『さぁ、ロスタイムは3分。 こちらライモンビッグスタジアム。
 ライモンゼブライカーズとソウリュウクリムガンズ、試合は1−1のまま、緊迫した局面を迎えております。
 先制したのは前半11分、決めたのはライモンの俊足のイナズマ、ロベルト。 味方のセンターパスからの華麗なシュートでした。
 対するクリムガンズは後半16分にMFのケントがまさかのロングシュート! これが決まり、勝負は同点、試合は予断を許さない状況となっています。


 おおっと、ここでケントからユウジにパスが上がる! ユウジ早い、ユウジ…早いッ!
 ディフェンダーのマルクスを抜き……今、シューット!! しかしポストに弾かれる!
 キーパーがこぼれ玉を拾い、ロングパス!
 そして……ライモンゼブライカーズ、カウンターだ!早い、早いぞゼブライカ!!
 キーパー飛び出した! マルコが今トニーにパスを回し、トニーが、ロンッグ……シュート!! 入ったァー! 決めたのはトニー、ライモンゼブライカーズ、追加点!
 あーっと、そしてここでホイッスル!
 試合終了、勝ったのはライモンゼブライカーズ、会場は割れんばかりの大歓声です!!』



熱気にあてられ、ぽっぽした額に手をかざしながらスタジアムの外へ出てくると、太陽はオレンジ色に染まり始めていた。
時計を見れば、もう晩御飯の時間だ。 あっという間に過ぎていく時間にトウヤははぁっと息を漏らすと、そばにいたポケモンたちを振り返りふんわりと口元に笑みを浮かべた。
「すごかったね、サッカー初めて見たけど、あんなにすごいと思わなかったよ。」
他のポケモンたちがそれぞれ思い思いに相槌を打つ中、ズルッグだけそっぽを向いて舌打ちした。
その様子に苦笑いした後、ご飯を食べに行こうとマップを開いたとき、聞き覚えのある声が耳に触れ、トウヤは顔を上げた。
「……トウヤ!」
「チェレン! まだライモンにいたんだ、人がいっぱいいるから下手したら会えないかもって思ってたよ。」
「ライモンシティはポケモンバトルのメッカだからね。 色々とやることもあるんだよ。
 それで、トライアルハウスでトウコのこと聞いてたら、よく似た子がサッカー中継に映ってるって言われてね。
 ……キミのことだったらしいね。」
「そっか、姉弟だしね。」
メガネを上げるチェレンにトウヤが少し肩を落とすと、チェレンは街灯に降り立った鳥ポケモンをボールへと戻し、トウヤに再び視線を向けた。
「……いつ、ライモンに?」
「今日の昼ごろだよ。 ヒウンからこのビッグスタジアム行きのバスが出てて、ちょうど出発するとこだったから乗せてもらったんだ。」
「……僕は、あの砂嵐の中を歩いてきたのに……」
チェレンはトウヤにも聞こえないような小さな声でぼそっとつぶやく。
首をかしげたトウヤになんでもない、と言い訳すると、チェレンはメンバーの増えたトウヤのポケモンたちに視線を向けた。
「……楽しそうだな、トウヤ。」
「うん、なんか、毎日お祭りみたいだよ。」
ほてった頬で笑うと、トウヤは時計を確認し、一緒にご飯を食べよう、と、口を開きかける。
途端、雑踏の中でも聞こえるような高い電子音が鳴って、トウヤとチェレンは小さく跳ね上がった。
2人のライブキャスターだ。 慌てたように2人が通話ボタンに手を伸ばすと、画面の向こうでは少しだけなつかしい顔がニコニコとこちらに向けられていた。


『ハーイ、久しぶりね、ボーイズ!』
「アララギ博士、何の用ですか。」
ライブキャスターの向こうでお気軽に手を振っているアララギ博士に、チェレンが低い声をあげる。
『トウヤにチェレン、2人とも今、ライモンにいるんでしょう?
 ちょうど近くに来てるから、今晩一緒にディナーでもどうかと思って。 もちろん私のオゴリよ?』
「アララギ博士、ライモンに来てたんですか?」
『ついさっきね。 で、どう? ディナーの話。』
顔を上げるとトウヤはチェレンに期待した眼差しを向けた。
ちょっとため息のようなものを吐くと、チェレンは耳の横をかきながらライブキャスターに向かって割と小さな声で返事をする。
「……僕もトウヤも、お受けします。 博士、今どこにいるんですか?」
『あらら? もしかして2人一緒だった?
 こっちはポケモンセンターの前にいるんだけど……迎えに行った方がいいかしら?』
「いえ、大丈夫です。 これから向かいます。」
簡潔に答えてさっさとライブキャスターを切ると、チェレンはトウヤに視線を送り「行こう」と、短い言葉で促した。


ビッグスタジアムからポケモンセンターまで歩いて15分、そこから博士の車に乗り換えて、行きつけだというレストランに着くまで5分。
見慣れない街のギラギラした光景に、トウヤは終始、上ばかり見上げていた。
ヒウンシティも都会だったが、ライモンは別の意味でなんというかこう……派手だ。
そこここの店からラッパやギター、ドラムの音が漏れ出し、オレンジ色の多い明るい色の照明はいろんな色に輝きながら時折チカチカとまばたきしている。
博士が選んだ店の中でも、ホームチームの勝利に沸いたサポーターたちが祝賀会と称して酒盛りをしていた。
今日試合があったのはトウヤの見たサッカーだけではなかったらしく、違う色のユニフォームを着た若者たちの喧騒にかき消されぬよう、自然とトウヤたちの声も大きくなる。
「……それで、何の用ですか?」
氷のたっぷり入ったアイスコーヒーのストローをくるりと回すと、チェレンはそれを一口すすった。
「あらら、チェレンってば相変わらずクールね。
 別に用ってほどのこともないのよ。 近くに来たから、2人の顔を見たくなっただけよ。」
「あ、あの、博士は何をしにライモンに来たんですか?」
目の前にジュウジュウと音を立てるステーキが運ばれ、トウヤは喋りながらも少しイスからのけぞった。
店の明かりに照らされたせいか、キラキラと光る彼の目を見るとアララギは口元を緩ませ、指についたケチャップをぺろりとなめた。
「私がポケモンの起源……ポケモンという種族がいつ誕生したかについて調べているのは知っているでしょう?
 この近くのリゾートデザートにある古代の遺跡でポケモンの化石が見つかってね、その調査のため近くのライモンに降り立ったってわけ!」
「化石……!」
「そう、私たちが生まれるよりずーっと昔から、ポケモンは存在してるのよ。」
感心した様子で肉を噛むトウヤは、「あっ」と気がつくと少し遠くでエサをもらっているイシズマイに視線を向けた。
「だけど……そしたら、リゾートデザートってイシズマイの住処だから、ポケモンの化石もイシズマイの宿にされちゃってるかも……」
サラダを食べていたチェレンが「ぷ」と吹き出した。
少し驚いたように目を丸くしたアララギ博士は半分口元で笑いながら、ピザの1ピースに手をつける。
「心配しなくても大丈夫よ、トウヤ。 私が行くのはリゾートデザートの中にある『古代の城』っていう大昔の遺跡なの。
 遺跡の外にはシンボラー、中にはデスマスとデスカーンっていうポケモンがそれぞれ縄張りを持っていて、イシズマイは近づけないのよ。
 けど、トウヤの言うことも一理あるわね。 イシズマイの宿を調べてみたら、何か面白いことがわかるかもしれないわ。」

クスクスと笑うと、アララギ博士はイスの上で足を組み替えた。
「どう? 2人は。 旅をして何か面白いものは見つかった?」
「……いえ、別に。」
難しい顔をしているチェレンにあらら、と、アララギ博士は小さく声をあげる。
「トウヤは?」
「あ、えーっと……ボクは、いっぱいありすぎて何から話せばいいのか……」
切れ味の悪いナイフが、キッと音を立てた。
食べる気のないパセリをじっと見つめ、トウヤが最初に思いついたのは自分の常識から外れたあの集団のことだった。


「そうだ、博士。 変な人たちがいるんです。
 ポケモンが人と一緒にいるのは可哀相って言って、人のポケモンを無理矢理奪おうとする、プラズマ団っていう人たち。」
「……あぁ。」
心底意外そうな顔をして、チェレンがトウヤに視線を向けた。
「私も、その話はテレビでチラッと見てるわ。」
「ヒウンでベルのムンナが取られそうになって……ごめんなさい、うまく言えないけど……世界にはいろんな人がいるんだなって。」
「そう……」
コーラを飲み干したあと、アララギはストローについた口紅をナプキンの端で拭った。
言葉がまとまらず口をもにょもにょさせているトウヤを横目に、チェレンは用の済んだナイフとフォークを皿の端に寄せる。
「……プラズマ団なら、このライモンシティでも見たよ。」
「ホント?」
「チラッとだけどね。」
溶けかけた氷が、カランと音を立てた。
もっと聞こうとトウヤが口を開きかけたとき、大きくガラスの割れる音が響き、店の中が静まり返った。
視線を動かすと大騒ぎしていたサポーターたちの中心で、それぞれ違うユニフォームを着た男が2人、火花が飛び散りそうな勢いで睨み合っている。



「ンだとぉ、コラァ!? もういっぺん言ってみろやァ!!」
「オゥ、何度でもゆーたるわァ、サッカーなんぞ、ひょろいもやしっ子の遊ぶ玉蹴りじゃゆーたんや!」


「あらら、ケンカ?」
割れたグラスのそばでお互いのエリを掴む男2人に、アララギは思わず席から立ち上がる。
ライモンゼブライカーズのユニフォームを着た細い方の男は、アメフトのユニフォームを着た男を突き飛ばすとモンスターボールから黄色い猫のようなポケモンを呼び出した。
負けじとアメフトチーム、ライモン・ZBKのユニフォームを着たちょっと太めの男は、モンスターボールから真っ黒いテカテカしたポケモンをを呼び出す。
「サッカーのすごさ、教えてやれコジョフー! いけ、オーバーヘッド!!」
割れたガラスの間を器用にすり抜けると、コジョフーと呼ばれた黄色い猫はくるりと身をひねって相手に背中を向けて飛び上がり、自分の頭越しに鋭い蹴りを繰り出した。
黒いポケモンはの攻撃を受け止めると、ふしゅ、と、空気の抜けるような声を出した。
途端、コジョフーは鼻を押さえて黒いポケモンから飛び退く。 店の中に漂う悪臭。 チェレンが袖で口元を押さえ嫌な顔をした。
「何考えてんだテメェ!? 食べ物屋でヤブクロンとか非常識にも程があんだろーが!?」
「じゃかましいッ! 何と言われようが、アメフトは最高なんじゃーい!!
 ヤブクロン、お前さんの最高のタックル見せちゃれやー!!」
黒いテカテカしたヤブクロンというポケモンは、アメフトサポーターの指示を受けると大きく腕を交差させ、散らばった破片を蹴って走り出す。
一瞬にしてゼロ距離まで近づいたかと思えば、コジョフーは机の角に手をつけて一気に天井まで飛び上がった。
攻撃の外れたヤブクロンがカウンター席に突っ込み、転げ落ちたグラスからアルコールの匂いが漂う。

両者が態勢を立て直して睨み合うと、両サイドのサポーターの中からそれぞれ女の子が飛び出し、いがみ合っている男たちの腕を引いた。
「もー、やめようよー! お店の人だって迷惑してるじゃん!」
「どっちもフットボールやん。 街中で暴れとったらこっちが恥ずかしいわー。」
キィキィ言いながら女の子たちは睨み合っている男2人を引き剥がす。
モップとチリトリを持った店員が現れると、店内はようやく静かに……は、ならなかったが、来たときくらいのにぎやかさに戻っていった。
成り行きを見つめていたアララギ博士が再び腰を下ろし、チェレンが呆れたようにため息をつく。
「……まったく、メンドーな。 ……トウヤ、キミももう座りなよ。
 …… ……トウヤ?」
イスから立ち上がったまま、トウヤは片づけをする店員の背中をキラキラした目で見つめていた。
あらら、と、頬杖をついたままアララギ博士がクスクスと笑う。
胸元でぎゅっと手を握ると、トウヤは期待に満ちた表情のまま、サポーターの群れへと飛び込んでいった。
楽しそうにサポーターたちとあれこれ会話をするトウヤに、アララギは渡そうとしていた資料をぱたりとしまう。
頬を紅潮させるトウヤの横顔を見て、チェレンはふぅ、と、小さくため息をついた。


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