くすぶった花火のような火花を、おもちゃから撃たれたような『みずでっぽう』がかき消した。
ベルもトウヤも2人とも解ってはいた。 これでは勝負がつかないと。
マッチよりも小さな火が飛び、ジョウロよりも弱々しい水が地面を濡らす。
黒い水滴が水溜りを作り始めた頃、痺れを切らしたベルが唇を震わせ
「もう、これじゃ終わんないよお! フィレ、違う技を出して! 『はっぱカッター』とか!」
「ぷぎ!?」
思ってもいなかった指示に、ポカブの鼻から飛び出していた『ひのこ』が止まった。
「フィレくん、ほら早く早く!」
「ベル……ポカブは『はっぱカッター』は使えないと思うよ……」
「えー、そうなの?」
と、ここでちょろちょろと『みずでっぽう』を撃っていたミジュマルが事態に気付き、お腹のホタチを構えるとむやみに振り回しながら突撃した。
ベルとトウヤは「あー」と間の抜けた声をあげる。
完全にトウヤの部屋でのバトル(?)の再現であった。
ポカポカと殴り合う2匹を見てオロオロするトウヤにベルは頬をぷうっと膨らませ、カバンからモンスターボールを引っ張り出す。
「もうっ、戻って、フィレくん!」
赤い光が放たれ、ケンカ相手のいなくなったミジュマルがホタチを空振りした。
ポカブを閉じ込めたボールを強引にカバンへと突っ込むと、ベルは真新しいモンスターボールを構え、ドヤ顔を作ってふんっと鼻を鳴らす。
「よーし、それじゃソバカちゃんの初バトルだよお!」
えーいと投げたモンスターボールからは茶色くて毛むくじゃらのポケモンが飛び出した。ポケモン図鑑を構えると、小さな画面にはポケモンの映像と一緒に『ヨーテリー』という学名が表示される。
「昨日捕まえたってポケモン?」
「そうだよお、かわいいでしょ?」
白い歯を見せて笑うベルの足元で毛むくじゃらのポケモンはわん、と、大きく吠えた。
戦う相手がいなくなってぽかんと大口を開けているミジュマルの方を向くと、体を低くして小さめな尻尾を振り回す。
トウヤは少し考えた後、自身も持っているモンスターボールを入れ替えた。
ぽけっとしているミジュマルをボールへと戻し、カタカタと音を立てるボールをしっかりと握り締める。
「それじゃあ、ボクも交代するよ。行けっ、ミネズミ!」
ぽんっと小気味いい音が鳴って、辺りは土煙に包まれた。
しかし、出したはずのミネズミがいない。
頭に『?』を浮かべてトウヤが辺りを探っていると、ベルがトウヤの後ろを指してあれ……と声をあげた。
「もしかして、あれトウヤのミネズミじゃない?」
ベルの指差した方角をみてみると、ミネズミは逃げていた。 ものっすごい勢いで逃げていた。
「あ、ちょと……おい!?」
慌ててトウヤも追いかけるが、全力疾走のポケモンに追いつけるはずもなく、あっという間にベルの目の前から1人と1匹の姿は見えなくなった。
なんだかよく分からないまま、ベルとヨーテリーはハイタッチする。
この状況を『勝った』と認識したらしい。
「……情けない。」
逃げ出したミネズミをつまみ上げたまま、トウコはトウヤを睨み付けた。
トウコに首根っこつかまれて、ジタジタともがくミネズミを受け取ると、トウヤはすっかり気落ちした様子でため息をつく。
「……まさか逃げるとは思わなかった。」
ベルともすっかりはぐれてしまった。
昨日Nと戦ったときはやる気に溢れていると思ったのに。
まさか恐怖のカタカタだったとは。
「ミネズミ。 特性にげあし。 性格は臆病、逃げ足が早い。」
ポケモン図鑑を見ると全く同じことが書いてあってトウヤは目を丸くした。
「……こんだけバトルに向かないポケモンも珍しいな。」
「Nの言う通り逃がした方がいいのかなぁ……」
腕の中でブルブルと震えるミネズミを見下ろしてトウヤは小さく呟く。
すると、「ハッ」とバカにしたような笑いをトウコはあげ、
「逃がす? オマエが? この2番道路で? 1番道路のミネズミを?」
「う……それじゃ、次の街のポケモンセンターとかで……」
「アタシの目には結構懐いてるように見えんだけどなぁ、そのミネズミ。」
言い返すことも出来ず、トウヤが口をもにょもにょさせていると、トウコは突然「よし!」と声を上げて立ち上がった。
「トウヤ、アタシは先に行ってるから、オマエ、サンヨウシティまで一人で来い!
トレーナーにバトル挑まれっけど、ちゃんと自分のポケモンで戦ってこいよ!」
「え、えぇー!?」
言うが早いか、トウコは悲鳴がコダマする暇さえ与えず走りさってしまった。
ブルブルと震えるミネズミを抱えたまま、トウヤはその場に座り込む。
トウヤの胸に顔を埋めるこの小動物を見下ろすと、今度は「ふう」と息を吐いて顔の高さまで抱え上げる。
「……ごめんね、ミネズミ。 キミがバトル嫌いだなんて思いもしなかったんだ。」
「ちぃ?」
少し落ち着いたのか鼻をひくひくさせながら首をかしげ、ミネズミはトウヤの声に耳を傾ける。
「だけど、困ったなぁ…… 戻ろうにも1番道路は遠いし……」
「くきゅう……」
足をもぞもぞ動かし、トウヤの腕から抜け出すとミネズミはほんの1メートルほどのところでトウヤに視線を向けた。
自然とトウヤも立ち上がり、とりあえずサンヨウまで向かおうと口を開きかけたとき、突然ミネズミが飛び上がり、トウヤの頭のてっぺんまで駆け上がった。
それを追いかけるかのように草むらが揺れ、右手にモンスターボールを掴んだ背の低い少年がトウヤの前へと飛び出してくる。
「うぉあっ!? なんだ、強そうなミネズミだと思ったのにトレーナーつきか!」
草むらから飛び出してきた少年は、あわやぶつかるかというところで急停止し、トウヤとミネズミを興味深そうに見比べた。
「まぁいいやっ! おまえトレーナーだろ、お互いミネズミのトレーナー同士バトルしようぜ!」
「あえ……ちょっとま……!」
投げられたモンスターボールに戦慄し、ミネズミがトウヤの帽子を強く掴む。
帽子ごと落ちそうなミネズミを左手で押さえると、もう片方の手でミジュマルのボールを掴み、力一杯投げ付ける。
地面にぺしゃりと落ちたミジュマルを見ると、たんぱんこぞうは不満そうに口を尖らせた。
「なんだよぉ、ミネズミ同士つったのに、超ケーワイ!」
そういうたんぱんこぞうの足元には、よく育てられたミネズミが尻尾を振っていた。
「……いや、ボクのミネズミ……バトル嫌いみたいで、今、どうするか考えてたんだ。」
「なんだ、そういうことは先に言えよな!
まぁいいや、オレはたんぱんこぞうのケンタ! こうなりゃ、そっちのミジュマルでいいからバトルしようぜ!」
「ボ、ボクはトウヤ!」
「みじゅ!」
「よし、それじゃあこっちから行くぞ!
ミネズミ、『たいあたり』!」
「ぎゅぎゅぎゅー!」
「み、みじゅうっ!?」
思わず避けたミジュマルの脇をソニックブームを振りまいてミネズミが通過する。
トウヤとミジュマルの見る前で大きな音を立てて木にぶつかると、たんぱんこぞうのミネズミはゆらりと振り返って「クキキキキ」と不気味な笑い声を上げる。
「な、なんなんだよぅ……あのミネズミ……?」
「ふっふっふ……オレのミネズミは最速直球一本勝負!
走り出したら誰にも止められないぜ!?」
なんだそりゃあ、と声をあげる間もなく第2陣が飛び出し、ミジュマルの持ったホタチをかすめて岩へとぶつかった。
「クケケケケ」と赤い顔で振り向かれる。 どうすりゃいいのさこの状況。
トウヤは頭の上で震えるミネズミに手を当てると、ミジュマルに指示をだすべく小さく息を吸い込んだ。
「ミジュマル、『たいあたり』!!」
「みじゅっ!」
「ミネズミ、こっちも『たいあたり』だ!」
「ケケケケケケ!」
ぽてぽてと走るミジュマルを睨み、たんぱんこぞうのミネズミは地面を蹴飛ばすと一直線の軌跡でトウヤのミジュマルを跳ね飛ばす。
空高く飛んでいくミジュマルを見上げ、トウヤはただ驚いた。
レベルもほぼ同じで同じ技を使った。 なのに、明らかなほどに威力が違う。
「へっへ〜ん、お前さては初心者だな?
いいか? ポケモンには種族ごとにタイプってのがあって、そのタイプごとに得意技ってのがあるんだよ。
炎タイプなら炎技、草タイプなら草の技、水タイプなら水技って調子にな。
そして、『たいあたり』はノーマルタイプの技なんだ。 つまり、ノーマルタイプのミネズミは……」
「ケケケ」とすっかり悪魔のような笑い方になったミネズミが、落下するミジュマルに向かって『たいあたり』を放つ。
「『たいあたり』の効果を最大まで引き出せるのさ!」
「ミジュマルッ!?」
再び弾き飛ばされたミジュマルは大きく弾き飛ばされると木々の枝をへし折り、地面へと落ちてきた。
倒れるほどのダメージではなかったが、すでにミジュマルは戦闘不能寸前のフラフラだ。
トウヤの頭の上でミネズミが震えた。 既に向こうのミネズミはミジュマルへと向かって走り出している。
ショート寸前の脳みそを何とか抑え、トウヤは必死で思考を巡らせた。
「ノーマルタイプが得意なのはノーマル技……だったら、水タイプのミジュマルが得意な技は……
……ミジュマル、『みずでっぽう』だ!」
「み、みじゅ!」
大きく息を吸い込むと、ミジュマルは自分の真正面から突っ込んでくるミネズミへと『みずでっぽう』を放つ。
それは、先ほどまで撃っていた弱々しい技とは違い、一直線に放たれた『みずでっぽう』はミネズミをその勢いごと反対側の木へと叩きつけた。
地面に落ちたミネズミは「キィ」と声をあげ、赤と白のモンスターボールへと姿を変える。
その様子を見ていたトウヤと、たんぱんこぞうと、ミジュマルと、トウヤのミネズミは全員言葉を失っていた。
しばらくは何が起きたのかも解らず呆然としていたが、少しするとたんぱんこぞうのケンタが興奮した様子でトウヤへと詰め掛ける。
「……すっげー! すっげー、すっげ!! 強いんだな、お前のミジュマル!!
オレ、ずっとここでたんぱんこぞうやってるけど、こんなに興奮したの久しぶりだよ!!」
「え、あ、ありがとう……」
本当に勝ったのかどうかすらよく分からないまま、トウヤはミジュマルを抱き上げた。
訳が分からないのはミジュマルも同じようで、小さく水を吐いては止めてを何度も繰り返している。
「オレこれでも、ここ1年ずーっと無敗だったんだぜ?
カノコタウンから来たってトレーナーに負けてからずーっとミネズミと『たいあたり』の特訓してたしな!」
「カノコタウン?」
トウヤたちの出身もカノコタウンだ。
気になって聞き返すと、たんぱんこぞうのケンタは「おっ」と声をあげ、トウヤの被っている帽子を指差した。
「ちょうどそれと似た帽子被ってる女のトレーナー!
……確か、トウコって名前だったと思う、タイプのこともそいつから教わったんだ。!」
「あー、チェレン!」
同じ頃、ベルはサンヨウシティのポケモンセンターまで辿り着き、先に到着していたチェレンへと手を振っていた。
吹き抜けを飾る大きな地球儀を見上げていたチェレンはその声で彼女の存在に気付くと、眼鏡を少し持ち上げパタパタと走ってくるベルへと体を向ける。
「……ベル、今日は早かったんだね。」
「えへへ、ソバカがすっごく頑張ってくれたんだよお!
それとね、ここ来る途中でトウヤとバトルしたんだけど、トウヤのミネズミ、すっっっごいスピードで逃げ出しちゃったの! びっくりしたよお!」
「……そう、トウヤが。」
「トウヤはまだ来てないの? バトルも途中で終わっちゃったし、あの後ミネズミ、どうしたのか気になるのになあ……」
少しだけ眉間にシワを寄せ、チェレンはベルの肩に手を置いた。
「ふぇ?」
「……ベル。 トウヤは僕が待つから、先に休んでていいよ。」
「えぇ? でも、トウヤみんなの中じゃ1番年下だし……やっぱりちょっと心配だなあ……」
「……ベル、トウヤだってもう1人前のトレーナーだ。 そこは手助けするべきじゃない。」
「そっか……うん、そだよね。」
緑のベレー帽を顔の方へと引き寄せ、ベルは少しだけうつむいた。
「………………あ。」
視界の隅っこで、黒いものが走り抜ける。
トウコのゾロアだ。 ベルは唇をきゅっと結ぶとバッグの紐を握り締め、ゾロアのあとを追いかけた。
「……ベル?」
「あたし、ちょっと出かけてくる! チェレン、トウヤをよろしくね!」
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