パチパチと尻尾の付け根からスパークした火花を散らすオタマロを見て、トウヤは絶句した。
出したときから相性の不利は感じていたが、まさかの一撃。
いつもの耳障りな鳴き声すら聞こえず、戻ってきたモンスターボールを持つ指先が冷たくなる。
チクリと痛む指先に目を向けると、トウヤは目のくらむような青い光の中、凛としたたたずまいでこちらを見つめているカミツレへと顔を向けた。
「それじゃ、早速教えてもらおうかしら?
 まずは確認。 アナタの名前と、トウコちゃんとの関係から。」
図鑑と手持ちのボールを見比べながら、トウヤは次のポケモンを選ぶ。
自分でも驚くほどトウヤは落ち着いていた。
小さなモンスターボールからイシズマイを呼び出すと、トウヤは図鑑を小さなネズミのようなポケモンに向ける。
電気タイプのポケモン、エモンガ。 可愛らしい見た目だが、空中から放たれる素早い攻撃は、想像以上に凶悪だ。



「ボクはトウヤ、トウヤ・ブラック。 トウコちゃんの……弟です!」
トウヤが両手を突き出し交差させると、イシズマイは大きなハサミを振り上げ、周囲にとがった石を漂わせる。
カミツレがひゅうと唇を鳴らすと、イシズマイの体が先ほどの青白い光に包まれ、小さく悲鳴のようなものが聞こえた。
いつの間にか入れ替わっていた縞模様の馬のようなポケモンを横に従わせ、カミツレは青い瞳でトウヤのことを見る。
「オーケー、私はカミツレ。 ライモンシティジムリーダーのカミツレ。 トウコちゃんの友達よ。
 それじゃあ、次の質問をさせてもらおうかしら。
 私がトウコちゃんと連絡が取れなくなったのが去年の秋頃、その後のことを、アナタ……知ってる?」
カミツレが指を鳴らすと馬のようなポケモンは全身に雷を纏い、イシズマイへと突進する。
ビカビカと光るたてがみに弾かれると、イシズマイは天井近く高く吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。
相手のスピードにちゃんとした指示を出す暇もない。 トウヤは馬のようなポケモンにポケモン図鑑を向けると、軽く下唇を噛んだ。
らいでんポケモン、ゼブライカ。 恐らく、シッポウシティ近くで見たシママの進化形だろう。
「ボクも……ボクたちも、ずっと連絡をくれてたトウコちゃんと秋頃からずっと連絡が取れなくて、みんな心配してました。
 ……傷だらけのゾロアが帰ってきたのが、冬の終わり。 それから少しして、アララギ博士が急にポケモンをくれるって言い出しました。
 みんな口にはしないけど、ボクも、チェレンも、ベルも、トウコちゃん……姉のことを、探してます。」
「ふぅん……」
帽子のツバに手を当てると、トウヤはボールからズルッグを呼び出す。
あっという間に2連敗だ。
さすがにこれ以上倒されるのはマズイ。 トウヤはズルッグと視線を合わせると、両手を前に大きく突き出す。

待ち構える態勢を見たカミツレは口元を緩ませ、ゼブライカに軽く視線を向けた。
「……それで、進展は?」
足元を細い電流が走り、飛び出そうとしたズルッグをトウヤは制する。
ダメージはない、もっと強い攻撃はくるはずだ。
小さく首を横に振ると、トウヤは来るはずの攻撃を辛抱強く待つ。
「ひとつ挙げるとすれば……カミツレさんに会えたことです。」
「あら?」
「ここに来るまで、何度も噂や、話をしたり、バトルをした人には会いました。
 でも、友達と言ってトウコちゃんが街を離れた後も連絡を取っていたのは、カミツレさんが初めてです。」
「そう……」
そう言ってカミツレは細い指先をズルッグへと向ける。
トウヤの背筋に電流が走った。腕を前へと突き出すと、トウヤは腹の底から大きな声を出す。
「ズルッグ、構えて!」
「ぐ!?」
「ゼブライカ、『ボルトチェンジ』!」
バチバチと体から火花を散らすと、ゼブライカは青白い光に包まれトウヤたちの目の前から姿を消す。
直後、バチッ!と大きな音が鳴って、ズルッグがダメージを受けた。
カミツレのモンスターボールからエモンガが飛び出す。
枝のように張り巡らされた鉄柱にエモンガが降り立った瞬間、トウヤはエモンガのことを指差し、ズルッグに向かって技の指示を出した。
「今だ、『しっぺがえし』!」
睨み付けて突っ込んできたズルッグに、エモンガは肩をふるわせ、逃げようと飛び上がった。
途端、無数のガラス片のようなものがエモンガを襲い、その小さな身体を床の上に叩き付ける。
エモンガが起き上がったときにはもう、すぐ目の前までズルッグが迫っていた。
目いっぱいの力で蹴り飛ばされ、エモンガはフィールドの端から端まで吹き飛ばされる。


「よしっ!」
トウヤは振り向いたズルッグにサムズアップのポーズを向けて見せた。
ズルッグはケガした腕にツバを吐きかけると、まんざらでもなさそうな顔をしてトウヤから顔を背ける。
倒れて動けなくなったエモンガに近寄ると、カミツレは床の上に散らばった、小さな石ころを手に取って眺めた。
「これは『ステルスロック』……前のイシズマイが仕掛けたのね。 やるじゃない、ちょっと楽しくなってきたわ。」
指先の小石を握りつぶすと、カミツレはためらいもせず次のポケモンを繰り出した。
床を蹴るゼブライカに、トウヤが仕掛けた小さな小石が突き刺さる。
顔をしかめると、ゼブライカは少し離れたところでガンを飛ばすズルッグを睨みつけた。
カミツレの指が鳴る。 指示から技の発動まで、トウヤに何かをするような余裕は与えられなかった。
「ゼブライカ、『スパーク』!!」
何かの破裂するような音にトウヤは顔をしかめる。
目も眩むような光の後、トウヤの目に映ったのは電撃にやられ動けなくなったズルッグの姿だった。

「時々……ね。
 バトルに負けた後、ポケモンを捨てて行く人がいるの。
 戦うことを諦め、トレーナーであることを止める……それは別に構わない。
 だけど、私も考えるときがあるわ。 人の心の、弱さというものを。」
ふわりと放つカミツレの言葉に、トウヤは少し目を見開く。
「どうして……そんな話を?」
「さあ? なぜかしら。
 あなたが優しそうだから……何かに迷っているように見えたから……かもしれないわね。」
カミツレの言葉に、トウヤは手が止まる。
その手には、出すべきかどうか迷ったミルホッグのボールが握られていた。
戸惑った顔でトウヤがミルホッグとカミツレの顔を見比べると、カミツレは見えない後ろ髪を手で払って、にっと口角を持ち上げて見せた。
「……迷ったんなら、頭が爆発するまで悩み続けてみろ! そしたら失敗して後悔したって後悔しないさ!」
カミツレのトウコそっくりの口調にトウヤは目を丸くする。
「……って、トウコちゃんなら言うんじゃない?」
足元を直すと、カミツレは艶っぽい目をしてそう続ける。
トウヤは驚いたような顔をした後、ふぅ、と、小さく息を吐くと、右手のモンスターボールを強く握り締めた。


「ミルホッグ!!」
「ぎゅ!」
モンスターボールから飛び出すと、ミルホッグは一目散に相手のポケモンへと向かって走り出す。
ゼブライカのたてがみが青白く光る。 ひづめの音が響くとカミツレは息を大きく吸い込んだ。
「『スパーク』!!」
「ミルホッグ『かたきうち』!!」
突き抜ける轟音と閃光にトウヤは目を細める。
チカチカする目元を拭うと、足元にはチリチリと焼ける毛並みに咳き込むミルホッグの姿があった。
視線を移すと、ゼブライカは固い床の上に転がって、ピクピクと細い足を痙攣させている。
ひとまずホッと息を吐くと、トウヤは不安そうに視線を向けるミルホッグを申し訳なさそうな顔をして見つめ返した。
荒い息が収まる間もなく、カミツレは恐らく最後のポケモンを呼び出してくる。

「エモンガ!!」
イシズマイの仕掛けた『ステルスロック』がエモンガの飛膜に食い込む。
悲鳴をあげるエモンガに舌打ちすると、カミツレは余裕ない様子でミルホッグを指差し、技の指示を出す。
「『ボルトチェンジ』!」
その攻撃に気付く間もなく、ミルホッグは電撃にあてられボールへと戻っていく。
トウヤは唇を噛んでボールを引っ込めると、こちらも最後となるフタチマルのボールを鉄の床へとたたきつけた。


「エモンガ!!」
「フタチマル!!」


冷えた空気に電流が走り、エモンガの頬袋がバチバチと音を鳴らす。
カミツレは祈るように指で空気を切り裂くと、驚くほどの大きな声でエモンガに技の指示を出した。
「『ボルトチェンジ』!!」
「もー……もーんっ!!」
頬袋にためた電気をエモンガは一気に開放した。 青い毛並みに電気が流れ、フタチマルは顔をしかめる。
首の皮1枚といったところだったが、フタチマルは耐えた。
渾身の一撃だったらしく、電撃が止んだ後ぜぇぜぇと肩で息をするエモンガを睨み、フタチマルはふたつの手でホタチを構え、両の腕を目いっぱい引いた。
「フタチマル、『シェルブレード』!!」
ムチのような水の一撃がエモンガの胴を捕らえ、半分以上残っていた体力を全て奪い去る。
甲高い鳴き声をあげると、エモンガは鉄の地面を2回、3回と跳ね、自らモンスターボールの中へと戻っていった。
ブザーが鳴り、少し冷たいバトルフィールドにバトル終了が告げられる。
青白い瞳で床の上に転がったモンスターボールを見ると、カミツレはゆっくり歩いてそれを拾い上げ、トウヤの方に向かってクスリと笑いを漏らした。



「負けちゃった。」
おどけたような仕草でそう言うと、カミツレは胸元から雷模様のバッジを取り出して、トウヤの手に握らせた。
ボーっとした表情でそれを見るトウヤの帽子をひょいと取り上げると、カミツレは西の方角に視線を移し、小さく小さくため息を吐く。
「私が最後にトウコちゃんとお話したのは、この街から西に進んだホドモエシティの先……フキヨセシティだったわ。
 彼女はその先のセッカシティを越え、ポケモンリーグに向かうと言っていた。
 私が知っているのは、これだけ。 参考になったかしら?」
「あ……はい。」
フラフラのフタチマルをモンスターボールへとしまいながら、トウヤは半開きの口でうなずいた。
カミツレの手にヒラヒラともてあそばれている帽子へと視線を向けると、彼女はイタズラっぽい目で笑い、わざと顔が見えなくなるくらい深く深く帽子を被せ直した。

「ちょっと…… 見えな……!」
慌てて帽子を直したトウヤの鼻先にカミツレの唇が当たって、トウヤの瞳は大きく見開いた。
事態が飲み込めず驚いた顔をして顔に手を当てるトウヤに、カミツレは変わらぬ薄い笑みを向け口を開く。
「迷いは吹っ切れた?」
「えっと……えっ……と…… まだ、よく分からない……けど、ちゃんと決めました。
 後悔するかもしれないけど……後悔しないと、思います。」
「そう、よかった。」
カミツレは笑うと、顔の少し赤いトウヤの手をとり握手をかわす。
ライモンシティ、遊園地のジェットコースターの建屋の中にライモンシティのジムはある。
あっという間のジム戦を終え、終わってみれば夢心地。
アスファルトの上を走る熱い風を頬で感じると、トウヤは前を向き、街に向かって歩き出した。







旅立ちの準備を進めるトウヤの背中を、ベルが見ていた。
カノコタウンから旅立ったときより、ずいぶんと荷物が少なくなった。
ぶかぶかだね、と笑っていたズボンの裾は地面から離れ、日に焼けた帽子の赤は、色が薄い。
「トウヤは強くなったねえ。」
「ベル。」
初めて会ったときと変わらぬ瞳でトウヤは振り向き、相変わらずの、少し頼りなさそうな笑みをベルへと向ける。
「えっと……」
「あたしが強いって言ったら強いんだもん! このあいだ戦って、あたし完敗だったもん。」
「ご、ごめん……」
「いーの、だって真剣勝負だもん。」
ベルは緑色の帽子を深くかぶると、ちょっとすねたようにトウヤから目をそらした。
そんなこと言いにきたんじゃないのに。 むくれたように頬を膨らませると、ベルはスカートの裾をきゅっとつかんでトウヤに視線を戻す。

「ミルホッグ、置いてっちゃうの?」
「うん。」
トウヤは一晩かけて念入りに磨き上げたモンスターボールを横目に、ほんのわずか、うなずいた。
「あんなに強いのに。」
「うん。 だけど……だから。」
トウヤは唇を一度噛むと、唾を飲み込んでベルに目を向けた。
「いつか、プラズマ団と戦うとき頼りたくなってしまうと思うんだ。
 ボクはポケモンのことはあまりわからないけど、少なくともミルホッグはプラズマ団におびえてる。 だけど、このまま旅を続けたら、プラズマ団とのバトルは避けられない……そんな気がするんだ。
 だから、今、ミルホッグに違う道があるなら、そっちに進ませてあげたい。 いろんな世界を教えてあげたい。
 ……そう、思って。」
「そっか……そうだよね、うん。」
ベルは何かに納得したようにうなずくと、バッグを抱えるトウヤを見送りにポケモンセンターの入り口まで駆け足でついていった。
贈り物の箱に入ったモンスターボールが揺れる。
ちょっと臆病なポケモンミュージカルのスターが生まれたのは、それからどれ程経った頃だろうか。


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