突如滑走路に飛び出したポケモンに、慌ててパーサーは操縦幹を引っ張り上げた。
機体は急上昇し、後ろの貨物室でガラガラと不穏な音がする。
プルプルとふるえそうな手でしっかりと操縦幹を握ると、パイロットはマイクを口に近付け、管制塔に向かって怒鳴りつけた。
「フウローッ!!
 発着の時間は進路確認しろってあれだけ言ってるだろーッ!!」
「ごっめーん! お客さんの相手しててすっかり忘れてた!!」
イヤホンから歯切れのいい元気な女の子の声が聞こえてくる。
管制塔を見ると、プロペラのような髪飾りをつけた彼女が、ペロッと舌を出して両手をすり合わせていた。
彼女こそがフウロ。 このフキヨセシティのジムリーダーであり、あきれたことに運送会社フキヨセカーゴサービスのボスでもある。
「自分の仕事も出来ないんなら、お前のじいさんにチクってクビにしてもらうぞ!」
「だってあの人、話がすっごく長いんだもんー。
 ソウイチ君、今度代わりに相手してよ。 ホント時間かかるんだよ!」
「あのじいさんの話が長くなるのは女だけじゃないか? また、無茶なフライト頼んできたんだろ?」
「そーなの! 博士、あたしの飛行機は貨物機です! 運ぶのは荷物で人は乗せないんですよ、って何度も言ってるのに……
 ……しかも、行き先はカントーとかシンオウとか軽く言っちゃって!」
「オッホン!」
メガネの管制官はわざとらしく咳払いをすると、フウロのほうをたしなめるような視線で見る。
「フウロ……」
「あー! そうだった、あたし、ジュニアから呼び出されてるんだった!
 それじゃソウイチ君! あとをよろしく、グッドラック!」
管制官たちに見守られながら、バタバタとフウロは慌ただしく管制塔から出て行く。
こんな調子でよく事故が起こらないものだ、と深くため息をついてからパイロットは飛行機を旋回させた。
大型の貨物機はゆったりと空の真ん中を横切ると、予定よりも約15分遅れで到着した。
このパーサー、最近のマイブームは胃薬のコレクションだ。





やっとの思いでフキヨセのポケモンセンターに辿り着いたベルは、何度も電気石の洞穴の方を振り返りながらアララギ博士へと視線を送っていた。
「博士、博士ぇ! 早くしないとトウヤが死んじゃうよ!」
「落ち着きなさい、ベル。
 今、この街のジムリーダーに来てもらっているところよ。」
いらだたしげに爪の先を噛みながら、アララギ博士はポケモンセンターの入り口を見つめている。
10分経ったか、それとも20分か。 ガラス張りの自動ドアがおもむろに開かれると、ベルとそう変わらない大きさの女の子がポケモンセンターの中に飛び込んできた。
額の汗を拭うと彼女はセンターの職員に駆け寄る。
「ごっめーん! すっかり遅くなっちゃった!
 あたしのこと呼んでる人ってどこどこ?」
「こっちよ、フウロ。」
アララギ博士が少し声を荒げてジムリーダーを呼ぶと、彼女はパッと顔を輝かせ博士の方へと駆け寄った。
「ジュニア! ひっさしぶりー!
 今ね、アララギパパ来てるんだよ! 会ってかないの?」
「そんなことどうでもいいの、連絡があったでしょう? 今、電気石の洞穴で……」
「うっわ、ひっど!
 自分の父親のこと、どうでもいいとか……」
「そうだそうだ! 酷いぞ、娘よ!」

なんだかどこかで出会ったような姿形の男性がフウロの後ろから飛び出して、アララギ博士はギョッと目を見開かせる。
男性は白髪交じりのブロンドを小さなクシでちょいちょいと直すと、ベルの方に向かって片手を上げた。
「せっかくパパが娘を驚かせようと、フウロちゃんの飛行機で駆け付けたというのに……どうでもいいなんて寂しいではないか!」
「えーっと……誰ですか?」
置いてけぼりを食らったベルが男性のことを指差す。
男性は片眉を上げると、なぜかズボンのポケットから取り出したハンカチを胸のポケットにしまい直した。
「これは失礼、お嬢さん。
 娘もアララギ、私もアララギ。 私こそがアララギ博士の父、その名もアララギ博士!
 親しみを込めてアララギパパと呼んでくれたまえ。」
「そっか! アララギパパは、アララギ博士のパパなんですね!」
「その通りその通り!
 いやぁ、私もこんなに可愛らしいお嬢さんと知り合いになれて嬉しいなあ、はっはっは!」
「……パパ? 私急いでるんだけど?」
アララギ博士が怒りのこもった声を出すと、アララギパパは「おぅ」と小さな声を出して手のひらで見えない壁を作る。
ベルは両手を打ち合わせると、慌ててあくびしているフウロへと詰め寄った。


「あー、そうだった! トウヤが大変なんです!」
「ボクがどうしたって?」
ベルが振り向くと、ポケモンセンターの入り口に幽霊かと見間違うほどぼんやりとした顔でベルを見るトウヤの姿があった。
一瞬ぽかんと固まってから、ベルはトウヤに駆け寄る。
「ト、トウヤ! Nと戦ってたんじゃ…?」
「うん、強かったよ、N。」
あぜんとするベルとアララギ博士をよそに、トウヤは自分のモンスターボールをセンターの受付へと預けに行く。
機械的に対応する職員と2、3会話を交わすと、トウヤは少し眠そうにあくびをしながら戻ってきた。
ふと目を開けると、ベルやアララギ博士の視線が痛い。
「……え、なに?」





到着した荷物の仕分けに追われ、飛行機が着陸したばかりの空港は喧騒とも言える空気に包まれていた。
右へ左へ、飛ぶように流れていく荷物を作業員たちは手際よく並べ変える。
「……なんだかんだ言ってさぁ、この作業が1番暇だよな。」
「まぁなぁ、集積所じゃフウロのあの甲高い悲鳴が聞こえないもんなぁ……」
「まぁ、その分平和ってことなんだけ……どっ!」
「いてっ!」
放り投げた荷物から聞こえた声に、作業員は目を瞬かせ、首をかしげる。
近付いて見てみたが、個人宅配にしてはかなり大きな荷物だ。
「おい、どうしたんだ?」
「この中から人の声が聞こえた気がしたんだが……」
「冗談だろ? どうせレコーダーでも誤作動したんだよ。
 バカにデカい荷物だなー、伝票にはなんて書いてあるんだ?」
「えーと……品名は……ハンサム?」

「ぬ……」

「ぬ?」

「……ぬ……」

「ぬおぉーっ!」
突然木箱のフタが吹き飛んで、作業員2人は腰を抜かした。
バカに大きい木箱の中から、ロングコートを着込んだ黒髪の男がのっそりと現れる。
「む、出てくるタイミングを少し誤ったか。
 失敬! そこの2人。 ここはイッシュ地方のフキヨセシティで間違いないかね?」
男は口をパクパクさせている作業員に尋ねると、彼らの胸元にあるワッペンを見つけ、1人で勝手に納得した。
「『フキヨセカーゴサービス』……なるほど、私は無事、イッシュ地方に到達した、というわけだ。」
コートのエリを立てると、男は腰を抜かしたままの作業員2人を横切り、街の方角へと向かって行く。
足音も聞こえなくなった頃、作業員たちは互いの顔を見合わせ、ポツリとつぶやいた。
「……密航か?」


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