海風の吹き荒ぶなか、それぞれ違う形をした緑色のポケモン2匹がお互いを睨みながら向かい合っていた。
真っ白な肌がちょっとピンクに染まったベルに、褐色のアイリスが笑みを向ける。
「それじゃあ、いくよ! キバゴ、『ダブルチョップ』!!」
体と同じほどの大きな牙を生やしたキバゴというポケモンは、よちよちと重そうな体を走らせて小さな拳を振り下ろした。
ベルのポケモンは、それをひょいと避けてかわす。 サンヨウジムリーダーの1人、デントも使っていたくさざるポケモン、ヤナップにとってはこのくらいは朝飯前というわけだ。
「わぁ、アビジアナはやーい!
 ……って、そうじゃなかった、反撃しなきゃ。 えーっと、ヤナップの技は……」
「もー、おねーちゃん、それじゃおそいよ!
 こうげきがはずれたときって、すっごくスキだらけなんだから、びしーっといくの!」
「び、びしーっと?」
「びしーっと!」
思い切り人差し指を向けたアイリスにならって、ベルはぎこちなく人差し指をヤナップへと向けた。
あまりのテンポの悪さにすっかりしらけてしまっているヤナップは、しぶしぶといった感じでキバゴへと向き直る。
「それじゃ、アビジアナ! えっと、『つるのムチ』……」
「ちがーう!!」
指示を出しかけたベルの声を、アイリスは大声でかき消す。
「キバゴは『ドラゴン』タイプだから、『くさ』タイプの『つるのムチ』はこうかはいまひとつなの!
 おなじ『ドラゴン』か『こおり』、ダメならこうかあるわざつかわなきゃダメだもん!」
「ふええ!?」



言われている意味がさっぱり理解できず、ベルの頭はオーバーヒートを起こしてその場に座り込んだ。
旅に出てから何度も図鑑は見ているが、改めてバトルのことを調べようとすると覚えることが多くてちんぷんかんぷんだ。
自分と自分のポケモンたちの身くらいは守らなくてはと思い、アイリスにバトルの指導を頼んでみたのはいいものの、朝からこんな調子でさっぱり進まない。
すっかり退屈して遊び始めてしまったキバゴとヤナップを眺めつつ、小さく小さくため息をついていると、どこか遠くからか、誰かの悲鳴のようなものがベルの耳に届いてきた。
「ど、どいてどいてどいてええぇーッ!!?」
遠かったと思っていた声があっという間に近くなり、ベルは思わず振り向く。
街の人ごみを切り裂くように走る人影とポケモン影がぐんぐん近づき、ベルの横を突っ切って埠頭の先っぽに向かって走っていった。
先を走っていた黄色いポケモンは大きく横たわる海の直前までくると、持っていたバケツを思い切り振り回し、海に向かって放り投げた。
あーっ!という悲鳴とともに、後を追いかけていたトウヤが海に向かってモンスターボールを投げる。
ボールから出てきたフタチマルはざぶんと音を立てて飛び込むと、それが水面に落ちるより早く、落ちていくバケツを海面で受け止めた。
「あ、あ……危なかった……」
「トウヤ!?」
「あ、ベル。」
海面から上がってきたフタチマルからバケツを受け取りながら、トウヤは背後の幼なじみに気付いて眉をあげた。
足元には目つきの悪いポケモンとフタチマル、それにバケツを抱えて汗だくになっている姿はマイペースなベルの目から見ても『変』だ。
すごい顔をしてトウヤのことを見ているアイリスはさておき、なんとなく気になってベルは立ち上がると、口元に手をあててトウヤとポケモンとを見比べながら尋ねた。

「すっごい大騒ぎしてたねえ、どうしたの?」
少し疲れたような顔をしてトウヤは苦笑いすると、足元にいる黄色いポケモン……ズルッグを見下ろして、バケツの中身へと視線を向けた。
「それが、このズルッグがボールから出た途端にバケツズマイをいじめだして、街中をずっと追いかけてたんだ。
 アーティさんと約束してたし、もうジムに行かなきゃいけないのに、だいぶ過ぎちゃったし……」
腕のCギアを確認しながら、トウヤは答える。 問題の『ズルッグ』はそっぽを向いている。
後ろのアイリスがトウヤのバケツを確認しながら、ふっふーんと声をあげた。
「おにーちゃん、その子はバケツズマイじゃなくて、イシズマイ! だよ!」
「いやそうなんだけどさ……捕まえたときから石持ってなかったし、ずっとバケツに入ってるからバケツズマイって呼んでるんだ。」
眉毛をハの字にしてトウヤがしゃがみこむと、バケツの中でイシズマイがカサカサと音を立てた。
むん、とアイリスは考え込む仕草を見せてバケツズマイを睨みつける。
1秒経たずして「あっ」と何か思いついたように人差し指を上げると、アイリスは街の方を指差して明るい声を出した。
「そだ、アーティだったらなんかしってるかも!
 アーティのとこにはね、『むし』ポケモンがいーっぱいいるんだよ!」
「『むし』ポケモン?」
「うん、イシズマイもおんなじ『むし』ポケモンだもん!」
キャッキャいいながらアイリスがバケツズマイのことを指差すと、トウヤは1度アイリスの方をまじっと見てから口元に笑みを浮かべた。
「わかった、それじゃあバトルが終わったらアーティさんに相談してみるよ。
 アドバイスありがとう、アイリスちゃん。」
「うん!!」
とびきりの笑顔でアイリスはうなずく。
フタチマルとズルッグをボールへ戻しジムの方へ向かうトウヤの背中を見送ってから、ベルはポケモン図鑑の画面を見つめて軽く頭をかいた。
図鑑越しに見る自分のポケモンたちは、チェレンやトウヤのそれよりもレベルが低いままだ。
同じときに同じ町から出発したもの同士。
比べちゃダメ、と自分に言い聞かせてもジレンマはベルを襲った。





遅刻したことを全く怒らなかったアーティに少しホッとした反面、新たな問題がトウヤは頭を悩ませた。
ちゃんとお昼を食べてくればよかったと後悔する。 虫ポケモンを前にした、アーティの長話。
「キミは旅にでてからどれだけの発見をした?
 ボクはね、子供のころに虫ポケモンの美しさに純情ハートを奪われ、絵を描いたり勝負したりをずっと繰り返して……それでもいまだに発見があるんだ。
 ポケモンと暮らす世界は、ほんと不思議で満ちているんだー。」
相槌を打つタイミングすら見つからず、トウヤは持ってきたモンスターボールに目を向けた。
すっかり退屈したポケモンたちは各々あくびや昼寝や一人遊び、好き勝手なことをして時間を潰している。
トウヤが3度目のあくびをかみころしたとき、さて……と一息置いてアーティの目つきが真剣になった。
アーティの手の上で網目模様のモンスターボールが踊る。
「すっかり話し込んじゃったねえ。 トウヤくん、ボクの話に付き合ってくれてありがとう。
 それじゃ、今度はボクとのバトルに付き合ってくれないかな?」
「えっと……喜んで!」
「『えっと』はいらないよー。」
ヘラヘラと笑うとアーティは網目模様のボールを柔らかい草の生えるフィールドへと放った。
盛り上げられた腐葉土を蹴散らしながら、タイヤのような紫色のポケモンが転がっていく。
見たことのないポケモンにトウヤがポケモン図鑑を向けようとしたところ、アーティが図鑑よりも先にそのポケモンの説明をしだした。
「まゆムカデポケモンのホイーガだよ、フシデの進化形で持っているタイプは『むし』と『どく』。
 体のまわりを囲ってるのはすっごく固いカラなんだ、油断してると踏み潰しちゃうよ?」
そこまで説明しなくても、と思いながら、トウヤは先発するフタチマルを呼び出した。
フタチマルはぐじゅぐじゅと音を鳴らしながら動き回るホイーガを睨むように見ると、腰のホタチを取って力強く構える。
「小難しい説明はいらないよね? それじゃ、始めるよ! ポケモンバトル、レディー……ゴー!!」


「フタチマル、『シェルブレード』!!」
「ふったぁ!!」
トウヤの指示を聞き、フタチマルは鋭く問いだホタチを両手にホイーガへと走り出す。
水の力をまとい振り下ろされたホタチを、ホイーガは身じろぎ1つせず体で受け止めた。
ダメージらしいダメージを受けた様子も見られない相手のポケモンにトウヤとフタチマルが目を見開かせていると、突如、アーティが胸元を押さえ、演技がかった動作で地面にひざを突いた。
「ビシイッ! スイッチ入ったよ!」
「うぇ?」
ホイーガの体がホタチを受け止めたところからごろりと転がりだし、徐々にその速度を上げる。
ゴロゴロと重い音を立てると、ホイーガはその丸い体を回転させたままバトルフィールドをまるで陸上トラックのようにぐるぐる回りだす。
「それじゃ、こっちからもいくよーん。 ホイーガ、『いやなおと』!!」
アーティの指示が飛ぶと、ホイーガは転がりながら飛び上がり、空中でその回転速度を上げ耳をつんざくような高い音を鳴らす。
耳を塞いだフタチマルがホタチを取り落とす。
「『ポイズンテール』!!」
目を開けたトウヤの目の前で紫色の毒針がフタチマルの毛並みを切り裂いた。
よろめくフタチマルを尻目にホイーガは柔らかい草の上に着地すると、その新芽を蹴散らしながらさらにフィールドを旋回する。
ホタチを手に取るとフタチマルは相手のポケモンを睨む。
しかし、『シェルブレード』を当てるのは困難だ。 舌打ちするとトウヤはフタチマルの名を呼び、まっすぐにホイーガを指差した。
「1、2、3! 『みずでっぽう』!!」
「……たぁっ!!」
吐き出された水はホイーガにぶつかり、その足元をふらつかせる。
ひゅう、と口笛1つ鳴らすと、アーティは少し厳しい目つきになってフタチマルの足元に指先を向けた。
「ホイーガ! 『むしのていこう』!!」
ホイーガは体勢を立て直すと、ぴょんと跳ね上がって無数のトゲのようなものをばらまいた。
軽い傷こそあったがダメージらしいダメージにもならず、トウヤが首をかしげたとき、突然フタチマルが咳き込みながらひざを突く。
遠目にわかるほど顔色が悪い。
「フタチマル!?」
「『ポイズンテール』の毒が回ってきたんだねえ、あんまり長いこと戦わせると自滅しちゃうよん。」
息を切らせるフタチマルにトウヤはポケモン図鑑を向ける。
もうさほどHPは残っていない。 ぐっと唇を噛むと、トウヤはフタチマルをモンスターボールへと戻した。
ホイーガにも図鑑を向け残りHPを確認する。
5つのモンスターボールをゆっくりと確認すると、トウヤは思い切り手に力を込めてモンスターボールをバトルフィールドへ放った。

「オタマロさん、『バブルこうせん』!!」
「まーろまろまろまろまろ!」
甲高い鳴き声をあげながら吹き出された泡は硬い体の表面でバチバチと弾け、残っていたホイーガの体力を奪い去った。
動けなくなったホイーガをボールへと戻しながら、アーティはニコニコと笑う。
「いいねいいね、よく育ててる。 ポケモンが好きなコとのバトルってボクワクワクしちゃうよ!
 2匹連続で水タイプか……それじゃ、このポケモンはどうかな? ……ハハコモリ!!」
アーティがボールを放つと、中からはしなやかな身体のカマキリのような、木の葉のようなポケモンが姿を現す。
トウヤはそのポケモンに図鑑を向けた。 オスだ。
「『ハハ』コモリ……?」
「学名だもの、細かい事は気にしない!
 それじゃあ、いっくよー! 『はっぱカッター』!!」
「え」
ブンと腕を振ったハハコモリから無数の木の葉が飛び出し、草の上を転がるオタマロを弾き飛ばした。
弱点を突かれ、一撃で体力のほとんどがなくなってしまった。
予想もしていなかった展開にトウヤの口がぱっくりと開く。
「アーティさんの専門って『むし』タイプじゃ……?」
「そうだよ、びっくりしたかい?
 ハハコモリは『むし』タイプ、そして『くさ』タイプでもある。
 ヤグルマの森でクルミルっていうポケモンを見たかい? ハハコモリはね、クルミルに森の葉っぱと自分の糸でお包みを作ってあげるんだ。
 まさしくボクにぴったりな、芸術的母性溢れるポケモンだと思わないかい?」
長話はともかく、ひとまずタイプ外の技を撃ってきた説明はついた。
トウヤは唇を噛んだ。
今の状態では交代はできない。 力を入れた目でオタマロのことを見ると、トウヤは体をくねらせるハハコモリに向かって人差し指を向ける。
「『りんしょう』!」
大きくほほをふるわせると、オタマロはその場で跳ね上がるようにして衝撃波を放った。
ハハコモリの足が少しよろめくが、決して有効打になっているとはいえない。
アーティが指示を出すと、ハハコモリはその鎌のような腕を振ってオタマロを弾き飛ばす。
壁に激突したオタマロはその場で赤と白のモンスターボールへと姿を変えた。 アーティが何か言おうとするタイミングをさえぎって、トウヤはすぐさま次のモンスターボールを放つ。
「ミルホッグ、『かたきうち』!!」
振り下ろされた拳の一撃で、ハハコモリは土を跳ね飛ばすほど地面に叩きつけられた。
戦うことの出来なくなったポケモンを、アーティはモンスターボールへと戻す。
その口元に、小さな笑みを浮かべたままで。


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