「トウヤ!!」
通りから駆けてきたベルが建物に入ろうとしてアーティに止められる。
プラズマ団の男は床に転がっていたムンナを抱え、肘できつく締め上げた。
「メニティッ!?」
「これはこれは……ジムリーダーのアーティさんではありませんか。」
丁寧な……逆に小ばかにするような仕草でプラズマ団のゲーチスはアーティに向かって頭を下げる。
今にも泣きそうなトウヤとベル、それと殺気立つプラズマ団たちに視線をぐるりと回すと、アーティは片手を上げてゲーチスに視線を向けた。
「プラズマ団って、人が持っているものを欲しくなると盗っちゃう人たち?」
肩をすくめるアーティを、ゲーチスはふんと鼻で笑った。
「なんとでもお言いなさい。 我らプラズマ団には崇高なる目的があるのです。
貴方がた……イッシュ地方建国の伝説はご存知ですか?」
「アイリスしってるよ、えいゆうとドラゴンポケモンのおはなしでしょ!」
アーティの陰に隠れていたアイリスが顔を出し、通りの端まで響くのではないかという声を出す。
「そう……多くの民が争っていた世界を、どうしたらまとめられるか……?
その理想を追い求めた英雄のもとに現れ、知識を授け歯向かうものには牙をむいた伝説のドラゴンポケモン……
英雄とポケモンのその姿、その力が、皆の心をまとめ、イッシュを創り上げたのです。
今一度! 英雄とポケモンをこのイッシュに蘇らせ人々の心を掴めば!」
トウヤの腕の中で、フタチマルがブルリと身を動かした。
ゲーチスはマントの隙間から見えている手を、ギリ、と音を立てて強く握る。
「……いともたやすく……プラズマ団の望む世界に出来るのです……!」
おびえる子供たちにチラチラと目を向けると、アーティは1歩だけ前に進み、少しの距離をとってゲーチスの前で立ち止まった。
「このヒウンには、たっくさんの人がいるよ。 それぞれの考え、ライフスタイル、ほんっとバラバラ。
正直、なにを言ってるか解らないこともあるんだよねえ。」
「はて……」
「なにを?」
「……だけど、ポケモンを大事にしているのは、みんな同じなんだよね。
初めて出会う人とも、ポケモンを通じて話すんだ! 勝負したり、交換したり……ね。」
トウヤの脳裏に旅の間に出会った人たちが浮かぶ。
人だけじゃない、フタチマルにミルホッグ、オタマロさんに、さっき会ったばかりのズルッグとバケツポケモン。 トウヤの出会ったものはみんな違っている。
「カラクサの演説だっけ? ポケモンとのつきあいかたを見つめ直すきっかけをくれて感謝しているんだよ。
そして誓ったね…… もっともっとポケモンと、真剣に向き合おうってね!
……あなたたちのやっていることは、このようにポケモンと人の結びつきを強めるんじゃないの?」
アーティの視線の先には、ボロボロのフタチマルをかばうように抱くトウヤがいて、ムンナのために飛び出しそうなベルがいて、その手を離すまいとぎゅっと強く握るアイリスの姿がある。
しばらくの静寂の後、ビルのフロアにはゲーチスの高らかな笑い声が響き渡った。
「……フハハハ! 掴みどころがないようで、存外切れ者でしたか!
私は頭のいい人間が大好きでしてね、王のため世界各国から知識人を集め、七賢人を名乗っているほどです。
よろしい! ここは貴方の意見に免じ、引き上げましょう。」
「ゲーチス……!」
「いいのです。 私たちの素晴らしきアジトは、既にありますからね。
そこの娘……ポケモンは返してやろう。」
ゲーチスがベルをアゴで指すと、ムンナを抱えたプラズマ団は嫌そうな顔をしながらもベルにポケモンを渡す。
「……あっ、ありがとう! メニティ! おかえり!!」
「おねーちゃんっ!! こいつら、ひとのだいじなポケモンとっちゃったわるものなんだよ!?」
「で、でもお……ムンナが無事で、嬉しくて……」
アーティの後ろで抱き合うベルとムンナを見ると、ゲーチスは遠くを見るように口元をにやつかせる。
「これは麗しいポケモンと人の友情!
ですが、私はポケモンを愚かな人間から自由にするため、イッシュの伝説を再現し人心を掌握しますよ……!」
「では、ごきげんよう……」
幾何学模様のマントが翻ると一斉に靴が鳴り、思わず避けたアーティとベルの脇を通ってプラズマ団は去っていった。
規則的に並んで進む銀色フードの集団を見送ると、トウヤの腰が抜ける。
「トウヤ! 大丈夫?」
「立てない……」
気の抜けた声をトウヤが出すと、アーティが腰に手を当てて苦笑いする。
ちょっと息ついたところでアイリスにスネを蹴られ、アーティは「おおう」と間の抜けた声を出した。
「アーティ!! どーしてわるいヤツをみのがしちゃったの!?」
「……んうん、だって、奪われたポケモンにもしものことがあれば、ボクたちはどうすればいいのさ?」
蹴られたスネをズボンの上からフーフーと吹きながらアーティは答える。
白い手をトウヤの肩に置き、ベルが身をひねった。
「大丈夫だよ、アイリスちゃんありがとう!
みんなケガなかったし、なにより大事なポケモンとこうやってまた会えたんだもん!」
「そっか……だったらいいんだけど……」
眠るムンナを抱えるベルを見て、アイリスは不満そうな顔をしながらも汗びっしょりの拳を開いた。
空っぽになったホコリの舞うビルを見つめると、アーティは腰に手を当て、フフン、とちょっと勝ち誇ったような顔でトウヤに目を向ける。
「相当頑張ったみたいだね、ヒウンのみんなが心配してたよ、トウヤくん。」
「みんな?」
「そ、みんな! 少なくともこのジム通りはキミの話で持ちきりさ。」
夢中で道行く人に話しかけまくったさっきを思い出して、トウヤは顔を真っ赤にする。
さっきまでキンキンに冷えていた指先が、今度は恥じらいで火照っている。
猫のように口元を緩めると、アーティは子供たちを見回し、指先で見えない糸を操った。
「で、みんなはこれからどうするのさ?」
「……あたしは、ヒウンシティを色々見て回りたいけど……」
ムンナに視線を落とすベルを見て、アイリスが胸の前で握りこぶしを作る。
「だいじょーぶ!!
あたしが、ベルおねーちゃんのボディーガードつづけるから!!」
「んー、いいねえ。
アイリスはとびっきりのポケモントレーナーだけど、この街は苦手みたいだし、それに、ほら、ポケモンも人も助け合い! 助け合い!」
「トウヤは?」
「え?」
「この後、どうするの? メニティのお礼もあるし、おやつとご飯くらいなら、あたしおごっちゃうよ!」
えっと……と言いよどんで、トウヤは目を泳がせた。
ベルが向けてくる期待の眼差しがまぶしい。 半日も経たずしてアイドルか何かにでもなったしまったかのようだ。
ジンジンする唇を吸うと、トウヤはフタチマルを抱え上げ、自動ドアから通りへと逃げ出した。
街中に響くような声で、ベルに対する返事が返ってくる。 その声を聞くと、ベルにアイリスにアーティは、顔を見合わせて笑い出した。
「よんばんどーろにー!! ホタチとりに行ってくるー!!」
「……あんなに慌てなくてもいいのに。」
街を走り抜ける間、ずっと靴の底で砂がじゃりじゃりと音を鳴らしていた。
あんなに気持ち悪いと思っていた感触が、もう1度あの砂嵐に突っ込むと思ったらそれほど気にならなくなっていた。
ずり落ちそうなフタチマルを抱え直し、トウヤはヒウンと4番道路を繋ぐゲートを潜る。
黄色い砂をたたえる4番道路は、朝来たときと変わらぬ姿でトウヤのことを出迎えていた。
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