海の色のパーカーを羽織り、ピンピンと跳ねる茶色いくせっ毛を赤と白のキャップ帽の下にしまうと、トウヤは自分で自分に気合いを入れた。
ガラス扉の向こうにはトウヤが見たこともないような斬新な人たちが右へ左へ、各々自分の行きたい方向へと通り過ぎていく。
意を決するとトウヤは自動ドアを潜り、フタチマルたちとともにヒウンの街へと足をすすめる。
途端によろける。 自分の目の前1メートルを会釈もせず早足で人があるいていくなんて。

「……本当にお祭りじゃないんだよね? すごい街だなぁ……」
見上げることも出来ないほどの摩天楼の群を見ながら、トウヤはつぶやいた。
歩く人、話す人、食べる人。 街に見える人たちは目の色も肌の色も、やっていることもバラバラだ。
きゅっと唇を結ぶと、トウヤは昨日1晩かけて用意した画用紙を握り締めた。
目標その1。 これだけ人の多い街ならトウコの手がかりが得られるかもしれない。
まずは聞き込みだ。




「はぁ、忙しい忙しい!! 入稿16時だからな、遅れるんじゃないぞ!!」
「部長! 男女別のデータが見つかりません!」
「せんぱーい、ここのカラーリングちょっとわかんないんですけどぉ。」
「誰だーッ、俺のパソコンにコーヒーこぼしたやつ!!」

「えと……」
「ぎゅぎゅっ」
「まーろまろまろまろまろ!」
教えてもらった『すれちがい調査隊』の扉を潜った途端、目に飛び込んできた修羅場に、トウヤは足も動かせずその場で固まった。
飛び交う書類、怒号のような事務連絡。 開いたり閉まったりを繰り返す自動ドアを背に、忙しそうだから後にしようかとフタチマルと目を見合わせていると、忙しそうにしていたメガネをかけた女の人がこちらに気付き、ちょこちょこと書類の隙間を縫って近づいてくる。
「よーこそ、すれちがい調査隊へ! 隊長に用事ですか? アポイトメントは?」
「あの、えと……違うんです。 ちょっと聞きたいことがあって……」
ぱちくりとまあるい目を瞬かせる女性に、トウヤは自分で描いた絵を突き出し、おなかの下のほうに力を入れた。
「あの、ここっていろんなこと調べてるんですよね?
 カノコタウンから来た、トウコっていうトレーナー知りませんか? ボクの姉なんです!」
「む?」
女性はトウヤの手から画用紙を取り上げると、難しい顔をしてじっと見つめたあと、トウヤの顔を睨みつけた。
何か悪いことでもしてしまったのかとトウヤはフタチマルの毛並みをちょっと握る。
口をすぼめて画用紙とトウヤを見比べると、女性は「あっ」と小さく声をあげて部屋中に聞こえるような大声を出した。

「隊長、たいちょーうッ!! トウコ名誉隊員の弟って人が来てますーっ!!」
「……めいよたいいん?」
「ナヌ!? それは本当か!!」
1番奥でなにやら大事そうな話をしていた男がすっ飛んできてしまったもので、トウヤはますます気まずくなる。
メガネに白衣といういかにも研究者風のいでたちをした男は、トウヤをひきずるように応接間へと連れて行くと、有無を言わさずソファに座らせコーヒーと見たこともないお菓子をテーブルに置いた。
「あの……メイヨタイインって……?」
「おぉ、これは確かにトウコ名誉隊員!! キミは確かにトウコ隊員の弟なんだね、遠路はるばるよく来てくださった!」
トウヤが描いたトウコの絵を見ると、研究者?はひとしきり感動した後、トウヤの手を血管が千切れそうなほど振り回す。
「いやぁ、トウコ隊員のおかげですれちがい調査隊はおおいに盛り上がっているよ!
 一時期は存続の危機ですらあったのに、今ではあちこちの出版社から依頼を受けるヒウンいち人気の大調査隊さ!」
「ふた……」
忙しそうに部屋の中を駆け回る人たちを見て、フタチマルがどうとも言えない声を出した。
トウヤはもうもうと湯気をたてるコーヒーに手を伸ばしかけて、引っ込める。
その手をひざの上に乗っけると、右手で帽子を直して研究者?へと茶色い目を向けた。
「あの、トウコちゃん……姉が、今どこにいるか、ご存知ですか?」
「逆に聞くが、キミはご存知ない?」
「連絡がつかないんです、去年の冬ごろから。」

帽子のツバをちょっと引いて、トウヤは答えた。
視界の中では、コーヒーカップが白い湯気で埋まっている。 帽子の上でオタマロさんが尻尾を振ったようだったが、ずり落ちることなく会話は続けられた。
「前はちょこちょこ連絡取り合ってたんですけど、ライブキャスターも壊れてるのか繋がらなくて……」
「そうか……」
研究者?は戸棚からファイルを取り出すとトウヤから目を背けた。
少しだけ眉を潜め、ビニールのページをパラパラと指先でめくっていく。
つ、と中の文字に指をすべらせると、何かを納得したような表情で研究者?はトウヤの方に向き直り、机の上にファイルを広げた。
「確かに、去年の冬を境に連絡が途絶えている。 私はすれちがい調査に飽きてしまったのだろうと思っていたのだが……
 弟くん、連絡がつかないこと、警察には言ったのかい?」
「言ったんですけど、トレーナーの行方不明は珍しくないからって、取りあってくれなくって……」
「ふむ。」
ぱたん、と音を立ててファイルを閉じると、研究員?は眼鏡越しにトウヤのことを見た。
トウヤは自分の下唇を噛む。 見据えるようにトウヤと自分の視線と視線を交差させると、研究員?は自分の襟元を直し、少し改まった口調でトウヤへと話しかけた。
「そうだな……このファイルの中に1つ、キミが知らないと思われることが書いてあるが、ただ話したのでは面白くない。
 キミにもすれちがい調査に参加してもらおう。 期待しているぞ、トウコ名誉隊員の弟君!!」





「なんか……押し付けられた。」
説明書という名の書類の山を両手に抱え、トウヤはヒウンの人ごみの中、途方に暮れた。
海風にさらされながらパラパラと説明書を読んでいくと、内容としては街の人にアンケートをとり、1番最初に選ばれたポケモンを調べて来い、というものだ。
目の前にはスーツ姿の人間が次々と行き交うヒウンストリート、それに見たこともないようなオシャレ?がかっ歩するモードストリート、2つの道が並んでいた。
どちらの道に入ろうか迷っていると、うしろをついてきていたミルホッグが鼻をヒクヒクと動かし、ちょこちょこと人の合間を縫ってモードストリートの方へと走っていってしまう。
追いかけるようにモードストリートに入っていくと、左右に広がる新鮮な光景にトウヤの目は大きく見開かれた。

道端で絵を売る人を見つめながら、ミルホッグは楽しそうに身体の模様をチカチカと光らせている。
その向こうにはさらに大きな画廊……アトリエがあり、誰かが焚いたのか香の匂いがつんと鼻をつっついてくる。
人だかりの向こうには、ピンクと白の大きなパラソルがあった。 近づいて見てみれば、この暑い時期にはたまらないだろう、真っ白なアイスクリームを売っている屋台がある。
「うわ……」
知らない世界にトウヤはただ言葉を失った。
ヒウンシティなんてテレビで見たことしかなかったし、もっとサラリーマンのおじさんばかりで殺伐としているかと思ったが、ここにいる人たちはなんだかとてもタノシソウだ。
「ぎゅぎゅぎゅっ!」
服を引っ張られ、驚いてトウヤはミルホッグへと視線を落とす。
見ると、ミルホッグは尻尾をぴんと立て、ヒウンアイスと書かれた看板をしきりに指してトウヤにキラキラした目を向けている。
「食べたいの?」
鼻をヒクヒクさせるミルホッグを見て、高く昇りだした太陽の光でキラキラと光るヒウンアイスを見て、トウヤのおなかがぐぅと鳴った。
昼ごはん代わりにするのはちょっといただけないが、道行く人々がおいしそうに食べているのを見ていたらなんだかトウヤも食べたくなってきた。
列の先頭へと引っ張ろうとするミルホッグをなだめ、トウヤは最後尾を探す。
いかにも手作りといった感じのプラカードを持たされているスーツ姿の男を見つけると、トウヤはその後ろに並び、カードを代わりに引き受けた。


時間つぶしにでもと、トウヤは隊長から渡された書類の束をパラパラとめくっていく。
アンケートというからこの種類雑多な人たちから1人1人話を聞かなければならないのかと思ったが、どうやら手持ちのCギアの設定を少し変更するだけでよさそうだ。
少しほっとして後ろに並んできた紳士に最後尾のプラカードを渡すと、前に並んでいたスーツ姿の男がトウヤのことを興味深そうな顔をして覗き込んでいた。
「えっ……と……」
「すれちがい調査隊、かい?」
一瞬ちょっとビクッとしたが、男のなんでもない興味の視線を見ていたら落ち着いてきて、トウヤは「はい」と短く返事をする。
「そうかあ、いや、実は僕も隊員なんだよ、アハハ。
 どこか分からないところはあるかい? 教えてあげるよ。」
愛想笑いに緊張が見え隠れするサラリーマンに書類を見せようとしたとき、一緒に並んでいたミルホッグが鼻をヒクヒクさせ通りを北に向かって走り出した。
あっけに取られた後、トウヤは慌てて書類をまとめ後を追いかける。
大きな噴水のある広場でパフォーマンスをするダンサーたちを楽しげに見つめるミルホッグを見つけると、トウヤはひざに手を置いてはぁ〜っと大きくため息をついた。

「もー……なんで、急に走り出すかなぁ? ヒウンアイス食べられなくなっちゃったよ。」
ミルホッグ、と名前を呼ぶが、当のミルホッグはくるくる回るダンサーたちに夢中でトウヤには見向きもしない。
ため息をついて帽子を直していると、ラジカセをつけてピョンピョンと踊っていたダンサーがトウヤたちのことに気付き、音楽を止めて近づいてきた。
「おー、ノッてんじゃん! オマエのミルホッグ。」
「ご、ごめんなさい、邪魔しちゃって……」
肩をつかんで引き戻そうとしたトウヤの腕をリストバンドの巻かれた手が持ち上げて手と手を組み合わせた。
見慣れない茶色い顔にトウヤはたじろぐ。 噴水前で踊っていたダンサーは唇の間から白い歯を見せると、嬉しそうに尻尾を立てたミルホッグの額をピンと指で突っついた。
「いいじゃんいいじゃん、みんなで踊ればハッピーってことよ?」
「ぎゅっ!ぎゅっ!」
ポケモン1匹と人1人から期待の眼差しを向けられるが、盆踊りすら知らないトウヤにはどうしようもない。
泣きそうな顔をして唇を噛み締めていると、ダンサーは少しだけ困ったような顔をした後、トウヤのアゴに人差し指を突き立てた。
「踊れねえ? だったらオレたちトリオ・ザ・ヒウンが最高のパフォーマンス見してやんよ!
 だからもうベソかくなよ、ヒウンはめでたい街なんだ、泣いてたら楽しめねーぞ?」
ライブキャスターで誰かを呼ぶと、にわかに辺りが騒がしくなってきた。
シャカシャカという妙な音が聞こえてきたかと思えば、人が割れるように道を開ける。
驚く暇もなく、まるで三つ子かと見間違うようなダンサーそっくりの男が2人、足元をゆらゆらさせながらこちらへとやってきた。
トウヤを呼び止めたダンサーの姿を見つけると、意味はわからないが妙に嬉しそうにハイタッチする。
その手でトウヤのことを指差すと、ダンサー3人組はモンスターボールからポケモンを呼び出し、決めポーズのようなことをしてみせた。


「よし、トレーナー! ポケモンバトルだ!!
 オレたちトリオ・ザ・ヒウンの熱いソウル見せてやんよ!!」
「うえぇっ!!?」
トウヤが身構えるのよりも先にオタマロさんとフタチマルが前へと飛び出していく。
どこからともなく拍手が沸き起こる。 いつの間にか自分たちを中心に、ドーナッツ状の人だかりが出来ていた。
「ちょと……パフォーマンスじゃ……!?」
「トレーナーに見せる最高のパフォーマンスつったらポケモンバトルだろ!
 踊るだけが能じゃないってとこ見せてやんよ!!」
ミルホッグまでやる気ありげに体をビカビカ光らせ、トウヤは完全に置いてけぼりにされる。
唇を噛み締めるとトウヤはポケモン図鑑を構え、6匹のポケモンを睨みつけた。
相手チームの3匹のサルたちが、腕と足のバネを使って高く飛び上がる。 混乱しているはずなのに、なぜか、トウヤの心は躍った。


続きを読む
戻る