『イシズマイの宿が壊れた?』
半泣きのトウヤからライブキャスターで連絡をもらったアーティは、ぽかんとした顔をして報告されたことをオウム返しに繰り返した。
トウヤの隣では宿がなくて落ち着かない様子のイシズマイが、飲み干されたモーモーミルクの瓶をなんとか宿に使えないか画策している。
「ごめんなさい、せっかく無理言ってもらったものだったのに……」
『いや、ぜーんぜん! 気にしないよぉ。
 そもそも、イシズマイの宿って消耗品だからねー、バトルしてると頻繁に壊れちゃうものなんだよ。』
「そうなんですか?」
『ホラ、ヒウンシティってビルが多くて石の調達が大変じゃない?
 ボクってこれでも一応ジムリーダーだからさ、急なバトルにも対応しなきゃいけないんだよ。
 だから、ジムの裏に予備の宿をたくさん用意してたわけ。 いつお客さんが来るかわかんないからねー。』
「あ……あれ、アーティさんの作品じゃなかったんだ。」
なんだか妙にゲイジュツテキな岩が多かったような気もするが。
何とか牛乳瓶に入ろうとするイシズマイを瓶から引き離すと、トウヤはとりあえずの処置として端が欠けて捨てられていた植木鉢をイシズマイに被せた。
あまり気に入ってはいないようだが、牛乳瓶に入られたらもっと困る。
今のところは、ハチズマイでガマンしてもらうしかない。


『トウヤ君、今ホドモエシティだったっけ?
 だったらジムリーダーのヤーコンさんがそういった石、いっぱい持ってるんじゃないかなぁ?』
アーティの口から出た意外な人物の名に、トウヤは口を半開きにして目を瞬かせた。
「そうなんですか?」
『ヤーコンさんは『じめん』のエキスパートだし、採掘会社の社長でもあるからねー。 そういった『石』とか『岩』のことだったらボクより詳しいはずだよ。
 まぁ……あの人ちょっととっつきにくいところはあるけど、慣れちゃえばいい人だから。
 頑張ってねー、ボクこれから個展の打ち合わせだからさ。』
相変わらずふわふわと掴みどころのないアーティに電話越しに手を振ると、トウヤは窓の外にそびえたつ堅牢な建物に目を向けた。
ヤーコンの運営するホドモエシティジムはまるで要塞のようだ。
目の前を押しつぶすかのような外観に少しだけひるみながら、トウヤはジムまでの坂道をのろのろと歩いていく。





「あ? 石が欲しいだぁ!?」
応対に出てきたヤーコンに怒鳴りつけられ、トウヤは到着して早々、すくみ上がった。
「え、あの……えっと……ごめんなさい……」
「誰が謝れっつった! 乳臭せぇガキだな!!
 用途を聞いてるんだ、用途を! 石ころなんざ集めて何に使うっつーんだ。」
汚い話だが正直、漏らしそうだ。
おびえきった目で見つめるトウヤを「ふん!」と鼻で笑うと、ヤーコンは腕にはめた大きな時計を気にしながら続ける。
「何の価値もねえ石ころなんざ欲しいって言うんなら何か理由があるんだろう?
 それを言えつってんだ。 俺様はそこいらのガキにホイホイ物を恵んでやるほどお人好しじゃねえんだ。」
トウヤは唇を噛むと、バッグの中にある自分のモンスターボールに視線を落としながらたどたどしく口を動かす。
「あ、あ……あの、その、イシズマイの宿が壊れちゃって……それで、新しい石が必要で……
 アーティさんに聞いたら、この街の中じゃ……ヤーコンさんが1番詳しいって……」
「ふん! あの若造の入れ知恵か……
 いらん石だったら、洞窟近くのズリ山に掃いて捨てるほどある。 好きなのを持っていけ。
 俺様はこれからジム戦なんだ、あまり時間をかけさせるな! ……タモツ!!」
「あー、はいはい、ヘルメットですね。」
通りかかりの作業員はヤーコンの怒鳴るような声におびえることもなく、ひょいと壁にかかったヘルメットを取るとトウヤへと投げてよこす。
少し不思議そうな顔でトウヤが渡されたものを見ると、ジムの奥へと引っ込んでいくヤーコンに代わり、作業員がトウヤへと近づいてきた。
「ズリ山は崩れやすくて危ないからなー、それ被って行動するんが決まりなんや。
 まあ、あそこらへんは野生のポケモンも少ないから襲われることはないと思うけど、探すときは一応ポケモン出しときー。
 トレーナーになんかあったとき、頼りになるんはポケモンやからな。」
「あ、ありがとうございます……」
ヘルメットを抱え作業員に礼を言うと、ジムの入り口からチェレンがやってくる。
恐らくヤーコンの対戦相手というのはチェレンのことなのだろう。
軽く服を直しトウヤが出入り口の方へと向かうと、チェレンもこちらに気付き、軽く眉を上げる。
「……あれ、トウヤもジム戦だったのか?」
「ううん、違うよ。 ボクはヤーコンさんに石を分けてもらいに来ただけ。 チェレンは……」
「ジム戦だよ、もちろん。 チャンピオンになるには避けて通れないからね。
 そうだ、トウヤ。 ジムの入り口のところに昨日のバニプッチが来てたよ、キミに用事じゃないか?」
「バニプッチが?」
トウヤが小走りに外に出ると、真冬のような寒さの中、小さなアイスクリームのようなポケモンがはしゃぎながら飛びついてきた。
寒がりなチェレンがぶるっと体をふるわせてジムの奥へと引っ込んでいく。
ケラケラと笑うポケモンは、トウヤが6番道路に行く時も、勝手についてきた。



半日かけてやっと歩いて、捨てられた石の山……ズリ山が見えたとき、トウヤははぁっと大きなため息を吐いた。
確かに近くにあるとは一言も言っていなかったが、トウヤが思った以上にその場所は遠く、また大きな場所でもある。
日も暮れて薄暗くなって、珍しく大目に用意した食料も食べつくしてしまって、ほんの少しだが途方に暮れてトウヤは唇を噛んだ。
後ろをついてくるバニプッチがうつらうつらと眠そうに船をこぐ。
トウヤはぶら下げていたヘルメットのアゴ紐を伸ばすと、その中にバニプッチを入れて歩き出す。
指先が冷たい。 うっすらとしか見えない街の灯りは、ほんの少しだけトウヤを不安にさせた。
「眠たい……」
「ちりり?」
ヘルメットの中のバニプッチが半目を開けながらトウヤを見上げる。
ここで野宿してしまいたいが、近くにいるだけで冷蔵庫のようなバニプッチのそばで眠ったりしたら、それこそ凍死してしまう。
何度も目をこすりながらトボトボと歩いていると、ふとオレンジ色の灯りが目につき、トウヤは顔を上げた。
一瞬幽霊かと思った。 ガウン姿の老人がランタンを片手に、トウヤのことを不思議そうな顔をして見つめている。
「旅のトレーナーかね?」
「え? あ、はい……」
「やれやれ……困ったもんじゃな。
 今日はこれで3人目だよ。 さぞ難儀しとったろう、狭い家だが、上がっていきなさい。」
「?」
頭にハテナを浮かべたまま、トウヤは老人の照らすランタンの光を追いかけた。
川沿いにぽつんと立てられた民家の扉を開くと、なかからぷぅんと暖かそうなシチューの匂いと、バカ騒ぎというほどではないが大きな男の笑い声が聞こえてくる。

「バニプッチはひとまず冷凍庫にいてもらおうかね。
 おーい、ナミエさんや! また1人トレーナーさんを見つけたぞ!」
老人が奥に向かって声をかけると、パタパタとした足音とともにトウヤよりも2つ3つ下かと思われる子供と、その母親らしき女性が駆け出てくる。
女性はぼんやりとしたトウヤの顔を見ると、少し慌てた顔をしてエプロンの裾で手を洗う。
「あらあらあら、大変だったでしょう?
 今あったかいシチューを用意しますからね、お布団は足りないけど……トレーナーさんなら大丈夫よね?」
「えっと、あの……何かあったんですか?」
バニプッチをしまいに外に向かった老人と、シチューを用意しに行ったであろう婦人がいなくなり、トウヤは少し困ったような様子で残された子供に敬語で話しかける。
子供は手に持っていたスプーンをなめると、少し得意そうな顔をしてトウヤに状況を説明してくれた。
「あれ、にーちゃん知らねーの?
 この先の電気石の洞窟の入り口が、デンチュラの巣でふさがっちゃってみんな足止めされてんだ。
 おかげで朝からうちんちが満員でさー、オレ、ゲームさせてもらえねーの。 みーんなニュース見てるしさ。」
「そうなんだ……」
ひとまずバッグを下ろしながらトウヤは部屋の中をぐるりと見渡す。
確かに、家族というには年齢も体格も不自然な人たちが、2、3人、リビングにあるテレビの前を陣取っている。
トウヤは帽子を脱ぐと、台所から婦人が運んできた暖かいシチューをご馳走になる。
食べ終わったらその家の子供と遊ぶ約束をとりつけてから。





翌日、トウヤは「きょん、きょん」という奇妙な鳴き声に起こされて、夜明け前に目を覚ました。
起き上がってベッドの上を見てみれば、昨日夜更けまでマリオカートをやっていた少年はまだ寝息をたてている。
音を立てぬようそっと立ち上がるとトウヤは、トイレに行くフリをしてそっと廊下の窓から外を覗いてみた。
まるで水の底にいるような青い世界の中、4本足の小さなコジカのような生き物が耳をパタパタと動かしている。
「なんかいるの?」
「わ!?」
足元から声をかけられ、トウヤは階段を転げ落ちそうになり手すりにしがみついた。
きょとんとした様子で少年は壁に貼りついているトウヤに寝ぼけた目を向けると、不思議そうな顔をしてトウヤの顔と窓の外とを見比べる。
「ご、ごめん……起こしちゃった? 外でポケモンの鳴き声がしてたから、気になっちゃって……」
「あー、シキジカ? うちの近くいっぱいいるんだ。」
あくびを交えながら少年は返答する。
「なんか、よくわかんないけど、近くにシキジカを研究するとかいってる研究所もあるよ。
 シキジカって季節によって色が違うんだよね。 変なポケモン。」
「へぇ……」
窓の外を覗くと、昇りはじめた太陽の光で森の中にいるシキジカの色がはっきりしてきた。
はらはらと落ちる木の葉の中、オレンジ色のシキジカたちは木の上から落ちてきた木の実を一生懸命ほおばっている。
ふと、トウヤは1匹だけ違う色をしたシキジカがいることに気付く。
そのポケモンは他のシキジカのところに近づいては追い払われ、群れに入れないのか、困ったような顔をして少し遠くの川べりをうろうろしていた。
あまりエサも食べられないのか、やせ細っていて毛並みも悪い。
「……ピンク?」



朝食もいただき、簡単なお礼を言って川沿いの家を出ると、昨夜トウヤが思っていたのよりもずっと近くにズリ山は近づいていた。
ヤーコンに教えてもらった地図によれば、ズリ山は電気石の洞窟のすぐ近くだ。
バニプッチとも合流し山沿いの道を歩いていくと、昨日ホドモエシティから出てきたときよりもずっと早く、うず高くそびえたった捨石の山に巡り会えた。
ヤーコンたち採掘者にとってはここはただのゴミ捨て場かもしれないが、トウヤとイシズマイからしてみれば、宝の山だ。
うきうきとヘルメットを装着すると、トウヤは作業員の教え通りポケモンたちを呼び出して、丁度いい石を探すためズリ山へと登っていく。
フタチマルは意気揚々とホタチを振り回すと、『シェルブレード』で大きな岩を真っ二つに切り裂く。
「うん……フタチマル、試し切りしに来たんじゃないから……」
イシズマイを追い掛け回すのに飽きたのか、ズルッグはそこらにある小石を蹴り、格闘の技で粉々に砕いている。
「出来れば、砕けない丈夫なやつの方がいいかな、ズルッグ。
 多分、探してないと思うけど……」
バニプッチはといえば、相変わらずでケラケラと笑いながら周囲に冷気を振りまきまくっている。
「バニプッチ……どうにかならないかな、この寒さ……」
「まーろまろまろまろまろまろまろ!」
「オタマロさん、うるさい。」


耳を塞ぎながらトウヤが石を探していると、ガサガサ、と音を鳴らし、落葉する木々の間から朝方見た、やせ細ったシキジカが顔を覗かせた。
「あ、ピンク……」
トウヤが声を上げるとピンク色のシキジカは逃げるでもなく寄ってくるでもなく、小さな木の陰に顔を隠した。
意味の分からない行動にトウヤが首を傾げていると、バニプッチがシキジカの存在に気付き、楽しそうにケラケラ笑いながら近づいていく。
バニプッチが毛並みの生え揃わない頭に触れると、シキジカは「キィッ!」と甲高い悲鳴を上げてその場にうずくまった。
「バニプッチ! 離れて!!」
とっさに何が起きたのか理解し、トウヤは膝を折ったシキジカへと駆け寄る。
思った通り、シキジカはバニプッチが触れたところに凍傷を起こし、皮膚がはがれて赤く血が流れ始めていた。
どちらも自分のポケモンではないとはいえ、このままにはしておけない。
とにかく回復薬をと、トウヤは自分のバッグを探る。
不穏な音が聞こえる。 カラカラと、何かの崩れるような。
聞こえる音が低くなり、嫌な予感にトウヤが顔を上げたとき、目の前に積み上げられていた捨石の山が、音を立てて崩れてきた。


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