「コートカ、『ねこだまし』!!」
視界がとれなくなるほどの近距離で小さな攻撃をされると、ズルッグはひるんで1歩、2歩と後ずさりした。
クラクラとする頭を振る姿を見ると、トウヤはズルッグに視線を向け、指示を出そうと小さく息を吸い込む。
「ズルッグ、『けたぐり』!」
「戻れ、コートカ!!」
蹴りつける目前でレパルダスがいなくなって、ズルッグは大きく目を見開いた。
小さなボールを手のひらで受け止めると、チェレンは眉を潜め、バッグから真っ白なモンスターボールを取り出す。
「……交代だ、グルブ!」
割れたモンスターボールから灰色の鳥ポケモンが飛び出し、ズルッグの周りに砂煙を巻き起こす。
い゛っ!と相手のポケモンに白い歯を向けると、ズルッグは飛び上がって相手のポケモンを蹴りつけようとした。
トウヤは手のひらをズルッグに向けると、彼のボールに戻るよう、指示を出す。
ズルッグは不満そうな顔をしたが、ちらりと相手のポケモンを見ると渋々といった感じでトウヤの手の中に収まった。
ジンジンする手のひらをじっと見つめると、トウヤはバッグからポケモン図鑑を取り出し、チェレンの出したポケモンに向けた。
「のばとポケモン……ハトーボー……」
トウヤはポケモン図鑑をしまう。 少し考えるようにすると、小さくうなずいて、子供たちの中にいるポケモンに声をかけた。





半分子供たちのイスかジャングルジムのようになっていたイシズマイは、トウヤに声をかけられると恐る恐る石の隙間から顔を出した。
手招きされ、ちょっと驚いたようにオレンジ色のハサミを振り上げると、のそのそと子供たちを振り落とし、カサカサと音を立ててトウヤの足元へと歩み寄ってくる。
「よっし!」
トウヤが指で拳銃の形を作ると、イシズマイは大きくハサミを振り上げた。
ニコニコとハトーボーの出方を待つ1人と1匹にチェレンはシャツの裾を握ると、ふぅと小さく息を吐いて人差し指をイシズマイに向ける。
「グルブ、『エアカッター』!!」
チェレンが指示を出すと、ハトーボーは高い声で鳴き大きな翼を振り回すようにして風を巻き起こした。
イシズマイはビクッと小さく跳ね、石の中にオレンジ色の体を隠す。
アーティ特製のツルツルした岩で光る風刃を弾き返すと、イシズマイは自分の宿を持ち上げ、勢いをつけてハトーボーへと投げつけた。
何が起こったのかもわからず、ハトーボーはモロに岩の直撃を食らい、青い空から地面へと打ち落とされる。
フラフラしているハトーボーを見ると、トウヤは岩を拾いに行くイシズマイにサムズアップを向けてみせた。
「やったねイシズマイ、『うちおとす』成功だよ!」
イシズマイはあたふたと宿の中へと入り込むと、遠慮がちにトウヤにハサミを振る。
軽く舌打ちすると、チェレンはよろよろと千鳥足になるハトーボーに視線を向け、指示の手を出した。
「『エアカッター』!!」
「イシズマイ、『うちおとす』!」
打ち出された岩はハトーボーの放った白い風を四散させ、灰色の鳥の頭へと直撃した。
くるくると目を回すと、ハトーボーは小さなモンスターボールの中へとその姿を消す。
眉を潜めるとチェレンはバッグの中を探り、間髪いれず次のポケモンを繰り出した。
今度は見覚えのあるポケモンだ。 青い色をしたサルのようなポケモンに人差し指を向けると、チェレンはすうっと小さな音を立てて湿気のある河原の空気を胸に入れる。

「ヴォダ、『ねっとう』!!」
切れ間のない指示にトウヤは目を見開かせたが、慌てて岩の中に逃げ込んだイシズマイにその攻撃は届かなかった。
イシズマイが恐る恐る岩の中から相手の様子をうかがうと、チェレンの繰り出したヒヤップはまるで人間のように腕を組んだまま、「つーん」と擬音でもしそうな態度でそっぽを向いている。
「……またか。」
チェレンはメガネを押し上げると、盛大にため息をついた。
目をパチパチさせて、トウヤは首をかしげる。
黒髪をボリボリとかいて少しイライラした様子を見せると、チェレンは何かを諦めたような顔をしてヒヤップにもう1度声をかけた。
「……わかった、後でおいしいみず買ってやるから。」
ヒヤップは横目でチラッとチェレンを見ると、ミトンのような手をイシズマイへと向けて攻撃を放った。
苦手の『みず』に、イシズマイは悲鳴をあげて倒れる。


ぽかんと口を開けるトウヤに、チェレンは横目を向けると左手で軽くメガネを持ち上げた。
やっと1勝1敗だ。 年下相手にずいぶんてこずったが、落ち着いていれば問題ないはずだ。
「……やるね。 正直、先にグルブ……ハトーボーがやられるとは思ってなかったよ。」
「チェレン、さっきの技、格好よかったよ! マネしてみてもいい?」
予想外の反応にチェレンは目を丸くする。
トウヤは見物している子供たちの方に目を向けると、もはやポケモンなんだか人間団子なんだかわからなくなっているフタチマルを見つけ、声をかけた。
「フタチマル、さっきの見てた?」
「ふた?」
フタチマルは潜るように人間団子の下から這い出てくると、真っ黒な瞳をトウヤに向け、小さく疑問っぽい鳴き声をあげる。
見てなかったのか……と、少し残念そうな顔をして、トウヤは横を向き、手のひらをヒヤップの方へと向けた。
それをマネしてフタチマルも小さな手をヒヤップへと向ける。
完全に同じポーズになったのを確認すると、トウヤは息を吸い、大きな声でフタチマルに指示を出した。
「今だ、『みずのはどう』っ!!」
「ッ!!?」
訳も分からず放った『みずのはどう』の反動に押しやられ、フタチマルは豪快に転んで尻餅をつく。
放たれた水流はヒヤップをかすめ、地面を跳ねた後、見物にきていた女性に悲鳴をあげさせた。
バトルが中断され、トウヤとチェレンは平謝りに謝る。
あっさりと許してもらえたのはよかったが、問題は残った。
同じくらいの威力の技を使ったのに、ヒヤップは微動だにせずフタチマルは転んだ。
その原因を首をひねって考えていると、あぐらを組んで見物していたアデクが頬杖を突く腕を取替えながら声をかけた。

「海のポケモンは左右の動きに慣れとらんからな。
 フタチマルを正面に向けてやってみたらどうだ?」
オロオロしているフタチマルに落としたホタチを渡すと、トウヤはそれじゃ、とうなずいて今度は両手をパーにして体の前に突き出した。
フタチマルもそれをマネする。 トウヤが「みずのはどう!」と声を出すと、フタチマルはくるくる回る水流を両手から放つ。
ところが、今度は勢いが足りず、水は水道の蛇口のようにだばだばと下に落ちるとフタチマルの足元を濡らした。
困ったようにトウヤは頭をかく。 せっかく『みずでっぽう』から卒業して新しい技を覚えたというのに、どこかで見たことのあるような状況だ。
トウヤが悩んでいると、チェレンは呆れたようにため息をつき、軽く腰に手を当てた。
「……あのさ、そろそろ次の街に出発したいと思ってるんだけど?」
「あ、うぇ、うん、ごめん! それじゃ、バトル再開しよう。 フタチマル!」
なんだか怒ったような顔をしたヒヤップに指を向けると、トウヤは首をかしげたまま、フタチマルに『たいあたり』の指示をだした。
横目で接近してくるフタチマルをチラリと見ると、ヒヤップはミトンのようなふかふかの手からは想像もつかないような鋭い爪をにょきっと生やし、チェレンの指示もなく『みだれひっかき』と思われる技をフタチマルに向けて繰り出してきた。


慌てて避けるとヒヤップはチッと舌打ちして続けざまに2発、3発と同じ攻撃を打ち込んでくる。
アタフタしながらフタチマルは踊るような仕草でヒヤップの攻撃を避けた。
とはいえ、このままではジリ貧だ。 腕を組んで考えるようにすると、トウヤはヒヤップに人差し指を向け、気を落ち着けるために息を大きく吸い込んだ。
「フタチマル、ヒヤップとの距離をとって!」
トウヤの指示に耳を少し動かすと、フタチマルは接近するヒヤップにホタチを向けて威嚇してから目いっぱい距離を置いて構え直した。
「構え!」
トウヤが両手を前に突き出すと、フタチマルはそれが『みずのはどう』の指示だと気付き、同じように両手を前に突き出したポーズをとってみせた。
ゆっくりと力を溜めるように、トウヤはその手を腰の辺りまで持っていく。
同じようにフタチマルが腰の辺りで手を構えるのを見てから、トウヤは少し小さめの声で『みずでっぽう』のときと同じカウントを唱え始めた。
「1、2、3、4……5! フタチマル、『みずのはどう』!!」
「ふたぁっ!!」
溜め込まれた水流はフタチマルの手元を離れると、螺旋を描くようにしてヒヤップの真正面へと放たれる。
先ほどの茶番を見ていたせいか、ヒヤップは放たれた『みずのはどう』を避けきれず、足元からさらわれてくるくると宙を舞った。
チェレンの目の前に落ちたヒヤップはよろよろと起き上がると、前も後ろも分かっていないような様子でうろうろと辺りを探り始める。
「……混乱か。」
眉を潜めるとチェレンはバッグの中から次のモンスターボールを探り出した。
すぐに入れ替えるわけではない、だが、ヒヤップがフタチマルを倒すのはもはや困難だろう。 その意識が少し離れたトウヤのところからでもはっきりと見て取れる。



2発目の『たいあたり』が当たると、思いのほかあっさりとヒヤップは倒れた。
言いようのない感覚にトウヤは唇を軽く噛むと、冷静にポケモンを入れ替えるチェレンにそっと視線を向ける。
チェレンはジャノビーを繰り出すと、そっとメガネを押し上げトウヤを睨みつけた。
「……ジャノビー、『グラスミキサー』。」
舞い上がった木の葉が尻尾の合図で渦を巻き、風に乗ってフタチマルの体に傷をつける。
小さく悲鳴をあげると、フタチマルは足をよろよろさせながらもなんとかその場で踏みとどまり、同じカノコ出身のジャノビーを睨みつけた。
ホタチを振りかざすと、トウヤはジャノビーに人差し指を向ける。
トウヤが技の名前を叫んだのは、フタチマルがその技を出したのよりもずっと後のことだった。
「『シェルブレード』!!」
白い軌跡を伴って、ホタチの斬撃はジャノビーの平たい尻尾を切り裂いた。
ジャノビーはキッとフタチマルを睨みつけると、振り払うように裂けた尻尾を相手の体に叩きつける。


「…… …… ……」
「…… …… ……!」

同時に出した技の名は、汽笛の声にかき消されどこかへと飛んでいった。
トウヤが川の方へ振り返ると何かが落ちてきたような大きな音が耳に入り、頬の辺りにピリリと電気が走る。
振り返ると、ジャノビーの攻撃を受けたフタチマルが倒れていた。
ゾクゾクする身体を抱きしめるようにして笑うと、トウヤは倒れたフタチマルをボールへと戻し、代わりに最初に出したズルッグをモンスターボールから呼び出す。
チェレンの攻撃はすぐにズルッグへと向けられた。
向けられた指先をまっすぐに見つめると、トウヤもズルッグに攻撃の指示を出す。
「ジャノビー、『グラスミキサー』!!」
「受け止めろズルッグ!!」
フタチマルに向けられたものと同じ木の葉の攻撃を、ズルッグは自分の皮を盾に真正面から受け止めた。
ゴムのような皮が最後の1枚を弾いたのを確認すると、トウヤは大きく息を吸い込み、ズルッグに反撃の指示を出した。
「よし、反撃だ! 『しっぺがえし』!!」
「ぐ!!」
弾かれたように飛び出すと、ズルッグは反動をつけてジャノビーの細長い身体を蹴り飛ばした。
1度跳ねてモンスターボールへと戻ったジャノビーを手のひらに戻すと、チェレンは苦い顔をして赤白のモンスターボールを投げつける。
「……いっておくけど、まだ終わっていないよ!
 コートカ、『ねこだまし』!!」
パンッ!と高い音が響き、ズルッグは最初に食らったのと同じ攻撃に目をつぶった。
「『みだれひっかき』!」
低い猫の声が鳴り、伸びてくる爪がズルッグの黄色い肌を切り裂く。
ズルッグは拳を伸ばしたが、あと1歩届かず荒く息を吐くとモンスターボールの中へと戻っていった。
トウヤは戻ってきたモンスターボールをしっかりと掴むと、怒ったような目に笑ったような笑みを浮かべて小さなモンスターボールをレパルダスに向けて投げる。


「オタマロさんっ!!」
モンスターボールから飛び出すとオタマロはいつもと同じように「まーろまろまろ!」と甲高い鳴き声で鳴きまくった。
レパルダスは不快そうな顔をして相手のことを睨むと、しなやかな身体をくねらせてチェレンへと指示を仰いだ。
小さくうなずくとチェレンはメガネを直し、オタマロさんに人差し指を向ける。
彼が小さく声を出したのとレパルダスがオタマロさんに向かって飛んだタイミングは、全くと言っていいほど同じだった。
「コートカ、『みだれひっかき』!」
研がれた爪がオタマロのぬるぬるした肌の表面に傷をつける。
ぽよんぽよんと音を立てて転がると、オタマロさんはずりずりと尻尾で態勢を立て直し、「まろっ!」と短く声をあげた。
トウヤはレパルダスを指差し、ちょっと得意げに笑みを浮かべる。
「オタマロさん、『バブルこうせん』!!」
高い鳴き声に混じってオタマロさんが勢いよく泡を吹き出すと、落ちかかった太陽に照らされて薄い虹がかかった。
バチバチと泡が弾け、苦しそうにレパルダスが顔をしかめる。
フー!とうなり声をあげ、レパルダスがオタマロに向かって長い前足を向けたとき、突然レパルダスの身体が上下逆さまにひっくり返り、アスファルトの地面にしたたかに頭を打ち付けた。
くるくると目を回すレパルダスに、見物していたアデクが苦笑いする。
チェレンはポケモン図鑑の画面を見ると、額に手を当ててからレパルダスをボールへと戻した。





チェレンはトウヤと目を合わせないまま、横を向いて何かを小さくつぶやいていた。
声をかけようかどうか迷うが、トウヤが動き出す前にアデクが重そうな腰をあげ、ゆっくりとした足取りでチェレンへと近づく。
「さすがチャンピオンを目指すだけのことはあるな、2人ともいい勝負だったぞ。」
「……なぐさめはよしてください。
 全てのバトルに勝てなければチャンピオンにはなれない……それが真実です。」
吐き捨てるように放たれたチェレンの言葉に、アデクは一瞬面食らったように止まると、今度は豪快に笑い出した。
「はっはっは! 全てか! こりゃ厳しいことを言う若者だな。
 それでチャンピオンになって、どうするつもりかね?」
明らかにムッとした表情でチェレンはアデクのことを見ると、倒れたレパルダスのボールをバッグへとしまってからもう1度視線を向けた。
「……強さを求める。 それ以外に、なにかあるのですか?
 一番強いトレーナー、それがチャンピオンですよね。」
「ふむう、強くなる……強くなる、か……
 それだけが目的でいいのかね?
 いや、もちろんキミの考えを否定しているわけではないが。」
「……?」
眉を潜めるチェレンに少しおびえながら、トウヤはオタマロさんを抱え近づこうとした。
しかし、深刻な話をする2人に近づけるには、オタマロさんは少しうるさすぎる。
諦めてオタマロさんを近くの子供たちところへと放つと、アデクはその小さな輪を見て懐かしんだ表情で先を続けた。
「ワシは、いろんな人たちにポケモンを好きになってもらう……そのことも大事だと考えるようになってな。
 君のように強さを求める者がいれば、彼らのようにポケモンと一緒にいるだけで満足する者もいる。
 いろんな人がいるのだ。 答えもいろいろある。
 君とワシの考えるチャンピオン像が違っていても、そういうものだと思ってくれい!」

ムッとした表情のままアデクのことを見ると、チェレンはバッグを抱えなおし、フェスティバルの人の輪から抜け出した。
遠ざかる背中に気付いたトウヤはオタマロを子供たちの中に残したまま、少し大きい彼の背中を追いかける。
「チェレン!」
チェレンは横目でトウヤのことを見たが、振り返ることはしなかった。
「……悪いけど、先に行くよ。」
その声色に突き放された何かを感じ、トウヤは立ち止まる。
チェレンはトウヤに顔を向けないまま跳ね橋の方へと、早い歩調でさっさと進んでいく。
トウヤはうつむくと下唇を噛んだ。 何か言おうとして、またうつむいて……そしてトウヤはポケモンの待つ祭りの方へと戻っていった。


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