「……ないな。」
「ないねえ。」
「……やっぱ、そうかなぁ。」
遅れて到着したベルを交え、手持ちのポケモンを見せ合っている最中、チェレンとベル、それにトウヤの意見が半分一致した。
フタチマルにオタマロ、それにミルホッグ。 成り行きで集まったようなメンバーではあるが
「……タイプが偏りすぎだ、うん。 トウヤ、少しは自分の意思でポケモンを捕まえた方がいいよ。」
「最近、自分でもそう思う。」
「まーろまろまろまろまろまろまろ!」
草ポケモン使いのトレーナーにあわやのところまで追い詰められた昨日を思い出して、トウヤは肩を落とす。
不利なタイプが来たから交代しようと思っても、交代した途端に食らう攻撃でやられてしまうのだ。
盾になってもらう……というと、ちょっと悪い響きも感じたが、さすがに今の3匹では限界だ。
よし、と今日の行動を決め、気合を入れて立ち上がると、それに合わせてぴょこんとベルが立ち上がった。
「ねね、トウヤ! あたしとバトルしない?
 1番道路でのバトル、決着つかないまんまだったし、あたしあの時よりずーっと強くなってると思うんだ!」
「……ベル。」
「なあに?」
はぁ、と頭を抱えると、チェレンはトウヤに「行ってこい」と手で追い払うジェスチャーをしてみせた。
話の腰を折られたベルは、チェレンに文句を言うのに必死だ。
チェレンの気遣いに感謝すると、トウヤはベルに気付かれないよう、そーっと2人から離れ、ポケモン3匹を連れてポケモンセンターの扉を潜った。



新しいポケモンを探してヒウンシティを1歩出ると、目の前に広がる広大な荒野にトウヤは口を開きかけ、慌ててまた閉じた。
ちょっと開いただけなのに、もう口の中が砂でざらざらしている。 4番道路は砂嵐。 電光掲示板に忠告されていたことを、トウヤは全く理解していなかった。
ピシピシと傷む目元になるべく砂が入らないよう、帽子を目深にしてトウヤはゆっくりと歩く。
前がほとんど見えないせいで、何度も足元にある石につまずき、そのたびに転んだ。
「いった……」
すりむいた手のひらをなめると鉄の味がする。 ひざも痛んだが、ケガをしているかどうかを確かめる気にはなれなかった。
心配して出てこようとしたフタチマルを、トウヤはモンスターボールを掴んでおさえる。
今からダメージを受けさせるわけにもいかない。
彼には出会ったポケモンとバトルするという役目があるのだから。

「んと……」
口の中に入った砂をハンカチに吐き出して、トウヤは現状を整理する。
今いるポケモンの中で、フタチマルとオタマロさんが『みず』タイプ、ミルホッグが『ノーマル』タイプ。 特にフォローしたいのは、1番戦う回数の多いフタチマル。
最近はちょくちょく『くさ』タイプのポケモンに苦戦している。 ジムリーダーのデントと戦ったときだって。
考えてみればそりゃそうだ。 草が水をかけられて、何を困ることがあるというのか。
「だとすると、今、必要なのは『ほのお』タイプのポケモン……なのかな?」
ベルのポカブを思い出しながら、トウヤは砂嵐の向こう側に目を向けた。
トウコちゃんが言っていた。 ポケモンは草が生い茂った場所に隠れていることが多いらしい。
こんなペンペン草1つ生えない荒れた大地で、どう探せばいいのさ。


少しふて腐れ気味のトウヤがアスファルトの道をとぼとぼと歩いていると、風の音に混じって「ごそごそ」というおかしな音が耳についた。
疑問を胸に、トウヤは通りのすぐ脇に広がる荒地だか砂漠だかわからない黄色い空間に目をこらす。
ぐっと目に力を込めたとき、大きな音をあげて砂の中から黄色いワニのようなポケモン……確か、メグロコという名前だったはず……が、まるで魚が跳ねるかのように砂の中から飛び出した。
「うわ……!」
砂の飛び込んだ口を閉じてトウヤは錆びついたガードレールから身を乗り出す。
目を細めると、飛び出したメグロコはせかせかと走り回る『何か』を執拗に追い掛け回していた。
追いかける先を見てみれば、赤くて小さくて丸い……ポケモンだ。 トウヤはまだ見たことがない。
図鑑を開いて向けてみると、小さな画面には『ダルマッカ』と、ポケモンの名前が表示された。
捕食風景なのだろうか。 短い手足をバタバタとさせて逃げ回るダルマッカの姿をトウヤがボーっと見ていると、カラカラと乾いた金属のような音を立てて、別の何かが近づいてくる。

近づいてくる『何か』の姿をよく見ようとガードレールに乗り上げたとき、「ぴゃー!」という悲鳴が聞こえ、トウヤは思わず振り返る。
どうやらメグロコがダルマッカのことを捕まえたらしい。 茶色い爪の下でジタバタと暴れるダルマッカに、メグロコが大きな口を開ける。
そのときだった。 近づいてきた『何か』の蹴りの1発でメグロコが吹っ飛ばされたのは。
見開いた目に砂が飛び込む。 思わず向けたポケモン図鑑には、『ズルッグ』という、そのポケモンの名前が表示されていた。
「ぅえ?」
「……ケッ」
砂の上に降りたズルッグはガラガラとバケツを引きずりながらメグロコに近づくと、ひっくり返った砂ワニを蹴り飛ばし、踏みつけて、放り投げた。
あまりの所業にメグロコは尻尾を巻いて逃げ出す。
突然のヒーローの登場に訳がわからないなりに感謝の素振りを見せるダルマッカへとのしのし近づくと、ズルッグは引きずっていたバケツからゴソゴソと何かを取り出した。
「?」の表情を見せるダルマッカの頭の上に、ズルッグはオレンジ色のザリガニのようなポケモンを近づける。
トウヤが目を凝らすと、パタパタと嫌がるザリガニのようなポケモンの一部が、ダルマッカに触れて焼けていた。
どう考えても、焼いて食おうとしているようにしか見えない。



「やめたげてよぉっ!?」
トウヤが思わず飛び出すと、人間の出現に驚いたダルマッカは慌てて逃げ出した。
焼くものがなくなったズルッグは「ケッ」と舌打ちすると、ザリガニのようなポケモンを再びバケツの中に放り込んでトウヤを睨みつける。
「え、えーっと……その、助けた相手の目の前で、別のポケモン食べるのはどうかなー……と、思って……」
人間相手でもないのに、なぜかトウヤは言い訳する。
ズルッグの方は「ケッ」と舌打ちするだけで意に介する様子もなかったのだが、ぴぃぴぃというバケツの声を聞いていたら、無性にトウヤのおせっかい心がくすぐられた。
狙っていた炎タイプですらないが、フタチマルのモンスターボールを構えると、トウヤはざらざらする足元をぎゅっと踏みしめる。
「そ、それじゃ、さ。 ボクが勝ったらそのバケツのポケモン、放してあげてよ。
 ……ていうか、キミも捕まえちゃうよ! は、博士との約束だってあるからね!」

心底バカにした表情でトウヤのことを見ると、ズルッグは突然足元の石をトウヤ目掛けて蹴りつけてきた。
悲鳴をあげるよりも早くボールから飛び出したフタチマルがホタチで石を叩き落し、やさぐれた表情のズルッグを睨みつける。
「ふたぁっ!」
「……」
「気をつけて、フタチマル。 何してくるかわからないよ!」
相手のタイプさえわからない。 戸惑いながら叫ぶとズルッグは嫌そうな顔をしてトウヤにメンチを切った。
攻撃の気配にフタチマルが走り出す。 途端、2人の目の前からズルッグの姿が消えた。
相手の姿を探し、それまでズルッグがいた砂地にフタチマルが視線を向けると、唐突に殺気を感じフタチマルは蹴り飛ばされた。
「たっ……!」
「フタチマル!?」
トウヤはポケモン図鑑を開く。 バケツを持ったまま、ズルッグはケッと舌打ちした。
「『けたぐり』に……さっき消えたのは『だましうち』っていう技だ。 だったら、フタチマル、次もきっと……」
指示を出そうとした瞬間、風に吹き飛ばされてきた小石が当たり、フタチマルはうずくまる。
赤く流れる血を見て、トウヤのこめかみに冷や汗が伝った。
長期戦はムリだ。 早くズルッグにダメージを与えて、早くズルッグを捕まえて、早くポケモンセンターに帰らないとバトルするよりも前にフタチマルがやられてしまう。

「フタチマル、『シェルブレード』!!」
トウヤが指示を出すとフタチマルは両手に構えたホタチに水を纏わせ、二刀流でズルッグへと切りかかる。
だが、振りかぶったホタチがズルッグへと向けられた瞬間、吹き荒ぶ砂嵐にまとわりつかれ、シェルブレードは泥の固まりへと変わって崩れ落ちた。
驚くフタチマルの額にズルッグの頭が叩きつけられる。 この技の名前くらいは図鑑を見なくても分かる、『ずつき』だ。
「ふたっ……!」
足元のおぼつかないフタチマルに視線を向けると、ホタチが1つ、どこかへと消えてしまっていた。
止めをさす気か、ズルッグの容赦ない蹴りがフタチマルへと向けられる。 その瞬間に出せる指示は、もう1つしかなかった。
「『みずでっぽう』!!」
狙いも定めず放たれた水がズルッグの持ったバケツへと当たり、バランスを失ったズルッグは大きくよろめいた。
チャンス、だが、いつもの必殺技は使えない。 初心者トレーナーのようにポケモン図鑑を確認すると、トウヤはズルッグに人差し指を向ける。
「フタチマル、『たいあたり』!」
「たっ!!」
砂まみれのホタチを腰元に戻すと、フタチマルは強く砂を蹴ってズルッグへと飛び掛った。
砂に埋もれた荒地の上を2匹のポケモンが転げ回る。 次の指示を出そうとして、トウヤははたと手を止めた。
代わりにバッグを探り、カラクサで買い込んだモンスターボールを取り出す。
「どいて、フタチマル!」
「た!?」
トウヤの声に気を取られたフタチマルがズルッグに蹴り飛ばされる。
駆け寄ろうかとも思ったが、トウヤは歯を食いしばると大きく振りかぶってモンスターボールをズルッグへと向かって放り投げる。
一瞬驚いた顔も見せたが、ズルッグは持ち上げたバケツでモンスターボールを叩き、トウヤのことを睨みつけた。
たじろいでばかりもいられない。 トウヤもズルッグのことを睨み返すとバッグから新しいモンスターボールを引っ張り出す。

「ふた……!」
「フタチマル……大丈夫?」
視線もそらせず、トウヤは声だけで確認する。 はっきりした返事こそなかったが、少なくとも『ひんし』になっていないことだけはわかった。
うまく声が出せない。 口の中がざりざりして、どうにもキモチワルイ。
それでもひざが笑う足をなんとか立たせ、トウヤはズルッグのことを睨みつけた。
バケツを捨て、ズルッグが走り出す。 同じ瞬間、砂を蹴る音がした方向に視線を向けると、トウヤはそちらを睨みつけてボールを軽く放った。
「フタチマル、『シェルブレード』!!」
一瞬フタチマルは戸惑ったが、すぐに受け取ったボールを構えると、トウヤへと迫るズルッグの頭にモンスターボールを叩きつけた。
予想外の方向からの攻撃にズルッグは避けきれず、赤と白のボールとなって地面へと叩きつけられる。
上着でフタチマルのことを隠し、トウヤは揺れるモンスターボールへと目を向けた。
1回、2回とボールは揺れ、3回目でパチリと音が鳴る。
それきり静かになったモンスターボールを見つめると、トウヤは口元を緩め、フタチマルとともに手を叩き合わせた。


「やったね、ズルッグゲットだよ!」
「ふたっふたぁ!」
すり傷きり傷だらけになってしまったが、トウヤもフタチマルも心の中は明るかった。
ズルッグの入ったモンスターボールを拾い上げると、トウヤはそれをギラギラと光る太陽へとかざす。
「『あく』『かくとう』タイプ……あぁ、それで『けたぐり』か。」
さっそくステータスを確認するポケモン図鑑に、風で吹き飛ばされてきた小石がコツンと当たる。
フタチマルの体力もなくなってきたことだし、そろそろ帰ろうか、とトウヤが腰を上げかけたとき、カランという大きな音が響いてトウヤの前にバケツが転がった。
あのズルッグに食べられかけたポケモンが入っていたバケツだ。
「ふた……」
「そういえば、ちゃんと逃げられたのかな、あのポケモン……」
図鑑すらちゃんと向けていなかったことにちょっと後悔しつつ、トウヤはバケツの中を覗き込んだ。
金属製のバケツの中には、中身の入ったモンスターボールが1つ。
「あ……」
トウヤの時が止まる。 思えば、ズルッグは最初のモンスターボールをバケツを使って避けた後、バトル中までずっと握り締めていたバケツを捨てていた。
「…………あの時だ。」
きっと中に入っていたポケモンに当たってしまったんだろう。
どうしたもんかと考えてはみたが、あのポケモンも火にあぶられてケガをしていたし、ポケモンセンターに連れて行ってから逃がしても遅くはないはずだ。
よし、とモンスターボールの入ったバケツを抱えて立ち上がると、トウヤはフタチマルを連れてヒウンシティのゲートを潜った。
すっかり砂だらけだ。 早く風呂に入って一休みしたい、そんなことを考えていると、不意に鳴り出したライブキャスターの甲高い電子音がトウヤの鼓膜を揺さぶった。



「はい……」
「とーやぁ!!」
ベルだ。 そういえばバトルの約束をほったらかしだったとトウヤはちょっと慌てる。
言い訳を考えていると、ベルはあわあわいいながら、ライブキャスター越しでも通りに響き渡りそうな大きな声を出した。
「トウヤ、助けて!!」
道行く人が振り返る。 唐突な事態に説明も出来ず、逃げるようにスミの方へと走り出すと、ライブキャスターから聞こえるベルの声に嗚咽が混じりだした。
「トウヤぁ、あたし、どうしたらいいかわかんないよお……!」
「どうしたの、ベル? なにがあったの?」
「一生懸命追いかけたのに、どっちに行ったのか、わかんなくなっちゃって……」
嫌な予感がおなかの辺りでぐるぐると渦を巻く。 数秒後、その予感は的中してしまった。
「メニティが……あたしのムンナが……!」
「ムンナが?」

「……プラズマ団に、取られちゃった……!」


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