「今の、アロエ姐さんの技だね?」
戦闘不能になったハハコモリを網目模様のモンスターボールに戻しながら、アーティはトウヤへと話しかけた。
オタマロさんの入ったモンスターボールを受け取りながらトウヤは顔を上げると、ミルホッグの頭をなで、小さくうなずく。
「ジム戦のあと、アロエさんから技マシンっていうのをもらって……
 アロエさんのミルホッグすごく強かったし、せっかくだから覚えさせてみたんです。」
「うんうん、いいアタックだったよ。 ボクだって、ハハコモリがこんなに早くやられると思ってなかったしさ。」
褒められて照れたミルホッグが頬袋をぐしぐしとこねる。
「トウヤくんは「いい!」と思ったことはどんどん吸収するタイプだね。 この先どれくらい強くなるかと思うと、胸がドキドキしちゃうよ。」
そう言ってアーティは自分の胸に手を当てると、3つ目のモンスターボールをいとおしげに手に取った。
網目模様のボールにキスを落とすと、ほんの少しだけ厳しい顔をしてトウヤとミルホッグに視線を向ける。
「……とはいえ、ボクもこのポケモンが最後だから、しっかりやらないとね。 ジムリーダーとして。
 さあ、キミの出番だよ! イシズマイ!!」
繰り出されたポケモンを見て、トウヤは「あっ」と声をあげた。


オレンジ色の体に、大きな2つのハサミ。
体を押しつぶそうな岩を背負っているポケモンを見て、トウヤは目を見開かせる。
「バケツズマイ……」
「んうん? イシズマイ、だよ?」
恐らくトウヤの持っているそれの方が異常なのだろう。 『イシズマイ』の背中にはどっしりとした硬そうな岩が装備され、その細い体をがっちりと守っている。
初めて見る本物の『イシズマイ』にトウヤが目を奪われていると、突然控えのボールが勝手に開き、黄色いポケモンが姿を現した。
ヤクザのような目つきにミルホッグがおびえ、トウヤの体の陰に隠れる。
そんなミルホッグの様子など気にする様子もなくズルッグは勝手に前に進み出ると、がっしりした岩を背負ったイシズマイを睨みつけた。
「ん、交代……かい?」
「え、いや、えっと……ズルッグ?」
オロオロするトウヤの目の前でズルッグはつかつかとイシズマイの方へと歩み寄ると、突然イシズマイの岩を抱え、持ち上げるように引っ張り上げた。
「ぐぎぎ!」
「……! ……!!!」
「ちょっ! ちょっとちょっと、何やってんのさ!?」
トウヤは慌ててズルッグを引き剥がすと、暴れられないように両腕を押さえつけた。
「すみません、こいつ、捕まえたときからずっとこんな調子で……ボクにも何が何だか……」
ふむ、と考えるような仕草をとると、アーティはジタバタしているズルッグと、なぜかトウヤが持ってきたバケツに目を向ける。
わざとらしくこめかみを人差し指でこねると傍らにおいてあったバケツにその指先を向け、くるくるとトンボでも捕まえるかのように指先を回した。
「そうだねぇ……ボクの推理じゃ、キミの言う『バケツズマイ』に何か関係があると見た。」
ぽかんと間の抜けた顔をしてアーティのことを見ると、トウヤはポリポリと頭をかき、イシズマイの入っているモンスターボールを手に取る。
またズルッグがいじめないようしっかりと逃げられないよう胴を抱えると、トウヤはボールからイシズマイを呼び出した。
途端、イシズマイは持ってきたバケツの中に飛び込んでバケツズマイへと進化(?)する。

「これです。」
「うん、確かにこれじゃバケツズマイだ。」
すっぽりとバケツにはまったイシズマイを見て、アーティは妙に納得した様子で腕を組んだ。
「それで、どうしてトウヤくんのイシズマイはバケツズマイになっちゃったんだっけ?」
「それがわかんないんですよ。 バトルが終わったらそれを聞こうと思ってくらいで……
 イシズマイ、4番道路で見つけたときにはもうバケツに入ってズルッグに振り回されてたんですから……」
「4番道路? おかしいなあ、イシズマイはそこよりもっと北にあるリゾートデザートに生息してるポケモンだ。」
あれ、と声をあげ、トウヤはズルッグを抱えたままバケツに入ったイシズマイに視線を向けた。
どうしてなんて、トウヤの方が聞きたい。 4番道路にポケモンを捕まえに行って、そしたらズルッグとイシズマイがいて、トウヤはそれを捕まえてきただけなのだから。
少しの沈黙が続くと、少し強めの吐息とともに、「はは〜ん」という、アーティの鼻にかかった声がトウヤの鼓膜をくすぐった。
「ちょーっとだけ、分かったかもしれないなぁ。 ズルッグ、キミもリゾートデザートのポケモンだろう。
 それで、宿をなくしたイシズマイの岩を探して4番道路まで来ちゃった……ってとこ?」
「それじゃ、ズルッグはイシズマイを助けようとしてたってことですか?
 で、でも……4番道路で見たとき、ズルッグ、イシズマイを食べようとしてましたよ! ダルマッカの火で焼いて!」
「ダルマッカの進化形、ヒヒダルマには体力がなくなると石化して消耗を抑える習性があるんだ。
 もし、そのことをズルッグが知っていたとしたら、形の似ているダルマッカも同じように石になると考えたんじゃないかな? ボクの勝手な推測だけどさ。」
あんまりな真実にトウヤはめまいがしてきた。
視線をズルッグへと向けると、彼の気持ちを知ってか知らずか、ズルッグはケッと舌打ちしてそっぽを向く。
アーティは口元を緩ませてにんまりと笑い、ズルッグに向けてチ、チ、チと指を振った。
「うん、そういうことだったらボクの出番だね。
 このジムの裏にボクのイシズマイのために用意した予備の岩がある。 それを使えばいいさ。」
ズルッグのトサカがピクリと動いたのを、アーティは見逃さなかった。
「ホントですか!?」
「た・だ・し、タダじゃあげられないよん。」
「バトルに勝ったら……か。」
「そういうこと♪」
そっぽを向いていたズルッグは、ピクピクとトサカを動かすと、だぼだぼの皮を引っぱり上げてバトルフィールドの真ん中へと歩き出した。
すっかり戦闘意欲をなくしているミルホッグとバケツズマイがトウヤの背中で、黄色い背中を見つめている。
トウヤはその2匹をボールに戻すと、1度大きく息を吐いてから、ポケモン図鑑を片手にアーティのイシズマイへと目を向けた。
「おっ! やる気出てきたみたいだねぇ、それじゃ、バトル再開といきますか!」


トウヤの返事を合図にズルッグはのしのしと進み出ると「み゛っ!」とイシズマイを睨みつけた。
少しびくついたイシズマイだったが、アーティの指示が出るとカサカサと音を立て、短い歩幅で前へ進み出る。
「それじゃ、いきます! ズルッグ『ずつき』!!」
くわっ!と目を見開くと、ズルッグは硬直したイシズマイへと走って近寄り、黄色い頭を思いっきり打ちつけた。
声にならない声をあげイシズマイはよろめき回る。 反撃はない、今がチャンスだとトウヤは指示の声を出すべく息を吸い込む。
だが、ズルッグの様子がおかしいことに気付き、トウヤは止まる。
攻撃した立ち位置のまま、ズルッグは黄色い頭を両手で押さえ、無言のまましゃがみこんでいた。
「……ズルッグ?」
「そりゃあ、イシズマイの石は岩だもの。 頭なんかぶつけたら痛いに決まってるさー。」
なんだかすっごく悪いことをした気分になりながら、トウヤは取り直せない気を取り直そうと唇を噛んだ。
どうも『ノーマル』タイプの技は効かなさそうだ。 図鑑を確認すると、トウヤは改めて息を吸い、指示を出すための人差し指をまっすぐイシズマイに向ける。
「ズルッグ、『けたぐり』!!」
「させないよ、イシズマイ『てっぺき』!!」
トウヤのズルッグがイシズマイを蹴りつけようとした瞬間、イシズマイが岩の殻に隠れ、殻が黒光りした。
ガッチガチに固められた防御壁に思い切り足をぶつけ、ズルッグはまたもうずくまる。
罪悪感でトウヤが頭を抱えそうになったとき、アーティの手が動き、その指先がズルッグへと向けられた。

「『シザークロス』!!」
岩から飛び出したイシズマイが両腕のハサミを振り上げ、ズルッグへと襲い掛かる。
交差する斬撃が胴の真ん中をとらえると、ズルッグは悲鳴のようなものをあげながらフィールドを数メートルほど飛ばされた。
「ズルッグ!?」
「まだまだ終わりじゃないよ、さあ、トウヤくん、どう戦う?」
迫り来るイシズマイを見てトウヤの脳みそが破裂しそうなほど熱くなる。
普通の攻撃じゃダメだ、かといって控えには、体力の尽きそうなフタチマルと有効打のないミルホッグしかいない。
図鑑を睨むように見つめると、トウヤは唇を噛んでイシズマイへと手を向ける。
「ズルッグ、『すなかけ』!!」
トウヤの方をチラリと見、ズルッグは足元の地面を思い切り蹴り上げた。
ズルッグは狙いの外れたイシズマイの背後を取る。 開いていた手を強く握ると、トウヤは自分でも驚くほど大きな声で指示を出していた。
「今だ、蹴り上げろ!!」
「ぐっ!」
ガン、と硬い音が鳴った。
アーティが見上げる先には空中でバランスを失ったイシズマイ。
ジタバタと手足を振るイシズマイに人差し指を向けると、トウヤは少し高めに顔を上げて、ズルッグに攻撃の指示を出す。
「『かわらわり』!!」
小気味良いパアン、という音が響くと、イシズマイの背負っていた岩が砕け、オレンジ色の体がフィールドを覆う壁に叩きつけられた。
壁に張り付いた小石が遠慮がちに土の上に散らばるのを見ると、トウヤはハッと我に返り、自分の置かれた状況を確認する。



「ぬうん……!? ひょっとして終わり?」
自らの殻に埋もれているイシズマイを見ると、アーティはちょっと眉を上げて頭をポリポリかいた。
トウヤはズルッグに向けてサムズアップする。 自分の手とトウヤの手を不思議そうに見比べると、ズルッグは面倒くさそうに舌打ちしてのろのろとトウヤのもとに戻っていった。
「あうう、負けちゃったよ……それにしてもキミ、すっごく強いんだねえ。」
裏のない言葉に褒められ、トウヤは照れて顔を赤くする。
アーティは首にかけたスカーフの下から薄いトンボの羽のようなバッジを抜き取り、それをトウヤに手渡した。
「ビートルバッジ、かっこいいでしょ!
 えーっと、そうだ、イシズマイの宿をあげる約束だったね。 ついておいで、こっちだよ。」

自分のイシズマイをモンスターボールへ戻すと、アーティは手招きしてトウヤをアトリエに使っている階に導く。
エレベーターのライトが48階を示す。 扉が開くと、トウヤは丁寧に整理されて置いてある絵画や彫刻に感嘆の声をあげた。
「わ、すごい……」
「今度モードストリートにあるアトリエで展示会をやるからねー、開始までここに保管してるんだよ。
 イッシュ地方に古くから伝わる伝説をモチーフにした絵画なんだ。 ……ん、気に入ってくれたかい?」
返事もせず、トウヤは壁に立てかけてある絵に見入っていた。 いつの間にボールから出てきていたミルホッグと一緒に。
絵の中では一面に青白い閃光の漏れる暗雲が広がり、その真ん中で真っ黒なドラゴンが咆哮をあげている。
「こくいんポケモン、ゼクロムだよ。」
見るのに集中しすぎていたトウヤはアーティの声に引き戻され、ビクッと跳ね上がった。
「こっちに白い竜のポケモンがいるだろ? これがはくようポケモンのレシラム。
 その昔、まだ人間たちに争いが絶えなかったころ、みんなの心をまとめようと悩む英雄のもとに現れ、力を貸したって言われてる。
 英雄の絵は奥にあるよ、見てみるかい?」
「ぎゅぎゅっ!!」
トウヤよりも先にミルホッグが返事をする。
ヘラヘラと笑いながらアーティは数歩歩くと、板で囲まれた空間のどん詰まりを指差した。
そちらへと目を向けると、まるで鏡に映ったように同じ姿をした青年が、トランプの絵札のように逆さまの方向を向いている。
少しボーっとした顔でトウヤが描かれた青年を見ていると、ぶら下げていたバケツがカランと音を立て、ミルホッグの鼻がヒクッと鳴った。
振り返るとアーティが飾られたイシズマイの宿を抱え、トウヤに向けて差し出している。
いつから待っていたのだろう。 少しトウヤは恐縮すると、絨毯の上にバケツを下ろし、危なっかしげな手つきでアーティの持つ岩を受け取った。

「あ、ありがとうございます。」
「約束だからねー。 そうだ、これもあげるよ。
 『むしのていこう』はダメージを与えた相手の特攻もさげるんだよね、そういう、なんでもないようなことが大事だったりするからさ。」
そう言うとアーティは透明なケースに入ったディスクを取り出し、トウヤの帽子にちょんとつけた。
渡された技マシンを自分のケースにしまいながら、トウヤは楽しそうに尻尾をゆらゆらさせているミルホッグに肩越しに視線を向ける。
「こんなことなら、シッポウの博物館にあったキレイな石、もらってくるんだったね。」
「ダメダメ、博物館にある物はアロエ姐さんの大事なものだもの。
 あんまりワガママ言うと、アロエ姐さんにきつーくおしおきされちゃうよ!」
苦笑いで返すと、トウヤは再び狭いエレベーターに乗り込み、くるくると数字の変わるパネルをじっと見つめる。
通りに出て振り返れば、ビルのアトリエからはアーティが名残惜しそうに手を振っていた。
手を振り返すと、トウヤは笑顔でポケモンセンターへと向かう。
そのバッグには、緑色に輝く小さなバッジが光っていた。


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