相変わらず汗がとろとろと流れるほどの暑さだったが、太陽が空のてっぺんに昇るほどの時間になっても強い日差しは感じなかった。
郊外を冷やすちょっとした林を抜け、広く長く続く道路は大きな川を横切る橋へと繋がっている。
スカイアローブリッジほど長くはなさそうだが、橋の向こうが見えないくらいには長い。
トウヤは時計を確認すると、少し考え、ここは急いで渡りきってしまおうという結論に達した。

まだある橋までの距離を縮めようと、細い足に力を入れる。
あと少しでトウヤが橋に辿り着こうかというとき、突然、やかましいほどの警笛が聞こえ、橋の入り口が遮断された。
訳も分からず目を瞬かせるトウヤの横を、スピードを上げて橋の出口から飛び出してきた車が通過していく。
そして橋の出口も封鎖され、5番道路にはけたたましくサイレンを鳴らす閉じた橋だけが残された。
トウヤは地図を開いたまま途方に暮れる。 ライモンからホドモエシティに向かうには、この橋を渡るしかないというのに。





地図を畳むと、トウヤは車のいなくなった道路の真ん中に座り込み、困ったような顔をして唇を噛んだ。
いや、困ったようなどころか実際困っていた。 ないわけではないが、手持ちの食料だけでは人1人とポケモン4匹の腹を満たすにはあまりに頼りない。
しかも、突然橋が封鎖されたとあっては、最悪ライモンシティに引き返すことも考えなければならない。
とっくにお昼の時間は過ぎていて、きゅうと鳴る腹を抱え、どうしようかとトウヤが手持ちのモンスターボールに視線を落としたとき、空腹のお腹をさらにぺっちゃんこにするような、なんとも香ばしい香りが鼻を突っついてトウヤは腰を上げた。
「……パンの匂い?」
こんな道の真ん中で、なぜ? 疑問は浮かぶが、空腹と好奇心には勝てない。 トウヤはカバンを持ち上げて匂いのする方角へと向かう。
川沿いの森に囲まれた広場の中に、色とりどりのテントが張られ、人の集まっているような気配がする。
匂いはそのすぐ近くに停められたキャンピングカーからのようだった。
童話のようなシチュエーションに少しドキドキしながらトウヤがキャンピングカーへと近づくと、突然車の陰から人が現れトウヤにぶつかる。
飛び出してきた誰かとトウヤは盛大に尻餅をついた。 幸い積み重なった葉がクッションになってかすり傷ひとつなかったが、突然のことに頭は対処しきれない。
「ほわ!? 誰なのですか、一体!
 いきなり飛び出してくるとか、ギガントびっくしですヨ!」
「え、え!?」
全然ファンタジーじゃない、ある意味ファンタジーな展開にトウヤは目を白黒させる。
ご存知だろうが、トウヤはドキドキしながらキャンピングカーに近づいたのだ。 決して飛び出すような歩き方はしていない。
返事もできず尻餅をついた体勢のままトウヤががなりたてるメイド風少女に目を向けていると、キャンピングカーの中からパンのようにふくよかな女性が飛び出してきて、ひょいと猫のようにメイド少女をつまみあげた。

「お待ちっ! あんた、売り出し前のパンを盗み食いしただろ!」
「盗んでなんかないですヨー! つまみ食いしただけデス!
 その証拠にちゃんとお金、払いましたから!」
「そういう問題じゃないだろう! まったく……1000個限定のパンが995個しか売り出せないとか、キリが悪くてやってらんないよ。」
5個も食べたのか……と、変なところで関心するトウヤをよそに、ベーカリーのおばさんはメイド少女をひきずってキャンピングカーの中へと戻っていった。
ふと横を見れば、キャンピングカーの横にいい匂いのする紙袋とクッキーが並んだ屋台が据えつけられている。
周りを見ても、似たようなものだった。 こんな街外れの小さな広場に、軽食やみやげ物を売り出す小さな屋台の群れと、人の視線を奪い合うパフォーマー。
目を瞬かせるとトウヤは立ち上がり、通りかかった老人を呼びとめ、疑問を口にした。


「あ、あの……すいません、これ……? なんか、お祭りみたいな……」
「なんだ、お前さん知らずに来たのか?」
旅姿の老人は口元のシワを深くすると、面白そうな顔をしてトウヤの顔を見る。
「は、はい……あの、橋が通れなくて困ってて、そしたらこっちの方で、いい匂いがして……」
ふむ……と、アゴに手を当てると老人はトウヤのバッグに張り付いている4つのバッジに目を向けた。
「キミは、旅のトレーナーか?」
「えあ? は、はい。 トウヤっていいます。」
「そうかそうか! 旅は楽しいか?」
「は、はい。 すごく……」
目をパチパチさせるトウヤに笑みを向けると、老人はニッと口元を緩ませて、ジャラジャラと服からぶら下げた自分のモンスターボールを手でさすった。

「そんな理由じゃあ、いきなり橋が塞がれてびっくりしただろう。
 ワシと一緒に来てみるか? もうすぐ橋が塞がれた理由が、ここを通るはずだ。」
そろそろぺったんこになってきたお腹を抱え、トウヤは訳がわからないまま、この獅子のような頭をした男に川べりに連れていかれる。
水面がキラキラとまぶしく見えるほどに近づいたとき、ずっと見えていた赤い橋の変化にトウヤは目を見開き、小さく声をあげた。
「橋が折れてる!?」
なんということだろう、巨大な橋は真っ二つに割れ、大きな風に吹きつけられたのか両岸で壁のように持ち上がってしまっている。
慌てるトウヤに、老人はワッハッハ、と、豪快に笑い声をあげた。
「ボーズ、あれが跳ね橋というものだ。 ああして橋げたを持ち上げて、大きな船でも橋の真ん中を通れるようにするのだよ。」
「跳ね橋……?」
「そうだ。 この場所はホドモエの跳ね橋という。 そら、もうすぐ船が来るぞ。」
老人が右手でひさしを作ると、汽笛をあげて、大きな貨物船が開いた橋の真ん中から現れる。
口を大きく開いたトウヤの前を、船は優雅に横切っていった。
子供のように老人が大きく手を振れば、船に乗った男たちも、帽子を脱いで老人へと振り返してくる。



船が見えなくなると、老人は満足そうな顔をして振り返った。
「さて……しばらくすれば跳ね橋もまた、元通り閉まるだろう。 それまで好きにすればいい。
 食うもよし、寝るもよし、遊ぶもよし! なにしろ、今はフェスティバルの真っ最中だからな!」
軽く唇を噛んだトウヤの後ろで、ポン、ポン、と何かの破裂するような音が響いた。
後ろに目を向けてみると、緑とピンク色の煙が空をふわふわと漂っている。
頭にハテナを作っているトウヤを追い越すと、老人は肩をぐるぐると回し、煙の方へと数歩歩いていった。
「それじゃあ、ワシはそろそろ行かねばな。
 トーヤだったか? 気が向いたら中央ステージまで来るといい、少し遊んでやるくらいなら出来るぞ。」
豪快な笑い声とともに去っていく老人を見送ると、トウヤのおなかがきゅうと鳴った。
色々と考えることもあるが、まずは腹ごしらえだ。
トウヤはキャンピングカーに張り付いた赤いテントを探すと、まだホカホカ暖かい焼きたてのパンを買った。
なんだか車の中からスメルスメル叫び声が聞こえるが、気にしない。





高く上がりきった橋を見上げると、チェレンはつまらなそうな顔をしてため息をついた。
跳ね橋があるとは聞いていたが、ちょうど通りかかっている今が上がっているときだったとは、ついていない。
どこかで時間でもつぶそうかと地図を開いたとき、それほど遠くないところでポケモンの技の気配がし、チェレンは怪訝な顔をして振り返った。
「あ、チェレン!!」
街路樹の向こうから明るい顔をしたトウヤが顔を覗かせ、チェレンは目を丸くする。
子犬のように駆け寄ってくる彼の後ろでは、彼のポケモンたちが子供たちにもみくちゃにされていた。
日焼けした頬を少しかゆそうにこすりながら、トウヤは少し照れたような顔をしてはにかむ。
「今、必殺技の練習してたんだ!
 あれ……、また橋上がっちゃったんだ。 チェレンもフェスティバル来る? マリカおばさんのパン、もうすぐ売り切れだよ。」
「……あぁ。」
邪気なく喋るトウヤに、チェレンは人に見えないくらいに軽く眉を潜めた。
子供3人に潰され何も出来なくなっているズルッグを救出し、トウヤはその足で赤髪の老人のもとへと向かう。
こちらへと目を向けた老人を見て、チェレンは小さく息を吸った。
歩幅を大きくすると2、3人とぶつかりながら、チェレンはトウヤのそばにいる赤髪の老人へと向かっていく。

「チャンピオン……! どうしてこんなところに?」
ほう……と声を上げると、老人はトウヤの方に目を向け、少し嬉しそうに目を細めた。
「トウヤの知り合いか?」
「はい、チェレンもポケモントレーナーなんですよ!」
ニコニコと老人に話すトウヤを見て、チェレンはなぜか、言いようのない不快感を覚えた。
悠然と近づいてくる獅子のような老人をメガネの奥から睨みつけると、差し出された手を少し遠くから握り返す。
「はじめまして、ワシの名前はアデク。
 知っておるようだが、イッシュポケモンリーグのチャンピオンだよ。」
「……えぇ、存じてます。
 自分はカノコタウン出身のチェレンといいます。 トレーナーとしての目的はチャンピオンですけど。」
「そうかそうか、強そうな目をしておるわい!」
豪快に笑ったアデクという老人に、チェレンは少しムッとした表情を向ける。
「それで、どうしてチャンピオンがこんなところで遊んでいるのです?」
「おぉ、こりゃなんとも手厳しい若者だな。
 遊んでいるのではなく、旅をしているのだ。 ワシはイッシュの隅々まで知ってるぞ!」
「いま、アデクさんにバトルのこととか旅の話とか色々聞いてたんだ。
 チェレンも一緒に聞かない? ていうか、聞こうよ! すっごく面白いよ。」
頬を赤くするトウヤにチェレンは首を横に振ると、バッグからモンスターボールを取り出しアデクへと向ける。
「いや……それよりも今、この場にチャンピオンがいるのなら僕は腕試しをしておきたい。
 ……アデクさん、僕の挑戦を受けてもらえますか?」
「だが断る。」
子供たちにクスクスと笑われ、チェレンの目がちょっと釣りあがる。
「なぜ? 僕はバッジを4個持っています、それでは不満ですか?」
「いやいや……」
何か言おうとしたトウヤを軽く手で制すと、アデクはチェレンにニッと白い歯を向けた。
「今、バトル用の手持ちが出払っててな。 キミの願いには応えられんよ。
 代わりに……そうだな、そこのトウヤと戦ってみてはどうだ? ちょうど練習も終わったところだし、お互い悪い話じゃなかろう?」
声をあげようとしたトウヤをさえぎるように、チェレンは鋭い目つきをトウヤへと向けた。
「やる」と言おうとした声が、なぜか出なくなる。
ため息をつくと、チェレンはボールを構え直し、その矛先をトウヤへと向けた。



「……仕方ない。 トウヤ、ボルトバッジを持つ者同士、どちらが強いか確かめる!
 というか、勝たせてもらうよ。」
「こっちだって! 負けないよ、チェレン。
 ……おいで、ズルッグ!」
トウヤが呼ぶと、完全に子供たちの下敷きになっていたズルッグがトウヤの方を向き、自分の皮を生け贄にしてトウヤの方へと駆け寄ってきた。
腹いせにスネを蹴られてうずくまるトウヤを横目に、チェレンは紫色のしなやかな猫のようなポケモンを呼び出す。
ポケモン図鑑を向けると、画面には『レパルダス』と表示された。 図鑑の番号は以前見たチョロネコの1つ上だ。
「もしかして、チョロネコの進化形?」
「そう、れいこくポケモン、レパルダス!
 タイプ相性は不利だが、進化もしていないズルッグなんかには負けないさ。」
明らかにムッとした顔をしてズルッグはレパルダスのことを睨む。
そんなズルッグのことなど眼中にもないかのように前足をぺろぺろと舐めると、レパルダスはにゃあん、とあくびの混じったような鳴き声をあげ、チェレンの指示を促す。
バトルの気配に近寄ろうとする子供たちを、大人たちがなだめ、抱え上げた。
その戦いの始まりの瞬間は、光のようだった。


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