街を走り抜ける間、ずっと靴の底で砂がじゃりじゃりと音を鳴らしていた。
何度も人とぶつかりながら、トウヤはヒウンの大通りをひた走る。
いつかダンサーと戦った、大きな噴水のある広場まで辿り着くと、トウヤの足が止まる。
「あれ、プライムピアって……どっちだっけ……」
道は５本。　間違えたらかなりの大回りだ。
迷っているとトウヤのモンスターボールからミルホッグが飛び出し、光の当たる白い道を指差した。
「そっち？」
「ぎゅぎゅっ！！」
ミルホッグはうなずくと、先に立って走り出す。
トウヤはその後を追った。　ゴミゴミとした人の流れの隙間から、先日食べ損なったアイスの屋台が見える。





あまりに突然のことで、ベルは涙も流れなかった。
手も足もまともに動かず、港の潮風の中でへたりこんでいると、遠くから軽快で速い足音が近づいてくる。
「おねーちゃん！　ごめんね、あの変な人たち見失っちゃった。
　でもね、さっきね、ジムリーダーのアーティに連絡したから、もうすぐこっちに来るよ！」
「うん……ありがと……」
「ベルッ！！」
まだ若い少年の声が聞こえ、ベルはようやく顔を上げた。
突然現れてプラズマ団を追ってくれた小さな女の子の後ろから、見慣れた少年が走ってくる姿が見えてベルはなぜか泣きそうになる。

「とーやぁ……」
「ベル！　ムンナがプラズマ団にさらわれたって……」
大きく息をついて酸素を取り込むトウヤのズボンに、彼のミルホッグがしがみついていた。
ベルは口をパクパクと動かすが、うまく言葉が出てこない。　見知らぬ女の子が肩に手を触れようとしたとき、先に飛び出したトウヤの質問がベルの耳を突っついた。
「他のポケモンたちは？」
「……あ、戦えなくなっちゃったけど、ここにいるよ。
　いきなりバトル挑まれて……負けちゃって……ポケモン取られそうになったとき、他のポケモンたちをかばって……ムンナが……」
「ヒドイよね！　アイリス、なんでそんなことするひとがいるのか、ぜんぜんわかんない！！」
女の子がドン！と強くコンクリートの地面を踏む。
トウヤは少し地面に視線を這わすと、ズボンにしがみついたミルホッグに指差され、街の方に目を向けた。


「アイリス！　それに……トウヤくんも！」
人ごみをすり抜けるように走ってきたジムリーダー、アーティが、波止場に集まった子供たちの顔ぶれを見て思わず眉を上げた。
やはりこちらも急いで駆けつけてきたのだろう、少し息を切らせながらしゃがみこんだベルのことを見ると、アーティはアイリスの方に真面目な視線を向ける。
「えーと、この子？　変な服着た奴に、女の子のポケモンが取られたって聞いたんだけど……」
「ベルのムンナがプラズマ団に取られたらしいんです、行き先に心当たりありませんか、アーティさん！」
口を開きかけた女の子をさえぎってトウヤが詰めかかる。
アーティはベル、トウヤ、女の子、と、視線をくるくると動かすと、難しい顔をしてうなってから、鼻息を荒くする女の子に顔を向けた。
「アイリス、キミはその子をポケモンセンターまで連れていって。
　トウヤくん……ヒウンシティは広い、手分けして探そう。
　残念ながらボクにはプラズマ団の行き先は検討もつかないけど、連れ去られたムンナがその子のことを愛してるなら、きっと暴れているはずだ。
　街中で暴れるポケモンを引きずっていたら相当目立つ。　片っ端から聞き込みすれば……」
「そっか、すれちがい調査隊！」
「うん、それ、すごくいいアイディア！」
アーティはパチンとウインクすると、「それじゃ」と言い残して街の方へと走り出した。
トウヤはベルの方へ視線を向ける。
まだかなり落ち込んでいるようだったが、彼女のそばにいるアイリスという女の子が目におなかに力を入れて意気込んでいた。
「だいじょーぶ、あたしがお姉ちゃんをボディーガードするから！」
「……うん、任せた！　行こう、ミルホッグ！」
「ぎゅっ！」と高く鳴くミルホッグを引きつれ、トウヤは港沿いの道を行く。
数日前に潜ったガラス張りの自動ドアを潜ると、最初に来たときほどではないが、調査隊の面々は今日も忙しそうに動き回っていた。



「おい、ちゃんと人数確認したか？　弁当組把握しとけよ！」
「部長！　ハンバーグ弁当売り切れらしいです、他の頼んでください！」
「せんぱーい、冷蔵庫のチョコもらっていいですかー？」
「誰だーッ、俺のパソコンにポテチ落としたやつーッ！！」

「あのー！」
トウヤが叫ぶと、奥の机から調査隊の隊長が顔を出し、小走りに近寄ってきた。
「おぉ、トウヤ隊員！　どうしたんだね、何か質問か？」
「友達のムンナが、プラズマ団っていう変な奴らに取られたんです！　隊長、何か情報ありませんか？」
「ポケモンが取られた？」
ところどころつっかえながらも、トウヤは隊長に事情を説明する。
全て聞き終わると、すれちがい調査隊の隊長はおでこをかきながら考え込み、かなり難しい顔をしてからうなずいた。
「話はわかった。　しかし、残念ながらトウヤ隊員が思っているような通信機能はすれちがい調査にはない。
　代わりにここにいる社員と私のライブキャスターで知り合いに話を聞いておこう。　トウヤ隊員、ライブキャスターは持っているか？」
「あ、はい！」
手早く番号を交換すると、隊長は社内の面々を集めムンナのことを聞く。
誰もが首を横に振った。　内務に徹していた人たちは通りのことなど見ていないのだ。

再び通りに出ると、トウヤは喉まで出かかった「だめか」という言葉をぐっと飲み込んで辺りを見回した。
１秒１秒、時間は確実に過ぎていく。　脳みそを絞るようにして考えると、トウヤは１番近くにあるポケモンジムのある大通りに目を向けた。
逃げ場のなくなる港へは行かないはずだ。　そうアタリをつけ、通りの人に片っ端から話しかける。
「ムンナを持ったフードの人？　さぁ……」
「いや……僕は今、会社から出てきたばかりだから。」
「お役に立てなくてすまないね。　早く見つかることを祈ってるよ。」
そりゃそうか、と、トウヤはため息をついた。
なにせ、すぐそこにポケモンジムだ。　こんなところを堂々と歩く悪党がいるなら見てみたい。
場所を変えようと体の向きをかえたとき、トウヤは通りを走ってくる人とぶつかって盛大に尻餅をついた。
謝ろうと顔を上げた瞬間、トウヤは目を見開いた。　慌てて自分の頭にフードを被せる。
「……ぷ、ぷらーずまー……」
「プラーズマー！」
……まさか、こんなところでプラズマ団に会うなんて。



おびえるミルホッグをモンスターボールへと戻すと、トウヤは慌てて走っていくプラズマ団の行く先を目で追った。
プラズマ団はポケモンジムのはす向かいにあるビルへと駆け込むと、入り口の自動ドアを潜って中へと入っていく。
トウヤはアーティに連絡しようとして、手を止めた。
何か、とてつもないものが近づいてくる、そんな気配がする。　反射的に壁際まで逃げ込むと、トウヤは出来る限りプラズマ団が入っていったビルへと近づく。
意外と簡単に、自動ドアまでは近づけた。
そこから先をどうするか。　トウヤがしゃがみこんで考えていると、１台の車がビルの前に止まり、それに合わせるようにしてビルの扉が大きく開いた。
「ゲーチス様！！」
「え……」
かすかに聞き覚えのある名前に、トウヤは飛び出していったプラズマ団の背中越しに車の人へ目を向けた。
緑髪で大柄な、奇妙な模様のあるマントを羽織った壮年の男……カラクサタウンで演説をしていた、『プラズマ団のゲーチス』だ。
トウヤはその男をよく見ようとしたが、頭の後ろに気配を感じ、慌てて看板の陰に身を潜める。
何秒もしないうちに、大勢のプラズマ団を引き連れた老人がビルから現れ、車を降りたゲーチスに一礼した。
状況はよくわからないが、チャンスだ。　トウヤは肩ギリギリまで近づいていたプラズマ団の足元から走り出すと、開きっぱなしになっていたドアの中へと滑り込んだ。
空っぽのフロアを見渡し、誰もいないテーブルの下へと潜り込む。
程なくして、辺りが騒がしくなる。　プラズマ団たちが戻ってきたに違いない。

「……では、こちらにも王は来ていないと。」
「申し訳ありません。　街中で王と同じポケモンを見たという噂だけで……」
「ふむ……」
周りはプラズマ団だらけ。　トウヤは音を鳴らしそうな奥歯を強く噛み締める。
５つのモンスターボールをぎゅっと強く抱くと、トウヤはプラズマ団たちの会話に耳をそばだてた。
「仕方ありません、私は別の街を探すことにします。
　スムラ、あなたは今までどおり、このアジトを拠点に活動を続けなさい。　我らが同志に動揺を与える必要はありません。」
「……わかりました。
　ゲーチス、必ずや……我らが王を探し出してください。　王は……」
「解っていますとも。　我らが王は、世界の英雄となるべきお方……　……必ずや。」
無意識に噛んでいた唇から、いつの間にか血の味がしていた。
耳の感度を上げると、エレベータが到着したチン、という音とともに、誰かがトウヤたちのいるフロアの中へと駆け込んできた。
トウヤは身じろぎしそうになるのを必死でこらえた。　ムンナの鳴き声だ。

「ゲーチス様、スムラ様！　街中にいたトレーナーから、ポケモンを解放させることに成功しました！」
「おぉ……」
「これはこれは……」
夢の跡地で聞いたときよりもムンナの鳴き声が弱々しい。
『バトルで負けたあと、奪われた』　ベルの声がこだまする。　そうだとすれば、戦うことも出来ない状態のまま、ここまで連れてこられたはずだ。
握り締めたトウヤの拳の中で、爪が突き刺さる。
「こんなに傷ついて……おかわいそうに。　弱いトレーナーに捕まってしまったばかりに、その御体に不似合いな傷をつけられたのですね。
　おびえることはありません、私たちはあなたの味方ですよ。　あなたを我らが王が創る新しい世界へと、招待してさしあげましょう。」
「む、むぅ……！」
建物の壁が白く光り、プラズマ団数人から悲鳴があがる。
ムンナの『フラッシュ』だ。　思わず立ち上がると、どこかで見たことのあるような銀色フードが拳を振り上げている。
「こ、この！」
「オタマロさん、『みずでっぽう』！！」
なにがなんだか分からないうちに、勝手に体が動いていた。
驚いた顔で見つめるプラズマ団たちの視線の先に、ビリビリする腕で小さなオタマロさんを支えるトウヤの姿がある。


少し意外そうな顔でトウヤのことを見ると、プラズマ団のゲーチスはニヤッと口角を上げた。
「ポケモントレーナー……ムンナを取り返しにきましたか。」
「あ……あ……」
予想以上のプラズマ団の多さに、トウヤはオタマロさんを持ったまま凍りついた。
ベルのムンナは浮き上がる力もないらしく、プラズマ団の足元で気の抜けかけた風船のように浮かんだり落ちたりを繰り返している。
動かさなければと思う足は石になったように動かず、強く噛み締めていたはずの奥歯がカチカチと鳴った。
「……ゲーチス様、スムラ様。　ここは私が。」
ムンナのすぐそばにいるプラズマ団が、幹部らしき男２人とトウヤとをさえぎる。
「いいでしょう……期待しますよ。」
恐らく『スムラ』なのだろう、老人が小さくうなずくと、プラズマ団はヒヒッと笑ってボールからポケモンを呼び出した。
毛玉から翼の生えたようなポケモンが羽ばたきながらキィキィと鳴き声をあげる。
洞窟などにいるこうもりポケモン、コロモリだ。

コロモリはキィッと鳴き声をあげると、目を見開いたまま固まっているトウヤの手を叩き、オタマロさんを叩き落した。
「まーろまろまろまろ！」
耳障りな鳴き声をあげると、オタマロさんは頬の袋を振動させ『ちょうおんぱ』を発生させる。
音にやられたトウヤが耳をふさぎ、安定して飛び回っていたコロモリがふらつきだす。
「ンだ……このオタマロ……！」
「まろまろまろまろまろまろ！」
トウヤのことなど全く気にすることもなく、オタマロさんは尻尾をびちびちと振り回すとコロモリへと向かって『バブルこうせん』を発射した。
バチバチと泡が弾け、コロモリが悲鳴をあげる。　プラズマ団の男が歯噛みしたのを見て、トウヤはハッと顔を上げた。
「オタマロさん、危ない！！」
「コロモリ、『ハートスタンプ』！！」
「ま……」
手も足もないオタマロには毛玉から飛び出してきたハート型の衝撃を避ける時間などなかった。
押しつぶされて地面にへばりついたオタマロさんを、トウヤはモンスターボールへとしまう。
コロモリのプラズマ団に睨まれ肩をすくませると、呼んでもいないのにフタチマルが現れ、トウヤの前に立ちはだかった。
戸惑うことばかりだが、今はフタチマルしかいない。
ぎゅ、と、唇を噛み、トウヤはバサバサと羽音を立てているコロモリを睨むように見つめた。

「離れてても攻撃してくるよ、気をつけてフタチマル！」
「ふったぁ！」
砂嵐で毛羽立った体毛をブルブルッと振ると、フタチマルはキッとプラズマ団たちを睨みつけた。
プラズマ団の男はヒヒッと笑い、フタチマルへと人差し指を向ける。
「ボロボロじゃねぇかぁ、そんな状態で戦わせるなんて、やっぱトレーナーってとんでもねぇ生き物だなぁ？」
言い返すことも出来ず、トウヤはぎゅっと唇を噛んだ。
言葉の代わりに、人差し指をコロモリへと向ける。　ひゅっと息を吸い込む音が聞こえたのを合図に、トウヤは強い声で指示を出した。
「１、２、３！　フタチマル、『みずでっぽう』！！」
「『かぜおこし』だ、コロモリ！！」
翼から巻き起こった風が、フタチマルの放った水流を押し戻す。
トウヤは舌打ちした。　ぎゅっと手を強く握ると、バッグの紐を握りながら大きな声で指示を出す。
「『シェルブレード』！！」
「たっ！　………………ふた……？」
指示通り『シェルブレード』を放とうとして、フタチマルは足元の違和感に止まった。
ホタチが片方、ない。　攻撃の気配に慌てて飛び退いたとき、トウヤも思い出す。　ズルッグとの戦いで砂の中へと落とした、片方のホタチのことを。
「しまった……！」
「ヒヒッ、ネタ切れか？　コロモリ、『ハートスタンプ』でとどめだ！！」
キィッと甲高い声をあげ、コロモリがハート型の鼻先に力を集中する。
フタチマルはひとまず片方のホタチを持ったが、どうしたらいいか分からない、といった様子でトウヤに視線を向ける。
血のにじむ唇から歯を離すと、トウヤはバッグの紐をぎゅっと握りなおした。
「フタチマル、そのホタチを両手で構えるんだ！！」
指は技を出しかけたコロモリへとまっすぐに向く。
その『指示』の意味を、フタチマルは体で覚えていた。
「１、２、３、４！」
「……！　皆！　すぐに伏せるのです！」
ゲーチスがトウヤとフタチマルの真意に気付き、プラズマ団へと叫ぶ。
「『シェルブレード』！！」
「ふったぁっ！！」
ホタチから放たれた水流がうねり、ムチのように相手の攻撃ごとコロモリを吹き飛ばした。
トウヤの顔がほころぶ。　バクチだったが、うまくいった。　２つに分散していたエネルギーを１つにまとめれば、その分勢いもつくはずだと。
「フタチマル、サムズアップ！」
聞いたこともない指示にフタチマルは「ふた？」と疑問の声をあげ、トウヤの方に振り返った。
顔を上げると、トウヤが向けているのは『いいことがあったときにするポーズ』だ。



フタチマルがパタパタと手を振って応えていると、不意に足元を攻撃され、フタチマルは思い切り冷たい床に顔を打ち付けた。
視線を動かすと、先ほどとは違うプラズマ団がポケモンを携え、トウヤとフタチマルのことを睨みつけている。
「な、なにする……！」
「うるさいわね！　あたしたちは、あんたみたいな愚かなトレーナーに負けるわけにはいかないのよ！」
「そうだ！　仲間の危機に手を貸して何が悪い！」
反論する気も失せ、トウヤは再び血の味がする唇を噛んだ。
バトルに夢中になってすっかり忘れていた。　自分がプラズマ団に囲まれていたことを。
ボールの開く音が数回聞こえ、こめかみに冷たい汗が流れる。
フタチマルは限界だ。　イチかバチかで新入りの入ったボールに手を伸ばしたとき手元で甲高い電子音が鳴り響き、思わずトウヤは跳ね上がった。

ライブキャスターだ。　眉を潜めるスムラをよそにトウヤが通話ボタンに手を伸ばすと、なんとも間延びしたのんきなアーティの声が機械から聞こえてくる。
『やーあ、トウヤくん！　ずいぶん楽しそうなことやってるみたいだねん。』
「アーティさん！　何やってんですか、こっちすごく大変なんですよ！」
『……みたいだねぇ。　その勇気はすごくカッコイイけど、独りでいっちゃうのは、お兄さん関心しないなぁ？』
言いたいことが心から溢れかけてきて、トウヤの目に涙がにじむ。
そんなトウヤの様子を見て、アーティはちょっとすっぱいような顔をすると、ふふん、と鼻を鳴らし画面に顔を近づけた。
『さてと、ここで問題です！　今、ヒウンジムリーダーのアーティは街のどこにいるでしょーか？』
「え……」
トウヤが答えるよりも先にガラスの自動ドアが開き、茶色い髪をした細身の男がプラズマ団に視線を向けた。
半分限界にきているトウヤにウインクすると、男はトウヤと繋がっていたライブキャスターのスイッチを切る。
「答えは、キミの前……ってね！」


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