「ミジュマル、『みずでっぽう』!」
壁に描かれたマトを目掛け、ミジュマルは山なりの軌道で水を吐き出した。
弧になって飛んでいった水は丸く描かれたマトのかなり下の方に命中し、たらたらとコンクリートの地面にしたたり落ちる。
小さな水たまりを見つめながら、トウヤは帽子のつばを上げてうーんと考え込んだ。
「ミジュマル、もう1回マトに向かって『みずでっぽう』だ。」
放たれた水は同じような軌道でマトの下の方に落ちる。
ますます難しい顔をすると、トウヤは帽子を脱ぎ、前髪を指先で弾いてふぅ、と、息を吐いた。

「公園で練習してたときはまっすぐ飛んだんだけどなぁ……」
「みじゅ…」
腕を組んで頭をひねって原因を考える。
すぐに考えつくはずもなく、トウヤは「よし」と気持ちを切り替えて、マトに向かってまっすぐに指を差した。
「もう1回やってみよう! ミジュマル『みずでっぽう』!」
うむ、とうなずくとミジュマルは軌道修正しようとかなり高い方向に向かって水を発射する。
噴水のように高く高く上がった水の流れを口を開いたまま見上げていると、落ちてきた水はマトにした壁を飛び越え、通りかかったデントの頭に直撃。
まるで雨にでも降られたかのように空に手の平を向けるデントにトウヤは慌てて駆け寄った。
「うわわわわ、ごめんなさいごめんなさいゴメンナサイ!!」
駆け寄ったトウヤと晴れ渡った空を見比べて「あぁ」とデントは何かに納得した。



「またお会いしましたね。」
「いや、それよりもびしょ濡れで……!」
「何かお困りのようですが?」
困ってるのはそっちだろうと心の中で言い返すが、自分のことなど、まるで気にする様子もなくデントは壁を乗り越え、トウヤのミジュマルへと視線を向ける。
「えーと、この子でしょうか?」
「あの、いいんですか? 服……」
「え? ああ、気にしませんよ。
 それより、一体何を困っているのですか?」
ミジュマルのヒゲで遊ぶデントの横に座り込んでトウヤはふぅ、と小さなため息を1つつく。
「実は……ミジュマルの『みずでっぽう』が全然まっすぐ飛ばなくて……」
「そうですか、『みずでっぽう』が。」
「ミネズミが戦えないから、今はミジュマルが頑張るしかないのに……」


「……ヤナップ。」
デントがモンスターボールを投げると、緑色の頭に木の生えたサルのようなポケモンが人間2人に向かって敬礼する。
トウヤが描いたマトを指差し、パチリと柔らかくウインクしてデントは呼び出したヤナップに指示を出した。
「ヤナップ、『タネマシンガン』。」
「やっぷ!」
ヤナップはマトの方へと向き直り、ぽんぽんぽん、と、口から小さなタネのようなものを吐き出した。
ミジュマルほどのヘロヘロでもないが、飛び出したタネはゆるい弧を描いてマトの真ん中へと命中する。
それを見てうん、と、声をあげてうなずくと、デントはトウヤへと1度視線を移した。
「トウヤ君、オモチャの水鉄砲で遊んだことはありますか?」
「あ、はい……」
「原理は知っている?」
え、とトウヤが声をあげるのと同時に、デントはヤナップへと指を向ける。
ヤナップが大きく息を吸い込んだタイミングを見計らい、デントはもう1度同じ技の指示を出した。
「ヤナップ、『タネマシンガン』!」
「やっぷ!」
吐き出されたタネたちは、今度は勢いよくマトへとぶつかり、トウヤの描いた丸ごと壁を削り取った。
驚きで目を丸くしているトウヤに、ヤナップがちょっと得意げに敬礼のポーズを向ける。

しばらく時間を置いてから、トウヤは立ち上がり、ミジュマルへと視線を向けた。
「ミジュマル、えーっと……深呼吸!」
「み、みじゅ……?」
少し戸惑いながら、ミジュマルはぷぅっと息を吐いて、それから大きく吸い込んだ。
元からふかふかな腹がぽっこり膨れたタイミングを見計らい、トウヤは力を入れて次の指示を出す。
「……『みずでっぽう』!!」
「みじゅっ!」
まっすぐ発射された『みずでっぽう』がマトの真ん中に当たって弾け飛ぶ。
「おぉ」と関心するトウヤの声に混じって、遅めの拍手の音が夢の跡地にゆるやかに響いていた。


「後はタイミング次第です。 これは『みずでっぽう』だけでなく、いろんな技に応用出来ますからね。」
「ありがとうございます、デントさん!」
いえいえ、と手を振ってデントは立ち上がった。
帰ろうとする素振りに気付き、ヤナップがデントの足元まで走ってトウヤたちに手を振るが、「あ」という声をあげてデントは再びトウヤのもとへと歩み寄る。
「あの、もしトウヤ君がサンヨウジムに挑戦するのでしたら、相手するのはこの僕になると思います。
 だけど、今教えた方法だけでは、タイプの相性は覆せない……君のミジュマルは、僕のヤナップには勝てません。
 強くなる方法は1つじゃありません。 色々……考えてみてください。」
少しうつむくと、デントはにっこりと笑って手を振り、今度こそサンヨウジムへの帰路を歩き出した。
曇っていたトウヤの表情がほんの少しだけ晴れる。
張り切ってホタチを構えているミジュマルへと向き直ると、トウヤは両手に握りこぶしを作った。
「それじゃあ、今のテクニックの練習から始めよう!
 最初の目標は、ジムリーダーのデントさんだ!」





「ええとお、あたし、ジムに挑戦したくって〜……」
膨れたバッグを体の前に抱えたまま、そう言い放ったベルにサンヨウジムの面々は凍りついた。
今まさに、チェレンが挑戦したバトルの片づけを始めたばかりだ。
ポケモンの回復すら終わっておらず、代表として出迎えたコーンもさすがに苦笑いでごまかすしかない。
「マドマアゼル……非常に心苦しいことではあるのですが、今、ジムはバトルが出来る状態では……」
「「なんでもやってみなきゃ始まんねー!」って、トウコちゃんがよく言ってました!」
「トウコ様が……」
「あたし、バトルがしたいんです!」
ずいっと顔を突き出して、ベルはコーンのことを睨む。
今までとは違う、トレーナーの顔をして考え込むと、コーンは姿勢をまっすぐにし、ベルに向かって一礼した。
「……わかりました。 私がお相手いたしましょう。
 今、ジムは使えない状態となっておりますので、ストリート中央のバトル広場で試合を行わせていただきます。
 マドマアゼル、今、ポケモンを用意して参りますので、少々お待ちいただけますか?」
「はい!」

初めてのジムバトルに少しワクワクしながらベルが待っていると、奥の方でポッドと何か一言二言話し、コーンが戻ってきた。
ジムリーダーってどんなポケモンを使うんだろう、とか、上手く戦えるかな、とか、ベルにだって色々考えていたことはある。
だが、戻ってきたコーンの顔を見た途端、ベルののん気な考えなど、どこかへと飛んでいってしまった。
「……こちらです。」
「は、はい……」
2つのモンスターボールを携え、コーンはベルを街の中央にある広場へと先導する。
「ルールはシングルバトル。 こちらのポケモン2体を倒せばあなたの勝ちです。
 ポケモンの数、交代、道具の使用、いずれも制限はありません。 よろしいですか?」
「はい……」
頬を叩いてベルは気合を入れ直す。 気迫負けしている場合じゃない。
「では、参ります。 華麗に舞え、僕のヨーテリー!!」


「ソバカ君、出番だよっ!!」
ヨーテリーとヨーテリー、全く同じ種類のポケモンがバトルフィールドの中央で睨み合った。
毛むくじゃらのポケモン同士、毛を逆立てて威嚇しあうとトレーナーの視線が動く。
「ソバカ、『たいあたり』!」
先に飛び出したベルのヨーテリーをじっと見据え、コーンは水の上を撫でるように自分のポケモンへと手を向ける。
足を踏みしめベルの攻撃を受け止め切ると、コーンのヨーテリーは埋もれそうな長い毛の下からソバカを睨んだ。
びくり、とソバカが身震いし、1歩後ずさる。
「『ふるいたてる』!!」
小さな体に似合わない低い声が響き、ベルのソバカがヨーテリーから飛び退いた。
知らない技の名前に、ベルは目を瞬かせる。
ポケモン図鑑を握り締めながらソバカやバトルフィールドに何か異変がないか確認するが、特にこれといって攻撃を受けた様子も見られない。
攻撃を外したんだ。 ベルはそう自分の中で結論付けた。
気を取り直してコーンのヨーテリーを睨むようにすると、ベルは次の技の名前を口にする。
「ソバカ、もう1回『たいあたり』!!」
「ヨーテリー、こちらも『たいあたり』です!」
ベルのソバカが走り出したタイミングを見計らい、コーンのヨーテリーが動き出す。
技と技がぶつかり合い、吹き飛ばされたのはソバカの方だった。
地面に打ち付けられ、赤と白のモンスターボールへと姿を変える。
言葉も出ず、コロコロと転がったボールを拾うベルへと向かって、コーンはすっと2本の指を立てて見せる。

「マドマアゼル・ベル、あなたの失敗は2つ。
 1つは、私が同じポケモンを使ったからといって、レベルまで同じだと考えてしまったこと。
 1つは、恐らく……ですが、あなたが『ふるいたてる』の効果を知らないまま、自分のポケモンを攻撃させてしまったこと。
 『ふるいたてる』は自らの攻撃力を高める技です。 放ったまま戦えば、致命的なダメージを受けるのは必至……」
唇を噛み締め、ベルはヨーテリーの入ったモンスターボールを握り締める。
その様子を少し哀れむような目で見つめると、コーンはベルに向かい、深く頭を下げた。
「……そしてマドマアゼル、私はジムリーダーです。
 バトルになれば、たとえ相手があなたのような麗しい女性であったとしても、手を抜くことは許されません。」
「ううん。 それでいい……それでいいんです。」
緑のベレー帽をぎゅっと握り、ベルはソバカのボールをバッグの中へと戻した。
代わりのボールを地面へと放ると、赤い四つ足のポケモン、ポカブが尻尾をピンと立てる。


鼻の先から炎を噴き出すポカブを見て、コーンは少し悲しそうな顔をした。
袖元からヨーテリーのものとは違うモンスターボールを取り出すと、戦いの姿勢を崩さないヨーテリーをボールへと戻し、もう1つのボールをそっと地面へと落とす。
中から出てきたのは、以前コーンと出会ったとき、彼と一緒にいた青いサルだった。
「……お先にどうぞ。」
優しい声でコーンに攻撃を促され、ベルは少しムッとする。 そりゃ、ジムリーダーに比べればはるかに弱いことは否定出来ないが。

「フィレ君、『ひのこ』!!」
大きく息を吸い込んでポカブは青いサルに向かって炎の粒を吹き付ける。
だが、ベルのポカブ最大の技をコーンのポケモンは避ける様子もなく全て正面から受け止めた。
「あれ、もしかして……全然効いてない?」
「その通りです、マドマアゼル。 炎タイプの技は、水タイプのヒヤップには効かない。」
ヒヤップと呼ばれたコーンのポケモンが、頭のフサをポカブへと向ける。
嫌な予感がしたが、「避けろ」と叫ぶ暇すらなかった。
コーンの指示の手が伸び、ポカブへと向けられる。
「ヒヤップ、『みずでっぽう』!」
ヒヤップの頭のフサから水流が発せられ、オロオロしているポカブの鼻先にぶつかった。
それほど強い攻撃にも見えなかったが、ポカブは甲高い悲鳴をあげ、煙のような黒い鼻息を上げて走り回る。
「フィレ君!?」
「マドマアゼル、あなた、相性というものを甘く見ていましたね。
 水をかけられれば炎は消える……それが自然の摂理というものです。」
そんなこと、言われなくたって分かってる。 そう言いたくてもベルは言えなかった。
黒い煙を噴きながら苦しそうにうずくまるフィレを見ると、ベルはポカブとヒヤップの間に立ち、手のひらに爪を突きたてて口を開いた。



「……降参…………します。」
うずくまっていたポカブが驚いた顔をしてベルを見上げる。
少しだけ眉を持ち上げるとコーンはヒヤップにバトルの終了を告げ、握り締めたベルの手を取り、柔らかく開かせた。
「かしこまりました。 それでは、この地点をもってサンヨウジムのジムバトルを終了させていただきます。
 悲しまないでください、マドマアゼル。 1度挑んだ結果がダメだったとしても、強くなってまた、やり直せばいいだけのことなのです。」
「はい……」
「ジムはいつでも開けております。 私は……あなたの挑戦をお待ちしておりますので。」
髪の隙間から優しい視線を向けると、コーンはベルの手の甲にキスを1つ落として深く礼をした。
ヒヤップを連れて帰っていくジムリーダーの背中を黙って見送ると、ベルはぷかぷかと鼻から黒い煙を出すポカブを持ち上げ、強く頬を擦り付ける。

「ごめんね……」
「ぷぎ?」
いつもと違う主人の様子にポカブは長い耳をぱたりと動かした。
フィレを強く抱きしめたまま、ベルはポケモンセンターへの道を急ぐ。
「……泣かないもん。」
噛み締めた唇がチクチクと痛む。
つんとしみる鼻先に力を入れ、ベルは行き先へと向かう歩調を、少し速めた。


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