翌日、キダチから連絡を受けジムで待ち構えていたアロエは重い扉が音をあげるのを見て、お、と眉をあげた。
赤い帽子を被り、真新しいモンスターボールを手に入ってきたトウヤには、昨日のような寝不足のクマも迷いの表情も貼り付いてはいない。
昨日と同じように毛むくじゃらのハーデリアをバトルフィールドへ送り出すと、アロエは腰に手をあてた。
「よく眠れたみたいだね。」
「はい、おかげさまで!」
元気良く返事をし、トウヤは帽子のツバをちょっと上げてから肩をぐるぐると回す。
よし、とトウヤが小さくつぶやくと、待ち構えるアロエの視線が強くなった。
ぎゅっと強くモンスターボールを握り締め、大きく振りかぶってそれを投げる。 ボールが地面を1度跳ねると、小さなポケモンが中から飛び出した。


「オタマロさん!」
「ハーデリア!」
トウヤが繰り出してきたポケモンには、アロエも少し驚いた。
昨日散々探しても見つからなかったあのオタマロだ。 アロエが探しても見つからなかったものを一晩のうちに探し出し、ジム戦に出せるほどに育ててくるとは。
だが、驚いてばかりもいられない。 アロエが合図するとハーデリアは鋭く吠え、低く構えてオタマロを睨み付けた。 地面を跳ねるオタマロがビクッと驚いたタイミングを見計らい、ジムリーダーは最初の指示を出す。
「ハーデリア、『とっしん』!!」
バウッと鳴き声をあげ、犬のようなポケモンは地面を蹴ってオタマロに向かい走り出す。
額と額がぶつかるとオタマロは昨日ミジュマルが攻撃したときのように弾かれる。
だが、落ちた先は本棚ではなくバトルフィールドの上だった。 尻尾を使ってくるくると回転するとオタマロは天地を取り戻し自分の戦闘態勢を整える。
「オタマロさん! 『ちょうおんぱ』!!」
耳を塞ぎ、トウヤは技の名前を叫んだ。 顔をしかめ身構えるトレーナーをよそにオタマロは細かく耳を振動させヒトには聞こえない音波を発する。
ハーデリアが混乱したのかしてないか、トウヤにもアロエにも判断がつかなかった。
眉を潜め目に力をいれると、アロエがオタマロを指し示す。
指示もなく走り出したハーデリアの一撃を止めたのは、トウヤが交代させたミジュマルのホタチだった。

押し込まれそうなハーデリアの攻撃を、ミジュマルは全身から溢れる気合いで押し返す。
1度距離をとったハーデリアを見て、トウヤはオタマロのボールを戻しながら難しい顔をした。
「『ちょうおんぱ』は外れたのか……しょうがないね、距離もあったし。
 ……よし、ミジュマル行くよッ、『シェルブレード』!!」
「みじゅっ!」と力強い返事をするとミジュマルは取り出したホタチを振り上げ、まっすぐに走り出した。
飛び上がって攻撃するが、小さな一撃はハーデリアの黒い毛並みに守られ、思うようにダメージは与えられていない。
「『かみつく』んだ、ハーデリア!!」
ハーデリアの反撃はすぐにやってきた。 降り立ったばかりの不安定な足場を狙い、容赦のない攻撃が繰り出される。
倒れそうになる足をなんとか支え、ミジュマルはホタチを振り回す。
丸い貝殻のようなそれがハーデリアの顔をかすめると、攻撃姿勢にあったハーデリアはヒンッと声をあげミジュマルから距離をとった。
すぐさまトウヤは相手へと指を向ける。 少し頼るようなミジュマルの視線が、トウヤの手元へと向けられた。
「ミジュマル、構えて!」
「みじゅっ!」
トウヤが叫ぶとミジュマルはホタチを体の陰に隠し、足元をしっかりと踏みしめてハーデリアを睨んだ。
「1、2、3……」
謎のカウントにアロエの目が少し見開いた。
ミジュマルとトウヤが同時に「ふっ」と息を吐く。 その瞬間、ミジュマルの手元から透明な水が湧き上がった。

「『シェルブレード』!!」

繰り出された水の刃はミジュマルの手元から大きく伸び、動揺するハーデリアの胴をしっかりと捕らえた。
針金のような体毛が落ち、逃げようとした足がもつれハーデリアは派手に転倒する。
そのまま赤と白のモンスターボールへと戻ったハーデリアを取り上げると、アロエは「やるね。」とトウヤを賞賛した。
2体目の……最後のポケモンが入ったモンスターボールを手にし、アロエはぐっと腕に力を込めた。
母親の太い腕から放たれたボールは、空中で光を放つと2つに割れた。
相手のポケモンを見てトウヤは少しだけ驚いた。
決して珍しいポケモンではないが、アロエが最後に繰り出したポケモンは、トウヤも持っているけいかいポケモン、ミルホッグだ。



「どんな状況でも勝つ手段を探るのさ! それが一流のトレーナーってもんだよ。」
手元に戻ってきたハーデリアのモンスターボールをポケットへと入れ、アロエはよく通る低い声を張り上げた。
毛を逆立てて威嚇するミルホッグを見て、トウヤとミジュマルは目と目で合図を交わす。
続投の姿勢でミジュマルがホタチを構えると、アロエの口元が薄く歪んだ。
ミルホッグの目つきが変わる。 ミジュマルがホタチを構え直そうとしたとき、既にその技は放たれていた。
「ミルホッグ、『かたきうち』!!」
飛び出していったミルホッグは、防御したミジュマルのホタチごとフィールドへと叩きつけた。
桁外れの威力に、トウヤは目を見開かせる。
受けたダメージに耐え切れずモンスターボールに戻ったミジュマルが、コロコロと足元に転がってきた。

床に開いた穴を目の前にすると、トウヤは落ちたモンスターボールを拾い上げることも出来なかった。
フィールドの上で、ホタチが2つに割れて落ちていた。 ヤナップの『タネマシンガン』にさえ受け切ったホタチだったのに。
「驚いてるみたいだね。
 『かたきうち』は味方が倒された直後に使うと、その威力が桁外れに跳ね上がるんだよ。
 愛があれば出来ないことはないってことさ。 ……あんたの愛は、どうなんだい?」
少し笑った試すような目で見られ、トウヤは自分の唇を強く噛む。
知らない技だったとはいえ、自分の責任だ。 チェレンのように先によく調べていれば、あるいはベルのように体力の減ったミジュマルをもっと気遣っていれば、もしかしたら防げたかもしれないのに。
ぶるぶると首を振ると、トウヤは自分のおなかに力を入れ、ミジュマルのボールを拾い上げる。
それをバッグの中に戻すと、残る2つのモンスターボールを右と左の手にそれぞれ持ち、見比べる。
しばらく考えるようにしたあと、トウヤは右の手に持ったモンスターボールを力いっぱい放り投げた。
中から出てきたポケモンを見て、アロエは「ほぅ」と小さく声をあげる。


「ミルホッグ……!」
細い歯をカチカチと鳴らすミルホッグの背中を見て、トウヤは手のひらの汗をぎゅっと握り締める。
トウヤの方をチラリと見やると、胸の模様を光らせてミルホッグはアロエのミルホッグに向き合った。
「行くよ……ミルホッグ。」
「ぎゅっ」
首を低くして姿勢を安定させると、トウヤのミルホッグは相手のポケモンに向かって一気に走り出した。
軌跡を目で追うとアロエはぐっと強く指を突き出し、指示を出してくる。
「ミルホッグ、『さいみんじゅつ』!!」
「こっちも『さいみんじゅつ』だ、ミルホッグ!」
相手へと突っ込んでいくトウヤのミルホッグと待ち受けるアロエのミルホッグが同時に目元の模様を光らせ、相手へと向かって暗示をかける。
走るミルホッグの足元がふらつき、倒れかける。 しかし、すんでのところで踏みとどまるとトウヤのミルホッグは首元から青い木の実を引きちぎり、前歯で噛み砕いた。
青い木の実がその場で弾け、ミルホッグの飛びかけた意識が戻ってくる。
「チッ、『カゴのみ』か……!」
アロエは舌打ちした。 トウヤの『さいみんじゅつ』は確実にアロエのミルホッグに当たっている。
眠りこけて後ろに倒れたアロエのミルホッグを確認すると、トウヤは体に力を入れミルホッグに追撃の指示を出した。

「ミルホッグ、『かみくだく』!!」
目元を鋭く光らせて、ミルホッグはアロエのポケモンに思い切り歯を突きたてた。
悲鳴があがり、痛みで目を覚ました相手のミルホッグが腕を振り回して反撃してくる。
身を引いてそれを避け、トウヤのミルホッグは低く構えて相手を睨み付ける。
今度はこちらが待ち構える番だ。 突っ込んでくるアロエのミルホッグをよく見ると、トウヤのミルホッグは1歩踏み込んで鋭い爪で斬りつけた。
「『いあいぎり』!!」
相手の毛並みが裂け、衝撃でミルホッグはフィールドの端まで飛ばされる。
モンスターボールの転がるカラン、という音が響くと、審判の旗がトウヤに向けて振られた。
バトル終了の合図が出ると、トウヤはすぐさま腰を抜かしたミルホッグへと駆け寄っていく。





トウヤが後ろから抱えると、ミルホッグはじっとりと濡れた鼻先をヒクヒクと動かした。
「お疲れ様、バトルは楽しかった?」
「ぎゅぎゅぎゅ」
なんだかよくわかんないや、と苦笑いすると、トウヤは近づいてきたアロエへと顔を向けた。
アロエは肩にかけたエプロンのポケットから四角く茶色い光るバッジを取り出し、トウヤへと手渡す。
トウヤは受け取ると、嬉しそうに目を細めた。 その様子をアロエは、頭をなでようと出した手を引っ込める。
「たいしたもんだねアンタ! 惚れちゃうじゃないか!」
「あ、えーっと……」
半分冗談の言葉にトウヤは顔を赤くし、アロエから目をそらして小さな声で返事する。
「キダチさんに怒られちゃうので、ヤメテクダサイ……」
あまり予想していなかったトウヤの言葉に一瞬きょとんとして、アロエは博物館まで聞こえるんじゃないかというほど大笑いする。
痛いくらいにトウヤの背中をバンバンと叩くと、笑って出てきた涙を拭いながら彼女は彼の小さな誤解を解く。

「あんたの戦い方が美しいってことだよ! 言わせないどくれよ、恥ずかしい!」
「いぅ……」
衝撃で舌を噛んでトウヤは聞きたいことも聞けなかった。
アロエが何かを取り出そうとしたとき、ガシャン、と、ガラスの割れる音がしてジムの中が静まり返った。
ジムの中の音じゃない。 しかしバトルの音を防げるように作られたシッポウジムの中で聞こえるような音だとしたら、相当なものだ。
ただならない気配にトウヤとアロエが息を潜めていると、沈黙を破るかのようにキダチがジムの扉を押し開けて、2人の前に飛び出してきた。


「ママー!!」
「あんた、なにがあったんだい!!」
キダチは慌てた様子で手を左右に振ると、背後をチラチラと振り返りながら一気にまくしたてる。
「ママ!! 大変! 大変だよ!! プラズマ団という連中が「ホネをいただく!」って……」
「プラズマ団!?」
トウヤの腕の中でミルホッグがビクッと跳ね上がる。
「なんだって、どういうことだい!? トウヤ! あんたもおいで!」
これ以上おびえぬようトウヤはミルホッグをモンスターボールの中へと戻すと、立ち上がってキダチの顔を睨み付けた。
3人分の足音が静まった博物館に響く。
「ドロボウたちのあの大胆な行動……まるで、自分たちのしていることが正しいと信じているみたいで……」
息が切れるほどのスピードでジム、図書室、博物館の廊下を駆け抜けると、トウヤは階段の下に広がる銀色フードの集団に白い肌を粟立たせた。

「ちょっとアンタたち! おふざけはよしとくれ!!」
アロエが声を張り上げると、十数人分の視線が一斉にこちらへと向く。
そんなこと全く気にする様子もなくアロエは階段をツカツカと下りていくと、集団のリーダーらしき人物の前でぐいと胸を張った。
「来たか。 ジムリーダー。」
プラズマ団のリーダーらしき男は小さく拳を作ると、それを鋭く横に振った。
「……我々、プラズマ団はポケモンを自由にするため、博物館にあるドラゴンのホネをいただく。
 我々が本気であることを教えるため、あえて、おまえの前で奪おう!」



「煙幕!!」
プラズマ団の誰かが叫ぶと、数人のプラズマ団が小さなボールのようなものを床に叩きつけ、次の瞬間に博物館の中は煙で覆われていた。
前も後ろも見えず、吸った煙を吐き出そうとトウヤは小さく何度も咳をする。
ようやく煙がひいたとき、博物館の真ん中に展示されていた巨大なドラゴンの骨の頭部がなくなっていることに気付く。
他の人間もトウヤと同じことに気付いたようで、呆然となくなった骨の頭を見つめていた。
「なんてこったい……」
「あのホネは……アロエが大好きなもの……」
トウヤは博物館の入り口へと目を向ける。 まだ煙はかすかに残り、大量の足跡がヤグルマの森の方角へと続いていた。
苦々しい顔をしたアロエの腕を引くとトウヤはそのことを告げ、まだ追いかけられると彼女へ訴える。
アロエは首を縦に振った。 心臓の音が高鳴る、それは走り出したからなのかそれとも違うのか、トウヤにはわからなかった。


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