タワーオブヘブン、ポケモンの魂が眠る場所。
その天辺には、魂を浄化させるという大きな鐘があるという。

高い塔へと続く開け放たれた門を潜った途端、目の前に現れた墓標の数々に、トウヤとベルは思わず立ち止まった。
振り返ってみても、トウコはいない。 どうしたものかとトウヤが辺りを見渡す横で、ベルは眉を潜めていた。
アーチの向こうで尻尾を振るゾロアに目を向けていると、トウヤに腕を引かれる。
「ベル、塔の中に階段があるよ。
 確かフウロさん、天辺て言ってたから、怪我したポケモンは上にいるはずだよ、行こう!」
「あ……うん!」
2度、3度と後ろを振り返りながらベルはトウヤの後を追いかける。
アーチの向こうから見守っていたゾロアは、イシシッと笑うと煙のように掻き消えた。
あとに残された足跡を、霧のような雨が少しずつ消し去っていく。



ロウソクの灯る通路をゆっくりと歩きながら、トウヤは「ほぅ」と息を漏らした。
「……暗いね。」
朝からの雨で窓からの明かりは弱々しく、まばらなライトでは足元を確かめることもままならない。
慰みのロウソクを道標代わりに、トウヤとベルは進んでいく。
墓石の角に足を引っ掛けると、ベルはつんのめって転んだ。
助け起こそうとしたトウヤの手が止まる。
ベルの肩が、プルプルとふるえていた。 怒るか泣くかの前兆だ。
「ベ、ベル……」
「もー、オバケとか幽霊とかあたしそういうのダメなのに!」
「怖いなら先に帰ってても……」
「……だって、ポケモン心配だもん。」
ぶすっと頬を膨らめながら、ベルはトウヤから顔を背けた。
ベルはウソが下手だ。 ウソを吐くときには、必ずと言っていいほど相手から視線をそらす。
恐らく彼女が気にしているのはトウコのことだろう。 小さくため息を吐くと、トウヤはベルが起き上がるのに手を貸し、ポケモン図鑑のバックライトで歩けそうな範囲の地面を照らした。
足元くらいはなんとかなるが、上へと続く階段を見つけるのは難しそうだ。
トウヤが眉を潜めていると、ライトで照らされた墓石の上に人魂のようなものが現れて、ベルが「きゃあ!」と甲高い悲鳴をあげた。
「ベル、落ち着いて。 ただのロウソクだよ。」
「だって、だってだって! 風もないのに炎がゆらゆら動いて……!」
「もっし〜」
「……ふえ?」


とろとろと動き出したロウソクに、トウヤとベルは目を丸くする。
垂れたロウの隙間からつぶらな瞳を覗かせると、ロウソクはおずおずとトウヤたちの方へ近付いてきた。
「も〜?」
「これ……ポケモン?」
トウヤはポケモン図鑑を持ち直すとロウソクの方へと向ける。
青い光が反応し、画面には『ヒトモシ』というポケモンの名前が表示された。
頭の上に灯った炎をゆらゆらさせ、ヒトモシはトウヤたちに微笑みかける。
「もし〜」
「きゃあ、かわいいっ!」
頬を赤らめるベルにトウヤはひとまず息を吐く。
理由はどうあれ、機嫌が直ったならなによりだ。 図鑑を畳むと、トウヤはゆらゆらと揺れるヒトモシの炎に目を向ける。
雨の中走ってきたせいか、体がだるい。

「ねぇ、ベル。 そろそろ行こう。
 天辺はまだ遠そうだし、怪我したポケモンのこと気になるんだ。」
「ん、うー……わかった。 あたしもトウヤについてく!」
まだまだ遊び足りなそうな顔をしながらも、ベルはスカートの泥を払って立ち上がる。
ヒトモシは先へ行こうとするトウヤたちを見つめると、ぴょんと飛び上がってトウヤたちに手を振った。
「な、なに……?」
「もしかして、あたしたちのこと案内してくれるんじゃない?
 ねえねえ、ヒトモシ! あたしたち塔の天辺に行きたいの。
 どうしたら行かれるのかな?」
「もっし〜」
頭の炎をゆらゆらさせると、ヒトモシは1つ向こうの墓石に飛び乗って手をパタパタと振った。
トウヤとベルは顔を見合わせる。
思わぬところから思わぬ救援だ。 後を追おうと足を向けたとき、虹色に光る光線が飛んできて2人の足元にある地面を散らした。



「ついてっちゃダメよ!」
うわずった声の方向にトウヤとベルは顔を向ける。
振り返ると、青白い顔をした女の子がヒトモシに指を向けたまま、ぜえぜえと荒い息を吐いていた。
女の子はトウヤたちの方へとつかつかと歩み寄ると、ヒトモシを睨み、なにか紙切れのようなものをバサバサ振り回す。
ピョンピョン逃げていくヒトモシの背中を見送ると、彼女は深く……ふかぁ〜く息を吐いた。
「……あ、危ないところだった。
 あんたたちバカ? ヒトモシ知らないの? 今、危うく連れ去られるところだったのよ!?」
ぽかんと口を開けたままの2人に「信じられない」といった目を向け、女の子は耳に響く声でまくし立てる。
「ちょっと、ホントに知らないの!?
 ヒトモシってポケモンは道案内するフリをして人間を霊界に連れてくのよ!
 タワーオブヘブンはヒトモシの住みかなんだから、トレーナーならそれくらいのこと知っておきなさいよ!!」
口を開けっ放しのベルの横で、トウヤはポケモン図鑑を確認する。
図鑑に書いてあることと女の子が言っていることは大体一致していた。
2つ折りの図鑑を畳むと、トウヤは女の子に向かって口角を上げ、帽子を直して口を開く。

「そうみたいだね、ありがとう。
 ボクたち、今日初めてタワーオブヘブンに来たんだけど、暗くて道に迷ってたんだ。
 ボクはポケモントレーナーのトウヤ、こっちが幼馴染のベル。」
トウヤに指されると、ベルはちょっと頬を赤らめて唇を引っ込める。
「あたしはサイキッカー見習いのサイコよ。
 あたしのポケモンたち、ゴーストタイプに弱いから、このタワーオブヘブンに来て修行してたの。」
「じゃあ、サイコちゃんもポケモントレーナーなんだ!」
ベルが明るい声を出して手を打ち合わせる。
ヒトモシの逃げていった方向に目を向けると、小さく息を吐いてつぶやくように言葉を続けた。
「ヒトモシかあ、さっきのもポケモンなんだよね。
 いいなー、かわいかったなー、ゲットしたいなー……」
「……ベル、怪我したポケモンは?」
「大丈夫、わかってるよお。 早く保護してトウコちゃん安心させたげたいもん!」
体の前で拳を握りながら、ベルはトウヤに答える。
サイコはおかっぱにした黒髪をさらりと流すと、目を瞬いて小さく口を開いた。

「ケガしたポケモンって?」
「フウロさんが見つけたんだけど、塔の天辺にケガをしたポケモンがいるみたいなんだ。
 そのポケモンが知り合いの知り合いみたいで……」
「……そーいうことは早く言いなさいよ。
 来て。 あたしが案内したげるわ。」
サイコはトウヤを下から見上げると、緑色のポケモンを傍らに従えてトウヤたちの前を歩き出した。
トウヤたちが追いかけると、振り返った緑色のポケモンがふるふると揺れる。
ゼリーかなにかのようなそのポケモンを横目に見ながら、トウヤはサイコの背中に声を投げ掛けた。
「そのポケモンはサイコさんの?」
「そうよ。 ユニラン、挨拶!」
サイコが号令をかけると、緑色のポケモンは半透明なゼリーの中にぷくぷくと泡を吐き出した。
泡の形が『Hallo』に変わる。 トウヤとベルが歓声をあげて拍手すると、ユニランと呼ばれたポケモンは嬉しそうに空中でぷかぷか揺れた。

「強いのよ、あたしのユニラン。
 だけど、どうしてもエスパーってゴーストとか悪タイプには弱いから……」
「そうなんだ?」
「ゴーストタイプの念や悪タイプの波動はサイコキネシスの防御壁を突き抜けちゃうのよ。
 あと、虫も苦手ね。 目の前でチラチラされると気が散って集中出来ないし。
 この辺りはゴーストも虫も多いからいい修行になるわ。」
サイコとトウヤたちは階段を上る。
炎で熱せられた湿った空気は、トウヤの肌に一筋の汗をたらした。





「ふむ……すっかり迷ってしまったな。」
お供え物の『いかりまんじゅう』をモグモグと食べながら、ハンサムは代わり映えのしない墓石だらけの道に目を向けた。
傷付いたポケモンがいると聞いて、プラズマ団の仕業かもと駆け付けたはいいが、プラズマどころか人っ子1人見つかりやしない。
道を尋ねる相手すら見つからず途方に暮れるハンサムの前に、頭に炎の灯った、小さなポケモンが現れた。
ハンサムが見つめるとポケモンは恥ずかしそうに墓石に隠れながらも自分を見つめ返してくる。
「ほう、なかなか可愛いポケモンではないか。
 どれ……このまんじゅうをあげよう、こっちへおいで。」
差し出された『いかりまんじゅう』を短い手で持ち上げると、ヒトモシはそれを口にくわえたままぴょんぴょんと跳ねる。
ある程度先に行ったところで、ヒトモシは振り返るとつぶらな瞳でハンサムのことを見つめてきた。
「もっし〜」
「なんと! 案内してくれるというのか。」
「もっし〜」
勝手な解釈にも程があるハンサムの言葉に小さな手をパタパタ振ると、ヒトモシは『いかりまんじゅう』をくわえたままぴょんぴょんと歩き出した。
少し行っては振り返り、まるで本当に道案内をしているかのようだ。
どうせ迷子という現状に変わりはない。 ハンサムはアゴに手をあてると少し考え、ヒトモシの後についていくことにした。



「ユニラン、『めざめるパワー』!!」
ぷくぷくと緑色の液体の中に泡を吐き出すと、ユニランは襲い掛かってきたヒトモシに黒いエネルギーを噴出した。
ピョコピョコと逃げていくヒトモシを見送り、サイコは額の汗を拭う。
「何だか多くないかな? 襲い掛かってくるポケモン……」
リグレーというポケモンを追い返して、トウヤも息を吐く。
上層に進むにつれ、たまった空気は熱を帯びてきて、じわじわと体力を奪っていく。
息苦しそうにしているベルを横目で見ると、サイコは服のスソに手のひらをこすりつけ、鼻の下に力を入れた。
「ポケモンたちの気が立ってる……なんだか酷く強いポケモンと戦ったみたい……」
「強いポケモン……」
サイコに言われ、トウヤはゾロアのことを思い出す。
Nのポケモンなら強いのもうなずける。 会ったことはないが、ここのポケモンたちを攻撃したのは間違いない。 なぜかトウヤは確信した。
額に珠のような汗を浮かべたベルが、チャオブーにもたれかかる。
「ベル?」
「ねえ、サイコちゃん。 天辺まで……あと、どのくらいかなあ?」
「あと階段2つよ。 屋上に出れば冷たい空気が吸えるから、あとちょっと、頑張って。」
「はーい……」
「おーい……」


「?」
聞き覚えのない声にトウヤの目が瞬くと、サイコはチッと舌打ちして眉を潜め、辺りに視線を動かした。
「おーい……」
「あ、まただ……ベル、聞き違いじゃないよね?」
「聞いてる元気なーい……」
「シッ、静かに!」
口に指をあて、サイコは五感を使って辺りの様子を探る。
しょぼくれたおっさんのような声は墓石の隙間から、よく見ると壁際の石がゴトゴトと音を立てて揺れていた。
「……あぁ、もう! めんどくさい!」
悪態をつくとサイコはツカツカと墓石へと近寄って、壁から伸びている手を思い切り引っ張った。
「ユニラン!」
サイコが叫ぶと、ユニランは壁に向かって『サイケこうせん』を発射する。
虹色の光が飛び散ると壁の穴が開き、節くれだった腕の先から黒髪のおっさんが現れた。
ボーっとしてたトウヤは慌てて綱引きならぬ腕引きに参加する。
きっとこれが、サイコの言っていた『霊界に連れて行かれる』というやつだ。


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