「……トレバ、たいあたり。」
大きく尻尾をくねらせスピードをつけると、緑のトカゲのようなポケモンは相手のポケモンへと向かって真上から突っ込んだ。
床を跳ねてモンスターボールへと姿を変えたミネズミを確認すると、チェレンは「よし」と小さく口を動かしてツタージャをボールへと戻す。
「……ありがとうございました。」
「うむ。」
練習試合の相手をしていた髭もじゃの老人は鼻をかきながらうなずき、床に転がったモンスターボールへと手を伸ばす。
「なるほど、貪欲に知識を得ておるようだね。
 確かにこの実力ならば、ジムリーダーと戦っても充分な勝負が出来るだろう。」
「ありがとうございます。」
そう言いながらチェレンは先程ツタージャを戻したのとは別の、真新しいモンスターボールへと視線を落とす。
「気にしているようだね、そのポケモンのことを。」
「……えぇ。」
少し難しい顔をしてチェレンはそのボールをバッグの中へと戻した。
教鞭を振るってくれた老人に礼を告げると、何か考え事をするように口元に手を当てながら、ポケモントレーナーズスクールを後にする。



「それじゃあ、メニティ! ゆめのけむり、お願いしてもいいかな?」
すっかり傷の治ったムンナにベルが手を合わせると、ムンナは「むぅん」と甘えたような声を出して額の穴からピンク色の煙を吐き出した。
度の強いメガネを持ち上げ、マコモが感動の涙を流す。
「あぁっ! 完璧過ぎてマコモ困っちゃう!
 ありがとうっ、ありがとう、ベルちゃん!これで長年の目標だったシンクシステムが完成するわ!」
ふわふわした煙入りのボウルを抱えて、マコモはぐるぐる回り、マコモは逆さまになりそうなくらいにのけぞる。
「あのお、その煙を使って何の研究をするんですか?」
「マコモ困っちゃう!ああしてこうして、こうなったらそうするでしょう?
 そしたらどうして…ああっ、アイディアが止まらないっ!」
小躍りしつつ階段を駆け上がっていくマコモにベルの疑問は届かなかった。
マコモの妹だというポケモン預かりシステムの管理者、ショウロはイスの背中にもたれかかり、冷めた顔でプレッツェルをポリポリとかじっている。
「今のおねーちゃんに話し掛けてもムダやでー。
 1回スイッチ入ったら、おねーちゃん倒れるまで止まらないわー。」
「それってなんか、危なくないですか?」
袋のスナックを差し出し、ショウロは小さくあくびをして
「研究家なんて、そんなもんや。」
そう言った。



同じ頃、トウヤは町外れにある公園でトウコから昨日あったことの顛末を聞いていた。
中心部にある噴水ではミジュマルが『みずでっぽう』の練習なのか、山なりの水流をミネズミに浴びせている。
「銀色のフードか……確か、カラクサタウンに現れたプラズマ団って集団も、同じ格好をしてたね。」
「やつら、ムンナを傷付けるどころかベルのポケモンにまで手ェ出してやがった。」
「なんだか怖いな……」
む、と口をつむるとトウコは平手を作り、トウヤの頭を思いっきり真横からはたき倒す。

「弱音吐いてる場合か! オマエが強くなってみんなを守るんだろ?」
「で、でも、まだボク強くないし…」
「今からでも強くなるんだ!
 ほら、ゾロアで仮想プラズマ団のバトルすっぞ!」
「ひょえぇ」と変な声をあげながら、トウヤはチョロネコに変身したゾロアに向かって『みずでっぽう』の指示を出した。
少し前までの垂直落下ほどではないが、まだまだその水が描く線は丸く、バトルで使うには心許ない。
当然のようにかわしたゾロアは、ミジュマルをからかうように頭で小突いてひっくり返すと、まるでボール遊びか何かのようにコロコロとミジュマルを転がし始めた。
「みーじゅっ! みーじゅまぁ!?」
「ああぁ……」
「「あー」じゃねえよ、このスカポンタン! こっからどうすんのか考えろ!」
「えーと、えーっと……!」
グルグル回るミジュマルを見ながら脳みそをグルグルと回し、トウヤはこの状況をどう突破するのか模索する。
そうこうしているうちにミジュマルは水草の浮かぶ池の淵まで転がされていた。
トウヤは腰の辺りでぐっと握りこぶしを作ると、少しおびえた茶色い瞳でコロコロと回されているミジュマルへと指示を出す。
「ミジュマル、『しっぽをふる』!!」
「みいぃ……じゅぅ??」
声は届いたらしく、目を回しながらもミジュマルは体を丸め、海草色の尻尾を振り回した。
出した指示は攻撃ですらなかったが、尻尾が頬に当たったゾロアは嫌そうな顔をしてミジュマルから飛び退き、距離を置く。
フラフラと起き上がるミジュマルを見守りながら、トウヤは大きく息を吸い込んだ。 それに同調するかのように、ミジュマルもうつむいたまま、深く深く空気を吸い込む。
「『みずでっぽう』!!」
「あっ!」
『みずでっぽう』が発射された瞬間、トウコはそれがトンチンカンな方向に向かっていることに気付き、声をあげた。
水の勢いは真っ直ぐだ。 真っ直ぐあさっての方向に進み、石畳の上を跳ねて通行人のズボンを濡らしてしまった。


裾の濡れたズボンをボーっと見下ろしている通行人へと、トウヤは駆け寄る。
「ご、ごめんなさい!!」
「いえいえ、お構いなく。」
フランスパンの飛び出たカゴを抱えたまま、通行人はにっこりと笑うと片手をヒラヒラと振って見せた。
どこかのレストランの店員なのか、黒のベストに蝶ネクタイというイデタチでトウヤたちのことをじっと見つめると、通行人はようやくしゃっきり立てるようになったミジュマルを愛しそうに見つめる。
「ふむ、まだ熟しきっていない爽やかなフレーバー……荒削りだが底の見えない好奇心という名のスパイス……
 ……君はトレーナーかい? いいポケモンを使っているね。」
いまだかつてない微妙な褒められ方をされ、トウヤとミジュマルは目を瞬かせる。
「えーっと……あの……?」
「これは失礼。 僕はポケモンソムリエで、このサンヨウシティジムリーダーのデント。
 こっちは、パートナーのヤナップ。」
「やっぷ!」
デントがのんびりした物言いで後ろを指すと、頭に木の生えたサルのようなポケモンが挨拶代わりに手を上げた。
「ジムリーダー……!」
「えぇ、まだ新参ですが、トレーナーの実力を測る仕事をさせていただいてます。
 僕たち、ジムと一緒にレストランもやっていまして、今は買い出しの途中だったのですが、こっちの方で元気のいいポケモンの声が聞こえたので、つい……」
「のこのことやってきて、ミジュマルの『みずでっぽう』を喰らったと。」
トウコが冷めた目で濡れたデントの足を見つめていた。
カゴを抱えなおし、デントは深々とトウヤへと向かってお辞儀をする。
「それでは、僕はジムに帰らなければいけませんので、これで。
 そうだ、1つ、アドバイスしておきましょう。
 この街のジムに挑むのなら、タイプの相性というものを、少し勉強した方がいいかもしれませんよ。」
「相性……?」
トウヤは聞いたことがあるような、ないようなそのキーワードを、山彦のように口にした。





「……たとえば、『ほのお』は『みず』でかき消され、
 『みず』は『くさ』に吸い取られ、
 『くさ』は『ほのお』に焼かれてしまう。
 そういう自然の摂理の中でポケモンだって生きている。
 だから、『ほのお』『みず』『くさ』のような自然の力をもらったタイプを持っている限り、ポケモンには得意な相手と苦手な相手が存在するんだ。
 それがタイプ相性っていうやつさ。 ……ポケモンバトルの基本中の基本だよ。」

街中で偶然再会したチェレンから説明を聞きながら、トウヤはへえ、と感心の声をあげた。
逆にチェレンは呆れた顔でメガネを持ち上げる。
「……トウヤ。 あれだけ「トウコちゃんすごい!トウコちゃんすごい!」って持ち上げておきながら、何も教えてもらっていなかったのか?」
「いやあ、トウコちゃんのやってることっていつも凄すぎて、何をやってんのかイマイチわかんなかったから……」
そばを歩いていたゾロアがイシシッ、と笑い声をあげた。
心底疲れた素振りではぁ〜っと息を吐くと、チェレンは横目でトウヤを見て低い声を出す。
「……この街のジムリーダーは挑戦者のポケモンに対して有利なポケモンを常に使ってくるらしい。
 トウヤ、ミネズミが戦えないのなら他のポケモンを探してきた方がいい。
 ……ミジュマル1匹じゃ、とてもじゃないが戦えないぞ。」
「うーん……」
そうは言われても、なかなかいい手なんて思いつかない。
遠くを見ながら歩いていると、2つ先の道向こうに見慣れた緑色のベレー帽がいた。
よく見ると、先ほどのデントと同じ服装の男と、なにやらもめている。


近くまで行くと、もめている原因がはっきりと分かる。
「あのお、あたしそろそろマコモさんのところに戻らないと……」
「マドマァゼル……キミを縛る時間など、私が止めてしまいましょう。
 この広い世界で出逢えた喜び、それは乾いた大地に一滴の水が落ちてきたような……」
ピリピリとした殺気で、トウヤは肌が痛かった。
逃げ出さないよう、しっかりとミネズミを抱える。
肩に触れようと男がベルへと手を伸ばすと、血管の浮き出たチェレンの手が、その手首をしっかりと掴んだ。
「……うちのベルに、何か。」
「おや……これは失礼。」
男はホールドアップの姿勢でベルから離れると、青いサルのようなポケモンが抱えていたワインを受け取り、ベルに向かって深々と頭を下げた。
「それではマドマァゼル……今度はポケモンジムで。」
「あ、はい……」
気の抜けた顔で手を振るベルを少し睨むと、チェレンはひらひらと揺れる手首を自分の方へ引き寄せた。
「……まったく、君は……! 知らない人間に不用意に近づくんじゃないと何度言ったら……!」
「チェレン、お父さんみたい。」
長くなりそうな話に付き合っていられないので、トウヤは先にマコモの研究室へと向かう。
さほど気にしていない様子でまつげを動かすと、ベルは帽子に手をあてた。

「あの人ねえ、ジムリーダーなんだって。
 ポケモンとの付き合い方とか、タイプのこととか、色々教えてくれたよ!」
はぁ、とため息をつき、チェレンはベルから手を離した。
「……ベル。」
「なあに?」
「……もういい、何でもない。」
ベルから顔を背け、チェレンは体をポケモンセンターの方へと向ける。
帽子を顔の方へと引き寄せると、ベルはちょっとだけうつむいていた顔を上げた。
「チェレン。」
「……。」
「あたしね、強くなりたいの。」
チェレンが顔だけベルの方へと向けると、鼻の頭がちょっぴり赤くなっている。
「ムンナがいじめられてたとき、あたしなんにも出来なかったから。
 あたし、いっつも助けられてばっかだから……ちょっとでも強くなって、ジムで戦えるくらい強くなったら……何か変わるかなって。」
「……それで。」
「うん。」
マコモさんのところに戻るね、と、ベルはチェレンに手を振った。
雑踏だけが残った裏通りで、チェレンは本当に少しだけ、眉と眉の間にシワを寄せた。
「……行こう、トレバ。」
アララギ博士からもらったツタージャに呼びかけ、行き先の変更を告げる。
ポケットに入ったチェレンの手には、爪が突き刺さっていた。



ランチタイムの頃、サンヨウシティのレストランは人という人でごった返し目も回る忙しさだ。
カリッと焼き上げられたバター香るムニエルには太陽で黄金色に輝いたノメルの果汁が滴り落ち、とろとろのポタージュにあたたかなパンを浸して食べる人の姿も見受けられる。
恋人たちが赤いグラスで乾杯するチン、という音に、チェレンは呆れたような、不快そうな、難しい顔をして立ち止まった。
外に並んだ客を捌くため勢いよく扉を開いたポッドは、少し離れたところで物乞いのように扉を見続けているチェレンに気付くと眉を上げ、お客そっちのけで走りよってくる。
「うおおー! 逃げずにやってきたな! さっそく勝負だ、ルールは……」
「……ポッド。」
入り口から制す、先ほどベルを口説いていた男の言葉に、赤い髪のポッドは止まる。
「お客様をお待たせするギャルソンは美しくありませんよ。
 チハル、ポッドの代わりに3名様をお通しして。
 ……ミキヤ、フルコースのお客様だ。 丁重におもてなしをお願いしますよ。」

並んでいた客と一緒にレストランの中へ通され、チェレンは純白のテーブルクロスの敷かれた席に半ば強引につかされる。
「かーっ! コーンは頭が硬てぇんだよ!!
 形式だなんだとか言ってねぇで、さっさとバトルさせろっつーの!!」
じだんだを踏んでいるポッドをよそに、なんだかボーっとした顔の緑髪の男が優雅に紅茶を注いでいた。
忙しそうにウエイター、ウエイトレスが走り回り、次第に席の配置が変わってくる。
バトルフィールド1つ分の空間が出来上がったとき、先ほどミキヤと呼ばれたウエイターがチェレンの前に立ち、深々と頭を下げる。
「お待たせいたしました。
 サンヨウシティポケモンジム、本日の1人目はこのミキヤでございます。」
食事をしていた人たちの視線が一斉にチェレンへと向く。
器用にも縦にしたトレーの上でモンスターボールを転がすと、ミキヤと名乗るウエイターはチェレンから少し距離をとり、殺気を放った。
青い髪のコーンが審判席の横に立ち、声も高らかに宣言する。
「それでは、存分に味わっていただきましょう。
 サンヨウジム名物、トレーナーのフルコースを!」


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