと誘導すると、彼は開閉ボタンを叩いてポケモンたちをボールの中にしまうように言ってきた。
上を見上げるとどこまでも高く、細いガラス管は天に吸い込まれている。
この上だ。 よく分からない確信から言われた通りにポケモンたちをモンスターボールへとしまうと、扉の開いたエレベーターに2人で乗り込んだ。
光の反射で鏡のようになったガラスに顔を近づけると、境界線のない夜の砂漠が見える。
不安で押しつぶされそう。 震えかけた冷たい肩に手を置くと、どこか懐かしい声で同乗した彼は話しかけてきた。
「助けてほしいんです。」
「・・・助ける?」
鏡越しの青い瞳が、ゆっくりと上下に動く。
「ダークポケモンの闇を祓うのは、あなたにしか出来ない。
 ある程度は自分で回復も出来るけど、シャドーの手に落ちたダークポケモンを救うにはあなたのチカラがいるんです。」
小さく首を横に振ると、泣きそうになった。
「無理だよ・・・ホウエンに帰ったとき、チカラ、ほとんど返しちゃったもん・・・」
助けたい。 助けてほしい。 逆さまになった2つの感情が、同じ音量で叫んでる。
もう片方の肩にも手をかけると、背中から響いてくる声は、さっきよりも低くなった。
「闇を祓っていたのは、あなた自身の能力ですよ。」
どうしてだろう、話していることに違和感を覚え始める。
「・・・私の?」
「以前聞いた話を元に、同じような能力を持った人間が生まれる可能性はあるのか確かめてみました。
 けど、闇を見分けることは出来ても、祓うことは出来なかった。 これは、あなただけの能力なんですよ。」
「・・・出来るのかな・・・」
ネガティブ過ぎ、私。 少しは泣くこと止めないと、また怒られちゃうよ。
誰に? ・・・って、いっぱいいるなぁ・・・ レオと、ニュウと・・・
「ミレイにしか、出来ない。」



「えっ・・・?」
聞き覚えのあるフレーズ。 振り返ると、ずっと触れられていた肩が暖かくなってた。
「どうして、私の名前知ってるの?」
バタバタしてて、パイラでもアンダーでも1度もレオは彼の前で名前を呼んでなかったはず。
いろんな疑問が繋がってくと、突拍子もない仮説が私の中に出来上がる。 でも、それしか説明つかない。
「・・・フル?」




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