サンヨウシティの中ほどまで進んだところでベルはゾロアを見失い、途方に暮れて立ち止まった。
表通りも裏通りも、今来た道も大通りも見て回るが、どちらもカエデの柱がむき出た高い建物ばかりで方角さえ分からない。
ベレー帽の下で金色の髪を少しだけかくと、ベルはこの状況を迷子だと理解することにする。
ゾロアは完全に見失ってしまったし、ひとまずはポケモンセンターを探そうとちょっとだけずれた帽子を直したとき、背筋に寒気が走ってベルは身震いした。
ちょっとだけおびえ気味に辺りを探ると、大通りをはさんだ道向こうで白衣を着た女性がこちらへと熱心に視線を向けている。
「有名人?」
キョロキョロと周りを見渡してみたが、それらしい人もポスターなども見つからない。
首をかしげているうちに信号が変わり、女性は横断歩道を斜め走りで近づいてきた。
そして間違いなくベルの目の前で止まる。 ぽかんとしているベルのカバンから飛び出したポケモン図鑑をひったくると、女性は黒くて長い髪を震わせてベルの小さな手を握り締めた。



「あらあらまあまあ!! 遠いところを!
 ポケモン図鑑がここにあるってことはあなたがトウヤちゃんね!!
 あたしはマコモ! アララギとは同級生でトレーナーの研究をしているの!
 たくさん歩いて疲れたでしょう、あたしの研究室でお茶を出すから一緒に行きましょ!!」
「え、ええぇ???」
白衣の女性はベルの手を引き、強引にメインストリートから1本外れた道にある建物へと連れ込む。
高い階段に蹴つまずきつつ『変な』ベッドと『変な』機械で埋め尽くされた部屋へと通されると、ベルは雑誌の転がったソファに座らされ、油の瓶が横に置かれた紅茶を振舞われた。
「ごめんなさいねえ、散らかりっぱなしで…… 片付けようにも朝からメガネが見つからないのよ。
 アララギから話は聞いてるわ、トウヤちゃんがあたしの研究を手伝ってくれるって。」
「あのぉ……」
紅茶と一緒に出されたスコーンをほおばりながら、ベルはマコモと名乗る研究者へ
「あたし、ベルです。」
そう言った。 マコモの手が止まり、キスできそうな顔の近さでベルは睨まれる。
潰れそうなしかめっ面でしばらく睨むと、マコモはオロオロとしか言いようのない様子で宙に手をさ迷わせ、1メートルくらいの距離を往復し始めた。
「あ、あらあらあら、どうしましょ……あたしとしたことがトレーナーを取り違えるなんて。
 マコモ困っちゃうわ、本物のトウヤちゃんは今どこに?」
「んー、トウヤなら、まだ2番道路にいるんじゃないかなあ?」
「あらあらあら……あらあらあら……マコモ困っちゃうわ。」
「何がそんなに困ってるんですかぁ?」
どう考えても濃すぎる紅茶を飲みながらベルが尋ねると、マコモは目じりの辺りをぺたぺたと叩きながら
「ゲームシンクの治験にトウヤちゃんのポケモンを使うようアララギに言われてるんだけど、シンクするのに必要な『ゆめのけむり』が手元にないのよ。
 だから、トウヤちゃんが来たら夢の跡地まで探しに行ってもらおうと思ってたんだけど……まさか人違いなんて……」

パラパラとめくっていた雑誌を閉じると、ベルは帽子を手に取って立ち上がった。
「じゃあ、幼なじみのよしみで、あたしが探してきます! 今日はまだそんなに疲れてないし、うん、大丈夫!!」
「本当? 助かるわ!
 それじゃ、今、夢の跡地までの地図をだすわね。 ちょっと待ってて……」
感動で目をうるうるとさせながら冷蔵庫へと向かうマコモと、マガジンラックに刺さっている地図をベルは見比べる。
「マコモさん、メガネかければ探しやすいんじゃないですか?」
「そーなのよぉ、もう朝から不便で不便で……」
「ヘアピンにくっついてるメガネ、取れないんですかぁ?」
「あら?」
言われて、マコモはこめかみへと手を当てる。
花型のヘアピンの上には、四角いレンズのメガネが乗っかっていた。





「…………やっと捕まえた……」
柔らかい芝生の上でじたばたともがくミネズミを押さえつけながら、チェレンはメガネが曇るくらい深く息を吐いた。
困った顔をしながら追いかけてきたトウヤにポケモンを押し付けると、時計型の通信機器『ライブキャスター』でベルへと連絡を取ろうとする。
「……あれ、出ない。」
着信音におびえるミネズミを片手で抱え、トウヤは自分のライブキャスターを通話画面へと切り替える。
ベルの呼び出し画面が続いているが、30秒経っても出る気配がない。
仕方なくライブキャスターを切ると、チェレンはトウヤに横目を向けた。
「……仕方ない。 僕はベルを探すよ。
 トウヤは先にポケモンセンターへ行っててくれ。 どうせミジュマルの体力はもうないんだろう?」
「う、うん。」
怖がりなミネズミを抱え、地図を見ながら歩き出したトウヤを見送り、チェレンは黒い画面を写すライブキャスターにため息をついた。

「……まったく、メンドーだな。」
ベルの行き先を考えようとタウンマップを取り出したとき、後ろから走ってきた誰かに豪快にぶつかられ、チェレンは広げたばかりのマップを落としてしまう。
「うあっち! なんだよ、ボーっとしてんなよ!」
振り返るとアスファルトの上に大量のノメルの実が転がっていた。
どこの3流ラブコメかと思ったが、大きな紙袋を抱えて慌てた顔をしているのは、残念ながら男だ。
「……君が勝手にぶつかってきたんだろう。」
「関係あるかよ! あーもぅ、早く帰らねーとコーンのヤツにどやされんのに……!」
そう言いながら男はモンスターボールから赤いサルのようなポケモンを呼び出す。
「手伝え、バオップ!」
ジャグリングのように袋の中にノメルを放り込むポケモンと同時に、男も拾い上げたり蹴り上げたりで地面に転がったそれを元ある場所へと戻していく。
一応手伝って2、3個のノメルを手渡すと、男は自分の目線よりも高い紙袋を抱えたままチェレンへと指を突きつけ、同じポーズのバオップと一緒にまた突っかかってきた。
「てめえ! この落とし前は必ずつけてやるからな! ジム戦では覚悟しとけよ!」
「……どーでもいいけど、ちゃんと前を見て帰りなよ。 何回も落とされちゃメンドーだ。」
すっかり冷めてしまったチェレンにぎゃあぎゃあと文句を言いながら男はこの街のポケモンジムがある方角へと向かっていく。
完全に出鼻をくじかれてしまったチェレンは、少しずれたメガネを直すと芝の上に落ちたままのタウンマップを拾い上げた。
「……ジムリーダー、か。」



どんどんと人気のなくなっていく街外れに少しわくわくしながら、ベルはマコモに指定された『夢の跡地』へと向かっていた。
左手に長い壁が続き、その向こうには今は使われなくなったのであろう工場のような、灰色の大きな建物が見える。
ポケモン図鑑を握り締め辺りをキョロキョロと見回していると、1メートルほど上空にピンク色のポケモンがふわふわと飛んでいた。
思わず声があがる。 ピンク色でまあるくって、お花の模様がついていて。 ベルの好みにはストライクだ。
『夢の跡地』へと入っていったポケモンを追いかけて、ベルは割れた壁を無理矢理潜り抜ける。
まだ目を向けていないポケモン図鑑には『ムンナ』というポケモンの名前が表示されていた。
マコモが欲しがっていた『ゆめのけむり』を出すというポケモンだ。

廃屋の中ほどまで来ると、ムンナはふわりと浮き上がり、ベルが聞いたことのないまあるい声をあげ始めた。
「……わあ!」
その声に引かれたのか、草むらの影や建物の奥から続々とムンナが集まり、小さな集団を作り出す。
物陰から隠れて見ていたベルは、いてもたってもいられなくなり、モンスターボールを握り締める。
今まさに飛び出そうとした瞬間、集団の真上から銀色の網が飛び掛り、ムンナたちに覆いかぶさった。


「え、え?」
「プラーズマァー! よーし、ムンナGETぉ☆」
驚いて固まったベルの目の前で、銀色のフードを被った謎の2人組が現れ、ムンナを閉じ込めた網を足で小突いた。
「ちょろい仕事だったな。」
「ホント、これならゲーチス様から直々にお褒めの言葉をもらえるかもしれないわ!」
「そしたら我々は……」
「近々七賢人!?」
網の中でもがくムンナには目もくれずに盛り上がる2人を見て、ベルは思わず飛び出した。
突然の乱入に視線を向けられ、ベルも固まる。 後先なんて、全く考えていないわけで。
「プラーズマー……なんだ、お前は?」
「あの、えっと、えーっと……」
鈍い頭をぐるぐると回し、ベルは必死で言葉を探す。
「えっと、あの……あのね、そういうポケモンの捕まえ方って、なんか……なんか違うなあって思って……」
「おやまぁ、愚かなるポケモントレーナーの分際で我々に指図するつもり?」
同じ服装の2人組は顔を見合わせるとククッと笑い声をあげた。
「指図とかじゃないよお。 ねえ、どうしてそんなことするの? あなたたちだってポケモントレーナーでしょ?」
「そうよ、私たちもポケモントレーナー。
 だけど戦う理由はあなたたちと違ってポケモンを自由にするため!」
「そして私たちがポケモンを自由にするとは! 力ずくでポケモンを奪うことさ!」
「き……きゃああぁ!?」

2人がかりで攻め寄られ、悲鳴を上げたベルのバッグからヨーテリーが飛び出す。
迫る銀色フードへと吠え掛かり、蹴り飛ばそうとした足に噛み付いて歯型を残した。
「こしゃくな! 行け、ミネズミ!!」
「チョロネコ!!」
「ええ? 2人同時なんてずるーい!」
2対1では話にならない。 とにかくポカブだけでも呼び出そうとカバンを探るが、ぐちゃぐちゃのカバンの中からはお菓子の残りかすやら通りでもらったいい匂いのする紙やら、関係のないものばかり出てくる。
そうこうしているうちに、ヨーテリーの『ソバカ』がチョロネコの攻撃で吹っ飛ばされた。
「ソバカ!?」
「ふふ、話にならないわね。」
そう言うと銀色フードの女は倒れたヨーテリーの首根っこを掴んで持ち上げる。
ベルの背筋に寒気が走る。 そのポケモンをどうするかなんて、さっき彼らたちが言ったこと。


「やめて!!」
ベルは銀色フードの女に駆け寄ってヨーテリーを取り返そうとするが、逆に振り払われて地面を転がる。
「お願い、ソバカを返してよお!!」
「言ったでしょ、我々はトレーナーからポケモンを解放すると。
 ……さっき、もう1匹出そうとしてたわね。 そっちも解放させなさい。」
「やっ……!」
フードの男に触れられ、ベルは取られまいとカバンを必死で抱きしめる。
だが、所詮大人の力と子供の力。 足は引きずられ、腕の中からカバンは逃げ出しそうだ。
「もうダメ」そう思ったとき、突然フードの男が浮かび上がり、何かに弾かれるかのように1メートルほど吹っ飛んだ。
何が起きたのかも分からず、立ちすくんで飛んでいった男を見つめていると、男は頭を抱えて起き上がり、ベルの背後を鬼のような形相で睨み付ける。
「この……ナメたマネしやがって……!!」
男はベルの横を走り抜けると、背後にあったムンナたちを閉じ込めた網を思い切り蹴りつける。
多分『ねんりき』でベルのことを助けたのであろうムンナは、動くことも出来ずに背中に赤いあざをもらう。
「お前は!! 黙って!! ゆめのけむりを!! 出してりゃいいっつうのに!!」
「……む、むうぅ……!」
「や……やめたげてよおっ!!」



「……ゾロア、ゴー!」

聞き慣れない声に男が顔を上げた瞬間、ムンナたちを捕らえていた網が持ち上がって男をまるごとからめとった。
驚いているフードの女の手も払われ、黒い生物が女からヨーテリーをさらっていく。
「やー、どうもどうも。 ウチの可愛い幼なじみがお世話になったようで。」
「トウコちゃん……?」
女から奪い返されたヨーテリーを抱えながら、ベルはその人物の名前を呼んだ。
ふわふわと逃げ惑うムンナたちの間を潜り抜け、トウコは銀色フードの2人組を睨み付ける。
「オマエら、ただで済むと思うなよ。」
「……ふ、ざけんな! たかが小娘の分際で! やれ、ミネズミ!!」
「チョロネコ!!」
トレーナーに指示され、呆けていたミネズミとチョロネコがトウコのゾロアへと向かって走り出す。
どこかバカにしたような仕草で耳の後ろをかくと、ゾロアは1度だけジャンプして2匹の攻撃を避けきった。
「『バークアウト』。」
怒号が響いたかと思うと、フードの2人組のミネズミとチョロネコは吹き飛ばされ、動けなくなっていた。
突然の決着に誰も状況を飲み込めず、廃屋を静寂が包む。
トウコが建物の奥に何か合図を送るのを見たとき、フードの女が逃げ遅れていたムンナを1匹捕まえ、これでもかというほどきつく締め上げた。
「まだよ! ゆめのけむりを手に入れられないと、我々だって帰れない!!
 帰れな……帰れ…………」
「え?」
女の手からムンナが落ち、中空を見つめたまま女は動かなくなった。
ベルが慌てて再びいじめられないようムンナを保護すると、網にからめられたままの男も同じ場所を見つめ、何か恐ろしいものでも見たかのように震えだす。

「……げ、ゲゲ、ゲーチス様……」
「やばい……これは、作戦に失敗したとき……処罰を下されるときのゲーチス様だ……!」
「とにかく謝らなければ!」
「ひとまず撤退だ!」
足がもつれて転がったり、イモムシのようにはいつくばりながら銀色フードの2人組はバラバラな方向に逃げていく。
状況がつかめず、2匹のポケモンを抱えたままベルはしばらくその背中を見つめていた。
やがて、抱えているポケモンたちのケガに気がつくと慌ててぐちゃぐちゃのカバンの中からきずぐすりを引っ張り出し、ムンナとヨーテリーに応急処置を施す。
その様子を眺めていたトウコはゾロアに合図を出し、ベルに背中を向ける。
「待って!」
どこかへ行こうとする彼女にベルは立ち上がり、引き止めようと言葉を探す。
「や、颯爽と現れたヒロインが長話とかカッコ悪いし。」
「だって……だってチェレンが……! それにトウヤだって……!!」
「……っとに優しいな、ベルは。」
トウコが少し困ったような顔をしたとき、強い風が吹いてベルの視界を全て奪った。
顔を上げると、さっきまでそこにいたはずのトウコの姿がない。
落ちた帽子を拾い、ケガをしたヨーテリーとムンナのことを見ていると、壁の向こう側から足音が近づき、ベルは肩を震わせた。



「ベル、どこだ? もうポケモンセンターに行かないと暗くなるぞ。」
「ベールー! マコモさんに会えたよー!
 ゆめのけむりはいいから、一旦帰ろうー!」
「チェレン! トウヤ!!」
壁向こうから聞こえてきた声に、ベルは急いで怪我をした2匹を抱え、入ってきた壁の隙間へと走り出した。
コンクリート越しに2人と言葉を交わすと、ヨーテリーとムンナをそれぞれ預け、来たときと同じように隙間を潜り抜ける。
事情を説明するのには、ベルの頭は混乱しすぎていた。
涙目になる彼女にトウヤとチェレンは目を見合わせると、2人でベルの肩を支え、3人で、ポケモンセンターへの道を歩き出した。


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