「ふっふ〜ん♪ ふっふっふ〜ん♪」
レディバの飾りがついた鍵をクルクル回しながら、1人の男が歩いていた。
細身で背も足も長く、髪の毛は鳥の巣のように茂っている。
男はシッポウシティの隣、ヒウンシティのジムリーダー。 名はアーティ。
倉庫の壁にペンキを塗りたくる画家、ストリートの端っこで遠慮がちにアコーディオンの練習をするミュージシャンなどを嬉しそうに眺め、彼はシッポウシティジムの方角へと、ふらふら寄り道をしながら進んでいく。
ふわりと、強い風で彼の髪が浮く。
夏草の流れていった方角へと目をやると、この芸術の街シッポウの中でも浮いている銀色フードの集団が群れをなしてヤグルマの森に向かって走っていった。
「おんやぁ?」
自分も地味とは言えないが、通り過ぎていった集団の格好も相当前衛的すぎる。 まるでどこかの悪党みたいだ。
物珍しげな顔をしてアーティが集団を見送っていると、今度は見知った顔が慌てた様子でアーティの方へと走ってきた。

「アロエ姐さんじゃないか、ごきげんうるわしゅう。」
「アンタ、また創作に行き詰まったのかい?
 トウヤ! こいつさ、こう見えてもヒウンジムのジムリーダーで、アーティっていうんだよ!」
「……んうん? なんとなく気分転換、かな?
 でさ、なんとなく大変そうだけど、ひょっとしてなんかありまして?」
「そうなんだよ!! 展示品を持って行かれてさ!
 アーティ、あんた銀色のフードを被ったおかしな集団見なかったかい?」
アロエの慌てる様子を酌む様子もなく、アーティは青空に視線を向けうーんと考え込み
「いやぁ、覚えがないねぇ。 まー、他でもないアロエ姐さんだもの、ボクでよかったらお手伝いくらいはするよん。」
「助かるよ! それじゃ、あたしゃ街の中を探すから、トウヤとアーティはヤグルマの森を探しておくれよ!
 森の中に関しちゃアンタの方が専門だろ? アーティ、トウヤを案内してやんな。
 じゃ、頼んだよ!」



あわただしく走り去ったアロエの背中を見送ると、アーティはぽつんと取り残されたトウヤの跳ねた髪をちょっとつまんだ。
平穏を保つ瞳は、トウヤのバッグに取り付けられた茶色いバッジをチラリと見る。
「さてさて……キミ……トウヤくんだっけ? じゃあ、行こうか? ドロボウ退治とやらにさ。」
アーティはポケットをゴソゴソと探ると、回復薬を取り出しトウヤへと投げる。
「それ、キレイだよねん。 『げんきのかけら』を使うと『ひんし』……つまり、戦闘不能のポケモンでも体力が回復するんだ。
 なにが起こるかわからないからねぇ、今のうちに使っとくといいよん。」
「え……」
まるで『なにか起こるのを知っている』かのような口ぶりに、トウヤは少しだけ眉を潜めた。
その様子に気付いたかのようにアーティはそっぽをむき、頭をボリボリかきながらヤグルマの森の方向へと向かう。
「アロエ姐さんにはあー言ったけどさぁ、ボク見てるんだよねぇ、森に向かう怪しい集団。
 でもまぁ、そこはレディファーストってやつ? 女性にあんま危険なことはさせられないし、ここはボクとキミとで取り返しちゃおうか、アロエ姐さんの大事なモノ!」
ジム戦用にとっておいたきずぐすりをオタマロにふきかけながら、トウヤはアーティを横目で見る。
途端、目が合ってバチンとウインクされてしまった。
少し気まずい思いをするなか、景色の中に木々が増え始める。
これよりヤグルマの森。 そう書かれた看板の前でアーティは腰のベルトに手を当てる。


「あのね、ヤグルマの森を抜けるには2通りあるんだ。 まっすぐ行く道と、森の中を抜ける道。
 ボクはこのまままっすぐ進み、あいつらを追いかけるよ。 いなかったとしても逃げられないよう出口をふさぐつもりさ。
 きみは回り道してプラズマ団が隠れていないか探してくれないかな。
 トレーナーも多いけれど基本一本道だから迷うことはないよ、きっと。 
 ……それじゃあ、アロエ姐さんのため、やりますか!」
「はい!」と、元気良く応えるつもりが、結局一言も発することも出来ないままアーティは行ってしまった。
うっそうと茂った森の中に独り……いや、下手に独りよりタチの悪いオタマロさんと取り残され、トウヤは途方に暮れる。
マロマロマロマロ……と、うるさくなってきたのでひとまずオタマロさんをモンスターボールに戻す。
マップを開き、迷わないようにコンパスと照らし合わせながら草木をかきわけると、案外森は進みやすく、そして案外プラズマ団が見つかるのも早かった。
何しろ、森の中で銀色だ。 目立つなという方が無理がある。
手にしたマップをぎゅっと強く握ると、トウヤはプラズマ団に気付かれないよう、息を潜めて彼らに近づいた。





「プラーズマー!」
「プラーズマー!」
嫌な団体名の笑い方をしながら、プラズマ団たちは勝利の余韻に酔いしれていた。
先頭の男が抱えるドラゴンの骨を時折チラチラと見ながら草も木も隙間なく生える森の中をのろのろ進んでいく。
「やはり『正義は勝つ』というやつだな!」
「これで我らが王の願いが叶う、我々が正しいということが証明される!」
「ゲーチス様の言っていたとおりだわ、私たち以外はみんな間違っているのよ。」

「我らが……『王』?」
モンスターボールを体の陰に隠しながら、トウヤはプラズマ団の言葉に目を瞬かせた。
ゲーチスなら分かる、カラクサタウンで演説をしていた大男だ。 しかし、それ以上の立場らしい人間の存在は今初めて聞いた。
もう少し話をよく聞こうとトウヤが身を乗り出すと、草葉の陰に隠れていた小石が崩れたのか、ガラリと思いのほか大きな音が立った。
「やば」
プラズマ団たちの視線がこちらに向く。 とっさに木の陰に身を隠すが、足音は確実に自分の方へと近づいてきていた。
唇を噛むとかすかに血の味がした。 手に持ったボールをぎゅっと握ると、間違ってスイッチを押してしまったのかぬるぬるした小さなポケモンがトウヤの腕の中から飛び出していく。
「まろまろまーっ!」
「オタマロさんっ!?」
指示もせず放たれた『バブルこうせん』の行く先を目で追うと、集まったプラズマ団の1人の男が水びたしの泡まみれで尻餅をついていた。
飛び出したせいで完全に見つかってしまった。 こめかみに汗が流れ、どう見ても10人以上はいる集団にみぞおちの辺りがキュウと痛くなる。
「追っ手か?」
「だけど、子供1人よ? ただの迷子じゃないの?」
「ボーヤ、お兄さんたちは大事な作戦中なんだ。 変なイタズラは止めてくれないかな?」
緊張でトウヤはほっぺたの裏側を強く噛んだ。
集団の先頭にいるプラズマ団が持つドラゴンの骨をチラリと見ると、モンスターボールを握り締め、ジリジリと近づいてくるプラズマ団をビクビクしながら睨み付ける。
「あ、あの……返してください。」
「ん?」
「そのドラゴンの骨……アロエさんの、大切なものなんです。 返して、ください!」
叫ぶように訴えてからアゴをカチカチいわせるトウヤに、プラズマ団たちは1度顔を見合わせたあと、トウヤに向けて心底呆れたような表情を向けて見せた。
「あのねボーヤ。 私たちは全てのポケモンを解放するために戦ってるの。 いわばこれはイイコトなのよ?」
「でも、アロエさんはすごく困ってて……ボクは、『いいこと』なんかだとは思えないです。」
「話にならないわね、ボーヤと私たちじゃルールが違うもの。
 私たちは正義の味方なの、邪魔しないで欲しいわ。 愚かなるポケモントレーナーさん?」

そういうとプラズマ団はモンスターボールからトウヤの見たことのない茶色のワニのようなポケモンを呼び出す。
目と目で合図すると、プラズマ団はその場に男女2人だけを残して森の奥へと逃げていく。
ドラゴンの骨があるのはその中だ。 トウヤは慌てて追いかけようとするが、男女のプラズマ団2人に道をふさがれ、足が止まる。
「……ど、退いて!」
「うっせぇな。 悪人の言うことなどいちいち聞いてられるほど世の中ゆっくり回っちゃいねえんだよ!!
 やれ、メグロコ、『すなかけ』だ!!」
「うわっ!?」
地面から跳ね上がって目の前に迫る砂にトウヤは思わず目をつぶる。
しかし、ぽいんという奇妙な音が聞こえると、トウヤのすぐ目の前まで迫っていた砂は小さな泡にさえぎられ、ぽたぽたと元の地面へと吸い込まれていった。
「まーろまろまろまろまろまろまろ!」
「オタマロさん!?」
小さな体を精一杯高らかに持ち上げると、オタマロはその笑っているのか困っているのかよくわからない顔でプラズマ団のメグロコと呼ばれたポケモンに目を向ける。
指示もなく吐き出された『バブルこうせん』にメグロコが悲鳴を上げる。
耐え切れずモンスターボールへと戻ったメグロコに、プラズマ団の男はたじろいだ。
「まーろまろまろまろっ!!」
「なんだ、このオタマロ?」
「きっとトレーナーに無理矢理戦いを強いられているのよ! なんて可哀相……すぐに解放してあげなくちゃ!」
プラズマ団の女はボールを構えると、中から毛並みの悪いチョロネコを呼び出した。
不機嫌そうに「ふにゃあ」と鳴き声をあげるチョロネコに、プラズマ団の女は指示の手を向ける。

「行きなさいチョロネコ! 『みだれひっかき』よ!!」
指示したプラズマ団を1度振り返ってからチョロネコは飛び出す。
オタマロに向けて闇雲に爪を振り回すが、「ばいんっ」という音をあげオタマロが跳ね上がるとあっさりとその攻撃は宙を空振った。
目をつぶったまま攻撃していたチョロネコが目標を見失い、キョロキョロと辺りを探す。
「まーろまろまろまろまろ!」と耳障りな鳴き声に顔を上げると既に攻撃の準備を終えたオタマロの姿が見え、チョロネコはダメージを覚悟してぎゅっと目をつぶる。
「戻れ、オタマロさん!」
「えっ!?」
予想外のトウヤの指示に、空中のオタマロを見上げていたプラズマ団は声をあげた。
オタマロさんはその場でモンスターボールへと戻ると、見ていたプラズマ団2人の間を飛び越え、森の反対側へと移動していたトウヤの手のひらの中に収まる。
モンスターボールを受け取ると、トウヤは森の奥へと向かって全力で駆け出した。
トウヤの意図に気付いたプラズマ団たちは慌ててモンスターボールを構え、トウヤを追いかける。
「ま、ま、待ちなさーいッ!!」
「そうだッ! 逃げるなんて……ヒキョウだぞ!!」
プラズマ団は顔を真っ赤にしてトウヤを追いかける。 走り去る方角は仲間たちが逃げていった方角だ、万が一にも追いつかれたりしたら洒落にならない。
足止めしようとプラズマ団の女が持っているモンスターボールに手をやったとき、突然森の木々がざわめきだし、地面から競り上がった巨大なツタで2人は行く手を阻まれた。
驚いて立ち止まると、背後から黒い狐のようなポケモンを連れた若いトレーナーがゆっくりと近づいてくる。



風が吹き抜け、森の木々がカサカサと音を立てるとヒウンシティへつながるゲートを封鎖し終えたアーティはふと顔をあげた。
森のポケモンたちが騒いでいる。
プラズマ団が近づいていることを感じ取り、アーティは自分のモンスターボールを1つ取るとトウヤが向かった道とは反対側になる、細い獣道へとゆっくり歩を進めた。
息を吐き、タイミングを見計らってモンスターボールを投げる。
中から飛び出してきた薄緑色のポケモンは、木々の間に向かってクモの巣状のネバネバした糸を吐き出した。
トウヤから逃げようとしていたプラズマ団の先頭に立っていた1人が、その巣に絡め取られ悲鳴をあげる。
「う、うわっ!? なんだコレ、動けねぇっ!?」
「あーらら、思ったよりもガッチリからまっちゃったねぇ、ゴメンゴメン。
 ところで、アロエ姐さんの大事なホネ、持ってるのってキミ?」
薄緑色のポケモンを横に従え、アーティは動けなくなったプラズマ団へとのんびり近づく。
後ろを走っていたプラズマ団たちにどよめきが走る。
「おぃ、ヤベエぞ。 あいつヒウンのジムリーダーだ!」
「誰だよ、楽勝とか言ってたやつ!」
「恐れるな、正義は我らとともにある!」
「そうよ、今は哀れなポケモンのためプラズマ団が頑張るときでしょう!」

「あ、あったあった、『ドラゴンのホネ』。」
アーティが何気なく指差すと、ドラゴンのホネを持っていたプラズマ団を隠すかのようにプラズマ団が数人、アーティの前に立ちふさがった。
「私たちが足止めする! タウ10、先に逃げなさい!!」
「そうだ、後ろは子供1人、我らがジムリーダーを足止めしている時間で充分逃げられるはずだ!」
来た道を逃げていくプラズマ団を見送りながら、アーティはひゅうと口笛をひとつ鳴らす。
「う〜……ん。 それじゃあ、トウヤくんのお手並み拝見といきますかね。
 ボクはボクで、立ち向かってくるトレーナーさんは相手しなきゃ。」





帽子のツバを何度も直しながらトウヤは森の中をひた走る。 アーティが言っていたとおり、ここは木々が密集しすぎていて道からそれる方が難しい。
人より小さい体を活かし元は巨大な木であったろう切り株の根元にある穴を潜り抜けると、背後から追ってきていたプラズマ団の気配が消える。
「あれ……?」
1本道を走ってきたはずなのに。 トウヤは一瞬立ち止まるが、あまりのんびりしてもいられない。
帽子のツバを上げると、再びドラゴンのホネを追いかけるため走り出す。
だが、いくらもしないうちに追いかけていたはずのプラズマ団が前方から走ってきてトウヤは面食らった。
しかも『ドラゴンのホネ』らしきものも抱えている。 突然のことに頭が対処しきれない。
「どけええぇっ!!」
振り上げられた拳にトウヤは固まり、指一本動かせなくなる。
唇がかすかに動いたとき、封印されたモンスターボールを破ってミジュマルがトウヤの前に飛び出した。
トウヤに向けられた拳を飛び上がって突き出した頭で押し返す。
胸の真ん中にぶつかって地面に落ちた後、ミジュマルはおなかからホタチを取り出そうとして、はっと手を止めた。

「みじゅっ……!?」
「あ、ホタチ……」
そういえば、先の戦いでミルホッグの『かたきうち』を受けたとき真っ二つになって、そのままだ。
プラズマ団は歯をギシリと軋ませるとモンスターボールをミジュマルに向かって投げつける。
飛び出してきたミネズミは攻撃することに見境がなかった。 前歯の一撃を受け、後ろへと弾かれたミジュマルに、トウヤは視線を送って人差し指を突き出した。
「ミジュマルッ!!」
こうなればもう、威力は劣るが『みずでっぽう』に賭けるしかない。
ミジュマルはプラズマ団のミネズミから距離を置くと、一度大きく息を吐き出す。
「1、2、3、4、5、6……」
トウヤがカウントすると、ミジュマルの体が白く光りだした。
え、とトウヤが声を上げるのと同時に、ミジュマルはトウヤの指示なしでミネズミに向かって走り出す。
1歩大きく踏み込むと、ミジュマルは『ホタチの一撃で』相手を振り抜いた。
空中でモンスターボールへと姿を変えるミネズミに、トウヤは一瞬我が目を疑った。
トウヤの目の前でトウヤを守っているのは、もうあの短い腕でホタチを振り回していたミジュマルではない。

「ふたぁっ!!」
ポケモン図鑑には『フタチマル』と表示された。 水を思わせる真っ青な体に一回り大きくなった身体。
2枚のホタチを腕を大きく広げ構えると、繰り出すポケモンがなくなったのか、ホネを抱えたプラズマ団は一層強く歯軋りをする。
「ちくしょう……畜生畜生畜生ッ!!
 この薄汚いトレーナーめ! 貴様らがポケモンを駄目にするから、プラズマ団が働いてやっているというのに!!」
大きく目を見開いた瞬間、心に炎が灯り、トウヤはミルホッグのボールを地面に叩きつけていた。
ミルホッグは恐怖に身体の模様をチカチカさせながらも、プラズマ団の脇から『ドラゴンのホネ』をかすめとっていく。
マッハで戻ってきたミルホッグを抱き止めて、トウヤはプラズマ団へと視線を向ける。
プラズマ団の顔は、怒りからか白くなっていた。 逆上して襲い掛かってこないよう、進化したフタチマルがホタチを握る手に力を込める。



「フタチマル、上だ!!」
トウヤの声に反応しフタチマルがその場から飛び退くと、それまでフタチマルがいた場所に鋭い刃が突き立った。
驚くトウヤの目の前に、全身刃物のような物騒なポケモンが睨みをきかせている。
「大丈夫ですか、王様に忠誠を誓った大切な仲間よ。」
「アスラ様!」
刃物ポケモンのトレーナーとは別に、茶色い帽子を頭に乗せた白髭の老人が近寄り、プラズマ団へと声をかける。
「七賢人さま! せっかく手に入れたホネをみすみす奪われるとは……無念です。」
突然現れた新手に、フタチマルは敵意をむき出しにし、ミルホッグはトウヤの腰にしがみつく。
トウヤの口の中に血の味がした。 ピリピリとした緊張感のなか、七賢人と呼ばれた男はトウヤに視線だけ向けたまま、プラズマ団の男に向かって話す。
「……いいのです。 ドラゴンのホネですが、今回はあきらめましょう。
 調査の結果、我々プラズマ団が探し求めている伝説のポケモンと無関係でしたから。
 ですが……、我々への妨害は見逃せません。
 二度と邪魔立てできないよう……痛い目にあってもらいましょう。」
攻撃の気配にフタチマルが眉を潜めると、ふと刃物ポケモンのトレーナーが森の奥へと視線を向けた。
茂みを飛び出して、雄々しい顔立ちのミルホッグがトウヤとミルホッグの前に立つ。
「よいしょ」と2人分の声が聞こえ、前と後ろ、それぞれヒウンとシッポウのジムリーダーが現れた。
視線を左右に動かすと、刃物ポケモンのトレーナーは音も立てずにその場から姿を消す。


「ああ、よかった! むしポケモンが騒ぐから来たら、なんだか偉そうな人いるし……
 さっきボクが倒しちゃった仲間を助けに来たの?」
「アーティ! アンタまた嘘ついたね、街の連中に聞いたらみんな怪しい集団は森に向かったっていうじゃないか!
 で、なんだい、こいつが親玉かい?」
首根っこ掴みそうな勢いでアロエがまくし立てると、老人は目を細め、何かを探るように視線を動かした。
「……これは、ちと分が悪いですな。 むしポケモン使いのアーティに、ノーマルポケモンの使い手アロエ。
 敵を知り、己を知れば百戦して危うからず……ここは素直に引きましょう。」
老人が肩を叩くと、トウヤに負けたプラズマ団が立ち上がり、シッポウ博物館で使ったのと同じ玉を地面へと叩きつける。
一瞬にして辺りは煙で包まれ、トウヤとジムリーダーたちは思い切り咳き込んだ。
「ですが、我々はポケモンを解放するため、トレーナーからポケモンを奪う!
 ジムリーダーといえど、これ以上の妨害は許しませんよ。
 いずれ決着をつけるでしょう。 ではその時をお楽しみに……」
煙の中に、七賢人アスラの声だけが響いていた。
煙が晴れると森の中に、トウヤとフタチマルとジムリーダー、それにミルホッグが取り返した『ドラゴンのホネ』が残される。

「……素早い連中だね。 どうするアーティ、追いかけるかい?」
「いやあ……盗まれたホネは取り返したし、あんまり追い詰めるとなにをしでかすかわかんないです。」
アロエの問いに、アーティは肩をすくめる。
それもそうか、とちょっと勿体無いような顔をしてアロエは森の奥を見つめると、呆然としたトウヤの頭を掴み、ぐりぐりと撫で回した。
「トウヤ! アンタの持っているそれが必死になって取り返してくれたドラゴンのホネなんだね。
 本当にありがとうよ、アンタのように優しいトレーナーなら、一緒にいるポケモンもシアワセだよ!」
思い切りずれた帽子を直しながら、トウヤはパチパチと目を瞬かせた。
色々ありすぎて、うまく言葉にならない。
声も出せずにポケモンをなでるトウヤを見て笑うと、アーティはポケットに片手を突っ込み、トウヤとアロエに向かってひらひらと手を振った。
「じゃあアロエ姐さん、ボク戻りますから。
 それじゃあさ、トウヤくん? ヒウンシティのポケモンジムでキミの挑戦を待ってるよ。
 うん。 たのしみたのしみ!」
細いアーティの背中を見送ると、アロエの目にも、ジム戦の前のような力が戻ってきているのを感じた。
「さて、ドラゴンのホネを博物館に戻さないとね。
 トウヤ、今日はうちで食べてきな。 お礼代わりじゃないけどさ、今夜は目いっぱい腕を振るうよ!」
「は……はい!」
トウヤのそばにいたアロエのミルホッグがぶるっと身震いする。
プラズマ団の気配もなくなり、ヤグルマの森にはいつもの静けさとにぎやかさが戻りつつあった。
耳をすませば、森に住むむしポケモンたちの声がよく聞こえる。
森を出るときポケモンたちに「サヨナラ」と一言告げ、トウヤはシッポウシティへと戻っていった。


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