『昔々のライモンシティ……そこは銃と権力と力が支配する世界。
 実力がなければ生き残れない、人も自然も……そう、ポケモンたちも……』

低い声のナレーションが響くと、フォロー役のヤナップがシママに乗って、なにやら大きな緑色のポケモンを抱えたまま舞台を横切っていった。
どうやら彼が『悪者』らしい。 勝手に飛び出そうとするオタマロさんを必死で押さえながら、トウヤは始まりの開始を告げるファンファーレを耳にする。
保安官役のベルのチャオブー、それと誰かのハーデリアが飛び出していく。
周りを取り囲むバッジをつけたポケモンたちがくるくると踊って舞台を盛り上げる。
スピーカーからはトランペットの音楽に合わせ勇ましい歌が流れだしていた。


〜♪ 取り逃したか、お尋ね者
 我らライモンの保安官 誇り高く町を守るのさ
 そうさ、それが我らの使命
 今日こそ捕らえるぞ お尋ね者め
 そうさ、我らには頼もしい助っ人がいる その名も〜

『灼熱の彗星、フィレ!!』
『忠実なる閃光、ラッシュ!』

舞台で輝く自分のポケモンに、ベルは声にならない悲鳴を必死で抑えこんでいた。
と、同時に観客席からどっと笑いが起こる。
当たり前か……と、小さくため息をつきながらトウヤは出番のきたオタマロさんを離した。
そりゃあ、笑いも起きるだろう。
保安官役のチャオブーがリボンとレースひらひらのお姫様みたいな格好をしていたら。

舞台は夕暮れの渓谷へと変わり、ヒラヒラフリルのチャオブーとお面で顔の見えないハーデリアの『助っ人』を引き連れた保安官軍団はいかにも「見失いました」といった様子で辺りをキョロキョロと見回す。
スピーカーから大きな音が鳴り、ライトが白いカーテンに雷の模様を映し出す。
いよいよオタマロさんの出番だ。 トウヤは冷や汗をかきながらミルホッグを抱え、舞台の様子を見守った。


〜♪ まんまとかかったな、保安官たちよ
 ここがお前たちの墓場 もう2度とは戻れない
 我らは世界を震え上がらせるお尋ね者 何もしていないと思ったか
 お前たちに紹介しよう 我らに力を貸す仲間たちを〜

『は、博愛の戦士、リズミィ!』
『…… …… え……えー……オタマロさん!』

またも客席から笑いが起こる。
「……だよなぁ。」
トウヤは頭を抱え、小さくつぶやいた。 笑うなという方が無理がある、クジ引きとはいえ完全にキャスティングミスだ。
本人の意向とはいえ、何で西部劇でぐるぐるメガネに博士の帽子なんだ、オタマロさん。
先に決まっていたはずなのに、なんでお尋ね者の肩書きが『博愛』なんだ、シズコさん。 おまけにタブンネはお料理スタイルだし。
舞台の袖でひとりへこんでいるトウヤの肩を叩くと、ミルホッグはなんだかおかしな空気になっている舞台の方に目を向けた。
いよいよ場面は終盤、お尋ね者と保安官の一騎打ち……もとい、乱闘だ。
ポケモンの個性を重視するとのことで、ここでの内容は台本に書かれていない。
だから、失敗もないはず……なのだが、言いようのない不安がこみ上げてトウヤは自分の唇を噛んだ。



『さあ! 囚われのレディ・マラカッチを』
「まーろまろまろまろまろまろまろ!」
『ふん、わかってんだろ保安官。 返して欲しければ、実力』
「まーろまろまろまろまろまろ!」

「や ば い ……」
明らかにオタマロが邪魔をしている。 失敗はないとは言われたが、妨害されたら話は別だ。
すぐにでも引っ込められるようトウヤがモンスターボールを用意していると、なんだかんだでゲスト同士の対決が始まってしまった。
今やっているのはポケモンミュージカル。 本来ここで行われるのは、おもちゃのカタナや手裏剣を使ってのダンス対決だ。
だが、オタマロさんは案の定止める間もなくやってしまった。
鮮やかすぎるほどの、開幕先制『バブルこうせん』。 水に驚いたチャオブーが足を滑らせ転倒して、舞台袖で見守っていたベルが悲鳴をあげる。
「フィレくん!? と、とーや! 止めさせてよお!」
「わ、わかってるよ!」
ばうばうと大声で吠え掛かるハーデリアをオタマロさんは『りんしょう』の音波で吹き飛ばす。
それで終わるかと思いきや、何もすることがなくボーっとしていたタブンネまで『マッドショット』で打ち上げてしまった。
遅かった。 天井に張り付いてみぃみぃと鳴き声をあげるタブンネを見上げたままトウヤがオロオロしていると、足元から茶色いポケモンが飛び出し、舞台の真ん中でまろまろいっているオタマロさんを尻尾で切りつけた。
オタマロさんは弾かれ、小道具の岩型発泡スチロールに埋もれビチビチと音をあげる。
反撃に放たれた『バブルこうせん』をカウボーイハットで防ぐと、ミルホッグは手に持っていたラケットでオタマロを舞台袖まで叩き飛ばした。
足元に飛んできたオタマロをトウヤがモンスターボールへと戻すと、それはそれは痛々しいほどに、舞台の上は静まりかえる。
程なくして、会場は大爆笑と、割れんばかりの拍手に包まれる。
訳もわからず目を瞬かせるトウヤの耳に、少し焦ったようなナレーションの声が聞こえてきた。


『う、裏切ったお尋ね者のオタマロにより、保安官たちは倒されてしまう。
 そこに颯爽と現れた流しのガンマン……ミ、ミルホッグ!
 町を支配するオタマロを倒し、囚われのレディ・マラカッチを救い出した彼……?を、町の人々は英雄とたたえ、盛大に歓迎した!』

舞台袖に引っ込もうとしたミルホッグに、カシャカシャと音を立てて大きな草ポケモンが抱きつく。
わけもわからず目を白黒させるミルホッグの周りにポケモンたちが集まり、陽気な音楽に合わせて踊りだした。
なにがなんだかよくわからないが、これで終わりにしてしまおうということらしい。
チラチラと視線をぶつけるミルホッグに「いいから続けて」とジェスチャーすると、トウヤは腰が抜けてその場に座り込んだ。





大波乱のミュージカルも終わり、観客たちが三々五々、自分たちの帰路へと戻るなか、ミュージカルのオーナーコドウは床にへばりつくのではないかというほど深く土下座するトウヤに頭を悩ませていた。
「……いや、気にしなくていいのだよ? キミのミルホッグのおかげでミュージカルは大成功だったのだから。」
「でも、オタマロもボクのポケモンですから。 本当に申し訳ありませんでした……」
「まーろまろまろまろまろ!」
なぜか満足そうなオタマロさんの頭を、さすがに怒ったのかミルホッグが踏んづける。
てんやわんやのミュージカルショットを見返しながら、ベルはニヨニヨと口元に笑みを浮かべ、写真をひらひらと振る。
「すっごく楽しいミュージカルだったねえ!
 演出家の人も「一部ですごく盛り上がりのあるミュージカルでしたねえ」って言ってたし!」
「ほめてるのかなぁ、それ……」
悦に浸った表情でまろまろ鳴き声をあげるオタマロをモンスターボールへと戻し、トウヤはため息をついた。
ミルホッグはカウボーイハットが気に入ったらしく、自分の頭の上で乗せたり外したりを繰り返している。
まだまだ謝り足りないとは思ったが、これ以上やってもかえって迷惑になるかと思いトウヤが顔を上げると、オーナーのコドウはウキウキと帽子で遊ぶミルホッグに目を向け、じっと口ひげをいじっていた。

「ときに、トウヤくん……相談なのだが。」
「はい?」
ビクビクしながらトウヤは立ち上がり、オーナーのコドウを見る。
杖の位置を少しずらしてミルホッグの方に体を向けると、1度「ふむ」と息を吐いてからオーナーはトウヤに切り出した。
「あのミルホッグを、うちの劇団員にするつもりはないかね?
 確かにキミのオタマロはハチャメチャだが、それをフォローするミルホッグの演技力は目を見張るものがあった。
 どうかね、ミルホッグもミュージカルを気に入っとるようだし、悪い話ではないと思うが?」


「え……」
トウヤは固まると横目でミルホッグのことを見る。
当のミルホッグは自分のことが話されていることなど露知らず、ロビーのファンからもらったリボンをちまちまと前足の先でこね回している。
トウヤが言葉に詰まると、オーナーはしわくちゃの手で肩をぽんと叩き、小さく首を横に振った。
「もちろん、ミルホッグがキミの大切なパートナーだということはわかっているさ。
 すぐに結論を出せとは言わない。
 キミは旅をしているんだろう? このライモンを出るときまでに決めてくれればいいさ。
 私はいつでもここにいるからね。」
不器用そうな足を杖で軽く叩くと、老人はにっこりと笑ってトウヤを送り出した。
うつむきながら歩くトウヤを、物言いたげな顔をしてベルが追いかける。

「すごいね! ミルホッグ大出世だよ!」
「う、うん……」
羨望の眼差しに視線を泳がせるトウヤを見て、ベルはパチパチと目を瞬かせる。
「嬉しくないの?」
「YES」か「NO」かも答えることが出来ず、トウヤはのろのろとしていた歩みもそこで止めてしまった。
ミルホッグが活躍できたことは素直に嬉しい。 だけど、トレーナーであるトウヤがここでミルホッグを預けたら、それはミルホッグに別れを告げるも同じこと。
なにより、ミルホッグの気持ちが大事だ。 けれどそれはトウヤには計り知ることは出来ない。
「わ……かんないや。」


 “ポケモンはそれでシアワセなのか……って。”


Nの声が頭の中でこだまする。
自分のポケモンが自分と一緒にいること以外がシアワセなのか、考えたこともなかった。
おもちゃの剣を振り回して遊ぶミルホッグに視線を向けると、トウヤは石のように硬い唇を、なんとか開いてみる。
「ミ……ルホッグ……」
「ぎゅ?」
海賊ごっこに興じていたミルホッグが振り返ると、そこには顔を固くして立ちすくんでいるトレーナーの姿。
何かを察したのかキュウキュウ鳴き声をあげるミルホッグに弱々しい笑みを向けると、トウヤはベルに別れを告げ、街の方へと歩き出した。





「……行っちゃった。」
ひらひらと手を振るとベルは、ボーっとした表情でトウヤの行く先を見つめる。
特に行くアテがあるようにも見えない。 1人で、あるいはミルホッグと考える時間が欲しいということだろう。
自分に当てはめてみる。 もし、ベルのポケモン……たとえば、チャオブーがポケモンミュージカルからスカウトされたら?
「ああ……」
なんとなくトウヤの気持ちを理解する。
きっとスカウトされたら嬉しいだろう。 だけど、そうしたら少なくとも今までと同じように一緒に旅をすることは出来なくなる。
悩みどころだ。 チャオブーのモンスターボールに視線を落とすと、ベルはもう1度、もう見えないトウヤの背中を目で追った。

「どうしよっかなー、これから……」
西に傾いた太陽を見上げ、ベルはつぶやく。
晩御飯のこと、明日のこと、これからのこと、ずっと先のこと。 決めなければいけないことは意外と多い。
黄色い空を見上げ、とりあえずポケモンセンターに荷物を預けに行こうかと街の看板へと視線を移したとき、突然誰かに腕を掴まれ、ベルは悲鳴をあげた。


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