「それじゃいくよ、トウヤ!」
「手加減はなしだよ、ベル!」
噴水広場に出来た人だかりのまんなかでトウヤとベルはそれぞれモンスターボールを持って向かい合った。
2日前に交わされた約束。 ベルもすっかり忘れていたその約束を、昨夜になってトウヤがもう1度もちかけてきた。
2つ返事で快諾したベルだったが、トウヤのバッグについた緑色のバッジを見て、内心焦っていた。
同じ1歩を踏み出した幼なじみ同士だったのに、少しずつ、少しずつ、チェレンやトウヤとの差が開き始めている。
悪い考えを打ち消すようにハーデリアの入ったボールをぎゅっと両手で握ると、ベルは雲1つない青い空に向かってボールを放り投げた。



「いくよー、ソバカ!」
「ミルホッグ!」
先頭で出てきたミルホッグを見て、いつものフタチマルじゃないんだ……と、ベルはちょっと目を丸くした。
ずっとバトルを嫌がっていたポケモンだったはずなのに、いつ変化したのか、今はハーデリアと戦うのを楽しみにしているようにすら見える。
後ろ足を踏ん張って体の模様をチカチカ光らせるミルホッグに向かって、トウヤは人差し指を向けた。
先手を取られてもつまらない、ベルは思い切り息を吸うと、ハーデリアに向かって甲高い声を上げる。
「ソバカ、『とっしん』!!」
ばうっ!と大きな声を上げるとハーデリアは長い毛を揺らして走り出した。
ミルホッグと視線を合わせると、トウヤはうなずき、指を差し直す。
「『フラッシュ』!!」
ミルホッグは思い切り息を吸うと、体の模様を強く光らせた。
まぶしさで目がくらみ、ハーデリアの足元がよろつく。 あ、と、ベルが声を上げる間もなく、トウヤの視線が動いた。
「ミルホッグ、『かたきうち』!」
両手を強く握るとミルホッグは勢いをつけて、がら空きなハーデリアの足元をはたき飛ばした。
それほど強い攻撃ではなかったがハーデリアはバランスを崩し、吹っ飛ばされて噴水の中に落っこちる。
水をかきかき戻ってくると、小さな犬のポケモンは体をぶるぶるっと動かし、再びベルの前で立ちはだかった。
指示をくれ、とハーデリアの目が訴える。
手にしたポケモン図鑑を握り締めると、ベルは少しうつむいて指示の声を張り上げた。
「ソ、ソバカ、『かみつく』!!」
「ミルホッグ、ステップ!」
強く吠えて飛び掛かるハーデリアにミルホッグは尻尾をぴんと立てると、後ろ向きに転げるようにして攻撃をかわす。
ひゅうと流れるような口笛が人だかりの中から鳴った。
頭の上を飛び越えていくハーデリアにミルホッグはじっと見つめるような視線を向けると、アスファルトに突いた後ろ足に力を込め「キィッ」と鋭く鳴き声をあげる。
「『いあいぎり』!!」
指示が出るとミルホッグはくるりと体を1回転させ、硬く強化した尻尾でハーデリアをなぎ払った。
1度地面の上を跳ねてからモンスターボールへと戻っていくハーデリアを見て、ベルは唾を飲み込む。
何をされたのかさえ分からなかったが、負けた理由だけはハッキリと分かってしまった。
レベル差だ。 単純なポケモンの攻撃力、指示の出し方、覚えさせる技の選択まで、全てにおいてトウヤに差をつけられてしまっている。


「す……っごいね、トウヤ。 あたしびっくりしちゃったよお。」
緑色の帽子を引き寄せて引きつった笑みを浮かべると、ベルはトウヤに顔を見せないようにしてハーデリアのボールをバッグの中へとしまった。
まだバトルは終わっていない、何度も自分に言い聞かせる。
心が折れないように大事に大事に小さな傷の出来たモンスターボールを胸元に抱くと、ベルは広場の中心にチャオブーを呼び出した。
トウヤとともにアララギ博士からもらった、ポカブの進化形だ。
ぎゅっと胸の前で握りこぶしを作ると、ベルは少しトウヤを睨むようにしてチャオブーに向かって声を張り上げた。
「頑張っちゃうよ、フィレ! 『つっぱり』攻撃!!」
大きく鳴き声をあげると、チャオブーはアスファルトの上で四股を踏んで、ひづめのついた両手をミルホッグに向かって突き出しはじめた。
トウヤは一瞬暗い顔をすると、引きちぎるかのようにカバンからモンスターボールを取り出してミルホッグの前に投げる。
飛び出したフタチマルはうずくまるように両腕を顔の前で交差させると、チャオブーの攻撃をその身で受け止めた。
「フタチマル!!」
トウヤはフタチマルの名前を呼ぶと、まっすぐにチャオブーの方を指差した。
さすがのベルもそれが攻撃の前触れだということには気付く。 弱点に攻められてもたまらないが、交代している時間もない。
距離があるのを幸いとしてベルはチャオブーに指示を出すべく大きく息を吸い込んだ。
「フィレくん、『スモッグ』!!」
チャオブーは大きく息を吸い込み、大きな鼻の穴から黒くくすんだ煙を撒き散らす。
ベルはこれで少なくとも大ダメージにつながる『シェルブレード』は来ないだろうと踏んでいた。 しかし、トウヤの視線は動かないままだ。
煙を吸い込んで軽く咳き込むフタチマルに息を合わせると、大きく腕で空を切ってその強い技の指示を出す。
「1、2、3、4……5! フタチマル、『シェルブレード』!!」
フタチマルがホタチを両手に持ち替えた瞬間、チャオブーの放った『スモッグ』が真っ二つに切り裂かれた。
まさか一撃でやられるなんて思っていなかったベルは目を見開いた。 黒く湿ったアスファルトの上に倒れこんだチャオブーは、鼻から薄黒い煙を上げながらきゅうと情けない声をあげている。

驚いてばかりもいられない。 ベルはチャオブーをボールへ戻すと真新しいモンスターボールを手に取る。
「だったら……アビジアナ!」
モンスターボールから飛び出すと、ヤナップはぶるるっと自分の唇で音を出す。
初めて見るベルのポケモンにトウヤの目が輝いた。 少し身を乗り出すようにして1歩前に進み出ると、トウヤは弾んだ声をベルに向ける。
「わ、すごいや、ベル。 ヤナップ捕まえたんだ! どこで捕まえたの?」
「チェレンと一緒にヤグルマの森で捕まえたんだよ。
 アビジアナは草タイプだし、フタチマルには負けないもん!」
うん、と1度うなずくと、トウヤはフタチマルをボールに戻すことはせず、フタチマルのホタチを構えさせた。
トウヤは左手のポケモン図鑑をチラリと見ると、ヤナップへと視線を戻し右手の人差し指をヤナップへと向けた。
逆にベルが動揺する。 タイプの上では、勝っているはずなのに。
「ア、アビジアナ! 『つるのムチ』!!」
「フタチマル!!」
荒く息を吐くとフタチマルはホタチを腰に戻し、居合いの構えを取る。
トウヤの口がカウントを刻み、フタチマルは迫ってくる緑色のツルを小さな瞳でじっと睨みつけた。
「『シェルブレード』!!」
眼前に迫るツルとヤナップに黒い眼を向けるとフタチマルはしなるツルごと、ヤナップの体に水流を叩きつけた。
真っ直ぐに向かっていたツルを押しのけて、水はヤナップの体を弾き飛ばす。
「うそ」
タイプの差をひっくり返し、一撃で戦闘不能にされたヤナップに、ベルは小さく声をあげる。
まっすぐ見つめてくるトウヤに、ベルは次のポケモンを出すべきかどうか迷う。



白い手でモンスターボールを握るベルを見ると、トウヤはフタチマルをモンスターボールへと戻した。
「あ、あのさ、ベル……止めにする? バトル。」
「ど、どうして?」
「だってベル、すっごい怖い顔してるよ。」
言われてベルはハッと自分の顔に手を当てる。
勝たなければと思うあまり、すっかりバトルを楽しむことを忘れていた。
最後の1つ……ムンナの入ったモンスターボールに目を落とすと、ベルは顔を上げてトウヤに向かい合った。
「ううん。 バトル続けるよ、トウヤ! 手加減しなくていいからね!」
「う、うん。」
遠慮がちにトウヤはボールを投げ、黄色いポケモンを呼び出した。
ぐっぐっぐ、と、低くうなり声のようなものをあげる小さなポケモンを制すると、トウヤはベルのポケモンが出てくるのを待つ。
穏やかな茶色い瞳に誘われるかのように、ベルはムンナを呼び出した。
ピンク色の体でふんわりと浮かぶムンナを見て、ベルは心の中で地に這いつくばるほど謝った。
きっと、自分たちは勝てないだろう。 それでもこのバトルは、最後までやらなくちゃいけないんだ。

トウヤの出した黄色いポケモンに指を向けると、ベルはムンナに向けて技の指示を出した。
「いくよメニティ! 『サイケこうせん』!!」
ムンナはふわふわとあくびをするように息を吸い込むと、鼻の穴から虹色に輝く光線を発射した。
トウヤの黄色いポケモンはたるんでいた腰元の皮をぐいっと引き上げると、ムンナの『サイケこうせん』を正面から受け止める。
引き上げた皮を元に戻したとき、ズルッグの体には傷ひとつついていなかった。
呆然とするベルに、トウヤは遠慮がちな声で説明する。
「えっと、あのさ……ズルッグは『あく』と『かくとう』タイプなんだ。
 『あく』タイプには、『エスパー』タイプの技は効かなくって、それは『エスパー』が弱点の『かくとう』を持ってても同じことで……」
「うん……知ってる。 よくトウコちゃんが教えてくれたよね。」
引きつった笑いを浮かべると、ベルは帽子をずり下げてトウヤと目が合わないようにした。
「……トウヤ、攻撃していいよ。 ポケモンバトルだもん。」
腰の辺りで手をさ迷わせると、トウヤはうつむいて、ベルのムンナに人差し指を向けた。
出せるはずの技の名前が言えず、喉に物が引っかかったかのように口をパクパクさせていると、トウヤのズルッグは「ケッ」と舌打ちして、ムンナを殴り飛ばした。
あまりのことにベルもトウヤも驚き、固まる。
さらに数発蹴りが入り、やっとのことで我に返ったトウヤがズルッグのことを止めると、ベルはもう、半分泣きそうな顔をして無理矢理すぎる笑い顔を作っていた。



「ベル……あの……」
「うん、大丈夫。 わかってるよ、トウヤとあたしがバトルして、あたしが負けたの。
 それだけ!」
屈託ない笑みを浮かべるベルに、トウヤの心臓は潰れそうなほどすくみあがった。
よろよろしているムンナをボールへ戻すと、ベルはお尻の後ろで手を組んで、明るい顔と声をトウヤへと向ける。
「すごいね、トウヤ! あたし完敗だったよお。
 チェレンも先に行っちゃったし、もしかしたら2人ならなれるんじゃないかなあ、ポケモンリーグチャンピオン!」
「ベル……」
「あたし、ポケモンセンターいかなきゃ!
 じゃあね、トウヤ。 もし会ったら、トウコちゃんによろしくね!」
大きく手を振って遠ざかるベルを、トウヤは複雑な顔をして見送っていた。
バトルも終わりぱらぱらと人だかりもまばらになる中、じっと立ち尽くしていたトウヤはズルッグにスネを蹴られ、その痛みで石になるかというほどうずくまる。
「痛いよ、ズルッグ……」
「ケッ」

「よぉ、トウヤ!」
うずくまったまま顔を上げると、自分からそれほど離れていないところに、見覚えのあるダンサーがポケットに手を突っ込んだまま立っていた。
以前、戦ったことのあるトリオ・ザ・ヒウンの1人だ。 名前は、確か……
「ミッキー?」
「見てたぜ、さっきのバトル。 ぶっちぎりだったじゃねーか!」
「で、でも……もしかしたら、ベルを傷つけたかも」
「シケた顔してないで! お前にはやるべきことがあーる!」
「うぇっ!?」
ほとんど無理矢理トウヤを立たせると、ダンサーはトウヤの顔の前に親指の立った握りこぶしを突きつけた。
「……サムズアップ?」
「バトルに勝ったらポケモンをほめてやるんだよ。 シケた顔してバトルやってちゃ、ポケモンだって楽しさ半減だぜ?」
「う、うん……」
恐る恐るポーズを作ってトウヤがズルッグにそれを差し出すと、ズルッグは「ぐ」と変な鳴き声をあげてトウヤの動きを真似してみせた。
こわばりながらもトウヤが笑顔になると、ダンサーは腰に手を当てうなずきながら笑った。
「よっし! やっぱトレーナーは笑顔じゃなきゃな!
 笑顔になりたかったらまた来いよ、華麗なダンスもテンション上がるバトルもやってやるぜ!」
「う、うん!」

お互いに向けてサムズアップのポーズをとると、トウヤとミッキーはそれぞれ反対の道に向かって歩き出した。
トウヤは知らない。 かつて彼に『そのポーズ』を教えたのがトウコだということを。
ミッキーは知らない。 今、手を振って別れたばかりの人物が、1年前、腐っていた自分たちにチームを作らせ、3人組のダンスユニットとして花咲かせた恩人の弟だということを。
傷ついたポケモンたちの回復を済ませると、振り返ることなくトウヤは進んでいった。
次の行き先は、稲妻きらめく輝きの街、ライモンシティ。


続きを読む
戻る