「チェレンー、バトルしよー!!」
「チェレンおにぃちゃーん、ポケモンおしえてー!」
「ちぇれー、ヨーがしーしたー。」
「あー、もーッ! 1度に言うな1度に!!」
3番道路で、チェレンは足止めを食っていた。
突然の雨降りに軒先を借りようと立ち寄った保育園で、まさかの園児たちからの総攻撃。
遊ぶことに200%全力投球な園児たちの前では保育士の手も回らず、ツタージャに手伝わせ、チョロネコに手伝わせ、チェレンも一緒になって手伝ってもまだまだまだまだ手が足りない。
そして……どたどたと近づいてくる足音に、チェレンは怒りのこもった目をして振り返った。
「チェレンー! ポケモンバトルでミジュマルがヤケドしたー!」
「なんで、キミまで僕に助けを求めるんだ!?」
ミジュマルを抱え、半泣きで駆け寄ってくるトウヤをチェレンは怒鳴りつける。 驚いて泣き出した幼児をあやすツタージャに申し訳ないと思いながら。
先に出発したにも関わらず追いつかれた自分が悪いのか、「手伝え」と言ったにも関わらず園児と同等に成り下がってしまうトウヤが悪いのか。
頭を抱えながらチェレンは『やけどなおし』をトウヤに投げ、チョロネコをバトルの相手に向かわせ、泣いた子を背負いながら床に広がったヨーテリーのしーを片付ける。

ミジュマルの背中に『やけどなおし』を吹きつけながら、トウヤはそんなチェレンを見て関心していた。
ぶっちゃけ本業の保育士さんより働いてるし。
しーを拭きながらも無尽蔵に湧き出てくる子供の疑問に答える姿など、涙なしで見ることなどできない。
たまらず顔を背けたトウヤは、窓の外で千切れんばかりに手を振るベルの姿を見つける。
言おうかどうか迷っているうちに、ガタンと椅子の倒れる音がしてチェレンが逃げ出した。 多分、おそらく、『知らぬが仏』というやつだ。



「やーっと追いついたあ! 見て見て、あたしもトライバッジゲットしたんだよ!」
この状況もどの状況も関係なく、ベルは嬉々として園内に上がりこむと、バッジケースをトウヤに向かって突きつけた。
半分以上の園児たちがチェレンにくっついていってしまった今では、トウヤはそれを見ても「あぁ、うん、そうだね」としか返せなかった。
正直、チェレンが不憫でならない。 せめて彼が逃げていったことはバレませんようにと祈ってもみるが、そんな都合のいい神様なんてトウヤの周りにはいなかった。
「そーいえばチェレンは? さっきトウヤの後ろにいたよね。」
「あぁ……うん……。 午前中、雨降ってきただろ?
 雨宿りさせてもらおうと思ったら、先にチェレンがいたんだよ。 ボクもさっき会ったばかり。」
本当は昼をまたいで結構な時間一緒にいたのだが、トウヤはちょっぴり嘘をついた。
さっきまでしーの片付けをしていたなんて、口が裂けても言えない。 知らぬ存ぜぬを通そうと決めたトウヤをよそに、ベルはぐるっと教室の中を見渡すとちょっと照れたように笑った。
「こーいうところにいると、チェレンってなんだかお母さんみたいだよね。」
「そ、そう……?」
トウヤのこめかみから、冷や汗がたらりと流れる。
「うん、みんな一緒だった頃って、トウコちゃんがパパでチェレンがママって感じだったし。」
普通逆じゃないのかとも思ったが、否定しようがないくらいその通りだったのでトウヤはうなずくしかなかった。
ヤブヘビにならぬよう口を瞑ってミジュマルを抱き潰していると、ベルは上を向いて唇に指を当てたあと、急に手をたたき合わせてトウヤに人差し指を向けた。
「わかったあ! 雨宿りでここの保育園にお世話になって、それで恩返ししてる最中だから、雨がやんでも2人ともここにいるんでしょ!」
「うん……」
「そうと分かったら、あたしも恩返ししなくっちゃ!
 トウヤもチェレンも、家族みたいに大事なあたしの幼なじみだからね!」
ヤブをつつかなくても、勝手にヘビは飛び出してきた。
嬉々として奥へと向かっていくベルを止めることもできず、トウヤは心の中でチェレンに土下座する。
クッキーの焼けるいい匂いがした。 こんなときなのに、おなかが鳴った。



「……まったく、キミは。」
チェレンのお小言が始まった。 お礼代わりに振舞われたクッキーをトウヤはポリポリとかじる。
「サンヨウシティを出たばかりだというのに、回復薬の1つも持ってこなかったのか?
 たまたまこういう場所でのバトルだからよかったようなものの、野生のポケモンとバトル中に同じことになったらどうするつもりだったんだ?」
「チェレンがいてよかったねえ、トウヤ。」
そういう問題じゃない、とトウヤとチェレンは心の中で突っ込んだ。
深く考えずミジュマルを炎技に当ててしまったことは事実だが、トウヤははて、と宙に視線をさ迷わせる。
「あれ、だけどサンヨウのポケモンセンターに『やけどなおし』って売ってなかったような……?
 チェレン、さっきの『やけどなおし』どこで買ったの?」
「……ポケモンセンターの商品は、持っているバッジの数で変わるんだ。
 トウヤ、新聞読まなかったのか?」
「マンガとテレビ欄くらいしか……」
「あたし、『ミジュマルくん』好きー!」
はぁ〜とチェレンは深ぁくため息をついた。
「……昔、トレーナーでない人たちが『どくけし』や『やけどなおし』などの回復薬を買いあさってパニックになったことがあるんだ。
 その事件と、元々地方ごとに品揃えに差があったこともあって、ポケモンセンターで販売する品物を統一し、トレーナーの持つバッジの所持数を基準に販売する商品を決めることになったんだ。」
「ふわー、チェレンはなんでも知ってるねえ。」
「……3日くらい『ポケモンタイムス』の1面になってたんだけど。」
頭を抱えるようにしながら、チェレンは自分のバッグからオレンジと黄色のスプレーのようなものを取り出した。
「……まあ、いいや。 とにかく、2人とも『どくけし』と『まひなおし』は持っておきなよ。
 この近くにいるポケモンの分布を考えたら、次の街くらいまでならそれで持つはずさ。」
「ありがとう、チェレン。」
「……ああそうだ。 ついでにトレーナーズスクールでたくさんもらったから、これも……」



「はー、やっとひと段落ついた! ほんっと子供ってパワフルね!」
ガラガラと引き戸が開き、トウヤたちを園に招き入れた保育士が肩を回しながら職員室へと戻ってきた。
チェレンは渡すタイミングを失った手を机の上へと戻し、左手でメガネを直す。
「お疲れ様でした。」
「いえいえ、こちらこそ! 園児たちの相手させちゃって悪かったわね!
 こんなことくらいでしかお礼できないけど、お菓子だけはいっぱいあるから遠慮せず食べてってね!」
保育士らしいニコニコした笑顔で応じると、彼女はポッドから熱いコーヒーを注いで口をつけた。
ベルは不器用に飾り付けられた園内に目を向けると、えへへ、と笑ってカップの縁に指を這わせる。
「なんかステキですね、子供とポケモンが一緒にいる保育園って。
 あたしもこういうとこにきたかったなあ!」
「サンヨウのジムリーダーたちが、月に何回か指導しに来てくださるのよ。
 園にいるポケモンも、彼らから預かっているの。
 まだ実験段階だけど、私のおじいちゃんたちが育て屋をやってることもあって結構保護者の方からも好評なのよ。」
「へー、ジムリーダーってバトルするだけじゃないんだぁ。」
関心するベルの隣で、トウヤはカフェオレを飲み干す。
クマシュンの絵が描かれたマグカップを机に置くと、保育士は自分の顔を軽く2度叩いた。

「さーて、休憩終わり! アキホ先生にだけ押し付けるわけにもいかないし、私も……」
言いかけたところでトウヤが立ち上がり、カタカタと鳴る引き戸に視線を合わせる。
「え、なに?」
「ボクが出ます。」
椅子をひっくり返すような勢いで飛び出すと、トウヤは職員室の引き戸に手をかけた。
途端、滑り込むように茶色いポケモンが飛び込んできて、トウヤの襟元にしがみつく。
「ミネズミ!?」
「トウヤが恋しくなって戻ってきたのかな?」
「違うよ。 ……おびえてるんだ。」
なだめるようにぎゅっと強く抱いたトウヤを見て、チェレンも椅子から立ち上がる。
「……尋常じゃないな。」
「ボク、ミジュマルたちの様子を見に行ってくるよ。」
「あ、あたしも!」
「ベルと先生は子供たちの様子を! 単独行動は危険だ、僕がトウヤについていく。」
先に飛び出していったトウヤを追いかけながら、チェレンはベルに向かって叫ぶ。
ふくれたベルを置いて走ると、ほんの数歩で状況は見えた。
泥を跳ね上げながら遠ざかっていく、ポケモンを載せたトラック。 最後部で暴れているミジュマルに手を伸ばすトウヤに、ツルを届かせようとするツタージャ。
だが、どちらも1メートル届かずトラックはトウヤたちの目の前から走り去っていった。


「くそっ……!」
足がもつれ、泥のついたひざをトウヤは力いっぱい叩く。
息を切らしながら追いついたチェレンが肩を叩くと、トウヤはそれを振り払った。
「落ち着け、トウヤ!」
「でも、ミジュマルが……!!」
「まだ追いかけられる!」
チェレンは力任せにトウヤを自分の方へと向かせ、足元から伸びている車のわだちに視線を向けさせた。
一瞬揺らいだ瞳が力を持ち、トウヤは抱えていたミネズミを泥だらけの地面に置くとチェレンへと顔を向ける。
「行こう、チェレン!」
「あぁ……!」





逆さまの状態で網にからまったまま、ミジュマルはバカ笑いするプラズマ団たちを睨んでいた。
「ナーッハッハッハ、プラーズマー!! いやぁー、いいことした後は気持ちいいなぁ!」
「まったくだ、あんなオシメも取れないガキどもじゃ、こんないいポケモン、使いこなせるわけがない!」
ミジュマルの隣では先ほどまで一緒にバトルしていたヒヤップとヤナップが網にかじりついている。
ミジュマルもなんとかしてホタチで網を切ろうとしたが、ホタチどころか両手も両脚も暴れているうちにがっちり網に絡まってしまって身動き1つとることが出来ない。
ぎっちりとはまってしまった手足を抜け出そうと力をこめると、額をぴしりと細いものが叩く。
足元を見上げると、チェレンのツタージャがツルを片方だけ出しながら睨むようにミジュマルを見つめていた。
冷静になってみると、背中の方でカリカリとなにかをかじる音がするのに気付く。
「しっ」と、聞き覚えのある声が聞こえた。 いつもおびえたような顔ばかりする彼が、今は頼もしく思える。

「……思ったより早く見つかったな。」
「早いに越したことはないよ。 早く網を切ってあげないと、ミジュマルがのぼせそうだ。」
カチリと歯と歯がぶつかる音が聞こえ、ミジュマルの背中が冷たいトラックの荷台に着く。
ミジュマルの手足はまだ網に絡まったままだったが、他のポケモンが抜け出す隙間は作れたようだ。
ヤナップバオップヒヤップ、それにチェレンのツタージャがミジュマルの尻尾を踏んで外に脱出する。
「……ミジュマルは?」
「ダメだ、すんごいこんがらがってる。 これじゃ網ごと切らないと……」
「だったら、早く切れよ。 網ごとは持って帰れないぞ。」
「わかってる……ミネズミ!」



「誰だ!?」

洞窟の中に強く響いた声に、臆病者のミネズミが体を痙攣させた。
他のポケモンたちが逃げ出した今、ミジュマル1匹残してトウヤが逃げるわけにもいかない。
気絶しそうなミネズミの背中に手を置くと、トウヤは走ってトラックとプラズマ団の間に立った。
寒いくらいの気温なのに汗は出るし、そのくせ奥歯はカチカチと鳴る。
「トウヤ!」
「……ボ、ボク……は、このミジュマルの、トレーナー……だ!」
「あ?」と不機嫌そうな声をあげて、銀色フードの男はトラックへと近づいてくる。
「ボーヤ。 お前ポケモントレーナーだったら、ちょっとはポケモンのこと考えんだろ?
 クソせっまいボールに閉じ込めて、ポケモンバトルなんてご立派な名前つけてバトルでこきつかって、傷つけて、ポケモンが可哀相だとは思わねえか?」
「……ボウヤじゃないっ、ボクはトウヤだ!!」
自分でも訳のわからない叫び方をしたら何かがふっきれて、トウヤは両手を広げ、しっかりとプラズマ団の前に立ちはだかった。
理解できない、といった顔をして、プラズマ団がトウヤの方へ1歩近づいたとき、空気を切り裂く音とともに銀色のフードが耳の辺りで真っ二つに裂けた。
やれやれとため息をつきつつ、チェレンが隠れていたトラックの陰からトウヤたちの方へと顔をのぞかせる。
「……力じゃ敵わないって分かってる子供のトレーナーが、勇気を振り絞ってポケモンを守るために立ちはだかってるっていうのに、そんなトレーナーのポケモンが可哀相なわけないよね? 普通。」
「まぁーお」と、チェレンのチョロネコが低いうなり声をあげる。
「チェレン……!」
「……こっちは任せて。 キミは早くミジュマルを。」
チェレンに強くうなずき、トウヤはトラックの荷台に飛び乗った。
ミジュマルの方を見ると、もう既に網の1箇所が切れ、左手だけは自由に動かせるようになっている。
その手になだめなれながら、ミネズミは必死で残りの網目に歯をかけている。
2匹に覆いかぶさるようにして、トウヤはミジュマルを縛る残りの網目を探した。
左足と右手は切らなくても外せそうだ。 今切っているところが終われば頭も出せるし、残りは血が止まりそうなほど絡まっている右足だけ。
「ミネズミ、頑張って! 後ろはチェレンが戦ってくれてるから、大丈夫!」
背中を預けるのがチェレンでよかったと、心底そう思いながらトウヤはミジュマルの左足にかかる網目に手をかけた。
ミネズミの鼻先が乾いている。 もう緊張が限界に近いのだということは、トウヤにもわかっている。

後ろの方で、技と技がぶつかる乾いた音が響き渡った。


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